日本国民の対中認識が改善しない中、世界やアジアの将来を見据えた日中協力の具体的な姿について議論を開始する必要がある ―「第15回日中共同世論調査」結果を受け専門家3氏が一致

2019年10月17日

2019年10月17日(木)
出演者:
園田茂人(東京大学東洋文化研究所教授)
坂東賢治(毎日新聞専門編集委員)
加茂具樹(慶應義塾大学総合政策学部教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


⇒ 【言論スタジオ】第15回日中共同世論調査をどう読み解くか
⇒ 記者会見の内容を読む
⇒ 工藤の分析「なぜ日本人に中国へのマイナス印象が大きいのか」を読む
⇒ 「第15回日中共同世論調査」結果


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 「第15回日中共同世論調査」の結果を受け、中国社会に詳しい有識者3氏が、今回の調査結果をどう読み解けばいいのか、を議論しました。

 この中で3氏は、日中の政府間関係が改善に向かって動いている現状にも拘わらず、日本人の中国や日中関係に対する認識が改善しない理由は、米中対立の深刻化などの中で、多くの日本人の目は巨大化する中国やその行動に向かっており、日中関係に関心が深まっていないこと、「日本政府もその意義を国民に説明できていない」との見方で一致。新たな日中協力の具体化のための議論を開始する必要性が高まっている、ことで合意しました。

 議論には、東京大学東洋文化研究所教授の園田茂人氏、毎日新聞専門編集委員の坂東賢治氏、そして慶應義塾大学総合政策学部教授の加茂具樹氏が参加しました。


政府間関係の改善が進む実態に比べ、日中関係の現状を厳しく評価する日本人

kudo.png 司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、今回の調査の結果、日本に良い印象を持つ中国人の割合は大幅に増えているが、それに比べ、日本人の中国に対する意識の改善が進まない状況を説明し、その理由を問いました。

1.png 園田氏は「日本人は中国の政治を、中国人は日本の経済を見ている」と分析。日本人はメディア報道の影響で「国」としての中国に着目する傾向が強いのに対し、中国では経済や生活の視点から日本を見始めているとし、その背景に中国人の日本訪問があり、直接交流を通して日本への印象が改善されている、ことを重視しました。

 これに対して工藤は、12月に安倍首相の訪中が計画され、来春には習近平主席の訪日が決まるなど政府間関係の改善の動きが始まる中でも、日本人に現状の日中関係を「悪い」と評価する人が増えていること、を指摘、さらに日中関係の改善の有効な手段を問う設問でも、日本人では「政府間の信頼向上」が最多となったことを挙げ、政府間の実際の取り組みと国民の認識に乖離が生じている、と問題提起し、その原因を問いました。

bando.png 坂東氏は、「この一年、日中関係では大きな出来事は起きなかったが、米中対立を契機に中国の一党支配や人権問題がクローズアップされる中で、まさに調査が行われた9月に香港問題が起きた。日本人の多くはその背後にいる中国を見ていて、日中関係をまだ真正面にとらえることができないでいる」と語りました。

 
 工藤は、日本の意識構造が、日本のテレビなどメディアへの依存が強いことを指摘し、この間の日本のメディア報道の影響を問いました。

 これに対して、坂東氏は「我々メディアが香港の本当の姿を伝えているかは、考えるべきこともあるが、今回の香港問題は中国の強大化によって起きたもので日本とも無縁ではないと考える人も結構いる。中国がその不安感を消すことを日本と約束するまでは、中国に対する不安感はなくならないだろう」と語りました。 


 園田氏は、かつて国民の間で形成された「日中関係は悪い」という印象が固着しているとし、「政府間の動きはまだ地味で、そうしたイメージを壊すには弱い」と指摘します。

 日中関係の様々な問題を「わからない」と答える日本人が多いという調査結果にも触れ、日中関係改善を日本国民に印象付ける決定的な要素が不在である、という見方を示しました。

kamo.png これに関連して、加茂氏は、今回の世論調査ではほとんどの項目で日本人が「分からない」と回答していることを指摘し、「それほど中国の問題は複雑で、つまり、どのようにも考えられる。(印象を改善する)決定的にリードするものがないと、中国への脅威感によって中国を悪く見るという力学が働いてしまう」と、日本人の対中意識を改善するためより大きな動きがないとこの状況は変えられない、と強調しました。

