「2002.10.3開催 アジア戦略会議」議事録 page1

2003年7月17日

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2002年10月3日
於 笹川平和財団会議室

会議出席者(敬称略)

伊豆見元(静岡県立大学教授)

福川伸次(電通顧問)
安斎隆(アイワイバンク銀行社長)
加藤隆俊(東京三菱銀行顧問)
谷口智彦(日経ビジネス編集委員)
鶴岡公二(政策研究大学院大学教授)
深川由起子(青山学院大学准教授)
工藤泰志(言論NPO代表)
松田学(言論NPO理事)

福川 おはようございます。第3回会合を始めさせていただきたいと思います。

きょうは、静岡県立大学国際関係学部教授の伊豆見元先生に大変お忙しいところをお越しいただきまして、「昨今の朝鮮半島情勢を踏まえたアジアの安全保障問題」でお話を伺うことにいたしております。ご承知のように、伊豆見先生は朝鮮半島問題については大変ご高名な方であり、またいろいろな見解をお持ちになっていらっしゃいます。大変興味深いお話がいただけると思っております。

それでは、早速で恐縮でございますが、伊豆見先生よろしくお願いいたします。

伊豆見 伊豆見でございます。お招きいただきまして、ありがとうございました。きょうは朝鮮半島の安全保障問題をどう考えるかということをお話しようと思っております。

朝鮮半島を我が国の安全保障上の観点から見てどう捉えるかを考えてみる場合に、最近比較的多く聞かれるようになった議論として、北朝鮮となぜつき合わなければならないのか、仲よくしなければならないのか、何で正常化なんかしなければならないのか、あんな国は自助努力もほとんどできていないし、いずれ崩壊するだろうから、かかわり合わずに、とにかく放っておくのが一番よいのではないかといったものがあります。こうした意見は少しずつ増えているのではないかと私は思うのですが、確かに一面もっともなところがあります。できることなら放っておいた方がいいのだろうと思わないわけでもないですし、そういう方向に事態が少し行きつつある。

北朝鮮の現実的な方向への変化というのは、結果として周りから放っておかれるというか、無視されるような状況を自らつくり出してしまうという、大変皮肉な結果に終わる可能性が強いのです。とはいえ、北朝鮮を放っておけばいい、無視すればいいというのは、やはり安全保障上いかがなものであろうかと私は思っております。

もちろん、北朝鮮を放っておけという意見に私が与することができないのは、そういうことをすると私は飯の食い上げになりますからとんでもないというのがもちろんあるのですが(笑)。しかし、北朝鮮は確かに崩壊するかもしれないのです。その崩壊するときの過程で、安全保障上はたして我々にダメージを与えないのか、あるいは、まさに軍事的緊張を突き抜けて、紛争の勃発という可能性はないのかと考えますと、それも否定できないところがあろうかと思います。

崩壊の過程がスムーズにいき、あとは韓国が引き受けて、ドイツと同じようなケースになった場合、最低でも20年くらいは辛い時期が続くでしょうが、それでも何とかやってくれればいいということはもちろんあります。また、そうなる可能性もないわけではありません。

ただ、そうならない可能性も同じぐらいあるわけで、崩壊の過程が大変不安定なものになり、混乱を伴う可能性があります。一番嫌なところで言いますと、大量の難民が発生したらどうするかということです。大量の難民が発生すると韓国が一番困るでしょうね。韓国にどのくらい難民の許容量があるのかわかりませんが、100万人単位ぐらいで出てこられたら、韓国経済にどのくらいのダメージを与えるでしょうか。少なくとも社会的、政治的な安定度を相当損ねることは間違いないですし、結果として随分犯罪等が増えることもありえるでしょう。私は、余り大量の難民が北朝鮮から入り込んでくると、ところてん式に韓国からはじき出されて日本に来る者が随分いるだろうと思う。そういうときには余り来ていただきたくない方が多目に来るであろうということもありえます。それは余り望ましくないことになりますね。

大量の難民の発生が中国に向かった場合も、中国情勢に与える影響をもちろん無視できない。うまくそれを受け入れられればいいのですが、できなかった場合には中国の少数民族の問題に波及するかもしれないということももちろんある。

もう1つ、崩壊の過程で今の金正日体制あるいは北朝鮮指導部が、すんなりとみずからを死に導くということであればいいわけですが、そうならないで、断末魔のところでいろいろあがくという話になったらどうなるのだということです。もちろんその可能性もゼロではない。少なくともその可能性を排除しないで、その場合も考えておいた方がいいということになります。それがいわば朝鮮半島の軍事的な緊張を高めるかもしれないし、あるいは内戦が起きるかもしれません。それも当然あり得るシナリオですし、スムーズにいくことも当然ある。50%ぐらいずつの可能性だろうと思います。そうすると、50%悪い方に行く可能性があるなら、北朝鮮を放っておけばいいというオプションはとれないであろうと思います。

2番目ですが、軍事的な緊張の結果、北朝鮮が軍事力を行使することであります。今では、北朝鮮が朝鮮半島を統一するために軍事力を行使して韓国を侵略する可能性については、基本的にはほとんどないというのが世の中の常識になりました。それはもちろんゼロではないし、軍人といいますか、制服組の人だとその可能性を40%ぐらいまだ見積もっているかもしれませんね。しかし、大事なことは、だれが考えても北朝鮮が昔流の言葉で言うと赤化統一、つまり北朝鮮の手によって韓国を赤くしてやろうとして軍事力を行使する可能性は基本的にない状況だということです。

それはすなわち、そのぐらい南北格差が開いたということです。国力全体、経済力はもとより、軍事面で見ても、南北間の格差は歴然としております。もちろんマンパワーは2対1ぐらいで北朝鮮の方が多いですし、あるいは装備の面に目を向けても、数だけで言うなら、2対1どころか3対1以上です。数だけは北朝鮮の方が多いのです。しかし、質の面を加味しますと、これは2世代おくれ、3世代おくれぐらいの感じですね。ということは、まともに向き合ってやると全く勝負にならないということです。

