安倍政権4年の実績評価「外交・安全保障」

2016年12月30日

2016年12月20日(火)
出演者:
神保謙(慶應義塾大学総合政策学部准教授)
道下徳成(政策研究大学院大学教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

セッション3:個別の評価

IMG_1348.jpg工藤:今まで議論は評価の視点につながるかなり大きな論点でしたが、今度は評価の具体的な話に入ってご意見を伺いたいと思います。

 まず、自民党の公約では「日米同盟を基軸に、戦略的利益を共有する韓国をはじめ、中国、ロシアなどの近隣諸国との関係改善の流れを一層加速する」とあるのですが、安倍政権の取り組みはこの1年間どうだったのか。それから、「オーストラリア、インド、東南アジア諸国連合(ASEAN)、欧州など普遍的価値を共有する国々との連携を強化する」とありますが、これはどうだったのか。そして、「北朝鮮の挑発行為に対して、制裁措置の厳格な実施とさらなる検討も含めて対応する。拉致問題は、米韓との連携強化や国連への主体的働きかけなど、あらゆる手段を尽くして被害者全員の即時帰国を実現する」という公約も含めたこの3つについて言及していただきたいと思います。

日中関係をどうみるか

michishita.jpg道下:まず中国についてですが、やはり中国から出てくる直接的な安全保障の課題というのは東シナ海、南シナ海、さらにより長期的には台湾という3点セットだと思うのです。実際、2012年以降、東シナ海で中国政府の船が尖閣諸島の周辺の日本の領海に入るようになってきた。防空識別圏みたいなものをつくってきた。それに対して、オバマさんが「尖閣防衛は安保条約の対象である」と言って一段落した。そうしたら、今度はフォーカスが南シナ海に移動して中国が色々な埋め立てを始めた。それに対してアメリカが「航行の自由作戦」ということで海軍の艦隊を送って牽制した。法的な措置としては常設仲裁裁判所が判決を出したということで、ある程度何らかのかたちは出来てきている。お互いにがっぷり四つに組んで、どの辺でバランスが取れるのかな、という状況ですが、南シナ海の現状は力の世界ではなく、説得と軍事的な示威行動を組み合わせて抑えるということで、ある程度かたちが出来てきました。

 東シナ海でも日本の海上保安庁が中心となって、とにかく「止める、入り込ませない」ための対応をしています。しかし、トランプ新大統領が台湾の総統の蔡さんと電話会談をしてそれに中国が強く反発するということで、台湾をめぐってまた新しい展開もある、と。この3点セットがフルセットになってしまわない方が良いと思いますが、なってしまいそうな雰囲気もある。

 日本の自衛隊が第一列島線防衛ということをやっていますが、これは当然長期的には台湾の防衛とも関係が出てくるわけですから、不幸にして全体がつながって大きい絵が出てきたわけです。逆に言えば、それに全体としてどう取り組むべきか、ということを真剣に考える時期になってきたと思います。

工藤:海も空も連絡網の体制が必要だということで協議も行ったものの、まだ出来ていない。それから、秩序形成においてまだ緊張感はある。にらみ合いという感じなのですが、それに対して何かの次の具体的な一歩が動いていないということでしょうか。

道下:ある程度のホットラインも含め必要な措置についてほぼ合意できているのですが、最後のところがまだできていない。最後というのは、要は尖閣諸島をどう扱うか、また、その周辺海域をどう扱うかということで合意に至っていないということです。

