「2002.12.13開催 アジア戦略会議」議事録 page1

2003年7月14日

021213_01.jpg2002年12月13日
於 笹川平和財団会議室

会議出席者(敬称略)

福川伸次(電通顧問)
植月晴夫(三菱商事地域総括部長)
加藤隆俊(東京三菱銀行顧問)
国分良成(慶應義塾大学教授)
谷口智彦(日経ビジネス編集委員)
工藤泰志(言論NPO代表)

福川 きょうは、谷口さんにアジア戦略会議の最終提案についてのお考えを述べていただいた後、多少古い調査で申し訳ありませんが、私からアジアの価値観の見方をご紹介することにいたします。

谷口 きょうお話させていただくことの準備に取りかかったのが夕べの午前0時を回っておりまして、深夜になると考えも非常にエキセントリックになってしまうので、それを割り引いて聞いていただかなければいけません。

お配りしたものが2種類あります。1種類はレジュメで、もう1つはレジュメの中に出てくるイギリスのことを書かせてもらった『外交フォーラム』の記事です。この記事の方は本当にご参考までです。それから、いかにも分厚いレジュメのように見えますが、ごらんのように5ページ以降はあるアメリカ人の論文の写しです。この論文は非常におもしろいもので、実は日本でも余り読まれていないのではないかと思いましたので、こうしてつけてみました。これについては後でご説明申し上げます。

あくまでもこれは仮説でありまして、かつまた日経ビジネスとも何の関係もないものですが、僕自身はここ数年このようなことかなと考えてきたところで、全くの思いつきというわけでもありません。

大きな筋を申しますと、中国がこれから地域の中で一種のヘゲモンとしての地位をますます伸ばしていくであろうとするならば、日本にとって、アメリカというヘゲモンとのつき合い方に加えて、中国というヘゲモンとの交際を考えなければならない時代が本格的に来るのだということが骨子です。結論は非常にシンプルなものですが、そこに至るロジックと言うと大げさですが、流れを整理してみたのが前半4ページです。それに沿ってざっとご説明をさせていただきます。

冒頭にあるのは、あくまでもシンボリックな意味合いのグラフです。2002年1月から9月までが最も新しいデータですが、台湾から見た貿易統計の中でかいつまんで輸出先のマーケットとしてどういうところが大きいのかと見てみますと、米国が景気のスローダウンもあってシグニフィカントに落ちている。日本は非常に前から下の方で低迷していた。香港は、言うまでもなく香港に出ているからといって全部中国に出ているというよりは中継地なのでしょうが、それでも香港も中国の一部であるというふうに仮に考えますと、香港と中国を合わせた輸出先市場としての中国の大きさは、台湾にとってはアメリカを凌駕するものになっている。

一番下の急速に伸びているのが中国プロパー向けです。このままいくと、半年か1年ぐらいのうちに日本と中国がクロスオーバー・ポイントを迎えて、台湾にとっての日本マーケットが大陸中国マーケットに取ってかわられる日は非常に近いのではないかという感じをこのグラフは与えるものだと思います。これは台湾から見たものにすぎないわけですが、時間があればもっとほかの国から見たものもやればよかったのかもしれません。しかし、韓国から見ても恐らく同じではないかと思いますし、いずれ日本にとっても最大輸出市場がアメリカではない、中国だというふうになる日も遠からず来ると見ておいた方がいいのではないかと思います。

そうすると、自国の意思を相手に強制するさまざまなツールを手にするという意味では、中国は一種のヘゲモンであるというふうに見ていい時代に近づくのではないかと思うのです。

そこで引きたいのが添付しましたAaron Friedbergの論文です。その引用の中でAaron Friedbergは、ソ連とは違って、中国の場合は経済的にも技術的にも非常にダイナミックで、世界経済に全く深く一体化している。下手をすると、経済の規模ですらアメリカを凌駕しかねない。こういう存在とアメリカは応接してきたことが今までなかったと、言っているわけです。

このAaron Friedbergについて一言つけ加えますと、彼はプリンストン大学の先生で、共和党系のストラテジストでもあります。ペンタゴンの中に70歳代半ばの Andrew Marshallというおじいさんがおります。そのAndrew Marshallはいろいろな長期戦略を練っている思想的なビジョナリーのような立場の人ですが、その人が主宰する思考実験として、1999年か2000 年に「アジア2025」というものが発表されました。2025年にはどういうアジアの絵が予想されるか、いろいろなことをシミュレートして想像したものです。その際の中心人物だったアカデミックがこのAaron Friedbergです。

記憶に間違いがなければ、現在彼は、最近できたUSライブラリー・オブ・コングレスの初代キッシンジャー・フェローになってワシントンとプリンストンで半分半分ぐらいの生活をしていると思います。地域研究家では全くありません。『The Weary Titan 』という非常におもしろい著書がありますが、イギリスがヨーロッパの台頭にどう対応したのか。いわゆるナンバー2、ナンバー3の海軍力よりもまさる海軍力をイギリスは持つべきだというツー・パワー・スタンダードを維持した結果、俗に言うインペリアル・オーバー・ストレッチになってイギリスがついに疲れてしまうということを書いたものです。彼はこの本で世に出た人です。彼などは、あくまでもアジアにおいてアメリカを凌駕するようなヘジェモニックなパワーが登場することを許してはならないという明確な立場をとっているわけです。そういう立場をとる限りは、アメリカと中国は一種のコリジョン・コースが当然想定されてしまうわけですが、彼は少なくともそういうふうに見ています。そういう意味で、アメリカの一部にある見方を非常にクリアに象徴している存在としてご紹介申し上げました。

