言論スタジオ

深刻化するイラン情勢をどう見るか

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2019年8月2日(金)
出演者:
田中浩一郎(慶応義塾大学大学院教授)
鈴木一人(北海道大学教授)
小塚郁也(防衛研究所政策研究部防衛政策研究室主任研究官)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


 世界的課題について議論する言論NPOによる「ワールド・アジェンダ・スタジオ」は8月2日、都内の事務所で「深刻化するイラン情勢をどう見るか」をテーマに開かれ、田中浩一郎・慶応義塾大学大学院教授、鈴木一人・北海道大学教授、小塚郁也・防衛研究所政策研究部防衛政策研究室主任研究官の3氏をゲストに議論しました。


kudo.png イランの核問題については、米国の離脱とその後の制裁の強化があり、またイラン側はウラン濃縮度を引き上げるなど、合意を逸脱する行為を繰り返し、合意は崩壊の危機にあります。さらに、英タンカーを拿捕するなど欧州とも亀裂が深まっています。司会の言論NPO代表・工藤泰志はまず、トランプ大統領は、なぜここまでイランに対し、強硬な態度を取っているのか、ずばり聞きました。


トランプ大統領は、なぜ強硬なのか

tanaka.png 田中氏は、「幾つかの要因が重なっているが、まずイランに対する敵愾心が根底にある」と指摘します。その上で、米国の大統領選挙対策として、親イスラエル政策を標榜する団体に依存し、裏を返せば、それは反イラン政策になる、と語ります。さらに、トランプ大統領は、オバマ政権のレガシーなるものを全部潰したいという動機に引っ張られているところがあり、これらが不幸にして全てイランに向かってしまい、イラン核合意が最も標的になりやすかった、と説明しました。工藤は、イランという国を潰しかねない、という異常な考え方まで行き着くのか、納得できない様子でしたが、田中氏は、「トランプ大統領は、イランの指導者が"まいりました、貴方の言うことを聞きます"とインスタ映えするような首脳会談の場を提供すれば、溜飲が下がるだろう。ところが大統領の下にいる筋金入りの対イラン強硬派が、大統領の耳元で囁いたり、デスクの上のペーパーを読まされるような格好で対イラン制裁の強化を発表する。こういうお膳立てをする人たちがいるのだろう」と付け加えました。

suzuki.png 2013~2015年まで、国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーだった鈴木氏は、「親イスラエルの観点からすると、宿敵・イランのほかに、イスラエルの周囲にあるレバノンのヒズボラ、ガザ地区からミサイルを撃ってくるハマスやイランを支援している。さらに、イエメン内戦で、トランプ大統領と親密なサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン(MBS)皇太子が目の敵にしているシーア派民兵のフーシ派もイランは支援している。オバマ氏が結んだ核合意は、核のことしか議論せず、こうしたイランの地域覇権の野心とかイスラエルに届くようなミサイルを開発しているのを止めなかった。だからこの合意はダメだ、との見方から昨年5月にトランプ大統領は核合意から離脱する判断をした」と語りました。


トランプ政権の中東政策は支離滅裂

koduka.png 一方、小塚氏は、両氏の見解に1点、付け加えました。それはトランプ大統領の外交の特徴として、「取引重視であって、最終的には、最大限の圧力をかけて、イランを再交渉の場に引っ張り出すのを狙っていると思う」と話します。その意味では、北朝鮮の交渉と同様で、「一時期までは空爆までするような話だったものの、今は金正恩と対話、交渉している。それと同じようなことをトランプ大統領は考えているのではないか」という小塚氏でした。

 では、イランの核合意が不安定化したら、どうなるのか。核合意が崩壊する状況にあるのなら、イランは核保有国になるという、当初、想定されたような大きな動きが始まろうとしているのか、司会の工藤が問いました。


崩壊しない核合意

 「イランの核合意の下で、彼らが約束した核活動の一部が、リミットを越えた活動に入り、これが脅威や危険度を高めていると言われている。仮にイランが核兵器開発の道を歩もうとしても、それができないように二重、三重・・・十重にもいろいろな仕掛けをしているので、一部分がリミットを越えたからといって崩壊はしない」と言うのは田中氏です。さらに、「方向性としては正しくないが、一カ月のうちに重大な危機がくるというわけではない」と語ります。イランも欧州の英、独、仏もこうしたことはわかった上で対応していて、全て核合意の枠組みの中でのことであり、まだ時間的余裕はある、との見解を示しました。

