アジア戦略会議勉強会 「アジアの2025年」の模様

2003年9月11日

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アジア戦略会議では、二年度目の議論を戦略形成の明確な方法論に従って展開することとしています。その参考事例として、アメリカの国防総省のレポートである「アジアの2025年-1999年夏に行われた研究の最終報告書-」の勉強会を8月19日に有志で開催しました。

出席者は、横山禎徳(社会システムデザイナー)、夏川和也(元統幕議長、現日立製作所顧問)、谷口智彦(『日経ビジネス』主任編集委員)、工藤泰志(言論NPO代表)、松田学(同理事)です。そこでは、今後、戦略形成の議論を進めるに当たり、戦略形成の方法論が貫かれているとされる一つの事例としてこのレポートから何を読み取るかにつき、活発な議論が行われました。以下はその要旨です。詳細は議事録をご覧ください。

1.「アジアの 2025年」レポートの特徴について

このレポートで採られている軍事力の比較方式は、 ネットアセスメント方式である。反対語がビーンカウンティング方式(大豆を数えるが如く、戦車の台数、艦船の隻数、核弾頭の数等を機械的に数えることによる力の評定)で、これに対し、ネットアセスメント方式は、軍隊の士気、将校と兵卒との関係、通信系統の能率、それを支える技術など、あらゆる情報を視野に入れつつ、結局どちらが強いのかを評定する方式である。

本レポートでは、このネットアセスメント方式が、アンドリュー・マーシャルなる一人の人物が 30年以上考えた蓄積の上に立って展開されている。その方式の下で着目されるようになった概念が、 RMA(Revolution in Military Affairs)である。彼は部下に 20数カ国の軍事文献を徹底的に読ませ、未来型の戦争を念頭に技術感度の高い国を、中国を含む7~8カ国に絞り込んだ(日本は入らず)。そこでは、ITやネットワーク技術により、従来の武器を積むプラットフォームがほとんど無力になる戦争が仕掛けられる可能性が警告された。

こうした流れを汲みつつアジアについてのシナリオを立てた本レポートの作成以降、アメリカの軍事戦略の中心はヨーロッパではなくアジアとの認識に転換する。特に、東アジアの浅い海域の手薄さへのマインドが高まった。中国が脅威との認識との見合いで、インドへの評価が積極的であり、インドと組む方向が示唆されている。インドでの反響も大きく、その後、アメリカとインドとの軍事協力も緊密化している。他方で、イラク戦争では基地を使わず長距離で対応する方式が現実化した。このように、本レポートは様々な点で 現実の軍事戦略のベース になっているとみられる。

本レポートでは、人口やエネルギーなどソリッドな要素から予測を始めるアプローチが採られている。そこから シナリオ をいくつも立てて、それに対する可能な限りの想像を行うという 思考実験 が特徴的である。これは日本には見られない手法である。


2. 本レポートをどう評価するか

単純な人口動態に寄りかかった判断は一面的ではないか。そこには「クリティカル・マス」が存在するのであり、一国の人口が数千万人規模になると、それが短期的であっても大きな撹乱要因となり、その影響は長期に続く。規模ではなく、ある種の 不連続点のような何らかの概念を持ちこんだ議論が必要ではないか。

長期予測では「不連続」がつきものである。例えば、 1960年代の技術予測の中で 70年代に出てきた3大技術は予測できなかった。不連続は扱えないという前提で、3つの効果に分けてシナリオを作るべきである。それは、(1)平衡効果:バランスする効果(ハイテク→ハイタッチ、グローバリゼーシッョン→リージョナリズム、高齢化時代→年齢不詳化時代)が必ずあり、その概念をシナリオの中で見つける。(2)累進効果 :「風が吹けば桶屋が儲かる」まで進めてシナリオを書く。(3)反転効果:上がれば下がる、下がれば上がる。重要と思われる項目について以上3つだけで議論する結果、敏感となった頭脳によりシナリオが出来上がる。

本レポートは必ずしも客観的、帰納法的な分析ではない。東アジアにアメリカの地位を脅かす強大な存在が出ることは許しがたいとの思想が出発点になっている。

シナリオの議論に際しては、この議論はどこからどこまでであるかを明らかにし、他の要因を入れるとどのようになるかについてそれぞれの結論を出し、それも途中で切るという手法が望ましいのではないか。例えば、防衛庁サイドでできるところまでやり、そこに全省庁が入って日本全体としてどうかという組み立てを通じて、これまでとは異なる質のものが生まれると考えられる。

