2012年、新しい年が始まり、政治の世界では内閣改造が断行され、消費税の導入を巡って解散話が連日、話題を集めている。
正月から、言論NPOは、ウエブサイトで「2012年は決断の年」というメッセージを流し続けてきた。
私が、「決断の年」と書いたのは、総選挙が近く予想されるからだけではない。
この国の代表制の民主主義がうまく機能せず、統治の混乱が大きくなっている。
こうした政治の状況を抜本的に変え、新しい変化を生み出すためにも、私たち有権者の決断が必要な局面にある、と考えるからだ。
代表制民主主義とは、有権者が自らの代表を選び、その代表がこの国の課題で仕事をすることである。ところが、既存の政党政治は、私たちの代表者としてこの国の未来に競い合うのではなく、近づく選挙で、大義名分を自分のものにどうしたらできるのか、それだけのために行動している。
その状況をどう変えるかは、有権者自身にかかっていると思うのである。

「野田政権の100日評価」有識者アンケート結果をどう見るか
聞き手:田中弥生氏 (言論NPO理事)
田中:工藤さんこんにちは。野田政権が12月10日で100日を迎えました。言論NPOでは自民党時代から、毎回100日評価を行っていますが、野田政権もその結果が出たということで、ハイライトを教えていただけますか。
工藤:分かりました。今回は、現時点ですでに150日ほどになっているのですが、やはり予算が決まらないと100日といっても評価ができないので、今回は年末年始まで評価の期間を延ばしました。その上で、有識者2000人ほどに質問票をお送りして、434名の方に回答していただきました。それを分析して、ようやくまとまったという段階です。
今回の調査は二つあり、一つは野田政権の100日時点での首相の資質と政権が取り組んでいる政策課題に対する評価。もう一つは、日本の政治の現状、そして日本の政治が今後どうなっていくのか、それから日本の民主主義がどういう段階にあるのかということをまとめて聞いており、それに対する見解を出しています。その意味では、日本政治の行方を考える上で重要な論点がかなり入っているのではないかと思っています。
田中:政権の評価と日本の政治そのものの評価をされたということですが、まず、野田政権の100日評価の結果を教えてください。

2012年を迎えての、新たな決意
聞き手:田中弥生氏 (言論NPO理事)
田中:工藤さん、あけましておめでとうございます。
今年2012年はどのような年になるのか、お聞かせいただけますか。
工藤:2012年は僕たち有権者が日本の課題や未来にきちんと決断しなければならない年だと思います。
田中:何を決断しなければいけないのでしょうか。
工藤:昨年震災や原発事故が起きて、これまで日本が棚上げにしてきた問題がはっきり分かりました。原発の問題、それから社会保障や財政の問題。これらはこのままでは非常に厳しい状況です。実はこれらの問題は、課題としてこれまでずっと認識しながらも先送りにしてきたものです。一方で、今の政治の混乱を見て、日本の政治にはこういった問題に対して、きちんと解決をする能力も取り組む意思も無いのではないか、と多くの人が考えたはずです。しかし、政治というのは政治家だけの問題ではなく、民主主義の社会では有権者がその政治家を選んでいるわけですから、有識者にも責任があるのです。つまり僕たち有権者自身が、国の未来に関してきちんと考え、決断する。その結果今のような課題解決に向かい合えない政治を変える、そのような大きな変化を起こさないといけない年だと思います。
田中:その点でお伺いしたいのは、有権者側の議論としてよく出るのは、「今の政党や政治家にはがっかりしているけど、ほかに選択肢が無い、選ぶものが無い」という意見をよくお聞きします。この点を工藤さんはどう考えますか。
今年、世界ではアメリカ、ロシア、韓国などの主要な国で大統領選が行われ、中国では指導部が交代します。日本でも総選挙は避けられない事態になっています。
しかし、新年、私たちに覚悟が問われているのは、国際政治のトップの交代時に直面したからではありません。
