公開フォーラム「今後の日韓関係をどう考えればいいのか」

2019年6月14日

2019年6月14日(金)
出演者:
西野純也(慶應義塾大学法学部政治学科教授)
奥薗秀樹(静岡県立大学国際関係学研究科准教授)
安倍誠(ジェトロ・アジア経済研究所地域研究センター・東アジア研究グループ長)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

3.日韓関係はなぜ重要なのか、その構造をどう展望し何を改善するのか

kudo.jpg工藤:世論調査で、「この状況を改善する努力をすべきだ」が韓国側の約70%、日本は約40%。日本は約30%が「今のところは無視するべきだ」などと答えているわけですが、それでも、一番多くの人が「改善する努力をすべきだ」と言っています。では、何を改善するのか、となった場合、あまり知恵がないのですね。こういう場合、徴用工など問題を解決するといっても、両国民の意識が非常に違うわけですから、なかなかできない。そうすると、普通であれば、政府間のコミュニケーションを高めて信頼を回復するとか、民間レベルでのコミュニケーションを高めるべきだ、という声が増えるのですが、全然増えていないのです。私は民間の対話をする立ち位置にあるので、「なぜ増えないのだろう」と思って、データを見たら、そうした声が日本の20代に少しだけ多かったのですが、その理由としては、多少、韓国人で話をする友人、知人がいる割合が相対的に多い、ということがありました。

 そこが唯一、私にとっては救いだったのですが、つまり、展望が見えないのです。その「展望が見えない」というところに、たぶん、奥薗さんが言った本当の構造的な大きな問題があって、どうすればいいか分からない、と言っているのか。それともまだ、政権の問題なのか。そこを見定める必要があると思います。

 世論調査で、北朝鮮問題に関する結果を見ると、去年の世論調査は南北首脳会談の後に行われましたから、北朝鮮の非核化や南北統一に期待する声が圧倒的だったのですが、この1年で一気に冷え込んでいるわけです。そうなってくると、今の文在寅政権がやっている方向に対して懐疑的に見る世論が広がっているわけです。ということになると、今の状況について何かの大きな見直しなどに期待することは楽観的なのか、それとも、これは構造的な問題なので、本質的にはどうしたらいいか分からない段階に来ているのか。そのあたりはどうでしょうか。

今の政権がもたらす要因と、構造的な要因の両方がある

nishino.jpg西野:政権ファクターと、構造的なファクターの両方があると思います。したがって、答えはイエス・アンド・ノーなのですが、構造的な要因はやはり大きくて、したがって、私は、政権が代わっても劇的に日韓関係が良くなるということはないと思います。なぜなら、いわゆる歴史の問題というのは、日韓の間には常にある。常にある問題の中で、新しい動きが出てきた。それは何かというと、韓国の司法が、従来の韓国政府の立場とは異なる形での判決をどんどん出すようになってきた。これが新しい現象です。なぜそういう判決が出るようになったのかというと、韓国の社会が大きく変わって、いわゆる進歩的なボイスが大きくなって、進歩的な社会の声を反映するような形で、司法が判決を出すようになってきた。したがって、これは構造的な変化の要因なので、今後もこういった傾向は続くのではないかと思います。

 ただ、他方で、今おっしゃったような北朝鮮に対する認識、さらに言えば中国に対する認識というのは、実は、我々が認識しているほど、日韓でものすごい差があるとは思っていません。文政権が南北融和という政策をとっていて、安倍政権はどちらかというと北朝鮮に厳しい政策をとっているので、政権レベルで見ると、日韓の対北朝鮮政策はすごく離れているのですが、おそらく、日韓の世論はこの中間のレベルにあるわけです。対中国認識も、私は同じだと思います。日本の対中認識は、尖閣の問題によって非常に厳しいものになっている。韓国の対中認識は、実は大気汚染の問題等があって、中国に非常に厳しいものになっている。もちろん、THAAD((高高度防衛ミサイル))の配備以降の中国からの経済制裁も、否定的な影響を及ぼしている。したがって、政権レベルでは、対北認識あるいは対中政策等が離れてはいるのですが、日韓の世論のレベルで見れば、やりようによっては、共通の基盤をつくる余地はまだあるのではないか、と思っています。ここをいかにしてすり合わせていくのか、というのが、政府レベルではない、民間、あるいは有識者レベルでの対話を行う一つの重要な意味ではないか、と思います。

工藤:それは、米中対立の中で、日韓がこの地域の中での共存を図るとか、そのようなビジョンを共通するという話を意味しているのですか。

西野:望ましくは、そういう形でのビジョンが共有できればいいですが、ただ、韓国からすれば、中国という存在が、日本が見ている中国よりも非常に大きいわけですから、完全にすり合わせるのは無理ですが、できるだけ共通の基盤のようなものをつくる努力をしていく。その可能性は、世論調査を見る限りでは、それほど悲観的にならなくていいと思います。ただ、そういった認識を少しすり合わせていくためには、相当の努力をする必要はもちろんあると思います。

