日中両国民の認識ギャップにメディアが果たすべき役割とは ~メディア分科会 報告~

2019年10月27日

香港問題、ネット世論問題の本質は「少数意見の包摂のあり方」

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 メディア分科会の後半は、日本側が青樹明子氏(公益財団法人日中友好会館 理事)、中国側が王暁輝氏(中国綱(チャイナネット)総編集長)の司会のもと、行われました。香港問題をはじめ、中国の体制や主権にかかわるデリケートな問題について、日中のジャーナリストが率直に意見を交わす貴重な議論の場となりました。


自国のストーリーを伝えることが真の相互理解につながる

 まず、日中2人ずつのパネリストが問題提起を行いました。

 中国側の趙啓正氏は、(中国人民大学新聞学院院長、元国務院新聞弁公室主任、中国人民政治協商会議第11期全国委員会外事委員会主任)は、相手国に対する世論を形成するのはメディアの発信力であるとし、具体的にはストーリー、つまりその国のオピニオンを伝えることが重要だと強調。米国が世界で親しまれている背景には、各国の展覧会や大学の研究に出資する企業基金、そして米国人をヒーローとするハリウッド映画を通して米国のストーリーが伝わっていることがあると指摘し、この観点から、「本当の日本、本当の中国を相手国民に知ってもらうため、メディアは国民の心理にどう働きかけることができるのか」と問いかけました。


ネット社会で既存メディアは「見られる側」になっている

 大野博人氏(朝日新聞社編集委員)は、政府間関係の改善が進んでいるのに日本人の対中認識が改善しない要因について、日本人が抱いている中国への違和感を指摘します。特に、世論調査が行われた9月に活発化した香港の大規模デモの影響を挙げ、「香港の抗議活動を報道していた記者が警察に拘束されたり、中国政府がデモを『暴徒』と呼んだりしていることを、日本の市民は『自分たちの感覚と違う』と思ったのではないか、と述べました。

 さらに大野氏は、「他国についての報道だけでなく、中国が自国についてどう発信するかが問題だ」との見解を提示。今回の香港のような「異議申し立て運動」をどう報道するかが、その国の政府のメディアへの向き合い方が反映されている、とし、「それぞれの国のメディアが自国についてどう語っているかを、市民は見ている。メディアは『見られる側』になっており、ネット社会が発達する状況下では特にそれを意識し、自分たちの振る舞いを見直さないといけない」と投げかけました。


 劉華氏(参考消息デジタルメディア部副主任)は、伝統メディアのデジタル部門に所属する立場から、「8億人のスマホユーザーがいる中国では、伝統メディアも電子版のユーザー数が紙の発行部数を上回るようになった。日本の伝統メディアはニューメディアの台頭で経営が苦しくなっていると言われるが、中国の伝統メディアはニューメディアからチャンスを得ている」と紹介しました。

 そして、中国人の日本への好印象の要因を報道に求め、「都市化、環境保全、高齢化対応の取り組みはこれから中国が経験するものであり、中国は日本が先進国になった過程から学ぼうとしている。この観点からの報道が、中国人の日本への良いイメージにつながっている」と述べました。

 劉華氏は日本にも、バランスの取れた対中報道を要求。「建国70周年イベントについて、中国メディアは軍事パレードを報道しているが、日本の報道は警察の警戒強化や香港問題に焦点を当てている。それらは確かに真実だが、公正なものか」と問いかけ、「例えば、来年の東京五輪の際、日本の下流社会や、五輪に反対する市民の不満だけを中国メディアが取り上げたらどう思うか」と続けました。


 さらに劉華氏は、日中両国のメディア間は協力の余地があるが、信頼できるルートが欠如していること。さらに、今回の中国側の世論調査対象は中国の都市部住民、かつインタビュー調査に応じた人であり、必ずしも中国人全体の認識ではないと留意すべきであること、を指摘しました。

 日本側の2人目の問題提起者である五十嵐文氏(読売新聞東京本社 論説委員)は、日中に共通するネット世論の問題を取り上げます。同氏は、日本の京都アニメーション火災で多くのメディアが犠牲者の実名報道が重要と考えて報じたが、ネットでは批判一色で理解されなかったこと。米国NBAのチームが香港のデモを支持するツイートをしたことを受け、一部中国メディアが試合の放送を取りやめたことを紹介。「多様な世論が存在する中、一部市民によるネット世論の高まりに既存のメディアはどう向かい合うのか」と、両国のメディア関係者に問いかけました。

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香港問題の根底にある世界経済の構造問題

 ここで日本側司会の青樹氏が、後半の議題を「香港問題」と「ネット世論」の二つとすることで、休憩時間に中国側と合意したことを紹介。本格的な議論がスタートしました。

 中国側の王暁輝氏は、「今回のデモを中国政府が『暴動』と呼ぶことへの批判があるが、実際には地下鉄の封鎖や放火などデモの範囲を超えている」とした上で、日本など各国の報道における背景情報の欠如を問題視。逃亡犯条例改正が提案されるきっかけとなったのは、台湾で起きた香港人による殺人事件で、台湾と香港の間に犯罪人引渡し条約がなかったため、香港に帰った犯人を台湾に送致することができなかったことだと紹介。「他国の人はそうした最初にきっかけを知らず、その後に騒いでいるイメージだけが伝わっている」と指摘しました。

