「日本のアジア戦略に向けて―論点整理―」 page1

2003年4月17日

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序 変貌するアジアとの日本

I. アジアの活力と日本の再生

1. 世界経済のパラダイムシフトの中における日本の活路
2. 中国という地域に日本はどう向き合うのか
3. 日本の産業や経済にとってのチャレンジの機会としてのアジア
4. 日本の経済戦略としてのFTA戦略
5. アジアとの相互依存関係の深化を日本自らの改革と再生にどう活用するか
6. アジアとの建設的な共同対応に向けて
7. アジア通貨・経済圏構築の可能性


II. アメリカの世界戦略と日本のアジア安全保障戦略

1. 北朝鮮安全保障政策を巡って
2. アメリカの軍事戦略と日本の対応


III. 日本の国家路線の選択

1. アメリカ、中国、日本のパワー比較
2. 国家路線についての理念型
[路線A]イギリス型
[路線B]独仏連合型
[路線C]長老モデル(ダイナミック・スイスモデル)
[路線D]中国とインドとのバランス・オブ・パワーの道
3. アジアの価値観と日本


IV. 日本自らの改革に向けて「新開国宣言」

序 変貌するアジアと日本[議論の前提としての事実認識]

停滞と孤立を深める日本

世界では今、経済や安全保障から市民生活のレベルまで、パラダイムシフトとも言えるダイナミックな変革が起こっている。産業技術面では産業革命以来の生産技術の変革が国民経済の概念にまで変更を迫り、グローバル経済の中で中国が巨大な存在として台頭している。冷戦体制の崩壊は、世界の安全保障の概念やそのための戦略の抜本的な組替えをもたらした。この中において、日本はどのような位置を占めることができているのだろうか。

残念ながら、日本は、世界の動きから取り残され、停滞と孤立を深めているのではないか。新たな挑戦に向けた改革は遅々として進まず、経済社会の停滞が続いている。国際政治面でも、地域紛争やテロへの対処など、新たな世界の安全保障の枠組みに対し、主体的な影響力を行使し得ないでいる。アジアにとっても欧米にとっても、日本の存在感はますます低下し、今や、アジアの求心力は、経済的チャンスの場を周辺国や欧米資本に提供しながら著しい成長を遂げる中国に移りつつある。経済面でアジアで指導的な地位を占めてきた日本は過去のものとなり、アジアの目も世界の目も、日本を素通りし、中国やアメリカに向かっている。

「世界の工場」中国の台頭と日本経済

日本経済が低迷を続けた「失われた10年」とも言われる90年代においても、アジア経済は総じて高い経済成長を遂げてきた。アジア通貨・金融危機により、1998年に多くの国において経済成長率がマイナスとなる等の深刻な打撃を受けたが、1999年に入り、各国の回復のスピードにバラツキはあるものの、すべての国で実質成長率がプラスに転じている。中でも著しい高成長を示してきた中国経済は、1979年の改革開放政策の実施以来、中国側統計によれば実質年率10%近い成長を続け、現在では、「世界の工場」の地位を謳歌している。

これを裏付けるように、かつては加工貿易立国だった日本の対アジア貿易バランスは近年、黒字縮小傾向にあり、1988年に赤字に転落した対中国貿易バランスは、特に90年代後半以降、赤字幅を大幅に拡大させている(現状で3兆円前後の赤字)。日本の製品輸入比率(輸入総額に占める工業製品の割合)は17年間で約2倍(1985年31.0%→2002年62.2%)へと著しく上昇し、とりわけ対中国の製品輸入比率の上昇が顕著(同27.1%→同85.2%)であり、工業製品の供給国としての中国の急速な台頭が日本の貿易構造を大きく変化させてきたことがうかがわれる。

こうした動きは、日本の製造業が、賃金を始め、生産コストの低廉な中国等アジア地域に生産拠点を移す動きと並行して起こっている。1990年度は6.4%であった日本の海外生産比率は、2001年度の14.3%まで90年代を通して上昇を続けてきた。資本が国境を超えてグローバルな最適地生産を目指す中で進んでいるこの現象は、日本国内の雇用・所得機会を脅かす「産業空洞化」現象として捉えられ、これが日本経済の停滞を強めているとされる。生産拠点の移転先である中国は、単に賃金コスト面のメリットによる労働集約的な生産プロセスだけでなく、資本集約的、あるいは技術集約的な面においても日本の産業を急追し、将来の市場としても魅力を高めている。その中にあって、日本は徒らに「中国脅威論」に陥ることなく、より高付加価値の新産業、新分野を次々と創出して世界をリードしていくことが生き残る道であるにも関わらず、こうした動きは停滞し、日本の国際競争力のランキングもこの10年間、著しく低下してきた。

アジアにおける日本の地位

確かに、日本は未だGDP規模では世界第二位の経済大国であり、2000年の統計では、日本や中国、韓国等を含めた東アジア地域全体の中で、日本のGDPのシェアは約7割と圧倒的な地位を占めている。しかしながら、この日本のGDPも、1990年には中国の7.8倍であったものが、2001年には約3.5倍まで格差が縮小しているのであり(為替レート15円/元で計算)、こうした変化の速さこそが重要である。仮に中国が今後7~8%の成長を続け、日本が今後ともゼロ近辺の成長に留まるのであれば、単純計算で約17年程度で中国経済は日本経済に並ぶことになる。また、GDP以外の指標についても、成長の源泉である貯蓄率は、日本の水準が徐々に低下してきている(1960年34%→1998年29%:世界銀行資料)のに対し、中国(同23%→同43%)を始めとするアジア諸国の貯蓄率の上昇は著しい(日本を除く東及び東南アジア主要9カ国で、同18%→同37%)。問題は、高い貯蓄を国内で活用できる資本市場の育成とされてきたが、アジア通貨・金融危機の反省を踏まえ、従来の間接金融依存型の金融構造から、より市場主導型の構造への転換、金融・企業セクターの改革が進められている。

