中国経済の現状と日中経済の行方

2016年9月24日

2016年9月16日(金)
出演者:
河合正弘(東京大学公共政策大学院特任教授、元アジア開発銀行研究所所長)
駒形哲哉(慶應義塾大学経済学部教授)
三尾幸吉郎(ニッセイ基礎研究所上席研究員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

第二話:「出口戦略」のポイントは何か


c6dd8e0f38aeb31a09125418246176135ef9cb04.jpg工藤:今の中国経済の状況、構造が非常によく分かりました。ただ、当初中国が目指していた構造改革と、今行われている政策とは、方向は同じなのですが、現実的な対応の中で当初からの食い違いが出てきているのではないか、という気がしました。今の政策は、当初描かれていた政策と比べて、いろいろな問題を受けて修正されているのだと思います。仮に皆さんが中国の経済政策の責任者だとして、今、出口を本当に描けるのか。また、中国経済を考えるときに最も大きなポイントは何なのでしょうか。

 先ほど、国有企業改革が課題だというお話をいただきましたが、実際的には国有企業の力も借りて経済をマネージしているという状況になると、出口を目指す大きなポイントはどういうところにあって、その改革は本当に可能なのか。今度は現実的、戦略的なお考えをお聞きしたいのですが、河合さんからどうでしょうか。

成長率目標の設定により、国有企業改革と成長維持のトレードオフが生じている

2016-09-17-(15).jpg河合:私が客観的に見て一番大きな問題は、成長率をターゲットとして設定するということです。今年は6.5~7%、そして2020年までは平均6.5%という成長ターゲットを設定してしまったので、それを実現するために、かなり無理なこともしなければなりません。本当は、投資の効率性の低い国有企業ではなく投資効率の高い民間部門をもっと促進したいのですが、民間部門が弱いので国有部門を使って最低限6.5%の成長を維持するという、かなり無理なことをやらなければいけないという問題があります。

 中国の政府当局としては、その制約の中で何とか構造改革につながるようなことをやっていきたいと考えているのでしょうが、構造改革と短期的な成長の維持にはトレードオフがあって、中国政府は何とかその中でうまくやっていきたいと思っているようです。しかし、このような、6.5%などの成長率目標を設定してそれを実現させるというアプローチは、将来的には見直した方がよいと思います。

工藤:なぜ、中国経済においては成長率目標が重要なのでしょうか。考えてみれば、日本の政党も同じように成長率目標を出していましたが、それがうまくいかなくなったので、いつの間にかその数字がマニフェストから消えてしまったりしています。中国で成長率を目標にする意味は何なのでしょうか。

河合:日本でも、かつての経済企画庁の五か年計画時代、成長率の望ましい水準を示すなどしていましたが、それはあくまでも指標でした。最近の政党によるマニュフェストは政策の方向性を示すもので、現実性をもたない可能性があります。また、今の安倍政権下の目標成長率は望ましい水準の提起でしょう。中国の場合、これまで実際の成長率が目標成長率を常に上回っていたことから、成長率目標は厳格に守らないと体制の維持にもかかわる、という感じでとらえているようです。やはり、もう少し市場ベースに即した方向に移っていった方がよいと思います。

工藤:成長率を最大の目標にすると、本当に重要な成長の中身の改革が後退するような感じにもなってしまうと思います。駒形さんはどうお考えですか。

2016-09-17-(2).jpg 駒形:共産党一党独裁を持続するための条件は、やはり経済成長で国民を豊かにしていくことだと思います。これが最も凝縮された指標が経済成長率だということで、コミットメントしているのだろうと思いますが、私も問題があると思うのは、一つは、中央が出す方向性が地方にとっては必ずしも正しくないということです。中国の場合、ある地方は消費主導あるいはサービス業主体になるかもしれませんが、ある地方はまだ公共投資、インフラ整備で伸びていくのです。そうすると、中央政府が言っている政策が必ずしも地方では妥当でない、ということがありうるわけです。つまり、地方の自立性、選択肢をもう少し広げる必要があります。

 もう一つ、民間企業の振興は当然必要なのですが、民間企業を発展させていくと、結局、国有企業を中心とする「国体」とぶつかってしまいます。これまでは、国有企業だけでやろうとした、あるいは産業連関の川上、金融を国有企業で押さえ、川下は外資や民間に頑張ってもらってその需要が川上に波及し、みなハッピーになるというパターンでした。ところが、今、実物経済と金融に加えて、情報通信という部門が出てきました。今、中国経済の成長を事実上牽引しているのはIT関連産業で、これは民間企業主体です。中央政府は、この部門も共産党の力でコントロールしようとしています。ですので、究極的にはこのコントロール体制が制約要因になると思います。

工藤:中国が目指している構造改革の姿は、国有企業を主体とした経済体制ではなく、民間主導でサービス産業型のものだったのですよね。そうではなかったということなのでしょうか。

