日本は本当に右傾化しているのか 「リアリズム外交が試される第2次安倍政権」 / 松本健一氏(麗澤大学経済学部教授、元内閣府参与)

2013年2月25日

松本健一氏松本健一氏(麗澤大学経済学部教授、元内閣府参与)


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 昨年(2012年)、日本政府が尖閣諸島を「国有化した」と朝日新聞が報道した7月以降、特に、12月16日の衆院選で自民党が圧勝した直後にかけて、米国の『ワシントンポスト』や『タイム』、ドイツの『フォーカス』など欧米の主力メディアが「日本の右傾化」について取り上げた。中国、韓国だけでなく、世界が「日本が右傾化している」と言い始めたのである。

 海外メディアの「日本の右傾化」論の背景には、一つに、これまでの日本の外交をはじめとする説明能力の不足に原因している。国際社会に日本の存在感やメッセージがうまく伝わっていなかった。そんな中、もともと「ナショナリスト」を自任する安倍氏率いる自民党が圧勝したことを受け、海外メディアが久しぶりに日本の動きに注目して、その目立つ部分だけを抽出した。海外メディアの報道では、「憲法改正」「国防軍の創設」といった発言を行う安倍首相の登場が、戦前の軍国主義、侵略主義のイメージと重ねあわせて、伝えられたのである。

 しかし、実際のところ、日本が、1930年代のように軍国主義に復古して他国(アジア)を侵略することはありえない。そこにはかなりの誤解や認識不足があるように思える。なぜなら、戦前の日本と現在の日本は憲法をはじめとする政治体制自体が完全に異なるからだ。戦前は政府から独立した形で、三軍の最高指揮権である「統帥権」を天皇が掌握し、それを楯に軍部の力が拡大していったが、今は違う。天皇の「統帥権」はなくなり、三軍の最高指揮権は民主主義の仕組みで選ばれた国会議員の互選による総理大臣にある。つまり、今の日本は、軍部が統帥権を楯に軍国主義に暴走できる政治システムになっていないし、それを許す体制にもない。

 フィリピンから、日本の軍事力拡大を期待する声もある。フィリピンは、中国とスプラットリー諸島(南沙諸島)の領有権でもめており、すでに、中国が島に軍事基地を建設してしまっている。中国が、覇権主義的・軍国主義的に東シナ海・南シナ海に進出し、それも海上権益を守るという発想で、空母さえつくった。フィリピンは、この中国の覇権主義的な動きに対抗できる国は、アジアには日本しかない、と日本の国防力全体に期待を寄せている。しかし、たとえ、フィリピンの要望に日本が応えたとしても、それはすでに日本の政治システムが戦前と違うことから、日本が軍国主義に復古するということはありえない。
 

安倍氏の海外評価は、左傾化といわれた民主党への反動から、過度にライトシフトと見られている

 海外メディアが、ライトサイド、右に移ったと言っているのは、左傾化といわれた民主党との比較があるからだ。2009年の衆院選で、民主党は、300議席を越える絶対安定多数を獲得し、保守基盤の自民党から政権を奪取した。民主党政権は、自民党との差別化を図る際に、たとえば、憲法護持、原発ゼロと言った。それらは理想論とすればわかるが、そのためにはどういう風に政治的手順を踏んでいくのか、工程をどういう風に作っていくのか、プラグマティックな実践として示すことができなかった。海外メディアのフィルターを通して見た場合、安倍氏は、その民主党の理想主義的な政治運動論と対比すれば、まさに、ライトサイドの象徴として映ることになる。

 安倍氏の登場は、民主党の「今までの保守体制をかえていく」という主張に対する反動として、民主党政権以前の自民党の主張に戻ったということに過ぎないが、世界では、それが過度に大きな変化として見られている。

