公開フォーラム「今後の日韓関係をどう考えればいいのか」

2019年6月14日

2019年6月14日(金)
出演者:
西野純也(慶應義塾大学法学部政治学科教授)
奥薗秀樹(静岡県立大学国際関係学研究科准教授)
安倍誠(ジェトロ・アジア経済研究所地域研究センター・東アジア研究グループ長)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

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2.徴用工問題の行方と、それが日韓関係に及ぼす影響は

kudo.jpg工藤:先ほど奥薗さんが言っていることが気になっているのですが、日本の「良くない」という意識の構造をきちんと見ると、徴用工の判決とかレーダー照射などに対して、今の文在寅政権が適切に対応していない、ということを理由に挙げる人が多いわけです。ただ、これを韓国の人に聞いても、同じように、「今の文在寅政権の日本への対応を評価しない」という人が一番多い(35.4%)という形になっています。これは韓国の問題なのか、日韓のお互いの問題なのか。どのように見ればいいのでしょうか。

徴用工問題に関与しない姿勢を、現時点では決め込んでいる文在寅政権

nishino.jpg西野:日本側は、とりわけ徴用工の問題、慰安婦合意の問題もそうですが、韓国側がしかるべき措置を取るべきである、徴用工の判決については、2005年に韓国政府が示した立場に基づいて、もし補償が十分でないところがあるならば韓国政府が責任を持って取り組みをすべきである、というのが日本側の認識ですよね。しかしながら、文在寅政権は、朴槿恵政権が慰安婦合意を国民世論やいわゆる被害者の方々の意見を無視する形で結んだ、ということを反面教師にしているわけです。したがって、徴用工の問題についても、訴えた原告の方々の声であるとか、国民世論というものを無視して、政府が何らかの措置を取ることは望ましくない、と。しかも、政府が何らかの形で介入をするということが、後々の日韓関係にはむしろマイナスである。したがって、この局面においては、むしろ何もしない方がいいのである、というような文在寅政権の認識がある。そういう認識に対して、韓国の中では、保守系の人たちであるとか、あるいは日韓関係について知見のある方々は、「それはあまりにも無責任なのではないですか」という声がかなり強くなっています。

工藤:韓国の李洛淵首相は判決の直後、日本への対応について「司法の判断を尊重し、判決に関する事項を綿密に検討する」との韓国政府の立場を発表しましたが、結果としてそういう結論になったということですか。文在寅政権は、徴用工の問題などにあまり関与しないという結論になっているのですか。

西野:今のところの暫定的な結論は、そういうことだと思います。すなわち、昨年10月30日に判決が出た直後には、韓国政府が昨年末までには何らかの立場なり措置を取る、という方針だったと理解していますが、しかしながら、いろいろ検討した結果、どうやら何か良い措置は考えつかない、ということで、しかも、その何らかの措置を取ると、せっかく

 長年苦労して裁判を戦ってきて、やっと報われる判決が出た被害者の方々の意に沿わない方向で、政治的な妥結なり決着をつけるということになりかねない。これは良くない、被害者中心ではない、被害者に寄り添う形ではない、というのが、文在寅政権の考えです。

工藤:その考えで行った場合、日韓関係はどうなりますか。

西野:文政権の考えは比較的一貫していて、とにかく、被害者に寄り添う形で、被害者が望む形での解決というのは、日本企業が被害者の方々に支払いをすべきである、と。したがって、このまま時が流れていけば、差し押さえをされた日本企業の資産が現金化される、それが渡される、ということで、文政権からすれば、それでいいのではないですか、ということになりかねない。ただ、日本からすると、後続の訴訟がどんどん起きて、収拾がつかなくなる可能性がある。韓国政府も当然、それを心配していると思いますが、今のところ、それに代わる、被害者の方々も納得する形での有効な枠組みを考えるには至っていない、という状況だと思います。