この論文自体も、お読みになって異論はいろいろあるとは思いますが、極めて論旨明快ですので、お暇の折に目を通されるとおもしろいのではないかと思います。

さて、ここで仮説として中国をヘゲモンだと想定してみたということですが、それでは、ヘゲモンというものの概念規定をどんなふうに考えればいいのかというのが大きなII項です。どう見ても、私たちの人生の残り、さらには子供たちの人生の残りの期間も、アメリカと中国のつき合い方に日本は大変な意を砕かなければ生きていけない時代が続くであろうことは間違いがないでしょう。そうすると、アメリカと中国の持っている強み、弱みを項目的に列挙して考えてみることも無駄ではないのではないか、そう思ってつくったものです。必ずしもハード・パワーの定義としてこれだけでいいのか、ソフト・パワーの定義としてこれだけでいいのか、ふさわしいのかどうか、非常に厳密な吟味を経たものでは必ずしもありませんから、あくまでも参考として見ていただきたいし、僕もそのつもりでつくったものにすぎません。

ハード・パワーとしては、「軍事力」「常任理事国であるかどうか」「世界からの購買力」「経済の成長力」。また、アメリカの場合ですとプラザ合意その他で遺憾なく示した、あるいはクリントン政権のときも79円まで持ってきたときに遺憾なく示したような「基軸通貨特権」、つまり、相手先の交易条件を時には意のままにすることができるというような意味を含み、さらに言えば、ドル紙幣のシニョレッジみたいなことも含むのかもしれませんが、そういう「基軸通貨特権」。それから、世界からの投資を集めて、さらに自分のプライオリティーに従って投資をしていくという意味での「世界の投資銀行としての機能」ですとか、世界じゅうのおカネを集めては運用させてやることのできる深くて豊かな安定した「資産の運用先の市場」ですとか、いずれにせよ、目に見える形での力を軍事力に加えてハード・パワーとします。

加えてソフト・パワーは、ジョセフ・ナイが言っているようなことですが、6項目そこに挙げてみました。「GNC」というのは、最近いろいろな人がちょこちょこ言い出しているGross National Coolという指標です。Gross National Coolという英語は正しい英語なのかどうかよくわからないですが、要は、その国が格好いいと思われるような漠然としたパーセプションで、どうやら日本は相当上の方にいっているのだと、近頃しばしば耳にすることがあります。

「世論形成力」と「言説パワー」とはほとんどダブっている概念だと思いますが、「世論形成力」は、それがあるならいわば一切何も手を下さないで世論の力で羽交い締めにしていって体制を変えることすら時にはできるわけで、恐らくイラクなどは今そういう段階なのでしょう。

「言説パワー」というのもほとんど同じです。何が美しくて、何が醜いのか、何がたっとい価値で、何がさげすむべき価値なのかというような価値の体系を世界で共通にするような力があるとすれば、それは恐らく「言説のパワー」であろう。

「政体への信認」とは、言うまでもなく、民主主義としてみんながこの政体は信頼に足るとか、自分もこういう政治体制を持ちたいとか思わせるような力ということです。

そこで、各項目に○△×が書いてありますが、○は当面かつ近い将来まで優位であろうという項目で、△は、これからだんだんと落ちていくか、もしくはまだまだ途上であるかの項目です。×は、現在も劣るし、しばらく先も相当程度の期間劣るであろうという意味です。

中国の「軍事力」については、以前この会議での海上自衛隊の方のお話にもありましたように、中国は台湾周辺の制海権は既に握りつつあるということですし、恐らくこれからもますます伸びてくるであろうという今後の成長も含めて○です。「購買力」は冒頭で申し上げたとおり。「成長力」はだれも文句のつけようのないところでしょう。

ただし、最後の3つの項目、いずれも金融に絡むところはまだまだです。しかし、これは中国自身が大変意識して育てようとしているに違いないという意味で、○になるのはもしかすると時間の問題かなという意味を含めての△です。

中国のソフトパワーについて、すべての項目を×にしているのは、もしかして辛過ぎるかもしれませんが、まだまだ一党独裁でまともな世論もなくて、クリティカルなジャーナリズムもなくてという中では、このソフトのところは余りいい点はつけられないのではないかと思います。

思い出したのでつけ加えますが、Aaron Friedbergの引用に加え、前回会議での東京経済大学の周先生の話を聞いて改めてつくづく思いましたが、一党独裁で世論からのチェックというものを余り気にしないで、インフラであろうが、軍事力の増強であろうが、何でもできるという史上稀に見る良いとこ取りの国、それがどんどんと伸びていて、かつまた、この引用にあるようにテクノロジーにおいても経済においてもダイナミックであるという存在は、Friedbergさんの言葉を引くまでもなく、確かにこれまでの近代史に登場したことがないのではないかと思います。

いずれにせよ、中国と米国の弱さと強さをこのような思考実験で比較考量する試みがもっとあっていいのではないかと言いたいわけです。

さて、それに対して日本はどんなものなのか。日本の強さをアメリカや中国の強さとの関係において改めて規定し直してみることで、日本の力が一体いかほどのものなのか。そして、アメリカや中国とのつき合い方をどうすればいいのかということを考える参考になるのではないかと思いましたので、同じように項目を列挙してみました。その項目は日本の自己認識というくくりで単に思いつき的に並べたにすぎないわけですが、要は、冷戦期まで持っていたものと今とで端的に違うものがあるであろう。アジアの中で冠絶した存在であったときとそれ以降とで何を失っているのかということを改めて認識したいということです。