この国自体が、現状のままでは国家破綻が避けられないほど統治の混乱が深まり、新しい変化が問われる局面になっているからです。
それは、政治のトップ交代だけで解決できるような段階ではなく、政治自体の転換を私たちに迫っています。この状況が誰の目にも明らかになり、決定的な転機となったのは、昨年、2011年だと思います。
3.11には東北で大震災が発生し、原発事故はメルトダウンという異常な事態に陥りました。にもかかわらず政府の対応は遅れ続け、被災地の多くが未だに困難の最中にいます。そして年末には、消費税の増税を決断しようとする首相に対して、民主党の国会議員が相次いで離党する騒ぎになりました。
多くの人は感じたはずです。この国の政党政治は機能不全に陥り、私たちの代表として機能していないのではないか、政治に安易に期待するだけでは、この国が直面する課題に答えを出せないばかりか、自分たち自身の生活や未来自体に重大な影響をもたらすのではないか、と。これまで遠い世界に感じていた政治やこの国の現実を自分の問題として考えてみなくては、と思った人も多いでしょう。
新しい年に、その課題の全てが持ち越されているのです。
私たちに問われているのは、「民主主義とは何か」ということだと私は考えます。
本来、政治家とは私たちの代表であり、選ばれた政治家は有権者の代表として国の課題に挑まなくてはなりません。その業績評価の場こそ選挙なのです。
民主統治には、そうした緊張感が必要だと、私は考えてきました。
問題は、私たちがそうした意識で政治を考えてきたのか、ということです。
私は野田首相が、これまでの政権が先送りし続けた消費増税にこだわることを評価しています。財政破綻や、高齢化の中で行き詰まった社会保障を立て直すことは、この国に差し迫った深刻な課題だからです。
しかし、多くの政治家はいろいろな理由をつけてこの増税、つまり国民への負担の話を避け続けます。政治家という職業を失いたくないからです。
一度、私も政治家たちに聞いたことがあります。答えは、そんな話を持ち出したら、選挙で勝てるはずはない。有権者は有識者とは違うというものでした。
有権者を言い訳にして、政治が決断を避け続ける。こうして、この国は国家債務がGDP対比で200%にもなり、これから高齢化が急な坂を上るように進んでも持続可能な仕組みすら提起されず、国家破綻が指摘される事態にまで来てしまいました。
こんな政治を当たり前と考えたら、出口を見出すのは不可能でしょう。
今の政党政治は、政策でまとまっておらず、権力を維持するためだけに集まっている"烏合の衆"です。昨年の年末、離党者が民主党から相次いだのは、その矛盾を抑えられず、党の分解が始まったということです。
これを私たちは政局として見るのではなく、民主主義の問題と見るべきなのです。
今の政党政治は、国民の代表として課題に挑む、そうした仕組みになっていない。つまり、民主主義がうまく機能していないのです。
私は、こうした政治はもう変えなくてはいけない、と考えます。
昨年の年末、言論NPOは、有識者を対象に緊急のアンケートを行いました。その結果は、これからの日本を知る上で示唆的なものでした。
9割の有識者が、新しい年は「日本の将来に影響を与える重要な1年になる」と判断し、その課題として「財政破綻」と「原発」と、「政党政治の立て直し」を挙げています。
しかし、今年予想される総選挙後の「政治の姿」に関しては、既存の民主党や自民党への政権交代を予想する人は少なく、それぞれ4割近くが、「政界再編」と「不安定な政治の継続」を予測しています。
政治の変革が問われているのに、その出口が見えない。
こうした迷路に入り込むのは、この変革を政治にまだ期待しているからです。しかし、新しい変化を、政治の世界に期待するのは、もう無理だと私は考えます。
では、誰がこの状況を変えられるのか。
それは私たち有権者しかない、と私は考えます。
これまで何度も触れましたが、民主主義とは私たちの人権や平等にもっとも適した制度ですが、 それ自体、不安定さや危うさを持っています。
この不安定さは、大衆の空気に支配され、それに迎合する政治や扇動する政治を期待してしまうことにあります。