外国為替等審議会の専門部会の報告書(「アジア経済・金融の再生への道」2002年6月)は、アジア経済の将来性について、(1)経済のファンダメンタルズの強さ(高い貯蓄率、教育への持続的投資等)、(2)IT革命のメリットの有効活用の可能性、(3)経営者の企業家精神の強さとその層の厚さ等から先進国型の成長パターンへの転換が可能、(4)比較優位の変化に応じた産業構造の転換能力の高さ等の要因を挙げ、アジア経済は引き続き相対的に高い成長率を持続することが可能としている。アジア経済の成長と日本経済の停滞という現在の傾向が続いていけば、近い将来、日本経済の地位の著しい低下が明確に現れてくることになろう。

グローバル化への対応の遅れ

バブル崩壊への対応やグローバル化の問題は、欧米など多くの国々が既に経験してきた試練である。前者については、各国とも不良債権の処理を進めて終止符を打ち、後者のグローバル化の試練についても、産業の高度化によってこれを克服するという方向に向けて歩んできている。これに対し、日本経済は、不良債権問題に加え、今まさに、グローバル化の試練に直面し、両者を克服することができない中で停滞を深めているといえる。だが、グローバル経済の下では、これに適応しこれをチャンスとして活かしつつ構造転換を進めた経済こそが、世界大競争時代の勝者となる。そのためには、単に海外に生産拠点を移すだけでなく、国内に、モノ、カネ、ヒト、情報などの生産要素を国境を超えて呼び込み、それを活力として活かしつつ新たな分野を創出していく道を進むべく、自国経済そのもののグローバル化が必要であろう。

その点で、日本経済の状況を主要国と比較してみれば、経済のグローバル化に遅れがみられる。上昇を続けてきた日本の海外生産比率も、3割前後の比率を示すアメリカやドイツに比べればまだ半分程度の低い水準にあり、産業空洞化的な現象は今後とも日本で継続するものとみられる。問題は、日本が外国に対し未だ開かれざる国であるという意味でのグローバル化の遅れである。

まず、アジア経済の核としてダイナミックな成長を続ける中国をみると、中国の貿易依存度(貿易総額/GDP)は4割を超える極めて高い水準にあり、輸出額に占める外資企業による輸出の割合も5割に近い水準まで上昇しているだけでなく、国内における固定資産投資全体に占める外資による直接投資の割合も1割を超えるなど、外国経済や外資に依存し、これを活力として活用する形で成長を遂げている姿が浮かび上がる。中国は、単に輸出大国としてだけではなく、輸入大国として、あるいは投資の受入れにより、経済活動の舞台をアジアや世界に提供することを通じてアジアや世界との相互依存を深め、その経済活力の中心となることによって自国経済のダイナミズムの実現に成功しているといえよう。

直接投資の受入れ

翻って、日本の状況をみると、まず、生産要素のうちカネ(資本)の受入れについては、日本から海外への対外直接投資(2000年度5.4兆円)に比べ、海外から日本への対内直接投資の水準は、近年上昇を示してきたものの未だ低水準である(同3.1兆円)。歴史的にみて、経済が著しく発展する国民経済の段階においては対内投資よりも対外投資のほうが圧倒的に大きいという傾向がみられるのは事実だが、その時期を過ぎて成熟段階に至れば、大量で良質な対内投資を受け入れなければ経済は循環しなくなるとされる。2000暦年における海外から日本への直接投資額(約82億ドル)は、海外からアメリカへの直接投資額(2,811億ドル)のわずか2.9%、海外からドイツへの直接投資額(1,761億ドル)の4.7%に過ぎない。韓国と比較しても、韓国への直接投資は日本のそれに迫る水準であるが、韓国の経済規模が日本の約10分の1であることを踏まえれば、日本の水準は異常に低いといえる。

外国企業が対日直接投資を行う際の障害としては、「各種インフラ・コストの高さ」、「株式の持合い構造」、「メインバンク制の影響」、「外国企業に対して自社を売却することに対する(日本企業側の)心理的抵抗感」、「言語の問題」、「M&A法制や実務に明るい弁護士・専門家の不足」などが挙げられてきたところである。これら要因はまさに日本の構造改革の課題そのものでもあり、日本は世界に対して開いていくという基本的方向の下に、海外からの投資を促進すべく自らの改革を進め、魅力的な国や地域を創出していかなければならないだろう。

ヒトの受入れ

生産要素のうち、国境を越えた移動が比較的容易な資本に比べ、労働力は社会的な面からも移動性が小さいと言われるが、日本が活力ある経済社会へと再生を果たすためには、多様性の容認という視点が欠かせず、外国人が日本においてその能力を発揮できる環境を整備し、日本社会の扉を外国人により開かれたものとする必要がある。しかしながら、現状は、ヒト(人材)の受入れの面についても、日本のグローバル化は遅れが目立っている。