一言で言うと一番上の項目「地政学的優位性」に尽きるのだと思いますが、ソ連に対する橋頭堡、あるいは、中曾根さんではないですが、不沈空母として地政学的に自然に日本に与えられていた優位性は全くなくなっているわけです。むしろアラビア海から最も、ペルシャ湾から最も遠いという意味ではシーレーンの末端にありますから、地政学的には優位であるどころか、下手をすると一番不利な存在であるかもしれない。ファーイースト・オブ・ファーイーストなわけですから。

「米国との親密度」「米軍との親密度」とあえて分けております。「米国との親密度」はいろいろな尺度ではかれるでしょう。貿易や投資は端的にその尺度だと思いますが、これも僕などの感じで言うと、掃きだめのツルとして長く続いてきた日本は、自然とアメリカという大旦那の寵愛を一身に引き受ける美姫だったわけです。しかし、80年代の半ばから韓国、その他NIESが登場してきて、今や中国は最も生きのいい、これはポリティカル・インコレクトですけれども、若い女の子に見えている。そういうところからすると、「米国との親密度」も今や多くの競争相手の中で妍を競わなければならないような時代となっている。

しかし、「米軍との親密度」で言えば、横須賀に空母が前方展開されている限りアジアでは依然冠絶した存在です。これもアメリカの国防白書その他が明確に述べておりますように、むしろアメリカはアジアにおいての軍事的なプレゼンスをこれからは減らさずに増やそうとする動機がかなり見られる。そうすると、基地として今持っている日本の機能は減らずにむしろ増える可能性もあるという意味から言えば、アジアの中では依然冠絶しているでしょう。

その他もろもろ書いてございますが、ある程度省きます。

あえてつけ加えたいものがあるとすれば、GNCというのは、先ほども申しましたが、日本は今結構いい線をいっているのかなというところだろうと思います。

そこで、閑話休題といいますか、起承転結の転の話としてのイギリスです。イギリスというのは日本の将来を考える上で非常に示唆的な国だと思うのです。そこのところをごちゃごちゃと書いたのが4ページの記事です。これも後でお読みいただきたいのですが、そこで書いた内容を簡単に整理してあります。イギリスの特徴をどう整理したかというと、アメリカからこづき回されて屈辱を味わわされたにもかかわらず、その屈辱を逆に奇貨としたといいますか、アメリカにピギーバックして親亀の上の子亀としての存在を確立した。よく言えば賢さ、悪く言えばずるさ、そこに特徴を求めてみたということです。

もともとイギリスは、大英帝国当時から戦いに敗れたことがほとんどない国、ボーア戦争やクリミア戦争では国力を大変消費したことは皆さんご存じのとおりですが、アフガンのようなゲリラ戦を別にして、正式に負けた相手はアメリカしかいないと、そういう国だと思います。戦いに敗れたことのない国です。そのイギリスが戦後2回にわたって、20年の間隔をおいて2つの耐えがたい屈辱をアメリカになめさせられているわけです。

1956年のスエズ危機については、僕は同時代ではないので余り偉そうなことは言えませんが、皆さんの中には結構生々しい記憶としてお持ちの方もいらっしゃるのではないかと思います。フランスと一緒になってスエズ運河の両岸の占領に出向いて、パラシュート部隊の投下の直前でダレスが待ったをかけたわけです。石油の禁輸をするぞ、外貨準備の面倒は見ないぞという2つのことをアメリカが言ったことで、当時のイギリス内閣は振り上げたこぶしをすごすごとおろさざるを得なかった。

イギリスに数年だけ住んでいたとき、このスエズ危機の話をいろいろな年齢の人に聞いてみましたが、思い出すだけでも腹が立つというような答えをする人も少なからずおりました。しかもエリート層の中に結構いる。これは本当に大英帝国の、根っからの帝国主義者としてのイギリス人エリートたちにとってはまさに頂門の一針といいますか、自尊心を粉々にされる経験だったような感じがあります。

それからイギリスは長い長い経済社会の停滞に入りまして、10年失われるどころか20年失われて、ついに訪れたのが1976年のIMF危機なわけです。そのときは、ケニアだったかナイジェリアだったか、いずれにせよアフリカの英連邦国が辛うじて残っていたスターリング・ポンドのバランスを引き出しにかかるわけです。スターリング・ポンドは当時まで基軸通貨ですから、当然非居住者のポンド預金がイギリスの主な銀行の中にもあったわけですが、そのおカネを皮肉にもかつての支配国、植民地が引き出したことがきっかけになって大変なポンド危機が生じる。

そのときに、 "Goodbye, Great Britain"という、イギリス人にとっては忘れられない屈辱的な記事がウオール・ストリートの一面に載ったというようなエピソードもあります。 Goodbye, Great BritainというのはGBGBでちゃんと韻を踏んだ、アメリカ人がイギリス人にアピールするために考えた題名がついていまして、これもよくイギリス人は覚えているのです。僕はたまたま『Goodbye, Great Britain』という題名のついた本に接したことで、そんなことがあったのかと知り、この当時のことをよく覚えている人に、この記事のことを聞くと、おまえは何でそんなことを覚えているんだ、おまえなんかに教えてもらう筋合いの話ではないと怒るような人もいるのです。余り比較にはなりませんが、日本にとってショッキングな外国の記事との比較で言えば、James Fallows が書いた『Containing Japan』みたいなものに匹敵するような影響をもたらしたのかなと思います。

いずれにせよ、このとき大蔵大臣がレター・オブ・インテントをIMFに2度も書いています。結局、IMFからのおカネはもらわずに済んだのですが、状態としては韓国やマレーシアと全く変わるところのないところまでイギリスは追い詰められていたわけです。それがなければサッチャーは恐らく出てこなかったとも言えると思います。56年のスエズ危機以来76年まで、イギリスはそこまで落ちて落ちて落ちまくったわけです。ようやくそこで効いたバネというのがマーガレット・サッチャーだったのだろうと思います。それはそうとして、このときにアメリカの奪ったものというのは、非常に典型的に覇権国の最も大事にするべき2つの権力だったのではないか。

