言論NPOフォーラム「アメリカ人の日本観、アジア観」報告 ~アメリカ人と日本人の相手国に対する認識が明らかに~

2015年9月19日

第2部:「アジア・リバランスへの米国民の反応」

 工藤:後半の議論に入ります。

 先ほど藤崎さんもおっしゃったのですが、今回の材料は縦横軸に構成されていないので、世論調査の見方を縦横軸で見ないといけないと思います。誰かがその背景をきちんと説明しないと、ミスリードになってしまうのではないでしょうか。

 初めに、ピューリサーチセンターの調査で示された世論の背景、構造を説明してもらおうと思います。中国の台頭というかたちで、北東アジアの地政学的なパワーバランスが大きく変化しています。これが今の大きな流れなのですが、その中で、日本とアメリカの同盟関係が大事だと考える人の割合が、日米双方の世論の中で高まっています。

 ただ、アメリカの世論を見ていると、二つの点で、この構図をどう考えなければいいのか、という疑問があります。一つは、アメリカのアジア・リバランスに対して、アメリカ国民の評価が分かれているということです。ピューが行ったアジアでの世論調査では、日本を含めて多くの国の国民がアジア・リバランスを歓迎しているという結果だったのですが、アメリカ国民の中で意見の相違が大きくみられる背景は何なのでしょうか。ブルース・ストークスさんと意見が共有できていないのは、アメリカ側の政策としてまだ腰が定まっていないと考えているのですが、どうでしょうか。

 ストークス:世論調査結果に関する結果の多くにいえることですが、なぜ世論がそういった回答をするのか、ということについては「わからない」という回答になります。経験上率直に言えば、彼らに直接聞いても「わからない」という答えが返ってきます。こういった質問に回答するには、ある程度の知識が必要ですし、多くの国民はそれを持っていません。しかし、共和党支持者が民主党支持者より、「軍事的なピボット(旋回軸)」を支持しているとのいうのは示唆的です。他の国際的安全保障問題についても、共和党支持者はより強硬な立場をとり、軍事力の仕様に賛成するという傾向にあります。アメリカ国民が全体として分断されているのは、民主党支持者はどちらかというとマイノリティーが多く、ヒスパニック系やアフリカ系アメリカ人らは、軍事費に予算を使うよりも、国内の福祉政策に予算を割くことを望んでいます。

 ですが、これはアメリカ人が中国に関して心配をしていないということを表すものでは必ずしもないということです。私たちはアメリカ国内で、「中国の領土拡大に関する野望について心配しているか」や「それが紛争につながるか」などの設問を使って調査をしましたが、アメリカ人は明らかにそれらについて心配しているという結果になりました。私たちはこの結果について深読みしすぎるべきではないと考えます。しかし、工藤さんがおっしゃったもう一つの点は重要だと思います。これは社会的に良く知られていることではないということです。そこまで多くの議論があるわけでもありませんし、実際に議題に上っていることが起きたかと言えばそうでもなく、いまのところ多くが実際のアクションでなくレトリックの段階に留まっています。次の大統領選挙関連の議論を先日見ましたが、何人かの候補者は軍事力使用について、特に海軍について、共和党側では、海軍は縮小しすぎた、もっと船や軍艦をつくるべきだと言っていますが、それをどこで使おうとしているかというと、それはアジアや太平洋地域です。この議論は軍事力のピボットがより前面に出た議論になってくれば、もう少し大きな話題になってくると思います。しかし、もっと特定の議論、例えば防衛にいくらぐらい予算をつけるべきか、その内訳はどのようになるのか、というようなピボットをするのであれば、何が必要かといった議論になってくるでしょう。

 藤崎:ストークスさんは「共和党の方がこの政策を支持している一方、民主党の方が少し懐疑的ではないだろうか」とおっしゃいましたが、一部の共和党の方は、「自分たちはもともとアジア重視であったので、リバランスはない。民主党が重視していなかったからリバランスしているのだ」という議論もされていますから、そこも言わないとバランスの問題が出てくるのではないでしょうか。

ストークス:おっしゃる通りです。共和党の人は「リバランス、ピボットと言われるが、自分たちはもともとアジアに重点を置いていた。民主党政権がそれを知らないから、『回帰』というテーマを持ち直したのだ」と言っています。

 フクシマ:リバランスに何を含むか、という定義が非常に重要です。今までの議論では主に軍事の面が強調されていたと思いますが、広く考えると、アメリカから見たアジアのリバランスは、単なる軍事的なリバランスだけではありません。経済的にも、TPPに象徴されるように、アジアの経済力とかダイナミズム、あるいは生産拠点としてのアジア、市場としてのアジア、そういう側面も、リバランスに相当含まれているという見方もあります。

 もう一つ、これはあまりまだ注目されていない点です。私は日系アメリカ人なので特に意識していることですが、今、アメリカの人口の5.4%がアジア系アメリカ人で、非常に増加率が高いのです。ヒスパニックの人口増加率より高い。特にハワイや西海岸が中心ですが、これから10年、20年先のことを考えると、アジア系アメリカ人の社会的位置というか、貢献度、所得も非常に高い、教育レベルも高いということで、これからかなりの影響を及ぼすことになると思います。既に、サウスカロライナ州とルイジアナ州の知事はインド系アメリカ人です。人口は中国系、インド系、フィリピン系、韓国系、ベトナム系の順で、6番目が日系です。アジア系アメリカ人はアジアに非常に関心を持っているので、彼らの役割が高まることによって、アメリカ全体のアジアに対する注目度は、安全保障面、経済面、文化面のすべてでこれから増加すると思います。

