言論スタジオ

気候変動対策には、市民の危機感を具体的な行動につなげる視点が必要

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2019年10月16日(水)
出演者:
江守正多(国立環境研究所地球環境研究センター 副センター長)
松尾直樹(地球環境戦略研究機関 上席研究員)
西山裕也(政策コンサルティング会社GRジャパン マネージャー)


司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)



―パリ協定の目標達成は、「今の常識」では間に合わない

 言論NPOは10月16日、「気候変動対策はもう間に合わないのか」をテーマに、世界的課題に対する日本発のオピニオン形成の舞台であるワールド・アジェンダ・スタジオを開催しました。登壇した3名の専門家は、パリ協定で定めた、世界の気温上昇を産業革命以前に比べて1.5~2℃以内に抑えるという目標の達成は、現状対策レベルでは到底不可能だとし、気候変動を食い止めるためには、潜在的に高まっている世論の危機感を具体的な行動につなげる視点が欠かせないという認識で一致しました。

 議論には、国立環境研究所地球環境研究センターの江守正多・副センター長、地球環境戦略研究機関の松尾直樹・上席研究員、政策コンサルティング会社GRジャパンの西山裕也マネージャーが参加しました。


政治レベル、市民レベルの両方で存在する日本と世界の温度差

 初めに、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、9月の国連総会やその後の「気候行動サミット」において、気候変動問題へ強い警鐘を鳴らすグテーレス国連事務総長やスウェーデンの16歳の若い環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんの発言が大きく注目されたことを挙げ、「世界では気候変動への危機感がかつてなく高まっているが、この状況をどう受け止めればいいのか」と3氏に問いました。

 日本学術会議は9月19日、世界のCO2排出量を今世紀半ばまでに実質ゼロにすることなどを求めた「将来世代のための新しい経済・社会システムの早急な変革」の緊急メッセージを出しましたが、その作成に携わった江守氏は、「先日の台風19号の時に気象庁が『命を守る行動を取ってほしい』と言ったが、このメッセージはこれと同じ危機感の話をもっと長い時間軸で研究者が発していると受け止めてほしい」と、その意図を説明。「気候変動の専門家は、脱炭素はできるだけ早く実現しなければならないと考えているが、市民の大多数は脱炭素という言葉すら聞いたことがない」と、専門家の危機感が世論に伝わっていないことへの懸念を語りました。

 松尾氏も、日本を含めた世界の気候変動対策が遅すぎるという見解を提示。「CO2排出量は現在でもまだピークに達しているわけではなく、まだ増える可能性がある中、それを逆に減らすという難しい課題が突き付けられている。これは現代文明の在り方自身が問われるもので、その点があまり考慮されないまま、願望だけが先走っている」と語りました。
 
 西山氏は、グレタさんの呼びかけにより世界で700万人が参加した学校ストライキが起こったが、日本では数千人しか参加しなかったことを挙げ、「まだ日本では理解不足や躊躇が見られる。参加の環境を大人たちが整えなかったところにも問題がある」と述べました。

  また西山氏は、危機意識の欠如は政治レベルの問題にも見られると指摘。今回の国連総会に参加した小泉進次郎環境大臣が、CO2を具体的にどう減らすのか、日本がこだわる火力活電をどう減らすのかという質問への答えを全く用意していなかったこと、さらに、今回の気候行動サミットで77ヵ国が2050年までにCO2実質排出ゼロの目標を掲げた後も、日本政府に目標を引き上げる動きが出ていないことを例示しました。

 そして西山氏は、政治のこうした状況は、やはり世論の危機感が高まっていないことに一因であると述べました。


「1.5℃までの上昇なら大丈夫」という話ではない

 3氏の厳しい現状認識を受け、工藤は「1.5℃目標」はこの状況で達成可能なのか、学者や専門家が本気で社会に説明するタイミングに来ているのではないか、と改めて問いました。

 松尾氏は「科学的にはっきりとしているのは、現状の対策だけでは絶対に無理だということ」と断言。「各国の排出目標に強制力を持たせようという試みは2009年のコペンハーゲンの会議で否定されてしまった。パリ協定には、各国が削減目標を5年ごとに提出・更新し、1.5~2℃ゴールに向かっているかをチェックする仕組みがある。しかし、現状では各国の目標を足し合わせても2℃ゴールの達成にも大きく不足しており、これから、これをさらに厳しい目標に引き上げ、さらにそれを達成しなくてはならない。また、パリ協定には各国目標達成への進捗を2年ごとに相互に報告・レビューを受ける仕組みが存在するが、パリ協定がうまく機能できるかは、まさにこれからの努力にかかっている」と語りました。

 江守氏は、「産業革命以前と比べてプラス1.5℃以内」という目標の意味について、「1.5℃までなら大丈夫だ、という問題ではない」と主張。「世界の平均気温がある水準を超えると、今年起きたアマゾンの森林火災のような事象が世界中で連鎖反応を起こし、人類の力では止められなくなるおそれがある。それ自体は論文で指摘されているが、何℃の気温上昇によってそれが起こるのかは誰にも分からない」と述べ、パリ協定の目標値は「1.5度までならセーフと言っているのではなく、1度の温暖化でも既に異常気象などで悲鳴が上がっている。1.5度ならさらにひどくなるので、何としても1.5度で止めなければ、というのがこの新しい目標の意味だ」と説明しました。


