第9回日中共同世論調査をどう読み解くか

2013年8月05日

2013年8月2日(金)
出演者:
加藤青延 氏(日本放送協会解説主幹)
高原明生 氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
宮本雄二 氏(宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


議論で使用した調査結果はこちらでご覧いただけます。

なぜ、両国民感情はここまで悪化したのか

工藤泰志工藤:言論NPOの工藤泰志です。今日の言論スタジオでは、私たちが6月から7月にかけて日本と中国の共同で行った日中共同世論調査の結果について議論してみたいと思っています。

今、日本と中国の間は非常に関係が悪く、政府間の首脳会談を含めて色々なことの交渉が止まっている状態です。一方、尖閣周辺の緊張感が非常に高まっている状況の中で、私たちが気にしているのは、両国の国民が非常に感情を悪化させてしまっている、こういう問題を、私たちは真剣に考えなければならない段階に来ているのではないかと思っているわけです。

まずゲストのご紹介です。まず、元中国大使で現在宮本アジア研究所代表の宮本雄二さんです。次に東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生さんです。そしてNHK解説主幹の加藤青延さんです。よろしくお願いします。

お三方には、私たちが行っている「東京-北京フォーラム」を含めて、日本と中国の対話にも力を貸していただいています。


過去最悪の調査結果 ―両国民は今、相手国をどう理解しているのか

さっそく議論に入りたいと思います。私たちは中国と共同の世論調査を2005年からやっていて、今回で9回目です。今日そのすべてをお伝えすることはできませんが、中核のポイントのところをまず皆さんにご紹介して、それについて議論してみたいと思います。

まず非常に驚いたのが、相手国に対する印象です。日本人で中国に「良くない」印象を持っている人たちが、去年は84.3%でかなり深刻だと思っていたのですが、今回は90.1%まで増加しました。しかも「良くない印象」を持っている中国人は、92.8%と、今まで9回の調査で最高となっています。去年はこれが64.3%でしたから、この1年で28ポイントくらい一気に増加しています。 

時系列でこの9年間を見ると、今年になって、国民感情の悪化が、一気に表面化したようです。

宮本雄二氏宮本:ここまで悪化しているのか、と大変驚いています。このような結果になるのでは、という予感がなかったわけではないのですが、数字を突きつけられて唖然としているというのが率直なところです。これは、尖閣をめぐる問題で日中の感情が悪化したことを如実に表しています。それに加え、中国が経済規模で日本を抜き、中国にとっての日本の位置づけであるとか、経済的だけでなく軍事的にも台頭する中国、それを目にした日本国民の気持ちといったものが全部加味されてこういった数字になったのだと思います。


加藤青延氏加藤:私も今回の結果は大変衝撃的でした。日本人の中で、中国は嫌いだという悪い印象を持っている人の数が多いのは、ある程度分かっていたのですが、中国人で日本に悪い印象を持っている人は日本人よりは少なく、今まではややほっとしていたところがあります。しかし、今回それが逆転してしまった。それが、私には一番大きな衝撃ですね。どうしてそうなったのだろうかと考えますと、やはり尖閣諸島の問題がいろいろな形で中国のメディアで流され、その内容は中国の国民を刺激するような、日本を嫌いになるような論調が多かったかと思います。一時それが和らいだ時期もあったのですが、この調査が行われた時期には結構厳しいものが出ていました。やはり、私はこの尖閣諸島の問題が、単なる主権の問題だけでなく、歴史認識の問題とも結びついて、ますます増幅しているような感じがしてなりません。


高原明生氏高原:確かに日本と比べると中国側の世論の悪化が大きいですよね。日本側が10ポイントくらい悪くなって、中国側は30ポイント以上悪くなっています。これを見て両国の指導者はどのように感じるか、何を考えるかというところが非常に重要ですね。いま加藤さんからありましたように、中国側の世論の悪化の大きな原因は、去年の夏以来の猛烈な反日宣伝キャンペーン、これがある意味では大変効果的だったということを表していると思います。今回の悪化という結果を宣伝の成功とみるのか、それとも日中関係という非常に重要な2国間関係のあるべき姿という観点から、非常にまずい状況になってしまったと否定的にとらえるのか、中国の指導者にぜひ聞いてみたい。もちろん私たちは日中関係を発展させたいと思うわけですから、この衝撃的な数字を見て「このままではいけない。何とか、両国民の相手に対する感情を改善しなければならない」と、指導者が強く認識する数字になってくれればと思います。