工藤:ということは、アジアのリバランスは中国との対立だけを指すのではなく、「この地域をどのように作っていくのか」ということに対してアメリカが参加する、という大きなビジョンの話だという理解をした方がよいということです。ただ、ピューの調査の設問では、「『中国との紛争につながりかねないので』アジア・リバランスは好ましくない」という選択肢があります。つまり、アメリカの国民の中では、中国との紛争・対立に神経質になっている人たちがある程度存在しているのだろうか、と逆に思ってしまいます。例えば先日、南沙諸島の問題でCNNが現地へ取材に行きましたよね。かなり危険な状況も時たまあるようですが、そのあたりも、アメリカ国民の中で意見が割れていると見ればよいのか、メディア報道の雰囲気だけで判断しているのでしょうか。


「アジアが未来だ」という世界観のオバマ大統領

ストークス:一般のアメリカ人は、経済的よりも軍事的な側面で中国の脅威を感じている人が多い状況です。その理由には、リバランスだというところのサポートが少ないという面もあるだと思います。個人的な意見ですのでまだデータがあるわけではありませんが、引き続きピボットをするのか、これから新しくピボットをするのかという解釈は別として、確かに、アジアに対する注力はずっと増えてきているし、今後も続くと思います。

 オバマ大統領は、世界を見渡した上でアジアを第一に考えている最初のアメリカ大統領だと思います。ハワイ、もしくはインドネシアで生活をしていたこともありますが、それ以上に、彼は「アジアが未来だ」という世界観で育った人なのです。「ヨーロッパは過去だ、歴史だ」と思っているのでしょう。ビル・クリントンはヨーロッパで教育を受けています。「世界を」と考えると、どうしてもヨーロッパを意識してしまうと思います。ただ、次期大統領ですぐに、ということではありませんですが、将来的には徐々に、「世界を考えると、アメリカにとってはアジアが一番重要だ」という傾向で進むことになると思います。 

 ですから、ピボットをアジアに回帰していく状況は続くと思います。例えば、私の知人もそうですが、「留学」イコール「ヨーロッパへの留学」でした。ただ、10年前に大学に行っていた自分の娘もそうですが、ヨーロッパに留学をするという人はほぼいませんでした。世代が代わったことによって、留学先にヨーロッパを選ぶかどうかが、大きく変わったと思います。だからこそ、「アジアへの回帰」というテーマがここまで大きくなっていると思います。

藤崎:アジアへのリバランシングの話から少し変わるのですが、日米中の関係についてお話をしてもよいでしょうか。軍とか経済の話を全体のパースペクティブで見ると、米中関係は、アメリカから見てプラスの側面とマイナスの側面があると思います。

 マイナスの面は何かというと、中国の軍事的伸長、あるいは人権問題、中国が基本的な民主主義を共有しない問題です。また、海洋法や経済、知的所有権のルールの違いを尊重してもらえないという点がマイナスだと思います。プラスの側面は、経済では脅威ではあるけれど、大きなチャンスがあるということです。二番目に、国連等では米中が協力しなければいけません。安保理では、中国の協力なくしては何も通りません。そして、北朝鮮をある程度抑えてもらう。こういう観点から、プラスの側面もあります。二つの側面を行ったり来たりする関係で、マイナスの方だけに行くとプラスの側面が忘れられてしまい、プラス面に偏りすぎると「マイナス面はどうした」ということになります。選挙のときには、マイナスの側面に焦点が当てられていくことが多いと思います。ただ、どちらかに行き切ることはありません。

 こういうことを踏まえた上で、日本は、「中国とアメリカの会談が何時間あった」とか、細かいことに右往左往しないで、堂々と「一緒に我々はルール作りをしている。TPPや安保の問題も一緒にやっている関係だから、『中国か、日本か』という関係ではない」という認識を基本に持ちながらやっていくのが大事なのではないかと思っております。


アメリカにとって日本の重要性が減る可能性?

フクシマ:私も同感です。日米のルール作り、協力を進めるのは非常に重要だと思います。ただ、気になるのは、アメリカに留学している中国人の学生は毎年24万人いますが、日本からアメリカに留学している人は1万9000人と、激減しているということです。それが一つの象徴で、中国とアメリカの知的交流、文化交流、人文交流はいろいろなかたちでかなり進んでいます。日本とアメリカの交流は、70年から90年代初めくらいまでがピークで、日本のバブル、経済力にも比例していると思います。藤崎さんが言われるように、日本のマスコミが「中国とアメリカの首脳が時間をかけて話をしている」といった細かいことにこだわるのは決してよくないと思います。ただ、中長期的、戦略的に見た場合、日本がアメリカといろいろなかたちでエンゲージメント、つまり交流をする、一緒に仕事をするのが非常に重要だと思います。

 もう一つ、先ほどの世論調査でも出ているように、ある意味で「アメリカから見て中国が問題だから、アメリカにとっての日本の重要性が高まっている」という側面があります。逆に、中国とアメリカの問題が減ると、日本の重要性が減る可能性があると思います。アメリカが常に「日本が重要だ」という関係を保てなければ、将来的に危惧することがあると思います。