 ただ、米中間ではそういう海軍同士の危機防止措置というのができてきていますし、あるいは多国間の場でも海軍同士の事故防止措置も形成されてきていますので、日本側も島の帰属問題にこだわらずに広い意味での事故防止と危機の防止ということで必要な措置をとっていこうと中国に呼びかけ続けるというのは重要だと思います。

jinbo.jpg神保:まず、日中という2国間の文脈でみると、課題としては民主党時代から引き継いだ尖閣国有化後の日中関係をどうするかということと、2013年12月の靖国訪問ということがあって、なかなか改善の糸口をつかむことが難しい時代が続きました。それを2014年11月のAPECの際に行われた首脳会談で、いわゆる日中間の4点合意の下で、尖閣を含む東シナ海の海域にはそれぞれの解釈が存在するということを認め合うことによって、日中関係は軌道を回復し、かつ危機管理メカニズムにゴーサインを出すというところまで来た。ここは非常に力技というか、日本の国家安全保障局の役割も含めて外交が機動的に機能した1つの例だと思います。

 問題は、その後の展開が必ずしもスムーズではなかったということです。危機管理メカニズムについては、テクニカルなところで揉めて先に進まないというところがあるのと、今年に入って中国は「日中関係の改善には南シナ海問題が障害だ」ということを言い出した。南シナ海では日本はサイドプレイヤーだと思うのですが、それを切り離さずに日本に圧力をかける外交判断をとったということは、やはり日中関係というのは、色々な課題から独立して進んでいくような軌道にはまだ乗っていないということではないかと思います。

 南シナ海に関して、日本は当然、「法の支配」ですから、仲裁裁判の裁定も含めてフィリピン側を支持するというところで頑張っていくということは、それ自体は正しい判断だったと思います。しかし、まさに司法判断を仰いだフィリピン自体が、判断の結果を本当に実行の段階に移すのか、という問題が出てきている。例えば、ミスチーフやスビなど低潮高地がフィリピンの大陸棚の延長だと認定されたのであれば、そういうふうに埋め立ての問題を扱わないといけないというのが今後の展開かと思いきや、必ずしもそういう方向には向かっていないわけです。そうすると、日本が法の支配をベースにしてつくろうとしている海洋秩序がどこまで実行可能なものとして成り立つだろうかというところにきてしまったような気がして、なかなか難しい判断を迫られていると感じます。

 危機管理の早期構築や経済関係の増進、投資環境の拡大、お互いの人的交流の拡大については、誰もが疑いなくやるべきだと考えていると思うのですが、日中の戦略的関係をどう規定するかという構造自体については、色々な意味で揺るがされているというところが気になります。

オーストラリア、インド、ASEAN、欧州との連携は進んだか

工藤:「オーストラリア、インド、東南アジア諸国連合(ASEAN)、欧州など普遍的価値を共有する国々との連携を強化する」については、この1年間どうだったのでしょうか。

神保:基本的な方向性は非常に良いと思います。色々なところで戦略的な協議が行われ、制度面でも関係が深まっています。同時に、数年前に解禁した武器輸出三原則、防衛装備の移転に関する三原則というのが結構効いていて、防衛産業同士の基礎研究から実際の応用に至るまで色々なかたちで外交の裾野が拡大していますので、こういうものは非常に大きいと思います。これはイギリスもフランスもオーストラリアもインドもそうです。この辺りは徐々にプラスの効果が出ています。

 ただ、個別案件に関して全てプラスだったかというと、例えば、オーストラリアの潜水艦に関する入札の失敗があります。これは、日本にも反省すべきところが大きいし、最初の輸出案件にしてはあまりに大きすぎたということはあるかもしれません。また、日本の防衛産業と防衛省と官邸が利益をまさに統合してオーストラリアと交渉できたかというと、必ずしもそうではなかったような気がします。

 インドとは原子力協定に調印しましたが、インドも多角的な国ですから、日本との戦略関係だけが突出するという外交政策はとっていないわけです。かつての「ダイヤモンド構想」みたいなオーストラリアとインドとアメリカを四方で繋いでいくことによって、日本ががっちり秩序を固めるという構想は、必ずしもそんなにうまくいっているとは言えないと思います。

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工藤:日印首脳会談で安倍さんが何か新しい考えを出していませんでしたか。