 安倍氏の主張は、今になって変わったのではなく、2006年9月26日に発足し2007年8月27日まで続いた第1次安倍政権の言っていることと、ほとんど同じである。


第1次安倍政権で実践したリアリズム外交が語る、安倍氏の外交手法

 安倍氏は本質的にはナショナリストである。ベルリンの壁が崩れた後のグローバリズム時代には、「自分の国は自分で守る」。これがナショナリストの使命だ。ただ、安倍氏が揃えた内閣の陣容や党の周辺の人物を見ていくと、かなり右傾化といわれざるを得ないような陣容になっている。しかし、その政治的評価は実証的に行わなくてはならない。なぜならば、周りに右傾化を象徴するような人物を沢山集めているから、あるいは安倍氏自身ナショナリストであるからといっても、それは安倍政権が「右傾化」したということではないからだ。

 例えば、安倍首相は、昨年12月の衆院選の前も後も、尖閣については中国に一歩も譲らないという立場をとり、靖国神社については、自分の思想的な心情で常々参拝している、と言ってきた。安倍氏は、6年前に首相になった時も、まさにそういうスタンスだった。当時も、安倍政権誕生により日本が右傾化するのではないか、ということも言われていた。それに、安倍氏は日米同盟第一主義者である。そのため、小泉首相から政権を引き継いだ当時も、安倍政権は「中国との外交関係は壊れてしまっても仕方がない」という小泉路線の踏襲になるだろう、というのが大方の見方だった。

 ところが、実際、安倍氏がその時、最初の訪問国に選んだのが、中国だった。このことにより、自分の主義主張とは別に、外交というものは国際関係を重視したリアリズムに則っていかなければいけない、安倍氏はそういう風なことを考えられるリアリストでもある、という側面を示した。

 その当時、首相になる前の官房長官だった2006年の夏に、安倍氏は東京で開催された日本の言論NPOと中国メディアが共催する日中の民間対話の場である「東京-北京フォーラム」(第2回)に出席していた。日米同盟第一主義者の安倍氏と言われながらも、中国の大使も聞いているこのフォーラムのスピーチで、安倍氏は日中友好・互恵関係ということを言っても、日米同盟ということを一言も言わなかった。これが、中国にそのまま伝わった。翌日、中国大使が北京へそう報告し、安倍氏を中国に呼んだ方がいい、当然、安倍氏も首相になればまず第1に中国に来るだろう、というやりとりがなされた。

 安倍首相が、リアリズム外交を実践し、最初の外遊を中国に選んだということで、小泉政権下で5年間、外交が断絶していたような状況だった日中関係は改善し、友好関係に戻った。そして、今回、先の衆院選の前後には、安倍氏はある意味で、強固なナショナリスト振りを発揮していたけれども、首相になってみたら、「尖閣に公務員を駐在させるという公約は、条件としてあり得るけれども、すぐにやろうとは思わない」とか、靖国参拝に行くということはみずからの主義主張であると言うものの、「すぐに行く」とは言わず、「私の主義主張としては毎年行っているけれども、首相になったら、行くのか行かないのか言わないだろう」という言い方をしている。これは第1次安倍内閣の時と同じだ。

 そこに、安倍氏の政治的リアリズムが体現されている。そういうリアリズムがなければ、政治家は国家統治はやっていけないし、特に外交関係なんか作れるはずがない。

 当然、安倍首相はこれからもナショナリストが自分の理想があるにもかかわらず、外交関係の現実を踏まえ、あるいは国際社会の反応を十分に考慮したリアリズムを重要視する外交を展開するはずである。


日本のパトリオティズムの高まりと、覇権主義的な中国に対峙するナショナリスト安倍氏

 安倍氏が、ナショナリストであることは確かだが、本来であれば、郷土を愛するパトリオットであってほしいと私は期待している。ナショナリズム(国家主義)ではなくて、愛国主義であり、海外メディアの安倍氏の評価も、このパトリオティズムで説明されている場合もある。