まず、観光客としてのヒトの受入れについてみれば、日本への観光客数は韓国への観光客数とほぼ同水準にあり、両国の経済規模の違いを踏まえれば、日本を訪れる外国人観光客は相当少ないといえる。次に、労働力については、日本への外国人入国者数は2001年は約420万人であり、うちアジアからの入国が約250万人と圧倒的なウェイトを占めている。ASEANからは約35万人の新規入国があったが、うち就労を目的とする在留資格では、「興行」での入国・在留が突出して多いという特徴がある。法務省の推計によれば、日本で就労する外国人は、不法就労者も含め、約71万人+αであり、うち専門的・技術的分野への就労目的外国人は15万人強となっている。

日本の外国人労働者対策の基本的考え方は、(1)「我が国の経済社会の活性化や一層の国際化を図る観点から、専門的、技術的分野の外国人労働者の受入れをより積極的に推進する」(99年8月閣議決定)一方、(2)「いわゆる単純労働者の受入れについては、・・・(中略)・・・国民のコンセンサスを踏まえつつ、十分慎重に対処することが不可欠である」(同)とされている。この考え方の下で、既に専門的、技術的分野においては外国人の受入れが認められているが、企業や社会のニーズからみると非常に限定されているとされる。

具体的には、日本経済団体連合会(「活力と魅力溢れる日本をめざして」2003年1月)は、(1) 教育訓練や能力開発を目的とした企業内移動が未だに認められていないこと、(2) 海外の事業者による日本でのサービス提供のための人材派遣や外国人医師による日本国内での診療などが、国内法の改革がなされないため制限されていること、(3) 法務、会計、税務などの分野では海外で外国人が得た資格の二国間・地域間の相互認証を進めていくことが急がれること、(4) 日本で学ぶ留学生の日本国内での就職促進の必要性、(5) 各在留資格に応じた在留期間の延長の必要性を指摘している他、日本のビザ発給などの手続きについても、その不透明性や恣意的・差別的運用、発給の硬直性などの問題を指摘している。また、外国人留学生数についてOECD各国の受入れ状況をみると、世界最多のアメリカがOECD諸国全体の留学生の3分の1を占め、日本は、イギリス、ドイツ、フランス、オーストラリアなどの国々と比較しても極めて少ない状況にある。

OECDの分析によれば、(高度)熟練労働者の移住が移住先国に与える影響は、革新性の刺激、人材ストックの増大、知識の国際的普及などの様々なプラス効果をもたらし、出身国に対しても、ネットワークの発展や教育研究投資の促進など、人的資産の喪失を相殺するプラス効果をもたらすとされている。優れた人材の受入れは、問題や可能性を違う角度から見て柔軟に対応し改革を進めていく上でも重要である。アジアにおいても、韓国では、世界の技術者を招き入れるために「サイエンスカード」(ビザ有効期限内には回数の制限なく自由な出入国が可能)を作るなどの工夫を行っているとされる。他方、台湾では、大競争時代の到来を踏まえ、諸外国との協定によって専門的・技術的分野以外の外国人も広く受け入れ、そのためのシステムを整備するなどの工夫を行っているとされる。

多種多様な外国人が多数、その家族と日本で生活するための前提は、言語、教育、文化、宗教、生活習慣面での多様性を日本人自身が理解し受け入れることであり、「心の国際化」こそが重要とも言われる一方で、「外国人お断り」はお断り」との記事(ニューズウィーク日本版:2003年2月26日号)にみられるような実態が未だ強く存在している。

戦略的な議論の必要性

以上のような事実確認の作業を通じて浮かび上がるのは、世界がグローバルな大競争時代の中で相互依存関係を深め、アジアが激しい変化を見せる中で、停滞と孤立を深めているかに見える日本が、なんら戦略的な対応ができないまま衰退への道、引退を余儀なくされるのではないかという懸念である。日本の経済再生の目処が立たない中で、多くの企業は中国へと進出し市場の活路を開こうとしている。中国を舞台にダイナミックな経済の変化が進んでいるにも関わらず、日本はこのアジアとどのような哲学で向き合うべきなのか、アジアの大変化の中で日本はどのように活路を開くべきなのか、そうした議論は不足し、戦略的な対応はなされていないのではないか。

日本にチャンスは本当に残されているのだろうか。日本が自らの活路を開くためには、まず、世界の中での自らの姿を捉え直す必要がある。そのためには、現実にアジアは日本をどう見ており、日本に何をどこまで期待しているかを見極めなければならない。そして、自らの将来像をどう描き、中国とアメリカのはざまにあってどのような路線を選択するのか、アジアに対してどのような哲学で向き合っていくのかを考えなければならないだろう。

言論NPOアジア戦略会議は、昨年8月の発足以来、各界の有識者に参加を求め、日本の対アジア戦略について、経済、外交、安全保障、文化など多角的な視点から議論を進めてきた。日本がアジアとの関係を考える営みは、同時に、トータルな日本の将来像を構想することでなければならない。こうした議論を通じて得られたのは、アジアの活力を自らのものにし、新しい日本の将来を築くためにも、日本には真の国際化が問われているという共通認識であった。そして、これを踏まえ、内外に「新開国宣言」をメッセージとして発することとした。