ことし6月に黄海上で南北の警備艇同士の衝突がありました。同じく2年前の1999年6月にも起きましたが、これを見ると、いかに差がついているかというのがわかります。北朝鮮は全く相手にならない。モダナイゼーションが遅れているということです。コンピュータライズされていないから、今の状況だと、北の撃つものは全然当たらなくて、南が撃つものだけが当たって終わるということです。ことし6月の衝突はそうじゃなかっただろうという人がいるかもしれない。確かにこの時は先制攻撃を北朝鮮がやりました。大体が、北朝鮮から戦端を開く、すなわち先制攻撃をするものなんです。しかし、先制攻撃する場合でも、追い込まれてするというのがありますから、オフェンシブかどうかとはまた別です。

今回は北朝鮮が先にちょっとでかいのを撃って、1発目はきちっと照準が合って韓国の警備艇の操舵室などに当たったものですから、人的被害を含めて韓国側に大きな損失を与えた。たしか5名ぐらい亡くなったかと思います。あの船は最終的に沈んだので、ついそっちの方に目が行きがちですが、北朝鮮が撃ったのは実はその1発だけなんです。あとはただひたすら撃たれて終わり。それで韓国は途中で手を緩めたのですが、徹底的にやったら、あっという間、おそらく 15分ぐらいで韓国船数隻を沈めて終わりです。そのくらいの差があるわけです。

陸にしても空にしても同じく、もうとんでもない差がついています。このぐらい差がついていると、軍事力を使って北朝鮮が韓国を解放してやろうとかいう話にはならないだろうということです。

ただ、それだけ差がつくとかえってディフェンシブなポスチャーはとりにくいのです。防衛には攻撃の3倍ぐらい労力も能力も必要とされるのは常識で、あれだけ差が開いてしまうと、守っていられるような状況ではない。そうすると、攻撃こそ最大の防御ということで、北朝鮮は攻撃するような形に持っていかなければいけない。例えば空の面で言いますと北朝鮮はガソリン不足ですから、90年代に入って飛行訓練の時間が大幅に落ちていると言われています。この 1~2年少し戻したという話もありますが、それにしても80年代と比べれば相当減っていて、1年間で20時間飛んでいるかどうかぐらいのものだろうと思います。

そんな少ししか飛ばないと、当然防衛のための訓練なんかできません。ただひたすら攻撃して攻める訓練をするしかないのです。飛び立っていって、相手を攻撃したらそのまま帰ってくるという訓練。そこだけもし見るのであれば、この10年間で北朝鮮はやたら攻撃的になっているということになります。つまりそれは、余りにも弱いからディフェンシブなものに耐えられるような状況にないのだということであります。

そうしますと、そんなに弱いなら放っておけばいいじゃないかとなるかもしれませんが、やっぱり放っておけないのは、むしろ追い詰められたものが窮鼠猫を噛むになるかもしれないからです。あるいは、ハーバードに戻りましたジョー・ナイがよく言っていたのが、火事のときの人間の反応です。3階か4階ぐらいで火事が起きる。そして、出口はほとんどふさがれている。このままいくと焼け死ぬとなると、追い詰められた人間は18階からでも20階からでも飛び降りる。くしくも去年9月11日ニューヨークのワールド・トレード・センターでの人々の反応がそれを実証していますが、今の北朝鮮はそういう状況にあるのではないかということです。

要するに、北朝鮮は座して死を待つより、飛び降りて死んでしまうだろう。追い詰められる、相当圧力をかけられる、このままではつぶされる、金正日体制はもうもたない、このままいけば自分に待っているのは死だけだとなると、最終的には死に至ることを選択する可能性、すなわち、南に対して攻撃をする可能性があるということです。それは成算がなくてもやるでしょう。

ただ、そんなに成算がないとも言いきれない。人間っていうのは大体が自分に都合のいいように考えて物事をやるわけで、戦争なんて半分以上はそういう部分があるのですが、追い詰められているときは、過度に楽観的なシナリオを書いて動くケースが多い。それは古今東西、恐らく幾らでも例はあるでしょう。北朝鮮も最悪の場合には南を攻める。しかし、長期戦をやってソウルを解放して占領するのではなく、ともかくソウルにダメージを与え、あるいはソウルにダメージを与えるぞという能力を示して、すぐ政治交渉に持っていって北朝鮮の体制を保障させるという方法があるではないか。確かにそういう可能性もあり、うまくいくかもしれないのです。そんなに高い可能性だとは思いませんが......。

もう1つは、そういうときにいいことが重なるかもしれないというシナリオです。今アメリカが韓国を守ると言っているけれども、実際(アメリカの朝鮮半島への軍事介入が)始まってしまったら、アメリカ国内の世論が、もう戻ってこい、これ以上介入するなということになって、アメリカが腰砕けになるかもしれない。そうすると、ますます政治交渉に持っていって、何とか金正日体制の維持だけでも確保しようというシナリオがうまくいくかもしれないじゃないかということになってしまうんです。ですから、必ずしも自殺行為ではなくて、うまくいけば体制生き残りに使えるような軍事力行使というシナリオまで含めて考えますと、追い詰められた北朝鮮・金正日体制が、最後は南に対する軍事力を行使してくるというのは大いにありえるということになります。

大いにありえる、というのはどうかしらんとももちろん思いますが、どういう能力なのかをもうちょっと細かく申し上げておかないといけないでしょう。さっき申し上げたように南北の軍事力格差は、今比較するのも無意味なほどの格差。ちょっと大げさに言っているように聞こえるかもしれませんが、そのくらいに申し上げた方がいいだろうと思います。とはいえ、北朝鮮が軍事力を行使するシナリオは残る。なおかつ、それがうまくソウルを人質にとることも可能かもしれないというのは、基本的に北朝鮮は、韓国全部を破壊できなくても、ソウルをかなりの程度破壊できるだけの能力を持っているからです。これは確かです。これが北にとってみれば、対南、対米韓抑止力の源泉なのです。