 日本では、2年前に東日本大震災が起こり、パトリオティズムが強まっている。故郷を取り戻そうとか、津波で破壊された東北の石巻や宮古は我々の故郷であったという意識がもの凄く強まっている。原発事故の被災地となった福島にも、放射能の問題があって今は住みたくないけれど、本来あそこは私たちの故郷である、という考え方は強い。それを、「日本は右傾化している」とは言わないだろう。そうではなく、日本人の意識がパトリオティズム化しているということである。

 安倍氏の思想にも、本来的にパトリオティズムの側面がある。これは世界共通の考え方でもある。どこの国であっても郷土愛というものがあり、そしてそれが近代的に発展して、祖国愛となった。

 第1次安倍政権首相就任前の、2006年7月に出版された安倍氏の自著『美しい国へ』のなかでは、そういう思想の方向性も示されていた。

 加えて、安倍氏は、かつて私と懇談した際に、高校生時代から私の著書『北一輝論』の愛読者だと打ち明けたことがあった。北一輝は、「明治維新の本義は民主主義にある」と主張し、明治憲法における「現人神(あらひとがみ)」の天皇制を激しく批判した戦前の思想家で、「太陽に向かって矢を番ふ者は、日本其者と雖も、天の許さざるところなり(間違っていることをやっていたならば、それは日本そのものといっても許してはいけない)」という有名な発言がある。大隈重信政権の中国への日本軍駐留の政策に対し、中国革命家からは中国侵略と思われることから間違っていると、その対中国策に異を唱えた人物である。

 ナショナリストは、ただ単に自己中心的に国を愛するということではない。それは、エスノセントリズム(自民族中心主義)だ。いまの国の政策が間違っているとするならば、それは直していかなければならない。本当に国を愛する者であったらそういうふうに考える。安倍氏のナショナリズムも、そういうふうに言えば論理的一貫性をもつ。一方で、同じナショナリストでも、愛国心という言葉を旗印に使って他国を侵略・侮蔑しても良いじゃないかという考え方を押し通すのはよくない。それは排外主義である。排外主義は拝外主義の裏返しである。自国の誇りを守ることは大事でも、軍隊を使って誇りを通そうとする排外主義は、いざとなったら大いなる外国に頼ろうとする拝外主義の大いなる間違いになる可能性がある。

 今回、「安倍氏は勇ましい」と言われるのは、「国防軍」創設とのセットの発言が目立ち、特に海外向けにそう発信されるからである。だが、憲法改正の問題があり、「国防軍」はそんな簡単に作れるとは思えない。憲法改正は議員数三分の二で提議できるが、たとえ、自民党が三分の二の絶対多数を占めたところで、「国防軍」を創設するということになれば、自民党の中でも意見は割れるはずだ。それ故に、まず憲法第96条の憲法改正提議を議員数の二分の一で、という手続き改正にもっていこうというのである。

 安倍氏の「国防軍」を創設するとか、憲法を改正する、という発言が取り上げられているから、海外ではどちらかというと安倍氏が国家主義者か、軍国主義者ではないかと見られることがある。これまで説明したように、こうした発言が日本で現実のものになる可能性は全く考えられないが、ただこうした発言が、先の衆院選以降、彼の勇ましさを増していることは注意を要するだろう。

 ただ、この傾向は日本国内に限ったものではない。むしろ日本より先に、例えば独立を果たし、経済発展をして20~30年にしかならない韓国や中国国内でナショナリスティックな声が高まっている。そして、そうした声に対するリアクションとして、いま日本国内にそのような排外主義的な声が高まり始めている。中国の覇権主義的な行動に呼応するかのような、ネットでの自民族中心主義的なナショナリズムが日本国内に強まり、政治的リアリズムを欠くような論調が若干見られるようになっている。