工藤:アメリカにおける世論と政策形成の関係が、私は今一つ分かりません。ただ、世論の動向が政治の行動、判断の一つの基盤になると考えた場合、世論調査では確かに「中国の台頭の中で日米同盟が大事だ」という傾向が出ていますが、「では、何をするのか」ということが、ピューのデータからはなかなか見えません。安全保障の話は次の設問になるのですが、「平和・安全のために日本に何をやってほしいのか」とアメリカ国民に聞くと、「日米同盟が重要だから」ということで、今の安保法制で想定されているような協力を必ずしも期待しているわけではなく、「日本の防衛的な動きは制限した方がよいと」いう声が4割ほどあるわけです。そうなってくると、政治と世論が一緒になって動いているような理想にはならないとしても、アジアにおける日米同盟の役割をどうしていくのかということが、アメリカの国民レベルで見えていないのではないかという気がします。ストークスさん、どうでしょうか。


アメリカ人は現実的で実際的
 ――弱く、停滞しているものを軽視

ストークス:フクシマさんがおっしゃったことに賛同します。日米二国間の将来について懸念している人々は、アメリカ人、日本人に対して「どうやって力を合わせていくべきか」という説得を試みることが必要だと思います。世論調査でもわかるように、外部の脅威、例えば中国の台頭などが日本の重要性を高めている側面はあります。

 データでは証明できないのですが、アベノミクスが成功し、強い成長が日本で実現できれば、日米関係の強化にそれ以上に貢献できることはないと思います。日本がアメリカのレーダーから落ちてしまった一つの理由は、日本がもう脅威ではないからです。脅威でない理由は、日本の経済が停滞していたからです。中国の経済が失速すれば、アメリカ人の日本に対する注目度は上がってくると思いますし、継続的に日本に注意を払うと思います。そして、「アメリカにとって価値があるのは、日本と緊密に協力することだ」という考えも生まれてくると思います。日米二国間の関係をさらに促進していくためには、日本側としては、やはり経済を改善することが唯一必要なことではないでしょうか。もし、それがうまくいかなければ、長期的な二国間の関係にとって問題となるでしょう。他の調査結果を見ても、「中国は好きでない」とか「中国は怖い」と言っている人はいるかもしれませんが、「中国は未来だ」と思っているわけです。だから、何とか中国と対話をしていかなければいけないと思っています。

 我々はそれぞれ欠点があります。ただ、アメリカ人について一つ言えるのは、ものすごく現実的で実際的だということです。

藤崎:今、ストークスさんが言われたことを、私はまさに言おうと思っていました。アメリカ人が好きなのは、強くて変化していくものです。弱くて、ずっと停滞しているようなものに対しては、非常に軽く見る傾向があります。従って、アベノミクスが成功し始め、選挙において衆参両方の多数を持ち、あと3年間以上の任期があるから、安倍さんは先日の訪米で大歓迎を受けたのです。このことは、日本の政権が強いからなのだということを、我々はよく認識しておかなければいけません。

 安保については、先ほど「国民はどうなのだ」という話がありましたが、これもストークスさんのおっしゃった通りです。アメリカ国民にどこまで安保についての意識があるかはわかりませんが、去年の4月25日にオバマさんが来日したときの共同声明の中で、オバマさんは「アメリカは日本についての安保のコミットメントを守ります」と言った後で、「今、日本で行われている集団的自衛権についての検討を歓迎し、支持する」と、アメリカ大統領として初めて述べています。これは、一つのメッセージとして受け止めるべきであり、受け止めたのであろう、と私は解しております。日本がしっかりとした強さをもって取り組むということが、アメリカだけでなくこの地域全体へのメッセージとして極めて重要だろうと思います。


最重要な日本経済の再生

フクシマ:私も、日本経済の再生は、アメリカから見ても最も重要な課題であると思います。日本経済が強くなれば、アメリカは、経済面だけでなく日本のアジアにおける影響力、アジアに果たせる役割もそれだけ増すと認識すると思います。経済の再生は、日米関係の将来にとって最も重要だと思います。

 安全保障に関しては、工藤さんが言われるように、ピューの調査結果を見ても、アメリカの大衆レベルでは意見が分かれています。けれど、アメリカのエリートレベル、つまりオバマ政権の安全保障の担当者たちから見ると、今の日本の安保強化を歓迎しているわけです。アメリカの一般国民はそれほど知識がないということもありますが、ただ、「日本がアメリカにただ乗りせず、もっと責任と負担を持ってほしい」という見方もある一方で、「日本が軍備を強化することによってアジアにおける紛争の可能性が高まる」とか、「中国や北朝鮮、韓国など他の国も軍備に力を入れなければならなくなる」というネガティブな面を懸念するアメリカ人もいます。安保については、意見が分かれているのは事実だと思います。

工藤:アジアの安全保障における日本の役割については、党派によって意見が分かれているのでしょうか。

フクシマ:世論調査の結果では、中国を脅威として見ている人は共和党の方が多いのです。逆に、民主党の方には、中国が将来的に民主化する可能性を楽観視している人がいます。ピューの世論調査で、「中国を懸念している」という回答の割合は共和党支持者が民主党支持者よりも19ポイント多いという結果がありました。中国が将来、安全保障上の問題になる可能性があると思っている人は、共和党の方が多いと思います。

藤崎:日本の役割について、先ほどの世論調査では、アメリカ人の47%が「より大きくすべきだ」、43%が「制限されるべきだ」という結果でした。私は、それを見たとき、「日本の国内における防衛費がどれくらいであるべきか」という、この20年間の世論調査を思い出します。なぜかといえば、「今のレベルでとどめるべきだ」という回答が常に70%くらいの支持を得ているのですが、実際の防衛費はその間に数倍になってきています。従って、先ほどの「47対43」という調査結果についても、急激な変化は誰も望んでいない、徐々に増えていくのがいいのだ、と読めばいいのであって、「日本の役割がまったく固定化していい」という意味ではないのだと思います。


