日中関係の潮目は変わったのか

2015年8月28日

今年4月に2度目の日中首脳会談が実現、6月には東シナ海での自衛隊と中国軍の不測の事態を防ぐための「海上連絡メカニズム」の内容で基本合意するなど、日中関係に新しい展開が見られている。こうした展開の背景を、どう考えればいいのか。8月18日収録の言論スタジオでは、「日中関係の潮目は変わったのか」と題して、みずほ総合研究所アジア調査部中国室室長の伊藤信悟氏、東京大学大学院総合文化研究科教授の川島真氏、元中国大使で宮本アジア研究所代表の宮本雄二氏の三氏が話し合った。

 議論では、両国政府が、関係改善に舵を切り、安倍談話も大きな障害にならなかったのは事実だが、まだまだ予断を許さない状況だというのが共通の見方で、これを機会に「対抗ではなく協調協力」姿勢や、政府間関係よりも先行して民間が課題に向き合った議論を開始することの意義を指摘する声が、相次ぎました。


改善基調であるが、確かな流れには至っていない日中関係

工藤泰志 まず、冒頭で司会を務めた言論NPO代表の工藤が、「日中両国政府の歩み寄りの背景には何があるのか」と問いかけると、三氏ともに、中国国内の変化をその原因に挙げました。


 宮本氏は、「(日本が尖閣諸島を国有化した)2012年以降、衝突を繰り返してきたものの、お互い代償は大きい。中国共産党の最大の関心事は国内で、その鍵は経済だが、対立している相手と経済ではうまくやっていこうと思っても難しい。安倍首相も前提条件なしで話をしたい、と言っており、ようやく事態が動き始めた」と述べました。
川島氏は、中国の国内政治の事情の観点から「反腐敗運動で超大物クラスの粛清も進み、国内が落ち着き始め、関係改善に向かう余裕ができた」と習近平体制の体制固めが進んでいる、とし、「反日に舵を切りすぎると、デモが起きてしまう。国内の不満が発達しすぎないように日本との関係を適切に処理する必要があった」と語りました。

 中国経済が専門の伊藤氏は、リーマンショック以降、中国政府が景気対策をやりすぎたことを指摘した上で、「投資も債務も過剰な状態であり、景気の腰折れが懸念されている。そうした状況に陥らないためにも、安定した(外交)環境が不可欠だった」と指摘しました。


 ただ、宮本、川島両氏とも改善基調だが、その道のりはまだ綱渡りの段階、という認識は一緒で、川島氏が、「ガス田問題や日本の安保法制では、中国メディアは反発している。関係改善の動きは確実となった、と断言するまでには至っていない」と述べると、宮本氏は、首相同士の会談の意味が中国では特に大きい、が、「中国の社会はそう簡単に全体が右向け右にはならない。特に反社会運動は社会に亀裂をもたらしており、大きな混乱もなく、対日関係を調整するという仕事を今、周近平さんがやっている、ということ」と応じた。


安倍談話に対する評価のハードルを下げた中国

 8月14日に出された安倍首相の戦後70年談話に対しては、中国政府は抑制的なトーンを貫き、それ自体で対立が先鋭化しないように対応していた、と工藤が水を向けると、宮本氏は、5月の自民党・二階俊博総務会長率いる3000人訪中団に対して、習近平国家主席が、「歴史の事実を否認し、歪曲することは許さない」と述べたことに触れつつ、「何が『否認』で、何が『歪曲』なのかはわざと明確にしておらず、解釈の余地を残した。したがって、安倍談話はこの条件から見ると、間違いなく合格できる内容だった」と語りました。

 安倍談話に関する有識者会議「21世紀構想懇談会」のメンバーである川島氏も「中国はある種、こだわりを持たないような姿勢を示して、日本側に解釈権を留保した」と、宮本氏の見方に賛同しました。川島氏は続けて、「政府が抑制的に対応しても、国民が怒った場合、結果として政府も強硬な態度にならざるを得ない、ということを危惧していたが、今回はメディアが批判してもネット世論は大きく反応していなかった。北京の日本大使館が、談話の中国語訳を練った上で公表したのも良い対応だった」と語りました。
伊藤氏は、「安倍談話自体は、多くの方が練られて作られた文章、との印象を持った。これからは、それをどう実行に移すかが、次のステップだと思う」と述べた。


日中関係の今後に向けて、民間は政府の一歩先を行く議論をすべき

 最後に、日中関係の今後について議論がなされました。

 まず、宮本氏は、関係改善と言っても、2010年以前の状態に戻るというのは非現実的、との立場を示し、「2010年頃までは日中関係の構造は経済が中心だったが、2012年以降は安全保障も柱となってしまった。この安全保障における緊張の緩和は難しいし、経済と安保が絡んで複雑化した構造はこれからも続くだろう」と語りました。

 また、今後の日中関係は、ますます米中関係のマネジメントに似てくる、と指摘し、その点では、「9月の習主席の訪米が一つのポイントになる。ここで南シナ海問題をめぐって中国が既成事実を押し付けて自分の立場を強固にしようとすることを、アメリカはどこまで認めるか。そうした流れの中で日中関係も考えていく必要がある」とした上で、「軍事力を前面に出して自らの理想を実現した国はない。アメリカですらそうだった。だから、中国に対しても、軍事中心でなければ協力できることはたくさんある、と伝える必要がある」と語りました。

 これに対して、川島氏は、「日本が中国に対する敵対関係を煽っていると国際社会に受け取られるようなことがあってはならない」とし、「日本は平和構築が第一、中国とも平和でやっていきたいが、中国のああいう対応をしているからやむを得ず、という形で、中国とも折り合いをつけていくべき」と語りました。

 伊藤氏は、AIIBに見られるような中国の「野心」に対しては、「日中両国が含まれる広域のFTAやEPAを推進し、中国と周辺諸国の非対称的な相互依存関係を解消するような展開が望ましい」と問題提起すると、宮本氏は「中国は熟慮した上で行動しているわけではなく、考えながら動いている節がある。我々も『対抗していく』という発想ではなく、中国を良い方向に誘導していくような議論をすべき」、川島氏も「『一路一帯』構想には日本は入っていないが、だからと言って無視せずにメッセージを出していくべき」と語りました。

 言論NPOが取り組む、中国との間の民間外交に関しては、宮本氏は、2013年に言論NPOが中国側と合意した「不戦の誓い」について触れながら、「両国世論が過激化する中、双方の有識者が平和の価値を発信したように、政府の一歩先を行って、民間が理念を打ち出すことが重要」と期待を寄せ、伊藤氏は、中国経済が健全に成長していくことは日本にとっても不可欠であると述べた上で、「バブル期の教訓など、日本の知見を共有しながら、中国が課題を乗り越えることをサポートしていくべき」と主張しました。

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