国内の不満を押さえ、国を一つにまとめるためのナショナリスティックな安倍外交論調

 こうした傾向を安倍氏の登場と重なり合わせて、特に韓国、中国国内には、日本が軍国主義に戻るのではないかという懸念が出てきた。日本はそうならないと誰もが思っているが、アジア各国はかつて日本によって侵略された側だから、「もうそれは60年か70年前の話ですよ」とか、「日本には憲法で規定されたように、軍隊も国防軍もありません」と主張しても、文字で書いた憲法より、実際の戦争の体験で傷を受けた記憶をもつ人々にとっては、そちらの方が再び起こる可能性が強い、と思ってしまう。

 文字で書いたものは、例え憲法が国家の基本原理だと言っても、それは法であるからいくらでも改訂することができる。だから、やはり懸念の対象となる。中国や韓国の一部に見られる、ある種の軍国主義が日本に復活するのではないかと思っている論調の心情的根拠はそこにある。

 中国では日本が右傾化しているという論調が多いが、日本のナショナリスティックな精神的構造はその全てではないにしろ、特に"ネトウヨ"(ネット右翼の略称)が、むしろ中国の反日暴動に反応し触発されて強まっている。"ネトウヨ"の土壌は、日本社会にも中国と同様に、経済格差が出ていることである。大学を3月に卒業するが、前年12月の段階では60%から65%くらいしか就職が決まっていない。雇用の場も少なくなり、どんどん若者の給料が減っていき、経済格差自体が歴然としてきている。

 そこで、安倍首相がインフレ・ターゲットの政策をとって経済成長の刺激を与え、それで株価が上がり、円安になって輸出が増える。それを経済界としては歓迎するが、その結果として若者の賃金が上がるかと言えばほとんど上がらない。経済界は一息つくが、労働者の賃金は上がらず、若年層の不満はなおも蓄積される。

 そうした時に、「日本がそれほど苦しいのは中国の台頭や韓国の右傾化のせいだ」などと、ナショナリストの発言をすると、そのブログを読んでいるネットの右翼が、拍手喝采する。

 ある意味で、今の政治家は誰でもポピュリストでなければ当選できない。そのためには、大衆とくに若者の拍手喝采を受けるような政治行動(パフォーマンス)をするようになる。その根底には日本では近年の小選挙区制という選挙制度の欠陥もあるが、結果として政治の舞台に表れてくるのは必ずポピュリストたちである。

 ポピュリストが国家指導者になると、日本の外交は必ず失敗する。日本の場合、代表的なのが対華二十一カ条の要求という対中国侵略政策を行った大隈重信であり、あるいは昭和の日中戦争のときの近衛文麿である。国内の不況と、政治不信を外にそらそうとする政策、という意味で、今とあのときの状況はかなり似ている。ただ、これは、日本だけの話ではない。中国、韓国も同じである。

 ともかく、安倍氏もこうした状態では、「尖閣は1センチたりとも外国に渡さない」「尖閣を守るために公務員を駐在させる」など、外に対して強く言うことになる。国内の不満を全部外に対して強く出る、そういうナショナリストとしてのポピュリズム的論調が出てくる。結果とすれば、国民を一つにまとめることができる。


海外メディアの日本の歴史の理解不足と日本からの国際発信努力の欠如

 ただ、現在のこうしたポピュリズムの危うい傾向は日本に限った話ではなく、世界的な傾向である。それでも、日本の右傾化論が、欧米のメディアの論調に強く流れるのは、明らかに日本に対する誤解がある。中にはかなりいい加減な論調も多いが、基本的に日本の歴史に関する理解不足が背景にある。

 例えば、海外では日本が開戦をした時の首相の東条英樹が一番の軍国主義者、独裁者と思われている。だから中国の新聞に載るイラストでは、東条が操り人形みたいになって、軍国主義者として首が括られる絵が毎年出てくる。この東条内閣の開戦時に商工大臣をやっていたのが、安倍氏の祖父で後に首相となる岸信介。だから、安倍氏には元々あの侵略戦争を起こした内閣の大臣の孫という評価がついて回る。しかし、この岸氏が、東条の軍部独裁的なやり方に反対し、倒閣運動に加わり投獄されたことを知る人は少ない。また、安倍氏のもう一人の祖父である安倍寛は、東条の大政翼賛会に抵抗した経歴をもつ。つまり、こういう情報は外国メディアには全く出ない。  