神保:基本的には2012年のダイヤモンド構想の論文をどう評価するかという別の話なのですが、インドに行ったときはインド洋を安定的な海にしていくということをお互いに共有して、マラバールとかアメリカを関与させた合同訓練や、HADRという人道支援や災害救助の枠組みをインドと活性化させたり、経済を含めると高速鉄道とかインフラ整備とかも含めてがっちりと日印で利益を共有しようという動き自体は前向きに進んでいます。

工藤:日米同盟のハブ・アンド・スポークスの中で、だんだんスポークス同士が連携して、インドやオーストラリアなどみんなで中国を牽制するというような立て付けで動いているようにみえたのですが、それは順調に動いているとは言えないのでしょうか。

道下:基本的には順調にいっていると思います。ただ、インドだって当然中国は重要だし、東南アジアの多くの国々にとって中国は重要だし、オーストラリアにとっても中国は重要で、さらに日本にとっても中国は重要なわけです。中国があまりにもひどいことをしないように牽制はしますが、同時に中国とも良好な関係を維持しようとする、ということに対して、「インドなどは二股外交をやっていて日本は騙されている」という見方をする必要はない。彼らだって経済的には中国との関係から色々な利益を受けたい半面、安保上は懸念しているので、それは両方やればいい。そこはあまり気にせずに着々とやっていけばいいと思いますので心配していません。

 それと、武器輸出三原則の話が出たので付け加えておきたいのですが、確かにオーストラリアで潜水艦が売れなかったというのは、最初だったから仕方ないし、残念ではありましたが、一つ非常に良かったことは、F-35という新しく日本が導入しようとしている戦闘機の整備拠点を日本につくることになったことです。これは極めて重要で、もちろん日本が導入するF-35も整備しますが、それ以外のアジア太平洋地域でF-35を買う国のものも日本で整備することになる。これは武器輸出三原則の緩和がないとできないことでした。整備拠点というのはずっとそこにいるわけですから、長年F-35が運用される間ずっと日本がハブになるということで、これができたというのはあまり目にはつきませんが極めて重要な成果だったと思います。

北朝鮮問題

工藤:北朝鮮問題はいかがでしょうか。

道下:北朝鮮は、今年は2回核実験を行い、核兵器の性能や信頼性が向上し、小型化、軽量化が進んでいると考えてよいと思います。非常に残念なことではありますが、北朝鮮が使える核を持ち、おそらく日本に対しても核攻撃ができる状況になっていると想定して対処せざるを得ない状況になっている。

 ただ、日本はこの面では着々と手を打っていまして、特にミサイル防衛は、2003年にミサイル防衛システムを導入すると決め、その第1段階の配備が終わり、イージス艦に載せるSM-3というものと、地上配備のペトリオットPAC-3というものがもう配備されています。さらに、その能力向上型のSM-3のブロックIIAというものと、PAC-3 MSEという射程が伸びたものも導入することを決めて、これから着々と導入していくということでしっかり対応はしています。

 しかし、ミサイル防衛というのは非常に高価で、ミサイル1発が数十億円するという世界ですので、このコストをどう考えるか。今後違うタイプのミサイル防衛システムも混ぜ合わせてやる、あるいは攻撃能力も付加してそれとのミックスで抑止力を高めるとか、色々工夫する必要があると思います。同時に、北朝鮮に対する有効な制裁と強力な防衛というのはかなり進んでいるわけですから、これをうまく後ろ盾にして、北朝鮮をもうちょっとポジティブな方向に動かすための対話にどう取り組んでいくかというのがこれからの課題になると思います。

工藤:「北朝鮮の制裁措置の厳格な実施とさらなる検討、拉致問題はあらゆる手段を尽くしてやる」というのは努力はしているが成果は出ていない、それが実現するかどうか分からない段階ですよね。

