北東アジアの平和的な秩序づくりのために民間の果たす役割とは

2015年3月21日

 国際シンポジウム「戦後70年 東アジアの『平和』と『民主主義』を考える」の2日目では、「北東アジアの平和は誰が構築できるのか」をメインテーマに、日本、アメリカ、中国、韓国、インドネシアによる5カ国対話が行われました。

 冒頭、主催者挨拶に立った代表の工藤は、まず「北東アジアでは、戦後70年を経ても今なお近隣国間で神経質な展開が続き、平和のための秩序構築に向かって、事態が大きく動いているわけではない」と指摘。その背景として、「相手国に対する攻撃的な国民感情が、政府外交にも大きな影響をもたらしている」と語りました。その上で、「こうしたナショナリスティックな声ではなく、課題を解決するための声を喚起する。そして、それが大きな世論となり、この北東アジアの平和のために、政府外交を大きく動かす。そうした流れを作る必要がある」と主張し、2013年に中国との間で合意した「不戦の誓い」はそのための問題提起であると説明しました。

 さらに、「これまで積み重ねてきた日中、日韓の2国間の民間対話の成果の上に立った新しい民間外交のモデルである『言論外交』の取り組みをさらに具体化していくために何をすべきか、今回の5カ国対話はそれを考える重要な機会である」と語り、主催者挨拶を締めくくりました。


第1セッション:「戦後70年 北東アジアは平和へ動き出せるか」

 まず、第1セッションでは、「戦後70年 北東アジアは平和へ動き出せるか」をテーマに、白熱した議論が行われました。

 日本からは田中均氏(日本総合研究所国際戦略研究所理事長、元外務省政務担当外務審議官)、藤崎一郎氏(上智大学特別招聘教授、前駐米大使)、宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使)の3氏が、韓国からは柳明桓氏(元外交通商部長官)、中国からは栄鷹氏(中国大使館公使参事官、元中国国際問題研究所副所長)、アメリカからはナンシー・スノー氏(米国社会科学評議会 安倍フェロー)、そして、初日の「アジアの民主主義をどう発展させるのか-インドネシアとの対話」に引き続き、インドネシアからハッサン・ウィラユダ氏(元外務大臣)とフィリップ・ベルモンテ氏(インドネシア国際戦略研究所 政治国際関係部長)の各氏が参加しました。

 セッションではまず、政府間のコミュニケーションのチャネルが十分に機能していない中、言論NPOが毎年行っている世論調査では、日中間あるいは、日韓間の国民レベルで、相手国に対する過大な軍事的脅威感が広がっているように、北東アジアの平和が大きなチャレンジに直面しているという現状を踏まえて、この状況をどう見ているのか、そして、これを改善するためには何が必要か、について基調報告が行われました。


共通の関心事に共に取り組みながらオープンな地域協力を

 最初に登壇した柳明桓氏はまず、「東アジアでは歴史問題、領土問題に起因して緊張が高まっている。経済的な相互依存度はかつてないほど高まっているが、安全保障上では協力関係を構築できていない」と現状の課題を指摘。そして、「この緊張を相互信頼によって解消する必要がある。そのためには共通の関心事に共に取り組みながらオープンな地域協力を展開していくべき」と提案しました。

 さらに、柳氏は、特に安全保障面での協力を進めていく際の障害として、各国社会のナショナリズムの高まりをあげた上で、「政治指導者たちがナショナリズムの高まりを阻止できないのであれば、言論NPOのような市民がその役割を果たすべき」と語り、「言論外交」の展開に強い期待を寄せました。

 柳氏は日韓関係については、「過去の歴史を共有できず、さらに互いに寛容の精神を失ったことで関係の復元力も失った」と指摘した上で、「互いに相手のことを知らない、という点では課題は共通している。日韓には『平和と協力』を進める以外には選択肢はあり得ないのだから、まずは相手のことを知る努力から始めよう。それが経済だけでなく、政治や安全保障面においても、相互依存関係を築く一歩になる」と呼びかけました。


大きな課題は大きなチャンスでもある

 続いて登壇した栄鷹氏は、日中関係の現状については、「昨年11月の日中首脳会談以降は着実に対話や協力が進捗している」と一定の評価をしたものの、「しかし、その勢いは非常に弱い」と述べ、決して予断を許すような状況ではないと警鐘を鳴らしました。

 栄氏は、地域の課題として、領土問題、歴史認識問題、安全保障問題に言及しながら、「これらは確かに大きな課題ではあるが、共に乗り越えることができれば、関係を発展させることができるという意味では、大きなチャンスでもある」と主張しました。

 栄氏はさらに、中国はこれまで友好・平和、相互互恵関係を基調とした近隣外交を進めてきた、と説明し、「これらの動きはこの地域に運命共同体をつくることにつながり、平和と繁栄をもたらす」と中国の動きへの理解を求めました。その上で、対立を解消し、東アジア地域でWin-Winの関係を構築していくためには、「市民社会からの後押しが不可欠だ」と訴えました。