日本と韓国、互いにとって相手国が持つ価値を冷静に考え直す局面

工藤:奥薗さん、構造的な要因と、今の政権の要因という話なのですが、ひょっとしたら、政権が大きく変わって、何かをするチャンスはもうないのか。韓国社会に構造的な大きな変化があるということは理解しているのですが、どうでしょうか。

okuzono.jpg奥薗:今、西野先生がおっしゃったことと通じるのですが、例えば、韓国の方々と話をしていると、「安倍政権だからこんなことになった」という見方は非常に強い。最近は、日本でも「文在寅政権だから」と。今回の世論調査にも「今の政権の間はダメだ」という声がかなり出ています。お互いがそういう認識を持っているのですが、私は、そういう期待はおそらく裏切られると思います。二人の首脳が代わっても、基本的に変わらないと思います。やはり、今の日韓関係というのは、乱暴な言い方ですが、先ほど安倍さんもおっしゃったように、冷戦時代はずっと垂直的な関係があった。韓国にとって、日本は絶対に必要な存在だし、なくてはならない存在だった。それがある意味で水平的になりつつある過渡的な時期にあって、その中で、例えば「お互いにとって相手国の価値は何なのか」、それが分かって初めて仲良くしようということになるわけです。あるいは、北東アジア地域において、「日韓関係が持つ重要性とか意味とはどういうものがあるのか」といったような認識。そういうものが、いつの間にかお互いがよく分からなくなっている。だから、「相手国との関係を改善しなければ、自分たちがこういう面で困るから、改善するのだ」という力学はなかなか働かなくなってしまっています。

 そういう意味では、もう一度、「日本にとって韓国とはどういう意味を持つ国なのか」「韓国にとって日本の重要性とはどういうところにあるのか」というのを冷静に考えるべきで、それは、例えば日本にとってみると、乱暴な言い方になりますが、朝鮮半島に「親中・反米」的な国家が将来的にできるというのは、日本にとって厄介なことになりますので、それは困るのです。そういう意味で、対中戦略上、あるいは北朝鮮問題の深刻さを考えたときに、朝鮮半島との関係は非常に重要である、というのがあります。韓国から見たときの日本についても、相対的に日本の比重が下がっているのは当然ですが、だからといって、日本という存在が韓国にとって本当に単なるワン・オブ・ゼムになってしまっているのか、ということは、韓国の方々にももう一度冷静に考えてもらいたい。朝鮮半島が置かれている地政学的な条件を考えると、「南北関係だけうまくいけば周辺の諸国もついてくるしかないのだ」といったような、当事者としての意識が文在寅政権には非常に強いものですから、「南北関係に全てを注ぎ込むことで全てが打開できる」という考えを文在寅政権が持っているかのように、どうしても私たちは感じてしまうのですが、果たしてそうだろうか、ということをもう一度考えてほしいと思います。

工藤:安倍さんにお聞きしますが、日韓の経済関係は大事なのですか。日韓が経済的に協力し合うことがどのように大事なのですか。世界的なサプライチェーンなどいろいろな形で、今後、日本にとって韓国が持つ経済的な意味、経済連携の意味をどのようにかんがえればいいのですか。

abe.jpg安倍:一つは、今の「垂直的な関係か、水平的な関係か」という話もありましたが、一定の分野では、日本にとっても垂直的な部分は依然として残っています。例えば、韓国の半導体産業が非常に伸びている中では、半導体装置の分野では日本が圧倒的に韓国に対して輸出をしていて、それが支えているという部分があるわけです。そういった意味で、お互いにウィン・ウィンなのです。日本企業にとっても、韓国企業はほぼ最大の得意先のようになっている、という意味では重要である、というところがあります。

 他方で、確かに日本と韓国は若干水平的な関係になって、競合しています。だから、そういう意味で相手のことが面白くない部分も出てきているのは事実なのですが、他方、言ってみれば、立ち位置がかなり似ているということです。特に、東アジアを中心に、部品・素材や機械等を輸出することで稼いだりしているという部分では、日韓は同じような部分がある。競合はするのだけれど、立ち位置が同じなので、環境整備等々では協力する、また、一緒になって他の国に企業が進出する。今日の昼も、日本のエンジニアリング会社の方とお話をしましたが、やはり、日本と韓国の企業が協力して行動するのは極めて一般的なことになっています。以前は、韓国企業が、自分はイケイケで、「日本企業なので」と言っていましたが、最近は、むしろお互いに協力してやりましょう、という感じになってきている。そういうコラボレーションのようなことは増えています。