道下:そうですね。ただ、今のところはまだ成果は出ていないですが、北朝鮮はそもそも孤立していますので、なかなか外部から制裁をかけてもあまり効果がないという面があったり、制裁をかける場合に最も重要な中国、つまり北朝鮮との貿易額が一番大きい国が、北朝鮮が不安定化するのを恐れて、制裁にあまり真剣に取り組んでいないということもありますので、仕方がないところはあります。

安定的な平和を実現していくためには何が必要なのか

工藤:自衛隊や安保法制下の具体的な動きについての評価に入る前に、神保さんの専門分野のことをお聞きしたいと思います。少なくとも今、安倍政権は安保法制など応急処置をしているけれど、将来この地域をどうしていくのかということのメッセージが政治レベルでは全然ない。だから、国民は専門的で非常にテクニカルな議論に巻き込まれてしまう。ただ、国民が願っているのはこの地域の平和だと思うのです。今は対立関係はあって緊張しているけれど、何とか抑え込んでいる状況です。この問題をどう考えればいいのでしょうか。

神保:平和は何によって成り立っているのかという議論にもよるのですが、一つは力、もう一つはまさに経済的相互依存、最後は制度みたいな話になると思います。力というものは常にムービングターゲットで移動をしているものですから、力による均衡が今成り立ったとしても、それが5年後に同じように成り立つかどうかは分からない。ただ、冷戦時と違うのは、米ソのようながっちりした2極構造ではないので、非対称的というか階段みたいになっていて、その中でどういう力があると「力による現状変更が起こるのか起らないのか」ということを米中も考えるし、日中も考えるし、フィリピンと中国も、ベトナムと中国もまた別のロジックで考える。「これだったら勝手なことできないよね」というかたちの力の構図ができるかどうかがすごく大事なポイントだと思います。

 よく「武器を与えるとarms raceが起きてしまう、安全保障のジレンマが起こるから良くない」と言われるのですが、ジレンマを起こさない防衛力の整備のためには、それぞれの国の相対的な力の関係がどうあるべきか、ということに日本はもっと積極的にビジョンを発揮して、「フィリピンの能力構築はこれぐらいがちょうどいいですよ」とか、「こういう装備とこういう兵器体系があるとこういうことができる」ということを、より働きかけていくような発想が必要ではないかと思います。

 それと、「最後は制度」と言いましたが、例えば、6者協議はなかなか復活しないし、ASEANからの拡大の考え方、東アジアサミットとか、ASEANの国防相級会議とか、非常に重要な会議であるものの、これらが実態的に中国や他の国の行動を変えさせるようなものになっているかというと、まだまだ間接的、限定的という感じはします。ですから、もっと制度の強化をしていって、まさに法の支配を制度の中に埋め込むというような外交をより強化するということを並行的に進めることが大事だと思います。

道下:あとは、パワーとパーセプションというのも関係があると思います。私は、毎年1回、中国の北京大学で学生20人ぐらいに対して日本の安全保障と外交の講義をしているのですが、そこで毎年言いますのが、「日本がバランス・オブ・パワーを維持して中国が無責任な行動をとらないようにするということを、中国の人たちは敵対的なものと考え、否定的に捉えることが多いのだけど、これは必ずしも否定的に捉えないでくれ。これは中国のために非常に良いことなのだ」ということです。

 なぜかと言うと、中国にとって一番良い道は、協調的で協力的なかたちで強い国になり、尊敬される大国になり、なおかつ国民の生活も重視する国になるということがベストであるわけです。しかし、国内に強硬派もいるわけですから、そういう人が力を使って中国の勢力圏を拡大しようといった場合に、内部にそれを止める勢力がないと中国は悪い国になってしまう。ですから、「日本がそうやって中国の強硬派が悪いことをできないように止めている間に、中国国内であなたのような若い人たちがどんどん頑張って中国を良い国にもっていくように努力をしてください。それで良い国になったら我々もハッピーだし、中国もハッピーです」と。