つまり、前者では、スエズ運河の国有化をするようなナセル大統領に天誅を下して構わないというような軍事介入特権です。ヘゲモンにはそれがあるのだと思い込んでいたイギリスとフランスはその行使に向かったわけですが、おまえなんかにそんな力があってたまるかというアメリカの前にそれを引っ込めざるを得なかった。後者は、基軸通貨を本当に失ってしまったのだ、自分たちにはアザー・ピープルズ・マネーに頼らなければ帳じりを合わすことすらできないのだということを骨の髄までしみ込ませた。本当にポンドの時代の終わりを象徴する事件だったという意味で、この2つのいずれもアメリカに剥奪されたと言って間違いないわけです。IMFに頭を下げるというのはとりもなおさずアメリカに頭を下げるということです。

僕がイギリスは一筋縄ではいかない相当な連中だなと思うのは、このいずれからも180度about-faceといいますか、向き直りまして、自分たちの国益の再定義に持っていくわけです。

前者から彼らが学んだ教訓と選択した路線は、それ以後アメリカン・クラブの忠良な成員となるという道。ベトナム戦争にこそつき合っていませんが、イギリスは今回もそうだし、98年でしたか、サダム・フセインに対してアメリカとイギリスが軍事行動したこともありましたし、11年前の湾岸戦争はもちろんのことですが、必ずイギリスはアメリカの行くところ一緒に行っているという軍事行動が目立ちます。もっと目立つのは、そういう行動をとることについてイギリス国内の世論はめったなことでは分かれないということです。今回は少し分かれているかのように見えます。しかし、一たん戦いに乗り出せば、イギリスも、恐らくアメリカもそうですけれども、やりかけた戦いは必ず勝たねばならないという価値観でさっと統一する国ですから、恐らく本当にイラク戦争でアメリカとイギリスがともに戦いを始めましたら、国論の分裂は余りなくなるかもしれません。

いずれにせよ、規模から言えば、イギリスのネイビーは海上自衛隊とほぼ匹敵するぐらいの規模ですが、装備の体系などを見ましても、アメリカと非常に相互補完性を考えて組み立てられております。細かい話になってしまいますが、夜間暗視装置のようなものを必ず積んでおりまして、夜戦うつもりのないアメリカの船のできない仕事ができるような、かゆいところに手の届く兵器の体系なども持っております。したがって、アメリカにとってのイギリスというのは実に頼もしい、いつでもそばにいて便利に使える存在です。

余りにもそういう存在になってしまったものですから、しっぽをプードルみたいに振ってアメリカににじり寄っていくのだといってブレアが今批判されていますが、客観的に見て本当にプードルだと思います。しかし、それを自覚的に選んだのがイギリスです。

では、後者のIMF危機から彼らが何を選んだかというと、それが基本的には外からの投資、証券投資も直接投資も呼び込み続けていかなければイギリスは回らないのだ。つまり、キャッシュ・フローが回らないのだということをつくづく知らされたのがこのIMFの危機ですから、ビッグバンをして、世界じゅうのカネをイギリスに集めようという選択になるのは当然といえば当然の論理的帰結です。あのときのビッグバンによってイギリスは実は恐らく世界で最も国際的な金融センターになっています。

ちょっと古い統計ですが、99年でシティで営む外国系金融機関の数が537です。アメリカで同じような統計を見ますと、その半分ぐらいです。東京の場合に比べますと5倍以上、その後も東京からはどんどん櫛の歯が抜けるように撤退が続いていますので、もしかしたら今はそれ以上になっているかもしれません。

別の統計によれば、イギリスにある金融機関の資産のうち54%が外国の資本に帰属しているという実態もあります。日本では金融機関を外資が買うことに対してはまだまだ役所にも民間にも抵抗がありますが、99年で54%の金融機関の資産は外国資本に帰属しているというような統計もあります。

とりもなおさず、それはアメリカにとって最も使い勝手のいい市場になったということだと思うのです。事実シティからは、帽子をかぶってステッキをついて、イートンかどこかわからないですけれども、パブリック・スクールの妙ななまりをしゃべるイギリス人はすっかり姿を消してしまい、いまや会計士、ロイヤー、インベストメント・バンカーといった一種のプロフェッションと言われるような階層、職業の人たちがアメリカと本当にシームレスにつながっていると思います。主たるプレーヤーはアメリカの大手銀行や投資銀行であるという状態になっていますから、ここでもものの見事に災い転じて福となすということをしているわけです。

結論として言いますと、安保と経済の両面でイギリスは世界最大最強の覇権国アメリカの背中にのっかるという道を自覚的に選択した。してみると、イギリスは、帝国主義者だったかもしれませんが、より多く実利家であり、資産運用家だったのだというふうに見ることができる。かつまた、単なる銭勘定だけではアメリカ人から尊敬してもらえないので、一目置いてもらうためにもマッチョでなければいけない。実にマッチョな国でもあって、職業軍人のモラルも背骨に通っている。そういうイギリスを起承転結の転のところでごらんいただいて、そこから結論に行くのですが、では、翻って日本の選択というのはどういうものがあり得るのかということです。

イギリスについて少しつけ加えますと、今のところイギリスは欧州とアメリカの中でサンドイッチになっているにもかかわらず、欧州ににじり寄っていくという姿勢を明確には見せていないです。いまだに慎重に待ちの構えをとって、欧州の発展推移を見きわめようとするポジションをとっているかのように見えます。少なくとも軍事面などに関する限りはアメリカに対しての関係を変える必要を感じていないようにも見えます。