こうした不安定さに私たちが流されてしまったら、この国は破局しかありません。
では、どのようにこの状況を変えるのか。
そのためにも、これまで政治家を選んできた、私たちがまず変わらなくてはなりません。そして、政治家にお任せするのではなく、私たちが当事者として考え、決断し、それを政治に迫るしかない。その結果で、選挙での判断を決めることになる。
そうした良循環を、政治の世界につくり上げるしかない、と私は考えます。
言論NPOは、次の10年に向けて2つの目的を掲げています。
「強い民主主義」と「健全な輿論の形成」です。
強い民主主義とは政治家にお任せする民主主義ではなく、私たち自身が当事者として考え、政治を選ぶことです。そのためにも雰囲気に流されるのではなく将来に向けて責任ある意見を言い合う、そういう議論が必要です。
そのための触媒役に、私たちはならなければいけない、と考えているのです。
健全な社会には健全な言論や議論の舞台が不可欠です。これまでのこうした原点を大事にしながら、さらにそれを進化させて、議論の力で、この国に目に見える変化を起こさなくては、と考えています。
2012年、言論NPOは、そのための具体的な一歩を踏み出します。
私が代表を務める言論NPO(認定NPO法人)は、先月末で設立10年を迎えた。
それを記念して今月5日、多くの仲間が「祝う会」を開催してくれた。
ただ、これは単なるパーティではなく、この国の民主主義と言論の役割を考え直す、そういう日にしたい、ということで、「日本の未来と日本の言論」と題した討議が行われ、そして、私も一言、話をさせていただいた。
いさかか無責任に聞こえるかもしれないが、非営利で言論の役割を担うというある意味で無謀な試みを10年続けられることに、私自身、初めから自信があったわけではない。
仲間からは、これまでの10年はむしろ準備期間、これからが本当のスタートという、力強い激励もいただいたが、本当のところは、目の前に現れ続ける問題に全力で向かっていったら、あっという間に10年が経ってしまった、というのが実情である。
設立された頃は、国内では小泉政権が誕生し、そして、アメリカを襲った未曽有のテロ、「9.11」直後で、まだ世界も国内も騒然としていた時だった。
言論NPOを知らない人には少し説明が必要になるが、10年前、私たちは強い民主主義のインフラには、当事者意識を持った「議論の力」が必要と考えた。当時から、この国の政治は課題を先送りし、未来が全く見えない状況であった。この閉塞感を「議論の力」で変えたかった。
極めて簡単に言えば、そのための議論の舞台が言論NPO、ということになる。そして国内を代表する数多くの有識者がボランティアでこの試みに力を貸してくれた。
本日は、年末のお忙しい中、私たちの 「10周年を祝う会」 にお集まりいただき、感謝しております。今、お三方のパネルで言われたことを踏まえまして、言論NPOの『次の10年』に向けた決意を皆さんにお伝えしたいと思います。
私も壇上のお話を聞いていて、日本の民主主義のこと、そして言論NPOの10年のことを考えていました。会場には10年も前からこの運動を共有してくださった方もおられます。私も10年前のことは、今でも、昨日の事のように思い出します。
設立のパーティが開かれたのは、十年前の10月10日だったと記憶しています。国内では小泉政権が誕生し、そして、あの「9.11」のまさに一か月後、まだ世界も国内も騒然としていた時でした。当時から、この国は課題を先送りし、未来が全く見えない状況でした。「ジャパンパッシング」という言葉が出たのもその頃でした。その時、私が思ったのは、この国の未来のために、責任ある、言論の舞台をつくりたい、ということです。つまり、この閉塞感を「議論の力」で変えたかったのです。
私は、「議論の力」で、強い民主主義を作りたいと思っています。しかし、今のお三方のお話にもあったように、民主主義とはある意味で「危うさ」を持っています。民主主義は衆愚の政治や独裁を生み出す危険性を絶えず持っています。そうした不安定さを乗り越えるためにも、「健全な言論」が必要だと、私は思います。