中国の軍事的、経済的脅威の受け止め方
  ――リスクは小さく、チャンスは大きく

工藤:確かに、世論の動向と政策とが完全に直線でつながっているわけではないので、「そういう背景なのだな」と思って伺っていました。ただ、ストークスさんにお聞きしたいのですが、アメリカの世論は中国を脅威として見ているのでしょうか。将来は一緒に世界を考えるパートナーとして認識しているのでしょうか。

ストークス:それは、「脅威」の定義にもよると思います。経済的な脅威なのか、それとも軍事的な脅威なのか、ということもあります。アメリカ人の今日の懸念は、イスラム国やロシアに向かっています。ロシアは、しばらく忘れられていたのですが、急に脅威になりました。今日、直面している安全保障上の脅威としては、中国よりもそれらに注意が行っています。

 経済的な面でいうと、アメリカ世論の関心はやはり「一に中国、二に中国、三に中国」です。ただ、有識者の間では、中国の軍事的な脅威に対する懸念は非常に大きなものがあります。経済については、中国をまったく心配しておらず、一般市民の意識とは差があるということも言えます。

藤崎:「中国はリスクか、チャンスか」という問いではなく、アメリカ人にとっても日本人にとっても、その両方だと思います。どうすればリスクをできるだけ小さくし、チャンスを大きくすることができるか、ということです。

工藤:私もそう思います。今のストークスさんのお話に関連しているのが、「アジアの同盟国に軍事紛争が起こった場合、アメリカはどう対処するか」というピューの世論調査の設問です。そこでは、「軍事力を利用すべきだ」という回答が半数を超えています。このあたりは、アメリカ国民のそのような民意があると考えてよろしいでしょうか。「同盟国で仲良しだから、対処しなくてはいけない」というレベルではなく、もし実際に軍事介入するとなると大変な話ですよね。


設問の仕方で大きく変わる回答内容

ストークス:例えばNATOの加盟国について、「ロシアからの攻撃を受けた場合にアメリカはどうするか」と聞くと、これも同じで「軍事力を使用すべきだ」という回答が多いのです。ヨーロッパでもアジアでも、実際に軍事紛争になってアメリカがそれに介入するということになれば議論にはなると思います。しかし、共和・民主両党とも「軍事力を使用すべきだ」という意見が強く出ています。

 ただ、これだけですべてを解釈してはいけません。実際に軍を派遣するということになると、意見はもっと割れると思いますし、実際に割れています。また、こういう設問の場合に注意しなければいけないのが、例えば「明日、日本のために中国に軍事介入すべきか」という、もっと具体的、実践的な設問になると、また違った反応が出てくるのではないかということです。その中で、「軍事介入すべきだ」という人の割合は、どれほどかは言いにくいですが、おそらく少し下がってくると思います。

 イラク戦争のときにも同様の設問をしたことがあったのですが、実際の介入に近づくにつれて、どんどん介入に賛成する割合が下がってきたと記憶しています。やはり、派兵をした場合、具体的に、例えば自分の知り合い、もしくは息子たちの命が、と考え始めると、当然の結果なのだと思います。アメリカ国民は、改めて慎重に考えて答えるようになったのだと思います。

 ただ、先ほども申し上げましたように、この設問は、アメリカ人の意見がまったくわからない中で行ったわけです。その中で、「同盟国に対して介入するのは良いことだ」というイメージが、まだ今の時点では強いようです。また、「アメリカの義務として介入するのだ」という意識もあると思います。ただ、設問を変えれば回答も変わります。「同盟国を守る義務があると思うか」という問いと「派兵すべきか」という問いとでは、反応は違うと思います。ヨーロッパの場合、NATOといってもいろいろな国が加盟しています。「NATOの枠組みで軍事介入すべきか」と聞くのと、NATO加盟国のどこか1ヵ国、例えば「エストニアがロシアに攻撃された場合に介入すべきか」と聞くのとでは、結果が違ってくると思います。

藤崎:ピューの設問が悪いと言っているわけではなく、また結果も良かったのですが、まさにストークスさんがおっしゃったように、質問の仕方によって反応は変わってくるわけです。同時に、紛争のシチュエーションによっても反応は変わります。もし日本が挑発した状況下で紛争が起これば、そして日本の自衛隊、海上保安庁が立ち上がっていないのに、「アメリカが派兵すべきか」というと、アメリカ人は派兵すべきだという気にはならないでしょう。しかし、他の国が先に攻撃してきて、日本が一生懸命防衛しているのを助けないのか、といえば、状況はまったく変わってきます。だから、フワッとした質問によっては世論を正確に読み取れないのではないかと思いますが、ストークスさん、どうでしょうか。

ストークス:すべての設問において言えると思いますが、一つの答えに過剰反応すべきではありません。尖閣の話でもそうです。例えば、日本が中国を一方的に攻撃している状況があり、そういうイメージを持っているところに尖閣の質問をすれば、結果は違うでしょう。アメリカ人が日本に対して何かネガティブなイメージを持っていた場合と、逆に、まったく無実の日本人が中国に一方的に攻撃されたというイメージを持っていた場合とでは、アメリカ人の判断は絶対に変わると思います。アメリカ人も、一般的に「同盟国の問題に引きずり込まれたくない」という感情はあります。だから、「日本が一方的に中国を挑発した上で、日本を助けるために介入するか」というと、まったく違う答えになると思います。もちろん、そういう意味での設問の方法には注意をして、調査を設計しなければいけません。

