北東アジアの平和をどのようにつくり上げていくのか

2015年10月19日

2015年10月19日(月)
出演者:
宮本雄二(宮本アジア研究所代表、駐中国大使)
小野田治(元航空自衛隊教育集団司令官、元空将)
神保謙(慶應義塾大学総合政策学部准教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)



工藤:「この地域の平和をどう作っていくか」というテーマに私たちは挑戦しなければならないのですが、皆さんの話を聞いていると出てくる疑問があります。中国は平和秩序をどのように作っていこうとしているのか、という点です。「自分たちの秩序を作ろうとしている」ということはわかりますが、「平和的な秩序を作る」という発想があるのかどうかわかりません。宮本さんはどのようにお考えですか。


中国が目指そうそしている秩序は、未だ試行錯誤であり生成過程にある

宮本:中国はどういう秩序を作ろうとしているのかというと、それは未だ試行錯誤というか、生成過程です。このままではいけないと考え、習近平さんは2013年、14年と対外政策を整理し、「平和」や「共存」、「協力」といった新しいアジア外交方針を打ち出しました。しかし、実際に中国がやっていることと整合しないのではないか、という疑問があります。なぜなら、アジア外交方針を打ち出した1か月後くらいに防空識別圏を設定したわけです。中国国内には色々な考え方の人がいるので、そういう矛盾が出てくるのは国内の実態を反映している、とある中国の記者は言っていました。

小野田:宮本さんの「生成過程にある」という見方には、なるほどと思いました。例えば防空識別圏を2013年に設定した際、米国の識者から指摘されていたのは、人民解放軍の空軍が自分たちの力を国内的に確保するために強く出ているという見方です。これが正しいかどうかはわかりませんが、そういう見方は論理的に納得できる部分があります。

 そして、先ほどから中国の国際法への挑戦という話が出ていますが、私が最も注目していることの一つは、神保さんのおっしゃったように、南シナ海で中国はどのようなルールを作ろうとしているのかという点です。そして、もう一つは、今ロシアがウクライナや中東に進出してやっていることについて、中国は国際社会の出方を凝視している、ロシアの行動の帰結が国際的秩序にどう影響するかを学んでいるように見える点です。そういう意味で「生成過程」という表現に納得を覚えます。

 ここで重要なのは、将来志向でそういう点に切り込んで鋭く議論することが今我々に求められていることだと思います。アジアだけに視点を矮小化するのではなく、もっと視野を広げて中東で起きていること、欧州で起きていることも、国際秩序という観点で大きな試金石になることを忘れてはならないと思います。

工藤:今のお話は、今回の対話でも問われてくると思います。私も同じ問題意識を持っていて、以前、中国の方とお話しした時に、まさにそのことを議論しました。大国、しかも核保有国が、今の平和的な秩序に挑戦しているのではないかと。ワシントンで議論をしたときは、中国側の人たちが「経済発展に伴って、中国は今までの平和5原則を守ることは難しいかもしれない」と言うと同時に、ロシアを非常に重要視していました。神保さん、中国は今、平和的秩序を模索しているのでしょうか。


共存可能な領域をルール化するという発想ができれば、「平和・共存」の可能性が生まれる

神保:かつてであれば、中国の最大の国家目標は経済発展であり、それを「安定的に進めるための国際環境をつくる」という言い方で、周辺国との協調を正当化していました。しかし、ここ数年は「核心的利益論」を前面に出してきて、中国の主権・領土保全に関する問題と自らの政治体制の安定性を守ることに関しては、一切妥協できない、という姿勢を強めてきたわけです。そこには当然台湾が入り、海洋権益を守るという問題があり、新疆ウイグル・チベットを含む領土の統一性のような問題も含めるのですが、その範囲も伸縮します。これが伸びてくると、東シナ海も南シナ海も含まれるということになり、周辺国と共存可能な空間が押しつぶされるようになってしまう。このような言説を主体として国際環境を作ろうとする場合には、なかなか安定的に平和な環境を作ることは難しいと思います。共存可能な空間をどう作るかは今までの議論にある通りですが、航行の自由や共同資源開発などを、ルールをベースに進められるかも非常に大切だと思います。

 中国にとって現在の「核心的利益」は他国との共存不可能な領域ですから、これが広がるとゼロサムゲームになってしまいます。しかし、共存可能な領域をルールで作るという発想になれば、そこに「平和・共存」の可能性が生まれますので、このロジックをどれだけ伸ばせるかが重要な議論になると思います。

工藤:今のご指摘は、今度の対話でも是非行っていただきたいですね。まだ「生成過程」にあるのであれば、議論を真っ向から行い、あるべき方向に導いていく段階にきたといえますが、すでに凝り固まっているのであれば非常に困ったことになります。宮本さん、この生成過程において中国と対話して、中国は平和的秩序に対して何かを生み出す余地はあるのでしょうか。

宮本:あると思います。客観的事実として、中国が自分の意思を全世界に押し付けることは不可能です。そうすると中国はある段階で妥協を迫られます。その時に我々がどれだけきちんとした立場を堅持しながら、「それが正しい」と中国に納得させられるものを持ち続けられるか。これは一種のソフトパワーです。

 このルールに関して我々は絶対に妥協できない。「絶対に守るべきだ」と多くの国が同意したとき、確実に中国にとっての抑止力になります。そういうものを我々は前面に押し出していくべきです。多くの国々の賛同を得て国際的なルールを示し、守るのか守らないのかを中国に迫る形に持ち込まないと、安定した平和的秩序は実現できないでしょう。