もちろん、単に日本を開国すれば改革が実現するものではない。将来に向けた日本の構造改革は、外国の力に頼るのではなく、自らの力で達成しなければならない。しかし、自らの主体的な構造改革に推進力を与えるメッセージとして、私たちは今、「新開国宣言」を発し、内外に広く議論を提起することが重要だと考えた。そのために、これまで同会議で行われてきた議論について、以下、中間的な論点整理を行い、議論の参考に供することとしたい。

(なお、本稿は、今後のアジア戦略の議論形成に向けて、同会議でのメンバーや外部の講師の方々から出された議論について、論点提起の形で公平な整理を試みたものであり、言論NPOアジア戦略会議としての見解を示すものではない。以下の各論点は、いずれも、同会議で行われたプレゼンテーションと、それに基づくメンバーの議論から出されたものである。各節毎に、当該論点が出る前提となったプレゼンテーションを行った講師の方及びメンバー(敬称略)の氏名を[ ]で示した。)


I. アジアの活力と日本の再生

1. 世界経済のパラダイムシフトの中における日本の活路

[プレゼンテーター:周牧之(第8回会合)]

(1) 中国の「世界の工場化」は、産業技術の新たな革新、世界経済のパラダイムシフトの中で起こっている現象として捉えるべきではないか。新たなリーディング産業としての電子産業、情報技術の革新は、生産プロセスの地理的な分離を可能とし、発展途上国での生産活動を容易化することを通じて、世界的なサプライチェーンの構築を促した。これによる究極までの価格引下げが世界の競争の主軸となっている。この中で、フルセット型国民経済は崩壊に向かい、各国の産業・経済は、グローバルなサプライチェーンにいかに組み込まれるかに活路を求めざるを得なくなっている。現在の日本のデフレは、中国経済の参入によって生じていると捉えるべきではない。中国経済の躍進は、世界経済の大変革の流れに適応する条件を中国が最も備えているから生じているのではないか。

(2) この産業の大変革の中にあって、日本の産業が活路を開くには、日本として何にプライオリティーを置いた政策対応が必要になるのかを考えることが求められているのではないか。 例えば、今や、世界競争に勝ち残るのは、新しい産業活動の要求を支える国際的な都市機能やインフラ機能を持っているところであろう。産業集積、都市集積、国際物流、交流のハブ機能といったものへの要請に、日本としてどう対応できるかが重要となっている。「集積」に向けた資源の戦略的な集中投入は、日本の従来型資源配分方式では対応できず、政治的意思決定システムに大きな変革を迫るものであろう。また、国民経済をベースとした工業社会からグローバリゼーションをベースとした情報社会へのシフトの中にあって、富の創出と分配の中心は工業力の軸から知の創出力の軸へと急速にシフトしている。この中で、日本経済の活路をどう見出すのかを考えなければならない。日本は、世界で支配的になりつつある新たなビジネスモデルに適応し、中国の「世界の工場化」をフルに活用しつつ、新たな分野を開き、高い生産性と競争力を不断に実現していかねばならないのではないか。

(3) しかし、今の日本は、デフレを始め、世界的に進行している現象の大きな原因を認識してそれをプラス面に持っていくべき知恵が欠如し、「知の退廃」状況、あるいは「知」の動員システムの混乱」が起こっているのではないか。それは、ひとり産業や経済の分野だけではない。多くの分野で知恵や戦略が欠如した状況が見られ、それを克服して日本の戦略を構築していくことが問われているといえる。

(4) 確かに、数字の上では、日本の現在のGDP約4.5兆ドルに対して中国はまだ約1.2兆ドルに過ぎず、日本にこれまで蓄積されたストックは、当面アジア諸国が追い付けるものではない。今すぐに経済大国日本が見捨てられる状況ではないかも知れない。

(5) しかし、だからと言って現状を座視していることはできないのではないか。現在の経済力が、逆に、着々と進行している世界の変化に対応できていない日本の危機を覆い隠している可能性がある。日本としてアジアとともに発展する道を真剣に考えなければ日本の将来はなく、今、そのために何をすべきかを考えるべき時期にあるのではないか。

(6) ここで重要なのは、日本が将来への活路を開くべく日本経済の再生を図るに際して、日本の近隣に活力に溢れ若く成長力の高いアジア経済が存在するという事実であろう。日本としては、こうしたアジア経済との間で生産プロセスの分散による国際分業を進めて日本の産業の生産性を高め競争力を向上させるとともに、日本が開く新たな分野の市場としてアジア市場を活用すべくその一体化を進めるべきである。そして、アジアの活力を日本自身の改革に活かしつつ自らの活力を高め、構造改革を推進して将来への活路を日本自身が開いていくことが求められる。その際には、アジアの「活力」とは何かを具体的に見極め、それらと日本の持つ資源との組合せをどうするかを考えることも必要となろう。

(7) いずれにしても、日本にアジアが入り、アジアに日本が入っていくダイナミックなプロセスを通して、日本がアジアとの建設的な共同対応を図る道が求められてくるだろう。

これを基本線に置きつつ、以下、主として経済面の論点を提示することからアジア戦略の議論を整理することとしたい。

2. 中国という地域に日本はどう向き合うのか

[プレゼンテーター:国分良成(第2回会合)、
橋田坦(東京国際大学教授・第8回会合)]