 西山氏も、「不可能かというと、現状の常識では不可能であり、常識自体を変える必要がある」との見方を提示。「例えば、かつて奴隷制度は当たり前の概念だったが、ある時点から、奴隷がいない社会の方が普通だと皆が考えるようになった」と述べ、そのようにCO2を出さないエネルギー生産の方が自然だ、と感じられるような認識変化を、いかに早く起こせるか、という勝負になっている、と強調しました。

自分の行動をどう変えれば排出削減につながるか、世論は理解していない


 次に、工藤は世論の認識に話題を戻し、言論NPOが現在集計を進めている世論調査で、パリ協定の目標達成が「可能だ」と考える日本国民が2.4%にとどまり、「現状の努力では不可能」が31.5%、「もはや危機管理に段階に入っている」が22.3%あることを紹介。

 「多くの市民は、台風の大型化などの異常気象に直面し、潜在的には何かがおかしいと思っているはずだ。しかし、それが具体的な政策の動きに結びついていない」と指摘し、1.5℃目標を達成するには何が必要なのか、3氏に尋ねました。


 西山氏は、「政府で働く公務員が特定の産業に打撃を与える政策は打ち出しにくい。その判断を下すのは政治の仕事であり、政治を動かすのは国民の声だ」と、世論の重要性を強調。具体的には、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の中で「持続可能な生産と消費」の達成を優先すべきと考える人が6.8%にとどまっている、という言論NPOの世論調査結果に着目し、「CO2排出が少ない方法で生産された商品を選ぶという点で、消費者もCO2削減に影響を及ぼしているという意識がまだ低い。自分たちの行動をどう変えれば排出削減に結びつくか、という解説はメディアでも少ない」と、課題を挙げました。

 さらに西山氏は、「再生可能エネルギーが普及している国は、導入に伴う当初の費用増加に国民の理解が深い。一方、日本の電力政策は料金の安さという意味の経済性だけを追求し、環境負荷という経済性の部分は捨てられている」と指摘。気候変動による経済への悪影響は広い意味での「経済性」に加味されるという意識を、国民全体で高める必要があると訴えました。

 松尾氏は、排出削減の取り組みが進むためには、気候変動による将来への危機感に加え、2050年の社会のあり方を考えながら、ドラスティックに行う必要があると指摘した上で、消費パターンを見直す需要サイドの対応に加えて、供給サイドでも炭素税などの経済原則に基づいて経済誘導をしながら、再生可能エネルギーの現在の大きなウェーブを活かしつつ、社会全体に、排出量取引制度などの、CO2排出の社会コストを経済コストに上乗せする仕組みを作っていく方向性も求められていると、強調しました。


日本の政策に欠けている「ゴールベース」と「エビデンスベース」の視点

 最後に工藤は、気候変動がもたらす破局を防ぐため、日本は何から始めるべきか、と問いかけました。

 西山氏は、政府が考えるべき四つのポイントを提示。第一に、積み上げ型でなく、どれだけ排出削減すべきかから逆算した「ゴールベースの政策立案」。第二に、統計データを用い、どういう政策がどういう効果を上げたのかを把握しつつ議論を進める「エビデンスベースの政策立案」。第三に、不都合な事実に正面から向き合った「希望的観測でないシナリオ設定」。第四に、深刻なリスクには早めに対策を打つという形での「リスクマネジメント」だと説明。

 その上で、CO2の排出に伴う、「外部不経済の内部化」に真っ先に取り組んでほしいと、要求しました。

 松尾氏は、最も有効な対策は「政治や役所が2050年の日本の姿を示すことだ」と発言。例えば「世界の温暖化を日本の技術フロンティアで解決していく」といった、日本の役割に関する強力なメッセージ性のあるビジョンがあって初めて、ビジョンへの共感から具体的なアクションが生まれる、と語りました。

 これに関連して工藤は、政府のエネルギー基本計画では2030年より後のエネルギー政策に触れていないことや、日本の石炭火力発電所の増設方針とパリ協定における「2050年に80%削減」の目標との整合性が取れていないことを指摘。「政治は、明確なビジョンを国民に説明すべきだ」と要求しました。


 江守氏は、国民に今起こっていることの理解を広げるという点では、「先日の台風19号のような機会をとらえて、防災の話はもちろん大事だが、それだけに終わらせず、気候変動の事を考える機会に広げることが、最も大事」と主張します。

 また、江守氏は、企業側の変化について、「日本では経済の先行きへの不安が強く、企業が脱炭素化した世界で儲かっていく展望が見えないと、脱炭素化が進まない」と指摘。この常識を変えるためにも、鉄鋼メーカーが総合素材産業に変わり、化石燃料企業が総合エネルギー会社に変わるような脱炭素化の動きが急速に進むことが不可欠と、語りました。

 西山氏は、ノルウェーの石油公社スタトイル(Statoil)が社名から「oil」を外し、欧州有数の風力発電事業も手掛ける総合エネルギー会社エクイノールに生まれ変わった事例を紹介し、「企業は脱炭素化に向け、事業領域そのものをも見直していく覚悟が必要だ。政府や国民にも、そうした努力を企業に促すことが求められる」と語りました。

 最後に工藤は、これまで言論NPOで行った気候変動の議論と異なり、「今回は、市民の危機意識をどう高め、行動につなげるかという立て方で議論を行った」と説明。そして、この議論には続きがある、とし、今後も私たちが直面する世界の様々な課題を考える材料を市民に提供していきたいという決意を語り、議論は終了しました。

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