 だから、バランス・オブ・パワーは実は中国にとっても良いのだ、と。日本は戦前、日本の軍国主義的な拡大を止める国がいなかった。韓国も弱かった。中国も弱かった。アメリカはまだいなかった。それで、日本は暴走して自己破壊的なことをやってしまったわけですから、中国はそういう道を繰り返さないようにしてくれというメッセージを送り続けています。

工藤:中国がそれを理解することを祈っています。

日本の安全保障政策の評価

工藤:他にも評価項目はたくさんあります。「安全保障法制の施行に伴い、あらゆる事態に切れ目のない対応が可能な体制を構築する」、「自衛隊の人員・装備の増強など防衛力の質と量を拡充・強化し、統合機動防衛力の構築を目指す」、「尖閣諸島周辺海域での外国公船への対応、遠方離島周辺海域での外国漁船の不法行為に対する監視・取り締まり体制の強化など、海上保安庁、水産庁の体制を強化するとともに、遠隔離島における活動拠点の整備などを推進する」、「新ガイドラインに沿って、日米安保体制の下での抑止力の維持・強化に向けた努力を不断に行う。沖縄などの基地負担を軽減するため、日米合意に基づく米軍普天間飛行場の沖縄県名護市辺野古への移設を推進するとともに、米海兵隊のグアム移転など在日米軍再編を着実に進める」などです。これらについてもできる範囲で評価をお願いします。

神保:たくさん論点はあると思うのですが、安全保障法制と日米防衛力協力のガイドラインは非常に重要だと思っています。

 安全保障法制は必ずしも「中国が台頭したから」ということだけではなくて、過去20年間に積み重ねてきた増改築工事みたいな安全保障に関する様々な法制の束を、1つの基準に従ってまとめたという意味合いが非常に大きかった。その意味でいうと、これまで切れ目があったところを埋めていく作用というものは確かにあったと思います。切れ目というのは、事態の変遷に伴う切れ目、つまり平時、グレーゾーン、有事などこういうところの切れ目と、空間的な切れ目、つまり領域防衛、地域グローバルなどの切れ目が法律的にあった頃があったし、協力する他者との切れ目もあった。「アメリカだけなのか、それ以外の国とも一緒にやるのか」ということです。あと専門的になりますが、クロスドメインの切れ目というのがあって、宇宙、サイバーなど、いわゆるレガシー的な領域もありました。

 こういった問題意識から安全保障法制をつくった、というのが私の理解で、色々褒めるべきところもあるのですが、その中で課題を申し上げると、グレーゾーンの切れ目はまだ存在していると思います。特に、「海上保安庁と装備の拡大」を根本的に考えないと、中国海警局がこれから200隻体制になって、12000トンの船が出てきて、火力も強まっていくという状況において、果たして日本が法執行をできるのかという懸念があります。それに対してただ単に海上自衛隊を出すだけだと、それは日本から軍事的エスカレーションをするような法制度になってしまうので、もう少し切れ目を下から上げていくというか、法執行を強化するという方向で変えないといけないでしょう。

 また、防衛協力に関する問題もまだ残っています。もしかするとトランプ政権下で問題になるかな、と思っているのは、先程道下さんがおっしゃられたミサイル防衛の話です。これから能力向上型になるわけですが、そうすると必ずしも日本領域を目がけて飛んでこない長射程のミサイルでも、やり方によっては迎撃できる。そうするとグアムとかアメリカの前方展開部隊を目がけて飛ぶ、つまり必ずしも日本が直接攻撃を受けていないようなケース、自衛権の新3要件の中でも存立危機に相当するような定義の中では読み込めないようなケースでも、集団的自衛権の問題が発生する可能性があって、ここの法的担保というのは引き続き真剣に考えないといけないと思います。

