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<title>工藤ブログ</title>
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<modified>2012-02-01T04:58:33Z</modified>
<tagline>言論NPOで取り上げるテーマに対し、代表の工藤自らが論点整理を行い、問題提起、見解を発表していきます。</tagline>
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<copyright>Copyright (c) 2012, genron-npo</copyright>

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<title>野田政権100日評価と日本政治の行方 　有識者アンケートから見えてきた課題とは</title>
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<modified>2012-02-01T04:58:33Z</modified>
<issued>2012-02-01T04:07:43Z</issued>
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<summary type="text/plain">2012年2月1日 にダイヤモンドオンラインに寄稿した原稿です 2012年、新し...</summary>
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<name>genron-npo</name>

<email>info@genron-npo.net</email>
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<dc:subject>言論NPO 工藤泰志「議論の力」</dc:subject>
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<![CDATA[<p><a href="http://diamond.jp/articles/-/15946">2012年2月1日 にダイヤモンドオンラインに寄稿した原稿です</a></p>

<p>2012年、新しい年が始まり、政治の世界では内閣改造が断行され、消費税の導入を巡って解散話が連日、話題を集めている。<br />
正月から、言論NPOは、ウエブサイトで「2012年は決断の年」というメッセージを流し続けてきた。<br />
私が、「決断の年」と書いたのは、総選挙が近く予想されるからだけではない。<br />
この国の代表制の民主主義がうまく機能せず、統治の混乱が大きくなっている。<br />
こうした政治の状況を抜本的に変え、新しい変化を生み出すためにも、私たち有権者の決断が必要な局面にある、と考えるからだ。<br />
代表制民主主義とは、有権者が自らの代表を選び、その代表がこの国の課題で仕事をすることである。ところが、既存の政党政治は、私たちの代表者としてこの国の未来に競い合うのではなく、近づく選挙で、大義名分を自分のものにどうしたらできるのか、それだけのために行動している。<br />
その状況をどう変えるかは、有権者自身にかかっていると思うのである。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>先日、言論NPOは、「野田政権の100日評価と日本の政治の行方」と題した有識者アンケートを公表した。このアンケートは、私たちが7年前から行っている政権評価の一環として、自民党政権時代の安倍政権から、政権発足の100日後に行っているもので、今回が、6人目の評価となる。<br />
今回、私がその内容をここで紹介したいと思ったのは、私たちが考えるべき、この国の政治の論点が見事に浮き彫りになっているからである。</p>

<p><br />
<h3>既成政党への期待がしぼむ<br />
浮かびあがった新たな特徴</h3></p>

<p>今回もこの調査は約2000人の有識者に質問票を郵送やメール媒体で送付して行われ、うち423人が回答した。回答者はかなり男性に偏っているが、企業の経営者や企業幹部、メディア関係者、国と地方の公務員、学者・研究者、NPOや各種団体の関係者などが6割を超えている。<br />
最初に断っておきたいが、この調査書を送付したのは、100日目ではなく昨年の年末で実は政権発足から120日後のことである。これは、政府の予算案の決定まで調査の送付を延ばしたためである。この結果、政権の判断材料は出そろった上での調査だと、私は考えている。<br />
設問数は27で、２つの分野で構成されている。１つは、野田政権の100日目の業績や首相自身の資質に関する設問と、そして日本の政治の状況に関する評価である。<br />
その結果が、これまでと性質を異にしたのは、回答者の間に、既成政党に対する期待が少なく、新しい政治の変化を求めながら、政治の世界にこの状況を変えることを期待できない、そういう日本政治の課題が見事に浮かび上がったからである。<br />
この調査に対する回答者の意識を俯瞰するとこんなストーリーが見えてくる。<br />
第１に、野田政権の評価がこれまでの政権の100日と比べて相対的に高いのは、野田氏が消費税などこれまでの政権が先送りしてきた課題に取り組もうとしているからに過ぎない。しかし、野田政権にはこれらの課題に答えを出せる力はない、と多くは判断しており、解散総選挙後は、野田政権の継続を期待する声は少ない。そればかりか既成政党間での政権の交代自体が支持を集めていない。<br />
第２に、多くの回答者が今の既成政党を期待できなくなっており、解散後は、多くが政界再編などの新しい政治を期待している。しかし、そうした変化に展望があるわけでもない。この状況を本格的に変えるには、この政治の当事者としての有権者の覚醒に期待するしか、なくなっているという現実である。</p>

<p><br />
<h3>評価するのは消費税増税<br />
その他の政策評価は散々</h3></p>

<p>私が期待しているのは、このアンケート結果を皆さんが、どう考えるかである。</p>

<p>以下、少しこの結果をかいつまんでみていくことにする。<br />
まず、首相としての野田氏の資質に関する回答を5点満点で点数化すると、8項目の平均で2.4点である。<br />
この8項目では国民への説明能力や指導力や、閣僚などのチームや体制づくり、政策の基本的な理念や方向性が問われる。この点が高いのか、低いのかで言えば、基本的に満点の半分にも至っていないわけで、低いに決まっている。<br />
特に国民への説明能力や閣僚などの体制では評価は１点台と低く、それが全体平均を押し下げる形になっている。</p>

<div style="text-align: center;"><img src="http://www.genron-npo.net/politics/noda100days_a.gif" width="550" height="323"/></div>

<p><br />
が、この2.4点は6人のこれまでの首相の中では政権交代時の期待に乗って点数が高かった鳩山首相と並ぶ最高点で、前の菅政権の1.8点を大きく上回っている。<br />
こうした相対的に高い首相の評価は、これまでの政権が決断できなかった、消費税やTPPへの参加問題での野田氏の判断が強く寄与している。逆に言えばそれ以外の圧倒的に多くの政策課題で多くの回答者が、首相にその実行力を感じていない。<br />
野田政権は政権交代時の２年前の民主党のマニフェストに基づいて政策の実行をしているわけではない。そのため、所信表明での首相の発言を元に30項目の政策課題を国民との約束と判断して、アンケートではそれらの評価を求めている。<br />
結果は散々である。<br />
これまでの100日で「うまく対応できた」、あるいは「うまく対応できてはいないが、今後に期待できる」という回答が合わせて40％を超えたのは、ＴＰＰの参加問題と消費税の決断、復興庁の設置などの震災対策の３つしかない。<br />
「普天間基地問題」や「閣僚人事」、「無駄の削減」などの20項目は、「対応もしていないし、今後も期待できない」がそれぞれ50％を超えている。<br />
つまり、野田政権はこの３つ、より厳密に言えば、これまでの政権が答えを先送りし続けた、消費税の決断のみで相対的に高い評価を集める政権なのである。<br />
しかし、その野田首相でも今後に、期待する声はあまりにも少ない。100日後の野田政権に期待する回答は、17.5％に過ぎず、49.5％と半数が「期待できない」としている。</p>

<p><br />
<h3>政界再編を望む一方<br />
不安定な政治の継続を予想</h3></p>

<p>これに対して解散総選挙を求める声も半数を超えており、そのうち8割が、現在開催中の通常国会開催中か、閉会後を求めている。</p>

<p>私がややショックを受けたのは、総選挙後の日本の政治の姿に関する回答である。<br />
総選挙後も「野田政権の継続」を予想する声はわずかに5.3％、「野田首相は交代するが、民主党は政権継続する」とみる人は3.9％に過ぎない。<br />
さらに最大野党の自民党への政権交代も6.2％しか予想していない。<br />
逆に政界再編を見込む声は39.6％、そして不安定な政治の継続を予想する回答は32.5％もある。日本の政治に変化を期待しながらも、その先に期待を持てない、漂流する政治が、多くの回答者が抱く、選挙後の日本の政治の姿なのである。</p>

<div style="text-align: center;"><img src="http://www.genron-npo.net/politics/noda100days_b.gif" width="550" height="331"/></div>

<p><br />
こうした混迷する、日本の政治に関して、私たちはいくつもの質問を投げかけている。<br />
例えば既成政党に関する期待についてである。<br />
6１.8％が日本の既成政党に期待できないと応え、その理由として7割が「どの党も権力を取ることだけが自己目的となっており、選挙対策のために行動しているとしか見えず、日本の課題解決に挑もうとしていない」と答えている。</p>

<div style="text-align: center;"><img src="http://www.genron-npo.net/politics/noda100days_c.gif" width="550" height="344"/></div>

<p>こうした既成政党への不信は、民主党政権の誕生後に高まっており、鳩山政権の100日時点では38.6％、菅政権時の100日時点では47.4％、そして今回は61.8％と6割を超えている。<br />
さらに言えば、民主党の政権には8割がこれ以上期待できないと答え、自民党政権への交代も6割近くが、期待していない。</p>

<p><br />
<h3>代表制民主主義は機能せず<br />
代表を選んでいる実感がない</h3></p>

<p>日本の政治問題の現状認識では、もう１つ、重要な質問がある。<br />
それは、代表制の民主主義はこの国で機能しているのか、という問いである。先も触れたが、ここでは有権者が代表を選ぶという過程と、選ばれた代表がこの国の課題に挑むという、２つの過程があってこの民主主義が機能しているかが、判断される。<br />
それに対しては、7割近く（69.1％）が、機能していない、と答えている。<br />
この理由は、3つにまとめられる。<br />
１つは、自分たちの代表を選んでいる実感がない、そして、選ばれた政治家に日本の課題を解決できる能力がない、政党が政策軸でまとまっておらず、組織としての体をなしていない、である。<br />
この自分たちの代表を選んでいる実感がないと回答した人に、さらにその理由を尋ねると、最も多い回答は、「首相が党内だけで決められ、選挙が国民の民意を問う形で適切に行われていない」が59.1％と最も多く、小選挙区と比例区の重複立候補や選挙公約の曖昧さ、一票の格差など選挙制度の問題が続いている。<br />
こう見てみると、回答者の多くは、政権政党を交代させるだけでは、日本の政治が落ち込んでいる混乱を変えられず、政党政治や民主主義の在り方自体の見直しが迫られていることに気づいている。私たち有権者が直面している政治の問題は、それくらい重いのである。</p>

<p><br />
<h3>政治の混迷を<br />
打開できる主体は有権者</h3></p>

<p>最後に、私たちは２つの質問をこのアンケートで行った。<br />
１つは、代表制民主主義を機能させるために何が必要かであり、もう１つが、この日本の政治の混迷を打開できる主体はだれなのか、である。<br />
その答えはいずれも主たる答えは同じになっている。答えは有権者であり、有権者の当事者としての意識、である。<br />
さて、皆さんはこの結果にどんな感想をもっただろうか。<br />
結論はあまりに単純で、当たり前のことになったが、有権者に問われている課題は、あまりにも重いことがお分かりだろう。今、私たちに問われているのは、民主主義そのものを機能させ、民意を軸とした課題解決型の政党政治をつくり上げることなのである。　　</p>

<p><br />
<div style="text-align: center;"><img src="http://www.genron-npo.net/politics/noda100days_d.gif" width="550" height="398"/></div></p>

<div style="text-align: center;"><img src="http://www.genron-npo.net/politics/noda100days_e.gif" width="550" height="400"/></div>

<p><br />
その後も、政治の世界の混乱は呆れるくらい深刻なものとなっている。<br />
私自身は、今の野田政権は遅くても今の国会の会期中や会期末の解散は避けられないと、思っていた。野田首相が政治生命をかける「社会保障と税の一体改革」で５％の消費税増税を通すためには、対立する野党の協力が不可欠である。<br />
そのためには、消費税の増税の合意を前提としての話し合いでの解散しかない、と思うからだ。ところが、最近、野田政権はそこまで持たないのでは、という気持ちがしてきた。<br />
そう思い始めたのは、一部メディアに流出した年金試算の問題が、野田氏が主張してきた、一体改革の動きをとん挫させかねないからだ。<br />
この月7万円の最低保障年金は、民主党が2年前のマニフェストで掲げた民主党独自の年金改革案の柱である。が、厚生労働省の年金局に試算させた結果、消費税の大幅増税が避けられなくなり、その存在を封印し続けたものである。<br />
それが、1月6日の一体改革の素案で、突如、来年に法案を国会に提出する、と書き込んだことが、問題を表面化させることになった。<br />
政府として決めた以上、その試算も含めて全体像を説明する義務があるのだが、そこまで考えての文面ではなかった。<br />
多分、近づく選挙での民主党の独自性を残しておこうという、下心がこうした失政を招いたのだろう。ただ、これを決定する会議には野田首相も出席していたのである。<br />
野田政権の混乱は、首相への期待とは別に政党としての民主党の限界を露呈している。<br />
ただ、有権者から見れば、こうした政治の混乱は、日本の政治を変えるための始まりに過ぎないのである。</p>

<p><a href="http://www.genron-npo.net/politics/genre/generaltheory/100-39.html">アンケート結果の詳細はこちらをご覧ください</a></p>]]>
</content>
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<title>「野田政権の100日評価」有識者アンケート結果をどう見るか－言論NPOは新しい政治をつくり出す具体的な動きをスタートします</title>
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<modified>2012-01-30T13:15:28Z</modified>
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<summary type="text/plain"> 	「野田政権の100日評価」有識者アンケート結果をどう見るか 	聞き手：田中弥...</summary>
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<email>info@genron-npo.net</email>
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<dc:subject>工藤ブログ</dc:subject>
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<![CDATA[<table width="100%">
<tr><td width="237"><a title="動画をみる" href="http://www.genron-npo.net/kudo/podcasting/100.html#youtube"><img src="http://www.genron-npo.net/future/120130_top.jpg" alt="動画をみる" width="227" height="140" class="mt-image-none" style="" border="0" /></a></td>
<td>	<p><font color="#8fbc8f"><b>「野田政権の100日評価」有識者アンケート結果をどう見るか<br></b></font></p>
	<p>聞き手：田中弥生氏 （言論NPO理事)
	</p>
	<br><p><a href="http://www.genron-npo.net/kudo/podcasting/100.html#youtube"><font size="-1">⇒ 動画をみる </font></a></p>
</td>
</tr>
</table>

<p><br />
<strong>田中：</strong>工藤さんこんにちは。野田政権が12月10日で100日を迎えました。言論NPOでは自民党時代から、毎回100日評価を行っていますが、野田政権もその結果が出たということで、ハイライトを教えていただけますか。</p>

<p><strong>工藤：</strong>分かりました。今回は、現時点ですでに150日ほどになっているのですが、やはり予算が決まらないと100日といっても評価ができないので、今回は年末年始まで評価の期間を延ばしました。その上で、有識者2000人ほどに質問票をお送りして、434名の方に回答していただきました。それを分析して、ようやくまとまったという段階です。</p>

<p>　今回の調査は二つあり、一つは野田政権の100日時点での首相の資質と政権が取り組んでいる政策課題に対する評価。もう一つは、日本の政治の現状、そして日本の政治が今後どうなっていくのか、それから日本の民主主義がどういう段階にあるのかということをまとめて聞いており、それに対する見解を出しています。その意味では、日本政治の行方を考える上で重要な論点がかなり入っているのではないかと思っています。</p>

<p><strong>田中：</strong>政権の評価と日本の政治そのものの評価をされたということですが、まず、野田政権の100日評価の結果を教えてください。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p><br><h3>「首相の資質」については５点満点で2.4点。前政権（2.4点）と比較すると善戦</h3></p>

<p><strong>工藤：</strong>はい。先ほど田中さんがおっしゃったように、私たちは、100日間はハネムーン期間で温かく見守ろうと、ただし、それを過ぎたら有権者は厳しく見るということで、100日評価を行っています。</p>

<p>　ただ問題なのは、野田政権がやろうとしていることは民主党のマニフェストで示された政策とは違うわけです。民主党マニフェストは破綻している。そういった状況の中で野田政権をどう評価するかということが、今までの評価と違うところでした。100日評価は安倍さんから6回目で、毎回同じ設問を聞いているのですが、今回の野田政権に関しては、私たちは所信表明演説で野田さんが話した30項目を、国民の約束と判断して、その上でそれにうまく取り組んでいるのか、有識者の皆さんにお聞きして評価しました。まず首相の資質、これは<a href="http://www.genron-npo.net/politics/genre/generaltheory/100-39.html#1">「首相の人柄」や「体制作り」など8項目で評価</a>するのですが、5点満点中2.4点でした。</p>

<p><strong>田中：</strong>それは高いのですか？低いのですか？</p>

<p><strong>工藤：</strong>本当は5点満点の半分以下なので低いのですが、ただ、前の菅政権が1.8点とあまりにも低いために、それから見ると善戦しているという状況です。</p>

<p>　それから、<a href="http://www.genron-npo.net/politics/genre/generaltheory/100-39.html#2">野田さんが国民に約束している30項目（財政再建や社会保障、TPPや震災対応）について</a>、「うまく対応できた」「うまく対応できていないが、今後期待できる」「対応できておらず、今後も期待できない」という三つで評価してもらいました。その結果、「うまく対応できた」という意見が40％以上あったのは3つあって、消費税増税に対するリーダーシップと、TPP参加に対する首相の判断、震災に対して三次補正を組み、復興庁を作ったという点でした。しかし、それ以外の約20項目（社会保障や無駄の削減、普天間の問題などですが）については、「対応できておらず、今後も期待できない」と見ています。</p>

<p>　これを見ると一つの結論が出てくるのですが、野田さんは今までの歴代政権が取り組んでこなかった消費税増税などで決断したことに対して、相対的に評価されている。しかし有識者は、それ以外に関してはほとんど何もやれない、と見ているのです。先ほどの三つに関しては野田さんは評価されているのですが、それについても民主党の党内が反対しているので、こういった状況も含めて、今後にも期待できるかと、さらに聞いてみると、半数程度（49.5％）が「期待できない」といっている。ということは、野田さんはそこに政治生命をかけて、100日間でこの３つについて踏み込んだのですが、その実現をめぐっても野田政権は正念場に入っているなということが、このアンケートで見事に浮かび上がってくるわけです。</p>

<p><strong>田中：</strong>何となく報道を通じてのニュアンスと合致しているように思いますね。</p>

<p><br />
<h3>52.1％が「解散すべき」と回答し、そのうち8割が今国会中や国会直後に解散すべきと見る</h3></p>

<p><strong>工藤：</strong>つまり、歴代の100日よりは野田政権の評価は高いのですが、しかし今後はどうなるか分からないという局面に置かれていることがよく分かります。<br />
　そしてもう一つ大きなのは、この野田政権はどういう政権なのか、ということです。つまり、選挙で国民に提示した約束はもうほとんど総崩れしたわけです。しかも、総理は党内で選ばれているわけですから、代表制民主主義、つまり、有権者が自分たちの代表を選んで、その代表がきちんと国のために成果を出すというサイクルに基づいた、代表制の民主主義から今の政権を本質的に判断すると、これについては「正統性がない」と問題視している人たちが７割もいるわけですね。そして、<a href="http://www.genron-npo.net/politics/genre/generaltheory/100-39.html#3">52.1％もの有識者が「解散すべき」だと回答し、そのうち8割が、今国会中か国会直後に解散すべきだと考えているという結果</a>になっています。</p>

<p><strong>田中：</strong>正統性がない、有権者から選ばれていないという問題は、言論NPOはずいぶん以前から指摘していましたが、今回アンケートの反応で明らかになったことはなんでしょうか？</p>

<p><strong>工藤：</strong>日本の政治の状況をどう考えるかという問題にも関わってくるのですが、やはりいまの日本の統治や政党そのものに対する信頼が、なくなっているわけです。これに対して私たちは自民党時代からまずいと、政党政治そのものが壊れてきていると訴えてきたのですが、日本の政治や統治に対する危機感は、かなり高まっている。過去の100日評価と比較しても、民主党に政権交代してからこの傾向はどんどん強まっていて、「既存政党には信頼できない」という声が、今回はなんと61.8％と、6割以上もあるのですね。</p>

<p>　そうなると、今回の解散は、野田さんがうまくいかないから国民の信を問うてほしいというよりも、ここあたりできちんと、日本の政党政治、政治そのものを国民サイドで考え直さなければならない段階に来ているという危機感が高まっていることのあらわれだと、私は思います。</p>

<p><strong>田中：</strong>そうなりますと、解散後の社会がどうなっているかということですが、この点についても聞いていますね。</p>

<p><br />
<h3>既存政党への失望感から、有識者は政党政治に本質的な変化を求めている</h3></p>

<p><strong>工藤：</strong>私はこれがショックだったんですが、<a href="http://www.genron-npo.net/politics/genre/generaltheory/100-39.html#4">いま解散総選挙があった場合にどうなるか</a>という設問です。今は二大政党ですが、今回、民主党や自民党に対して期待する声はほとんどないわけです。「野田政権の継続」を期待する声は5.3％、「野田首相は代わるが、民主党を軸とした政治への継続」は3.9％、「自民党への政権交代」を期待する声も6.2％というレベルで、圧倒的多くの人々は、一つは「政界再編」を期待している（39.6％）、もう一つは、それもうまくいかずに「不安定な政治の継続」（32.5％）と日本の政治の混乱がかなり続くと見ているわけです。</p>

<p>　つまり日本は、単に政党や政権を交代する、ということから、本当の意味での日本の政党政治の不信、今までの政党政治からの本質的な変化を求めなければならない段階に来ていることを、有識者は覚悟し始めているということです。</p>

<p><strong>田中：</strong>失望だけしていてもダメなんですが、では、何に期待すればよいのでしょうか？</p>

<p><br />
<h3>政治の混迷を打開するのは、「有権者の当事者としての意識」</h3></p>

<p><strong>工藤：</strong>これに関しては関連する質問もしています代表制民主主義とは、政治は有権者が主役なんですが、この課程は有権者が投票して代表を選び、その代表者が日本の課題に対して成果を出していく、つまり課題を克服するという二つのプロセスに分かれます。この代表制民主主義そのものが機能しているかということを聞いてみたところ、7割が「機能していない」と答えているんですね。</p>

<p>　今の政権そのものをどうするかということ以上に、今の民主主義という問題について、うまくいっていない、と多くの人たちが見ている。ではどうすればいいのかということですが、それについては、「有権者の当事者としての意識」と回答する声が６割だったのです。<br />
つまり、民主主義の原点に戻ること。もう、永田町に答えはないだろうと、有権者が変わって、自分の問題として考えていかないと日本の政治は動かないだろうということです。一方であるのは、政党そのものが政策軸でまとまっていない、ただ人が集まっているだけだということが混乱として見え始めていますから、この政党が変わることと、選挙制度についても問題と感じている人も4割以上あります。そういう問題が、投票しても「この人が代表だ」と実感を持たない、という意識につながっています。こうした代表制民主主義を再び機能させるためにも、「有権者の意識」が問われているのです。</p>

<p><strong>田中：</strong>まさに自分たちが選択したことに対して責任を持つ、社会の課題について理解をしていくという「市民性」が問われているということですね。</p>

<p><br />
<h3>言論NPOは、新しい政治をつくり出す具体的な動きをスタートする</h3></p>

<p><strong>工藤：</strong>ただ、そこには一方で、私たち言論NPOとして問題があると思っています。</p>

<p>　有識者は政界再編を求めながら混迷が続くと言い、それを打開するのは有権者の意識と言っている。日本の政治の変化にまだ期待を持てないのは、そこには、有権者の意識が、どういう形で政界再編や新しい政治へのチェンジに結びついていくのか、見えないのです。</p>