(1) アジア戦略を考える上で、まず、急速に「世界の工場化」しつつある中国に焦点を当て、その正確な状況把握を行う作業は欠かせないが、一口に中国と言っても、中国はもはや経済的に一つではなくなっているのではないか。

日本が国としての中国と付き合うのは、外交・防衛・通貨面での関係のみとなる可能性もある。それ以外は各地方どうし、各企業どうしのつき合いになっていくだろう。グローバル化がそれを促進している。また、現在、WTOのルールに従い始めた中国は大きく変貌しつつある。これらを見据えて、中国という地域に日本はどう向き合うのかを考える必要があるのではないか。

(2) その際に重要なのは、日本と中国との相互依存関係の進展の中で、冷静かつ実務的な関係をどう構築するのかという視点ではないか。また、対中国という北京に対する戦略と同時に、企業レベルではそれぞれの地域を徹底的に研究した戦略が必要となっている。中国の今後の成長の持続や、ソフトランディングの姿を的確に見通していく作業も欠かせないであろう。

(3) 特に、今後の方向として、関係が国家から社会に落ちるだけの成熟度を日中間で構築していくことが必要ではないか。そのためには、例えば、留学組など中国の若い層との対話によるネットワーク拡大を進めることや、中国での対日関心を醸成していくことが求められるだろう。

(4) なお、中国は、アメリカや日本のように世論や私権、プライベートな権利を重視するレジームとは競争条件が異なっており、こうした特異な体制を取り込むという世界経済にとって初めての現象に日本としてどう対峙していくかという点も論点として提起されよう。

(5) 但し、こうした特異な体制が許されるのは途上国として認識されている過渡期の段階であり、開発独裁的な体制はキャッチアップの際には機能するが、それがやがて転換点を迎えるのはアジアのいずれの国々も経験してきたことであることにも留意する必要がある。市場化と民主主義のいずれかだけが成り立つ状態は長続きしないという視点から中国を捉えていくことも必要であろう。

(6) また、中国の発展は直接投資の受入れがもたらしているものであり、膨大な不良債権や国有企業の問題など、日本で言われている構造改革にはあまり手をつけられていないという点で、中国と日本は同じ問題を抱えているともいえる。この問題を先に解決した側が優位に立つのであり、それが双方にメリットをもたらすという視点も必要である。

3. 日本の産業や経済にとってのチャレンジの機会としてのアジア

[プレゼンテーター:植月晴夫(第6回会合)、大辻純夫(第6回会合)]

(1) こうした中国を含め、北東アジア、さらにアジア全体へと視野を広げれば、そこには、日本の産業、経済のチャレンジの機会が広がっている。世界経済のパラダイムシフトの中で、グローバル最適地生産によるサプライチェーンを構築する場とすべきアジアがそこにあると捉えられるのではないか。生産プロセスのアジアへの移転を進める中で、日本は、さらに付加価値の高い分野を次々と開き続けなければならない。アジアは同時に、日本が生み出す新たな産業分野にとっての市場であり、それをより統合された効率的かつ公正な市場にしていくことが重要ではないか。

(2) ここで考えなければならないのは、空洞化が進んでいった先に日本に残るものは何かという論点であろう。
例えば自動車産業においては、基礎技術の開発と車両開発の機能は最後まで残るとされるが、それは日本の産業や経済を全体的に見ても成り立つことだろうか。日本はより付加価値の高い分野を切り開くとしても、高付加価値産業とは定義上雇用吸収力が小さい産業である。果たして研究開発だけで日本の雇用を吸収できるだけの力はあるのか。他方、製造技術のモジュール化が世界的に進む中で、統合型に強いとされてきた日本の産業はどのように活路を見出していくのか。産業分野では、例えば医療や環境は日本がトップを行ける分野と考えられるが、それをどう戦略化するかも重要な論点であろう。

(3) その際、極めて豊かな国内市場を有し、他の東アジア諸国のような対外依存型経済ではない日本としては、産業構造の転換を国内市場の需要に沿って内生的に行うべきではないか。そこに、医療や環境などの分野の戦略的な意味がある。輸出主導の発展が過去のものとなった日本経済の再生の道筋は、日本にこそ求めるべきことを忘れてはならない。ハード面での安価なモノづくり競争ではなく、潜在的に豊かな日本の国内市場が変わっていくこと自体がアジアにもメリットをもたらすと考えるべきではないか。

(4) いずれにせよ、日本の産業・経済の強み弱みを冷静に見つめながら、日本が自らの活路を見出すべき新たな分野を開き、それ以外の生産プロセスを積極的に移転しつつアジアを活用したグローバル最適地生産体制を構築することによって、世界大競争時代における高い生産性と競争力を実現していくことが課題ではないか。

(5) また、その市場として、特に社会構造的にも文化的にも類似性が強い北東アジア諸国の市場の活用などを核に、アジア市場の一体化を目標として設定することが重要である。それに際して、どのような一体化が望ましいかを打ち出していくのが日本の役割ではないか。これをどう考え、日本は何をするのか、それを日本人自身が考えるという営みを自立的主体的に行うことが、日本がアジアでの旗振り役たる上で必要なコンテンツとコミュニケーション能力を生み出すことになるのではないか。