 それでは、米国はなぜ、核合意はダメだと言い、離脱しなければいけなかったのか。これに対して田中氏は、核合意では弾道ミサイルについて触れていない点、イランにウランの濃縮を認めているという点で、不完全な合意だと指摘。そして、米国は一定の期間が過ぎたら、色々な制約は取り払われて、核兵器を保有してもおかしくないという疑念に立っていると説明しました。

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不信感は残るが

 これからの展開について鈴木氏は、「核合意というのは、イランが核兵器を保有するまでの時間を長くするというもので、イランがNPT(核不拡散条約)のメンバーであり続け、IAEA(国際原子力機関)の査察を受け入れ、原発や医療など平和的利用に核技術を使うというのが表向きの公式な立場だ」と指摘。それでも、過去にイランが秘密裏に核兵器を作ろうとしていたではないか、とイスラエルは非難し、制裁を受けてきたという疑念は残るだろう、と語ります。しかし、以前より厳しいIAEAの査察が入り、イランが隠れて核開発することは、より困難になっており、疑念は常に晴れないものの、イランがIAEAを放逐しない限りは査察があって、核兵器開発に進むことはないだろうと説明しました。

 そもそもイランには核兵器を開発する意図はなかったのか。長年、中東を研究してきた田中氏の返答は、「それはわからない」と簡潔でした。具体的には、核兵器に通じる開発と考えられる研究はしていたものの、核分裂物質は使っていないのでアウトにはならず、IAEAも玉虫色で解決するしかなかった、と指摘します。

 一方、小塚氏は、国際安全保障の観点から、包括的共同行動計画(JCPOA)の枠組みの中でのイランの核問題の処理というのは、イランが核兵器を製造するまでのブレイクアウト期間を1年以上にするための合意だった、と説明。しかし、この枠組みの下で、イランが中距離弾道ミサイルの発射実験をしたり、テロ支援を行ったとかいう地域安全保障上の問題を考えると、JCPOAの枠組みでは中東安定化のためにはなお不十分であり、イランも現実的に3.67%のウラン濃縮制限等を破ったりしている状況では、いつかイランが核兵器を持つのではないか、という疑念が再燃される恐れがあるとした上で、「そうした点についての、トランプ政権と英仏独あるいは日本の評価が違ってきているのではないか」と話しました。


イランと米国のせめぎあい

 イランの中東地域における行動の意図は何なのか、と工藤は質問しました。「イランは中東の大国として、またシーア派の盟主として地域的影響力を持っているのは否定できない」と言うのは鈴木氏でした。歴史を振り返れば1979年、それまで親米政権だったパーレビ王朝をホメイニ師のイスラム革命で倒し、現在のイラン共和国という反米国家ができた。1980年にはイラン・イラク戦争が起こり、イランは革命以来ずっと米と対峙し続けている状況下で、米の影響を交わそうと思うと、自分から攻撃的にならざるを得ない、と指摘します。また、米国の代理人という形でイスラエルが存在し、米国から武器を大量に買っているサウジアラビアも目の前にあり、それにも対抗しなければいけない。そこで、「イランは防衛的になればなるほど、外に影響力を発揮せざるを得なくなる一方、米国にはそういうイランを体制転換したい、という願望があり、そのせめぎあいになっている」と、鈴木氏はイランと米国の関係を分析しました。

 次に工藤は、「対イラン攻撃をトランプ大統領が10分前に中止させた」との報道に言及しつつ、トランプ政権のイランに対する強硬な姿勢がこのまま続けばどうなるのか、そしてそれは中東全域にどのような影響をもたらすのかを問いかけました。