<p>　それは言論NPOに対する一つの大きな注文でもあると私は思っているのです。つまり、私たちは日本に健全な輿論をおこし、その輿論で政治を変えなければならないといっているのですが、しかし議論だけで政治が変わるのだろうか、と。つまり、この健全な輿論と議論が、実際に新しい政治をつくり出す方向に向かわなければならないということが問われているのです。言論NPO自身も変わらないといけないと、思っています。</p>

<p><strong>田中：</strong>大きな課題を私たちにも突きつけられているということですね。</p>

<p><strong>工藤：</strong>2012年、この調査は私たちにとってスタートだと思っています。この調査から議論作りをし、また、もっと市民と色々な議論して、それを政治にぶつけ、日本の政治を大きく変わるための動きを始めていかなければと感じました。</p>

<p><strong>田中：</strong>ありがとうございました。</p>

<p>⇒ <a href="http://www.genron-npo.net/politics/genre/generaltheory/100-39.html"> 野田政権100日評価と日本政治の行方　― 有識者アンケート結果</a><br />
⇒ <a href="http://www.genron-npo.net/politics/genre/generaltheory/100-508.html">「野田政権100日評価」 434人の有識者の発言</a></p>

<p><a name="youtube"></a><br />
<iframe width="212" height="174" src="http://www.youtube.com/embed/k9uF5cY62LI?hl=ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>]]>
</content>
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<title>2012年を迎えての、新たな決意</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.genron-npo.net/kudo/archives/../podcasting/2012.html" />
<modified>2012-01-01T19:59:23Z</modified>
<issued>2011-12-31T15:00:25Z</issued>
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<created>2011-12-31T15:00:25Z</created>
<summary type="text/plain"> 	2012年を迎えての、新たな決意 	聞き手：田中弥生氏 （言論NPO理事) ...</summary>
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<name>genron-npo</name>

<email>info@genron-npo.net</email>
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<dc:subject>工藤ブログ</dc:subject>
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<![CDATA[<table width="100%">
<tr><td width="237"><a title="動画をみる" href="http://www.genron-npo.net/kudo/podcasting/2012.html#youtube"><img src="http://www.genron-npo.net/future/120101_top.jpg" alt="動画をみる" width="227" height="140" class="mt-image-none" style="" border="0" /></a></td>
<td>	<p><font color="#8fbc8f"><b>2012年を迎えての、新たな決意<br></b></font></p>
	<p>聞き手：田中弥生氏 （言論NPO理事)
	</p>
	<br><p><a href="http://www.genron-npo.net/kudo/podcasting/2012.html#youtube"><font size="-1">⇒ 動画をみる </font></a></p>
</td>
</tr>
</table>

<p><br />
<strong>田中：</strong>工藤さん、あけましておめでとうございます。<br />
今年2012年はどのような年になるのか、お聞かせいただけますか。</p>

<p><strong>工藤：</strong>2012年は僕たち有権者が日本の課題や未来にきちんと決断しなければならない年だと思います。</p>

<p><strong>田中：</strong>何を決断しなければいけないのでしょうか。</p>

<p><br />
<h3>有権者自身が国の未来を考え、決断する年に</h3></p>

<p><strong>工藤：</strong>昨年震災や原発事故が起きて、これまで日本が棚上げにしてきた問題がはっきり分かりました。原発の問題、それから社会保障や財政の問題。これらはこのままでは非常に厳しい状況です。実はこれらの問題は、課題としてこれまでずっと認識しながらも先送りにしてきたものです。一方で、今の政治の混乱を見て、日本の政治にはこういった問題に対して、きちんと解決をする能力も取り組む意思も無いのではないか、と多くの人が考えたはずです。しかし、政治というのは政治家だけの問題ではなく、民主主義の社会では有権者がその政治家を選んでいるわけですから、有識者にも責任があるのです。つまり僕たち有権者自身が、国の未来に関してきちんと考え、決断する。その結果今のような課題解決に向かい合えない政治を変える、そのような大きな変化を起こさないといけない年だと思います。</p>

<p><strong>田中：</strong>その点でお伺いしたいのは、有権者側の議論としてよく出るのは、「今の政党や政治家にはがっかりしているけど、ほかに選択肢が無い、選ぶものが無い」という意見をよくお聞きします。この点を工藤さんはどう考えますか。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p><br />
<h3>有権者自身が、日本が直面する課題に向かい合うことで、大きな変化をつくり出す</h3></p>

<p><strong>工藤：</strong>昨年の暮れに2012年はどのような年になるかについて有識者に緊急アンケートをしました。その中で、2012年は解散総選挙になると見ている人が６割いました。しかし問題はその解散総選挙のあとに日本の政治はどうなるのかという問いに対し、圧倒的に多かったのは、「政界再編」と「不安定な政治状況がこれからも続く」という回答でした。逆に今の野田政権が続くとか民主党の政治が続くと思っている人は３％しかいません。自民党の政治と答えているのも11％しかいませんでした。</p>

<p>つまり既存の政治の中で政権交代をしても課題解決はできないと見ています。今、有権者が求めているのは、思い切った変化なのだと思います。そのためには、まず政党そのものが課題解決をするために政策軸にまとまりなおさないといけない。今は、主張も考え方も違う政治家がただ集まって、ばらばらで何も意見をまとめられないといった状況なのです。つまり政策軸で判断できる、そうした新しい政治の動きを作っていかないとどうしてもこの課題解決に向かい合えないのです。しかし先ほどのアンケート結果では半分の人は政界再編しかないと答えていますが、そのうちの半分が政界再編してもうまくいかず政治の混乱が続くと見ています。この状況こそ、僕たちは2012年に乗り越えないといけないのです。あくまでもゴールは課題解決や日本の未来に向かいことであり、それに対してきちんと政治が機能する状況をつくらないといけない。</p>

<p>今年は選挙があるかもしれませんし、その時は有権者自身が判断しないといけないのです。そのときに田中さんがおっしゃったように政治家はどういうような政策軸で何を約束するかを見極めないといけない。その前提として有権者自身が日本の課題について真剣に考えないといけない。こうした有権者の動きが、日本に大きな変化を作り出すと思います。</p>

<p><strong>田中：</strong>そうなれば有権者自身が社会的な問題をどう解決するかについてより深く考えることによって政治のレベルもその相乗効果で上がっていくとお考えですか。</p>

<p><strong>工藤：</strong>つまり政治が強くなるというのは有権者が強くならないといけないのです。有権者が強くなることによって日本の政治や社会が強くなり、日本も変わると思います。</p>

<p><strong>田中：</strong>そこで質問ですが、ではその問題に対して言論ＮＰＯはどのような取り組みを2012年に行うのですか。</p>

<p><br />
<h3>健全な輿論をつくり出すため、有権者と専門家が共に議論を行う舞台をつくりたい</h3></p>

<p><strong>工藤：</strong>昨年の暮れに言論ＮＰＯは10周年となり、今年はまさにその新しい次の10年のスタートの年なのです。僕たちは日本の社会の中に健全な輿論（よろん）が必要だと思っています。つまり社会の空気に流されるのではなく、たとえ少数でも正しいことを主張する議論が大事だと思っています。ただ、それは単に議論するだけでは駄目で、議論を通じて強い輿論を大きくしていって、輿論の力で政治を変えないといけない。</p>

<p>日本の社会が未来に動き出すようにしないといけない。そのためにもきちんとした議論を作り出す舞台をこれまで以上に強化し、一般の市民や有権者が一つひとつに判断、決断するための議論をする。つまり専門家だけが議論するのではなく、有権者と共に議論をするという舞台をさまざまな形、例えばインターネットや携帯電話、そしてフォーラムなどの形でつくっていきます。その声を僕たちは政治にぶつけていく、そういった循環を作っていきます。</p>

<p><strong>田中：</strong>政治にぶつける、あるいは有権者と専門家が交わるようなプラットフォームを是非作っていただけたらと思います。</p>

<p><strong>工藤：</strong>今年2012年は私たち有権者が日本の未来に向かうための重大な年だと思います。さっきのアンケートでも7割の人が2012年は非常に重要だと答えています。世界では米国も含め色んな国で選挙が行われ、権力が問われます。日本も大きな世界の中の変化で、きちんと未来に向けた動きをはじめないといけない。そのために言論ＮＰＯは、今年、またがんばろうと思います。</p>

<p><strong>田中：</strong>はい。期待しております。よろしくお願いします。</p>

<p><br />
<a name="youtube"></a><br />
<iframe width="212" height="174" src="http://www.youtube.com/embed/GG6VPkH2MM8" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>]]>
</content>
</entry>

<entry>
<title>2012年、決断の年です。言論ＮＰＯは具体的な一歩を踏み出します。</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.genron-npo.net/kudo/archives/../diary/2012_1.html" />
<modified>2012-01-03T23:44:34Z</modified>
<issued>2011-12-31T15:00:10Z</issued>
<id>tag:www.genron-npo.net,2012:/kudo//18.4271</id>
<created>2011-12-31T15:00:10Z</created>
<summary type="text/plain">　新しい年の幕開けです。皆さんはこの年に、どのような思いがありますか。 　201...</summary>
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<name>genron-npo</name>

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<dc:subject>言論日記</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.genron-npo.net/kudo/">
<![CDATA[<p>　新しい年の幕開けです。皆さんはこの年に、どのような思いがありますか。<br />
　2012年、私は、この新しい年こそ、私たち有権者が日本の課題や未来を、きちんと決断しなければならない年だ、と思っています。</p>

<p>　今年、世界ではアメリカ、ロシア、韓国などの主要な国で大統領選が行われ、中国では指導部が交代します。日本でも総選挙は避けられない事態になっています。<br />
　しかし、新年、私たちに覚悟が問われているのは、国際政治のトップの交代時に直面したからではありません。</p>

<p>　この国自体が、現状のままでは国家破綻が避けられないほど統治の混乱が深まり、新しい変化が問われる局面になっているからです。</p>

<p>　それは、政治のトップ交代だけで解決できるような段階ではなく、政治自体の転換を私たちに迫っています。この状況が誰の目にも明らかになり、決定的な転機となったのは、昨年、2011年だと思います。</p>

<p>　３．１１には東北で大震災が発生し、原発事故はメルトダウンという異常な事態に陥りました。にもかかわらず政府の対応は遅れ続け、被災地の多くが未だに困難の最中にいます。そして年末には、消費税の増税を決断しようとする首相に対して、民主党の国会議員が相次いで離党する騒ぎになりました。</p>

<p>　多くの人は感じたはずです。この国の政党政治は機能不全に陥り、私たちの代表として機能していないのではないか、政治に安易に期待するだけでは、この国が直面する課題に答えを出せないばかりか、自分たち自身の生活や未来自体に重大な影響をもたらすのではないか、と。これまで遠い世界に感じていた政治やこの国の現実を自分の問題として考えてみなくては、と思った人も多いでしょう。</p>

<p>　新しい年に、その課題の全てが持ち越されているのです。</p>

<p><br />
　私たちに問われているのは、「民主主義とは何か」ということだと私は考えます。<br />
　本来、政治家とは私たちの代表であり、選ばれた政治家は有権者の代表として国の課題に挑まなくてはなりません。その業績評価の場こそ選挙なのです。</p>

<p>　民主統治には、そうした緊張感が必要だと、私は考えてきました。<br />
　問題は、私たちがそうした意識で政治を考えてきたのか、ということです。<br />
　私は野田首相が、これまでの政権が先送りし続けた消費増税にこだわることを評価しています。財政破綻や、高齢化の中で行き詰まった社会保障を立て直すことは、この国に差し迫った深刻な課題だからです。　</p>

<p><br />
　しかし、多くの政治家はいろいろな理由をつけてこの増税、つまり国民への負担の話を避け続けます。政治家という職業を失いたくないからです。</p>

<p>　一度、私も政治家たちに聞いたことがあります。答えは、そんな話を持ち出したら、選挙で勝てるはずはない。有権者は有識者とは違うというものでした。</p>

<p>　有権者を言い訳にして、政治が決断を避け続ける。こうして、この国は国家債務がＧＤＰ対比で200％にもなり、これから高齢化が急な坂を上るように進んでも持続可能な仕組みすら提起されず、国家破綻が指摘される事態にまで来てしまいました。</p>

<p>　こんな政治を当たり前と考えたら、出口を見出すのは不可能でしょう。<br />
　今の政党政治は、政策でまとまっておらず、権力を維持するためだけに集まっている"烏合の衆"です。昨年の年末、離党者が民主党から相次いだのは、その矛盾を抑えられず、党の分解が始まったということです。<br />
　これを私たちは政局として見るのではなく、民主主義の問題と見るべきなのです。<br />
今の政党政治は、国民の代表として課題に挑む、そうした仕組みになっていない。つまり、民主主義がうまく機能していないのです。</p>

<p>　私は、こうした政治はもう変えなくてはいけない、と考えます。</p>

<p><br />
　昨年の年末、言論ＮＰＯは、<a href="http://www.genron-npo.net/future/genre/economics/2012.html">有識者を対象に緊急のアンケート</a>を行いました。その結果は、これからの日本を知る上で示唆的なものでした。<br />
　９割の有識者が、新しい年は「日本の将来に影響を与える重要な１年になる」と判断し、その課題として「財政破綻」と「原発」と、「政党政治の立て直し」を挙げています。<br />
しかし、今年予想される総選挙後の「政治の姿」に関しては、既存の民主党や自民党への政権交代を予想する人は少なく、それぞれ４割近くが、「政界再編」と「不安定な政治の継続」を予測しています。<br />
　政治の変革が問われているのに、その出口が見えない。<br />
　こうした迷路に入り込むのは、この変革を政治にまだ期待しているからです。しかし、新しい変化を、政治の世界に期待するのは、もう無理だと私は考えます。</p>

<p>　では、誰がこの状況を変えられるのか。<br />
　それは私たち有権者しかない、と私は考えます。<br />
　これまで何度も触れましたが、民主主義とは私たちの人権や平等にもっとも適した制度ですが、　それ自体、不安定さや危うさを持っています。<br />
　この不安定さは、大衆の空気に支配され、それに迎合する政治や扇動する政治を期待してしまうことにあります。<br />
　こうした不安定さに私たちが流されてしまったら、この国は破局しかありません。</p>

<p><br />
　では、どのようにこの状況を変えるのか。<br />
そのためにも、これまで政治家を選んできた、私たちがまず変わらなくてはなりません。そして、政治家にお任せするのではなく、私たちが当事者として考え、決断し、それを政治に迫るしかない。その結果で、選挙での判断を決めることになる。<br />
そうした良循環を、政治の世界につくり上げるしかない、と私は考えます。</p>

<p><br />
　言論ＮＰＯは、次の10年に向けて２つの目的を掲げています。<br />
　<strong>「強い民主主義」</strong>と<strong>「健全な輿論の形成」</strong>です。</p>

<p>　強い民主主義とは政治家にお任せする民主主義ではなく、私たち自身が当事者として考え、政治を選ぶことです。そのためにも雰囲気に流されるのではなく将来に向けて責任ある意見を言い合う、そういう議論が必要です。</p>

<p>　そのための触媒役に、私たちはならなければいけない、と考えているのです。<br />
健全な社会には健全な言論や議論の舞台が不可欠です。これまでのこうした原点を大事にしながら、さらにそれを進化させて、議論の力で、この国に目に見える変化を起こさなくては、と考えています。</p>

<p>2012年、言論ＮＰＯは、そのための具体的な一歩を踏み出します。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>

<entry>
<title>民主主義の「危うさ」の中で、「健全な輿論」を誰が担うのか言論ＮＰＯの『次の１０年』に向けた覚悟</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.genron-npo.net/kudo/archives/../giron/post_32.html" />
<modified>2011-12-16T07:15:50Z</modified>
<issued>2011-12-16T06:46:56Z</issued>
<id>tag:www.genron-npo.net,2011:/kudo//18.4254</id>
<created>2011-12-16T06:46:56Z</created>
<summary type="text/plain">12月16日にダイヤモンドオンラインに寄稿した原稿です 「議論の力」で閉塞感を変...</summary>
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<name>genron-npo</name>

<email>info@genron-npo.net</email>
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<dc:subject>言論NPO 工藤泰志「議論の力」</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.genron-npo.net/kudo/">
<![CDATA[<p><a href="http://diamond.jp/articles/-/15368">12月16日にダイヤモンドオンラインに寄稿した原稿です</a></p>

<h3>「議論の力」で閉塞感を変えたかった</h3>

<p><br />
私が代表を務める言論ＮＰＯ（認定ＮＰＯ法人）は、先月末で設立10年を迎えた。<br />
それを記念して今月５日、多くの仲間が「祝う会」を開催してくれた。</p>

<p>ただ、これは単なるパーティではなく、この国の民主主義と言論の役割を考え直す、そういう日にしたい、ということで、「日本の未来と日本の言論」と題した討議が行われ、そして、私も一言、話をさせていただいた。</p>

<p>いさかか無責任に聞こえるかもしれないが、非営利で言論の役割を担うというある意味で無謀な試みを10年続けられることに、私自身、初めから自信があったわけではない。</p>

<p>仲間からは、これまでの10年はむしろ準備期間、これからが本当のスタートという、力強い激励もいただいたが、本当のところは、目の前に現れ続ける問題に全力で向かっていったら、あっという間に10年が経ってしまった、というのが実情である。</p>

<p>設立された頃は、国内では小泉政権が誕生し、そして、アメリカを襲った未曽有のテロ、「９．１１」直後で、まだ世界も国内も騒然としていた時だった。</p>

<p>言論ＮＰＯを知らない人には少し説明が必要になるが、10年前、私たちは強い民主主義のインフラには、当事者意識を持った「議論の力」が必要と考えた。当時から、この国の政治は課題を先送りし、未来が全く見えない状況であった。この閉塞感を「議論の力」で変えたかった。</p>

<p>極めて簡単に言えば、そのための議論の舞台が言論ＮＰＯ、ということになる。そして国内を代表する数多くの有識者がボランティアでこの試みに力を貸してくれた。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p><br><h3>有権者に判断材料や議論の場を提供</h3></p>

<p>ただ、この10年を振り返れば、別に私たちは、特別のことを行ってきたのではなく、当たり前のことに取り組んだだけに過ぎない。ここで言う、当たり前のこととは、本来、民主政治とは有権者が政策を判断して自らの代表を選ぶもので、政治家にただお任せするものではない、ということである。</p>

<p>そうした有権者に、自ら考えるための判断材料や議論の場を、提供しようとしたのが、私たちの主な仕事だった。</p>

<p>７年前、他に先駆けて政党のマニフェストや政府の政策の実行に関する<a href="http://genron-manifesto.net/">評価や議論</a>を公開した。それ以来、定期的にこれらの評価を続けているのも、そのためである。</p>

<p>そして６年前からは、中国との対話に取り組み、民間の新しい本気の対話の<a href="http://tokyo-beijingforum.net/">チャネル</a>をつくりあげた。私たちの議論づくりが国境を越えたのは、両国民間の相互理解を進めるには、「対話の力」しかない、と考えたからだ。</p>

<p>当時、日本と中国という２つの大国は政府間の対立が深刻化し、中国ではデモが多発し、国民間の感情悪化が加速した。誰かがこの状況を変えないと、大変な状況になりかねなかった。</p>

<p>もちろん、こうした事業がこの10年で成功したのか、といえば十分だとは思っていない。ただ、この10年で私にもはっきりと分かったことがある。<br />
それはこの国の民主主義の不安定さであり、「危うさ」である。</p>

<p><br />
<h3>野田首相の気になる発言</h3></p>

<p>野田政権は12月10日で、政権の運営を始めてから100日が経過した。ハネムーン期間の100日後から、私たちは毎回、政権の評価を始めるが、この間の発言で特に気になったのが、野田首相がある経営者の集まりの講演で使った、「捨て石になる」という言葉である。</p>

<p>一国の首相が、「捨て石になる」と言うのは尋常なことではない。</p>

<p>多分、野田氏は消費税の増税に対する不退転の決意を仲間内の雰囲気の中でそう表したかったのだろう。しかし、この言葉ほど今のこの国の政治の不安定さを説明している言葉はない。<br />
私は、この言葉の背景をこのように理解している。</p>

<p>もともと民主党という政党は、政策を軸に集まったわけではなく、権力をとるためだけの集団であり、現時点では党内融和を掲げる野田政権下でかろうじてまとまっているだけの状態にある。まとまっているのはまとまった方が都合がいいからで、党内のほとんどの政治家が、政策の実現より次の選挙に向けて、どのように振る舞ったら有利か、ということだけで行動している。</p>

<p>いわば、野田政権は党内の分解をかろうじてつないでいるだけの党首であり、一方で直面する課題をこれ以上、先送りすることが許されないことを前の２人の首相よりも覚悟している、政治家だということである。</p>

<p>こうした野田氏への期待とその限界は、私たちが、この100日時点で有識者を対象に行った緊急のアンケートでも浮き彫りになっている。</p>

<p>首相の資質を問う項目では鳩山、菅の先輩首相を上回る期待が、この100日時点の野田氏に集まっている。しかし、100日後も期待できるか、という問いには６割近い有識者が期待できない、と答えている。</p>

<p><br />
私が問題だ、とここで提起したいのは、それ以前のことである。<br />
課題のこれ以上の先送りは、この国の破局そのものに直結する可能性がある。にもかかわらず、政治家はその現実を視野の外に置くかのように、自分の利害のために行動し、国民との距離が広がっている。</p>

<p>その解決で党内をまとめ、国民にそれを説明し、説得する政治家の姿は見あたらず、当座をしのぐことだけが、政治家の行動となっている。</p>

<p><br />
<h3>民主主義の「危うさ」を助長するメディア</h3></p>

<p>多くの人がこうした政治に呆れながらも、それを遠くから見ているしかない。むしろ真面目な議論を敵視するような雰囲気がこの社会を覆っている。そして、その雰囲気づくりに多くのメディアが手を貸している。</p>

<p>私が、民主主義の「危うさ」、と指摘したのは、こうした雰囲気そのもののことである。</p>

<p>この12月は、社会保障と税の一体改革の素案づくりで、野田首相の決意が問われている。党内の反発も強い。その焦点は消費税の５％の増税である。</p>

<p>が、これは社会保障の改革ではなく、2015年までの社会保障の財源の穴埋めに過ぎない。５％の消費税を実現できたとしても、2015年には約18兆円の国のプライマリー赤字（国債等借入に伴う支出と収入を除いた生の赤字）が想定される。</p>

<p>しかも、日本の高齢化はこれからも、急な坂を上がるように急速に深刻化するのだ。</p>

<p>私の簡単な試算でも、大幅な給付カットや驚くほどの成長ができない限り、当面の５％では済まされず、2020年までには消費税は20％を超えることになる。</p>

<p>ただ、これで嵐が過ぎ去るわけではない。<br />
消費税が仮に20％になっても、今年で1000兆円を超えた国の債務はさらに増加を続け、現役世代が高齢者を支えるだけの社会保障の仕組みも困難になる。この高齢化社会をまかなう新しい仕組みを完成させない限り、国の未来に関して答えを出すことにはならないだろう。</p>