民間企業の発展よりも、グローバル企業の創出に向け国有企業の巨大化に傾く中国当局

駒形:2013年の第18期三中全会、李克強首相がまだ元気だったときの路線でいけば、もっと自由化をし、経済改革や制度改革をやっていくはずだったのですが、その後の何年かで非常に変わってきています。この要因は二つ考えられます。例えば、シャープがどうしてダメになったのかといえば、一つは経営層の間の人的なぶつかり合い、もう一つはシャープの経営の選択、市場対応が良くなかったということになります。中国の今の選択肢は、民間企業ももちろん発展させたいのですが、資本を集中させてグローバルに競争力のある企業を持ちたいという方向にかなり気が回っているのではないかという気がします。その意味で、個々の中小民間企業を自由に発展させるというところに気が回っていないのではないか、という印象があります。

工藤:今動いている政策と当初考えていた政策とが、変調はしても結局は同じゴールにたどり着くのであればいいのですが、その方向に動いているのでしょうか。それとも、変化してしまっているのでしょうか。

国有企業の巨大化には、財政余力や民間企業の活力の面で懸念もある

2016-09-17-(10).jpg三尾:成長率については、今年の目標が6.5~7%、今年上期の実際の成長率が6.7%ですから、当初想定していた成長率の範囲の真ん中くらいで動いているという意味で、想定通りだと思います。ただ、中身を見ると、民間の投資がやや足を引っ張るようなかたちになっていて、その代わり、国有企業あるいは国の財政支援でインフラ投資を加速させて何とか目標を実現できているだけだということで、成長の中身は、当初想定したものとは違ってきています。今後を考えると、もし、当初の想定通りに民間企業がある程度元気に活動してくれていれば、政府財政や、国の管轄下にある国有企業が債務を抱える必要はなかったのですが、おそらく財政にも負担がかかっていますし、国有企業の債務も増えるかたちで、それをインフラ投資に回すことで何とか数字だけ合わせたというところがあると思います。

 したがって、将来に負荷がかかる、また海外で経済危機が起こったときに経済対策を打つときの余力が減ってしまう、という意味では、当初の想定より悪い状況なのかなと思います。

工藤:ひょっとしたら、今の不安定化するグローバル経済の中で、国有企業を変質させて巨大な企業にすることで、世界でシェアを取っていくといったモデルは、まったくありえないことなのでしょうか。それとも、単に負債などの問題を先送りしているだけになってしまうのでしょうか。

三尾:世界に打って出るという意味では、中国にある有力な企業を合併させることによって体力を増強することは、国内企業同士が海外で競合してしまうのを避けるという点で良いと思います。一方、国内での競争がなくなってしまい、合併後の国有企業が巨大になってしまうと、民間企業がニッチな市場でも良いから獲得しようと思っても、なかなかその余地がなくなってしまうというデメリットもあると思います。その問題にうまく対処できるかどうかが重要だと思います。

工藤:今の政策は、目標は達成しているものの、内容が変わってきているのではないかという話ですが、これは結果オーライで正しい方向に行くのでしょうか、それとも将来的な持続性がない政策だと判断すればいいのでしょうか。駒形さんはどうお考えになりますか。

駒形:ある一定期間は、持続力があると思います。鉄道車両メーカーの南車集団と北車集団の合併の例では、基本的に国内市場が大きいですし、鉄道車両の市場は海外に延びる可能性があるので、市場が伸びている限りにおいてはかなり持続可能性があると思います。ただ、ずっとこれで行けるかというと、いくつか疑問があります。私の印象では、中国は一つの企業体のようであって、かつての松下電器のように事業部制にして企業同士を競わせている状態です。そして、民間企業はいわば社内ベンチャーのようなものですが、中国の場合、これが成功してきたときにそのまま独立をさせず、本体に戻す、つまり国有企業と合併させたりしていますので、そういうことをやっていくとなると、活力をそいでしまうだろうと思います。ですから、一定期間はこれで行けるのではないかと思います。

工藤:河合さん、今の構造の実態がいろいろなかたちで見えてきているのですが、これ以外に昨年は資本流出という問題があり、今年の年明けはかなり大変でした。その後持ち直したのですが、最近を見ていると、あくまでも資本は流出していると思います。金融面での安定性という問題は、今どのように見ればよいのでしょうか。

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人民元のSDR入りで資本流出規制の継続が難しくなるため、金融安定の面でも経済成長が必要

河合:昨年8月に為替の基準値が切り下げられ、今年の初めにも切り下げられました。その背景として、一昨年の後半から起きていた資本流出がさらに急激なものになったということがありました。そのため、4兆ドル近くあった外貨準備が3.2兆ドルほどに減少しました。この春以降は、中国当局が厳しい資本流出規制を課していることもあり、資本流出と為替レートは比較的落ち着いてきたのではないかと思っています。人民元レートが若干下がっても市場はあまり気にしておらず、良い方向に向かっていると思います。資本流出規制がかなり効いているのだと思います。

 ただ、この10月1日から人民元がSDR(IMFの特別引出権)の構成通貨に入るので、あまり露骨な資本流出規制を長い間続けていくことは難しくなってくると思います。何とか、国内の金融安定を進めていかなくてはいけないのですが、そのためにはある程度の成長が必要だということで、例えばここで成長率が大きく下がったりすると、世界の金融市場が大きく反応してしまう可能性もあります。そういった局面では、国有企業改革の問題とは別に国内金融安定という課題にうまくやっていくためにも、経済成長が必要だというのが、実情ではないかと思います。

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