日中間の領土問題は解決できるのか

2012年6月19日

出演者:
秋山昌廣氏(海洋政策研究財団会長、元防衛事務次官)
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表、前駐中国特命全権大使)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

第1部:東京都の尖閣購入問題をどう見るべきか

工藤:それではまずゲストのご紹介です。前の中国大使で今は宮本アジア研究所代表の宮本雄二さんです。次に元防衛事務次官で今は海洋政策研究財団会長の秋山昌廣さんです。最後に中国研究の第一人者である東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生さんです。
 早速ですが、一昨年の尖閣沖での漁船の衝突事件から非常に尖閣問題が大きな問題となり、去年も私たちの世論調査で一気に両国の国民感情が悪化しました。そして、今また石原都知事の尖閣の購入問題が出ています。ただ、政府は日中間に領土問題は存在しないとこれまで言ってきました。ただこういう状況を見ると明らかに領土問題があるのではないかという印象を受けます。私たちはこの問題をこのまま黙っていて、議論しないままでいいのかという思いを持っています。最初に領土問題を議論する段階に来ているのかから聞いてみたいと思います。宮本さんからお願いします。

日本政府は「領土問題は存在しない」と言ってきた

宮本:私はちょっと前まで政府にいましたから、まさに領土問題は存在しないということです。それは歴史的に見ても、国際法的に見ても日本国政府はそういう立場を取っていますし、それに対し何の疑問も抱いていません。ただ、考えた時に相手国が問題だと言った時に外交上の問題は残ると思います。例えば、日本と韓国で竹島の領有を争っていますけど、竹島はもう韓国が完全に実効支配していて、日本の大使が、竹島は日本の領土だと言うだけで韓国国民が激昂してしまうというケースがありました。だから、韓国が日本と話し合わないとこうなるのですが、しかし少なくとも外交問題としての竹島問題はまだ残っているはずです。
 そういうことから考えていくと外交上の問題として日本政府は何らかの対応を取らなければならないと思います。それが国際法的に見て領土問題が存在しているということにはなりませんが、外交上の問題として尖閣絡みの問題があるということは事実だろうと思います。それに対する対応はそれぞれ主張があるし、私、長く対中関係をやってきましたけど、実はこの問題の処理に相当時間を費やしていましたから、実際は外交上の問題として対応してきたということだと思います。

工藤:秋山さんはどう思われますか。今尖閣諸島非常に厳しい状況になってきていますが、これはどのような局面になっているのでしょうか。また今考えなくてはならない段階になってきているのではないのでしょうか。

国際社会に伝わっていない日本の主張

秋山:勿論常に考えなければいけない問題だと思いますし、今宮本さんが言われたように、日本政府が日中間に領土問題はありませんと言っている事自体、非常に正しいと思っているし、確信を持って言ってほしいし、僕もそう思っています。ただ、国際的なあるいは国際法的に日中間に領土問題はあるいは領土紛争があるかないかっていうのは中々難しい議論で、国際法的な観点から紛争とは何かという非常に難しい議論があります。ただ僕が言いたいのは、明らかに領土の問題について議論がある事は間違いない。それについて、領土問題がありませんということを国際社会に対して日本政府があるいは日本が主張していることが伝わるのかと言ったら全く伝わらない。日本の国際法上の考え方、立場、領土の問題についてはもっともっと発信しなければならない。そういう意味では議論しなければならないと思います。

工藤:高原先生は今まさにどんな局面に領土問題がなっているとご覧になっているのでしょうか?