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日中関係がなぜ重要か、両国民はまだ具体的な認識を持っていない

 次に工藤は米中対立が深まり、世界が大きく不安定化する中で日本がどういう立ち位置を取るのかが、決定的に重要な局面だが、そうした議論が双方で高まっていないことを指摘し、その上で世論調査では、世界経済の安定的な発展や東アジアの平和のために、「日中がより強い新たな協力関係をつくること」に、日本人は半数以上、中国人も6割以上が賛同していることを紹介し、その意義を問いました。

 坂東氏は、こうした回答を明るい兆しと歓迎した上で、「逆に言えば今の日中に安定した、この地域の平和の秩序を保つような協力関係は現在ない、ということに両国民の不安がある。これこそが、日中関係の未来にとっての答えだが、ただ、これは政府の責任だけではなく、新しい協力関係の構築のためには民間もその努力が問われている」と述べました。

 加茂氏は、安定した日中関係を構築するという意味では、「対米関係が悪くなったから日中関係が改善した」とか、「中国にとって日本の重要性が減少した」と、この調査に表れている表面的な現象だけに終始せずに、なぜ、中国が日本を必要としているのか、必要としなくなったのか、その本質を、日本人もしっかりと見ていくことが重要だとし、日中関係がなぜ重要なのか、そうした議論が両国民に起こっていないことこそが問題、との認識を示しました。

 また、今回の調査では、これまで中国人の中で誇張した見方として増えていた、日本を「覇権主義」「大国主義」と考える人が大幅に減り、新しい日本観として、「資本主義」や「軍国主義」「民族主義」というイメージが中核となったことに、加茂氏は「米国の行動に比べれば日本は覇権的ではない、と中国人は見ているのかもしれない。日本に対する評価が正しくなったのか、あるいは自国の国力に自信を持ってきたのかは、さらに分析する必要がある」と述べました。

 坂東氏は、「半分は自信の表れ」だと指摘したうえで、「日本を好きなグループなどがSNSを作り、日本を話題にしている。今回の調査では日本を「平和主義」とか、「国際協調主義」とか見る中国人が増えているが、SNSや日本への旅行を通じて、「覇権主義」とは異なる日本おイメージが中国社会に浸透している、可能性はある。

 園田氏は、海上自衛隊の護衛艦「いずも」の空母化や、航空自衛隊によるF35戦闘機の購入が中国では大きなニュースになっていることを紹介。中国は日本を巨大なパワーとは見なくなっているものの、米国と一体で軍事力を増強しているという脅威感は残っており、それが「軍国主義」のイメージにつながっているのではないか、という見解を示しました。

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北東アジアの平和に向けた日中関係安定化の必要性を理解している両国民

 続いて安全保障について工藤は、基本的な緊張感は日本で変わっていないが、中国で軍事的な脅威を感じる人が少なくなっていること、その反面、昨年から両国で運用が始まった「海空連絡メカニズム」だけでは日中の偶発的な軍事衝突を避けるには不十分だ、と考える人が両国で3割を超え、さらに北東アジアの平和を実現するための多国間対話の枠組みが「必要だ」とする人が日本で5割、中国で6割に達したことを説明し、この意識をどう読むかと、問いました。

 これに対し加茂氏は、「足元で米中対立が価値観を巡る争いに発展し、北東アジアがかつてない転換点に立っていることを、両国民は的確に認識している表れであり、それがゆえにこの地域に平和秩序が必要さ、という回答が多くなったのではないか」と述べました。
 

 坂東氏は、多国間枠組みの参加国として、日本人では「中国」を挙げる人が9割になっているのに対し、「米国」を挙げる人が減ったことについて、「日本人は日米同盟の維持を望みながらも、中国との関係を安定化させるシステムとして多国間枠組みが必要だと思っている。だから、日中が主要なプレイヤーとして参加することを期待している」との理解を示しました。

 また、朝鮮半島の非核化に向けた現状の外交努力について、日本人は「十分でない」が過半数、中国人は「十分だ」が7割超という逆の結果になったことについて、坂東氏は「日本人と中国人が考える朝鮮半島安定化の姿には相当な乖離がある」とし、中国人にとっての外交は中国と北朝鮮との外交であって、「習近平氏は、金正恩委員長と最も合っている首脳であり、中国と北朝鮮との関係が安定していることに満足してだけではないか」と語りました。