どういうことかというと、北朝鮮は全体の兵力の3分の2ぐらいを38度線沿いに集中していると言われていますが、前線配備で長距離砲や多連装のロケット砲を相当な数持っているはずです。それに足の短いスカッドタイプのミサイルがあります。これも全部、北朝鮮の領土内から発射して、もちろんソウルに届くわけです。ただ、より細かく言うならば、ソウル全域あるいは南、江南(カンナム)まで含めて完璧にカバーするかというと、ミサイルはカバーしますが、ロケット砲と多連装砲はそこまで行くかどうか疑問です。ただ、ソウルまでは届く。これが相当数あって、しかも届く距離に既に配備されていて、さあ攻撃しましょうといって第一撃を撃たれたときは、この第一撃についてはもちろん防ぎようがない、ただひたすら攻撃を受けるしかない。

その1発目でどのくらいダメージを与えられるかという話です。かつて南北対話の中で北朝鮮側が、こっちへ攻めてきてもいいけれども、そんなことになったらソウルは火の海になるぞと言って脅かしたことがありました。火の海というのは別におかしくはないのであって、確かにソウルを火の海にしようと思えばできないことはないということです。

ただ、ありえるのは1発目だけなんですね。第一撃の後、南は報復攻撃を当然やりますから、一番有効なのは第一撃だけ。そこに最大の破壊力を込めることになったら、のっけからミサイルがいいだろうという話になります。弾頭に通常爆弾なんか載せてつつましやかにやる必要はない。北朝鮮は生物化学兵器を相当程度持っているでしょうし、化学兵器を弾頭化するのは間違いないですね。それほど難しくはないので、長距離砲でも多連装砲でも、ましてやスカッドでも化学兵器を弾頭化するでしょう。

これをやられると、最低で犠牲者数百万という数字が出ます。ソウルは人口1200万ですから、200万ぐらいは第一撃でいくかもしれない。そのくらいのダメージを北朝鮮がその気になれば与えられることになります。これがあるものですから、怖いと言えば怖いですね。ソウルに第一撃を撃ち込まれて200 万の犠牲者が出る場合に、その後、韓国はもつのかという話に当然なります。だから、実は韓国は相当脆弱になってしまっているかもしれない。ソウルがそうした攻撃を受けることで、韓国そのものが経済的に機能停止に陥るような状況になるかもしれないということがある。だから、北側がこの能力をもち続けていること自体がやはり怖いことなのです。

怖いのですが、このことについてはみんなあまり大きな声で言わないです。とりわけ韓国は言わないですね。たしかにソウルは危ないところなのですが、危なくしておくことで、逆に外国人あるいは韓国民の韓国の安全に対する信頼感をつくっているわけです。もしソウルの防空に韓国政府が一生懸命力を入れるようになったら、これは恐らくアウトです。人心が相当動揺します。とりわけ経済面から見た場合、韓国のカントリー・リスクはその瞬間に物すごく高くなるでしょう。だから、韓国政府は――彼らは楽観的ですから本気で安心している部分もあるというか、ふだんあまり考えていない部分ももちろんあると思いますが ――半分は意図的にこの問題には触れない、あるいは強調しないようにしています。

しかし、事実から言えば、ソウルが壊滅的な打撃を受ける可能性、北朝鮮がソウルに対して壊滅的な打撃を与えるだけの能力が依然としてある。その能力を奪うことが、これからの課題なわけです。アメリカは、今日から、ジム・ケリーを団長(special envoy)としてピョンヤンを訪問しています。ほかにもプリチャードとか、グリーンとか、タイグとか、NSC系を含めたチームを引き連れています。アメリカは彼らの関心事を北朝鮮側に強く訴えることになるでしょう。

核とミサイルと通常兵力、そして人道上の問題という4つのメジャーアジェンダをアメリカのブッシュ政権は持っていますけれども、その中の1つが通常兵力の、コンベンショナル・ミリタリー・ポスチャー、すなわち通常の軍事態勢がもたらす脅威を減らしたい、減らせと言うことです。それは具体的に言うと、 38度線から後ろに引けと言うことです。本当にそれが実現できれば、北朝鮮がソウルに壊滅的な打撃を与える能力は相当程度制限されることになります。すなわち、第一撃の確実性は相当減るということです。

スカッドを別にすれば、現在の地点から20キロぐらい後ろに下げてもらうだけで大半のものが届かなくなりますから、北朝鮮がソウルを攻撃しようとするときには、前線にもう1回再配備して動かしてこなければいけない。ということは、それを動かす間にウオーニング・タイムが生じるわけです。南からすれば、動きがあった、こいつら攻撃してくるかもしれないぞというのがつかめるようになるから、それをたたくことが可能になるということです。第一撃を食らう前にこちらが相手をつぶして危険を減らすことが可能になります。

今、ブッシュ政権は、兵力を38度線から後ろに下げろと相当露骨に言うようになりました。実現できればとてもいいことですが、なかなか難しいだろうとも考えられる。北朝鮮の立場からすると、先ほどから申し上げているように、米韓の軍事的攻撃に対する最大の抑止力ですから、それをみずから手放すことはなかなか難しい。米韓からすれば脅威の源泉ですから、何としてもそれは変えなければないけないのは当然です。北朝鮮の兵力を後ろに下げてやらなければいけないと当然我々は思うわけであります。

本当に重要で怖いのは化学兵器です。化学兵器を完全に禁止できるかというと、なかなか難しいところです。かなり規制できることになれば、今のままでもソウルが受ける打撃は相当程度減る。例えば200万という犠牲者数を数万ぐらいまで減らすことはできるはずです――数万であっても心理的なダメージが物すごく大きいことにちがいはないですが。しかし人的被害を相当減らせることは可能なのですから、化学兵器を規制するのは非常にいいことなのですが、それに対してそう熱心には見えないですね。

あまり声高に化学兵器の規制を言うことが難しいというのは確かにある。北朝鮮の化学生物兵器能力が拡散してテロリストの手に渡ることを懸念しながら、それを抑えようと強調するのならいいのですが、それ以外の理由で抑止を強調すると、何でそこが危ないの?とみんなの関心が集まってしまう可能性がある。それは本当にソウルが危ないからだという話になるのは困るわけですね。一般の人、特にソウルの一般の人がそういうことに関心を持たないのが基本的に大事なことなのです。