(6) 重要なのは、アジアの活力として何を見出し、それを日本が有するどのような資源と組み合わせていくかであり、欧米のような成熟国とは異なる組合せがそこにはあるのではないか。伸び盛りの経済はフローで回っておりストックは小さいが、日本には大きなストックがある。ストックとフローとの組合せ、あるいは、ソフトとハードとの組合せ(いずれもアジアは後者)などを具体的に考えていくべきではないか。

(7) こうした方向を進めていく枠組みとして、アジア諸国とのFTAや包括的経済連携関係の推進は極めて重要といえるのではないか。産業界においては、例えば中国でのビジネスに当たって何がネックになっているのか、アジアとのFTAの推進の中でビジネス展開の上では何を整備することが必要なのかを特定し、国全体としては、日本も欧米のように、政府と経済界が一体となって対外交渉や制度変更に取り組むべきであろう。日本の民間企業は、もっと政府を頼み、利用すべきであり、民間が政府に対して圧力をかけて、経済実利に基づいた議論を展開する必要があるのではないか。

(8) 日本にとってチャレンジの機会としてのアジアで日本に期待される真の役割は、ストック国のみが持つことができる制度設計能力の活用であるということもできるのではないか。アメリカとのアライアンスや欧州との長い交流は新興国が追い付けるものではなく、中国の実利主義に対抗できるのはこうした要素を活かした制度主義である。今の日本にはアジア全体の制度設計能力を持つ知力がまだ残っているのではないか。

4. 日本の経済戦略としてのFTA戦略

[プレゼンテーター(以下、4.5.6.の各論点に共通):
深川由起子(第4回会合)、
安斎隆(第4回会合)、
加藤暁子(慶應義塾大学グローバルセキュリティー・リサーチセンター研究員・第7回会合)]

(1)FTAについては、日韓FTAが現実味を帯びており、現在はその先をどう広げていくかが課題となっている。日本・ASEAN間のFTAのオファーは既にあるが、バイの積み上げを指向する外務省と、ASEAN全体で進めるべきとする経産省の対立が見られる。しかし、重要なのは、FTA戦略をトータルに明確化し、FTAを構造改革とどう連動させるかを考えることではないか。
今やFTAを関税引下げだけで論じられる時代ではなく、直接投資と貿易の関係が密接化しており、サービス貿易の重要性も高まり、研究開発や技術者の移動などの問題が生じている中にあって、日本・シンガポール間の包括的な経済連携のコンセプトは正しい方向であろう。アジア市場については、バブル崩壊後の日本の輸出を支えたのはアジアであり、その重要性は大きく、アジア市場が一体化していけば日本を支える程度の力はつくと考えられ、FTAを中心にアジアがまとまる意義は大きいといえよう。

(2) こうしたFTA等を日本の構造改革に結びつけるという戦略の中で、FTAを短期、中期のタイムスパンで日本の現状にどう取り込んでいくのかを考える必要があるのではないか。短期的な景気の視点では、日本の対アジア輸出が日本の景気を支える構造をより一層定着させ、活力に満ちたアジア市場が日本の景気を支える形を強化すべきであろう。また、アジアの設備投資はアメリカではなく日本が誘発する構造へと深化させ、ダイナミックな成長構造を確保していくべきではないか。

(3) 中長期的には、日本でのITの遅れや高齢化を踏まえれば、日本の突破口は環境や福祉分野にあり、そのような新たなビジネスのマーケットとして、あるいは成熟国としての年金の資産運用先として、アジア市場をどう活用していくかが重要な視点となるのではないか。日本の空洞化の要因の一つは直接投資の受入れが異常に少ないことにあり、それを拡大して多国籍企業の持つノウハウやダイナミズムに触れ、日本経済の生産性上昇に活かして行く視点も欠かせないであろう。成熟した日本の古い市場とアジアの若い市場が統合されていくことは外資にとってもプラスであり、これが世界の投資をアジア市場に向けることになろう。

(4) いずれにせよ、若いマーケットと成熟したマーケットの統合の意義をどう捉え、これをどう活かしていくか、若い社会の転換能力や活力を日本はどう活かしていけるか、日本の資金運用先として若いアジア経済をどう活用していくかという視点が重要となってくるのではないか。

(5) なお、FTA等の推進に際しては、韓国とのFTAが特に重要であり、最も自然な組合せと言えるのではないか。日韓はFTAそのものの実験場ともいえるのであり、日韓間における構造改革との連動性、両国の産業構造の類似性が指摘できる。また、外国人受入れについても日本には既に多数の在日韓国人等が居住している。韓国は地域的な円決済圏構築が可能な相手国でもある。まずは韓国とFTAを進め、それを他のアジア地域に拡大していくべきではないか。市場統合など、北東アジア地域での相互依存関係の強化を図る上でも、韓国には様々な面で日中両大国の間をつなぐ役割があり、韓国の役割は重要である。(例えば、歴史認識についての和解に当たっても、中国とベースが共通な韓国を活用することが考えられるのではないか。)

(6) 他方で忘れてはならないのは、FTA戦略の議論が日・米・中を中心に据えがちな中にあって、ASEANがFTAバブとして持つ重要性であるとの論点であろう。中国にはどの国もFTAを申し込んでいないが、ASEANには中国のみならずEUやアメリカもFTAをオファーしている。大国のパワーポリティクスの時代とは状況が変化していることを踏まえ、ミドルパワーとどう連携を深めていくかを考えていくことも重要ではないか。