高原:両先生の言っていることに基本的に賛成でどういう意味で日本政府が「ない」と言って、どういう意味だと「ある」と言っているのかを理解するのが基本的なポイントです。中国側は国力の増大もあって海洋行動を活発化させている段階です。日本側としては何か事件が起きると両国関係に大きく影響する。言論NPOでやっている世論調査でも事件があった年はがくんと感情が悪化することがあります。何とか現状を維持し、事件を防止することを真剣に考える、そういう局面であると感じています。

有識者アンケートで「尖閣」が日中関係の大きな障害になると多数回答

工藤:この討議の前に有識者を対象に言論NPOがアンケートしてみました。尖閣諸島問題が今後の日中関係に決定的に障害になると思いますかという質問をしたのですが、「決定的な障害になる」5.2%、「決定的ではないが障害になる」と答えた人が79.3%と約8割の人が、これが日中関係にとって非常に大きな問題になるとご覧になっていますが、この状況はどのようになっていくとお考えでしょうか。秋山さんからお願いします。

秋山:尖閣問題は、まず一つは当分解決しないということと、中国が尖閣諸島を自分の領土であるという主張をどんどん強めていって、抜き差しならなくなる可能性はあると深刻に考えています。中国も解決しようと思ったら、中国も考えなければならない。色んな手立てがあるはずである。それを考えないで進んでいる。例えば、一昨年の漁船が衝突した後、日本の色んな論調では中国が戦略的に仕掛けてきたという議論があるけれども、僕は全然そう考えていなくて、全く戦略の外で起こった問題に中国が非常に困惑したというのが僕の実感ですけど、それにしても中国政府はこの問題を解決するための手を打っていません。それ故、状況はだんだん悪化していると僕は思います。

工藤:高原さんはどうでしょうか。秋山さんが、段々状況が悪化するとおっしゃっていますけど。

意思疎通が十分でないと事態がエスカレートする可能性も

高原:日本の海上保安庁に相当するような海上法執行機関がありますが、そうした政府の船が条例を制定し、その条例を基に定期的なパトロールをすると称してよく来るようになっている話があります。それを中国側がきちんとコントロール出来ているのかいないのか、透明性が足りないため、こちら側が疑心暗鬼になるところがあると思います。そうした問題については、よくよく意思疎通をしなければ、何かアクシデントがあった時に事態がエスカレートする可能性もあります。今政府間で色んな話し合いが始まった所ですけど、危機管理が出来るようなメカニズム作りは大切だとの総論は両方分かっている訳です。

工藤:宮本さんは大使をちょっと前までやっていたわけですけど、今の状況はどうですか。今の状況はかなり厳しいと認識されていますか。

領土問題は白か黒かだ

宮本:要するにこういう領土の問題はそれぞれの国民感情にストレートに響きます。中国もそのような国民感情が外交部の手足を縛る状況が確実に出来ています。また日本は民主主義国家であるため、国民の世論、感情が政府を縛るというのは当たり前の話です。そうすると領土問題の取り扱い自体が神経質にならざるをえません。なおかつ世論の許容する範囲内で動こうとすると動く余地がほとんどなくなってきているというのが今の状況です。従ってこのままの状況が続けば、両国政府としてコントロールするのが難しい事態が出てくると想定するのが自然です。したがって、国民世論を背景に外交をやる場合、両国政府は益々難しい。すなわち領土問題は白か黒かです。そうなると両国で全く逆です。両国で逆な政府が対峙する訳ですから、ここで話をつけるのが非常に難しい状況になってきているというのが現状だと思います。

工藤:最近、石原都知事が尖閣諸島を東京都が買い取るという事で寄付を集めています。それに対しても有識者に聞いてみたのですが、賛成が56.9%、反対が22,4%、どちらともいえないが20,7%と。その理由が「国がやるべき事をやっていないから、次善の策として賛成」、「これまでの国の外交的な怠慢がある」等、国の領土問題への怠慢に対して都知事の行動に一定の意味を感じる人が多いです。現実的には日本人が所有しており、国が借り上げています。東京都になろうが同じ状況です。ただ、これに対して多くの人たちが話題にしているということはどういう事なのでしょうか。高原さんからお願いします。

国つまり海上保安庁は頑張っている

高原:誰が所有していようと、今と同じように海上保安庁が必死になって海を守る、領海領土を守るということは同じです。例の尖閣諸島沖漁船衝突事件の際に漏れたビデオを見ればわかるように一生懸命、国はつまり海上保安庁は頑張っているというのが私の印象です。国が何もやっていないというのはあまりにも現状を理解していません。ただもっとやってほしいという不安な気持ちは分からないでもありませんけれども、石原さんのやり方が一番いいやりかたかというと私にはそうとは思えません。