フクシマ:藤崎さんは、外交官として「政策立案者から見ると、紛争の状況によって世論の反応は変わる」とおっしゃいました。私も同感なのですが、ただ、世論調査をする側から見ると、そんなに複雑な条件を入れて聞けるわけでもないので、質問は単純になってしまいます。一つ思い浮かぶのは、事件が起きると、それがどう報道されるかが重要になってくるということです。事実とは別に、世論がそれをどう解釈するか。政府、あるいはジャーナリストが、「その紛争がどういう状況で起こったのか」を発信することによって世論が形成されます。アメリカの場合、安保条約があるので、行政府の指揮の下でアメリカの軍隊がすぐ発動するでしょう。しかし、問題が長期化すれば、議会が関与することになります。議会というのは、世論をある程度は気にしなくてはいけないので、どう報道されるか、どういう世論が形成されるか、が非常に重要です。

工藤:話を経済に移します。ピューの調査の「アメリカは、経済関係において中国と日本のどちらを重要視すべきか」という設問で、アメリカでは「中国の方が重要だ」が43%で多くなっています。それに対し日本と答えた人が36%。言論NPOが日本の有識者に聞くと、いつも「どちらも大事だ」が半数以上になります。アメリカの中で「中国の方が重要だ」と答えている人が多いということの意味は、どのように理解すればよいのでしょうか。


今後2、30年で、アメリカにとってより経済的メリットがある中国

ストークス:日本の一般世論に対して「中国寄りにするべきか、アメリカ寄りにするべきか」という設問も聞いているのですが、「アメリカと経済的により近い方がいい」という結果も別の設問でありました。これは単純な話で、もし日本のGDPが年間7、8、9%くらいで成長していたら、「日本とより深い経済的関係を」という結果になっていたと思います。ただ、世論調査自体はこの春に行われました。中国の経済成長の状況は、今とは若干違っていました。株価も落ち込みましたし、中国の景気が今後もっと落ち込むと、世界経済にも影響があります。しかも、中国の成長率がまだアメリカの2~3倍を維持している中での調査です。「将来的に中国の経済がアメリカよりも大きくなるか」と聞くと、アメリカ国民は「将来的にはそうなる」と思っています。そうなってくると、経済的に中国と付き合っていかなくてはならないという意識が高くなるのは当然だと思います。

 一方で、アメリカの有識者の間では、TPPというかたちで日本と一緒に、という意見が強いわけです。アメリカのかなりの高官と話したのですが、「アメリカはTPPに日本が入るまで真剣に取り組まない。TPPは日本が入って初めて意義があるのだ」と言っていました。オバマ政権の中でも同意見だと思います。閣僚級の会議でもそうです。1週間から10日くらい、日本との協議が非常に重要視され、なかなか合意できなかった期間がありましたが、最終的には合意しなければいけません。だから、経済的には、TPPにおいては、アメリカ政府は日本との関係を重視しているわけです。

フクシマ:中国の経済は、今は一時的に問題がありますが、やはり、日本経済と比べると、市場あるいは生産拠点としての重要性は高いです。日本は人口も減少するし、高齢化が進んでいきます。少なくとも今後20~30年のことを考えると、アメリカにとって経済的にメリットがある国は、日本より中国だと考える人が多いと思います。製品やサービスなど産業別に分けて考えると、そうしたセグメントによっては日本も重要な市場であることは事実です。しかし、全体から見ると、インドもそうですが、中国経済をアメリカ人が重要視しても決して不思議ではないと思います。日本企業そのものも、日本にあまり投資せず、海外に投資していますから。

工藤:この春にワシントンに行った時は、中国に対する貿易赤字が拡大していて、議会が中国に強く反発していました。議会というものが民意を反映する仕組みだとすれば、貿易赤字問題に対する議会の反応と世論の反応とのギャップはどのように理解すればよいのでしょうか。

フクシマ:1980年代の日本と同じことで、経済活動があるからこそ摩擦があるわけで、摩擦があるからといってその国と貿易しない、ということではありません。議会、あるいはアメリカの国民も、失業問題や人権問題、貿易赤字の問題などがあるとしても、やはり消費市場としての中国、あるいは生産拠点としての中国の重要性は、依然として高まるのではないかと思います。摩擦と便益とは、共存していると思います。

藤崎:中国経済は大きなポテンシャルを持っていて、そのことは十分頭に置いておかなければいけません。同時に、今、ルール作りがものすごく大事です。知的所有権もサービスの分野もそうだし、投資など、中国との経済関係が新しい分野に入りつつあります。まだ中国が追いついてこられない部分もありますが、いずれ追いついてきて、多国間の経済ルールにも入れるようになるでしょう。従って、我々ができるだけTPPのようなルールをつくって、将来的にはRCEPなどのかたちに発展させ、中国との間でも、日中韓投資協定など新しいルールをつくっていくという非常に大事な時期に入っています。その時に大事なのは、誰か1ヵ国がつくったルールにみんなで入るというかたちではなく、公平な立場で皆が議論し尽くしたものを実行していこうというルールにしていくことです。どこかの国がルールをつくったからといって、雪崩を打って入るような展開ではなくていいと思っています。


貿易と雇用の相関関係

ストークス:日本は80年代から90年代の初頭、アメリカとの貿易摩擦を経験してきました。ですから、貿易の重要性は非常に認識しています。フクシマさん、そして私も、キャリアの当初は貿易を飯の種にしていました。しかし、覚えておかなくてはいけないのは、アメリカ人はあまりそのことを気にしていなかったということです。アメリカ人に質問をすれば、「日本はかつて不公平だったが、今は公平だ」「中国は貿易赤字を生じさせており、不公平である」といった何らかの意見は持っていると思います。しかし、国家が直面している課題のリストをつくったとして、「どれが最も重要だと思いますか」と聞くと、貿易は最も下に位置します。「国にとって最も重要なのは貿易問題だ」という答えは、人口の3%くらいしかいません。アメリカ人にとって、貿易問題の相対的な重要性は低いのです。