私が当時、このNPOを立ち上げたのは、日本の言論の在り方にある疑問があったからです。この国のメディアには、当事者意識を持って、責任ある意見を自ら担う覚悟が、本当にあるのだろうか。世間の空気や雰囲気にただ流され、むしろそれに迎合しているだけではないか。そして、政治は、漠然とした世間の雰囲気や人気投票に過ぎないメディアの世論調査に一喜一憂して、課題から逃げ続ける。そうした政治家が私たちの代表ならば、責任ある民主主義とは言えないのではないのか。
それが、私の強い思いでした。
この状況を、私たちなりに変えなくては、と考えたのです。この10年、私たちが取り組んだのはある意味では、責任ある、輿論(よろん)をつくり出す作業でもあります。この輿論は、世間の空気としての世論とは異なり、責任ある公的な意見を意味するものです。そして、こうした言論の舞台は、非営利でなくてはできない、と思いました。
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「言論NPOの10周年を祝う会」に向けて
聞き手:田中弥生氏 (言論NPO理事)
田中:工藤さんこんにちは。12月5日に「10周年を祝う会」を企画されているようですが、その趣旨と内容をご説明いただけますか。
工藤:言論NPOは10年前に設立され、「健全な社会には健全な議論が必要だ」ということを唱えて様々な分野の議論をしてきました。しかしこの10年間、議論はしましたが、日本はそれで変わったのか、という思いがずっとありました。それで次の10年に向けて、新しいスタートを切るために、言論NPOの活動そのものも大きく見直す必要があります。それをこの「10周年を祝う会」で私から皆様に説明して行きます。
私は依然日本の言論が日本の社会のためにきちんとした役割を果たしていないと思っています。日本のメディアをはじめとした言論側の役割は不十分だと思っていますので、言論の役割についてもきちんと議論をしようと思っています。それで言論NPOの理事である高橋進さん(日本総研理事長)と9名のアドバイザリーボードの中から2名、宮本雄二さん(前駐中大使)と宮内義彦さん(オリックス㈱会長)を含めた3名で「日本の未来と日本の言論」というテーマで、何が日本の未来に問われているのか、また何が日本の言論に問われているのかについてパネルディスカッションを行います。その中では、何が言論側の責任で、何が言論NPOに問われているのかについても議論をします。そしてその後、僕から「言論NPOが次の10年で目指すもの」として10年の決意をご説明しようと思っています。
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あのP.F.ドラッカーは、すでに、1995年の著書『未来への決断』(ダイヤモンド社)で、世界が転換期にあること、さらに、その転換期は、「2010年から2020年まで続く」と断じ、その根拠を知識社会に見いだし、その際に市民社会の役割を重要視している。
世界では中東を始めとして民衆の蜂起が起こり、これまでの独裁的な体制が壊され、アメリカでも貧困を問題にした住民のデモが金融街で多発した。この日本でも、これまで当たり前と考えてきた原発問題などの集会に5万人を超える市民が集まる、という動きが起こっている。
正直なところ、私はこうした動きを、ドラッカーが言っている転換期だという確信があるわけではない。また、世界で広がっている動きと日本の状況を同じものだと考えているわけでもない。しかし、これまで遠くに見えていた政治の様々な問題を、自分たちの問題として考える動きは、この国を変える原動力になるのではないか、という期待がある。
そこで今回は、私が最近行った2人のゲストとの議論を通じて、市民社会で何が起こっているのか、について皆さんと考えてみたいと思っている。

言論NPOの次の10年
-日本の課題に答えを出す議論づくりを
聞き手:田中弥生氏 (言論NPO理事)
田中:工藤さん、こんばんは。
もうすっかり秋めいてきましたが、言論NPOは今年の11月で10周年を迎えることになるのですね。言論NPOはいつ設立されたのですか?
