言論スタジオ

ワールド・アジェンダ・スタジオ 「自由貿易の将来とWTO改革」

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2018年8月21日
出演者:
河合正弘氏(東京大学公共政策大学院特任教授、元アジア開発銀行研究所所長)
中川淳司氏(東京大学社会科学研究所教授)
山﨑達雄氏(前財務官)
渡辺修氏(石油資源開発会長、元通産事務次官)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


⇒ 有識者調査「自由貿易の将来とWTO改革」

 WTOのルールを無視した米トランプ政権の行動で、WTO体制と自由貿易の枠組みが動揺し、さらに、"米中貿易戦争"が本格化する可能性が出てきています。一方で、ルールに基づいた国際貿易を守るためにWTOを改革に向けた動きも出てきています。
 米中貿易戦争の激化を回避するためには何が必要なのか。なすべきWTO改革とは何か。そして、それは本当に自由貿易体制を守ることができるのか。そこで日本が果たすべき役割は何か......経済論壇や国際交渉の現場からWTOと自由貿易体制を見つめ続けてきた専門家4氏が議論を交わしました。

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 世界貿易機関(WTO)のルールを無視した米トランプ政権の行動で、自由貿易の枠組みが動揺する中、言論NPOは8月21日、東京都内の言論NPO事務所で、「自由貿易の将来とWTO改革」をテーマとした公開フォーラム「ワールド・アジェンダ・スタジオ」を開催しました。


"米中貿易戦争"の行方

1_kudo.jpg 議論に先立ち司会を務めた工藤は、有識者調査結果を紹介。その上でまず、自由貿易体制の現状と"米中貿易戦争"の行方について各氏の見方を尋ねました。

kawai.jpg これに対し河合氏は、トランプ大統領の最優先事項は「アメリカの貿易赤字解消」であるため、その最大の赤字を生み出している中国とその不公正貿易是正に対して強硬になっていると解説。また、安全保障上の観点から、アメリカの技術的優位を脅かす「中国製造2025」に対する懸念が強いことも対中強硬姿勢につながっていると語りました。

 河合氏は、米中には相互依存性があるため、このまま対立が続けばアメリカも打撃を受ける以上、やがてアメリカも手打ちをするだろうとしつつ、その時期についてはまだ見通せないと述べました。

IMG_6260.jpg 渡辺氏も、トランプ大統領の発想の中には、「アメリカが赤字なのは黒字国が不公正なことをやっているからだ」という思い込みがあることを指摘。同時に、特に中国の不公正貿易については「WTOでは律することができない」ということについても強く思い込んでいる結果、トランプ大統領は「"WTO以前"に発想が戻っている。つまり、WTOなどなくてもよいと考えている」ということも指摘。したがって、「アメリカはもうWTOから出てしまっているような状態であり、さらに中国もWTOから出ているような状態」、すなわち「世界経済の両巨頭がWTOから出てしまっている」ため、現下の状況は自由貿易体制にとっては危機的状況であるとの認識を示しました。

yamazaki.jpg 山﨑氏はトランプ大統領の姿勢については、河合、渡辺両氏と同様の見方を示した上で、中国については、自身が中国の政策当局者と直接対話した際の内容を紹介。それによると、中国側の考え方は、「現在の米中の貿易不均衡状態がこれからも続くとは思わないし、指摘されるような不公正措置についても改革はしていくつもりである」ものの、「しかし、改革をしなければならないのはアメリカも同様であるし、不当な要求に屈するようなことはしない」と考えていると解説。こうした状況の中では米中対立は長引くことが予想され、世界全体にとっても大きな懸念事項であると語りました。

IMG_6294.jpg 中川氏は、「対立は解決しない」と率直に語った上で、その理由として6月の米中協議を挙げました。中川氏は、その協議の中でアメリカ側は明らかに「中国製造2025」など中国のハイテク産業をターゲットにしていたと振り返り、その一方で中国もこの分野では「野心を隠していない」ために、対立は長期化するとの見方を示しました。


なぜWTO改革が必要なのか

 続いて、議論はWTO改革に移りました。まず工藤が、WTO改革が求められるようになった背景について尋ねると、河合氏は中国の不公正貿易の問題に言及。これについては、今年のG7サミットの共同声明に「WTOの現代化」が盛り込まれたように、アメリカだけでなく日本やEUも問題視しているとしましたが、同時に現行のWTOでは律することができない問題であると指摘。そこで改革の必要性が出てきていると語りました。

 中川氏は、「GATTの機能不全」、「電子商取引など新しい分野でのルールづくりができない」ことに加え、「紛争処理プロセス」の問題点を指摘。各国がWTO提訴の動きを見せているように、制度自体は世界で利用されているものの、手続きに時間がかかることや、敗訴した場合でもすぐには是正を求められないなど仕組み自体の欠陥があるため、改革の必要性が叫ばれていると解説しました。


いかにして米中両国を説得すべきか

 次に、WTO改革の方向性について議論が移ると、「いかにして米中両国を説得すべきか」という観点からの発言が相次ぎました。

 河合氏はまず、米中両国が受け入れられるような方向での改革が大事だと語りました。もっとも、仮にアメリカが望むようなかたちで中国が不公正貿易を是正したとしても、「アメリカの貿易赤字はすぐになくならない」と指摘。そもそもアメリカの貿易赤字はアメリカ自身のマクロバランスに起因するところも大きいため、アメリカ自身の改革も進めないとトランプ大統領やその支持者が納得できるような結果にはつながらない可能性があると語りました。