 山田孝男氏(毎日新聞東京本部政治部 特別編集委員)は、日本のメディアが香港に注目する理由は、中国の経済的台頭にあると発言。「中国が大きく発展し世界経済の支配勢力となったため、NBAの問題に象徴されるように、他国の企業やメディア、大学の研究内容まで中国の注文がつくようになり、世界的な問題となっている。日本も国際社会の一員として、その影響に注目せざるを得ない」と訴えました。そして山田氏は、日中など多くの国が互いに影響し合う国際社会で、自国の問題をどう改善しているか、より良いグローバル社会をどう築くか、という視点で、中国の香港への対応に敏感になっている、と、日本メディアの懸念を代弁しました。


 袁岳氏(零点有数デジタル科技集団董事長)は、「今の中国の若者は、外国を訪問したり、欧米のウェブサイトにアクセスしたりと、多様な情報ルートを活用している中で、認識が『理性化』していると発言。香港問題の背景にあるグローバル化の影響を指摘しました。

 劉華氏(参考消息デジタルメディア部副主任)は、「同じマスメディアの人間」として山田氏の懸念に理解を示し、「香港の暴動を引き起こした根本原因は、グローバル化と高齢化による社会の分断だ」と主張。また、中国の体制について簡単にレッテルを貼る日本メディアの姿勢を問題視し、「中国は独裁国家と言われるが、日本の政治家が中国IT企業の信用スコアを利用したとき、中国政府から何か質問されることはなかった」というエピソードを紹介しました。


問題の本質は香港人のアイデンティティ

 香港総領事館の領事を務めたこともある小倉和夫氏(国際交流基金顧問、元駐韓国・駐フランス大使)は、「世界の報道が見落としているのは、問題の本質は民主化や近代化ではなく、香港人は初めて『香港人とは何か』という自らのアイデンティティを真剣に考え始めたことだ、という新たな論点を提示します。

 これに対し中国側の金瑩氏(中国社会科学院日本研究所研究員)は、地域の自立を巡る動きは、日本の沖縄やスペインのカタルーニャなどにも見られるとし、このような同じ性質の問題を各国のメディアがどう取り上げているのか、分析したいと語りました。また、中国が監視社会により独裁を強化するのではないか、という日本の懸念に言及し、「中国は近代化以降の200年間、国家の統一を経験していない。中国人が国家の分裂に反対することは無視してはならず、香港の動きが台湾やウィグルなど他地域の離反につながることは中国国民から受け入れられない」と主張。さらに、「SNSでの発言が政治問題で大きな反響を引き起こすことに、私たちの社会は慣れていない」とし、「市民が自分の言動を反省する局面が来るのかどうか」と、ネット世論の問題にも言及しました。


既存メディアは世論を代表しているのか

 杉田弘毅氏(共同通信社 特別編集委員)は、香港とネット世論の問題に共通する論点は「少数派の意見を多数派がどう包摂していくか」だと発言。国内にいる異論を持った少数派に圧力をかけていくのか、あるいは少しずつ意見を汲み取っていくのか、という問題は、政治体制にかかわらず問われている、と語りました。

 さらに杉田氏は、「伝統メディアがネット世論に叩かれる要因は、伝統メディアが世論を代表していないと思われているからだ。メディアは選挙を経ていないのに、勝手に影響力をふるって言いたいことを押し付けているだけだ、と思われている」と指摘。「ネット世論に存在するポピュリズム、すなわち選挙万能主義と、Institute(制度)としての既存メディアの知見や経験とがぶつかっているが、選挙万能主義に押し流されると国の方向を間違えてしまう」と主張を展開しました。その上で、メディアがInstitutionとしての立ち位置を貫いていく中で、ネットに表れる少数意見をどう取り込んでいくのが問われている、と課題を語りました。

 最後に日本側司会の青樹氏が、両国ジャーナリスト間の相互理解につながる興味深い対話だった、と振り返り、3時間30分にわたる議論を締めくくりました。



【メディア分科会】参加者
日本側司会 小倉和夫  国際交流基金顧問、元駐韓国・駐フランス大使
パネリスト 青樹明子  公益財団法人日中友好会館 理事)
      五十嵐文  読売新聞東京本社 論説委員)
      大野博人  朝日新聞社 編集委員) 
      杉田弘毅  共同通信社 特別編集委員)
      園田茂人  東京大学東洋文化研究所 教授)
      山田孝男  毎日新聞東京本部政治部 特別編集委員)
中国側司会 王暁輝   中国綱(チャイナネット)総編集長)
パネリスト 趙啓正   中国人民大学新聞学院院長、元国務院新聞弁公室主任
            中国人民政治協商会議第11期全国委員会外事委員会主任
      韓 蕾    チャイナデイリーネット総編集長
      王 衆一   人民中国雑誌社総編集長、
            中国人民政治協商会議第13期全国委員会外事委員会委員
      金 瑩    中国社会科学院日本研究所研究員
      袁 岳    零点有数デジタル科技集団董事長
      陳 睿    上海?哩?哩(Bilibili)科技有限公司董事長兼CEO
      孫 宝印   中央テレビ局(CCTV)ニュースセンターアナウンサー
      劉 華     参考消息デジタルメディア部副主任

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