 この数ヵ月間で大統領選の選挙活動が激しくなっていくと思います。候補者による中国へのバッシングはあると思いますし、中国に対していろいろな悪口を言うと思います。トランプさんも他の候補者も、同じような感じで語り始めています。火よりも煙がたくさん立っている状況で、オーディエンスに対しては受けが良いのです。共和党支持者の間では中国への脅威論が強いという調査結果があります。しかし、最終的な投票先は、貿易問題ではなく他の問題に基づいて決まると思います。

藤崎:ストークスさんが言ったことを、少し違う角度から申し上げます。アメリカ人が選挙のときに最も大きなポイントとするのは、雇用です。失業率がどこまで下がるか、上がるかということは、いつも決定的に大きな要因になっています。それに影響を与えるという意味においては、貿易問題を候補者が利用しようとして、「こんなに我々の雇用を奪っていくのだ」というかたちで議論する場合はあります。オバマさんも、2008年の選挙でNAFTA(北米自由貿易協定)について述べたのを記憶しています。皆、選挙のときには貿易問題と雇用問題を結び付けて議論していることは事実ではないでしょうか。

ストークス:オバマが大統領になるときのキャンペーン中に「NAFTAの交渉をする」と言いましたが、実際は何もしませんでした。これが、私の言っていることを示していると思います。「貿易が雇用を生むか、生まないか」というと、皆、「貿易をすることによって雇用が失われる」という意見だと思います。アジアの人々は、貿易は雇用を生むものだという見方をします。今の環境を考えれば、その通りだと思います。ベトナム人、中国人であれば、貿易が盛んになれば国内で雇用は増えるでしょう。しかし、アメリカの場合、貿易が盛んになれば雇用が失われます。そういった意味では、政治家の言動は一般市民の声を反映していると思います。アメリカで製造業の雇用が失われた一因が貿易であることは、反論の余地がありません。

 しかし、それが非常に保護主義的な法律、また反中国的、反日本的な政府の行動につながるかというと、それは別の話です。1980年代は、反日本的な法律が導入されました。しかし、アメリカと日本の80年代の関係を振り返れば、保護主義的なアクションがアメリカによって取られ、いろいろな政策が行われました。覚えておいてほしいのは、選挙運動中にいろいろなことが言われるかもしれませんが、実際に何も行動がとられないことがたくさんあるということです。

工藤:来年の大統領選に向け、いろいろ極端な意見が出たりするかもしれませんが、アジアの大きな秩序変化に対する姿勢は、アメリカの大統領選では争点になるものなのでしょうか。例えば、「中国とどのように向き合うか」とか、「TPPやRCEPなどの経済連携の姿をどのようにつくるか」という問題は争点になるのでしょうか。


大統領選で貿易問題は重要課題ではない

フクシマ:過去には、NAFTAが選挙の争点になったことがあります。来年の大統領選はまだ1年2ヵ月先の話で、何が起こるか分かりません。ドナルド・トランプも他の候補も、中国や日本について言及しています。ただ、TPPそのものは選挙の争点になるとは思いません。むしろ、失業率や雇用の問題が争点になります。アメリカ経済は相当回復していますが、今、賃金の格差がアメリカでかなり注目されていて、職はあっても賃金が必ずしも高くない、つまり海外に仕事が移転してしまって、良い仕事がアメリカからだんだんなくなっている、という議論は、民主党でも共和党でもけっこうあります。そういう意味で、失業率と雇用をめぐって貿易問題が取り上げられる可能性は、共和党あるいは民主党、労働組合の中でも可能性があります。ただ、先ほどストークスさんが言われたように、それが大統領選の最も重要な5項目、10項目の中に入るかどうかは疑問です。アメリカ国内の政策論議、そして海外の問題でもロシアとか中東の問題の方が、貿易よりは大きい問題として議論されると思います。

工藤:会場からも質問が来ているので、まず、二、三、お聞きします。日本とアメリカは同盟関係ですが、日本も国際的な役割をいろいろなかたちで果たしたいという意思を持っています。アメリカの有識者などが、世界的な課題に関して「日本にはこういう貢献をしてほしい」と議論することはあるのでしょうか。世界の課題に関して、日本はボイスレスで何もやっていないから相手にしないと思われているのか、それとも、同盟国として、世界の課題に対して積極的にものを言いたいという動きがあるのでしょうか。

 もう一つ、中国や韓国の政府が、広報宣伝外交によってアメリカ国内で自国の主張を浸透させる動きがあると、私たちもメディア報道で知っています。そのように、アメリカの一般世論において、歴史認識が対立をあおるかたちで使われているような傾向はないのでしょうか。

 それから、安全保障の問題で気になっていたのは、世界の平和的な秩序を考えた時、大国が現状を変更していくような動きがかなりあることです。ロシアのウクライナに対する政策もそうだし、中国にもそういう傾向があるのかもしれません。このような問題に対して、アメリカはどのようなスタンスをとるのでしょうか。世界の平和秩序をどうつくっていくのかということに関して、アメリカ世論は関心があるのかということをお聞きしたいです。