 それで、安倍首相には岸という戦争犯罪人の孫、という単純なストーリーが形成されていく。国防軍を作れと言っている安倍氏は、祖父がやっていた軍国主義を復活させる、復古主義ではないか、と。

 今度の安倍政権の閣僚に入った石原伸晃氏もあの尖閣の国有化を促したナショナリストの「石原慎太郎の息子」と紹介され、前の総理の野田氏も、父親が自衛官だったことが、海外メディアでは何度も繰り返され、軍国主義日本のイメージを作り上げていく。

 日本には、侵略戦争を行い、軍国主義であったというイメージが日本についてまだ残っている。日本人自身はその記憶から切れている。その反面、憲法には、戦争は放棄します、武力は持ちませんと書かれていることはあまり伝わっていない。これは日本側のこれまでの説明不足も寄与している。

 今回の憲法改正の方向では、憲法では認められない事実上の軍隊が実質的に存在している。世界ではこんな矛盾した憲法は認められるのか、だから、自衛のための自衛軍というものを作るために憲法を改正していくという風に言えば、理解が広がると私は思うが、それをすっとばして、いきなり国防軍では誤解も招きやすい。

 逆に言えば、いままでそういう憲法と実質の矛盾を世界に伝えていなかったから、安倍さんのメッセージが、戦前の軍国主義や侵略主義のイメージで伝わり、それが日本の右傾化の主張であるという風に見られる。


リアリズム外交の実践と外交的 "友人"つくりが、国際世論を説得させるために必要

 こうした状態では、言葉で説明するだけでは駄目だと私は考えている。例えば具体的に尖閣の周りには日中の誰も近づけない、ということを日本と中国が合意した、と両首脳が握手するような写真が公開されたら、これは即世界に伝わる。米国はその周辺で不測の軍事衝突があり、米軍が出て行く事態を避けたい。アメリカが世界の保安官であった時代は終わったのだ。だから、米国のメディアで日本の右傾化が議論されるのは、そういう不測の事態をもたらすような日本の右傾化を我々は警戒している、という米国側のメッセージなのだ。

 つまり、日中は紛争を起さないでほしいと言うのが米国の立場であり、その米国の立場をうしろからバックアップするのが、米国のメディアの立場なのである。

 これが、要するに世界の保安官がない時代に「自分の国は自分で守る」戦略と外交のリアリズムであり、安倍政権に問われているプライオリティの高い課題なのである。

 さらに言えば、日本には外交的な友人が必要である。例えば、安倍氏の発言を聞いて、海外の首脳が、「彼の言うことは単純に戦前の軍国主義の復活ではない」と説明してくれたり、日本の立場を応援してくれる友人がいるのか、ということ。以前はマレーシアのマハティール首相のように「ルックイースト」と言って、日本を見習い、連携して経済発展したい、と、日本を評価する声もあった。そういう意味で言うと、まさに今日の日本はアメリカ従属となってしまったため外交ができていない。つまり、みんなの国が親しく、敵は作らない、でもどこの国も友達でない。こうした全方位外交やっていけたのは、アメリカという覇権国があり、そして、世界が冷戦といわれながら平和だった時代である。しかし、ポスト冷戦の今はどこで戦争が起こってもおかしくない。尖閣で起こっても、アルジェリアでも南沙諸島でも。そして、北朝鮮からもミサイルが飛んでくる状況である。