いろいろ長々と申し上げましたが、やはり依然として北朝鮮は軍事的脅威を外に与えているということにはなると思います。ですから、放っておけばいいという話にはならない。まさに小泉内閣が今やろうとしている国際社会の責任ある一員にしなければいけないというのは、まことにそうであろうと思います。責任ある一員というか、仲よくはしなくても、とりあえずそんな変なことはしないだろうと安心できる相手ぐらいには変わってもらわないと、こちらは本当の意味で枕を高くして眠ることはできないという状況がまだ続くのではないかという気もします。

今回の日朝間の一連の動きですが、小泉さんの訪朝以降はほとんどが拉致問題に集中しています。安全保障上の問題については、今回官邸の意識は非常に強かったし、同時に外務省でこれを主導した田中均局長や平松課長は非常にセキュリティー・マインドでやっていました。それは非常に重要なのですが、それが重要だと政府が考えて取り組もうとしているものが、まさに適切な形で我々には伝わってこない。伝わってこないのは、伝えようとしないメディアの問題もすごくあるわけです。ですから、今は拉致、拉致ということになっています。

しかし、実は安全保障の面で北朝鮮はこの1年間で本当に変わってきたと思います。日本との間でも安全保障上の問題を真剣に話し合い、話し合いを通じて解決を目指す。別の言葉で言えば、ちゃんと譲歩する用意あり、だけど取引したいねということでしょうが、そのくらいまで変わってきました。以前はそんなものは歯牙にもかけなかった、というのは少しオーバーですが、安全保障上の問題、とりわけ核だ、ミサイルだ云々と言えば、日本は関係ないでしょう、これはアメリカとの間の話であって、おたくとやる気はないよというのが北朝鮮の姿勢だったのですが、それが明らかに変わりました。

ですから、せっかく向こうが変わっているのですから、こっちはそれをきちっとやろうといういいチャンスなんですね。ところが、日本側にまだそういう認識が浸透していないのを私は大変遺憾だと思っております。しょせんそれは日本の問題でなくて、アメリカに預ければいいと考える人もいるし、あるいは、しょせんそれは日本ではとてもこなし切れない、日本の手に余る問題であって、それはアメリカに頼むしかない、そういう考えの人もいる。私はそういう考え方は間違っていると思います。日本でやれることは十分あります。むしろ今北側がそれを考えてきていることが大事なんです。北の変化によるというところが、ちょっと寂しい気もしますが。

もともと北朝鮮は、安全保障上の問題はアメリカとやりたいのです。自分たちも譲歩せざるを得なくなるかもしれないけれど、譲歩するのであれば、それなりの見返り、最終的にはセキュリティー・ギャランティーでありますが、体制の保障を獲得できるところまでアメリカ側から得たい。平和協定よりも国交正常化が一番いいのだろうと思いますが、それをアメリカとの間に達成したい。そのために、北朝鮮はいろいろな譲歩をカードとして切るわけです。つまり核にしてもミサイルにしても譲歩する用意があるということだと思います。

そうした方向で大体クリントン政権の間はやってきたのですが、今のブッシュ政権は全くクリントンと違うわけです。ブッシュ政権と1年10カ月ぐらいやっていれば、クリントンとは違うということが、いやが応でも北朝鮮の知るところになります。1つの転機はことし4月ぐらいだったと思いますが、どうもクリントンとブッシュ政権は別なんだと認めざるを得ないことになった。

クリントンは2期やりましたが、2期目の最後の方はペリー・プロセスという言い方をしていましたが、ポリシー・コーディネーターをつけてコンプリヘンシブにいろいろやろう、しかも日米韓協力を核にしてやろうというアプローチをとりました。そのコアの1つは、北朝鮮が協力的であるならば、相互に脅威を削減するということでした。ミサイル、核、通常兵力、日本にとっては工作船も含めて、我々は北朝鮮の軍事的な脅威を受けているが、その脅威を除去したい、削減したいと望んでいる。

本当に北朝鮮がそういう脅威を及ぼさないような行為に出てくるのであれば、それに見合った見返りを考えてやるということです。つまり、北朝鮮側が我々に対して脅威だと思うようなことを減らしていきましょうということです。まさにミューチュアルにリダクションをやるというのがクリントンのときの基本的政策であり、それにずっと慣れてきたわけです。

ところが、今のブッシュ政権には、全然ミューチュアルという感覚はないですね。ユニラテラルに北朝鮮の側だけ脅威を削減しろと言っている。もちろん、いろいろなステージを考えていますので、セカンド、サード、フォース・ステージぐらいまで上がれば、少し見返りを出してやるということもないわけではないが、実際のところどうでしょうか。相手が譲り始めればかさにかかってさらに要求するのが人間らしい対応ですが、もちろんブッシュ政権もそう対応するはずです。北が1歩譲れば2歩譲歩を求めることに恐らくなりますから、最初から見返りを出そうという気が余りないところには、北が幾らいい対応をとったからといって見返りが行くとは考えない方がいいでしょう。

それをようやく今、北朝鮮はわかったというか、受け入れざるを得なくなったということです。最初なかなかそこが受け入れられなかったのは、ブッシュ政権内にも強硬派と柔軟・寛容派がいて、1年目は物すごくタフで強硬な姿勢をとってきているけれども、大体2年目に入れば軌道修正してエンゲージメントで来るんじゃないかと考えた。そういう観測は当然あってしかるべきでありますし、実際1年目はこわもて、2年目は少し緩やかに現実的にというのはどこの政権でもよくある話ですから、北朝鮮がそう考えたのも決しておかしくない。