<p>ほとんどの政治家はそれを知っているはずだが、問題はあまりにも大きく、本当のことを語らず、取り組むことに腰が引けている。</p>

<p>では、この日本の政治を誰が立て直すのか、それが、私の問題意識である。はっきりしているのは、永田町にはその答えを期待できない、ということだ。</p>

<p><br />
<h3>世論ではない「輿論」の重要性</h3></p>

<p>民主主義が不安定なのは、古代のギリシャの時代から指摘されていたことである。</p>

<p>この不安定さは、大衆の空気に支配され、それに迎合する政治や扇動する政治に陥りやすいことにある。独裁や、戦争という破局を招いたのも歴史の事実である。それが、代表制や大統領制を生み出し、権限を相互チェックする仕組みをつくり出した。</p>

<p>個人の人権や平等に最も適合した民主制は民衆の衆愚によって否定される。この皮肉は、私たちにある試練を迫っている。</p>

<p>代表制の仕組みをまず健全に運営させることである。今の日本の「危うさ」は、それが機能しないまま、日本が未来に向けた決定を迫られていることにある。</p>

<p>その中で、もっとも大事なのは、輿論（よろん）の役割だと、私は考えている。世間の空気の流れに逆らっても、責任ある意見を主張する覚悟と、それを尊重する姿勢である。</p>

<p>京都大学の佐藤卓也准教授は著書「輿論と世論」の中で、世論と輿論は異なること、そして「世間の雰囲気（世論）に流されず、責任ある意見を担う主体の自覚が民主主義に不可欠」と主張している。</p>

<p>私も、その覚悟のために、非営利の世界に飛び込んだが、そうした輿論を担う主体は、論壇の機能が衰退したのと同様、今ではほとんどが形骸化している。既存のメディアも含めて大衆の雰囲気に迎合する、ポピュリズムの傾向がはっきりと目に見え始めている。</p>

<p><br />
<h3>言論は「何が問題か」を提供できているか</h3></p>

<p>こうした言論の状況をどう考えるかが、10年目を迎えた、言論ＮＰＯでも最大のテーマになっている。</p>

<p>先の「祝う会」のパネル討議は、打ち合わせなしの、ぶっつけ本番だったが、それぞれのパネラーが民主主義の危うさと、言論の問題を指摘している。</p>

<p>この討議には、言論ＮＰＯのアドバイザリーボードと理事から３人の論者が出席した。前駐中国大使の宮本雄二氏、オリックス会長の宮内義彦氏、そして日本総研理事長の高橋進氏、の３氏である。そして、司会は前ＮＨＫ副会長の今井義典氏が務めた。少し紹介してみよう。</p>

<p><br />
<strong>宮本：</strong>民主主義の根本は、私は議論だと思います。健全な議論があって、その健全な議論が国民・輿論を醸成していく。この議論というプロセスがない限り、いかなる国の民主主義というものも、きちんとした健全な地に足のついたものにならなのではないか。振り返って、日本の言論空間というものを眺めてみたときに、どれぐらい物事を掘り下げて、深く研究をして、それに基づいて議論をしているのか。</p>

<p>すなわち、主権者である国民にこの問題はどういうことであって、我々は何を考えなければいけないか、ということを提供できているだろうか、ということを深く感じるわけです。</p>

<p><strong>今井：</strong>宮本さんは、大使時代、言論統制の厳しい社会と政治と民衆をご覧になってきた。今、日本を含む自由主義、民主主義の国の言論の世界というのは、メディアのパフォーマンスといいますか、ポピュリズムに迎合するような部分がある。逆に言うと、独裁とか、独断とか色々な言葉が飛び出してきていますが、そういう政治を期待する向きも世の中にあるような感じもします。その辺りはどのようにお考えでしょうか。</p>

<p><strong>宮本：</strong>やはり、誰かが１つの意見を決めて、それを宣伝で社会に浸透させて、それで社会を進めて行くという手法には、大きな限界があると思います。すなわち、必ずしもいい結果を生まない。他方、我々の言論空間で、一番弱いところは、自分達の意見をうまくまとめて、それを社会が受け取る。すなわち、上からではなくて下からの意見の形成というものがどれぐらいできているだろうか、という感じが強くします。</p>

<p>今の日本に欠けているのは、物事の論点とそれに対する考え方と、その結果として出てくる複数の選択肢というものを、日本の言論界が国民に伝えているかどうか。すなわち、日本には言論の自由もありますし、表現の自由もありますし、そういう色々と与えられている権利は、基本的には民主主義を強化するという観点で与えられているもの。日本のマスコミの方にお聞きしたいのは、自分達の判断や行動は、それが民主主義を強化するものにあるのかどうか、という、ことです。</p>

<p><br />
<h3>政治も言論も迎合的　<br />
支持を求めすぎている</h3></p>

<p>――そして宮内氏が言論の本質に切り込んだ。</p>

<p><strong>宮内：</strong>言うなれば、民主主義というのは、元々そこにいる人々１人ひとりが自立した人間として、自分で考え、自分で行動できるという人々が集まって、民主主義というものがつくられていくというのが、基本ではないかと思います。日本の場合、与えられたということもあるでしょうし、日本の社会が優しいという意味もあって、だんだん社会の中で、弱者と称する人を増えていく。そういう人は、政府依存の意識を非常に高めていく。自立とか自主とうい人間の一番基本的なところから少し外れたような人も含めて、日本の民主主義というものがつくられてしまったのが現状ではないかと思います。</p>

<p>そういう意味で、今、日本は本当に民主主義なのだろうか。１人ひとり自立した人間で構成しているのだろうか。あるいは、１人ひとりが同じ権利を持っているのだろうか。１票の格差などの問題も含めまして、そういう意味では、社会の基盤である民主主義というものの危うさというものを、今度はそれを正すという方向で言論が存在するということであればいいのですが、どちらかと言えば、その言論というものは、日本的なこの社会に対する若干の媚びというものを持って、言論活動が行われているのではないか。社会に迎合する、あるいは、内閣の支持率みたいなものに迎合するとか、そういう部分があります。　　</p>

<p>社会の木鐸であるとか、リーダーシップというものをとるのだ、という意識が徐々に薄れていって、多くの支持をほしいということを言論が思い出したとしたら、私は、社会が日本の危うい民主主義と、その民主主義のサポートをほしい言論というものが一体化していくとすると、非常に弱い社会をつくっていくのではないでしょうか。ひょっとしたら、今、そういう兆候が出てきているのではないか、と思います。</p>

<p><strong>高橋：</strong>議論は大事だが、それ自体が事態を変える力になっていない。結果的に、議論は行われるけれども、見解が違うね、で終わってしまう。そうして、何事もなかったかのように、既定路線のままに色々なことが進んで行ってしまう。議論しても余計に閉塞感が強まってしまう状況がある。</p>

<p>例えば、増税ということをいうのであれば、社会保障の水準をどうするのか、というようなことについて本当はもっと議論しなければいけない。だけれども、それはある意味で既得権に切り込むことになる、あるいは票を失うことになる。したがって、与野党共に、社会保障の水準の切り下げの議論というものは、ほとんどできないままに動いている。本当にそれでいいのだろうか、という気がします。</p>

<p>今回、原発事故がありましたが、原発事故が起きるまでの原子力に関する議論というものは、原子力村の方達に牛耳られてきて、村でない方の意見は通らないし、悲惨な目にあう、ということが今になってわかったわけです。そこには発言の自由もなかったのだという風に思う。</p>

<p><img src="http://www.genron-npo.net/archives/go_red.gif" width="16" height="11" border="0"/><a href="http://www.genron-npo.net/future/genre/cat142/post-169.html">パネル討議の全文はこちら</a></p>

<p><br />
<h3>有識者の議論と市民の声をつなげたい</h3></p>

<p>私たちは民主主義を当たり前のものと考えてきた。しかし、それを機能させるためにも、私たち、有権者側の努力が不可欠になっている。しかし、そのための課題はあまりにも大きい。</p>

<p>もっとも大事なのは、有権者が自ら代表を選ぶ、という代表制の民主統治をまず機能させることだ。</p>

<p>この間、首相は２人代わったが、２回とも私たちが選んだわけではない。</p>

<p>権力のたらい回しが行われ、２年前に有権者に提起したマニフェストという約束はほとんどが修正や断念に追い込まれ、消費税やＴＰＰも、直接、国民に問うて約束したものではない。</p>

<p>一体、どこの政党を、誰を選べばいいのか、それ自体、分かりにくくなっている。民主党だけではなく自民党もそうだが、政党自体が、この国が直面する課題への対応で、党内をまとめられない事態になっている。</p>

<p>こうした状況下で、政治家にお任せする雰囲気があり続けるとしたら、それはやがて扇動的リーダーを求める風潮に転化するだろう。</p>

<p>私が、議論の力と輿論の力にこだわるのは、これとは逆の発想にある。つまり、政治家はあくまでも私たち自身が選ぶものであり、私たち自身が議論し、決断してそれを政治に求めていく。有権者が強くなければ、政治も強くはなれまい。</p>

<p>言論ＮＰＯは、そのための議論づくりを始めている。</p>

<p>「祝う会」のスローガンで私は、「次の10年」に向けて２つの目標を掲げた。<strong>「健全な輿論の形成」</strong>と<strong>「強い民主主義の実現」</strong>である。<br />
健全な輿論が政治を動かす。そのためにも責任ある有識者の議論と市民の声をつなげて、目に見える新しい変化を、起こしたいのである。</p>]]>
</content>
</entry>

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<title>健全な輿論の力で強い民主主義を作り出す―言論NPOが「次の10年」で目指すこと</title>
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<modified>2011-12-07T22:09:16Z</modified>
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<summary type="text/plain"> 言論NPOが「次の10年」で目指すこと　動画でみる　 本日は、年末のお忙しい中...</summary>
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<email>info@genron-npo.net</email>
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<dc:subject>工藤ブログ</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img src="http://www.genron-npo.net/archives/go_red.gif" width="16" height="11" border="0"/> 言論NPOが「次の10年」で目指すこと<a href="http://www.genron-npo.net/kudo/podcasting/npo10.html#youtube">　動画でみる</a>　</p>

<p><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="111205_kudo2.jpg" src="http://www.genron-npo.net/kudo/images/111205_kudo2.jpg" width="128" height="190" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 10px 10px;" /></span>本日は、年末のお忙しい中、私たちの<a href="http://www.genron-npo.net/future/genre/etc/post-167.html"><strong> 「10周年を祝う会」</strong> </a>にお集まりいただき、感謝しております。今、お三方のパネルで言われたことを踏まえまして、言論NPOの『次の１０年』に向けた決意を皆さんにお伝えしたいと思います。</p>

<p>私も壇上のお話を聞いていて、日本の民主主義のこと、そして言論NPOの10年のことを考えていました。会場には１０年も前からこの運動を共有してくださった方もおられます。私も10年前のことは、今でも、昨日の事のように思い出します。</p>

<p>設立のパーティが開かれたのは、十年前の１０月１０日だったと記憶しています。国内では小泉政権が誕生し、そして、あの「９．１１」のまさに一か月後、まだ世界も国内も騒然としていた時でした。当時から、この国は課題を先送りし、未来が全く見えない状況でした。「ジャパンパッシング」という言葉が出たのもその頃でした。その時、私が思ったのは、この国の未来のために、責任ある、言論の舞台をつくりたい、ということです。つまり、この閉塞感を「議論の力」で変えたかったのです。</p>

<p>私は、「議論の力」で、強い民主主義を作りたいと思っています。しかし、今のお三方のお話にもあったように、民主主義とはある意味で「危うさ」を持っています。民主主義は衆愚の政治や独裁を生み出す危険性を絶えず持っています。そうした不安定さを乗り越えるためにも、「健全な言論」が必要だと、私は思います。</p>

<p><br />
<h3>１０年前の覚悟と責任ある輿論（よろん）</h3></p>

<p>私が当時、このNPOを立ち上げたのは、日本の言論の在り方にある疑問があったからです。この国のメディアには、当事者意識を持って、責任ある意見を自ら担う覚悟が、本当にあるのだろうか。世間の空気や雰囲気にただ流され、むしろそれに迎合しているだけではないか。そして、政治は、漠然とした世間の雰囲気や人気投票に過ぎないメディアの世論調査に一喜一憂して、課題から逃げ続ける。そうした政治家が私たちの代表ならば、責任ある民主主義とは言えないのではないのか。</p>

<p>それが、私の強い思いでした。</p>

<p>この状況を、私たちなりに変えなくては、と考えたのです。この１０年、私たちが取り組んだのはある意味では、責任ある、輿論（よろん）をつくり出す作業でもあります。この輿論は、世間の空気としての世論とは異なり、責任ある公的な意見を意味するものです。そして、こうした言論の舞台は、非営利でなくてはできない、と思いました。</p>]]>
<![CDATA[<p>私たちは、この１０年間、有権者と政治との間に緊張感ある関係をつくりたいと思いました。そのためには、有権者は強くならないとなりません。</p>

<p>民主主義の社会は、個人が自立して、自分で判断する力を持たなくてはならない。それが、私たちが、マニフェスト評価に取り組んだ、強い思いでした。</p>

<p>政権交代時の２年前の民主党マニフェストは、言論NPOの評価は約２０の政策分野の平均でわずか２０点でした。当時、何故そのように厳しいのかと言われましたが、私たちの評価基準ではそうならざるを得ませんでした。色々な風潮の中でもきちんと私達は評価というものを、有権者側に伝えるために、絶えずやり通しています。今の政治の状況を見ると、私たちの評価は基本的に正しかったのではないかと思っております。</p>

<p><br />
<h3>この１０年は、多くの志との協同だった</h3></p>

<p>そして、６年前には国民間で感情が悪化し、政府間の対立が深刻化しました。この状況を乗り越えるために、日中関係で、民間の新しい対話のチャネルを作りました。そこでは両国関係やアジアの未来に関する本気の議論を公開しました。</p>

<p>こうしたすべての活動に、多くの有識者の皆さんがボランティアで力を貸してくれました。この１０年、私は志を共有する、多くの方がこの国にいることを教えられました。そうした多くの力がなければ、私たちの１０年もなかった、と思います。</p>

<p>私は、傍観者や評論家のような議論ではなく、当事者としてこの国の課題や未来に向けて答えを出すような責任ある議論をしなくてはならない、と思ってきました。こうした取り組みは、国際社会で新しい日本の存在感を生み出すだけではなく、民主主義を機能させるためにも、不可欠だと考えたのです。</p>

<p>しかし、１０年が経ち、それが十分にできたかと言えば、私は十分だとは、考えていません。有権者と政治家との健全な緊張感も出来たわけではありません。</p>

<p><br />
<h3>次の１０年、原点を大事にしながら進化する</h3></p>

<p>この１０年、私たちは質の高い議論を様々な形で広めてきましたが、それで、日本の何が変わったのか。そういう強い思いが私に中にあります。だからこそ、私たちは、次の１０年、この活動の原点を大事にしながら、それをさらに進化させないとならない、と考えているのです。</p>

<p>では何を進化させるのか。二つのことを私は考えています。<br />
私たちは、有識者を中心とした、健全で質の高い言論の舞台をもっと強いものにしていきたいと、考えています。</p>

<p>そのためには、先ほどの議論でも指摘されましたが、専門的で実行可能な質の高い議論、内外問題に関して課題解決を行う議論、そしてその議論の土台になるものを、恒常的に提供できるような舞台を作り上げたいと思っております。<br />
これに関連して、私たちは海外と行っている、日本と中国の対話を大事にしています。しかし、アジアや世界の課題に関しては、マルチな議論な舞台も構築しなくてはなりません。この国際社会における議論をさらに発展させることも、来年の大きな課題になると私は思っています。</p>

<p>しかし、私は、こうした専門家や有識者の議論づくりやその発信だけでは、この国は変らない、と考えています。私は、この国が未来に向けて変わるためには、有権者が、そして市民が当事者として今の課題に向かい合わないと何も、始まらないと思います。つまり、有識者の議論と、市民の声をつなげなくてはならない。それが、私が考えている二つ目の進化です。</p>

<p><br />
<h3>　有権者の真剣な議論と市民の声をつなげる</h3></p>

<p>世界では、貧困格差や経済危機による、多くの市民のデモなどが行われています。日本では、なぜ若者がデモで国会を包囲しないんだ、などと、言う人がいます。しかし、こうした実力行使などなくても、この国でも「強い市民社会」に向けた変化が、確実に始まっていると、私は実感しています。<br />
それは、震災の時の支援だけではなく、日本社会の危機の深まりと同時に、多くの人たちが、これまで遠い世界の話だと思っていた、民主主義の話や、社会保障から、原発の問題を、自分たちや自分たちの子どもたちの生活や未来の問題だと気付き、議論を始めている。<br />
こうした変化に、言論NPOも、真剣に向かいあわない、といけないと思うのです。</p>

<p>しかし、肝心の日本の政党は、そうした課題に向かい合うよりも、自分の集団を守ることに必死です。政策で考えるならば、バラバラなはずの政党が集団としてまとまり、次の選挙での当選だけを考えて、行動している。だから、党内がなかなかまとまらず、こうしたガバナンスの崩壊が、統治の混乱をもたらしている。</p>

<p>こうした政治に期待することはかなり難しい状況になっていると、私は思っています。こうした政治全体を、政策を軸に組み替えるためにも、健全な輿論や市民の発言が必要な状況に来ているのだと、私は思っています。</p>

<p><br />
<h3>私たちも直面する課題を決断する</h3></p>

<p>そのためにも、私たちは、今、日本に問われている課題をタイムリーに一緒に考え決断をしなくはなりません。それだけではなく、年金制度や民主主義の仕組みなど、より根本的なことも考えることが必要です。</p>

<p>そうした意見を私たちは政治に伝え、その反応を市民がさらに判断する。そうした循環を作り出したいのです。</p>

<p>私たちの新しい議論作りは、そうした市民の自発的な議論の触媒となり、議論の土台を作るもの、でなければならないとならない、と考えています。私がこれからの10年でどうしてもやりたいのは、その問題です。</p>

<p>そして、これらの二つの事業を、来年の３月末を目指して立ち上げるために準備を進めています。</p>

<p><br />
<h3>健全な輿論の力で、政治を動かす</h3></p>

<p><br />
<img alt="" src="http://www.genron-npo.net/kudo/images/111205_02.jpg"  class="photo"/>　これらの取り組みは、健全な「輿論」を作り出す、ことと同じです。そして、この健全な輿論を通じ、健全な議論の力で、政治を変化させたい。私はそういう風に思っています。</p>

<p>― そうした政治こそ、「強い民主主義」だと思うからです。</p>

<p>今回の「祝う会」の看板では、<font color="brown"><strong>「強い民主主義」</strong>と<strong>「健全な輿論の形成」</strong></font><br />
を目標に掲げました。これが、私たちが次の10年に向けた覚悟です。</p>

<p>そのための役割を、私は必ず果たす、つもりです。</p>

<p>今日から、私たちはそのスタートを切りたいと考えています。<br />
そのためにも皆さんに是非力を貸していただきたいと思っています。御清聴ありがとうございました。</p>

<p><br />
<img src="http://www.genron-npo.net/archives/go_red.gif" width="16" height="11" border="0"/> 特別パネルディスカッション「日本の未来と日本の言論」 +工藤の発言 の <a href="http://www.genron-npo.net/future/genre/etc/post-167.html"><strong>報告</strong> はこちら</a><br />
<img src="http://www.genron-npo.net/archives/go_red.gif" width="16" height="11" border="0"/> 特別パネルディスカッション 「日本の未来と日本の言論」 の <a href="http://www.genron-npo.net/future/genre/cat142/post-169.html"><strong>全文</strong> はこちら </a><br />
<img src="http://www.genron-npo.net/archives/go_red.gif" width="16" height="11" border="0"/> 言論ＮＰＯの10周年を祝う会 の<a href="http://www.genron-npo.net/future/genre/etc/post-167-2.html"> <strong>報告</strong> はこちら</a> /　<a href="http://www.genron-npo.net/future/genre/etc/post-167-3.html"> <strong>発言録</strong> はこちら </a><br /></p>

<p><a name="youtube"></a><br />
<iframe width="300" height="230" src="http://www.youtube.com/embed/EcmPPER5MRg?hl=ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>]]>
</content>
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<title>「言論ＮＰＯの１０周年を祝う会」に向けて</title>
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<modified>2011-12-07T13:07:20Z</modified>
<issued>2011-11-21T06:30:14Z</issued>
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<created>2011-11-21T06:30:14Z</created>
<summary type="text/plain"> 	「言論ＮＰＯの１０周年を祝う会」に向けて 	聞き手：田中弥生氏 （言論NPO...</summary>
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<email>info@genron-npo.net</email>
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<dc:subject>工藤ブログ</dc:subject>
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<![CDATA[<table width="100%">
<tr><td width="237"><a title="動画をみる" href="http://www.genron-npo.net/kudo/podcasting/post_30.html#youtube"><img src="http://www.genron-npo.net/future/111120_top.jpg" alt="動画をみる" width="227" height="140" class="mt-image-none" style="" border="0" /></a></td>
<td>	<p><font color="#8fbc8f"><b>「言論ＮＰＯの１０周年を祝う会」に向けて<br></b></font></p>
	<p>聞き手：田中弥生氏 （言論NPO理事)
	</p>
	<p><a href="http://www.genron-npo.net/kudo/podcasting/post_30.html#youtube"><font size="-1">⇒ 動画をみる </font></a></p>
</td>
</tr>
</table>

<p><br />
<h3>これまでの１０年と次の１０年にむけた覚悟</h3></p>

<p><strong>田中：</strong>工藤さんこんにちは。１２月５日に「１０周年を祝う会」を企画されているようですが、その趣旨と内容をご説明いただけますか。</p>

<p><strong>工藤：</strong>言論ＮＰＯは１０年前に設立され、「健全な社会には健全な議論が必要だ」ということを唱えて様々な分野の議論をしてきました。しかしこの１０年間、議論はしましたが、日本はそれで変わったのか、という思いがずっとありました。それで次の１０年に向けて、新しいスタートを切るために、言論ＮＰＯの活動そのものも大きく見直す必要があります。それをこの「１０周年を祝う会」で私から皆様に説明して行きます。</p>

<p>私は依然日本の言論が日本の社会のためにきちんとした役割を果たしていないと思っています。日本のメディアをはじめとした言論側の役割は不十分だと思っていますので、言論の役割についてもきちんと議論をしようと思っています。それで言論ＮＰＯの理事である高橋進さん（日本総研理事長）と9名のアドバイザリーボードの中から2名、宮本雄二さん（前駐中大使）と宮内義彦さん（オリックス㈱会長）を含めた３名で「日本の未来と日本の言論」というテーマで、何が日本の未来に問われているのか、また何が日本の言論に問われているのかについてパネルディスカッションを行います。その中では、何が言論側の責任で、何が言論ＮＰＯに問われているのかについても議論をします。そしてその後、僕から「言論ＮＰＯが次の10年で目指すもの」として１０年の決意をご説明しようと思っています。</p>]]>
<![CDATA[<p><br><h3>次の１０年にむけた３つの転換</h3></p>

<p><strong>田中：</strong>ある意味１０年で一括りだと思いますが、今までマニフェスト評価、「東京‐北京フォーラム」をはじめとした中国やアジアとの対話、それから市民社会についての議論ということで有識者を中心に議論をしてきましたが、これからの１０年は何かアプローチの転換があるのでしょうか。</p>