これも中国とアメリカとの間でサンドイッチにならざるを得ない日本の立場を思いますと少し参考になるのではないかと思うのですが、ともあれ、こうして見たところから、あくまで私案ですが、次のように命題を導いてもいいのではないかと思います。先ほどヘゲモンとしての米国と中国との考察をやったことからの結論として、アメリカとつくということは引き続き得である。損でないという意味で得である。これはあくまでもそろばん的な話です。それから、米国のソフト・パワーには当面、中国だろうが、だれであろうが、競争者が余りあらわれそうな感じはない。

一方、日本が売り物にしていた自然的条件といいますか、地理的条件といいますか、地政学的な優位性はもはやない。そして、日本が誇っていた経済力だの、イノベーションの力だの、購買力だのも少なくとも今までは優位だったわけですが、どんどん競争者との間で比較優位を失って、日本のポートフォリオは非常に貧弱なものになっている。また、今中国が参入している国際社会というのはトランスペアレンシーとかアカウンタビリティが時代の一種のパスワードになっている環境です。中国はその中に参入してくるわけですから、そこでの最適な適用を考えるとすれば、中国も現在は劣後している金融や市場にかかわる諸項目についても、その改善をどんどんと目指すだろう、と思います。それはあたかも帝国主義の時代に国際社会に参入した日本が帝国主義に最適な適用をしようと思ってみずからを変えた如しというふうに思いますので、中国もその点でどんどんキャッチアップしてくるに違いない。

もしもそういう状況が続けば、遠い将来に日本の円が今のポンドのユーロに対する関係と同じように一種のペリフェラルな通貨になってしまって、金利はバンク・オブ・イングランドではなくヨーロピアン・セントラル・バンクが決めるというような事態、あるいはカナダの連銀ではなくてアメリカのFEDがカナダの金利まで決めてしまうような事態も全く考えないでいいかといえば、そうではないだろうと思います。

だとすれば、イギリスと同じようにアメリカにピギーバックすることを追求できないだろうか。それを日本の国益と、余り大きな声で言うと恥ずかしいかもしれませんが、一種のエリート層の共通認識として共有することはできないだろうか。そのためにどうするかと考えるならば、中国がまだまだ弱くて、アメリカがありがたがるような分野を選択的に伸ばすことはできないだろうか。それによってアメリカの理解を日本に深くつなぎとめる。言いかえれば、日本をtoo big to lose、あるいはtoo precious to loseというような国にできないだろうか。これは、アメリカにとってそうなれば、ほかの国にとってもそうなるはずですから、何もアメリカにとってだけということではないです。

したがって、日本が持つ2つの資産を一番大切に考えられないか。その2つというのは、第1には米軍のフォワード・プレゼンスです。第2には自由な市場です。この2つを考えていくと、イギリスの先例でごらんいただいたように、見事にイギリスと同じ結論になってしまうのです。

そこで最後に、政策として4項目挙げてみました。まずは金融市場を徹底的に整備しようということです。個々の各論に入るといろいろな難しさがあることを僕も知らないわけではないです。しかし、無責任に列挙したにすぎないものではあるのですが、例えばということで言えば、10年物の日本国債があらゆる金利の尺度の、だれかの言葉の引用になりますが、北極星のようなものにする。こんなことも、と言うのも語弊がありますが、こんなことも実は日本の位置を大事に確保していくための重要なツールになるのではないでしょうか。

それから、円のマーケットでいろいろな人が起債できるような環境にしたい。それと表裏一体ですが、これからはアジアでもミドルクラスの登場とともに長期資産、端的には年金ですが、そういうものの運用のニーズが必然的に高まるはずです。その運用先として日本が便利に使ってもらえるようなものにしたい。と同時に、円の国際化にももう1度力を入れるような方向は考えられないだろうかと思います。

次に、直接投資をどんどん受け入れたい。直接投資というのは、中国が恐らく意図して政策的にやっているようにキャプティブをつくるということです。その直接投資が捕囚であるのだという認識を政官財で持っている人は持っていますけれども、意外に持っていない人は全然持っていないので、そこを確立し、白い猫だろうが黒い猫だろうが直接投資をしてくれる猫はいい猫である。この点はアメリカの直接投資だけでなくて、華僑の直接投資も、マレーシアの直接投資も、何であれ歓迎できるようなものにしたい。これも言うべくして難しい課題だと知った上で申し上げているのです。

3つ目は、地政学的な優位性が、シーレーンの末端にあることを考えれば実は今不利になっているのかもしれないと考えますと、それをオフセットするような政策がなければならないだろうということです。インドと全面的関係強化などという言葉が踊っていますが、全面的関係強化というのは、あらゆるタブーを除いていろいろな関係の強化を図ってみるべきだということです。だからといって、すぐにまさかインド・日本相互安全保障協定のようなものができるとはだれも思わないわけですが、そんなことだってあってもいいと思っていろいろな環境をつくるのと、全くそんなことも考えずにインドとつき合うのとではまた違ってくるでしょうから、あらゆる可能性を排除せずにインドとつき合うということです。

それから、南方留学生という制度がかつてあったということですね。バンク・ネガラというマレーシアのセントラル・バンクの女傑の総裁、そのお父さんが南方留学生だったと、先般この会合においでいただいた加藤暁子さんはおっしゃっていましたが、東南アジアにこういう人づくり支援、ソフト支援のようなものの傾斜配分はできませんでしょうか。