「重層的機能主義」を目指すべき

 日本側を代表して登壇した田中均氏は、まず認識すべきこととして、「緊張が高まる背景にはこの地域の大きな構造的な変化がある」と述べました。具体的には、国と国との国力のバランスの変化や、ナショナリズム、ポピュリズムなどの「イズム」が国境を越え始めたことをあげました。一方で、相互依存関係の拡大などプラスの構造変化もあるので、「この地域で直ちに戦争が起こることはないのではないか」との見通しを示しました。

 しかし同時に、「対立を続け、協力をしないことによって、逸失してしまう潜在的な利益は非常に大きい」と問題提起をしました。

 さらに田中氏は、東アジアで各国が協力関係構築に向けた一歩を踏み出すためのポイントとして、まず優先すべきことは「信頼の回復」であると述べ、そのためには「日本は『70年前に、国策を誤った』ということをしっかりと正面から見据える。一方、近隣諸国も戦後日本の歩みを正当に評価する。そのようにして互いに過去に線を引くことによって、そこから相互信頼が生まれてくる」と語りました。

 次に、田中氏は「重層的機能主義」という独自の概念を打ち出しました。田中氏はその内容として、「アジアには文化・価値観、経済発展段階などにおいて同一性がないため、EUのような包括的な統合は難しい。そこで『機能(分野)』別に枠組みを変えながら協力をしていくことが有効だ」と説明しました。例えば、「安全保障の『機能』では、日米中韓で軍事交流を進める。経済の『機能』ではRCEPなどを利用する。そのように機能ごとに構成メンバーを変えながら協力関係を深め続けていくことが、結局、総体としての地域全体のWin-Win関係構築につながっていく」と主張しました。


21世紀の世界の主役である北東アジアの緊張緩和のためには、東南アジアも協力を惜しまない

 最後に登壇したハッサン氏は、東南アジアからの客観的な視点として、北東アジアの対立解消について語りました。

 まず、ハッサン氏は、「北東アジアはいまだ第2次世界大戦の負の遺産を十分に解消できていない」と指摘した上で、「過去の記憶を転換し、和解の源にしていかなければならない。それは日本が自らの過去といかに和解するかにかかっている」と述べました。

 さらにハッサン氏は、「北東アジアは21世紀の世界の主役だ」という認識を示し、この地域から世界に向けて緊張のサインが発信されていることへの強い懸念を表明しました。その上で、北東アジアの対立解消のために、東南アジアができることとして、「これまでASEANは統合を進め、共同体を構築し、経済だけでなく、安全保障でも協力関係を構築してきた。その中で、ASEAN+3やASEAN地域フォーラムなど、域外の国も参加する枠組みを作ってきた。これによって北東アジアの対話の橋渡しをしてきたし、これからも活用してほしい」と呼びかけました。そして、「東アジアサミットで経済だけでなく、政治・安全保障の協力に向けた対話ができれば、この地域で平和と安定が実現される」と語りかけました。


東アジアの平和のためには市民社会の役割は極めて大きい

 以上の基調報告を受けて、藤崎氏は、「東アジアには『政治の部屋』と『経済の部屋』があるが、最近は経済の部屋の暖かい空気が政治の部屋にも流れていくようになったのではないか」と、この地域の「空気」が変わりつつあるとの認識を示しました。その上で、この流れを後退させないために重要なこととして、「ヘイトスピーチなど相手を刺激する過激な言論をそれぞれの国内社会において、市民自身の手でしっかりと抑えること」をあげました。さらに、「歴史問題については、日本は正当化することなく真摯に過去に向き合うべき。同時に中国、韓国も過去だけに焦点を当てるべきではない。その上で、北朝鮮問題など共通の課題に共に取り組みながら、関係を再構築し、そこからさらに新しい協力へと踏み出していくべき」と主張しました。

 宮本氏はまず、「過去の大戦の事例から、『経済的な相互依存関係が深化しても戦争を防ぐことはできない』と主張する専門家もいるが、現在の経済の相互依存度は大戦時とはレベルが違う」と指摘しました。

 次に、「第2次世界大戦は日本の市民も熱狂的に支持していた。それがおかしいと思う判断能力がなかったため、引き返すことができなかった」と指摘し、戦前・戦中の国策の誤りは市民社会の問題でもあったとの見方を示しました。その上で宮本氏は、「市民社会が成熟し、一人ひとりが冷静かつ客観的に判断できるようになると、社会の雰囲気がおかしな方向に行きかけても修正することができるようになる」と述べ、「東アジアの平和のためには市民社会の役割は極めて大きい」と詰めかけた聴衆に語りかけました。