<p><strong>工藤：</strong>マニフェストや政策の議論、世界やアジアとの議論、また市民社会についての議論のこの３つの分野は、僕たちが議論をすすめてきた中で、特に力をいれた課題でありました。政治家任せではなく自分たちで政策を判断して政治を選ばなければいけない点、また日本が自分たちの将来を考えながら世界にきちんと発信していく仕組みが必要な点、そして市民が強くならないと日本は変わらないという点。この３点は僕たちが１０年間重視してきましたが、これからも大事です。ただこの３つの分野の議論をどう進めるかについて、僕たち言論ＮＰＯは次の大きな転換が問われています。</p>

<p>まず、日本の将来にむかって、世界にきちんと発言するチャネルを強化して、そのための動きを立ち上げようと思っています。また、議論形成の過程において、知識層だけではなく、一般の市民、生活者が、「なるほど。そうだな」、とか「これはこういう問題ではないか」とかみんなで話し合い、それを政治に直接ぶつけていくという流れを作って行きます。今この２つの動きはどうしても実現しなければいけませんので今準備をしている段階です。１２月５日の「１０周年を祝う会」ではその概要をご説明しますが、来年の３月までにはこの動きを全て始動させます。</p>

<p><br />
一方で今、言論ＮＰＯが「市民を強くする言論」という点で様々な議論を始めています。市民社会の中で課題解決のために動いている人が言論ＮＰＯ以外にも沢山いますが、そういった人ともっとつながり、その方々の発言を表に出すべきだと思います。</p>

<p>また、市民社会の受け皿になるべき非営利セクターがその本来の役割を果たしているのかと考えると、今十分に果たしていないと思います。それに対して非営利セクターの中に質の向上をめざした競争を起こすため、非営利組織の評価基準をつくり、これは今年田中先生にもご協力いただきましたが、これを目に見える形で一気に浮上させようと思っています。</p>

<p><br />
<h3>「言論ＮＰＯの１０周年を祝う会」に是非ご参加ください！</h3></p>

<p><strong>工藤：</strong>これらの３つの動きを全て来年の３月までには、全てスタートさせ表に出していきますので、１２月５日にはこれらの計画を報告して、同時に皆様の意見をお伺いして、パーティでもいろんな人と対話をしたいと思います。日本の将来に向けて言論ＮＰＯは本気で動きますので、是非パーティに来ていただきたいと思います。</p>

<p><strong>田中：</strong>何かサプライズでもありますか。</p>

<p><strong>工藤：</strong>そう思って動いていますが、いろんな準備が間に合うかどうかまだ大変で...。しかし間違いなく言論ＮＰＯは変わります。日本の未来に対して、僕たちは時間がないと思っています。このような覚悟でこれからも活動していきますので、是非皆様にもパーティに来ていただければと思います。</p>

<p><strong>田中：</strong>正確な日時と場所を教えてください。</p>

<p><strong>工藤：</strong>１２月５日（月）、第１部のシンポジウムが１８時からスタートします。また、言論ＮＰＯの今後の活動について報告する会もこの中で行います。シンポジウムにも先ほどご紹介いたしました方をはじめとしていろんな人が参加しますので、是非お越しいただければと思います。その後、１９時より「言論ＮＰＯの10周年を祝う会」ということで１時間半程度パーティをします。場所は九段下のグランドパレスホテル（２階「ダイヤモンド・ルーム」）です。</p>

<p><strong>田中：</strong>是非皆様ご参加いただければと思います。</p>

<div class="summary">

<p><strong><font color="brown">　<big>「言論ＮＰＯの10周年を祝う会」</big>　</font></strong></p>

<p>■　日時　2011年12月5日（月）18：00～20：30（開場：17：30～）<br />
■　会場　<a href="http://www.grandpalace.co.jp/access/top.html" target="blank">ホテルグランドパレス　2階「ダイヤモンド・ルーム」<br />
　　　　　　東京都千代田区飯田橋１－１－１（03-3264-1111）</a></p>

<p><br />
<strong><font color="brown">＜開催概要＞</font></strong></p>

<p>【第一部】<br />
18：00～18：40　特別パネルディスカッション「日本の未来と日本の言論」<br />
・高橋進（株式会社日本総合研究所　理事長）<br />
・宮内義彦（オリックス株式会社取締役兼代表執行役会長グループCEO）<br />
・宮本雄二（前 駐中国特命全権大使）<br />
18：40～18：55　言論NPOが「次の１０年」で目指すもの<br />
・今井義典（前 日本放送協会副会長）×　工藤泰志（言論NPO代表）</p>

<p>【第二部】19：00～20：30　「言論ＮＰＯの10周年を祝う会」</p>

<p><br />
<strong><font color="brown">＜ご参加費＞</font></strong><br />
お一人様　10,000円<br />
※事前に下記口座までお支払いいただくか、当日受付にてお支払いください。 入金確認後、事務局よりご連絡させて頂きます。</p>

<p>三井住友銀行　　　赤坂支店<br />
普通預金　　　　　　７９７８５５０<br />
口座名義　　　　　　言論エヌピーオー<br />
  	  	 <br />
<strong><font color="brown">＜お申込み＞</font></strong><br />
<a href="http://www.genron-npo.net/10.html">お申込みフォーム</a>に必要事項をご記入いただき、ご登録ください。<br />
  	  	 <br />
<strong><font color="brown">＜お問合わせ＞</font></strong><br />
「言論NPOの10周年を祝う会」事務局<br />
担当：山下・西村・水越　（Tel：03-3548-0511）</p>

<p><br />
<strong><font color="brown">「言論NPOの10周年を祝う会」<br />
呼びかけ人代表（50音順・敬称略）</font></strong></p>

<p>明石 康、　小林 陽太郎、　佐々木 毅、　福川 伸次、　増田 寛也、　<br />
宮内 義彦、　宮本 雄二、　武藤 敏郎、　茂木 友三郎</p>

<p><br />
<strong><font color="brown">呼びかけ人（50音順・敬称略）</font></strong></p>

<p>会田　弘継、　朝比奈　豊、　安斎　隆、　井口　武雄、　石黒　光、　石破　茂、　市川　伊三夫、<br />
今井　義典、　岩井　奉信、　内田　和人、　梅村　聡、　岡田　克也、　沖　大幹、　荻田　伍、<br />
小倉　和夫、　片山　信彦、　加藤　紘一、　加藤　隆俊、　上　昌広、　川島　昭彦、　川中　敬一、<br />
川本　裕子、　北城　恪太郎、　木村　伊量、　木村　陽子、　清川　佑二、　国松　孝次、　黒川　清、　<br />
小池　信行、　古賀　伸明、　国分　良成、　小島　明、　小島　邦夫、　斉藤　惇、　齊藤　誠、　<br />
佐藤　玖美、　佐藤　正敏、　塩崎　恭久、　篠沢　恭助、　渋澤　健、　島田　晴雄、　下村　満子、　生源寺　眞一、　白石　隆、　進　和久、　鈴木　寛、　鈴木　悠二、　仙谷　由人、　副島　利宏、<br />
高徳　正昭、　高橋　進、　高原　明生、　高　寛、　武田　晴人、　橘フクシマ 咲江、　田中 最代治、<br />
田中　弥生、　田波　耕治、　塚田　實、　辻中　豊、　土屋　了介、　土居　丈朗、　冨家　友道、<br />
長島　昭久、　中谷　元、　中村　和夫、　中山　恒博、　西沢　和彦、　西寺　雅也、　西原　正、<br />
早川　洋、　林　芳正、　原　丈人、　平野　英治、　廣瀬　修、　深川　由起子、 グレン・S・フクシマ、<br />
福田　修一、　松井　道夫、　松下　和夫、　松田　隆利、　松田　学、　溝口　善兵衛、　蓑田　秀策、<br />
宮澤　裕一、　目黒　公郎、　森　民夫、　安嶋　明、　矢野　光、　山内　直人、　山岡　義典、<br />
山口　昇、　山下　俊史、　山田　啓二、　山田　孝男、　山本　正、　湯元　健治、　吉塚　康一、<br />
脇若　英治、　渡辺　修、　渡辺　裕泰</p>

</div>

<p><br />
<a name="youtube"></a><br />
<iframe width="212" height="174" src="http://www.youtube.com/embed/GOTj5DOIAR4?hl=ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>]]>
</content>
</entry>

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<title>日本の市民社会で何が始まっているのか － 政府の統治の喪失と、新しい変化の担い手とは</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.genron-npo.net/kudo/archives/../giron/post_29.html" />
<modified>2011-11-08T07:26:15Z</modified>
<issued>2011-11-08T06:26:04Z</issued>
<id>tag:www.genron-npo.net,2011:/kudo//18.4208</id>
<created>2011-11-08T06:26:04Z</created>
<summary type="text/plain">11月８日にダイヤモンドオンラインに寄稿した原稿です 最近私は、私が代表を務める...</summary>
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<name>genron-npo</name>

<email>info@genron-npo.net</email>
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<dc:subject>言論NPO 工藤泰志「議論の力」</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.genron-npo.net/kudo/">
<![CDATA[<p><a href="http://diamond.jp/articles/-/14747">11月８日にダイヤモンドオンラインに寄稿した原稿です</a><br />
最近私は、私が代表を務めるＮＰＯや様々な場で市民社会の議論を行っている。非営利の世界に、質の向上を目指す新しい変化を作り出すために、今年の初めには、３年がかりでまとめた非営利組織の評価基準を提案し、エクセレントなＮＰＯを目指すための市民会議も立ち上げた。<br />
こうした議論を行っているのは、政府や政治の統治に信頼が薄れる中で、この状況を変えるのは強い市民社会しかないのではという強い思いがあるからである。</p>

<p><br />
<h3>世界が転換期にある今<br />
市民社会の役割を重視したドラッカー</h3></p>

<p>あのＰ．Ｆ．ドラッカーは、すでに、1995年の著書<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478371644/genronnpo-22/ref=nosim/">『未来への決断』</a>（ダイヤモンド社）で、世界が転換期にあること、さらに、その転換期は、「2010年から2020年まで続く」と断じ、その根拠を知識社会に見いだし、その際に市民社会の役割を重要視している。</p>

<p>世界では中東を始めとして民衆の蜂起が起こり、これまでの独裁的な体制が壊され、アメリカでも貧困を問題にした住民のデモが金融街で多発した。この日本でも、これまで当たり前と考えてきた原発問題などの集会に５万人を超える市民が集まる、という動きが起こっている。</p>

<p>正直なところ、私はこうした動きを、ドラッカーが言っている転換期だという確信があるわけではない。また、世界で広がっている動きと日本の状況を同じものだと考えているわけでもない。しかし、これまで遠くに見えていた政治の様々な問題を、自分たちの問題として考える動きは、この国を変える原動力になるのではないか、という期待がある。</p>

<p>そこで今回は、私が最近行った２人のゲストとの議論を通じて、市民社会で何が起こっているのか、について皆さんと考えてみたいと思っている。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p><br />
１人は、私が代表を務めるＮＰＯの理事でもあり、大学評価・学位授与機構准教授でＮＰＯの研究で有名な田中弥生さんであり、もう１人は、かつてはフランス大使も務めた小倉和夫前国際交流基金理事長である。<br />
田中さんは、最近、<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4750334472/genronnpo-22/ref=nosim/">『市民社会政策論』</a>という本を出版している。日本の市民、ボランティア、政府の役割を分析し、日本の市民社会の中に、ある変化が始まっていること、そこに色々な課題があるということを、かなりしっかりとまとめている。<br />
　彼女はアメリカのクレアモント大学時代のドラッカー氏のお弟子さんであり、彼が亡くなるまで、膨大な往復書簡を通じて日本の市民社会や教育制度に関して意見交換をしている。そして小倉さんは、そうした市民社会の様々な活動に、助成を通じて関係してきた。　<br />
その小倉さんや田中さんは、世界で広がる統治への市民の反発や、今の日本の市民社会の現状をどう見ているのか、２人の発言を紙上で構成してみたい。</p>

<p><br />
<h3>世界で広がる市民の統治への不信の動きをどう考えるか</h3></p>

<p><strong>工藤：</strong>小倉さんは世界で広がっている市民の動きをどう考えていますか。</p>

<p><strong>小倉：</strong>私は既存の制度とか政党に対する市民の不信は、世界的な現象だと思います。日本もそうですし、アメリカやヨーロッパもそうです。そこでは、政治というプロセスそのものに対する不信というものが、非常に根強く出てきてしまっている。その原因がどこにあるのか。それが、わかれば、素晴らしいのですが、国によっても違う要素があるでしょうから、僕はそう簡単ではないと思います。しかし、政治に対する不信というものが、あまりにも市民の中に浸透してしまった。また、そのことを言うこと自体が、何か１つの流行みたいなことになってしまったわけです。だから、政治の中身よりも、むしろプロセスそのものに対する不信です。</p>

<p><strong>工藤：</strong>大統領選に絡んでいるかもしれませんが、アメリカでは貧困に対する反発に、一般の人たちが参加している。またリビアなど中東では国が変わってしまうような状況です。何かを変える大きな転換期にきているという感じはないでしょうか。</p>

<p><strong>小倉：</strong>確かに市民の政治への参加の仕方というものが、非常に変わってきている。つまり、今までのように、１つの制度化されたプロセスを通じて市民が参加するのではなくて、流動的な参加の仕方になり、現に、そういうことが中近東で起こっているわけです。ただ、流動的になっているのは、独裁政権やそれに近しい政治が存在したとか、格差が広がっているとか、色々な理由があるので、私は、これが民主化のための民衆的な動きの勝利だと簡単に言うのはまだ早いと思います。</p>

<p><br />
<h3>日本の市民社会では何が起こっているのか</h3></p>

<p><strong>工藤：</strong>日本はどうでしょうか。原発問題で何万人も集会に集まりました。</p>

<p><strong>小倉：</strong>私もデモの中に参加したわけではないのですが、新宿で一緒に歩いてみたこともあります。おっしゃることは感じました。やはり、自分から遠い問題だったものが、自分にとって実は近い問題であり、直接に関係する問題なのだということが分かってきた。原子力というものは、元々非常に遠い問題だったけれど、実は近い問題だった。そういう意味で、色々な問題が、市民が本当に自分達の生活に直結し得る問題なのだ、という意識が出てきたということは、非常に大きな変化ではないでしょうか。</p>

<p><strong>工藤：</strong>今の日本の雰囲気は、課題を解決し、何かを変えたい。自分もそれに対して貢献したい、みたいな動きですよね。</p>

<p><strong>小倉：</strong>おっしゃる通りです。先程の政治不信と結びついていると思うのですが、課題解決のために権力機構とかそういうものだけにお任せしますと...</p>

<p><strong>工藤：</strong>政府にただ頼ればいいという状況では、もうないと。</p>

<p><strong>小倉：</strong>そうです。それで、自分達は選挙なりを通じてやればいいという制度だけでは、うまくいかないのだと。自分達でやらなければいけない。ある意味で、僕は政治不信の裏側だと思いますが、逆に言えば、そういうことが健全な意味で育ってきている。それがある意味では１つの政治なのですね。だから、政治の在り方が変わってきている。インターネット世代にとっては特にそうした傾向があるということなのでしょう。</p>

<p><br />
<h3>ドラッカーが日本の市民社会に見い出したもの</h3></p>

<p><strong>工藤：</strong>田中さんは、生前のドラッカーは先生ということで、往復書簡を通じて日本のこともかなり話し合ったと聞いていますが。</p>

<p><strong>田中：</strong>阪神淡路の震災時でしたが、彼が強い関心を持っていたのは、そこに多くのボランティアが集まり、それが大きなエネルギーを持っていること、そしてサリン事件のことでした。政府ができないことに市民が取り組み、その社会との関係を模索して漂流している若者がいる。そこに社会の変化を見出していたのです。</p>

<p>ドラッカーは、こうした現象は知識社会の特徴で、人々にとって自分と社会をつなぐ精神的よりどころは、もはや企業の職場ではなく、社会的課題の解決に関与し、実感の場を提供してくれる非営利の活動にあると指摘、それは経済・社会の安寧にとって不可欠で、<br />
日本でも必ずこうした潮流が生まれると力説していた。　</p>

<p>そして、その後、先進国を中心に市民運動は新たな展開をみせています。これまで限られた人々の活動ととらえられがちだったが、自らのキャリアの一環として選択する若いエリート層が急増している。米国の教育系ＮＰＯ「ティーチ・フォー・アメリカ」はハーバード大学学部卒業見込み生の11％が応募するほどの人気で、昨年は全米就職ランキング1位に躍り出ています。</p>

<p><strong>工藤：</strong>田中さんが、この「市民社会政策論」で言いたかったことはなんですか。</p>

<p><strong>田中：</strong>この「市民社会政策論」には、3.11後の政府、ＮＰＯ、ボランティアを考える、という副題がありますけれども、東日本大震災を経て日本にある変化がはっきりと見え始めたように思います。例えば、１万人ぐらいのお医者さんがボランティアで現地に入ったと言われています。その他にも、企業人だとか、今でも学生も含めた色々な人たちが、こうしてはいられない、被災地のために何かアクションを起こそう、ということで動いています。それも、単なるボランティアというよりは、非常に専門性の高い、技術を持った人たちが集まって、救援活動をしたり、救命活動をしたりしています。そこに、専門性というものが加わってきて、非常に高度な市民活動が展開されています。</p>

<p>また、私の身近にもたった４人の学生が集まって、グループをつくり、延べ5700人の学生を被災地に送っています。</p>

<p><strong>工藤：</strong>一方で、新聞を見ていても感じるのですが、「市民運動」と言うと、反政府で怖い感じがあります。古いイメージと何かが共存しているような感じがするのですが、その辺りはどう見ていますか。</p>

<p><strong>田中：</strong>８月末に菅前首相が退陣されましたけど、その前後、あるいは新聞によっては５月ぐらいから菅首相批判をシリーズのようにずっとやっているわけです。その批判のキーワードが「市民運動家の限界」でした。そこでは、市民運動家というものは、政策テーマをコロコロ変え、脱小沢、脱官僚、脱原発、という仮想敵をつくり、常にそこを攻撃する。そして、非常に権力に執着するのが市民活動家の特徴だ、みたいな書き方をされたのですよ。こうした言われ方には違和感がありましたが、私は、古いタイプの市民活動と、先程の若者が非常にがんばっているという市民活動の潮流が変わってきていて、そこの端境期にあるのだと思います。</p>

<p><strong>小倉：</strong>非常に難しい問題は、市民運動が政治化していくのがいいのかどうなのか、ということです。私は、この点についてはよく考えた方がいいと思います。というのは、よく市民運動のリーダーが政治家になったり、政治運動に転換していくわけです。革命がまさにそれにあたるもので、当然そういうことはなくちゃいけないし、あってもいい訳なのですが、ただ、市民運動の目的が、最終的に政治的な団体なり、政治的な運動に昇華していくなり、発展していくのだということはあっていいのですが、必ずしもそういうことになるべきだとは思いません。</p>

<p><br />
<h3>今の変化を理解できない、既存メディアの報道</h3></p>

<p><strong>工藤：</strong>こうした動きは、なかなかメディアの報道だけでは判断できません。</p>

<p><strong>小倉：</strong>私はよく例に挙げて申し上げているのですが、世界サミットというものがあります。これは、スイスで行われているダボス・サミット、政界と経済界の世界の権力機構の代表が集まって、世界の在り方を議論する。それに対して、この前、世界サミットというものができたわけです。それはまさに、インドやブラジルが後押しして、フランスの社会党も後押ししました。日本は、本件について報道したのは赤旗だけです。朝日新聞ですら報道を全然していません。しかし、世界中からＮＧＯやＮＰＯを含めて、８万人から12万人集まっている世界の大会なのですが。</p>

<p><strong>工藤：</strong>メディアは非常に大きな動きがあっても、なかなか報道しませんよね。</p>

<p><strong>小倉：</strong>それは、テレビにしろ、新聞にしろ、日本の巨大メディアそのものが権力機構と一体化してしまっているのですよ。全部とは言いませんが、そういう一体化している面があって、市民はそれをもう見抜いていると思います。</p>

<p><strong>田中：</strong>私はメディアの肩を持つわけではないのですが、色々な現象が錯綜しているので、ある側面しか見ないと、どうしても理解不能に陥ると思います。</p>

<p>例えば先ほど工藤さんが触れた、原発問題の９月19日の集会ですが、６万人が集まりました。６万人の人が集まったとなれば、これは１つの現象ですから、当然メディアは書きますけど、やはり新聞によって書き方が全く違います。例えば、一面で大きく書き、特集を組んだ新聞社も３社ほどありますが、残りの主要３社は雑記事扱いでした。</p>

<p><br />
<h3>自分たちの問題として主要な課題に取り組もう</h3></p>

<p><strong>工藤：</strong>小倉さんから見れば日本の中で大きな現象、つまり、生活者が生活感覚や自分の問題として考えるということは大きな流れだと。しかし、これがどういう風な大きな転換になっていくかということが...</p>

<p><strong>小倉：</strong>先程申し上げた世界サミットの動きを見ても、みんなが議論している。勝手な議論を始めると結論も出ない、それからお互いの連絡もあんまりよくない、組織化されていない。だから、世界のメディアにも報道されない。結論も何も出ない。しかし、市民運動というものは、ある意味でそれでいいのではないかとも思うわけです。それが組織化されると、権力機構に限りなく近づいていくわけです。これは皮肉になってしまうのですが、市民運動の良さというのは、ある意味ではそのこと自体が課題解決型、課題意識型であれば、ある程度、条件は必要ですけど、それに対して市民が何らかの形で、能動的に反応していること自体に、このプロセスに意味があると考えたらいいのではないでしょうか。</p>

<p><strong>工藤：</strong>今の動きが、日本を変える原動力になると思っていますか。</p>

<p><strong>小倉：</strong>それはその原動力にならなければいけないと思っています。まだ、その原動力になるぐらいに力強いか、ということではクエスチョンマークがあると思います。</p>

<p>この２人と議論をして、私が感じたのはこの国も変化のまっただ中にある、ということだ。この国の政治は20年近くも課題解決を怠り、今の状況の持続が難しいのにも関わらず、その崩壊を食い止める作業も進んでいない。統治への信頼が崩れ、既存のメディアからはこの変化が見えにくくなっている。</p>

<p>では、この日本では何がこの変化の担い手になるのか。その答えが２人との議論にあったと思う。原発問題もそうだが、選挙制度や年金などの社会保障、財政などこれまで遠い世界の話を、多くの人たちは自分の問題として考え始めようとしている。</p>

<p>その答えを政府に期待するだけでは、何も変わらないと感じ始めている。それを自分のものと感じ、政治に主張し始めた時に、その変化は起こる。</p>

<p>統治への不信は、世界もこの国も同じである。ただ、欧米と異なるのは、日本では知識層や統治側と一般の市民との関係が、断絶したり、距離が大きく開いている、というわけではない、ということである。</p>