ところが、ブッシュは変わらなかったですね。対北朝鮮政策についてのコンシステンシーは物すごいものです。去年の9月11日以降はとりわけそうなったと言われますが、9月11日がなくても同じだったでしょう。アメリカの北朝鮮に対する雰囲気が変わったのは、9月11日の後ではなくて、9月11日の前ですから。よくせめぎ合いがあるという言い方をしますが、あれは相当誤解を与える感じで、同じぐらいの力を持った2つの考え方がアメリカの政府内に存在している。寛容派と強硬派という印象を与える報道が多いけれども、僕が自分で得ている印象は全く違いますね。強硬派9に対して寛容派が1ぐらいのものです。それはせめぎ合ってはいますが、とても勝負になるような雰囲気ではない。今までのブッシュ政権の一貫した姿勢というのは、私の観測が正しいことを証明していると思います。ともかく何もやらないよ、おまえは譲歩だけしろよと言って、北朝鮮にずっと圧力をかけてきているのがブッシュで、北朝鮮側としては、どうもアメリカは変わらないなと考える。そうすると、そこで日本と安全保障上の問題を真剣に話し合おうかというのはメークセンスなんですね。

日本も、要求している項目はほとんどアメリカと変わらないです。しかも今回日本は一歩大きく踏み込んだ部分があって、通常兵力の部分に関しても北朝鮮との間で話し合います。朝鮮半島の軍事的な緊張緩和は我が国の安全にとって重要だという部分にまで踏み込みました。これはある意味、私にとって画期的だったんですね。私は従来から、我々も口出しすべきだということを主張してきましたから、ようやくそこまで来たかというので隔世の感を禁じ得ないというか、喜びを隠し得ないぐらいの感じです。

実は大量破壊兵器の部分から通常兵力の部分まで日本は脅威と感じています。ディテールにおいて、あるいはプライオリティーにおいて、非常にポスチャルな意味です。もちろん日米で差はありますが、根本的な要求事項は同じなんですよ。北の目から見たらどういうことかというと、日本に対して譲歩することはアメリカに対して譲歩することと全く同じなんです。

では、なにが違うか。アメリカに対して譲歩しようとしても何も返ってこないが、日本に対して譲歩していくと、正常化が近づくことは間違いないのです。今回日本は正常化に向けて、経済協力方式でどばっと金が出るよという明確なアメを示した。同じことをやるにしても、日本と話しながら日本が得するような形でやっていけば、日本に対して譲ることはアメリカに対して譲ることになるし、少なくとも日本をそでにしないことになる。北にしてみれば、日本を安全保障の問題にひっくるめるという点で意味があるということでしょう。

それは日本側からしても大変結構なことですから、むしろこの機会に我々の関心があるものを攻めていこう。日本にも、アメリカにもレベレッジはあります。日米双方が役割分担して、アメリカが北朝鮮に脅しをかけ、日本は「あなたが言うことを聞いたら後でいいことがあるよ」と言っているわけですから、これはいいコンビネーションです。今のところすごくいい感じだろうと思っていますが、はたしてこの後どうなるか。

今いい感じというのは、ほとんど韓国を無視できるからです。つまり、来年3月、政権発足後1カ月ぐらいまでは機能しないからいいのですが、新政権ができて機能し始める来年の春以降は韓国をどう位置づけて、韓国にどういう役割を振ってやるか考えなければいけないので、面倒くさくなります。今のところは日米だけ考えておけばいいので、非常にいい時期です。ここ数カ月ぐらいにわっと圧力をかけて北朝鮮に譲らせることができると、かなりいいですね。

核査察の問題もそうです。査察というのは2つの意味があって、過去の問題をきちんと解明すると同時に、今後、北が核開発できない形のきちっとしたフルスコープのセーフガードをかけるという意味です。ですから過去も大事ですが、今後が大事なんです。一番大事になってくるのは、おそらく日本が一番力を入れることになると思いますが、92年の南北間での非核化共同宣言を実行させるということです。これは本当に立派な非核化共同宣言で、ちゃんと実行すれば非核化は保障されるようなものですから、その実行を目指すということです。

ミサイルについては、START、拡散の面で輸出をとめることが非常に重要です。今北側の開発としては、距離を延ばす開発が中心でしょう。精度を高めるための開発をやっているかどうかわからないし、大体実験しないですからね。あれはアメリカ向けに距離を延ばしているのだとなると、日本はそんなに気にしないでも良いというのも1つありますし、またアメリカ側もMDのことを考えると、余り早く北朝鮮がギブアップしてもらっても困るという部分があるので、そんなに開発に関しては、今すぐギリギリとやることもない。

そうすると、配備されたノドンが問題にはなります。これはどうするかですが、思ったより日本の国内ではだれも気にしていません。世論は読めないところがありますから、ある日突然みんなそれを思い出して、あれを何とかしろと言い出すのかもしれませんが。少なくともアメリカは余り気にしていない、というのは、非核であるか、あるいは非WMD、大量破壊兵器の弾頭であるかということがきちっとできていれば、それは怖いものではないからです。実際、100基ぐらい配備したのではないかと言いますが、全然テストをやらないであれだけ配備している。実戦配備するなら、今まで弾道ミサイルを持っている国は最低10 回以上実験してから配備します。それを北朝鮮は全然やらないで配備しましたから、100基あったって100基全部飛ばないでしょうね。半分飛ぶかどうかというぐらいでしょう。

それと、ご承知のように、命中精度は非常に悪いですね。CEP( Circular Error Probable)が物すごく悪くて、数キロと言われています。一番いい命中精度で、直径6キロぐらいの円の中に2発に1発入るぐらいがいいところじゃないでしょうか。

TNTで1トン爆弾しか持っていない。ですから、もしここのビルに当たってもこのビルは倒壊しないですね。この部屋は4階ですが、たまたま4階に当たるとやばいですが、3階に当たれば、4階はほぼ大丈夫かもしれない。その程度のものですから、そんなに怖いものではない。軍事的に考えたときのダメージは、通常爆弾にしては意味がないので、だから弾道ミサイルをつくって通常爆弾を載せる国は今までにない。ミサイルは核にくっつけて初めて意味があるので、核にくっつけないでやっているなんていうのはばかみたいなんです。今、北朝鮮が本気で非核でああいうことをやっているのだとすれば、もちろん政治的な道具としてやっているにしても、幾ら何でもばかじゃないかとしか言いようがないですね。だから、北朝鮮もある程度まともでしょうから、まともならちゃんと核ミサイルにするという真っ当な道を歩むべきであって、実際真っ当なのかもしれませんが、そうすると怖いなということになるわけです。ただ、今見ていると、ちょっとその辺も遅れているから、まあ大丈夫か、ということにもなっていますね。