軍事衝突はアメリカ・イラン双方にとっても得にならない

 これに対し小塚氏はまず、現状について最近メディアで報道されているほどの緊張は高まっていないとし、アメリカの強硬姿勢はあくまでもイランを再交渉の場に引き出すためのトランプ流のディールの一環にすぎないと指摘。また、来年に大統領選を控えているトランプ大統領にとっては、多くの米兵を失うことになるイランとの戦争は自らの支持者も失うことにつながりかねないために、そうした大統領選のディールとしても「全然得にならないと判断したのだろう」とトランプ大統領の意図を読み解きました。

 他方、イランとしても対米戦争の勝算など皆無であるために戦争は望んでいないとし、今後、1980年代後半のイラン・イラク戦争期に起きたタンカー戦争のようなホルムズ海峡での偶発的な衝突は起り得るとしても、それがアメリカとイランとの全面的な戦争にまでは発展しないとの見通しを示しました。

 次に工藤は、経済制裁について研究している鈴木氏に対しては、「この制裁でイラン経済は壊れるのではないか」と質問しました。


"制裁慣れ"しているイランには今の制裁は決定的な打撃とならず、体制打倒の動きにもつながらない

 鈴木氏はまず、イランは建国以来制裁を受け続けているために、"制裁慣れ"していると解説。確かに、現在の制裁は核合意以前のものよりも「もっと露骨な制裁」であり、外貨収入も断ち切られているものの、制裁慣れしており、さらに国内に8000万人という大きなマーケットがあって自立性の高いイラン経済がこれでつぶれることはないとの見方を示しました。

 これを受けて工藤は、そうはいっても経済的に苦境に立たされることは間違いないために、「指導者層に対する社会の不満が噴出し、現体制を揺るがすような事態にならないか」と重ねて問いかけました。

 これに対し鈴木氏は、「それもない」と断言。まず、北朝鮮とは異なり、情報の管理が緩いイランでは、アメリカ文化も流入してきていて、それは若い世代の憧れの対象になっていると指摘した上で、「アメリカ文化を止めようとする指導層に対しては、制裁以前から不満を抱いていた」とし、指導層への不満があるにしてもその原因は制裁ではないと解説。

 同時に、生活が苦しくなっていることへの不満は、イラン国内では「アメリカの制裁のせいだ」ということになっているために怒りは指導層よりもトランプ大統領に向かっていると指摘。そのため、現下の生活の苦境には指導層の責任はないことになり、したがって体制転覆の機運も高まらない状況になっていると解説しました。

 鈴木氏の発言を受けて田中氏も、「トランプ大統領とその側近たちが考えているほど、あと一押しすれば、国内各地で暴動が起きて体制が転覆する、というようなところまではいっていない」と米政権の"思い違い"を指摘。そのようにイランで反体制運動が高まらないことの背景としては、「アラブの春」があるとし、「確かに、イランの人々は現体制に不満を持っており、変革したいとは思っている。しかし、『アラブの春』で体制をひっくり返したところはどこも混乱が続いて、変革以前よりもひどい状況になっている」ために、イラン国民としても「アメリカの尻馬に載せられて体制打倒をしたところで出口は見えない。むしろ想像できる未来は今よりもひどいものだ、という認識があり何も動かない」と分析しました。

 トランプ大統領の側近の話が出てきたことを受けて、工藤は、「トランプ大統領は大統領選を意識したディールでイラン問題に対応しているとしても、彼の周囲はどうなのか。周囲が強硬であれば、いつのまにか彼らに引きずられるかたちでイランと衝突してしまうのではないか」と疑問を投げかけました。


結局は腰が定まっていないトランプ大統領次第

 これに対し鈴木氏は、イスラエルやサウジアラビア、UAEなどのロビイスト活動がアメリカ国内で活発に展開されているし、イランとの対立を煽ることでお金を儲けている人たちがいるため、そうした人たちの言説に乗せられてしまうとトランプ大統領も判断を誤りかねない、と解説。そのトランプ大統領は強硬派の話を聞けば強硬的なことを言い、穏健派と話をすれば穏当なことを言ったりと「腰が定まっていない」ために、今後の動向も未知数な部分があると述べました。

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 最後の質問として、工藤は今後の日本の立ち位置、特にアメリカが提唱している"有志連合"構想への参加の是非についてについて尋ねました。