<p>代表を選ぶだけでなく、課題に対して自らの問題として取り組む。そうした新しい民主主義のモデルは、この国ならできるのではないか、と私は考えている。</p>

<p>言論ＮＰＯは今月末に10周年を迎える。この節目に私は、10年前に始めたこのＮＰＯの活動をさらに進化させなくては、と考えている。</p>

<p>健全な議論の舞台は、健全な民主主義のインフラとして今なお重要な課題だが、議論を公表するだけでは、この国は変わらない。多くの人の参加で、政治に直接意見をぶつけるための取り組みを私たちも始めようと考えている。<br />
</p>]]>
</content>
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<title>言論ＮＰＯの次の10年－日本の課題に答えを出す議論づくりを</title>
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<modified>2011-11-08T06:46:12Z</modified>
<issued>2011-10-25T03:07:24Z</issued>
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<summary type="text/plain"> 	言論ＮＰＯの次の10年　　　－日本の課題に答えを出す議論づくりを 	聞き手：...</summary>
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<email>info@genron-npo.net</email>
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<dc:subject>工藤ブログ</dc:subject>
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<![CDATA[<table width="100%">
<tr><td width="237"><a title="動画をみる" href="http://www.genron-npo.net/kudo/podcasting/10_1.html#youtube"><img src="http://www.genron-npo.net/future/111025_top.jpg" alt="動画をみる" width="227" height="140" class="mt-image-none" style="" border="0" /></a></td>
<td>	<p><font color="#8fbc8f"><b>言論ＮＰＯの次の10年<br>　　　－日本の課題に答えを出す議論づくりを</b></font></p>
	<p>聞き手：田中弥生氏 （言論NPO理事)
	</p>
	<p><a href="http://www.genron-npo.net/kudo/podcasting/10_1.html#youtube"><font size="-1">⇒ 動画をみる </font></a></p>
</td>
</tr>
</table>

<p><br />
<h3>これまで10年間を振り返って</h3></p>

<p><strong>田中：</strong>工藤さん、こんばんは。<br />
もうすっかり秋めいてきましたが、言論ＮＰＯは今年の１１月で10周年を迎えることになるのですね。言論ＮＰＯはいつ設立されたのですか？</p>

<p><strong>工藤：</strong>ちょうど10年前の2001年の11月21日が設立日で、設立総会が10月10日だったのを今でも覚えています。あの時はちょうど小泉政権が発足し、アメリカで９．１１が起こった直後でした。</p>

<p>僕は言論ＮＰＯを設立する前はメディアにいました。しかし、きちんとした議論の舞台を日本に作りたいということで10年前に言論ＮＰＯを設立し、その時はとりあえず10年継続できればいいと思っていました。それがあっという間に10年目になってしまって、もう10年も経ってしまったのかと感じています。</p>

<p>この10年を通して、僕たち言論ＮＰＯが言い続けたことは、多くの市民が自分たちの社会で起こっていることに対して当事者意識を持っていないといけないということです。単なる議論のための議論とか、評論家的な議論をするのではなく、メディアはもちろん市民1人1人が社会を構成しているという意識や自分たちの力で未来を切り開いていくという覚悟が必要だと主張してきました。また、同時に、このようなきちんとした健全な議論をする舞台を市民社会に作りたいと考えていました。</p>

<p>しかし、これらはまだ十分に実現できていないと今感じています。ですので10年目以降で次の動きをはじめないといけないと思っています。</p>]]>
<![CDATA[<p><br />
<h3>日本を大きく変える議論形成を</h3></p>

<p><strong>田中：</strong>次の動きというのは具体的にどういうものですか。</p>

<p><strong>工藤：</strong>やはり今考え方を変えようとしている点で一番大きなことは、日本を変えるような議論形成をするということです。健全な議論っていうのは日本の社会に必要なのは事実です。そのような議論を聞いたり参加したりすることが、市民が政治を選んだりする際の判断材料になりますので。</p>

<p>しかし、ただ議論することを目的にするのではなく、その議論が日本を変えるくらいの大きな力を持たないといけません。日本が未来に向かい課題を解決につながらないといけないと思っています。単に議論を交わすのではなく、議論をする中で必ず課題に対する答えを出して、その答えによって、日本の未来に向かうための何か大きな流れを作るような議論形成にこれから徹底的に取り組んでいきたいと思います。</p>

<p>また、言論ＮＰＯの議論の舞台には多くの有識者が自発的に手弁当で参加していただいていますが、こうした知識層との草の根の市民が一緒に対話をする場も作りたいと考えています。</p>

<p>今日本は大きく変わらないといけない時期であり、有識者層だけではなく、草の根の市民が持っている大きなパワーとかエネルギーが必要なのです。原発や民主主義などこれまで当たり前に考えられてきた問題を考え直してみようという動きも始まっています。こうした議論を有識者が持つ専門的な知識などと交えて、日本が抱える課題の解決につなげなくてはならないと思うのです。</p>

<p>そのためにも知識層と草の根の市民が交流することが必要だと思っています。言論ＮＰＯは有識者間で健全で質の高い議論をする舞台と、その知識層と草の根をつなぐ議論の舞台、この2つの舞台を構築し、この議論の中で答えを出す取り組みを10年目の今年から開始しようと思います。</p>

<p><br />
<h3>地域の草の根の活動とつながる</h3></p>

<p><strong>田中：</strong>逆説的な質問をしますが、知識層に課題解決をする力が本当にありますか？</p>

<p><strong>工藤：</strong>日本はもうかなり厳しい状況ですが、自分たちが直面している課題をきちんと認識して、当事者として課題解決に取り組むという意思を持てば、知識層は力になると思います。</p>

<p>問題なのは、多くの人がこうした現実に傍観者として接し、自分の仕事や組織を維持することだけに躍起なことです。余裕がないこともありますが、こうした人が先頭に立つくらいでないと、動きが始まらない。ただ、言論ＮＰＯには多くの知識層が参加していただいていますし、その輪は確実に増えている実感はあります。言論ＮＰＯはこういった努力や挑戦をしている人たちとつながろうと思っていますし、言論ＮＰＯの議論の舞台で議論に参加して、流れを作ってもらうことを期待しています。</p>

<p>また、東京だけではなく、地域で頑張っている人たちともつながっていきたいと思っています。地域の草の根の活動を巻き込んだ議論作りを、言論ＮＰＯは間違いなく作っていきたいと思います。これが次の10年に向けてのスタートだと思っています。</p>

<p><br />
<h3>世界へ日本の議論を発信する</h3></p>

<p><strong>田中：</strong>知識層に関しては、震災あるいは原発事故を経て、色んな反省の議論がなされています。草の根の側から見れば知識層を本当は課題解決の力があるのか疑問を持っているところがあると思います。そういう意味で、課題解決に向けて言論ＮＰＯが知の力を集結していただきたいと思います。</p>

<p><strong>工藤：</strong>もちろんそのために動いていくつもりです。<br />
それと同時に国内問題だけではなく、国際社会に対しても積極的に発言していかなければ、と思っています。「北京－東京フォーラム」はその一つの舞台ですが、それだけではなく、常設で対外問題を討議する舞台もできないかと考えています。今日本は国際社会の中でかなり孤立しています。日本が世界のグローバル・アジェンダに関してきちんと日本の意見を発信する必要があります。しかし、国際社会の中でアジェンダに対してきちんと答えを出して発言するためには、日本が自分たちの将来とか日本社会が抱える課題の解決に取り組まないといけないのです。言論ＮＰＯは日本の課題解決のための議論を行いながら、同時に世界にその議論を発信していくことも考えています。</p>

<p>健全な社会には健全な言論の舞台は必要ですが、議論だけではこの国は変わりません。有識者と草の根の市民をつなげ、現場の当事者の意見を交えながら議論を通じて、課題解決に踏み込まなくてはいけないと思っています。そして、同時にその内容を国内だけではなく対外発信し、大きな目に見える変化を必ず作り出していきたい、これが僕の10年目の決意です。</p>

<p><strong>田中：</strong>そうですね。是非知識の力を課題解決のためのエネルギーに変えて、日本を変えるための流れをつくれるように頑張ってください。</p>

<p><strong>工藤：</strong>必ず実現します。</p>

<p><strong>田中：</strong>どうもありがとうございました。</p>

<p><br />
<a name="youtube"></a><br />
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/7VtnZaEb5aU?hl=ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>]]>
</content>
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<title>野田政権誕生から1ヶ月－日本の政治をどう考えるか</title>
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<modified>2011-10-14T07:39:33Z</modified>
<issued>2011-10-11T01:25:15Z</issued>
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<summary type="text/plain"> 	野田政権誕生から1ヶ月　　　－日本の政治をどう考えるか 	聞き手：田中弥生氏...</summary>
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<email>info@genron-npo.net</email>
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<dc:subject>工藤ブログ</dc:subject>
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<![CDATA[<table width="100%">
<tr><td width="237"><a title="動画をみる" href="http://www.genron-npo.net/kudo/podcasting/1.html#youtube"><img src="http://www.genron-npo.net/future/111008_kudos.jpg" alt="動画をみる" width="227" height="140" class="mt-image-none" style="" border="0" /></a></td>
<td>	<p><font color="#8fbc8f"><b>野田政権誕生から1ヶ月<br>　　　－日本の政治をどう考えるか</b></font></p>
	<p>聞き手：田中弥生氏 （言論NPO理事)
	</p>
	<p><a href="http://www.genron-npo.net/kudo/podcasting/1.html#youtube"><font size="-1">⇒ 動画をみる </font></a></p>
</td>
</tr>
</table>

<p><strong>田中：</strong>工藤さん、こんにちは。大変お久しぶりです。</p>

<p><strong>工藤：</strong>今、「on the way Journal」というラジオ番組に出演していてその番組内での議論は流していますが、私自身も発言はしないといけないと思っていました。「北京－東京フォーラム」という大きなフォーラムが8月にあり、その後、疲れていて止まっていましたが、10月に入り次に向けた動きを言論ＮＰＯは始めましたので、今回「工藤ブログ」を再開させていただきました。</p>

<p><strong>田中：</strong>この間大きな出来事として野田政権が誕生しましたが、言論ＮＰＯとして野田政権に関してのコメントをお伺いしてよろしいでしょうか。</p>

<p><strong>工藤：</strong>野田政権の評価自体は、100日間はハネムーン期間ですので、それを経て100日後にきちんと評価しようと思います。ただ私が野田政権をどういう風に見ているかといいますと、前の首相が辞任をして党内の選挙で首相が変わっただけですので、何かをこの政権が日本の政治を安定させて次に続くとは見ていません。つまり、日本の政党政治がここまで崩壊してしまって、その中で日本が課題解決に向かえず世界から孤立している。この状況は首相が変わったから、それでなおるというものでもありません。ただ、新政権の誕生は日本が大きく変わる中で１つの大きな転機になる可能性が高いとは思います。<br />
　</p>]]>
<![CDATA[<p><strong>田中：</strong>転機というのは具体的にはどのような形で訪れるのでしょうか。</p>

<p><strong>工藤：</strong>まず新政権が何をしたかというと、党内の中の意思決定の仕組みを決める、ということでした。だけどそれは自民党時代の政務調査会と同じであり、基本的に党が事前審査を行うということと同じです。これは昔民主党政権が言ったこと、つまり、政策決定の政府への一元化や官邸主導とは異なりますよね。しかし、それでも自民党と同じやり方を取ったのはなぜなのか。それほど、民主党の党の意思決定は壊れている、政策を軸に党がまとまっていないということなのです。これは政府の統治の混乱に前政権でつながりました。つまり、何も決められない。党の意見集約がそもそもできない事態に追い込まれていたのです。民主党の場合、それはあまりにもひどい状況でしたが、ただこれは日本の政党政治にもあてはまっていることだと、私は思います。</p>

<p>つまり、政策を軸にして、党が何かをきちんと合意して動かすという仕組みが、日本の今の政党政治には出来にくくなっている。</p>

<p>新政権は党内融和という言葉を使いましたが、そうした状況を立て直さないと、党自体が分解してしまう。そういう状況下に今の政治があるということです。これが成功するかどうか私は分かりません。小沢さんの問題もあります。ただ、仮に党内融和が成功したとしても、日本が抱えている課題の解決に間に合うのかという問題があります。</p>

<p>来年、非常に重要な局面に日本はあります。アメリカも韓国も大統領が変わり中国も権力が変わるなど、大きく世界の政治のプレーヤーが変わるのです。そのときに日本もいろんな影響を受けるはずなのです。日本も政治が大きく変わるでしょう。</p>

<p>しかし、この歴史的な局面で、日本が世界から孤立している。日本の政治に問われるのは、あくまでもこの国が将来像や政策をベースにして日本の未来に向かう動きをつくらなくてはならない、ということです。それを野田政権ができるとは思いません。</p>

<p>日本の政治が大きな変化の最中にあることは事実です。ただ、私はその時に今の日本の政治が未来に向かって本当に動くかどうかということは、永田町が決めるのではなく国民が決めることだと思っています。国民が日本の未来に目を向け、自分たちが何ができるかということを考えていかないと、日本が確かな未来のために一歩を踏み出すということにはならないと思います。</p>

<p>言論ＮＰＯはそのための、議論をしないといけないと思っています。</p>

<p><br />
<strong>田中：</strong>確かに、今おっしゃった点は分かるのですが、具体的にどうやって私たちは政治に対して影響力を行使できるのでしょうか。</p>

<p><strong>工藤：</strong>国民がまず政治に影響力を行使するにはまず投票しかありません。<br />
だけど私は「新しい民主主義」というのが必要だと思っています。現在、代議制民主主義の中で私たちは選挙で自分たちの代表を選ぶことになっています。しかし、その政党が駄目なのです。つまり政治家を選ぶ際に商品棚に並んでいる商品が、いつも同じなのでなかなか選べないという事態になっている。つまり、選挙だけではだめで、この棚卸しを行い、この状況を変えないと、私たちが代表を選べないという状況なのです。この状況では私たちはもう１つのことにも取り組まないとなりません。つまり、僕たち自身が今の課題に対してどういう答えを出すのか、未来に対してどういう生き方をすべきかというのをまず自分たちが考えて、実際に課題の解決に取り組むことです。その中には、被災地の問題もあります。実際の課題解決に私たち自身が何らかの形で取り組みを始めない限り政治は変わりません。</p>

<p>その２つが動いて「新しい民主主義」ができるのだと思います。たぶん言論ＮＰＯは、そのための議論の場としての役割を果たさないといけないと思っています。今その準備をしていますので、是非期待していただければと思っています。</p>

<p><strong>田中：</strong>政治家が政策を作るのを待っているのではなく、政策を誘導するようなアクションを有権者が見せていかなければいけないのですね。</p>

<p><strong>工藤：</strong>政策を誘導するのではなく、僕たち自身が課題解決に取り組むという当事者としての意識を固め、自分たちが政策を考え決定して、それを逆に政治に投げるような動きですね。そういう流れが無い限り日本は変わらない状況にきています。</p>

<p><strong>田中：</strong>よく分かりました。では、これが「工藤ブログ」の再開のはじまりということで今後も継続して議論を発信していただければと思います。</p>

<p><strong>工藤：</strong>はい、これからもよろしくお願いします。</p>

<p><br />
<a name="youtube"></a><br />
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/RuPnkpJE-cY?hl=ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>]]>
</content>
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<title>『北京－東京フォーラム』を通じて見えてきた民間外交の新しい意義 ～強い民間の交流がもたらすアジアの新しい価値観や共生の可能性～</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.genron-npo.net/kudo/archives/../giron/7.html" />
<modified>2011-10-12T05:05:36Z</modified>
<issued>2011-09-30T00:24:25Z</issued>
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<created>2011-09-30T00:24:25Z</created>
<summary type="text/plain">９月30日にダイヤモンドオンラインに寄稿した原稿です 日本ではこの１か月間、政治...</summary>
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<email>info@genron-npo.net</email>
</author>
<dc:subject>言論NPO 工藤泰志「議論の力」</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.genron-npo.net/kudo/">
<![CDATA[<p><a href="http://diamond.jp/articles/-/14235">９月30日にダイヤモンドオンラインに寄稿した原稿です</a><br />
日本ではこの１か月間、政治は大きく動き、野田政権という党内融和を掲げた新しい政権が発足している。民主党政権になってわずか２年の間に３人目の首相交代である。<br />
その最中、私は今年で７回目となった『北京－東京フォーラム』という民間対話を運営するために北京でその作業に追われていた。<br />
今回はこれまでとは少し話題を変えて、この日中対話の報告を通じて政府と民間の役割について私なりの考えを説明してみたい。</p>

<p><br />
<h3>共同世論調査でわかった<br />
対日・対中感情は双方で悪化</h3></p>

<p>この日本と中国の民間対話は、ちょうどその代表選の候補者選びの最中、８月20日から３日間の日程で、北京で行われたものである。日本のＮＰＯである言論ＮＰＯと中国の４大メディアの１つである中国日報社が事務局を務め、日本と中国を代表する有識者で構成されるそれぞれの実行委員会が共催する形をとっている。日本側は、かつての国連事務次長の明石康氏が実行委員長を務めている。<br />
日本では、この代表選の報道にかき消されメディアの扱いも小さかったため、対話の存在自体を知っている人もそう多くはないだろう。が、中国ではこうした日本での報道姿勢に疑問の声が出るほど、議論の内容や動向が連日、ＣＣＴＶなどの中国のテレビや主要新聞で大きく取り上げられていた。<br />
私たちのＮＰＯは、このフォーラムに先立って、<a href="http://www.genron-npo.net/world/genre/cat119/2011.html">日本と中国の共同世論調査の結果</a>を記者会見で公表している。<br />
そこで明らかになったのは、昨年９月の尖閣諸島の漁船拿捕問題や日本の原発の震災事故時の対応が影響し、両国民の感情は再び大きく悪化したことである。尖閣問題では、日本政府の対応に反発して一時は７年前と同様に、中国では反日デモも広がった。<br />
　日中関係に何が今、起こっているのか。こうした世論の悪化の原因に真正面から向かい合おうとしたのが、今回の対話の目的だった。</p>]]>
<![CDATA[<p><br><h3>安全保障対話では激しいやりあい<br />
メディア対話では日本側に同意も</h3></p>

<p>その日、対話の舞台には、日中の各分野の専門家や経営者、政府の関係者まで約110人のパネリストがまさに手弁当で集まった。<br />
日本からは石破茂自民党政調会長、蓮舫行政刷新担当大臣（当時は首相補佐官）、山田啓二京都府知事、山口廣秀日本銀行副総裁、長谷川閑史経済同友会代表幹事、主要メディアの編集幹部ら50氏がパネリストとして出席し、中国からも唐家璇前国務委員や王晨国務院新聞弁公室主任など現役の大臣２氏、閣僚級の要人や企業経営者、メディアの幹部ら60氏がこの民間対話の舞台に発言者として参加した。<br />
会場に集まった延べ2000人の一般の参加者や大学生も、この日行われた安全保障、メディアや政治、そして経済、地方の５つの対話で議論に加わり、パネリストと討議ができる。その大部分はインターネットで議論が中国国内に中継された。<br />
私はこの対話の目的は、「喧嘩できる関係をつくること」と中国側に敢えて説明している。儀礼的で本音で話せない対話などいくらやっても相互信頼につながらない、と思うからだ。<br />
今回、多くの人が集まったのは、日本と中国が直面している懸案の大きさを物語っている。尖閣諸島を始めとする領土問題、中国の経済発展や大国化や軍事増強に伴う様々な懸念。その一つひとつが、両国間の世論の悪化につながっている。<br />
民間の対話がそれらの答えを出すきっかけとなれるのか。参加者の多くはそれを自覚し、集まっているように、私には思えた。<br />
その発言のすべてをここで採録することは目的ではない。が、驚いた議論もあった。<br />
安全保障の対話では中国の空母建造が取り上げられ、中国の軍事の透明性に対して激しいやり取りがあり、中国側からは、日米安保に傾斜する日本外交の独自性を求める一貫した発言が目立ち始めた。こうしたぶつかり合いの一方、これまででは考えられない議論も飛び出た。<br />
メディア対話では世論の悪化がテーマとなったが、尖閣事件で日本の巡視船が漁船に強引に衝突したと報道した中国メディアがほかの中国人記者から批判され、震災や中国で起こった新幹線事故では、メディアの立ち位置は国民の生命を守ることにあるべき、という日本側の主張に同意する中国人記者も多かった。</p>

<p><br />
<h3>本気の議論とそれが両国民に伝わる<br />
対話の舞台づくりを目指した</h3></p>

<p>私が中国と日本との民間対話を今回、ここで取り上げるのは、これからの日本の政府と民間の役割を考えるうえで、この対話が１つの意味ある問題提起をしている、との強い思いがあるからだ。<br />
私自身、かつて外交は政府が行うべき分野だと信じていたことがある。ところが、何か事件があるたびに広がる国民間の感情的な対立に、本来、政府の領域である外交の分野でも、民間ができることはいろいろある、いや場合によっては民間だからこそできることがある、と考えるようになった。<br />
ここで断っておきたいが、私は別に中国の専門家ではないし、言論ＮＰＯという非営利組織も中国やアジアとの友好事業を行うために立ち上げたものでもない。<br />
それでも、言論ＮＰＯが行う議論づくりが、中国との民間対話という形で国境を越えることになったのは、私なりの切羽詰まった危機感があったからだ。<br />
直接のきっかけは、今から７年前、中国の各都市で反日デモや投石騒ぎが広がり、その一部が、日本企業が経営する販売店にまで及んだ時である。<br />
この騒動は、当時の小泉首相の靖国参拝問題がその引き金になった。中国でのデモは日本のニュースで連日取り上げられ、日本でもナショナリズムに火が付くように中国に対する反発が高まっていた。<br />
政府外交は首相会談も停止し、事実上止まっている。メディア報道は国民間の感情の対立を煽るだけで、多くの交流事業が、政府関係の悪化を理由に相次いで延期に追い込まれた。<br />
その頃、私はこう考えた。<br />
このまま相手を攻撃するだけのナショナリズムの火が広がり、手が付けられない事態になったら、「この状況を誰が打開できるのだろうか」。むしろ政府が動けないからこそ、民が動くべきなのではないのか。<br />
私が目指したのは仮に政府関係がどんな状況にあろうとも、民間ベースでは、本気で議論が出来て、その議論が両国民に広く伝わる、そうした対話の舞台づくりだった。</p>

<p><br />
<h3>政府外交と民間交流の<br />
間にある「公共外交」</h3></p>

<p>北京に単身で入った当時のことは、今でも鮮明に覚えている。私は、多くの人のサポートで中国側の様々な機関を訪問し、私の思いを伝えた。その交渉はそう簡単に進んだわけでもない。一言では説明できないほど多くの議論を経て、その夏、北京で立ち上げたのが、「北京－東京フォーラム」という民間対話だった。<br />
私はこの対話を始める時に、いくつかの約束を中国側と交わしている。対話は国民間の相互理解を深めるために行うもので、あくまでも本気で行うこと、そして可能な限り、議論は公開し、そして国民間の認識をこの対話に活かすため、共同で世論調査を行うこと、である。<br />
そして10年間は、対話を継続することも合意された。<br />
もちろん、そのすべてが簡単に合意されたわけではない。世論調査の実施を提案した際には、協議の最中に会議が打ち切られることも何度かあった。<br />
今から考えると、日本の小さな非営利組織との共同事業に中国側が合意したのは、私の個人的な説得だけでは理解できない、中国側の事情もあったはずである。政府関係が冷え込む中で、中国側もまたこうした日中関係の悪化に苦慮し、それを改善する方策を模索していたからだ。<br />
それから７年が経ち、私たちの民間対話も今回で７回目を迎えることになった。<br />
その間、日中関係は、政府の首脳会談が再開され、中国首相は東北の被災地にお見舞いに訪れるほど政府の交流も進んでいる。成長を続ける中国経済と日本経済は、切っても切れない状況となった。<br />
そして、多様な民間の交流事業がこの２つの国の間で動いている。私たちの対話の規模も年々大きなものとなり、中国では、この対話を政府外交と民間交流の間にある、「公共外交」という言葉で位置づけられるようになった。これは私たちがいう、セカンドトラックの対話、ということである。<br />
この間、表面上は確かに改善傾向が進んだが、私たちが行っている世論調査や対話を通じてはっきりとより鮮明になったことがある。あの７年前以上に、両国関係は厳しい状況に追い込まれていることだ。そして、私たちが進める民間対話、つまり民間の外交も重要な局面に立たされている。</p>