とりあえずは輸出の問題でしょう。今の反テロリズムの趨勢からいっても、実はこれが日本にとっても非常に重要な問題です。アメリカはイスラエルがありますから当然ですが、日本にとっても中東の和平を考えた場合に優先される問題です。

日本の場合、その次の配備されたノドンをどうするか。半ばジョーク、半ばシリアスによく話すのは、もう少し性能がよかったら買ってやってもいいという話ですが、あんなくず鉄みたいなのを買ってもしようがないというのがプロの見方ですね。そこは難しいところです。

そして、通常兵力の部分に関して言えば、軍縮もさることながら、先ほどの38度線からの引き離しの問題が重要です。その前にCBMをやっていくということがありますが、やって意味があるのは38度線から引き離させてしまうことです。それと、特に化学兵器の規制を一緒にやるべきです。私は個人的には、可能なら化学兵器の規制を先に進めた方がいいだろうと思う。38度線からの後退は、もう少し北朝鮮と我々の間の信頼関係といいますか、北朝鮮が我々に対して信頼感を持つまではなかなか難しい。その前に牙を抜く方がいいのではないか。牙を抜くかわりに、38度線沿いで集中展開している兵力は残させて、彼らなりの最低の抑止力は維持させることを考えた方がいいんじゃないかとは個人的に思います。

こういうことはすべてアメリカにとっても重要ですが、我が国にとっても非常に重要なんです。それを今後やっていくことが小泉首相の訪朝のときに決まったわけです。ですから、10月からの日朝交渉は、日朝関係がある意味で新しい次元に入るのだと言える。そのメジャーアジェンダは安全保障上の問題になってくると思いますし、ここでうまく北朝鮮を変えられるか、うまく牙を抜くことができれば、実は安全保障上相当我々は枕を高くして眠れるようになるかもしれない。今まさにそのチャンスが生まれているところだろうと思います。

福川 ありがとうございました。それでは、どうぞご意見、ご質問をお願いいたします。

谷口 1~2点伺いますが、アメリカの頭の中には、サダム・フセインに対して持っているようなレジームを変えるというマインドは北に対してあるのか。仮にないとしたら、今の金正日の体制をどういう格好に持っていくことが一番いいランディング・シナリオだと見ているのか。これが第1点です。

2点目は、7月から価格体系が20倍、30倍になったと言われていますけれども、あれは、もしかして僕なんかが思うに、価格が上がったという方から見るよりも、お札を刷っている方から見るべきなのかもしれない。そうだとすると、歳入のソースをすっかり失ってしまった後の最後の手段、貨幣発行益に頼っているという構図なのか。そこまでいけばもうパンドラの箱をあけてしまったようなものですから、金正日がどんなに頑張ろうと、ほぼ自動的に崩壊のコースに行くのではないかという気もしますが。この2点について、どうでしょうか。

伊豆見 両方とも難しいお話です。1番目のご質問については、マインドで言うなら、完璧にレジーム・チェンジのマインドと言ったらいいでしょうか。我々は本当は余りそういうのを受け入れたくない。私なんかは嫌なのですが、それは受け入れた方がいいんだろうな。要するに、金正日という人間を、「こいつはあかん」というのがブッシュの考え方ですが、それが問題ですね。大統領がかなり意識的にそう思っているというのは非常に困った――困ったという言い方は変ですが、問題なことです。これはクリントンとは全然違う。ブッシュは実は人道的な面から関心が高いんです。

金正日というのはけしからんやつなんですよ。「悪の枢軸(An axis of evil)」というのに、北朝鮮が入って云々という話もありましたが、ブッシュ個人が相手の体制についてevilという言葉を最初に使った相手は金正日なんです。それはフセインよりも早い。そうすると、ブッシュ親分がそうなものですから、その右派系で言うと、チェイニー、ラムズフェルド、ライス、そしてウォルフォビッツなどはみんなそういう考え方です。まあいいんじゃないのと思っているのはパウエルぐらいでしょう。そこまで無理に変えなくてもいいんじゃないか、無理に変えるのではなく、金正日が態度を変えてくればそれでもいいんじゃないかぐらいに思うのは彼くらいでしょう。ほかの連中の頭は変わらないだろうと私は思います。特にブッシュの意識を変えるというのは難しい。だとしますと、やっぱりブッシュ政権はレジーム・チェンジの方向へどんどん行くかもしれません。

今イラクがあるから余りやらない。それは事実ですけれども、確かにイラクが終われば、強硬にいこうというときのレジーム・チェンジもあるのですが、むしろ怖いのは、北がいい方向に変わり始めたときなんです。それは2番目のご質問にもつながるのですが、北朝鮮が改革・開放といったように、西側に対して、あるいは我々国際社会に対して非常にコーポレーティブになってきたときにどう考えるか。良くなってきたから、ちょうどいいから加速させて速く変えようということで、つぶそうという話になるかもしれない。今のままだと、ともかくけしからんやつだからつぶした方がいいということです。しかし、良くなってくると、ちょうどいいから一挙につぶして速く民主化に持っていこう、こっちの方に働いてしまう。どっちに働いてもレジーム・チェンジでいきそうな気が私はするのです。ここは私としてはあまり直視したくないところで、嫌だなと思っているんですよ。今アメリカ政府の人間と話をすると、これが一番困ったことだと思いますね。ただ、大統領自ら関心を持っているんで、しかたがないところがあるのです。

2番目のご質問についてですが、7月からの価格調整は、パンドラの箱になるかどうかわかりませんが、最後の手段に近いでしょうし、お金を本当に刷っていますね。中国からわざわざ印刷機を入れてやっていますから、歳入がないところでお札だけ刷りまくる形になってきているのは事実だと思います。