 神保さんのおっしゃる通り、あのようなものを「核心的利益」と言われたら、我々も「これが核心的利益」と言うしかない。そうして双方が妥協できなければ、衝突コースを歩むしかなくなります。これはお互いにやってはいけないことです。

工藤:お話を伺いながら今度のフォーラムでどういう話をするか考えて、非常に楽しみになってきました。神保さんがおっしゃるような状況の中で、課題を共有してルールに沿って解決していく。そういう領域を拡大していくというチャレンジはできる気がします。また、北東アジアに色々な問題がある中でも、どのように平和的な環境を作るか、という議論も行いたいと思っています。小野田さん、これはどのように議論を進めればいいと思いますか。


自衛隊と人民解放軍の対話のチャネルをいかに増やし、広げられるかがポイントに

小野田:非常に難しいとは思います。ただ、対話には色々なレベルがあります。一番容易なのは「学」と「学」の対話、一番難しいのは「軍」と「軍」の対話です。

 米国と中国の関係を見ていると、軍と軍の対話が進みつつあります。もちろん、お互いに制限を持っているものの、リムパック演習というハワイ周辺で行う最も大きな演習に中国海軍が参加していますし、これを通じて米中の軍人の間で一定の対話が行われているのは事実です。残念ながら自衛隊と人民解放軍の関係はそこまで進んでいませんが、そうであるからこそ大きな改善の余地があると思いますし、希望を持っています。大切なのは、軍と軍が衝突してしまうと、政治も含めたすべての良好な関係が崩れてしまうので、それを絶対に避けるということです。世界情勢、経済情勢からして、中国も同様の考えを持っていると思います。ですから、軍と軍の対話のチャネルをいかに増やし広げるか、これが私の今回の対話の一つのポイントになると考えています。

工藤:私も軍と軍の関係の議論に参加し、非公式で司会をしたときに、軍関係の人は非常に現実的な議論ができると感じました。オペレーション上どうすれば戦争を起こさないか、衝突を回避できるかということで共通の話をできる余地がありますね。

小野田:人道支援・災害救援(HADR)への対処の中で協力できる余地が大いにあります。軍だけでなく警察や消防もそうですし、マレーシア航空370便が行方不明になったとき、中国は主導的な立場から色々な貢献をしてくれました。そういった面で我々が協力できる面は大いにあり、それを突破口に関係・対話を増やすことにはチャンスがあると思います。

神保:危機管理のメカニズムを作り、共通の利益があるところは増進していく、という2つの作用を同時に進めることが大切だと思います。危機管理の部分は小野田さんがおっしゃった通りですが、共通の利益をどれだけお互いに重要なものとして認識していくかは、もっと伸ばす余地のある分野だと思います。

 例えば、朝鮮半島の問題、つまり北朝鮮をどうするかという問題については、アプローチの違いはありますが、非核化という目標においては、日中そして米国は共通の目標を持っています。これをメカニズム化して対話を深めていくことは可能だと思います。

 小野田さんのおっしゃるHADRは、現在のところ二国間・多国間の軍事的な訓練や演習のメカニズムの中心的課題になっています。第三国を想定しない、共通の利益を増進する枠組みを通して軍と軍の関係を深めることは大変重要で、これに対しては人民解放軍もオープンな姿勢になっています。こういったインターフェースをどんどん増やす努力を、これからも続けなければなりません。日本はそれを中国に対する牽制に使うこともあるでしょうが、その枠組みを中国が参加できるものに変えていくこともあり得ます。中国が建設的な姿勢を示したら「ぜひ一緒にやりましょう」と言い、そうでなければ牽制な枠組みに変えるかもしれない、という柔軟なコミュニケーションを軍と軍の関係を通して行うことが大切だと思います。


日中両国民の多くは、北東アジアが目指すべき価値観として「平和」を挙げた

工藤:私は、外交を動かすときに重要なのは世論だと思っています。世論がナショナリスティックに動いてしまうと、外交は身動きができなくなります。しかし、言論NPOの大きな価値観は、国民が考えることにあります。「不戦の誓い」も、多くの人たちにどれだけ理解されたかを心配していましたが、今年の世論調査で北東アジアが目指すべき価値観に関する設問を出した際、自由・平等・法治・法の支配・人権などの選択肢の中で、日本人の7割・中国人の6割に選ばれたのが「平和」であり、続く形で多く人が選んだのは「協力発展」でした。多くの世論や国民が地域の平和を考えているのは非常に大きなことです。これをベースにして平和・秩序をどう作るか、という議論を動かさなければなりませんが、今回司会をされる宮本さんはどう思われますか。

宮本:私にとっては元気づけられる結果です。それだけ多くの人が平和を強く意識しているというのは、世論は「政府もそちらの方向へ進め」と考えているということですから、一歩を踏み出すための基礎ができたという気持ちです。あとはこれをどのように具現化するかであり、そのためには専門家の方々が知恵を出していかなければなりませんが、共通目標を確認することができるだけでも素晴らしいことだと思います。

工藤:今日のこの議論を聞いている方で、「続きを聞きたい」と思われる方もたくさんいると思います。私たちの中国との対話は、単なる議論ではなく、この地域の平和を作るために何ができるかを考え、そして実現するためのものです。皆さんも議論を聞いて考え、私たちの取り組みに皆さんにもご参加いただくような状況にしていきたいと思います。私たちは来週北京に行きますので、そこでまた報告したいと思っております。本日は皆さん、どうもありがとうございました。

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