韓国側の政策転換は、米国の仲裁に期待するしかない状況。
  しかし、トランプ政権にそれを望めるのか

工藤:奥薗さん、今の話に続けて話をしてほしいのですが、今回の世論調査では、今の状況、状況をどう理解しているかは分からないのですが、しかし、「今の状況を改善する努力をすべきだ」という声が韓国で70.8%もあったのです。日本は40.2%くらいです。だから、両国民は「何かおかしい」と思っているわけです。しかし、今言ったような状況を見ると、政権としてはそのような改善の努力をあまりしない。ということになると、どういう状況になるのでしょうか。その場合、日本政府が報復するなどという形になれば、かなり厳しい状況になるとご覧になりますか。

okuzono.jpg奥薗:私はどちらかというと、やはり悲観的にならざるを得ません。一つは、韓国は今、北朝鮮の問題、もう一つは来年4月の総選挙まで1年を切っています。それに向けた政治的な駆け引きが本格化しています。その中で、文在寅政権は、今まで経済政策が非常にうまくいかない中で、支持率を支えてきたのは、北朝鮮との融和がうまくいったということです。それが、ハノイでの米朝首脳会談が物別れに終わったことによって、文在寅政権が南北だけにオールインして一生懸命やっているうちに、気がついたらアメリカからは不信の目で見られ、日本との関係はズタズタになり、中国との関係も回復とは程遠い。そういう状況に置かれて、北のことばかりやっていたら孤立してしまったではないか、という外交面での批判が、文在寅政権を攻撃する野党、保守系の勢力からすると、一番大きなイシューになっていると思います。そういう面で、対日政策においても、言論NPOで実施した世論調査で、韓国側でも「評価しない」(35.4%)が「評価する」(21.5%)を上回っているということです。

工藤:ということは、文在寅政権が、今の状況を見直すとか、対日問題でもっと何かをするという方向に変化する可能性はないのですか。

奥薗:一つは、韓国においては、例えば朴槿恵政権のときも、日本に対して、一時期、非常に強硬でした。あのときもそうだったのですが、日本に対して非常に強硬に出ている政策というものが、結果として韓国から見たときの対米関係を害する、米韓関係が揺らぎ出す、という悪影響を及ぼすようになったときに、「米韓関係が揺らいではいけない、揺らぐことがないようにするためには対日政策を改めなければいけない」という力学が働く側面はあると思います。そう考えたときに、今、日本と韓国は国交正常化して50年以上が経っているわけですが、非常に情けない話ではありますが、アメリカが今の日韓関係を非常に問題視して、仲裁という形で、アメリカが何らかの影響力を行使してくれるということを、一つ期待せざるを得ないようなところまで、日韓関係は来ている側面があります。

 オバマ大統領の時代、実際にオランダのハーグで日米韓首脳会談をやって、安倍首相と朴槿恵大統領をほぼ無理やり会わせるようなことをやりましたが、問題は、今のアメリカはオバマではないということで、果たして今のトランプ政権に望めるのかどうかは分からないわけです。

「制裁合戦」に陥れば、日本と韓国の経済にも影響が広がっていく

工藤:私が5月にワシントンに行ったとき、国務省の人は「仲裁なんてしませんよ」と言っていました。安倍さん、もし徴用工問題の影響がいろんな形で出てきて、日本企業が資産を売り、日本政府がそれに対抗する、となると、日韓の経済関係はどうなるのですか。

abe.jpg安倍:まさに、実際に差し押さえ、現金化等が行われて、それに対して日本が制裁をした場合、制裁の度合いと、それに対して韓国がどう出るかにもよるのですが、もし、「制裁合戦」のようなことになった場合、特に、実際の貿易など、本当のお金にかかわる部分に関する制裁が行われることになったら、当然、影響は出てくるでしょう。特に、やはり何か一つの制裁をやったとしても、その実際の影響はいろいろな形の波及効果、それだけ日韓はいろいろな相互依存をしていますので、何かの貿易を止めるとか阻害させるということになった場合、例えば日本がそういうことをした場合、間接的に別の日本企業に影響が及ぶとか、韓国国内の日系企業に影響が及ぶとか、第三国の日系企業に影響が及ぶとか、様々な形で影響が及びます。韓国側が制裁をした場合にも、当然、同じようなことが起こるということです。

工藤:日本企業はどうなるのですか。韓国から撤退するような状況にならないのですか。

安倍:それも制裁の度合い次第というか、実際のところ、今、韓国にいる日本企業は韓国企業にかなりコミットして事業をされていますから、そうそう簡単に撤退というようなことは難しいと思いますが、制裁がエスカレートするようなことになったら、その状況も変わってくる可能性があると思います。

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