 そういう中では、政府レベルでも、先ほどのTPPなどもそうですが、そういった共通の利害のようなものはありますので、そこをお互いに伸ばしていく余地はまだまだあると思っています。

地域の安全保障環境が大きく変化する中、
   これ以上の日韓関係悪化は日本の将来に決定的なマイナス

工藤:かなり本質的な話に入ってしまったのですが、最後に一言だけ、教えていただきたいのです。日本の将来にとって、日韓関係というのは重要なのでしょうか。重要だとしたら、何が重要なのでしょうか。今度は安倍さんからどうでしょうか。

安倍:今、お話したことの繰り返しになってしまいますが、ただ仲良くするというよりも、利害的な意味での重要性、それは、昔のように、例えば韓国が日本にものすごく依存するというようなところでは、とても重要というわけではないかもしれないけれど、パートナーとして、依然として利害が一致している部分があって、重要であると考えています。

奥薗:やはり、双方が今、戦略的になれずに、非常に近視眼的に、直前の選挙とか、あるいは、もっとレベルが低いところでいうと、意識的に相手を避けて、軽視して、パッシングして留飲を下げるような、そういうレベルにとどまっているようなところが双方にあるような気がします。そういう近視眼的な視点ではなく、もう少し中長期的に見たときに、やはり戦略的な面での利害というものを、我々は共有できるところがいくらでもあると思うのです。例えば、対米で考えると、アメリカは「アメリカ第一主義」と言い始めて、内向的になりつつある。ただ、アメリカがアジアに対する関心を失ってもらっては、我々は絶対に困るわけです。あるいは、中国が台頭してきて、その中国にどうやって建設的に関与していくかというのは、日本だけでは無理だし、韓国だけでも無理なのです。対中でも協力できること、協力しなければならないことばかりだと思います。経済の面でも、私は専門ではないですが、例えば少子高齢化とか、人口減少時代とか、そういう共通の課題を抱えて、大きな目で見たときに、これからどう取り組まないといけないのかというのは、共有できるところがいくらでもあると思います。そういう、中長期的に見た戦略的な利害の共有をお互いが認めて、新しい関係をつくっていくというのが必要だと思います。

西野:私は国際政治学者なので、どうしてもそういう側面から見てしまうのですが、この地域の安全保障、あるいは日本の安全保障を考える際に、やはり韓国との関係、さらに言えば日米韓の関係というのは、この地域の安全保障、日本の安全保障の基盤なのですね。つまり、アメリカを中心とする同盟関係のネットワーク、これを専門的にはサンフランシスコ・システムと呼びますが、サンフランシスコ講和条約プラスアルファでつくられた、この地域の安全保障のシステムというのは、実は、冷戦が終わっても、70年間基本的には変わっていないのです。したがって、日米安保条約が朝鮮戦争によってできたということからも明らかな通り、日本の安全保障、あるいはこの地域の安全保障にとって、韓国との関係というのは、なくてはならない、基本的な安全保障の構造の中心に位置していると思います。

 しかしながら、現在の朝鮮半島で起きている動きというのは、朝鮮半島の緊張が今後さらに緩和していくにしても、あるいは、このままの状態で続くにしても、今、米韓同盟が非常に大きな変化を迎えている。すなわち、いわゆる戦時作戦統制権が2020年代半ばまでにアメリカから韓国に移される。朝鮮半島のローカルな安全保障のシステムが変わろうとしているわけです。これは、日本の安全保障にも大きな影響を与える。したがって、この秩序が今後続くにしても、そういう形で変わるにしても、日本はやはり韓国との関係、韓国とアメリカとの安全保障の関係に無関心ではいられないわけです。これからの2~3年、あるいは4~5年が決定的に重要な時期になると思いますので、その間に韓国との関係がさらに疎遠になるということは、今後4~5年だけでなく、長期的な日本のこの地域との関係、あるいは安全保障の関係に決定的なマイナスを及ぼすと見ています。そういう意味で、まさに戦略的に考えるということが重要なのかな、と思います。

工藤:ありがとうございます。今日出された皆さんの考えが、今度の「第7回日韓未来対話」のメインテーマになるのだと思いますが、残念なことに、世論調査で「日韓関係はなぜ重要か」に対する答えを見ると、少なくとも「民主主義などの共通の価値観を有する国同士だから」というのは、両国で10%未満(日本9.4%、韓国7.9%)なのです。今、西野先生がおっしゃった「アメリカの同盟国同士として安全保障上の共通利益を有しているから」は、日本では22.4%あるのですが、韓国では9.8%です。ただ、確かにここをきちんと議論して、共通理解を深めることを、声を上げてやる時期かもしれません。そういうことで、今度の対話を何とか成功させたいと思っています。22日のオープンフォーラムはインターネットで中継しますので、ぜひ皆さんにも見ていただきたいと思っています。今日はどうもありがとうございました。

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