5. アジアとの相互依存関係の深化を日本自らの改革と再生にどう活用するか

FTAの議論を通じて浮かび上がるのは、FTAは日本国内の改革を推進する手段として活用することができるのであり、FTAを進めれば、日本は必然的に変わらざるを得なくなるのではないかという論点である。

(1) まず、FTAのネックとされる農業の問題は、日本は農産物等についてなぜ政治決断ができない国なのかという日本の政治のあり方の問題を提起している。

(2) ただ、FTAのネックは、農業問題より外国人の受入れであることも指摘される。先進国の中で移民なしで農業を維持しているのは日本のみであり、日本として外国人労働者をトータルにどうしていくかが避けて通れない問題となっていくのではないか。いずれ、外国人を国内に入れ少子高齢化に対応していく道を採る以外にないとすれば、そのための効果的な方策として国籍法の出生地主義の改正も検討課題となるのではないか。また、それ以前の問題として、日本の社会を、女性や高齢者がもっと生き生きと働ける社会にすることも大切ではないか。

(3) 重要なのは、FTAが日本の意思決定のあり方にも変革を迫っていくということではないか。

韓国の事例と対比して浮かび上がるのは、日本の政策対応の遅さ、戦力の逐次投入による疲弊であろう。もはや、日本が改革に遅れてしまった事実を所与としてスタートし、自国でできないものは他国にやってもらうという発想を取るしかないかも知れない。今後日本は、個別最適ではなく一国全体としての全体最適を指向した政策をどう生み出すか、総合調整能力の欠如をどう是正するかを迫られるのではないか。議員内閣制の下で、明確なビジョン、マニフェスト、構想を持った政権をどう生み出すかが問われてくる。その基礎となるシンクタンク機能や議論の収束の場を生み出さなければならないのではないか。一般国民の声やニーズを吸い上げるメカニズムを確立することも重要であろう。日本では情報の洪水を整理すべき立場にある知識層の怠慢が続いてきたことへの反省も求められるとの問題も提起されよう。

(4) いわゆる「知の退廃」現象とともに指摘されるのは、日本における「知」の動員システムの混乱ではないか。専門性の定義がおろそかになっているとともに、「産」と「学」との間で大学の「知」をうまく活用できない「産」の姿も見受けられる。それぞれの現場ではフローの国々が追い付けない「知」のストックがあっても、それをトータルに活用できていないところに問題があるのではないか。

(5) 他方で、中国のような特異な体制の国の存在を前に、日本は世論形成力と意思を伝える強い収束した声が必要となっているのではないか。それ抜きにアジア戦略は語れないのではないか。日本のメディアには欧米のメディアを鵜呑みにする体質が依然としてあり、アジアのメディア間の連合を作ることも一案であろう。今後のアジアを担う若手の政治家には論客が多く、それらアジアのニューリーダーから日本の政治家が学ぶことも大切ではないか。

(6) ここで考えなければならないのは、政府をはじめ、日本の情報発信能力の遅さ、弱さ、不親切さが国益を損なっているということではないか。英語での情報提供は量的にもスピード面でも韓国以下であり、制度の設計能力はおろか、国際社会についていくこともできない姿が見られる。NGOやNPOの活動もアジア以下の水準にあり、そこで頑張る人々の努力が日本の顔になっていないのは残念な現象である。こうした点を全体的に考え直す必要があるのではないか。

6. アジアとの建設的な共同対応に向けて

以上のような改革路線を進める上では、以下の点が論点となるのではないか。

(1) まず必要なのは、日本とアジアとは国境を超えて競争と共生の時代に入ったとの認識ではないか。生産プロセスの面でも市場の面でも、日本経済の基盤は広く国境を超えアジア地域全体に求めていかねばならない。その中にあっては、どのようにアジアに日本を開放し、日本をアジアに開放するのかを考えていく必要があるのではないか。モノ、ヒト、知恵や情報、カネといった要素がアジア域内でより円滑に流れ、より広く深く交流する姿を実現してアジア共通の繁栄基盤を構築し、そこにおける指導的な地位を確保することを通じて自らの活路を開く道を日本は進むべきではないか。

(2) その上で重要なのは、まず日本自身が魅力を高め、アジアからこれらの要素を惹きつけ、周辺国の日本に対するベスティド・インタレストを拡大していくことではないか。中でも、ヒトや知恵・情報といった要素については、今後特に意を用いて交流の進展を図るべきではないか。これは、日本が「知の創出力」を軸に置いて自らの活路を開く上で不可欠である。

例えば、外国人を日本で教育し日本の各分野に外国人をもっと活用することなどにより、外の刺激を日本に持ち込むべきであろう。この点、現在の日本は、ビジネスの現場でもアジアの人々を受け入れる土壌が十分に育っていないといえよう。日本に留学生など若い世代を呼び込む上でのネックは何かを検証し克服する必要があろう。日本での教育の魅力を高めるべく、大学の卒業生のテイクケアの充実をどう図るかなども課題である。日本の知的基盤を強化する意味でも大学業界を徹底改革し、アジア教員の積極登用を図ることも必要ではないか。国際性に乏しい日本人自身の再教育も必要であろう。