 最後に、国際平和協力です。今の南スーダンの駆けつけ警護の問題も、色々と頑張って法律をつくったと思うのですが、その前提は20年前のPKO法なのです。それはカンボジアであり、ユーゴスラビアであったわけで、明確な紛争当事者の停戦合意があるという状況になってから現地に入っていくという法律だったわけです。しかし、今や越境型の武装勢力がPKOに危害を及ぼすような状況の中で、「停戦合意があれば安全だ」というのはやはり違う想定だと思います。これに合わせて、シームレスな安全保障体制の問題というのは未だにある。これをどう解決していくのかというのは大変重要であるというのが私の問題意識です。

工藤:あらゆる事態に切れ目のない対応が可能な体制は一応構築したが、まだ課題があるということになるわけですね。

神保:そうです。今ある法律をどう運用するかという問題もあるのですが、今回の法制度で十分に担保されなかった法的な問題もまだ残されているということです。

工藤:「自衛隊の統合機動防衛力の構築を目指す」というのは、これはもう構築されたのですか。

道下:構築しつつあります。例えば、離島防衛という意味ではそれを奪還するための上陸作戦能力というものを構築しようとしている。その一環として、陸上自衛隊から一部を切り出して海兵隊のような能力を持たせる訓練をやっています。

 それから、日米防衛ガイドラインが改定されて、日米の共同作戦計画をつくるというのが最終的な目標になりました。これが今、どういう状況かというと、共同作戦計画はやはり何らかのかたちで中国を対象としたものになるでしょうが、まだ中国との対立というのは、冷戦期のような対立ではないですし、日中ともに本格的な紛争を考えているわけでもないという状況においては、どちらかというと「ボトム・アップ・アプローチ」、つまり具体的な脅威に備えた作戦計画をつくり、そのために必要な戦力を整えるというよりも、とりあえず色々な能力を構築しておいて、状況が変化したらそれに従ってどう対処するかを考えていくという、積み上げ方式になっています。本当に脅威が迫ってきていたらそんな悠長なことはやっていられないわけで、ある意味でまだまだ中国の脅威は低レベルで、南シナ海でちょっと島を埋めたり尖閣の周辺に船が入ってきたりということにとどまっているからこそ、まだ少し余裕がある。できれば作戦計画まではつくらないで済むというのがベストなのですが、備えとしてそういう長期的な視点も持っておく必要があると思います。

工藤:統合機動防衛力の構築は目指して動いてはいるが、ゴールではない。まだゴールを描ける段階には来ていないわけですね。

道下:先程申し上げたように、東シナ海、南シナ海、台湾という3つの問題が連接しつつありますが、まだ冷戦期のソ連のようなグローバルな体系立った脅威というものではないわけです。

工藤:「尖閣諸島周辺海域での外国公船への対応、遠方離島周辺海域での外国漁船の不法行為に対する監視・取締体制の強化等、海上保安庁・水産庁の体制を強化するとともに、国境画定の起点等遠隔離島における活動拠点の整備等を推進する」という項目についてはいかがですか。

道下:遠方離島周辺というのは沖ノ鳥島などのことを言っているのだと思いますが、中国が沖ノ鳥島の法的地位に対して異議を唱えたり、新しい海底資源があるのではないかということで先手を打って中国のプレゼンスを誇示しておくという動きをみせていますので、実態として日本が実効支配をしているということを示す必要がある。そのために中国のそういう動きを牽制するということもしっかりやっていると思います。

日米安保と沖縄

工藤:最後に、「新ガイドラインに沿って、日米安保体制の下での抑止力の維持・強化に向けた努力を不断に行う。沖縄などの基地負担を軽減するため、日米合意に基づく米軍普天間飛行場の沖縄県名護市辺野古への移設を推進するとともに、米海兵隊のグアム移転など在日米軍再編を着実に進める」については、具体的にどう動いたのでしょうか。