ただ、やはり重要なのは対外開放をどのくらい進めるかということです。金正日がやろうと思っていたものがようやく形を見せ始めていることも事実です。

1つは、南北の鉄道をようやくつなぐ気になっているらしい。そうすると、開城(ケソン)の開発が韓国との関係で進むかもしれない。もう1つ、今、新義州を特別行政区にして、ほとんど一国二制度をやろうという感じで大胆にやり始めています。これも計画はされていた話なので、ようやく始めたなというところです。ある程度時間稼ぎをやってきた。例えば南新義州などという市をつくって、かなりの人口を新義州から移すはずですが、住民の移住先の都市づくりは数年前からやっていましたので、その準備なのですね。あるいは、ことし2月に中国との間で、鴨緑江に橋と道路をつくる協定を結んでいる。これは表には出ていないですが、言ってみればこれも移住先の準備なのです。

要するに、このようにいろいろ計画があったのが、今形をとり始めている。対外開放の面ではかなり本気ですね。だけど、遅いなと思います。数年遅いし、一挙にやらないから、どのくらい効果があるのかわかりません。だけど、全くやらないよりはいいですね

あとは、彼らのマインドを見る上での最後のポイントは南浦です。結局、対外開放は開城、新義州、南浦の3カ所でやることですし、とりわけ日本との関係を進めようとしたら、南浦を開放しなければ意味がない。本当に南浦を開放したら、当面は加工貿易のための保税地域などをつくってみたりとか、やり始めたらかなり真剣でしょうね。今まであったプランがともかく全部スタートし、本当にそれが実現しそうな感じです。鉄道、開城、新義州ときて、あとは南浦に手をつければ、北はかなりまじめだということになります。確かにそれはおっしゃるように最後の断末魔のあがきかもしれないのだけれど、最後のところではすべてを必死になってやっているから、今までに比べるといいかもしれない。幾らか効果があるのではないかという点では楽しみなところだと思います。

福川 鶴岡さん、何かご意見、ご見解があったらお願いします。

鶴岡 大変おもしろいお話、ありがとうございました。非常にいい勉強になったと思います。私からは、アメリカの流れといいますか、見方について私見を申し上げた上で、伊豆見先生からもご意見をいただきたいと思います。

私は、この20年ぐらいの流れで見た場合、アメリカの世界戦略が冷戦下の議論から、徐々にですが、冷戦後のより秩序のない世界におけるアメリカの求めるべき秩序の模索に入っていたのではないかと思うのです。その流れの中で、前のブッシュ政権のときの湾岸戦争における勝利があったわけです。これはある意味でベトナム戦争の敗戦を引きずりながら来たアメリカが華々しく冷戦に勝利をし、かつ実際の戦場においても戦果を上げた大きな事件ではないかと思います。これがまず申し上げたいことの1つです。

もう1つは、その後、クリントン政権のもとで、まさにペリー・プロセスなどにもあらわれているようないろいろな試行錯誤が行われたことです。これは世界的にも秩序が確立される前段階だったと思います。各地において、例えばコソボやアフリカの問題もありましたし、インド、パキスタンの緊張も核兵器絡みで出てきました。北東アジアでは言うまでもなく、北朝鮮の核開発がブッシュ以前の政権時代からあったわけですが、より問題が顕在化しました......等々で、結局、冷戦に勝利をおさめたときの原則的な対応であるツー・トラック、すなわち対話と緊張関係の維持という、武力による威嚇とは言わないまでも、抑止力を強化しつつ対話を促進するというのを原則とした対応でずっと来ていたのだと思います。

なぜ対話を重視したかといえば、ソ連という軍事的に見た場合には大体において均等な能力を持つ敵を抱えている中で、自分が壊滅しないような形で緊張を緩和していくための糸口というか、逃げ道を用意しながら、安心しつつ、かつ確認をした上で前に進む、こういう戦略だったと思うのです。

ところが、冷戦後は、自分と同じ力を持っている相手方が世界から消滅したわけです。力の優位が圧倒的になっています。先ほど先生のお話にあった技術の優位はもちろんですが、情報の優位も圧倒的なもので、例えばCEPをいくら北の研究室で研究しても上がりっこないのは、軍事衛星1つ持っていないため、落下地点の情報が全くないわけです。ところがアメリカは軍事衛星を全世界的に網羅しています。それだけでなく、例えばインターネットの世界では、我々がただで利用できるGoogleのようなサーチエンジンにキーワードを入れた途端に、何千万のホームページにあっという間にアクセスして、数秒でそれが回答として戻ってくる。これをただでやれるだけの技術を、アメリカはその経済力、技術力を背景に開発しているわけです。軍事情報をどれだけアメリカが独占的に持っているかということは、我々がアクセスできる情報を見ただけでも想像に難くない、圧倒的優位です。

そうしますと、アメリカ側から見た世界というのははるかに安全になっている。先ほどお話のあった対峙している兵力の引き離しというのは、ヨーロッパでも伝統的にCSCEの信頼醸成措置を高めていった上での通常兵力における偶発的戦争の防止も含めて長年行われてきたことですが、今の段階でアメリカがその点をどのぐらい重視しているかというのは、技術の進歩によって相当違ってきているのではないでしょうか。リードタイムがどのぐらいあるかについて、場合によっては、相手方の内部情報のとれ方も従来と違う部分があるのかもしれない。これは、どうせ軍事機密に属することですから、どれだけ後になっても公表されることはないと思いますので、わかりませんが。いずれにしても、そういう意味における総合的なアメリカの圧倒的優位が冷戦後確立されてきていて、その上に今度は昨年の9月11日の事件が起きた。アメリカ国民のある意味孤立主義に走りそうであり、かつアウターキー的な自国のみの安全で満足するといった精神的な流れが、これで一気に、今度は全世界を安全にしなければならないのだというところに国内の政治的意思が一致するようになって、大統領を支えることになったのです。

ですから、軍事予算の増強についての連邦議会の反応は極めて好意的で、場合によってはより大きな増強を連邦議会から逆に行政府が突きつけられるぐらいのところまで来ているわけです。もちろん、財政事情がよくなっているという背景があるとは思いますが、冷戦に勝利した後、本来であれば軍事力は低減していくのが当然だったはずですが、そういう息もつかせない動きで、より強いアメリカを打ち出していくことが今基本姿勢になっていると思うんです。