ストークス:今のような問題では有識者の調査を行ったことがない場合も多いので、藤崎さん、フクシマさんの方がよくお答えになるかもしれません。フクシマさんがおっしゃったように、日本の憲法改正はおそらくアメリカの有識者に支持されると思います。ただ、これは科学的な調査による裏付けがあるわけではありません。私がいろいろな方と話をして感じることがあります。

 歴史認識、例えば慰安婦の問題などについては、アメリカの人はあまり意見を形成していません。あまり知らないから、関心がないということもあると思います。もちろん、設問の仕方によっては意見を引き出せると思いますが、そうするとある意味では誘導するかたちになってしまいます。現実としては、あまり知らないのが本当のところだと思います。

 興味深かったのは、今年の世論調査で行った広島についての質問です。私の経験では、日本人はみな「広島についてどう思いますか」とよくおっしゃいます。1945年9月の時点では、アメリカの80%以上の人が「原爆は正当化できる」と言っていたと思います。90年代であれば、63%が「正当化できる」と言っています。ところが今年は、56%の人しか「正当化できる」と答えませんでした。18歳から24歳にかけては、半分未満の人しか正当化できると答えていません。従って、傾向としては「原爆を正当化できない」と考える人が増えてきているということです。

 アメリカの一般国民では、ロシアのウクライナ問題を危惧している人が多かったです。危惧する人の割合がずっと低かったのが、かなり上がってきました。ただ、アメリカ国民はウクライナ問題に対しても「実際に兵を派遣するか」と聞くと、賛成する人はそこまではいません。「もう戦争を始めたくない」という国民意見が一方で強いのです。例えば経済的な援助は支持されています。ただ、一般市民の間で意見が分かれているところもあったのですが、「派兵はちょっと違うだろう」ということです。

 国際秩序の安定という点では、確かに南シナ海でも問題はありますが、アメリカでは、ロシアの脅威が最も危惧されています。一般のアメリカ国民は、中国自体が領海問題で攻撃的になっているのは分かるのですが、細かいところまで知らないので、そこまで意識はしていません。同様に、数年前、シリアに空爆をするかという時に、アメリカ人の2割くらいしか、地図上でシリアの位置を指せなかったということがありました。ですから、基本的に、「戦争に対応させられたくない」「中東であそこまでやってきたのだから、もう戦争は始めたくない」という意見が強いです。


慰安婦問題の報道に日本は敏感すぎる

フクシマ:一番目のご質問、日本の役割に関して、先ほどストークスさんが「アメリカのエリートは日本の憲法改正に賛同している」とおっしゃいましたが、私は少し違うと思っています。私が思うには、アメリカの中でも安全保障に注目しているエリート、安全保障の専門家たちは「日本にもっと役割を果たしてほしい」という意味で賛同はしていると思います。しかし例えば、アメリカのいわゆる日本研究家とか、あるいはニューヨーク・タイムズの論説といったエリートは、日本の憲法解釈にやや疑問を持っています。

 シリアの難民に関しても、難民の専門家たちは、日本は昔からあまり難民を入れていないということで問題視する人はいるかもしれませんが、アメリカの一般世論が「日本がもっとシリアからの難民を受け入れてほしい」などということには、少なくとも今の時点ではあまり希望していないと思いますね。「日本が先進工業国で、これだけ豊かな国なので、もっと今の秩序に貢献してもらいたい」という一般的な期待はあると思います。しかし、具体的に「こういうことを日本にやってもらいたい」というのは、アメリカの国民はあまりはっきりしていないと思います。

 二番目の慰安婦問題とか歴史問題に関しては、私の印象としては、日本はあまりにも敏感になりすぎていると思います。「アメリカのどこかで、慰安婦に関して韓国系アメリカ人が活動している」などといちいち報道し、いちいち問題視して、いちいち総領事が行って議論を止めようとするとか、国会議員が非難するといったことは、非常に非生産的だと思います。 

 三番目の世界秩序に関しては、ストークスさんが言われるように、アメリカの世論のエリート層もロシアに対しては非常に厳しい態度を持っています。一方、中国に対して少し複雑なのは、安全保障面と経済面での態度の違いです。安全保障あるいは領土問題に関しての秩序の変化に対しては、アメリカは相当厳しく牽制しますが、中国の経済的な役割に関しては、中国は経済大国としてこれだけ大きくなってWTOにも加盟しています。AIIBなどに関してもアメリカの中でけっこう議論がありますが、中国が組織をつくるとか経済的な役割をもっと果たすことに関しては、アメリカはある程度認めざるを得ないという考えを持っている人が多いのではないかと思いますね。

藤崎:ご質問の三点について述べます。日本の役割について「アメリカが何を期待しているのか」を考える時期はもう過ぎたと思います。日本は自分の役割を考えればいいのであって、アメリカが何を期待しているかはどうでもいいとは言いませんが、そうではなく、自分で考えてアメリカに説明していけばいいのだと思います。シリアの難民問題については、一番大事なのは難民問題ではなく、シリアの問題にどう対処して難民が出ないようにするか、国際社会で考えることです。これは、はっきり言って、シリアの政権との関係をどのようにマネージするかという問題ではないかと思います。

 二番目に、歴史の問題については、「中国や韓国の対米広報が非常に有効である。大変多くの広報が行われているのに対して、わが国の広報は少ないので問題である」という議論がありますが、アメリカ国民はそれほど日本の対米広報を低く見ておらず、中韓の対米広報けて、みんなが影響を受けるほどのものではなく、それほど影響力を持っているとは思いません。他方、歴史問題というのは、日本から焦点を当ててみて多くの人の納得を得られるようなものではないので、よその国でこういう問題をあまり議論していかないほうが、日本としても好ましいだろうと思います。その意味で、フクシマさんがおっしゃったことは、私も理解できるところです。