 こんな時代では全方位外交でなくて、日本のことは絶対信じますよ、とか、安倍氏はこういう風に考えていると応援メッセージを出してくれるような、そういう国が必要である。ところが、日本の右傾化が指摘される中で、そういう国は今一つもない。本当は中国の指導者が、もしくはインド首相が日本は右傾化していない、とか、そういうことを言ってくれたら、世界は一瞬で日本が右傾化していない、日本の主張は正しいと信じてくれるだろう。そういう国際世論の説得力は抜群だろう。

 そんな発言を、同盟国である米国も今では言えないことの方が問題なのだと思う。日本は日米同盟第一主義でやっていける時代ではないことを、明確に認識すべきである。


世界で注目高まるアジア太平洋地域の中で、自立した日本外交が安倍政権に問われている

 改めていうが、安倍政権の国内の民主主義政治に目を向けたとき、ポピュリズムの状況下では、右傾化していく不安は日本にないかといえば、それは日本に限らずどこの国にも同じようにある。どの国でも、ネットでは言論の責任もたないで、勇ましく強がるという主張はどんどん大きくなる。逆にいうと、各国の政府が今一番、苦慮している点である。これは、民主主義や言論の役割が、世界中に深刻に問われているグローバル下の情報、金融、経済の問題点である、ということである。

 要するに、日本は、国内の民主主義体制を強くすると同時に、外交的にいうと、友人をつくり、「日本が主張することは正しい」と言ってくれるパートナーが現れると一番いい。

 もはや、日本の外交は、対米か対中か対アジアか、などの単純な図式ではとらえきれない。米国は、アジア太平洋地域の政治や経済の「力」を認めているのであって、それ故に、自国の戦略をアジア太平洋にシフトしてきている。日本に存在力のある国になって、中国と紛争などを起こさず、米国のアジア太平洋への展開に役に立つよう求めている。これは、米国の「力」自体が落ちてきているという現実である。

 そのときに、米国は、「日本にパートナーとして協力してほしい」と言いたい。それが、TPPの問題になっている。しかし、日本には日本の立場というか、国益があると主張したほうがいい。普天間基地やオスプレイ配備の問題も含めて、いまなお米国の従属国であるかのように「我々も米国に協力してアジアに展開するお手伝いしましょう」というのではなく、「日本がグローバル下の世界の中で生き残るためにはまず何をしたらよいか」という発想の転換がなければいけない。

 安倍政権の外交課題としては、日本の自立が最初に求められている。自立は国防軍をつくることによってではない。日本が独自の外交を展開していくということだ。そこには、経済力の背景がありつつ、しかも日本は戦争を起こさないという形での、平和主義的な考え方によって、日本のプレゼンスを強めていくべきだ。安倍首相は、日本のプレゼンスを強めていこうという方向性は正しいが、そこで出しているメッセージが、若干、軍国主義の復帰ではないかと誤解される出し方になっている。そこは十分な注意が必要だ。

以上

松本健一氏(麗澤大学経済学部教授、元内閣府参与)

 昨年(2012年)、日本政府が尖閣諸島を「国有化した」と朝日新聞が報道した7月以降、特に、12月16日の衆院選で自民党が圧勝した直後にかけて、米国の『ワシントンポスト』や『タイム』、ドイツの『フォーカス』など欧米の主力メディアが「日本の右傾化」について取り上げた。中国、韓国だけでなく、世界が「日本が右傾化している」と言い始めたのである。

 海外メディアの「日本の右傾化」論の背景には、一つに、これまでの日本の外交をはじめとする説明能力の不足に原因している。国際社会に日本の存在感やメッセージがうまく伝わっていなかった。そんな中、もともと「ナショナリスト」を自任する安倍氏率いる自民党が圧勝したことを受け、海外メディアが久しぶりに日本の動きに注目して、その目立つ部分だけを抽出した。海外メディアの報道では、「憲法改正」「国防軍の創設」といった発言を行う安倍首相の登場が、戦前の軍国主義、侵略主義のイメージと重ねあわせて、伝えられたのである。