それから、ここへ来て中東依存度を減らしたいアメリカの需要にロシアが、はい、はい、こたえますよというような姿勢を顕著にしているのはご存じのとおりだと思います。北極海を通じて巨大な石油タンカーがアメリカに向かって石油を運ぶこともそう遠くない将来にありそうです。その意味からも、ロシアからの資源輸入をふやしてシーレーンの依存度を減らすことも入ってくるのかなと思います。

そして最後に、強みをさらに強くするという意味で言えば、米軍のアジア戦略とシームレスに一体化することはできないか。集団的自衛権をこの際認めるべきだ。それから、海の総合運用性、インターオペラビリティーはアメリカ人も大変満足しているらしいですけれども、陸とか空になるとこのインターオペラビリティーはなかなかない。ここも徹底的に追求したらどうか。それから、アメリカの海軍はいろいろなところに親善訪問に行きますが、そこに同行するとかも考えられます。その目指すところは、East Asian Littoralと言われるシーレーンに沿った浅い海域の共同防衛だと、将来考えてもいいだろうと思います。

横須賀の地位は落とさないというのは、どういうことかといいますと、次に予定されている空母はディーゼルではなくてニュークリアですから、それに対して「横須賀寄港反対」といったような声が出ると、日本が持っているフォワード・プレゼンスの位置がなくなってしまうわけです。

以上です。そのほかいろいろありますが、このアジア戦略会議で何か出す上では、これでいいということではないのです。あくまでもこれは頭の体操にすぎないわけですが、変な話、ちょっとは奇抜なことも言わなければ世の中から聞いてもらえないということがあります。もっと言ってしまえば、新聞の見出しにならない政策提言は幾らしても意味がないということがありますので、見出しになるようなものを考えると、多少思い切って言うことも必要かなと思って、以上のようなことを挙げてみました。

福川 ありがとうございました。

それでは続いて私から、少し古いものなのであまり参考にならないかもしれませんが、用意した資料をざっとご紹介します。1つは価値観から見たアジア、国際比較で見るアジアの価値観ということです。ヨーロッパと対比してアジアの概念は非常に多様だ、またあいまいだと言われています。地政学的には通常、ウラル山脈からカスピ海、黒海、ボスポラス海峡、スエズ運河、黄海を境とするユーラシア大陸の東方を指すと一般に言われておりますが、川勝平太さんなどに言わせると、アジアという表現は紀元前10世紀ごろにアッシリア語から出て、アジアは日の出、ヨーロッパは日の入りを意味するものだということです。

当時ヨーロッパは非常に文明的で、アジアは野蛮という対比がなされたわけですが、「歴史の父」と言われるヘロドトスの著書の中で、アジアから押し寄せてくるペルシャの大軍をサラミスの会戦で撃破して古代ヨーロッパが成立したと一般に言われております。そこでヨーロッパでは中世にアジアと異なる自己確認をしたということであります。

日本においてアジアという認識がなされたのがいつ頃からかというと、脱亜論などからだんだんと出てきますが、明治初期からアジアという言葉がかなり頻繁に使われるようになってまいります。西欧旅行案内みたいなものができてアジアが登場するわけですが、当時はアジアといえば、支那と呼んだ中国と朝鮮を指していました。明治18年に福澤諭吉が『脱亜論』を出していますが、日本はアジアから離れるべしと言っております。「我が日本の国土はアジアの東辺にありといえども、国民の精神は既にアジアの固陋を脱して西洋の文明に移りたり。然るに不幸なるは近隣に国あり、一を支那と言い、二を朝鮮という。我が国は隣国の開明を待ちて共にアジアを興すの余裕あるべからず。むしろ、その愚を脱して西洋の文明国と進退を共にし、支那、朝鮮と接するの法も、隣国なるが故にとて特別な会釈に及ばず、正に西洋人がこれに接するの風にしたがいて処分すべきのみ」と書いているわけでございます。

当時は文明というものをヨーロッパと同義語でとらえておりましたから、『脱亜論』では、むしろ日本は欧米の列強がアジアに押し寄せてくるのに対して、支那や朝鮮と一緒に待っているわけにはいかんと言っているわけであります。

その次にアジアの概念が変わるのが1903年の岡倉天心の『東洋の理想』でございます。原文は英文で書かれたものですが、アジアは1つという思想を打ち出しております。「二つの強力な文明、孔子の共同主義を持つ中国人と個人主義を持つインド人をヒマラヤ山脈が分け隔てているのも、両者それぞれの特色を強調しようがために過ぎない。雪をいただく障壁といえども、すべてのアジア民族にとっての共通な遺産というべき、窮極的なもの、普遍的なものに対するひろやかな愛情を一瞬たりとも、妨げることはできない。こうした愛情こそ、アジア民族をして、世界の偉大な宗教の一切を生み出さしめたものであり、地中海とバルト海の海洋的民族がひたすら個別的なものに執着して、人生の目的ならぬ手段の探究に勤しむのとははっきり異なっている」。こう言っておりまして、岡倉天心はアジアの心を強調し、アジアは1つだと言い始めて、むしろアジアというものがヨーロッパ文明に対抗していく1つの思想遺産であると言っているわけであります。

その後さらに20世紀が進んで、1942年に大川周明が『回教概論』を出しております。インド哲学を強調し、その後イスラムを研究して、イスラムもアジアの1つと位置づけるというふうになります。梅棹忠夫先生が『文明の生態史観』において、東洋と区別して、遊牧民・イスラムを中洋と呼ぶというように、西アジアが紹介されたのです。その後、アジア全体を海洋として包摂していこうという思想が出てアジア太平洋圏になって、そして20世紀が展開をしていくことになります。