メディアに影響される中国の国民感情

工藤:私たちもまさに、この結果を両国民がどう考えるかということで非常に重要な局面に来たと思うのですが、今回の調査では、相手国への「良くない印象」の理由も聞いています。中国ではやはり尖閣で領土紛争が起きて、日本が強硬な態度をとっている、ということを77.6%が理由として選んでいるのですね。ほかには、加藤さんがおっしゃったように、日本に歴史、戦争についてのきちんとした認識がないのではないか、という項目が63.8%と去年に比べて30ポイントくらい上がってしまっています。これが中国ではいろいろ効いているのだと思います。

一方、日本人が中国に対し「良くない印象」を持つ理由としては、尖閣の対立が53.2%ありますが、それだけでなく現在起こっている話として、中国が日本をとにかく批判するとか、宮本さんがおっしゃったような大国的な行動を中国がとることに対して気になっている、ということが合わさって9割になっている。ということで、日中で同じように印象が悪化しているのですが、理由は双方で異なっています。

皆さんにお聞きしたいのですが、世論調査の時には有識者アンケートも併せて公表していますが、数字をみる限りでは、一般世論よりは少し緩和されている傾向があります。この理由として、一般の世論つまり国民は、なかなか直接的な交流がないために、自国のメディアに影響される。ところが有識者は逆に中国を訪問したり、日本に来ていたり、知人がいたり、直接的な交流のチャネルを持っている人たちですから、メディアの影響を受けにくい。高原先生が「宣伝」というお話をされましたが、一般世論はメディア報道によってナショナリスティックな印象が増幅しているともいえる感じがします。いまの要因を踏まえた感想はどうでしょうか。


交流のなさがもたらす無理解とメディアの影響

宮本:やはり、日中関係、とりわけ中国の観点からすると、我々は歴史を引きずってしまっていると思います。間違いなく、中国の宣伝キャンペーンも意識的に歴史を煽った面があります。それは逆に言うと、歴史問題は中国の人たちの感情にはっきりと残っているので訴えやすく、今回はうまく刺激されて、尖閣と歴史が結び付けられてしまったという感じがします。他方、有識者に関して言えば、相手国に対する印象もそれほど悪くない。

日中世論の「相手国への渡航の有無」を見ますと、日本側は85.3%が中国に行ったことがないのですが、中国は97.2%が日本に行ったことがない。

工藤:ほとんど直接、相手を知らないのですよね。

宮本:それから「相手国の知り合いの有無」についても、日本は79.5%の人に知り合いがいないが、残りの人は何らかの関係があるのですね。ところが中国の96.2%の人には日本人の知り合いがなく、こういう人たちには宣伝がよく効いているということです。

工藤:そうですね、特にテレビが強い情報源になっている。

宮本:逆に言うと、関係が深まれば、日本人の知り合いを持たない中国の人に対してはもう少し底支えができるということだという感じがしますね。

工藤:やはり直接的な交流が非常に大事だということですよね。加藤さんにお聞きしたいのですが、9割という数字が、普通、世論調査上で持つ意味とは何なのでしょうか。ほとんどすべてが相手を嫌いという状況は私も非常にびっくりするのですが。

加藤:ほとんどそのように考えていいと思いますね。10人中9人というよりは、10人中10人に近いと考えた方がいいような数字ではないかと思いますね。ただ、有識者では少し数字が違ってきています。というのは、一般の方は日本政府イコール日本人、あるいは日本製品という結びつけ方をする人が多いですから、日本政府と関係が悪くなれば日本人も嫌いになるし、すべての日本製品が嫌だ、忌避したい、という気持ちになる人が多いわけです。しかし有識者は、いまの日本政府の考え方そのものについてはそれなりの反対があるけれども、その他一般の国民、あるいは日本の製品、日本の企業の活動といったものに対して、それとは少し切り離して考えている人もいるのかなと思います。ですから、理性的になって考えると、新しい政権、あるいは今の政権が違う外交方針を出してきた場合にはまた改善する可能性がある。今は9割の人がみんな「日本人が嫌い」「日本製品が嫌い」ということになっていますが、政治関係がよくなってくれば、逆に、日本人も日本製品もそんなに嫌いではなくなるという方向でグッと減る可能性がある。そういう意味で、一般国民の日本人嫌い、日本嫌いという数字はかなりぶれる可能性があると思います。