「自由で開かれた経済」を強く支持する中国人

 次に、工藤は、ルールに基づく自由貿易や開かれた経済秩序、多国間主義が重要だと考える人は日本人で7割、中国人で8割。またWTO改革への支持も日本人で5割、中国人で8割」と調査結果を紹介し、中国人の中に、ルールベースでの自由貿易に強い支持があるが、、中国の構造改革への支持にそれが繋がっているのか、と問いました。

 加茂氏は、自由で開かれた経済に対する中国人の支持が高い理由を、「中国の調査は都市部で行われて入り、まさに中国自身がこうした経済環境の中で発展し、生活水準を高めてきたであり、それ以外で自分の生活が高まることはあり得ない、と認識しているからではない」と分析。園田氏は、自身が中国で行った調査での経験を元に、中国人には、そもそも今の中国政府に対して、「これはおかしいのではないか」「違う見方もある」とは調査であっても言えない状況だと、言います。

 さらに「自由経済では勝者も敗者もいるが、敗者の声を代弁する政治勢力もいない。失敗は自分の問題であり、政府が提起する自由貿易とは関われない、それが支持になっているのではとの見方を示しました。

 坂東氏は、習近平主席が世界の自由秩序や多国間主義をリードすることに意欲を示している背景として、「中国国内にも、外圧を利用し構造改革を進めたい勢力が存在する」ことを指摘。ただ、そうした声が今回の調査結果にどこまで反映されているかはまだ分析が必要だ、としました。


中国人の自国メディアへの圧倒的信頼に潜む、日中関係の不安定性

 次に、工藤は、自国のメディアを客観的で公平だと考える人が、日本の1割に対し、中国では8割に上ることに注目。この違いを、どう考えるか、と問ました。

 これに対し加茂氏は「中国人の自国メディアへの高い信頼は、むしろ日中関係の不安定性を示唆している」と回答。日中関係には、政府間関係の悪化が経済面にも波及する構造があるとし、「共産党が望む日中関係の姿が世論に投影されているとすれば、政府間で何か問題が起きたとき、それが社会全体に悪影響を与えてしまう」と、一党支配のもと政府と世論が一体化していることの負の側面を語りました。

 坂東氏は、中国政府の宣伝担当者と対話した経験から、「中国のメディアは、自分たちは日中友好に貢献しているが、日本のメディアは貢献していないと思っている」と発言。「この20~30年、日本では『中国崩壊論』があふれていたが、実際の中国経済は強大化している」と述べ、日本の対中報道にバイアスがないか、メディア自身としても点検していきたいという意向を語りました。


世界やアジアを見据え、日中は共通の課題で共通の利益を見出せるか

 最後に工藤は、日中両国民の間で、今回の調査でもアジアが目指すべき理念や目標について、「平和」と「協力発展」が両国で多数となったこと、を紹介。このようにアジアや世界を見据えた日中協力を、今後進める上でのポイントを3氏に尋ねました。

 坂東氏は、「懸念している世界の課題」で日中の回答に地球環境など、共通項が多い結果に触れ、こうした共通の課題で共通の利益を見出せるかが、政府間外交でも重要になると述べました。

 これに関連し加茂氏は、今回の中国側の調査対象が、生活水準の高い都市部だったことに触れ、「中国の経済成長は日本との価値観の距離を縮めていく可能性が高い」と発言。この点からも、中国の発展を日本が支えていく意義があるとしました。

 園田氏も、日中の大学生同士の交流に携わった立場から、国民間の価値観が近いことに言及。「実際にどういう形で、どちらがイニシアティブをとって、どういうアジェンダ設定をするかで問題が出てくる」と述べ、日中が相対的な国力のベクトルの違いを乗り越えながら協力できるかがポイントだ、と語りました。


 最後に工藤は、「今までになくレベルが高く、日中関係に様々な見方を提供する議論になった」と総括。「世界が大きく変化し、その中で強大化した中国の隣に日本がある。この不安定な世界で日本がどのような立ち位置を取るか、決定的に重要な局面になっている」とし、「今回の調査結果と、今日の議論の内容を合わせて、日本の目指すべき方向を考えてほしい」と呼びかけ、1時間を超える議論を締めくくりました。

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