むしろ20世紀前半は、ヨーロッパ文明の世界支配でアジアの植民地化が進むことになっていくわけですが、ここで日本が登場してきて大東亜共栄圏の思想を展開し、これに失敗する。しかし、その後アジアの国々が第二次世界大戦後独立していくことになってまいりました。

1969年にASEANができて、共産主義の脅威に対抗していくことになってまいりますが、その後、経済が中国を中心に非常に伸びていく形になって、だんだんアジアを新しい概念でとらえ出そう、このような展開をしていったのではないかと思っているわけであります。

アジアの価値観に共通性があるかどうかというところが1つの議論になるわけですが、アジアは文化圏として1つの文化圏か、あるいは多様な地域かという議論がいろいろあります。むしろアジアは文化的には多様な地域だと一般に言われています。しかもアジアにおいてはいろいろ価値観が多層的であると言われており、非常にdiverse性があると同時に、またhybrid性があると言われています。例えばインドネシア、マレーシア等ではイスラム教もあれば、仏教や儒教的な思想もあるし、ヒンドゥー教が併存もしています。しかし、いろいろ併存はしているけれども、また新しい思想をとり入れていくこともあるわけです。タヒチ島にはヒンドゥー教が入ってきていますが、カースト制度は認めないことになっております。どうもアジアの中にはdiverse性があると同時にhybrid性があると言われるわけです。

余りここで詳しい議論をしても仕方がありませんが、和辻哲郎などには文化と文明を区別するという思想があります。当時、彼は、アメリカには文明はあるが文化はないという言い方をしているわけでありますし、自制と寛容がアジアの文化の1つの特色だとも言っているわけであります。今のアジアはヒト、モノ、情報等の自由流通によって文化を含む多様性をアジア全体のエネルギーにしていると思っておりますが、私は、どちらかといえば、文明と文化はきちんと分けて議論をして、その上でアジアの特色を考えてみてはどうかと思っております。

確かに多様ではあるのですが、アジアの四大宗教を見ていくと、若干うっすらとした共通性があるかもしれないということです。その共通性の1つは、他の価値観に対する寛容性です。アジアの価値観というのは、キリスト教のように人間が神と対置するとか、自然と対置するというように二律背反のものではなくて、他の価値観に寛容であると言われています。アジア諸国の中では異なった宗教を併存させていく傾向があるわけです。日本がアジアのリーダーになれるかという問題がよく指摘をされますが、日本が他の価値観に寛容であるのかどうか。これは日本人のことをよく反省してみなければいけないと思います。

2つ目の特色が人間関係を重視するということであります。これは、儒教的な思想には「生の輪廻」という考え方があって、家族の存続は永久であるという思想からできているものですが、人間関係を重視して社会、組織の協調を大事にする側面があると思われます。

3つ目が自制と自己研鑽でありますが、和辻哲郎の言った自制とか自己の欲求を抑える思想がそこにあります。

4つ目が自然との共生です。アジアの諸国は主として農耕社会として発展をしてきたわけで、自然を大事にするという共通性があるわけです。

そのようにアジアの価値観はなかなか問題の解析が難しいわけですが、どうも共通性と多様性が重層的に動いているというのが大体の私の感想であります。

お配りした資料にあるように、電通総研では価値観国際比較調査を1996年から実施しております。資料1ページの第5回調査(2000年度)では、中国、韓国、タイ、シンガポール、インドに日本を対比させた調査をしています。標本数は大体700ですので、この程度のものとしては有意性を持つぎりぎり最低のものであります。その前年99年の第4回調査ではアメリカについて調査しています。それ以前は順次、アジア、欧米と戻っていまして、その結果が2 ページ等に書いてあります。第1回は96年度でアジアを中心にした調査です。

3ページをご覧いただきますと、1つは自国の将来展望と自国の評価についての調査をやっています。10年後の認識を聞きますと、将来自分の国がよくなっているかということについて、日本はよくなると思っている人は30%程度しかいない。しかし、中国、韓国、タイ、アジアは自国の将来に非常に自信がある。欧米でも日本ほどは調査結果が悪くはない。それから、地球環境の点についても、日本は将来よくなっているというのは少ないし、世界情勢についてもネガティブであります。特にドイツと対比すると、日本とドイツは極めて悲観的になっておりますが、アジアは主として楽観的であります。日本のことを見てみると、自分の国がいい方向に向かっているか、悪い方向に向かっているかというと、圧倒的に悪い方に向かっているという意識が強いということです。

4ページ目に、自国がよい方向に向かっているか、悪い方向に向かっているかについて国際比較している調査がありますが、例えば中国、韓国では、教育水準などはいい方向に向かっているというのが非常に強く出てまいります。また、科学技術水準などでも中国、韓国、タイ、シンガポール等はいい方向に向かっているという答えが非常に多くなっています。中国では経済の国際競争力が強いという認識ですし、シンガポールもそうです。国の防衛体制については、シンガポールなどで、良い方向に向かっていると認識する傾向が強くなっています。いずれにしても、社会道徳、文化・芸術、雇用、自然環境等々、どの項目を見ても、どうも悪い方向に向かっているという意識が日本人は非常に強いという結果が出ています。

5ページでは、自国が他国に比較してすぐれているかどうかという点について、日本とアジアとを対比しています。日本では国際政治力、国際的なリーダーシップ、軍事・防衛力について、これもまた非常に低いことになっていますし、経済力を見てもそれほど高くはない。しかも経済力などは年を経るごとに悪くなる傾向にあります。中国でも歴史・伝統、あるいは自然・景観等はかなり強いという認識がありますが、経済力に関してはいい方向には向かってはいるが、まだまだそれほど強いという認識ではないということです。欧米と対比したものが5ページの下にありますが、すぐれていると思っているのは、例えばアメリカでは国際的なリーダーシップ、経済力などで非常に強いという認識をもっていることがうかがえます。