 渡辺氏は、中国の不公正貿易の改革については、「是正した方が中国にとって得だ」と思わせることが大事だとし、そのためにはトランプ大統領が振るう"鞭"が有効な面もあるとしましたが、アメリカ一国の力だけでは限界もあるため、日本やEUも中国を説得する方法を考えていかなければならないと語りました。もっとも渡辺氏は、こうした改革を「至難の業」とし、先行きの不透明さも口にしました。

 一方、アメリカについては、論壇の力を重視。ノーベル経済学賞を受賞した学者などが中心となって、トレードルールを破壊した無秩序な高関税戦略は、長期的には必ず弊害が出るということを指摘しながら、トランプ大統領を説得していくべきと語りました。

 山﨑氏は、WTOをめぐっては各国それぞれの思惑があるものの、だからといって、それぞれが自国の国益のみを追求していくことは結局、「世界全体にとっての不利益となってしまう」とし、まず各国がWTO体制の重要性を再確認することが必要であると強調しました。

 個別の改革課題としては、新分野、特にデジタルでのルールづくりについて言及。アメリカが、中国の"デジタル覇権"を恐れていることが対立の大きな要因であるならば、例えばTPPのような透明性の高いデジタル貿易ルールをWTOでもつくっていくことを提案すれば、アメリカも乗ってくると予測。そのようにすればアメリカも参加した上でのWTO改革が進められると提言しました。

 一方、中国については、"自由貿易の旗手"を自任していることに着目し、「うまく中国の面子も立てながら、改革を促しWTO体制に組み込んでいくべき」と語りました。

 中川氏は、改革すべき課題のうち、前述の紛争処理プロセスについては、アメリカの方針には一理ある点も見られるために、アメリカも納得する形での合意ができる可能性はあるとの認識を示しました。

 一方で、ドーハラウンドが停滞しているように、新分野などその他のルールづくりでは難航も予想されるとしました。中川氏はその打開策として、「有志国間での交渉」を提示。例えば、電子商取引や投資の円滑化などでは、日本がリーダーシップを発揮して有志国間でWTOルールづくりに向けた事務作業を進めていることを紹介。そのようにしてコアとなる国々で「新しい21世紀型の世界経済にふさわしいルール」づくりを先導すべきと主張しました。

 一方、中国の不公正貿易是正に関しては、国有企業と補助金の問題など、「中国としては譲れない根幹の部分」の問題に触れざるを得ないために、難航も予想されるとの認識を示しました。それに対してはやはり「説得」が重要な鍵を握るとし、「WTO体制に組み込まれることが自国にとって最大の利益になる」ということを働きかけるべきと語りました。


今こそ日本がリーダーシップを発揮すべき

 続いて、工藤はこうした状況の中で、日本がなすべきことや果たすべき役割について問いかけました。ここでは日本のリーダーシップを期待する声が相次ぎました。

 中川氏は、WTO改革について、アメリカもEUもなかなか身動きが取れない状況の中では、日本が積極的なリーダーシップを発揮すべきと提言。前述のように電子商取引のルール化などではすでに実績があるため、十分に日本がリードすることは可能であるとの認識を示しました。

 また中川氏は、これから交渉が本格化する新たな日米貿易協議(FFR)についても言及。アメリカからの厳しい要求をかわし切れないとの予測を示しつつ、「しかし、だからといってアメリカのTPP復帰という基本線は崩してはならない。日米FTAをやるとしても実質的にTPPを2国間でやるような内容に持っていくべき」と提言しました。

 山﨑氏はRCEPに着目。このRCEPをTPPのようなハイレベルな自由貿易協定にすれば、それに加入する中国の改革姿勢も自ずと明らかになるとし、結果トランプ大統領の対中強硬姿勢も軟化すると予測。したがって、RCEPのルールづくりと締結において日本がリーダーシップを発揮すべきと述べました。

 渡辺氏も、日本を「米中をWTO体制に引き戻すために、両国を説得するポジションにいる」と指摘。中国に対する姿勢としては、TPPの厳しい国有企業規制を例示し、この水準に少しでも近づくように中国に迫っていくべきとしました。

 そして、そうしたアプローチを通じて中国の不公正貿易が徐々に改善され、デジタル覇権などの懸念が解消されることが、トランプ大統領に安心をもたらし、WTO体制へ戻ってくるきっかけになるとも語りました。

 河合氏も、日本の仲介役としての役割について提言。まず、中国に対しては、日本の日米貿易摩擦における経験を伝えることが大事だと語りました。

 一方、トランプ大統領に対しては、TPP復帰を粘り強く働きかけるべきと主張。なぜなら「アメリカがいるTPP」それ自体が、中国にとっては大きな圧力になるからであり、「中国を変えるためにはアメリカのTPP復帰が最も近道である」というロジックを安倍首相がトランプ大統領に説き続けるべきだと訴えました。

 会場からの質疑応答を経て最後に工藤は、自由貿易体制を擁護する上で「日本の役割は非常に大きいことを実感した」と所感を述べつつ、10月開催予定の「第14回東京―北京フォーラム」でも中国との間でこうした議論を展開していきたいと意気込みを語り、白熱したセッションを締めくくりました。

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