 続いて、スノー氏はアメリカのパブリック・ディプロマシーの先駆的な研究者としての視点から、市民による民間外交のあり方について語りました。

 スノー氏はまず、「冷戦終了後、外交が民間化してきている。インターネット、特にソーシャルメディアの発達がその大きな要因となっている。今日、この会場に来ている皆さんも民間外交官である」と語りかけつつ、「大切なのは、バーチャルな世界を超えて、実際にFace to Faceで対面することだ。そうしないと本当の意味でのコミュニケーションはできない」と注意を促しました。


 ベルモンテ氏は、「民主主義国家同士は戦争をしない、というのは世界の定説になっている。したがって、民主主義が広まれば広まるほど、それだけ平和実現の可能性は高まることになる」とした上で、「民主主義国家の政府は、絶えず市民の声を考慮しなければならない。つまり、戦争をするかどうかも実は市民次第である」と主張しました。ベルモンテ氏は、さらに「今回の対話のような試みが、互いの市民の不信感を乗り越えて、平和という共通利益へと近づくための重要な糸口となる」と述べ、今回の民間対話の意義を強調しました。

 市民社会の役割についての発言が続いたことを受けて、工藤は、「政府間の外交には、領土など主権問題が関わると、どうしてもナショナリズムを刺激してしまうため、身動きが取れなくなってしまう、という政府間外交特有のジレンマがあるが、民間にそれを覆すことはできるのか」と問いかけました。

 これに対し、柳氏は「民主国家であれば、政治トップは当然、国民世論を意識しなければいけない構造にある。政治のリーダーシップは確かに重要だが、民間社会も重要な役割を担うことはすべての民主国家に当てはまる」とした上で、「日本と韓国では、民間の姿勢は徐々に変わり始めている。この変化を感じ取ってくれたら政治も変わるのではないかと期待しているが、実際に変化が起こるまでは時間がかかるので、辛抱が必要」と注意を促しました。

 宮本氏は、「政治指導者は世論の影響を受けるのは不可避であるが、国家の最高責任者として適切な方向に国民を導く、という強いリーダーシップを発揮できる資質が要求されている。そういうリーダーがいなければ民主主義の発展は支えを失う」と語り、まず前提としてリーダーの役割が大切であるとの認識を示しました。

 その上で、「民主主義では常に選挙という制約もあるし、政府がうまく動けないことはあり得る。優れたリーダーが難局を打開してくれることが必ずしも期待できないとすれば、誰かが『動きを変えるべき』という声を発しなければ状況打開できない」とし、さらに、「その声こそが言論NPOがこれまで重視してきた『世論』とは異なる『輿論』である。有識者がより多くの『輿論』を世の中に発信して影響力を持つようにしていかなければならない」と主張しました。


「大きなビジョン」を描くためには

 田中氏は、国民間の信頼回復を妨げるナショナリズムを乗り越えるための糸口として、「指導者が大きなビジョンを掲げること」をあげました。その意味では、今夏に予定されている安倍政権の戦後70年談話は大きなチャンスだとした上で、「市民社会の中にいる知的指導者も知恵を出すなど大きな役割を担うべき」と提言しました。

 この「大きなビジョン」を出すことについては、柳氏も「どこに向かおうとしているのか、明確に分かるようなビジョンを指導者が出すべき」と賛同しました。その上で、安倍政権の戦後70年談話に対しては、「大きなチャンスである以上、近隣諸国と応答のかみ合ったものにしてほしい」と注文を付けました。

 栄氏は、「ビジョンを東アジア共通のものにするためには、共通の原則が必要である。日中平和友好条約など過去の文書にもそのヒントがあるのではないか」と述べました。さらに、「共通の価値を見出すことはなかなか難しいが、そこに至るまでのアプローチには、経済や文化などにおいて、色々な機会がある。それを地道に積み重ねていくことで、最終的には、相違よりも共通項が多くなってくる」と語りました。

 栄氏の発言を受けて、柳氏から「中国の積極的な外交を見て、多くの近隣諸国が『中華圏の復活を目指しているのではないか』と懸念している。習近平主席も中国が何を目指しているのか明確なビジョンを出すべきではないか」と問いかけました。

 栄氏は、「中国も自らの役割を近隣国に納得してもらえるようにしっかりと説明する必要がある」としつつ、「中国国内でも平和的な台頭のあり方についての議論は始まっている。中国の追い上げを受ける先進国側も冷静かつ客観的に評価をしてほしい」と訴えました。

 最後に、藤崎氏は、「ビジョンというものは、すぐに何かを実現することにつながるわけではないが、常に頭の片隅に置いておく必要があるものである」と述べ、さらに、「まずは相手への思いやりを見せて、信頼回復につなげ、そこから共通の価値を見出すための一歩を踏み出すべきだ」と主張し、第1セッションを締めくくりました。

第2セッション「言論外交はアジアの平和構築に寄与できるか」
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