工藤:「日本といえば何を思い出しますか」と聞くと、普通は桜とか電器製品、日本料理とかなのですね。日本の国民は、中国といえば中華料理とかを思い出す人がまだ多く、4割くらいいて、まだ健全な思い出し方です。しかし中国は、日本というと今までは桜とか電器製品が多かったのが、今はもう釣魚島になってしまっています。

いかにそういう報道がなされていたかということもあると思うのですが、高原先生いかがでしょう。

高原:「良くない印象」を持っている理由として、一番多いのが尖閣の問題、二番目が、歴史について日本はちゃんと謝罪し反省していない、そう答える人がものすごく増えています。そこから逆に我々として何ができるかと考えると、歴史のことがずっと中国の人の心に引っかかっていることがよく分かりますので、特に要職にある人たちは、歴史に関する発言には、こういう状況であるからこそ細心の注意を持って、慎重な言動をとることが大変重要で、そこが大事なのではないでしょうか。


日本の覇権主義は「尖閣」報道から作られた認識ギャップ


  
工藤:次の話ですが、いつも私たちが気になっているのが、相手の社会・政治体制をどのように両国民が見ているのかということ、これは2005年から毎回聞いています。私たちはここでいつも驚くのですが、中国の人に「日本は今どういう体制なのか」と聞くと「軍国主義」だという人がいつも多くなります。今回の調査でもっと驚いたことは、中国の人たちの間では、今年は特に、日本が「覇権主義」だという人が去年からかなり増えて48.9%となりました。つまり、半数近い人たちが日本は「覇権主義」だと今年は判断した。2番目が「資本主義」で42.1%、3番目が41.9%で「軍国主義」が続きます。この認識が去年からかなり変わったことを、私たちはどう考えればいいのでしょうか。

宮本:中国側が尖閣がらみの問題をそう報道したからですよ。それまで誰もお互いに手を付けていなかった純真無垢な領土があって、そこに野蛮な日本が手を出して自分の手に取ったという報道になっているわけです。力で領土を取ろうとする日本ということで、力ずくで日本の意思を通す、人に押し付けるというのが覇権主義の最もシンプルな定義だと思いますので、それに見合った行動を今回、尖閣でやったと描かれてしまっているのです。

工藤:確かにそれは興味深いですね、中国の論調がそのように作られていたということが垣間見える感じで。

高原:いま宮本元大使がおっしゃった通り、もちろんイメージとしては、アメリカの覇権主義というものが中国の人にはインプットされていると思うのですが、覇権主義という言葉は力の強い国が、力を用いて自分の意思を相手に押し付けるというイメージでとらえられていると思います。中国に行ってテレビをつけると、軍服を着た女性キャスターが司会をして、軍事専門家なる人たちがずらっと並んで、日本がいかにこれから軍備を拡張して、このように中国に対して攻めてくる、といった宣伝を盛んにやっているわけです。

工藤:本当の話ですか。北朝鮮ではなくて、中国ですよね。

高原:もうびっくりしますね。我々はそういう実態をよく分かっていないのですが、その辺を分析検討し、指摘すべきことはちゃんと指摘し合う。相手にとっても日本の報道にいろいろ言いたいことがあるでしょうから、本当はそうしたメディア対話を、今年はやらないと、と、思っているのです。

加藤:私は非常にびっくりしています。本来、自衛隊というのは専守防衛ですよね。最近は敵基地攻撃能力をつけるとか、集団的自衛権を行使してよその国に行くとかいうことも言っていますが、基本は攻撃兵器がなくて守る一方のものなのです。その自衛隊しか持っていない日本がどうして覇権主義になりうるのか非常に不思議ですし、尖閣にしても、ずっと海上保安庁が沖縄返還後は一貫して持ってきて、その後まったく拡張していないわけです。にもかかわらずどうして日本が覇権主義と言われるのか、それを言うなら、中国の方がずっとすごいでしょ、というのが私のイメージで、自分のところを棚に上げてよく言えたものだ、というのは言い過ぎかもしれませんが、どういう感覚なのか非常に不思議です。

工藤:これは後から深めたいテーマです。中国国内で尖閣問題がどう語られているのか、垣間見たような気がするのですが、この辺りはもっとオープンに議論していなければいけないと思います。ということで、いったんお休みにして、次のセッションで議論を深めてみたいと思います。

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