<p><br />
<h3>互いの感情の悪化は<br />
どうして進んだか</h3></p>

<p>こうした状況の悪化はこの７年の間に、２つの面から進んでいるように思われる。<br />
第１に中国は、経済格差などの経済成長の歪みを表面化させながらも、ＧＤＰの総額で日本を追い越し、確実に大国としての地位を固めたこと、である。軍事的な拡大と海洋における様々な自己中心的な行動は、周辺国にも脅威を与え始めている。<br />
それに対して、この７年間に日本の首相は６人も変わった。その間に日本政府のアジアに関する独自の外交姿勢は見えなくなり、戦略の構築ができないままアメリカなどとパワーバランスを構築することで中国に対抗する色彩が色濃くなった。<br />
かつて日中の政府間で合意された戦略的互恵関係の具体化も進んでいない。<br />
こうした中で、尖閣諸島での問題が起こり、２つの大国の間に存在する領土問題に、２つの国民はナショナリズムの傾向を強め始めている。<br />
こうした中国と日本との地位の逆転は、私たちの民間対話にも色濃く反映されるようになった。今回のフォーラムを利用して、私は様々な中国政府の要人とも会見したが、いまでは挨拶のように日本の政治が話題にされることが多い。<br />
ある要人からはこんな発言もあった。「日本の内閣はもう少し長く続くことで政治も安定する。私は決して日本政府のことを批判しているわけではないが、中国では日本の立て直しは容易ではない、という悲観論も出ている」<br />
第２に、日本人の意識は明らかに中国の大国化に不安を高めて、反発し始めている、ことだ。私たちが今年７月に行った世論調査では、８割もの日本人が中国にマイナスの印象を持ち、今の日中関係を「悪い」と判断する国民も半数いる。</p>

<p><br />
<h3>相手を知ることで<br />
不安が高まるという逆転現象</h3></p>

<p>これまでの７年間の世論調査で明らかになったのは、両国民間の相互理解があまりにも脆弱な構造にあることである。<br />
さすがにこの７年で減少はしたが、今年の世論調査でも中国の国民の４割近くが、今の日本を軍国主義だ、といまだに理解している。お互いの国民の交流が不足する中で、相手国に対する認識を自国のメディア報道などに依存していることが、歪んだ相互理解を生み出している。<br />
こうした構造がある以上、お互いの国民間の交流の促進は今なお推進すべき重要な課題である。だが、その後明らかになった現象は、相手を知ることで不安が高まる、という逆の現象である。これは私自身もそうだし、ビジネスで中国とつながっている多くの人にも共通の理解だろう。つまり、相手との違いを覚悟したうえで、お互いが共生できる道を探し出す、そういう高い次元の交流が問われ始めているのである。それこそ、私たちが目指した民間対話の意義なのである。<br />
私は政府の外交とこうした民間の対話、つまり民間の外交は車の両輪と同じだと考えている。しかし、日本の政府が外交面で世界の信頼を失い始めている以上、私たちに今問われているのは、それこそ、冷静に未来を志向し、課題を乗り越える対話である。</p>

<p><br />
<h3>絶叫したりナショナリズムを<br />
振りかざすのは愚の骨頂</h3></p>

<p>こうした段階での民間対話の意味をどう考えたらいいのか。日本側の実行委員長を務めた明石康氏は、私との対談でこう語っている。</p>

<p><strong>工藤：</strong>政府間外交とこうした民間対話の役割をどう考えますか。<br />
<strong>明石：</strong>私は、民間外交は政府間の外交を補足し、補強する大きな役割を担っていると思います。政府間の関係が悪くなっても民間外交のクッションで支える、良くするということもありうると思います。しかしその反面、民間外交が悪くなると政府外交が持っている歯止めがなくなる、そうならないように、啓蒙された合理性を持った世論というものはどうやったらつくり上げることができるか、ということを、民間の有識者の中で真剣に話しあうべき段階にきているのではないかと思います。<br />
　この北京－東京フォーラムは非常にユニークな対話です。「民間」ということを狭く捉えるのではなくて、広く捉えて、そういうＮＰＯの社会的な役割というのも両国の政府自身が認め始めているわけですから、外交問題についてその限界まで試してみるという大きな使命を担っているのではないかと思います。アメリカやヨーロッパは、こういう対話で進んでいることを示してきましたが、アジアでもこういうことが起こりつつある。この20年の低迷から、日本が這い出して元気をつけるためにも、こういうことを、もっともっとやるべきだと思います。<br />
<strong>工藤：</strong>ただこの７回の間に、対話の難易度が上がってきたと思います。初めは圧倒的に国民間の相互理解が乏しく、お互いのことを知らない。そのことを交流の力で改善していこうということでした。ただ、最近、中国が経済的に力をつけて、軍事的な問題も出てきました。中国をどのように見ていけばいいのか、日本の国民もまだつかみ切れない段階です。つまり相手が見えることによって、逆に不安が出てしまっている。<br />
<strong>明石：</strong>ただ、これはやっと対話の糸口が見えてきた、と考えるべきです。日中関係の難しさは他の国も感じている難しさと同時に、隣国であるがゆえの難しさの両方があると思うのですね。隣人同士の付き合いはどうしてもややこしいことが多いのですが、それは覚悟の上で、１つひとつ丹念に取り上げ、丁寧に誠実に解決していく。やたらに相手に対して絶叫するとか、ナショナリズムを振りかざすとかいうのは、愚の骨頂だと思います。そういう不毛なことにならないように、私たちの対話も理性的で、客観的な感情に走らないものにしていかないとなりません。</p>

<p><br />
<h3>強い民間の交流がもたらす<br />
新しい価値観や共生の可能性</h3></p>

<p>政府の外交が、国家の利益を競い、パワーバランスだけを意識したものだけならば、国家の競争と対立でしかアジアの未来は描けない。そうではなく、民間や市民の強い関係がこれからのアジアには必要だし、強い民間の交流でしか、アジアの新しい価値観や共生の可能性は見つけ出せない、と私は思っている。<br />
もちろん、それが実現するためには相当長い時間を要するかもしれない。が、そのための努力はアジアの未来のためにも、し続ける必要がある。<br />
こうした私たちの努力は、そのままこの日本の未来にも直接あてはまるように思える。<br />
野田首相は就任後、国連などで一連の外交を行ったが、国連の演説で私たちが見たのは、多くの世界の大使が退席する中で演説をし続ける日本の首相の姿であった。<br />
こうした野田政権の評価は別の機会にするつもりだが、この十数年、日本の政治は未来を競えず、直面する日本の課題すら先送りし、さらに言えば政党政治自体が混乱の最中になる。こうした内向きな政治は、世界からもすでに孤立をし始めていたのである。<br />
自国の未来を切り開けず、グローバルな問題でも貢献できず、存在感を失う日本。「この状況を誰が打開できるのだろうか」。<br />
７年前に私が自らに問いかけたこの質問を、今、私は皆さんと一緒に考えたいと思っている。<br />
</p>]]>
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<title>「マニフェスト政治」とは何だったのか　― 国民に選ばれた政権の正当性を考える</title>
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<modified>2011-08-12T02:25:36Z</modified>
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<summary type="text/plain">８月11日にダイヤモンドオンラインに寄稿した原稿です 季節は夏本番の８月に入った...</summary>
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<dc:subject>言論NPO 工藤泰志「議論の力」</dc:subject>
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<![CDATA[<p><a href="http://diamond.jp/articles/-/13573">８月11日にダイヤモンドオンラインに寄稿した原稿です</a></p>
<p>季節は夏本番の８月に入ったが、政治の光景はますます国民から遠ざかっているように見える。この間、何人かの政府要人と面会する機会があったが、その政治家から何度か同じようなコメントを聞かされた。</p>
<p>「菅首相は、もうまもなく辞めるはずですよ」<br />他人事のように突き放す、政治家の存在には違和感を覚えるが、その発言から伺えたのが、一国の首相の孤立ぶりだった。この国の首相は退陣かどうかのまさに際どい政権末期の局面に立たされている。その答えはもうまもなく出されるだろう。<br />しかし、私がこの夏、特に気になったのはそうした政局の緊迫感よりも、その菅首相が国会で行った国民への謝罪だった。<br />７月22日の参議院予算委員会、そこで首相は、政権交代を果たすことになったあの2009年の衆議院選挙時の民主党のマニフェスト（政権公約）に関して、それが実現出来ないことを初めて正式に認め、こう陳謝している。<br />「本質的な方向は間違っていないが、財源問題で見通しが甘い部分があった。不十分な点は国民に申しわけないとお詫びしたい」</p>
<p><br />
]]>
<![CDATA[<p></p>
<h3>謝罪した首相の視野に国民の姿は全く無い</h3>
<p>マニフェストとは、簡単に言えば、選挙で政党が有権者に実現を約束した政策集である。その約束が実現できなかったことを首相が認める。それ自体、極めて異例だが、間違った行為とは言えない。<br />私が気になったのはこの謝罪自体の目的である。つまり、「何のための謝罪なのか」。<br />もっと率直に言えば、「何をいまさら」、という思いもある。<br />その当初から私たちのＮＰＯも指摘していたが、民主党のマニフェスト自体は、政策目的が曖昧なバラ撒きリストに過ぎず、その後、１年足らずで財源不足からその大部分が断念や修正に追い込まれている。<br /></p>
<p>それをこれまで国民に説明しなかったばかりか、修正自体も認めなかった。それは、党の執行部が修正を模索すると党内の反対勢力が批判を強めるなど、マニフェスト自体が党内の政争の具になっていたからだ。<br />
にもかかわらず首相が陳謝したのは、野党の協力を取り付けなければ、法案さえ通らない状況に政権が追い詰められていたためである。<br />
その前日、党内でマニフェストの検証作業を続けている岡田幹事長は、記者会見でその不履行を詫びており、首相の陳謝の後に、わざわざそれを自民党、公明両党に伝えている。<br />
首相の退陣条件の一つとされる赤字国債発行の特例公債法案を成立させるためには、マニフェストの見直しを主張する自民党や公明党に配慮するしかない。しかし、マニフェストの修正を表だって認めれば、党がもたない。<br />
いわば首相は、謝罪はしたものの、その視野に国民の姿は全く無いのである。</p><br>
<p></p>
<h3>マニフェストという約束の断念は口だけの謝罪で済まされてよいか</h3>
<p>私が問題だと思ったのは、公約という約束の断念は口だけの謝罪で済まされるべきものなのか、ということである。国民に謝罪するなら、これまでの約束をどう修正し、新しい約束を提起するのか。そしていつ国民に選挙で信を問い直すのか、それを説明するのが筋である。だが、そうした言葉は、首相から一切出されなかった。<br />
今の民主党の308人もの衆議院議員は、このマニフェストを掲げて2年前の選挙で選ばれた。マニフェストは４年任期の2013年度末までの16.8兆円もの新しい支出の工程表と財源ねん出で構成されていたが、２年経過した途中で首相が破たんを正式に認める。<br />
では、これからの２年間、この政権が国民の代表として存在する正統性はどこにあるのか。有権者に突き付けられたのは、そうした課題なのである。<br />
私がさらに不可解に思うのは、政権党のこうした混乱が、選挙時の国民との約束の放棄、という事態にまで発展しているのに、メディアでも大きな問題にならず、この政局の話の一コマとして、片づけられてしまったことだ。<br />
かつて、あの小泉元首相は「公約なんてたいしたことがない」と発言しただけで、国会では大騒ぎとなり、それを全主要紙が社説で取り上げる騒ぎとなった。<br />
しかし、今回はその前後の主要紙を調べてみても、社説でこの陳謝が言及されたのはわずか一紙のみで、しかも有権者の立場から記した記事は、「失われた政権の正統性」と題した朝日新聞の政治記事の小さな解説、一つだけしか見当たらない。</p>

<p><br />
<h3>マニフェスト政治に対する逆立ちした議論まで登場</h3></p>

<p>私のＮＰＯが、政党のマニフェストや政府の政策実行の評価を始めてから、もう８年にもなる。だが、率直に言えば、マニフェストの導入の際に期待された有権者主体の新しい政治は今でも実現せず、政権交代した民主党も、国民に向かい合う新しい政治をつくりあげたか、と言えば、古い政治のままである。<br />
そうした政治の混迷で、明らかにこのマニフェストへの関心が薄れ始めている。こうした関心低下の背景には、マニフェストを軸とする政治そのものに対する大きな無理解があるように、私には思える。政治家やメディアにその傾向が特に大きい。<br />
新聞の社説をこの１年間、読み返してみると中には、こんないい加減なマニフェストを守ろうとするから、政治の混乱が始まった、という、逆立ちした議論まで登場する。<br />
そう言いたい気持ちは、民主党のマニフェストの滅茶苦茶ぶりを見ればわからないでもないが、これでは有権者が自らの代表の選ぶという民主主義の本質的な課題を見失ってしまう。<br />
マニフェストは、従来の公約とは異なり、有権者との約束である以上、数値目標や財源などの政策の体系が、分かりやすく具体的に示されなくてはならない。<br />
その意味ではマニフェストの登場で、公約の書かれ方が大きく変わり、関心がそこに集約されたのはやむを得ない。しかし、マニフェストが提起したものは、こうした公約の書き方ではない。有権者が自ら政策を判断して政治を選び、その実行を監視する、そうした緊張感ある関係をこの国の政治に作り出す、ことだったのである。これは、なんでも政治にお任せする政治から、私たち自身が政治を選び、施策を判断する、そうした政治の転換を意味した。<br />
では、そうしたマニフェスト政治はなぜこの国でなかなか実現できないのか。これが今回、私が、ここで提起したい問題である。<br />
その議論に入る前に、先日私の事務所にぶらりと寄っていただいた知人の元経営者、脇若英治氏との対談の一部を紹介しよう。<br />
２年前まで　世界的な石油会社であるＢＰジャパンの会長をし、今はマニフェスト政治の発祥の地であるイギリスのロンドンにあるクリントン財団というＮＧＯで、地球温暖化に取り組むマネージャーを務めている。</p>

<p><br />
<h3>マニフェストが実現できなければ野に下るという英保守党の決意</h3></p>

<p><strong>工藤：</strong>脇若さんは２年間イギリスにいましたよね。３月11日に震災が起きて、今日本はかなりの困難に遭遇していますが、その中で政治がなかなか機能しません。</p>

<p><strong>脇若：</strong>僕は日本に住んでいないので、新聞やテレビの情報でしか判断できませんが、イギリスの政治を見れば見るほど、逆に日本の政治が機能していないように見えます。国民に選ばれているのにも関わらず、国民の意思が反映されない状況になってきています。イギリスの場合は議会政治が長い間続いてきて、ここにきて若い保守党の党首が就任し、大蔵大臣に30代の若い方がつきました。彼らはポンドの威信もなくなるし、国としての格付けも下がるから、緊縮財政をやらないといけないといってやっているわけです。それをマニフェストに書いて頑張ってやりますが、駄目だったら野党に戻ると言っています。民主主義が非常に働いています。</p>

<p>日本の話を聞くと、民主主義以前の問題のように思います。党の中でもコンセンサスがなく、与党と野党というレベルの戦いではなくなってきています。日本は民主主義が始まって100年以上が経過しますが、機能していない。良く言えばこれからの課題でしょうし、悪く言えば100年以上も経過しているのになぜ民主主義が働かないのかと。外から見れば歯痒い感じですね。</p>

<p><strong>工藤：</strong>政党そのものがバラバラで一つの統一感を持っていない、党内のガバナンスが崩れているという問題があります。</p>

<p><strong>脇若：</strong>そう私にも見えます。今言われた話は２つあって、今の政党がいいとしたらそれをベースに二大政党制をだんだん形つくられていく、まあそれが今までの考え方ですよね。しかし、外から見ていると、今の２つの政党をガラガラポンやって作り直していくかというところに来ていると思います。つまり、政党を作りながら、民主主義をより発展させていかなくてはならない。</p>

<p><strong>工藤：</strong>その作業は有権者側から提起すべきと、と私は考えていますが、政治が権力争いをしていても、選挙がない限り、国民は見ているしかないわけです。</p>

<p><strong>脇若：</strong>日本がどうすればよくなるか、その答えはわかりません。一般的に言うと、政治家も半分、国民も半分責任があると思います。イギリスの場合は、国民が物を申す雰囲気があります。デモなどのやり方もありますが、いろいろなチャネルを通じて話ができます。それに対して日本の場合は、最近デモなんて見たことないと思います。皆が我慢してしまうわけです。それから、政治は、自分たちが選んでいるわけですから、選ぶときによく考えればいいのに、メディアに扇動された意見で政権交代が起きてしまっています。メディアのせいだけにはできませんが、国民もきちんとした人を選んでいません。政府、政治には、日本の課題に取り組む、そのような自覚をもった人が少ないと思います。普通の人が選ばれてしまっている感じがします。もっとシャープで仕事ができてリーダーシップを持っている人が何人かいれば、この国は良くなると思います。</p>

<p><strong>工藤：</strong>政治は課題に関して答えを出す努力をしないといけない。その当たり前のことをイギリスではやっている、ということですか。</p>

<p><strong>脇若：</strong>そうです。財政問題、社会保障、医療、教育、外交、これらは全部にイシューがあって、それぞれの党がどのようなポジションを持っているかをきちんと説明して、工藤さんもご承知のように、マニフェストも２年ぐらい前から一生懸命準備するのです。それをことあるごとに国民に話をするのです。</p>

<p><strong>工藤：</strong>ところが、日本では民主党があまりにもいい加減なマニフェストを作ったので、もうマニフェストはいらないのではないかと言う声もでています。</p>

<p><strong>脇若：</strong>さっき言ったように、民主主義が成熟したものになるプロセスだと思わないとまずいと思います。マニフェストがなければ、国民は政党を判断できません。</p>

<p>
<p>脇若氏の発言に私が最も同感したのは、この最後の発言である。今の日本は民主主義が成熟化するそのプロセスにあり、それを主導するのは有権者、という視点である。<br />
マニフェストはそうした民主主義のインフラ、になるはずだった。ところが、昨年の参議院選ではマニフェストという言葉を選挙公約から外す政党も現れた。<br />
結論から言えば、こうしたマニフェスト離れの動きは、国民の失望感に乗っただけで、政治の出口を見出したものではない。政党のマニフェスト自体、本来求められたものとはまだ距離があり、約束に基づく政治がまだこの国で実現したわけでもない。まだ始まったばかりなのである。</p>

<p><br />
<h3>過去五回の選挙におけるマニフェストの評価</h3></p>

<p>言論ＮＰＯは、この８年間に５つの選挙でその評価を公表している。その作業には各分野の約40人の専門家が参加し、マニフェストの形式と実質の２つの側面から約20の項目で評価する。関係者のヒアリングや調査、アンケートも含めて実施され、そのプロセスは議論も可能な限り公開している。<br />
ところが、下に示したように、いずれも合格点に達しておらず、政権交代となった2009年の衆議院選では、民主党のマニフェストは20点台にまで落ちている。私たちの評価基準は、自民党政権時代から全く同じなため、これは評価の基準の問題ではない。（2003年の衆議院選は数字を公表していない）</p>

<div class="summary">

<p><strong>2005年の衆議院議員選挙</strong><br />
自民党43点<br />
民主党44点<br />
<strong>2007年参議院議員選挙</strong>　<br />
自民党27点<br />
民主党28点<br />
<strong>2009年衆議院議員選挙</strong> <br />
自民党36点<br />
民主党27点<br />
<strong>2010年参議院議員選挙</strong><br />
民主党21点<br />
自民党30点</p>

</div>

<p>これと同時に、私たちはマニフェストの実行に関する政権の取り組みの実績自体も、約15の政策分野で合わせて評価し、公開している。民主党政権だけに限って紹介するとその平均の数字も20点台でしかない。</p>

<div class="summary">

<p><strong>鳩山政権実績評価（09年９月16日から10年６月８日）</strong><br />
25／100点<br />
<strong>菅政権実績評価（10年６月８日から12月27日）</strong><br />
21／100点</p>
</div>

</p><p></p><br>

<h3>どうしてマニフェストの評価が非常に低いものになったか</h3>

<p>一体、どうして評価がここまで低いのか。評価を行ってきた体験からいくつか問題を指摘できる。まず、マニフェスト自体がまだ有権者との約束書として中途半端な状況であることだ。<br />
さすがにスローガンだけの従来型の公約はなくなったが、それでもまだ大部分の約束はかなり抽象的で、なぜそれを実現するのか、その目的やそれをいかに実現したいのか、その政策体系（期限、目標、財源など）を描いたものが少ない。<br />
私は、数値目標は大事だがそれを描くだけではだめで、もっと大事なのはその目的や財源などを含めた政策体系だと、かなり強調してきたつもりである。だが、多くのメディアはマニフェストを説明する際の分かり易さから、この数値目標にこだわってきた。<br />
それが様々な混乱をもたらした。例えば、今、修正が与野党で討議されている、子供手当の問題も、支出額の数値目標は示されたが、結局、その目的が何なのか、その財源は何か。最後まで不鮮明だった。<br />
生活支援か、出生率の低下を抑えることなのか、子育て自体の社会化なのか。その目的によってこの評価も異なるが、今ではその目的すら吟味されることなく、財政難から与野党の協議で子供手当も廃止に向かっている。<br />
また多くのマニフェストは解決を先送りしたり、曖昧にしたものが多い。党内の合意ができていなかったり、約束に縛られたくないという、判断もそこには見え隠れする。<br />
問題は、それで約束と言えるのか、ということである。約束は電話帳のように支持者を意識して羅列する必要はない。政党は今、解決すべき課題を絞り込み、その解決策を政策の体系性を持って有権者に提案する。マニフェストとは有権者に対する課題解決の提案書でもあるのである。</p><p></p><br>