(3) いずれにせよ、日本自らにとって、少子高齢化を睨んだ労働力の問題をどう考えるのかは避けて通れない論点となろう。

(4) その際、日本のセキュリティーが目に見えて悪化しているという一般的な認識が一つのネックとなっているという問題をどう考えるのか。労働ビザ問題は、工作員対策、犯罪引渡し、警察間の協力などセキュリティー対策の強化と並行して検討を進め、開けるべきところは開けていくという考え方と折合いをつけていかなければならないだろう。日韓の間で、FTAの前に警察間協力があり、少しづつ人的自由化が進展していることは、他の国との間についてのモデルとなり得るものであろう。

(5) 忘れてはならないのは、日本が自らを開放していくことは、日本の大半の人々にとってメリットになるということではないか。モノやサービスも、ヒトなどの生産要素も、より安価で良いものが手に入ることになり、日本がより豊かになるとともに、それがアジアの人々も豊かにしていく。日本の開放は相互に意味があるという点で、まさに「Win-Win」のプロセスであるといえるのではないか。

(6) 他方で、日本がアジアでの指導的な地位を確保するためには、過去の戦争の問題を原因としてアジアに対して日本がいつまでも引いているわけにはいかないのではないか。アジアとの建設的な共同対応にイニシアチブを取っていくことが特に重要ではないか。

そのためには、日本の将来を担う世代にどうアジアを理解させるのか、まだ知見や経験の乏しい国が多いアジアのキャパシティービルディングに日本はどう貢献するのかを考えねばならないといえよう。特にアジアは多様であり、日本人がアジアで勉強するなど、アジア諸国との相互理解への努力をどう進めるかを考えていくべきであろう。アジアへの日本語の普及の促進を大々的に図ることも必要かも知れない。また、アジアとの建設的な共同対応を図る上で、何が日本側の制度改革として求められてくるものなのか、考えなければならない課題であろう。

7. アジア通貨・経済圏構築の可能性

[プレゼンテーター:加藤隆俊(第7回会合)]

アジアとの建設的な共同対応の分野としては、安全保障面、前述の実物経済面(FTAや経済連携、統一市場へのイニシアチブ)、資源や環境面での協力など様々な領域が考えられよう。例えば、中国経済の発展がもたらす環境汚染の問題への共同対応などは重要課題であろう。それらのうち、現在、アジアとの間では、通貨・金融面での協力が特に進展している。この分野は経済システムに係る最も基礎的なインフラであり、その共同対応をアジア戦略の柱に据えることはとりわけ重要といえよう。

(1) すなわち、アジアでは通貨・金融面の協調スキームはどこまで深化が可能か、ドル、ユーロ両経済圏に匹敵するような円を中核とした通貨・経済圏の構築は果たして可能なのかという論点である。アジアの大きな経済圏を構築し、その中で為替取引の安定を目指すという方向性の意義と可能性、そのための戦略の柱、アメリカやEUに有無を言わせない大構造物の構築などについてどう考えるのか、議論を深める必要があるのではないか。

(2) そのためには、円の国際化はどこまで可能なのか、そのための戦略、戦術は何かを見極める必要があろう。例えば、円市場の使い勝手の悪さが問題であるとすれば、その魅力をどう高めてゆくのかを検討しなければならないだろう。また、日本が蓄積している有形無形の資産をどう捉え、それらを日本のパワーとしてどう活用していくのかも重要な論点となる。他方で、通貨問題の次の焦点とされる中国元のあり方を見極める必要もあろう。

(3) 通貨圏の問題への取組みに際して重要なのは、周辺の若い経済を取り込んでいく上で大事なリンクとなるのがマネーのフローであり資本であるということであろう。日本は、ハードの国際分業におけるモノづくり面で技術をほとんど無償で移転し、いずれ追い付かれるという歴史だけを繰り返すのであってはならないのではないか。

(4) EUは東欧やトルコを、アメリカは中南米をなぜ必要とするのだろうか。そこには、収益性の高い投資機会の確保という観点があるからではないか。良い投資先があれば投資をし、それがうまくいかないなら直ちに引き揚げるという欧米流の行動様式を日本が早く身につけなければ、高貯蓄であるにもかかわらず金融仲介や投資活動がうまく機能しないというアジア域内の雁行形態的な体質は克服できないかも知れない。

(5) 日本にできなければ、中国人資本が先に進んでいくと考えられるのではないか、特に中国は、いずれ人民元を国際通貨としてアジアの中心に据えようとすることが予想されるのではないか。この中で、日本が通貨金融面でのイニシアチブを失い、円がバーツやルピアのようなローカルカレンシーになる可能性は決して否定できない。現状では、日本の機関投資家は依然として中国資本より大きく、日本にはしっかりした通貨圏を構築する制度設計能力と投資先を確保していく力がまだ残っているのではないか。

(6) いずれにせよ、アジアの通貨システムについて、10年後の目標を設定し、それに向けた手順の設計図を議論すべき時に来ているのではないか。

(7) 他方、資金面については、同時に、日本の対アジアODA戦略をどう打ち立てるかについても議論が必要ではないか。例えば、発展段階の遅い国々に集中的にテコ入れを行い全体の底上げを図ることにより、アジアとの連帯を高める道が考えられる。エネルギー戦略も見据えた中央アジアへのテコ入れなども検討課題であろう。


なお、通貨圏は、安全保障とリンクした体制と必然的な関係を持つ。これは欧米の常識とされ、アジアの安保を日本がどうしていくかという視点が次の論点として浮上する。


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