 三番目に、力についての問題は、ウクライナの問題にしろ、中国の海洋法の問題にしろ、最初に警鐘を鳴らしていたのはアメリカで、2010年のARFのときにクリントン国務長官が本件を提起し、岡田元外相が一緒にこれを議論しました。そして、対ロ制裁もアメリカ等がヨーロッパ以上にリードをとって行ってきました。従って、国民レベルではわかりませんが、政府レベルでは相当しっかり対処してきたのではないだろうかと思っています。

工藤:世論調査にかかわる質問を一つだけ紹介したいと思います。

 今回の世論調査を見てみると、アメリカ国民の認識がいろいろなところで分かれているように見えます。普通、世論が大きく割れていると、それと政策や政治基盤とがつながって、世論の声を基盤にした政策体系ができるような気がしています。しかし、なかなかそうなっておらず、あくまで「世論は世論」というかたちになっています。ということになると、調査の対象になっている世論と、政策形成とは、どのような関係を持つのでしょうか。実際にピューは、世論調査と政策形成に対して何かの役割を果たす意欲を持っているのでしょうか。

ストークス:まず、Mr.ピューがもともと財団を立ち上げた理由の一つは、データや世論をきちんと把握することによって、政策決定により有為な、もしくは意義のあるかたちで影響を及ぼせると思ったからです。その意味では、世論調査の結果は政策決定に大きな影響を与えると思います。ただ、世論が正しくなく、それによって悪い政策決定に影響を及ぼすこともありうるわけです。歴史を振り返ってみると、世論の支持を得ていない政策は、多くの場合が持続できない政策でした。おそらく、そこまで一般の人に注目されていない政策であれば、世論の支持を受けていなくても継続することが可能だと思います。ただ、例えばイラク戦争などもそうなのですが、世論は一時的には支持していたものの、世論の支持が失われたときから撤退の議論が始まりました。ベトナム戦争も同様だと思います。ですので、世論調査は経年的に見ていくときっと影響力があると思います。

 ただ、一つの世論調査だけで「これがすべての世論だ」と言うことも危険だと思います。ピュー・グローバル・サーベイは、アンチ・アメリカのセンチメントが2001年、2002年にどれだけあるのか、という問題意識をもとに始めました。その時に、一般に結果を発表する前にホワイトハウスに報告しました。ホワイトハウスに行って「これは知るべきであろう。我々の想定と結果は違った」と伝えました。当時のコンドリーザ・ライス大統領補佐官には「これは事実ではない。このような結果はありえない」と無視されました。ただ、これも経年的な結果であり歴史的な傾向なのですが、そこで行ったリリースの中で、我々のデータ、つまり世論の方が正しかったということを発表しました。政権としても、長期的に見ると世論にきちんと反応していかなければいけませんでした。 

 オバマ政権は、世論調査により意識を払うようになってきたと思います。2009年、初めてヨーロッパを訪問した時も、まさに世論を意識した上での政策判断だったと思います。世論を否定することで、かなりの代償を払わなければいけないということを、アメリカ政府も経験したと思います。ただ一方で、一つの世論調査の結果に過剰反応してはいけないとも思います。世論調査によってすべての政策を形成してはいけません。一般の人は、必ずしもすべての情報を得ていません。もちろん、民主主義国家ですから世論の意見は重要です。ただ、一つの世論調査の結果で、しかもすべての情報を得ているという条件ではない中での意見ということで、過剰評価をしてはいけないところもあると思います。

フクシマ:一つの見方としては、これは健康診断のようなもので、「日米関係は今どういう状態か」ということを把握するために、一つの材料になると思います。逆に言うと、オバマ政権は他にたくさん問題を抱えているので、「世論調査を見ても、日本との間にはあまり問題はない」ということもあって、以前ほど日本に注目していないという側面はあると思います。ただ、冒頭に言いましたように、あまり長い間「問題がないようだから、無視してもいい」とか「問題がないから、努力しなくていい」という考えになると、非常に危険だと思います。ただ、あまり問題がなくお互いに信頼しているという調査結果は、ある意味ではグッドニュースだと思います。

藤崎:まさに、今お二人が言われた通りだと思います。官民いろいろなレベルでの文化交流など、たゆまぬ努力によってここまで来ているわけです。アメリカと日本が、放っておけば自然にこれほど良い関係をつくれるわけではありません。大変な努力の結果、今のようになっているものを、どのように維持していくのかという問題があります。長期間にわたって、世論調査はやはり大事だと思います。


問われる言論の役割

工藤:今日は2セッションにわたって皆さんにお付き合いいただき、有難うございました。私たちは、「世論」という存在が非常に大事だと思っています。つまり、世論が感情的になっていろいろな課題解決を抑制するのではなく、課題解決を世論がバックアップできるような環境をつくる。そこには言論の役割が問われています。今、世界が大きく変わろうとしていて、アジアの変化があり、その中でどう生きていけばいいかという模索、チャレンジが始まっています。その状況の中で、世論が模索しているような感じがします。その模索の状況が、今日の皆さんの質問の文面にもありました。これは世論調査だけで解決するわけではなく、いろいろな対話の中で議論を深めていって、世論の基盤をつくっていかないといけないと思っています。

 今日はこれで終わりますが、言論NPOは、10月に日米の対話、そして日米中韓4ヵ国の対話を、アジアの未来に向けて予定しています。そこでの議論を踏まえ、私たちは北京での日中民間対話に乗り込もうと思っています。今日はそのスタートだと考えていただければ幸いです。

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