<h3>マニフェストのＰＤＣＡサイクルが機能せず</h3>

<p>しかし、もっとも大きな問題は、マニフェストのサイクルが政党や政権の運営で機能していないことにある。<br />
このサイクルはいくつかのパーツから構成されている。一つは党の中でのマニフェストの立案と党内合意のプロセスである。<br />
先の脇若氏は、イギリスでは２年前から準備を始める、と指摘していたが、党首選はその前哨戦であり、それを軸に党内合意に向けたプロセスが大切になってくる。<br />
　問題は選挙後の、約束実行のプロセスである。ここにはさらにいくつか誤解があるので、正確に指摘しておきたい。<br />
まず指摘したいことは、「党の約束」と「政府の約束」は必ずしも同じではないことである。選挙で選ばれた政党は政権を獲得するが、その際、党のマニフェストを基本に、また連立を組む場合はその合意を含めて、「政府の約束」を国民に示さないとならない。<br />
「政府の約束」を国民に提示するのは、政府がその実行に責任を持つためであり、政策の実行は内閣に一元化され、それこそ政治主導でこの約束を実現することになる。<br />
イギリスの例で言えば政府はその実行のために体制を作り、予算をあげる。その実行は政府が自己評価を行い、成果を上げられない担当大臣は交替に追い込まれる場合もある。<br />
ところが、こうしたサイクルは、この日本では実現したわけでなく、作り上げようという意欲も政治側に感じられない。<br />
民主党政権では「党の約束」はそのままで、それを、「政府の約束」として政府が責任を持って、実現し､その工程を管理し、国民に説明する、という仕組み自体が存在しない。<br />
約束に政府が責任を持つためには、政策の内閣一元化や約束の実行のための官邸主導の体制も必要だが、次第に党の要望や反対を抑えられなくなり、今では、今回の復興関連税制や財源問題で明らかになったように、個別の議員の意見が乱立し、何も決められないほど、政府の統治は壊れてしまっている。<br />
約束の実行に政治の責任を問われるのは当然である。だが、ここで私は、修正は一切認められない、と言っているのではない。<br />
党の約束を政府が実現するプロセスで、環境変化や準備不足から修正は当然、あり得る。その時に問われるのは、十分な国民への説明であり、より大きな修正時には､国民に信を問い直すしかない。大切なのは、国民に向かい合う、そうした政治の立ち位置なのである。</p>

<p><br />
<h3>政党自体が政策を軸にまとまらずまとめ上げるガバナンスも不在</h3></p>

<p>マニフェストを軸とした政治は９年前頃から３つの経路で始まった。一つは選挙で示した政権政策を政治主導で実現するという政治改革の動きであり、もう一つは地方から始まった市民の視点で政治を選ぶ、民主主義のインフラづくりである。<br />
前者は自民党時代の国家戦略本部の国会ビジョン策定委員会が提起したもので、後者はかつての三重県知事の北川正恭氏が提唱者となった。そして、私たちのＮＰＯが手掛けたのは、政策評価を国民との約束の観点から作りかえることだった。<br />
この３つの動きに共通するのが、有権者主体にこの国の政治を作り変えること、である。それが今、一つの暗礁に乗り上げたのは、その動き自体がこの８年間、有権者に支えられた大きなものに発展しなかったからだ。<br />
私たち側の責任も当然問われるだろう。<br />
この動きの目的は政治の立ち位置を有権者サイドに大きく動かすことだが、そうした問いかけが十分にできないまま、作業に参加した多くの人は、民主党への政権交代自体を自己目的としていた。それが政治の今の混乱に健全な批判精神を失う、言論側の衰退を招いている。<br />
マニフェストの試みは、いくつかの大きな課題に直面している。<br />
一つはマニフェストを実行する実行過程の仕組み自体に､政治が真剣に取り組んでいないこと。そして、マニフェスト以前の問題として､政党自体が政策を軸にまとまっておらず、それをまとめ上げるガバナンスがほとんど党内に存在していないこと、である。<br />
民主党政権の機能不全は、そうした政党自体の崩壊を明らかにしている。しかし、こうした民主政治のほころびがより鮮明に明らかになったのも、マニフェストという約束に基づく政治に向けた試みを、始めたからなのである。<br />
この状況を何事もなかったように元に戻すことはもう困難だろう。<br />
退陣間近の首相は政局判断で謝罪し、国民への謝罪という大きな意味を政局の中でしか判断できない、既存のメディア。こうしたもたれ合いの閉塞感を突き破るには、私たちが政治の代表を選んでいるという、いわば民主主義の原点に立ち戻るしかない、と思うのである。<br />
私たち自身が強く望まない限り、新しい政治の流れも始まらないだろう。くどいようだが、そのためにも私は解散を、今の政治に求め続ける。<br />
政治と有権者の間に緊張感ある関係を作り上げようとした､マニフェスト政治の意味をもう一度、皆さんに考えていただきたいのだが、どうだろうか。</p>]]>
</content>
</entry>

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<title>この国の民主主義を国民目線で作り直す　― 解散は「強い政治」を作るための第一歩</title>
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<modified>2011-07-18T09:21:11Z</modified>
<issued>2011-07-18T08:50:28Z</issued>
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<summary type="text/plain">7月15日にダイヤモンドオンラインに寄稿した原稿です 　前回の記事で私は、政治は...</summary>
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<email>info@genron-npo.net</email>
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<dc:subject>言論NPO 工藤泰志「議論の力」</dc:subject>
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<![CDATA[<p><a href="http://diamond.jp/articles/-/13158">7月15日にダイヤモンドオンラインに寄稿した原稿です</a></p>

<p>　前回の記事で私は、政治は一刻も早く国民の「信」を問うべきだと主張した。<br />
私が言いたかったことは、この国の政治に新しい変化を起こすのは有権者しかなく、有権者が覚悟を固める局面だということである。<br />
　その後も政府の統治の力は弱まり、首相退陣を巡る攻防だけが政局の焦点となっている。<br />
　呆れた話だが、被災地の知事に、「お客を待たせるのか、助けないぞ」とすごむ復興担当大臣は辞任に追い込まれ、原発の再開で首相に梯子を外された経済産業大臣も辞意を漏らす騒ぎとなった。原発の再稼働を巡る方針で政府の腰が定まらないまま、来年には電力危機が想定される事態になっている。</p>

<p><br />
<h3>胸に響いたある主婦からの発言</h3></p>

<p>　震災復興やこの国自体の復興という、国民が直面する現実的な課題と、政局の動きの間には目に見えるほど大きな距離が広がっている。これは統治の危機のみならず、国民が代表を選び、その代表が国民の代わりに直面する課題に取り組むという、民主主義の機能不全だと、私は考えたのである。<br />
　こうした私の問題提起に、数多くの人が反応し、意見をいただいた。その大部分は、有権者は政治に解散を求めるべきという私の提案に賛同し、その幾つかは言論ＮＰＯへの厳しい注文となった。胸を締め付けられるほど、共感を覚えた意見もある。<br />
　その一部を紹介しよう。ある主婦の発言である。</p>

<p>　「国民として、被災地と何のつながりもないひとりの主婦として今、どう行動すればいいのか、見出せずにいます。選挙があるまで、何もできないのでしょうか。プラカードを掲げて歩けばいいのでしょうか。<br />
　前回の総選挙以来、政治の混迷も苛立つばかりで、実際には、どうすることもできずにいます。次の一票を投じる機会を得るまでに、いったいどれだけの産業がダメになり、商店がつぶれていくのでしょう。10年後の市は、町は、国は、どうなるのでしょう。誰がそのビジョンを描いているのでしょう。<br />
　物知り顔で世相を説いてみせても、何も変わりません。大阪の大きな商店街で３代目の個人商店を営む両親は自分たちが過去50年やってきてこんな酷い不況はない、商店街の店もどんどんつぶれていく、そして皆、老人向けの接骨院になってしまう、と悲鳴を上げています。<br />
　個人でできる努力には限界があると思います。むしろ個人レベルでは、誰も必死でやっています。それらを力強くまとめ、未来を指し示す政治の力が必要です。今は個人が力尽き、町が弱り、国が死のうとしています。<br />
　政治の努力はどこにあるのでしょうか。政治の復活再生のために、個人は何ができるのでしょうか。どうか教えてください。」<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p><br />
　この国の政治の崩壊を前に、私たち個人は何ができるのか。それは今、国民全員に問われた問いである。<br />
　前回の記事で、私は、やる気になれば数か月でその準備はできる、と書いた。<br />
　政治に新しい変化を起こすためには、まず解散を迫り、最終的に選挙で有権者の意思を示すしかない。<br />
　ただ、今すぐ選挙を行えと私は主張したわけではない。選挙のなるべく早い実施を国民に約束し、それまでに政治が一体となって被災地の問題に取り組み、多くの有権者が参加できるための選挙の準備を進める。<br />
　と、同時に私たちは政策を軸とした政党の再編や、選挙制度も含めたデモクラシーの仕組みの建て直しのために議論を開始する必要がある。<br />
　こうした政治の建て直しには何回もの選挙と時間が必要になるだろう。しかし、今始めなくては、その機会を私たち自身が見失ってしまう、と考えたのである。</p>

<p><br />
<h3>選挙をやっても棚に並ぶ商品は一緒</h3></p>

<p>　この点で、私に寄せられた多くの意見の中で最も私が関心を持ったのは、むしろ解散に反対する意見だった。今、考えるべきいくつかの論点が示されていたからだ。<br />
　この論点は大きく言えば２つに分けられる。<br />
　１つは、解散は行ってもいいが、候補者として示される政治家の顔ぶれが同じでは選挙を行っても同じではないか、というもの。<br />
　もう１つは、今の政治家を選んだのも今の有権者であり、有権者はその時々の雰囲気や自分の利害を優先するために、それに見合った政治家しか生み出せない、しかも今の選挙の在り方では、代議制民主主義が機能しているのか疑わしい、というものだ。</p>

<p><br />
　私はそのあと、この解散を巡って民主党の若い政治家と議論する機会があった。最初の論点に関しては、その時に政治家から同じ意見が出たので、そのやり取りをここで紹介する。被災地の支援の際に出会ったことがある、36歳の内科医出身の梅村聡参議院議員である。</p>

<p><strong>梅村：</strong>　私は今、36歳なのですが、今の党の幹部というのは運動の世代なのです。統治という概念が非常に薄い。首相が辞めるのか、辞めないのか、こういうことで議論する際に、誰が最終的にまとめるのか。結局、そういう意味で言えば、統治でしょうね。統治機能が無くなっている。<br />
<strong>工藤：</strong>　僕も、今の日本は統治の危機にあると思います。ただ世界の中で、また時代の中で日本の課題もあって、それを早く直して、その課題に挑んでいくという流れを作っていかないと、大変なことになる。必要なのは選挙による、政治家の仕分けではないか。<br />
<strong>梅村：</strong>工藤さんのお立場から言えば、国民に「信」を問うということですけど、私から言わせれば、国民に「信」を問うても、棚に並んでいる商品は一緒なのですよ。もっと言えば、政治家の棚卸し。これにつきるのではないかと思います。<br />
<strong>工藤：</strong>では、政治家を棚卸しする力が、今の日本の政党にあるのでしょうか。</p>

<p>　ここでの議論は、政党がこの国が直面する課題を解決ができる候補者を、選挙時に提示できるのか、という問題である。<br />
　梅村議員は、私と同じ問題意識を持ちながら、それが今の政党の中ではできないことをあっさりと認めている。さらに対話を続けてみる。</p>

<p><strong>梅村：</strong>本来、二大政党になり、小選挙区制を導入した時に、その裏打ちとして政党の人材育成機能ということが実は必要だったのです。日本はその肝を抜いたまま、細川政権の時の政治改革の議論の中で、形だけを真似た、と。だから、その育成機能を今の政党につくっていかなければいけない。そこをやらない限りは、国民に信を問うても、国民が迷惑なだけです。<br />
<strong>工藤：</strong>政党助成金で国民から税金が党に流れている。その使い方を見直して、人材育成に充てればいいのに、結局、みんなに分配して選挙資金のために使ってしまう。そういう動きというのは、梅村さんが党内で提案しても修正は無理ですか。<br />
<strong>梅村：</strong>それは、国民の側が、そういう選択肢で政権を選ぶという大きなムーブメントが起これば。<br />
<strong>工藤：</strong>起こらないとダメだということですね。<br />
<strong>梅村：</strong>起これば、いけると思います。</p>

<p>　同じ疑問を私は以前、自民党の石破茂政調会長にもぶつけたことがある。<br />
政党はすでに政策を軸にまとまっておらず、政党というものが機能するためには政界再編は避けられない、とする石破氏に、その動きを政治の世界で自発的に行うことは可能か、と尋ねたのだ。<br />
　その際の答えも同じだった。<br />
　「国民の側からそれを提起する動きがないと、難しい」と。<br />
　本来、国民の代表にふさわしい候補者を有権者に提示するのは政党の仕事である。だが、その政党自体が、同床異夢の状態で、適切な候補者を発掘できず、育てられない。<br />
　むしろ、国民側に政治の建て直しを政党に迫ってほしい、というのである。<br />
　私は解散を行うべき、と主張しているが、選挙が行われ、政権が変われば、自動的にこの国に、課題に取り組む新しい政治が生まれると楽観視しているのではない。　<br />
　選挙は、この間、政治をただ見ているだけしかできなかった有権者にとって、意思を表明できる第一歩だが、新しい確かな変化を起こすためにはそれだけでは足りない。<br />
前回も説明したように、主要な政策の選択肢を提起し、どれを選ぶのかを政党や政治家自身に問い、政治家ごとにその実行を評価し、公表する。<br />
　さらに言えば、課題解決に取り組む新しいリーダーの発掘や、梅村氏が言うように、政党に関しては政党助成金の使い方や、政策の立案の党内ガバナンスも、当然問うべきだろう。そうしたプレッシャーをかけ続けないと、日本の政党は変わらないし、候補者の棚卸しも実現できまい。<br />
　私たちのＮＰＯも当然、議論の舞台でそれを行うつもりだが、そうした準備を今回の解散から始めようというのが、私の提案なのである。</p>

<p><br />
<h3>代議制民主主義の基本を再吟味する必要があるという意見</h3></p>

<p>　解散に反対する２つ目の意見は、現状のままで選挙を行っても同じ繰り返しを招いてしまうのでは、という危惧から出ている。<br />
　１つは有権者自身が誤った選択を再びするのではないかという危惧、そしてもう１つは、選挙で代表を選ぶという民主主義の仕組み自体が機能しているのかという疑問である。<br />
　私に対しては次のような意見があった。</p>

<p>　「そもそも今の選挙制度と現状の代議制民主主義で、国民の広い信頼・負託を得た議員を選ぶ事が実質的にできていない。今のシステムでは誰が選ばれようと、政治は混乱し、リーダーシップの取れる総理や政権は生まれない。今の混乱は政治家の個人的資質の問題や個別政党の至らなさの問題だけではない。むしろ、国民の熟成度の低さと選挙制度のまずさ、代議制民主主義の限界の問題が大きい」</p>

<p><br />
　この問題は、有権者の選択のまずさと同時に、代議制民主主義の基本の再吟味が必要ではないか、という問題を突き付けている。<br />
　私は、ここで代議制民主主義の是非まで論じるつもりはないが、私なりに単純化すれば、今の政治家は国民の代表と言えるのか、そこには選挙制度上のまずさはないのか、という問題がある。<br />
　第１の有権者の選択のまずさの問題は、率直に言えば、有権者自身が学習するしかない。多くの有権者はこの政治の機能不全の状況を見て、安易な投票行動がどのような政治を生み出してしまうのか、その怖さを痛感したはずだ。<br />
　被災地では、震災から４カ月も経つのに瓦礫などの処理が進まず、生活不安は解消されるどころか、地域の復興の姿さえ見えない絶望的な状態にある。<br />
にもかかわらず、国会では政治の閉じられた世界だけで、党の分裂と権力争いだけを繰り返し、国民との距離を広げている。<br />
　民主党の政治家が、この局面においても解散を、被災地を理由にタブー視するのは、水ぶくれのように膨らんだ議席数を任期中は維持したい、というためだけである</p>

<p><br />
<h3>非常に甘い「最低投票」の基準</h3></p>

<p>　第２の疑問は、これからの民主主義と有権者の在り方を考える点で重要な問題を提起している。<br />
　私は、この点で「最低投票」の問題を、ここで皆さんに提起してみたい。<br />
選挙では、相対的に多くの票を獲得した人が当選する。そこではいくら投票率が低くても、「有権者の代表」は選ばれる。<br />
　公職選挙法では、このほかに、あまりにも得票が低ければ当選できない、という「最低投票」の問題があり、衆議院の小選挙区制度では、有効投票総数の６分の１は最低でも獲得しなくては、相対的に１位になっても当選できない。<br />
　こうした選挙制度についての解説本はいろいろ出回っているが、なぜ「最低投票」がここまで甘いのかを説明するものは、現段階で見たことはない。<br />
　仮にある選挙区で投票率が50％の場合、有権者全体の９％程度の得票で当選できることになる。小選挙区制は二大政党化を進め、１人の当選者を選ぶ制度である。<br />
　それが、10人に１人の支持も得ないで「有権者の代表」と言えるのかということである。<br />
　こうした大甘の理由は、６分の１という設定やその計算式の分母に有権者総数ではなく、有効投票総数を置いていることが背景にある。<br />
　ある政治部記者出身の政治評論家が書いた子供向けの解説書によると、選挙による棄権者とは「白紙委任」とある。これはあまりにも政治家目線の解説だろう。棄権は、有権者としての権利の放棄であるが、今の政治では、政党が政策を国民に提起できず、曖昧な公約しか出さないため、選べないから投票もできない、という理由も十分理解できる。<br />
そこで、私は選挙で「有権者の代表」を選ぶためにあえて、以下のような提案をしてみたい。<br />
　つまり、①現行の有効投票数を分母にする場合は２分の１以上、②有権者総数を分母にする場合は４分の１以上、を「最低投票」と算定して、この水準を上回らない場合は、再選挙を行うか、その再選挙コストを節約するため、当選者を選べない、つまり「政治家空白」としたらどうか、ということだ。<br />
　有権者は選挙を棄権する以上、政治家を選ぶという権利を放棄したことになり、「政治家空白」となっても文句は言えないはずである。有権者は政治空白を避けるためには、政治家をしっかりと評価することになり、政党は適切な候補者を選ぶことに必死になるだろう。<br />
　有権者の代表を選ぶという民主主義の在り方が俄然、緊張感を伴うものとなる。<br />
私たちがこの間の選挙をもとに簡単な推計をしたところ、03年の総選挙（平均投票率は59.86％）では　①の場合は162、②の場合は55の選挙区で空白が生じ、有権者の支持を確保できた政治家の数は大きく削減されることになる。<br />
　世界では最低得票率を50％としたり、投票を義務化する国もある。その国の民主主義の程度にもよるが、今の日本の政治の状況を考えれば、こうした提案も荒唐無稽とは言えないだろう。</p>

<p><br />
<h3>政治家の目線で設計された今の代議制民主主義</h3></p>

<p>　代議制民主主義の立てつけには、政治家の目線で設計されたものが並んでいる。<br />
　政党助成金や小選挙区制と比例区の重複立候補、そして最低投票の問題、さらには小選挙区制度の問題など、有権者が代表を選ぶ仕組みに様々な疑問が出ている。<br />
　例えば、小選挙区で落選した候補が政党の比例区で当選し、その後、その政党を辞めても政治家を続けている衆議院議員も２人いる。政党助成金ではその使い方が明確でないだけでなく、受け取りを拒否している共産党分をほかの政党が山分けしている。<br />
　こうした不可解な事例はいくつもあるが、もそれを話題にし、改善する動きが政治家や主要メディアから具体的に提起されたことはない。<br />
一票の格差も、最高裁で違憲判決が出ても、政党は本気で取り組んでおらず、民主党では　その決定を次の執行部に先送りしている。<br />
　この構図は、原発の推進を進める経済産業省所管の原子力安全・保安院がその安全性のチェックを行っているのと同じである。いわば原子力村ならぬ政治村の存在が、政治がここまで混乱し、政府の統治が崩れても、国民の信を問うという、有権者の立場に立った発想自体を阻んでいる。<br />
　私へのメールで、有権者が今の政治を変えるためには、こうした代議制民主主義の構造　そのものを問うべき、という意見がある。その通りだと、私も思う。<br />
　そのための議論を私のＮＰＯも始めるつもりだが、しかし、こうした構造を国民の立ち位置で全面的に変えることも、最終的には有権者が選挙で判断するしかないのである。<br />
　民主主義を機能させるということは、選挙における「競争」と「成果」を政治家に問うサイクルが実現することである。「成果」を判断するために、政治家や政党が有権者に取り組む課題と達成目標を説明し、その業績評価を有権者が選挙で行う。<br />
　そうした緊張感から、新しい強い政治が生まれ、政治のリーダーを必ず生み出せると、私は信じている。<br />
　政治に、国民に対する「信」を問うことを迫るのは、そうした国民目線の政治を作り出すその第一歩だからである。</p>]]>
</content>
</entry>

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<title>なぜ政治は国民に「信」を問おうとしないのか　～問われているのは民主主義の機能不全～</title>
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<modified>2011-07-18T09:19:07Z</modified>
<issued>2011-06-21T12:09:56Z</issued>
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<summary type="text/plain">　この一連の政治の騒動を見ていて、どうしても理解できない素朴な疑問がある。 　な...</summary>
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<email>info@genron-npo.net</email>
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<dc:subject>言論NPO 工藤泰志「議論の力」</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　この一連の政治の騒動を見ていて、どうしても理解できない素朴な疑問がある。<br />
　なぜこの国の政治は、国民に「信」を問おうとしないのか、ということである。<br />
　発生後３カ月たっても被災地は瓦礫の山。避難所の劣悪環境から抜け出せないまま、被災者の11万人余は未だに生存の危機に直面している。原発震災の処理は遅れ、汚染地域から避難した住民は今後の人生すら描けない。<br />
　被災者の一人ひとりの命を救うためには、非常事態を宣言し、政府一体で取り組む局面だったが、この３カ月間、政権は迅速で有効な対策の方向すら示せないでいる。<br />
　そればかりか、首相の不信任を巡って党内分裂を招き、政治家同士の騙し合いは、嘘をついた、つかないの話となり、政治の亀裂の修復はもはや不可能となった。<br />
　それでもなお、菅政権の退陣を巡って､政権にしがみつく政治家と降ろしたい政治家が、毎日のように党内外で駆け引きを繰り返している。<br />
　この非常時に政治が機能しない、いやこの国の政治が壊れている。こんな政治を目前にして、こんな政治家、全員いらない、と思っている人も多いだろう。<br />
　私の疑問は、この状況に至っても、私たちは、この国の政治をただ見ていることしかできないのか、ということだ。</p>

<p><br />
</p>]]>
<![CDATA[<h3>戦時下の英国でも、関東大震災後でも総選挙は行われた</h3>

<p>　こんな時に選挙なんてとんでもない、という意見があるのは事実である。だが、よく考えてみると、その根拠はいささか脆弱である。<br />
　1945年に英国では総選挙が行われ､戦争を指揮したチャーチルが退陣に追い込まれている。ヒトラーが自殺をした直後だから、戦局はほぼ決していたが、まだ戦争中である。<br />
　日本でも関東大震災時には、政治の混乱から５カ月後に解散が行われ、震災の影響で選挙人名簿の作成に時間を要したが８カ月後に総選挙が行われている。<br />
　選挙は民主主義を支えるための重要な装置である。であるならば、困難があるから、国民には信を問えないのは政治サイドの身勝手な言い訳に聞こえる。困難があるからこそ、国民の信を得た「強い政治」で難局に当たる必要がある、と思うからだ。<br />
　多くの有力メディアも、選挙はとんでもない、という風潮づくりに加担している。<br />
　しかし、その議論をつぶさに読んでみても、危機下では「政局」ではなく、みんなで力を合わせるべき、程度の論拠しか提起できていない。今の政権に力を合わせるべき､と署名入りで書いている記者もいる。<br />
　だが、これらの議論がおかしいのは、この国の政治の混乱は、大震災という自然災害によってもたらされてわけではなく、政権政党である民主党が事実上分裂し、政党間の対立から、政府が十分に機能しなくなっていることにある。<br />
　そうした政治の機能不全が、未曾有の震災での対応を遅らせ、原発事故に伴う日本社会のパラダイムの転換に向かい合えない事態を招いている。いわば私たちが直面しているのは統治の危機なのである。<br />
　しかも日本の首相は、米国のブッシュ大統領があの9.11で見せたように国民の合意や政治家全体をまとめ上げる力もなく、自己の権力を維持するために躍起である。そして、国民の強い支持を得ていない。<br />
　その政治の誰に力を合わせればいいのか。その現実を直視する論調は皆無である。いわばほとんどのメディアは､政局のどちらかに加担しながら､お互いの正義を言い合っているだけにすぎない。<br />
　その正義に、ぽっかりと穴が空いたように無視された存在がある。それこそ、有権者の存在である。</p>