そういうことを背景に今の北の問題を考えた場合、ある意味で対話をする必要をアメリカ側として認めるのかどうか。本当の意味での必要性を認めるのかどうかということが、悪の枢軸発言の背景にはあるのではないかと思います。

先ほど先生がおっしゃられたとおり、ある意味で時間はかかりましたけれども、最終的に白黒をはっきりさせられたために、北朝鮮が見ざるを得なかったのは、いくらアメリカにすがろうとしても対話の相手になってくれない。であれば、だれと対話をすると一番好都合か――安全保障と安全保障の間での取引ができなくて、かつ国内世論が安全保障の議論を嫌う(笑)、そして場合によっては本当に手ごわい国に対してより柔軟な対応を求めてくれるかもしれない――そんな非常に話しやすい相手がいるではないかということに仮に彼らが気がついて、それで日朝対話を開いたとするのであれば、日本側はその対応において相当慎重を期す必要があるのではないか。

先ほど余りに消極的だと言われたアメリカにお任せをするという反応がありますが、それが最も好ましいとは私も思いませんが、他方において、今申し上げたような流れの中から出てきているアメリカの世界戦略と異なる対応をよく理解せずに日本がとってしまう。その結果、実はこの地域の安全保障はより大きな危険にさらされる恐れがある。これは長期、短期の別があるとは思いますが、北の危険性を減らしていって、本来であれば、今の共産政権が崩壊して民主政権が確立する。それは、南北が2つの国家であろうが、統一された国家であろうが、連邦制であろうが、そこはどちらでもいいわけですけれども、要するに、北朝鮮が脅威性のない体制の国になることが目的であることには間違いないわけです。

それをどういう経緯で実現していくかについてアメリカが今考えているかといえば、そこまでは恐らくシナリオは書き切れていない。アメリカはまさに軍事的なところで自分の役割は果たすが、あとは地域の国でまず考え、場合によっては国連が出ていって、他国でその負担はしてほしいということだと思うんです。アメリカとしての役割分担の整理は大まかにはできていると思います。そこのところでの日本の貢献も考えながら、具体的に実際の財政支援を出すのは結局日本になるわけですから、今申し上げたこの地域の全体的な安全保障環境におけるアメリカの役割と、日本自身がいかにして建設的な役割を果たせるかをよくよく考えた上で今後の日朝交渉に臨んでいかないと、意図と反して、場合によっては安全保障に逆行することにもなりえる。

例えば、北は小泉総理の訪朝を大きな宣伝材料として活用できる弾として既に入手しているんですね。小泉訪朝のころに、国連総会に出席した北朝鮮政府の高官は、かなりの国に対して新たな北朝鮮のイメージを売ろうとしていたわけです。そういうところでも、小泉訪朝は北朝鮮にとって既に外交上の得点になっている。つまり、そういう意味でボールは転がり初めているんだということを我々は考えておかなければいけないですね。

そうすると、これから大事なことは、まずアメリカとの間の連携を極めて緊密にとっていくことです。ケリーが北朝鮮への往復の際に日本に寄っているのは極めて好ましいことだと思いますが、やや私が不思議だと思うのは、日本はどうしてワシントンに人を出さないのか。逆であれば、日本じゅうでまたアメリカは日本を軽視していると言って怒るでしょう。幸い相手にされていないからかもしれませんが、小泉訪朝前にブッシュは小泉総理から協議を受けたかという質問はアメリカ国内で出ませんね。日本であったらもう大騒ぎで大変な問題になったと思います。アメリカの国内の対日関心はその程度かということかもしれませんが、やはり重要なことはアメリカとの協議を緊密にしておくこと。そして、それを外に見える形で行うことによって、北に対する日本の交渉上の立場がより一層強化されていくだろうと思われます。

もう1つは、イラク攻撃の問題に対する日本の対応です。今後アメリカがイラクにどう出るかということは、北朝鮮はよく見ていますし、もちろん中国も見ています。ところが日本は余り見ていないですね。日本は、自分がそのときに何を求められるだろうかという観点からは見ていますが、世界政治の中でアメリカのイラク攻撃がどのような影響を各地域に及ぼすかという観点からの分析がどうも弱いように思います。

実は、北朝鮮との今後の交渉の際に、日本がイラク攻撃をどのように見るかというのは、今後の日米関係に直接はね返る問題だと私は思います。すなわち、アメリカは先ほどのレジームの変更も含めて、悪の枢軸に対しては徹底的な軍事的圧力をかけていくということを、まずはイラクに対して行っているんです。それに日本がブレーキをかければ、今の日朝交渉が進んでいく大きな推進力になっているアメリカの軍事力による対北朝鮮圧力を弱めてくれということにも聞こえてしまうわけです。日米間での調整をとっていく中で、一体日本はどういうことをアメリカに望むのか、また日米の連携はそういう形でとっていけるのだろうか、日本国内でちゃんと国民に対してアメリカの世界的な戦略について納得のできる説明を日本政府の責任において行ってほしい、こういう声が出てくるのではないかと私は非常に懸念します。

これは新しい話ではなくて、日米安保について日本の国内では、極端な場合には、軍事的色彩が非常に薄いということでもって納得してもらうような説明を繰り返してきて、それが批判をかわす弁明であるということでアメリカの理解を求めるということを行ってきた経緯もあります。ところが、今のブッシュ政権の先ほど伊豆見先生からご指摘のあったような考え方で、より鮮明に軍事力の位置づけをする考え方が確立をしてくると、ある意味で玉虫色の日本国内、対外の議論の使い分けは不誠実な対応であるということにもなります。まさにみずからの延命のための対国内的議論を優先するということでは、国としての信用を失うおそれがあります。政権基盤が非常に弱いときであればやむを得ないと言えるかもしれませんが、非常に国民世論の支持が大きい小泉政権の場合には一層そういった、これまではしにくかった説明についても明確な説明を行った上で国内の意思統一を図っていくことが結局は必要だと思います。

したがって、イラクと北朝鮮の問題というのは、ある意味においてコインの裏表の関係にあるのではないかと私は思います。

「第3回 言論NPO アジア戦略会議」議事録」 page2 に続く

2002年10月3日
於 笹川平和財団会議室