神保:沖縄の戦略的な重要性というのは確実に高まっているにもかかわらず、沖縄県民の基地負担に対する感情はネガティブな状態が続いている。安倍政権、自民党は国政選挙で大勝を続けているわけですが、沖縄をみてみると全国的な動向とはまるで違う選挙結果が出ていて、現役の大臣でさえ落選してしまっています。そういうことを考えると、日米安保体制を支える基盤である沖縄の基地の維持、この中には空軍と海兵隊両方含むわけですが、特に海兵隊の普天間基地の辺野古移転というのが、当初思っていたようなペースでは全く進んでいない。特に、翁長現知事の下では国と県との訴訟合戦に発展してしまっています。今日、政府が和解勧告を受け入れた後のもう一度のパッケージにした裁判に関して、沖縄県の訴えが棄却されるので、法的には一応工事を再開する準備が整うわけですが、それが果たして沖縄県民の理解を得る方向で、あるいは沖縄県側の法的および物理的な阻害行動を中和するかたちで進んでいくのかというのは、全く不透明な状態です。

工藤:これは困難という評価ですか。難しいというか、まだ判断できないのでしょうか。

神保:2つ大事なことがあって、1つは仲井真前知事が辺野古に対する工事に基本的に許可を与えたことと、今回の司法判断でその許可が維持されるということです。これは日本政府側にとって極めて有利で、工事再開の基盤を整えるものになるのですが、それが完成までの数年間にわたって工事を粛々と進められるかというと、今後の沖縄の選挙の結果にもよりますが、極めて不透明な情勢です。

道下:判決は仲井真さんの判断は合法だという方向性ですが、これは法的な問題だけではなく、政治的な問題でもあり、安全保障上の問題でもある。このバランスが一方に傾きすぎたらまた揺り戻しがあるでしょう。今回の判決も基地の移転に推進するプラスの判決であるはずなのに、その直前にオスプレイが落ちてしまい、沖縄県民の怒りがまた高まっている。いつもこういうことの繰り返しで、コマが揺れながら結局同じ位置に留まっているというような状況です。

神保:あとは、事故が起きた場合どうするか。沖縄の基地のリスク度というのは高い状態がずっと続いています。もちろん、低減のための努力はしたし、プラスの進展もありますが、根本的な改善には全く至っていません。

工藤:日米同盟は強化していく動きがあるけれど、膠着した状況が続いていくということになると、外交と安全保障の評価をする際にはどうすればいいのでしょうか。こういう問題がずっと続いていても問題がないのか。それとも何か対策を考えなければならない局面なのでしょうか。

神保:辺野古の移転の問題というのは1995年に遡るわけです。もはや20年もこの問題がうまく進展していないのですが、その間日米同盟が根本的に揺らいだかというと、いくつか危ない時はあったものの、基本的には維持されています。もちろん、海兵隊の機能は新しい基地に移転し、安定的に使えるようになることが一番良いわけですが、次善の策というのは、普天間基地の機能を改修しながら維持をしていくというのが、消去法の結果の選択肢にならざるを得ないところがあると思います。

 あとは有事に対する追加配備や、様々な展開に耐えうるだけの日米の整備ができるかどうかという課題はまだ残されているので、そこをどうやってやるかというのをプランB的な話でやっていかないといけないと思います。ただ、正攻法はやはり沖縄県の理解を得ながら、お互いが譲り合って我慢して、日本の安全保障のために、あるいは沖縄県の振興のためにお互いの解を両立させるということしかないと思います。

工藤:今日は皆さんに安倍政権の実績評価をしていただきました。これから具体的に点数をつけていきます。

 安倍首相は日本の立ち位置や方向性を定めて、かなり活発に動いているのは分かります。しかし、想定を越えるようなかたちで世界情勢の大きな転換が進んでいる。それは日本にとっても他人事ではないという状況になってくるとすれば、基本的な方向性を崩さないにしても、何か新たな対応を考えなければならなくなってきているところに隙間が少しずつ見え始めてきているのではないか、と今日のお話を聞いていて感じました。実績評価をしていくにあたっては、こういったこともどのように位置付けるかということをこれから考えなければいけない局面になったと思いました。皆さん、今日はありがとうございました。

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