<p><br />
<h3>いまの政党は烏合の衆になっている</h3></p>

<p>　ちょうど菅首相の不信任決議が衆議院に提案された６月２日。同じ時間に偶然にも言論ＮＰＯはアドバイザリーボードの会議を行っていた。<br />
　アドバイザリーボードは、小林陽太郎氏、明石康氏、佐々木毅氏ら９氏で構成されている。この日は多くの人の都合が悪く、出席したのは前岩手県知事で、総務大臣も務めた増田寛也氏、オリックス会長の宮内義彦氏、大和総研理事長の武藤敏郎氏の３氏である。<br />
　当然、今まさに行われようとしている、首相への不信任決議がその議題となった。<br />
　私たちの問題意識は、今の日本の政治の状況をどう認識するか、である。<br />
３氏との議論の中で、今、問われているのはこの国の「統治の崩壊」だと、言い切ったのは宮内氏だった。<br />
　宮内氏は、政治とは統治の仕組みと、政党、そして政治と行政の関係という３つの要素で構成されている、としたうえで、「そういうものが、うまくつながっていないと政治というのは動かない。私はそれらが今潰れてしまっているとしか思えない」と語り、さらに特に問われるべきなのは政党の在り方だ、として次のように語っている。<br />
　「今の政権政党は本当に政党なのだろうか。言うなれば、綱領のない政党です。綱領がないのに集まるというのは何なのだろうか。この指止まれというけど、何に止まっているかわからない、いわゆる烏合の衆なのです。綱領がない政党はあり得ない。綱領らしきものはマニフェストということで選挙を戦ってきたけれども、勝った途端にそこに書かれたものはどれもこれもダメだと言われている。自民党もそうだったし、今の民主党も政治を行うには相応しくない集団になっているのではないか、というのが実態だと思う。これは、全てやり直さなければいけない」</p>

<p><br />
<h3>「解散、総選挙」でしか答えは出ない</h3>　　</p>

<p>　政党が「烏合の衆」になっている。意外だったのは、宮内氏のこんな厳しい指摘に他の２氏も同調したことだ。<br />
　武藤氏も、不信任を巡る混乱の原因を、「民主党が政党として体をなしていないこと」とし、「出自から見ても、党の中には右から左までいろいろいて、とても１つの政策を標榜しているとは思えない。たまたま大震災が起こり、野党から不信任ということになったときに、色々な意見があって与党がまとまらない、という矛盾が浮き上がっただけ」という。<br />
　増田氏は、「結局、最後は、こうした政権を選んでしまった我が身の不明を恥じるしかない。政党政治はゼロから出発し直さなくてはならないが、その時には政治のゲームにうち興じている政治家には、二度と国政を託したくないな、というのが率直な思い」とまで、言い切る。<br />
　こうした日本の政治の状況をどう打開できるのか。これに対する３氏の意見は、時期の問題での意見に差はあるにしても、いずれも「解散、総選挙」でしか答えは出ない、ということである。<br />
　武藤氏は、「最も望ましくて、かつ可能なシナリオは、最終的には選挙をするべきだと思う。そうでない限り、この問題は整理がつかない。何らかの意味で、選挙までの暫定的な政権をとりあえずつくる。それで、きちんと選挙をする。その時が勝負になって、そこから新たな政治に転換していく、というのが最も望ましい姿」。<br />
そして、こう付け加えた。<br />
　「極端な話をすれば、別に首相がどうであれ、政治がどうであれ、日本国民はこの震災を必ず乗り切っていく。その程度のまとまりと、知恵と力はあると思います。ですから、震災を全ての理由にして、政治の動きをそれによって封じてしまうことは、適当ではないと思う」。※1</p>

<p><br />
<h3>なぜ解散したくないかその理由はきわめて単純</h3></p>

<p>　私たちが、「国民の信」を問うべきだと主張しているのは、今の政治の混乱のままでは、迅速にこの震災での被災者の生活再建や雇用の復興に答えを出すことは困難だ、と考えるからだ。<br />
　私も東北出身だからよく分かるが、梅雨が明け、夏祭りが終わる頃には厳しい冬の気配が迫ってくる。被災地にあまり時間は残されていない。<br />
　私は、こうした政治の危機的な病巣を棚上げにしても政治がその機能を取り戻す最大のチャンスが、この大震災だと思っていた。<br />
被災者の命の救済や被災地の復興に、国民との合意を形成して、課題に対して政治が協力して一体として取り組む。政治が課題を通して国民と繋がる。それこそが、震災のみならずこの国の復興に道を開くと期待したからだ。<br />
　だが、震災対応が遅れるまま首相の退陣騒動に発展し、野党を巻き込んでこの難局に対応できる体制は震災後３カ月経っても実現していない。<br />
　そして付け加えるとすれば、この危機下で機能不全に陥っている民主主義そのものに、私たち自身がどう向かい合うのか、という問題がある。<br />
民主政治では、有権者は自分の代表として政治家や政党を選び、政党や政治家はその代表として課題に取り組む。こんな緊張感あるつながりが、本来の民主政治に問われる関係のはずである。<br />
　その有権者の代表という姿を、今の政治に感じている人は皆無だろう。<br />
　この国の政党がなぜここまで崩壊の危機に至っているのか。その問題を有権者は真剣に考える局面に今、立っていると思うのである。<br />
　しかも、この局面においても政治の視野にあるのは国民の姿ではない。一度奪った権力を手放したくないという政治の力学だけなのである。<br />
　なぜ日本の政治は解散をしたくないのか。その理由は極めて単純である。<br />
２年前の衆議院選挙で得た政治家の数をそのまま、なるべく長く維持したい、率直に言えば政治家の地位を守りたい、だけの理由である。<br />
　これを民主党の最長老の渡部恒三氏に直接聞いたことがある。<br />
　ちょうど、小沢一郎氏との誕生日を一緒に祝う会に出席した、その翌日の朝の勉強会の席上である。</p>

<p><br />
<h3>首相は選挙を権力維持の道具としかみていない</h3></p>

<p>　地元の福島原発の被害に対する心労で毎日なかなか眠れずに、白髪が増えたという渡部氏は、スピーチで「原子力発電の事故の問題は、単に福島県が滅びる、滅びないというより、日本の国が滅びる、滅びないかの問題。国益優先、挙国一致で取り組むしかない」と力説する。<br />
その渡部氏に失礼ながらこう聞いてみた。<br />
「こういう国難の時は国民の強い支持がどうしても重要だと思うが、このまま選挙はやらなくていいのでしょうか」<br />
　答えは極めて明快だった。<br />
　「選挙をやれば民主党が惨敗します。今の小沢チルドレンの150人の中で残るのは５、６人でしょう。一票の格差というのがあります。それを直さないでやると、憲法違反だと言われる可能性があります。再来年の９月まで、あと任期は２年４カ月あります。だからあと２年は解散ありません」<br />
　私がどうしても理解できないのは解散に関する首相の認識である。国民に信を問うという、民主主義の基本を、権力維持の道具としか考えていない言動が相次ぐからである。<br />
政治の混乱の中で、解散を巡って驚くべき首相の発言が何度かあった。<br />
　第一に、菅首相は不信任の可決の公算が高まりかけたまさにぎりぎりの段階で、党内の選挙に弱い政治家の反旗を抑え込むように、解散の準備をするように指示をしている。<br />
　さらに、新聞報道によると、様々な議員との会合で、大連立前提で名前が挙がった谷垣自民党総裁に関して「谷垣にやらせたら６カ月以内に解散をするだろう」と難色を示している。<br />
　首相が、解散に関して誰よりも慎重であることはわかるし、選挙の結果を意識するのも当然だろう。しかし、解散が、党内の反対派を抑える方便に使われたり、議席を失うことを避け、国民に選択を求めないとしたら、政治の目的は権力闘争以外なにものでもない。　　　</p>

<p><br />
<h3>より多くの人が望めばそれは必ず実現する</h3></p>

<p>　もちろん、私が､国民の信を問うべき、と主張するだけでは政治はそれを決断しないだろう。しかし、より多くの人がそれを望めば、それは必ず実現する、と私は信じる。<br />
　被災地では多くの市民や専門家が、被災者の生活救援に取り組んでいる。福島でも放射能汚染の健康のモニタリングが市民参加で動き始めた。<br />
　多くの人が、目の前の課題に一体となって取り組む。その支援の輪は、被災地が距離的に広がり、深刻な被害状況の困難の中でも確実に広がっている。<br />
　こうした国民側の立場に立った、課題に取り組む政治を私たち自身が強く求めなくてはならない。<br />
　私は今すぐに選挙を行えと､主張するのではない。なるべく早い実施を国民に約束し、それまでに政治が一体となって、被災者と被災地の再建に取り組むべき、である。その一方で衆議院の一票の格差の是正などの選挙準備を進める。<br />
　やる気になれば数カ月で出来るだろう。<br />
　だが、同時に、政党の再建や再編に取り組む必要がある。それを国民側が提起すべきである。そのためには、社会保障やエネルギー、安全保障など主要な政策ごとの選択肢を提起し、それを政治家に求める必要がある。<br />
　私たちのＮＰＯはそれを議論の力で進めようと考えている。<br />
このプロセスはかなり長期化する可能性がある。これだけ、政党政治が壊れている現状では、国民が何回も政治家を選ぶことによって、新しい政党なり政治家の像が、だんだん国民に伝わってくる。そういうプロセスを経ないと、新しい政治は作れないだろう。<br />
　ただ、これ以上、先延ばしには出来ない。だから、私たちは解散求める。そこから、この国の政治に変化を起こしたいからである。<br />
　政治の世界では今なお、権力に固執する首相のもとで、退任時期も固まらず、様々な政策課題が停滞している。<br />
　私たちはそうした政治に、全て白紙委任したわけではない、のである。</p>

<p>※1　「『政治の崩壊』を有権者はどう直視すべきか」の全容は<a href="http://www.genron-npo.net/future/genre/cat142/post-145-2.html">こちら</a>から<br />
</p>]]>
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<title>誰がこの国の政治を変えるのか？その答えは政治家にではなく代表を選ぶ市民の側にある</title>
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<modified>2011-05-31T05:02:24Z</modified>
<issued>2011-05-28T13:28:38Z</issued>
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<summary type="text/plain">５月２日にダイヤモンドオンラインに寄稿した原稿です 阪神大震災と比べ なぜかくも...</summary>
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<dc:subject>言論NPO 工藤泰志「議論の力」</dc:subject>
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<![CDATA[<p><a href="http://diamond.jp/articles/-/12387">５月２日にダイヤモンドオンラインに寄稿した原稿です</a></p>

<h2>阪神大震災と比べ
なぜかくも政府の対応が遅れるのか</h2>

<p>　震災から2ヵ月がたったにもかかわらず、被災地では依然、20万人近い人が実質的な避難生活を余儀なくされている。</p>

<p>　政府の取り組みの遅れは、阪神淡路の震災時と比較すると分かりやすい。被害の規模や広がりは異なるが､被災地の「命の救済」という点で、政府に求められる時間は同じなはずだからだ。</p>

<p>　政府は被災地の出口として、瓦礫処理や仮設住宅でも8月目処の達成を明らかにしたが、それがそのまま実現するとは現段階では判断できない。</p>

<p>　例えば、瓦礫の処理では阪神淡路では2ヵ月時点で約80％が処理されたが、今回はその規模は2倍程度とされており、阪神淡路のときのような埋め立て地もない。このため5月2日時点で岩手が16％、宮城が2％、福島は4％に過ぎない、という。</p>

<p>　また仮設住宅も、阪神淡路では2ヵ月後に3分の2は完成していたが、今回は目標の11％程度しか現段階で完成していない。</p>

<p>　復興に向けた取り組みも、阪神淡路の際には復興の関連法案が2ヵ月の時点で16本成立しており、プランに基づいて実行する仕組みが具体的に起動している。今回は復旧を主体とした補正予算は成立し、復興構想会議での議論が始まった。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p><br />
　が、それを受けて実行する仕組みが未だ出来ておらず、いまだ復興に向けた動きは議論の段階で事実上停止している。5月13日、国会にようやく提案された復興法案では、実行機関の「復興院」は1年以内に検討、とされている。</p>

<p>　先日、石原信雄元官房副長官ら3氏による緊急の公開座談会を行ったが、こうした震災対応の遅れに対して、3氏は口を揃えて「原発の処理に追われたのは分かるが、政治家のパフォーマンスが目立ち方針も決定できず、官僚を使いこなせていない。政府全体の動きになっていない」と、手厳しかった。</p>

<p>　被災地では避難の長期化から関連死の増加が続いている。原発処理の先行き不安から人生再建の目処が付かない人も多い。対応の遅れは直接国民の命に関わる問題なのである。</p>

<p>　米国の9.11ではブッシュ大統領はテロ攻撃という危機に際して、その解決に強い意志を示すことで、与野党の合意と国民の高い支持を得て、国土安全省まで創設している。政治のトップは最悪の事態を想定し、その解決に責任を果たし､その決意を国民と共有する必要がある。これは人的災害や自然災害でも、危機下では同じはずである。</p>

<p><br />
<h2>民主主義が揺らいでいる<br />
その不安感はどこから来ているか</h2></p>

<p>　では、日本ではこの2ヵ月あまり、そうした政治の責任あるリーダーシップがあったのか。</p>

<p>　政治は一致してこの危機に向かうどころか、民主党は事実上分裂しており、野党の協力も取り付けられない。政権に対する支持は各種世論調査でもそう上がらず、むしろ政権の維持自体が危うくなっている。</p>

<p>　なぜ、日本の政治は機能しないのか。今こそ私たちも政治を、自分の問題として考える時期なのではないか。</p>

<p> 「日本の民主主義は揺らいでいるのではないか」。今年の初めから、私はこんな議論を言論ＮＰＯのウエッブサイトなどで行っている。</p>

<p>　なぜ、今民主主義を問うべきなのか。本来、民主主義では、政治は有権者の代表として機能しなくてはならない。だが、政治が今なお行っているのは、選挙に有利かどうかの権力基盤を維持するだけの争いであり、この国の未来を競うものではない。この状況をどうやって変え､日本の政治に新しい変化を起こせるか。</p>

<p>　その答えは、もはや政治家にではなく、自分らの代表を選ぶ私たち市民側にある、のではないか、というのが、私の問題意識である。そのためにも、民主主義という問題の基本に立ち戻って考えよう、と思ったのである。口火を切っていただいたのは、元東大総長の佐々木毅学習院大学教授である。</p>

<p><br />
<a href="http://www.genron-npo.net/kudo/ontheway/on_the_way_2011216_1.html">そのやりとりを少し採録してみる</a>。</p>

<p><strong>工藤</strong>　民主主義というのは人間が本来持っている基本的人権とか平等とかそれに適合する政治の仕組みとして位置付いた。ただそれを機能させるためには様々な知恵が必要で、みんなの意見をそのままの形ではなく「代表」という形で機能させることにした。つまり代表制が機能して結果も出さないとならない。</p>

<p><strong>佐々木</strong>　みんなの意見に耳を傾けるべきだと。ただ実際にはそれを絞り込んでいくわけで、代表者を通して政治を行うという代表制民主主義のスタイルが導入されることになる。大統領制や議会制というのはその一つの枠組みとして生み出された。</p>

<p>　問題はそういう民主主義を担う国民と､国民に向かい合う政治家集団との間で、この向かい合いがうまくいくのか行かないのか、という点に焦点が絞られてきて、それが民主主義が揺らいでいる、という不安感になっている､日本の場合は政治家や政党自体の機能にも疑問が出され､工藤さんのような問題意識に繋がっている。</p>

<p><strong>工藤</strong>　民主主義が機能するということは、社会が直面する様々な課題に成果を出すこと。それができないとすると民主主義のどこに問題があるか、考えなくてはならない。</p>

<p><strong>佐々木</strong>　やはり結果を出せないで内閣だけがぐるぐる代わる。これは政治家のための政治。政治家のための政治ゲームとしての民主主義になってしまうと、長期的な視点に基づく施策で結果を出すことは脇の方に追いやられてしまう。</p>

<p><strong>工藤</strong>　まさに今の日本がそういう状況。有権者には何が問われるのでしょうか。</p>

<p><strong>佐々木</strong>　やはり政治は「未来」から目を背けてはいけない。未来と今の現実から目を背けないということを国民はしっかり見ているのだぞ、ということが強く伝わるような世論を望みたい。</p>

<p><br />
<h2>意識は政権交代への期待から<br />
国家危機の段階へと変化</h2></p>

<p>　私がこの国の政治の先行きに危機感を覚えたのは､昨年12月末に菅政権の100日時点で行った有識者アンケート結果からである。アンケートには500人が回答したが、今の日本の政治の現状に関して、43.7％もの有識者が、「政治の統治が崩れ、政治が財政破綻や社会保障で課題解決をできないまま混迷を深める国家危機の段階」と回答したのである。</p>

<p>　「国家危機」という表現はそう簡単に言える話ではない。だが、こうした認識はこの1年で様変わりしたものだ。このアンケートは毎年行っているが、前年で最も多かったのは、「これまでの政治を一度壊し、新しい国や政府、社会のあり方を模索する時」の40.7％だった。</p>

<p>　多くの有識者は政権交代に変化を期待したが、それが失望に代わっていく。その大きな理由は、民主党のマニフェストの実行が崩れ、その統治能力に疑問を感じたからだ。佐々木氏が言う「民主主義に向かい合う国民」と、「国民に向かい合う政治集団、つまり政党」との距離が大きく広がったのは、この頃からだと私は思う。</p>

<p>　言論ＮＰＯが、政党のマニフェスト（政権公約）や政府の政策の実行の評価を定期的に開始したのは、8年前からである。有権者が自ら政治や政策を判断する。そのための一つの判断材料を提供したい、という思いで30人に近い専門家がこの作業に参加している。</p>

<p>　マニフェストとは、選挙の際に政党が国民に提起する約束だが、日本の政治に導入された意味は、国民との約束を軸とした政治を実現するためである。その意味では約束を通じて、国民と政党が繋がることが目的となる。</p>

<p>　しかし、評価の際に悩むのは、約束を軸とした政治がなかなか形成されないことだ。そうした政治に最も積極的だったのは､野党時代の民主党だったが、政権を獲った民主党のマニフェストは、今では意味を見いだすのが難しいほど形骸化している。</p>

<p>　民主党のマニフェストの評価については、別の機会に譲るが、民主党政権下で政治と国民との距離が広がった理由は、政権交代を果たした際の一昨年の総選挙のマニフェストが、全面的な修正に追い込まれているにもかかわらず、その修正を国民に説明できず、修正をごまかし続けていることが大きい。</p>

<p>　私たちの評価では、マニフェスト修正自体を否定していない。ただし、その修正が国民に説明され、新しい約束を設定しない限り、国民との関係は大きく崩れてしまう。</p>

<p>　マニフェストで大事なのは、政治はこの国が直面する課題から逃げるわけにはいかない、ということである。超高齢化と人口減少という新しいパラダイムに合わせて、社会保障などの様々な仕組みを組み直すこと、新しい成長を生み出せる経済体質を作り出すこと、そして財政破綻を避けること。この3つがこれまでの政権に問われた課題だが､そのいずれにもまだ日本の政治は答えを出していない。</p>

<p>　これらの解決には、国民の負担やサービスのカットが問われる。そのため、民主党のマニフェストでも、この点が明確には触れられない。それどころか、財源が曖昧なままのバラ撒きリストに過ぎず、課題解決を国民に問うよりも、選挙に有利かどうかだけの配慮が優先された。また、こうした政策立案は少数の政治家の間で行われ、党のガバナンスが機能したわけでもない。</p>

<p>　さらに言えば政治主導で課題解決を行う力もなく、政治家が官僚の仕事を奪う形で混乱を招いた。</p>

<p><br />
<h2>政治主導の柱と位置づけた<br />
国家戦略局を断念</h2></p>

<p>　今回の震災復興では、学者などを主体とした復興構想会議の議論が始まったが、同じような会議が官邸に乱立し、個人的なつながりでの参与を多数登用した。同じことが政権では何度も繰り返された。政治家主導では政策決定が機能しないのである。象徴的だったのは、5月11日に政治主導法案を取り下げて、政治主導の柱と位置づけた国家戦略局を断念したことである。ある関係者の見方はかなり厳しい。</p>

<p> 「昨年の参議院選の直後にすでに国家戦略室は、戦略の立案の調整はもういいからアドバイスをしてほしいと、みんなが首相に言われている。率直言えば、責任をもって課題を解決する政治家なんていない。それよりも未だに政権維持だけのパフォーマンスに明け暮れている」</p>

<p>　菅政権はその後、財政再建などの差し迫った課題に強引に戻されるように舵を切る。財政再建に向けた取り組みやＴＰＰ交渉参加の検討や、社会保障と税の一体改革での消費税の増税の問題である。</p>

<p>　が、これらも5月17日には、ＴＰＰの交渉参加が見送られ、民主党がかねてから主張していた最低保障年金でも増税を想定しなければ、それが適用される所得制限がかなり厳しいことが明らかになり、それを国民に説明できないため、モデルの年金受給者を個人から世帯に変えるなどの操作を行っている。</p>

<p>　国民にはそれがマニフェスト修正かどうかは明らかにされない。マニフェスト修正はこれから秋にかけて検討する、という分かりにくい説明が行われたのみである。</p>

<p><br />
<h2>いま行われていることが<br />
国民に向かい合う政治なのか</h2></p>

<p>　問題は、こうした政治が国民に向かい合う政治なのか、ということである。</p>

<p>　こうした政治は､今回の震災の対応でも見え隠れしている。被災地では復興の議論を優先する中央の動きと、意識の差が大きくなっている。多くの人はこれからの人生再建に不安を募らせているからだ。</p>

<p>　原発被災で放射能の汚染の予測を国民に明らかにせず、被災地の住民の被爆の状況の検査もしない。海水への放射性物質の放出に際しては、周辺国への影響も調べて公表するなどもしない。私たちに問われているのはこうした政治を、どう変えていくかである。</p>

<p>　はっきりしているのは、政治に安易に期待したり、お任せするような状況では、もう直面する課題にこの国の政治は答えを出せない、ということである。むしろ市民こそが、課題に挑み、政治にその解決を迫って行くべきである。それなしにはこの国の政治は変わるまい。</p>

<p>　今回の震災は､多くの課題をこの国の政治に突きつけている。被災地の救済と復興、原発政策の見直しや、省エネルギー下での成長戦略の全面見直し。菅政権がここで国民との距離を縮め、合意に基づく政治を復権させるつもりならば、自らが考える復興対策で国民に信を問うべきである。<br />
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