海上警備だけでなく、対イラン軍事圧力という性格まで加わった有志連合には参加しにくい

 小塚氏は、ホルムズ海峡の航行の安全確保に関していえば、アメリカの中央海軍第5艦隊司令官が事実上指揮を執るコンバインド・タスクフォース152(CTF-152)がすでにペルシャ湾内に展開しており、アラビア半島沖でペルシャ湾とは反対側のソマリア沖では海賊対処の目的で、日本の海上自衛隊の護衛艦1隻と対潜哨戒機2機が同様の多国籍艦隊であるCTF-151によるアデン湾のゾーンディフェンスの任務に現在参加しているため、「実はすでに事実上の有志連合がペルシャ湾とアデン湾に存在している」ことを紹介。しかし、現在アメリカが提案している新たな有志連合構想とは、CTF-152が任務とするホルムズ海峡周辺の海上治安と監視活動に加えて「イランの挑発行動を抑止することも目的」としているために、「イランに対する軍事的な圧力という色彩が出てしまうと、日本としては参加しにくい。だから、安倍政権も何か煮え切らないような対応になっている」と解説しました。


アメリカ・イラン双方と対話ができるポジションにいる日本が両国の接点を提供すべき

 鈴木氏も、アメリカが構想する有志連合に参加する利益は日本にはないと主張。日本にとっての利益とは、ペルシャ湾、ホルムズ海峡の安定であり、そのためには緊張緩和が最優先課題であるが、有志連合結成はむしろ逆に、イランとの緊張関係を高めるものであると語りました。さらに言えば、この海域を通過する船舶は無数に存在しているために、いくら日本が護衛艦を出したところで対応し切れず、「現実的な問題としてもあまり効果はない」と指摘しました。

 その上で鈴木氏は、日本がなすべきこととしては、アメリカともイランとも対話ができるという世界でも稀なポジションにいることを活用すべきと主張。具体的には振れ幅のあるトランプ政権の対イラン政策の変化を上手く捉えて、タイミングよくアメリカとイランの対話の接点を提供するべきとし、「日本が何らかの持ち出しをすることも含めて、アメリカとイランにとってプラスだと思えるものを提供することは可能だ」と語りました。


カギは原油輸出の解禁。日本はどこまで本気度を行動で示せるか

 田中氏は、少なくとも今年5月の時点までは特に大きな問題がなかったのに、以降事態が一気にエスカレーションした原因として、一方的な合意の離脱とアメリカの強硬なイラン政策があるとし、ディエスカレーションするためにはアメリカの行動を抑制することが必要であると主張しました。

 もっとも、現在のアメリカが強硬路線を急激に転換する予兆はないため、当面の措置としては、苦境に喘ぐイランが「少し息ができるような、それから体面を保つことができるような場を設定しなければならない」と問題提起。同時に、今最低限必要なことは、「イランの原油輸出を認めること」であるため、そのためには「各国がアメリカに背いてでも、『イラン原油を引き取る』という姿勢を見せなければならない」と主張。しかし、6月の安倍首相のイラン訪問では、「トランプ大統領と会ってきたその足でテヘランに乗り込んできたわけなのだから、『アメリカからイラン原油を一定量買うことの確約を取ってきた』くらいの啖呵を切らなければいけなかった」とし、「日本は大きなチャンスを逃してしまった」と振り返りました。

 もっとも、田中氏はアメリカと北朝鮮は3度首脳会談を重ねてもまだ成果がないことを引き合いに出し、「外交というのはプロセスであって、一発勝負ではない」とまだあきらめる段階ではないことにも言及。今後、日本のやるべきこととしてはイランとの対話の継続と、日本としての本気度を行動で示すことを求めました。

 対話の継続が重要という点には鈴木氏も同意。ハメネイ師が「トランプ大統領とは話はできないけれど、安倍首相とならできる」と発言していたことに着目し、「まだ対話がつながる可能性はある」と希望を見出しました。

 議論を受けて最後に工藤は、「せっかく日本に役割を発揮できるチャンスがあるという状況なのだから、それを活かしていくような流れをつくっていくことがこれから必要だ」と所感を述べ、議論を締めくくりました。

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