2006.6.16開催 アジア戦略会議 / テーマ「資源エネルギー戦略」
前田匡史氏 発言要旨(会員限定)

2006年6月16日

前田匡史氏

 アメリカでは、中国のエネルギー安全保障に対する戦略として、中国を国際社会にどう取り込んでいくかという点を中心に、様々な議論の場が形成されている。アメリカにとって望ましくないシナリオは、中国の拡大とアメリカの軍事的影響力の低下であり、3つの不安定要因として指摘されているのが、①拡大する中国(その中でエネルギーが大きな要素)、②イスラム原理主義の拡大、③ヨーロッパの弱体化である。

 従来、北東アジアにおけるアメリカの伝統的な安全保障の基本的枠組みは「ハブ・アンド・スポークス」であるが、中国に対しては、①ワン・チャイナ・ポリシー、②エンゲージメントを続ける、③それぞれの体制の違いの容認、④クライシス・コントロールということが、かなり確立された考え方だった。しかし、最近では、対中国政策が大きく見直されている。それが、「the hub and spokes」から「shaping and hedging」strategy へのシフトである。shapingと は、中長期的に中国をどう国際社会に取り込むかということであり、hedgingとは、短期的な問題にどう対処するかということである。

 しかし、日米ではエネルギー構造が異なるのに、日本側には、日本がアメリカのhedging strategyに組み込まれているという認識がない。幅広い視点で問題を正しく認識することが適切な政策を導くはずである。こうした中で、「日米同盟」はアメリカのhedging strategyの中核になっているという認識を持つべきだ。アメリカが中長期的に中国を世界に取り込む努力を始めているという認識の下に、日本はどう戦略を練るかを考えるべきだ。

 中国という国がエネルギー問題で脅威と捉えられている背景には、イラン-イラク戦争の頃から行われているとされる中国の武器輸出ということがあり、それが中国の軍事力の拡大と相まって、中国は武器を売って産油国との関係を強化していると、少なくとも外側からは見られやすいということがある。中国は93年頃から石油輸入国に転じたが、当初はオマーンやインドネシアに限られていた輸入先も、2004年には調達先国の多様化が日本よりも進み、アンゴラ、スーダン、イランといった国際的に孤立している国々にまでシフトしている。

 中国は、そのエネルギー・ディールに際し、石油とは関係のないセクターに対する直接投資や低利融資などの見返りを提供するなど、戦略的なアプローチを展開している。イランに対してもテヘラン地下鉄のディールをしたり、光ファィバーケーブルなど、相手国の欲している分野に戦略的に対応し、大胆な無利子融資なども行っている。これと対照的なのが日本である。調達先の多様化は日本にとっても大きな課題だが、例えば鉄道等への直接投資に対するサウジからの要請に応えなかったためにアラビア石油が利権を失ったように、日本はこうした対応をしていない。中国がガバナンスの悪い国に見返りをばら撒くと、それが腐敗や紛争など、不安定の原因にもなる。

 最近では、「Axis of Oil」、すなわち、中国とロシアが中央アジアでのアメリカの軍事的影響力を低下させるべく、資源を活用して連携を強化している。また、中国の海軍力は、かつては資源防衛的な意味はなかったが、最近では、マラッカ海峡など外洋に出て権益を守るだけの海軍力を目指しているというのが、アメリカ国防総省の見方である。

 近年、日本と中国はエネルギー争奪戦の関係にあると言われるが、それは当たらない。そう言われている背景には、①ガス田の問題、②シベリア・バイプラインの日本側提案を受け入れないことの2つがあると思われるが、①のガス田の規模は、両国のエネルギー需給構造からみて無視し得るものであり、むしろ、ソブリニティーの問題だろう。②は、確かに、中国にとって中長期的に中東産油国から調達先を多様化することは重要な戦略ではあるが、ロシアは資源ナショナリズムに強くモチベートされており、短期的に見ればロシアのほうがリスクが高い。また、シベリアから延々とパイプラインで輸送するよりも、大慶向けの中国ルートのほうが経済的に正当化される。

 日本の政策当局者たちも、アメリカ同様、「shaping and hedging」strategyを採用すべきである。すなわち、第一に、中国のエネルギー構造について正確な理解を持つべきである。第二に、中国とは広範で野心的な協力関係は困難であり、むしろ、狭く特定された協力こそが、shaping policy すなわち、中国の取り込み戦略の上では効果的である。第三に、インド、アセアン、韓国との対話は決定的に重要である。第四に、hedging strategyは、あくまで短期的なものであり、注意深く採用すべきである。

 中国の攻撃的な路線を緩和すべく、日本としては、クリーンな石炭技術に係る技術移転、中国国内での石炭輸送網の整備、ロシアでの石炭資源の開発と、その中国への供給拡大を進めるべきだ。また、エネルギー効率の向上や、アメリカと連携しながら代替エネルギー(エタノールや核エネルギーを含む)を促進することによって、日本の優位性を維持することなども、日本の戦略として重要である。