特に、攻めることのない日本の安全保障そのものには戦略は生まれようもないのであり、他の分野と総合的に考えることが必要である。

いずれにせよ、誰が見ても 思考経路が事後的に確認 できるものであることが重要である。

例えば、 影響力を持つ要因のマトリックス を作り、頭の整理をすることが重要ではないか。それも、コレクティブリー・エグゾースティブであることが必要である。

何層のレイヤー構造なのかの見極めも必要である。例えば、サブシステムとしての都市の重層構造は、技術中心のレイヤー→交通→文化となっており、国においても、ハードな世界から大衆文化へとレイヤー構造で捉える必要がある。

何がシステムの 制約要因なのかの見極めが必要であり、資源、エネルギー、環境といった制約要因をどう組み込むかを考える必要があるが、他方で、こうした制約を克服すべく技術革新が行われ、それによって生まれるビジネスモデルが新たな強みになるなど、制約要因も可変的であることに留意すべきではないか。


3. アジア戦略会議で採るべき方法論について

本レポートに関する上記のような評価を踏まえ、アジア戦略会議においては、次のような議論の組立てを試みることとする。

(参考)アジア戦略会議で予定している戦略形成の方法論:5つのステップ
ステップ1 世界の中長期的潮流の洞察
ステップ2 日本の強さ弱さの客観的、分析的把握
ステップ3 日本のアイデンティティー願望と主要な潮流とのギャップの特定
ステップ4 日本の強さの徹底活用によってギャップを埋める選択肢の抽出
ステップ5 永続的優位確立の視点からの選択肢の評価と最適案の決定

まず、ステップ1においては、国際社会の動きに関係する要素を全て取り出す。

そして、それぞれの項目について行った議論を記録として残す。

その際、最初にポジショニングを明確化して、どこを深堀りするか、どのような方法論で深堀りするかを明らかにしておく。

シナリオの対象については、中国は累進効果で詰められるところまで進めてみる。

アメリカも中国とともに欠かせない。その場合、何か新しい視点を持ち込むという決心を行う。

次に、ステップ2においては、日本は大衆文化ではアメリカに次ぐ影響力を有し、アジアにおける軍事力はハード面では高い地位を占めていることに留意する。しかし、ヘゲモニーではなく、日本のアスピレーションはソート・リーダーシップではないか。

例えば、ソート・リーダーシップなどの一定のアイデンティティーの想定を置かなければ、「アジアの 2025 年」のようなシナリオも書けない。本レポートは何を重視し何を重視しないかが明確であり、完全な帰納法ではなく、アメリカはヘゲモニーをとるという一つのアイデンティティーの主張が前提となっている。

従って、5つのステップのうち、1と2は一緒に議論するべきである。世の中を眺めると同時に、自らの強さ、弱さも評価してしまい、そこから自ずと日本が持てる現実的なアスピレーションは何かを見極めるところまで行くべきである。

そのため、強さ、弱さのマッピングを早く行う必要がある。それは相対的な強さ弱さであり、世界の流れの中での日本の強さ弱さである。

これを、事後的にトレースできる方法論を最初に提示してそれを共有する形で進める。

その際、日本の強さが外からどう見えるのかの視点も重要である。例えば、ピンポイント攻撃のハードウェアとソフトウェアを民生品で潜在的に内製できる国は日本のみであり、日本は外から本音でどう見えるのか、すごい力があるのに方向のはっきりしない恐い国に見えていないのかという論点が提起されるべきである。従って、パワーの自覚の議論とともに、アジア諸国の方々に来ていただき、日本が彼らにどう見えるか、本音を引き出す議論の場も必要である。

以上の作業の前提として、まず作業シートを作成し、どういう要素を重視するかを議論する叩き台を作成することとする。


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アジア戦略会議では、二年度目の議論を戦略形成の明確な方法論に従って展開することとしています。その参考事例として、アメリカの国防総省のレポートである「アジアの2025年-1999年夏に行われた研究の最終報告書-」の勉強会を8月19日に有志で開催しました。