工藤:宮本さんはどうですか?確かに弱腰外交だという状況に共感している人が結構いらっしゃるのですが、どのようにご覧になっていますか。

宮本:中国に対して時代と共にこの問題の位置付けが変化してきていると思います。ある段階までは、多くの人が、高原さんもスタジオに来る前に言っていましたけれども、1992年の領海法、あれが1つの転換点ですけど、それまでは中国側からこの問題をあえて動かして日本の有効支配に挑戦をして、対応していこうという気配は小さかったと思います。従って、現状維持するという日本政府の態勢でその時は十分合理的だったと思います。それから中国がそれに対して日本の有効支配を否定するような動きを取らない限り、中国が未来永劫尖閣に対する領有権の主張を出来なくなるのではないかと。これが日本と根本的に違うのは、日本は相手国が何か一定の行為を取った時に公式的な立場でその行為を否定すれば、具体的な行動でそれを否定しなくても、国際法上否定した事になるというのが基本的な認識です。
 ところが、中国側はそのような認識ではなく、具体的な行動をとらないと否定した事にならないと思っていて、ということで具体的な行動を取って、それがエスカレートしています。従って、客観的な状況をみれば日本は何もやっていないように感じるのですが、その結果、両方が対抗措置をエスカレートした結果どうなるかについては後ほど私の意見を述べたいと思います。

工藤:秋山さん、今の話をどう思いますか?

どううまく陸上を実効支配していくか

秋山:今回の都知事の尖閣買い上げの問題は一つのインパクトを与えたことは間違いありません。それは要するに国が弱腰ということの反面です。でも、高原先生のおっしゃるように一生懸命国はやっています。実効支配の基本は陸上支配しなければならないのです。守るというのは大変で、海上保安庁の船を10杯持っていっても守れません。大量の漁船が来たり、大量の上陸を試みられたりしたら守れません。陸を守らなければなりません。これは東京都が土地を購入することとは関係ありません。例えば2000年代に国が借り上げたけれども、借り上げて陸上を支配すればいいのだけれども、あの時購入しても陸上を支配しなければ今と同じです。
 だから、土地の購入には関係なく、要するに陸上の実効支配をどうやって上手く確立していくのかを考える必要があります。例えば南シナ海の中国の実効支配は陸上支配しています。色んなものを建てて。そういうことをしないと実効支配というものは最終的に崩れて行くと心配しています。ただし最初からただちに上陸して作ると、今までの日中関係の尖閣の問題に関して日本から仕掛けることになります。どうやって上手く陸上を実効支配していくかというプロセスを上手に考えてやっていけばいいと思います。

工藤:うまく実効支配の陸上支配を行うにはどうすればいいのかということですけど、それをやらなくても、何となく現状維持の状況で推移しているというのが日本の外交だったのではないのでしょうか?

尖閣は、お互いが対抗措置をとらざるをえない段階に

宮本:先ほど言いましたように日本は具体的な行動を取らなくても立場を表明すれば国際法上担保できるというのが背景にあったと思います。そこが弱いじゃないか、何をやっているのかと言われた思想的な背景がそこにありました。中国はそのような考え方を取らなかったというわけです。従って、そこを対比すると我々は何もやっていなかったのではないかとこういう風に見えてくると思います。
 ただ、これからどうするかに関して言えば、私は今の段階はお互いが、日本は実効支配を強化する措置をとる、それはまさに秋山さんの言ったようなことをやらない限り実効支配の強化にならない訳です。それに対して中国は今の中国の現状では国内的に対抗的な措置をとらざるを得なくなっています。それは中国の公の船の来る回数が増えたように、色んな事が起こり得ます。そのステージにかなり前から入っていると言う現状認識を持つ必要があります。何らかの措置をとれば必ず相手側は対抗措置を取らなければならないというステージに、尖閣を巡る日中関係は今なっていることを認識しておく必要があります。

工藤:それに関してもう少し聞きたい事がありますけれども、取りあえずここで休憩を入れます。言論NPOの応援メッセージがありますのでご覧ください。

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