6ページは社会像についてのものです。平等社会がいいか自由競争社会がいいか、高福祉・高負担社会がいいか低福祉・低負担社会がいいか、規制はどうかという項目で対比をしてみますと、どうもアジアではどちらかといえば平等社会指向が強い、欧米では自由競争社会指向が強い。しかし、アジアの中でも中国はどちらかといえば欧米型に近いと言えます。

時間もありませんのでざっといきますと、7ページにあるのは、これから政治が取り組むべき基本的な課題の中で何が問題かということについてです。これもざっと後で数字をごらんいただけばいいのですが、日本ですと経済の発展、安定が非常に多く出てきますし、教育などをもっとしっかりすべしとも言えるようになっているわけです。一方アジアの国々を見ていくと、経済をしっかりしろというところがここでは強く出てきているように思います。

8ページからが社会組織に対する評価ですが、社会の信頼と自信で見ますと、日本では自国の社会組織への信頼度が下がっていることがわかります。これは注に書いてありますが、上の表では、信頼性、透明性、柔軟性、国際性、社会的貢献度、将来性と6項目についての評価があり、満点が600になっていますから、これで対比をしていただくことになります。自国の政党・政治についての評価は、信頼できないというのが日本では非常に高い。行政機関に対する評価も非常に低いということで、社会の組織に対する信頼度は非常に崩れているということであります。

すこし飛んで10ページになりますが、ここからが生活感についてです。日本でおカネをかけたいものを聞くと圧倒的に趣味、遊び、レジャーになってまいります。アジアの国々はまだ生活水準が十分上がっていないので、住生活とかインテリアとか食生活とかが多く出てきます。日本は多い順に、遊び、レジャーと交際、健康になっております。

11ページが人生観、社会観です。人間関係が気まずくなっても自分の主張を貫くべき、他人の評価を気にしない、実情に合わない規則は破っても構わないか、こういうことを聞いてみますと、日本の場合は、人間関係が気まずくなってまで自己主張することはない、というのが多くなっています。むしろ主張を貫くというのは中国、アジア諸国などに多く、強いて言えば、アジアの国々は欧米型に近いということであります。他人からの評価を気にしないというのは日本では19%ですが、中国などではむしろこの比率が高く、これもまたどちらかといえば欧米型になります。日本がよく恥の文化と言われるようなものがここにもあらわれているように思います。

12ページが日常生活においての宗教についてですが、中国は非常に宗教度は低い、次いで日本も低いことになっています。男女の役割分担に対する考え方でも、男は外で働き、女は家庭を守るという価値観が崩れてきていますし、若い世代は特にそういうふうになっています。しかし、全体で国際比較をしてみると、日本はまだ保守的、むしろアジアの方が進歩的となっています。

少し飛んでいただいて、教育についての調査が14ページにあります。日本では非常に悪い方向に向かっているという認識が強いのですが、むしろアジアは非常に自信が強いということになっています。

15ページが労働についてです。企業の存在理由を見ると、アジアの国々では利益の追求は非常に上位に出てきます。日本では、生活の向上とか従業員の満足とかが上位に出てきておりまして、企業に対する認識では、むしろ日本が特殊で、アジアと欧米が接近をしていることになってきています。ステークホルダーに対する考え方でも、日本は消費者とか社員が出てきます。欧米でもそういう傾向がありますが、企業全体として見ると、どうも利益追求という意識は日本よりもアジアの方に強いことがわかります。

16ページは、能力や実績に応じて給料が支払われる方がいいかということについてですが、そのほうがいいという傾向は日本が弱くて、むしろアジアあるいはアメリカが強い。会社を移動するかということについても、むしろアジアと欧米の傾向が似ています。

17ページでは、日本がむしろアジアの国々よりITに対する評価が低いということがわかります。

18ページで情報化のデメリットを聞いてみると、日本ではデメリットを強調する意識が非常に強い。むしろプライバシーの侵害とか犯罪が増えるということで、情報に対する信頼、考え方は日本ではネガティブになります。

19ページを見ると、中国、韓国では日本が嫌いというのが増えています。これが年を経るごとに増えているし、また世代間でもそういう変化が出てきています。

大体以上のような調査結果でございますが、まとめとしてはレジュメの2ページ目に書いてあります。概要を言うと、1つは、アジアは成長指向が強い。日本はもとより欧米諸国よりも楽観的な展望を持つ。アジア文化には自信を持っている。目指す社会としては、概して経済指向、福祉重視が見られる。政治、政府などへの社会機能に対する信頼感がアジアではむしろ強い。生活感には欧米化の傾向が見られる。人生観、社会観は日本よりも欧米との類似性を持つ。家庭観、家族観はむしろ安定している。教育には非常に強い自信がある。企業観、労働観は欧米と類似性がある。ITへの取り組みについてはアジアの方が日本よりも積極的。日本に対する評価では、中国と韓国、その他のアジア諸国の間でかなり乖離がある。外国に対する認識では米国との関係を最も重視する傾向があって、次いで日本が位置する。しかし、最近では中国との関係を重視する傾向がある。また、アジア文化と欧米文化の融合、アジアにおける共通性が高まっていくだろう。このようなことがざっと読み取れるか思います。

ざっとしたご紹介にとどめさせていただきますが、価値観から見ると、アジアの中でも日本はやや特異性がある、ということがいえるようです。

大ざっぱで大変恐縮ですが、この後お時間のある限り、ご意見をおっしゃっていただきたいと思います。

「第9回 言論NPO アジア戦略会議」議事録」 page2 に続く

2002年12月13日
於 笹川平和財団会議室