工藤:ちょうど10年前の2001年の11月21日が設立日で、設立総会が10月10日だったのを今でも覚えています。あの時はちょうど小泉政権が発足し、アメリカで9.11が起こった直後でした。
僕は言論NPOを設立する前はメディアにいました。しかし、きちんとした議論の舞台を日本に作りたいということで10年前に言論NPOを設立し、その時はとりあえず10年継続できればいいと思っていました。それがあっという間に10年目になってしまって、もう10年も経ってしまったのかと感じています。
この10年を通して、僕たち言論NPOが言い続けたことは、多くの市民が自分たちの社会で起こっていることに対して当事者意識を持っていないといけないということです。単なる議論のための議論とか、評論家的な議論をするのではなく、メディアはもちろん市民1人1人が社会を構成しているという意識や自分たちの力で未来を切り開いていくという覚悟が必要だと主張してきました。また、同時に、このようなきちんとした健全な議論をする舞台を市民社会に作りたいと考えていました。
しかし、これらはまだ十分に実現できていないと今感じています。ですので10年目以降で次の動きをはじめないといけないと思っています。
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野田政権誕生から1ヶ月
-日本の政治をどう考えるか
聞き手:田中弥生氏 (言論NPO理事)
田中:工藤さん、こんにちは。大変お久しぶりです。
工藤:今、「on the way Journal」というラジオ番組に出演していてその番組内での議論は流していますが、私自身も発言はしないといけないと思っていました。「北京-東京フォーラム」という大きなフォーラムが8月にあり、その後、疲れていて止まっていましたが、10月に入り次に向けた動きを言論NPOは始めましたので、今回「工藤ブログ」を再開させていただきました。
田中:この間大きな出来事として野田政権が誕生しましたが、言論NPOとして野田政権に関してのコメントをお伺いしてよろしいでしょうか。
工藤:野田政権の評価自体は、100日間はハネムーン期間ですので、それを経て100日後にきちんと評価しようと思います。ただ私が野田政権をどういう風に見ているかといいますと、前の首相が辞任をして党内の選挙で首相が変わっただけですので、何かをこの政権が日本の政治を安定させて次に続くとは見ていません。つまり、日本の政党政治がここまで崩壊してしまって、その中で日本が課題解決に向かえず世界から孤立している。この状況は首相が変わったから、それでなおるというものでもありません。ただ、新政権の誕生は日本が大きく変わる中で1つの大きな転機になる可能性が高いとは思います。
この日本と中国の民間対話は、ちょうどその代表選の候補者選びの最中、8月20日から3日間の日程で、北京で行われたものである。日本のNPOである言論NPOと中国の4大メディアの1つである中国日報社が事務局を務め、日本と中国を代表する有識者で構成されるそれぞれの実行委員会が共催する形をとっている。日本側は、かつての国連事務次長の明石康氏が実行委員長を務めている。
日本では、この代表選の報道にかき消されメディアの扱いも小さかったため、対話の存在自体を知っている人もそう多くはないだろう。が、中国ではこうした日本での報道姿勢に疑問の声が出るほど、議論の内容や動向が連日、CCTVなどの中国のテレビや主要新聞で大きく取り上げられていた。
私たちのNPOは、このフォーラムに先立って、日本と中国の共同世論調査の結果を記者会見で公表している。
そこで明らかになったのは、昨年9月の尖閣諸島の漁船拿捕問題や日本の原発の震災事故時の対応が影響し、両国民の感情は再び大きく悪化したことである。尖閣問題では、日本政府の対応に反発して一時は7年前と同様に、中国では反日デモも広がった。
日中関係に何が今、起こっているのか。こうした世論の悪化の原因に真正面から向かい合おうとしたのが、今回の対話の目的だった。
季節は夏本番の8月に入ったが、政治の光景はますます国民から遠ざかっているように見える。この間、何人かの政府要人と面会する機会があったが、その政治家から何度か同じようなコメントを聞かされた。
「菅首相は、もうまもなく辞めるはずですよ」
他人事のように突き放す、政治家の存在には違和感を覚えるが、その発言から伺えたのが、一国の首相の孤立ぶりだった。この国の首相は退陣かどうかのまさに際どい政権末期の局面に立たされている。その答えはもうまもなく出されるだろう。
しかし、私がこの夏、特に気になったのはそうした政局の緊迫感よりも、その菅首相が国会で行った国民への謝罪だった。
7月22日の参議院予算委員会、そこで首相は、政権交代を果たすことになったあの2009年の衆議院選挙時の民主党のマニフェスト(政権公約)に関して、それが実現出来ないことを初めて正式に認め、こう陳謝している。
「本質的な方向は間違っていないが、財源問題で見通しが甘い部分があった。不十分な点は国民に申しわけないとお詫びしたい」
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前回の記事で私は、政治は一刻も早く国民の「信」を問うべきだと主張した。
私が言いたかったことは、この国の政治に新しい変化を起こすのは有権者しかなく、有権者が覚悟を固める局面だということである。
その後も政府の統治の力は弱まり、首相退陣を巡る攻防だけが政局の焦点となっている。
呆れた話だが、被災地の知事に、「お客を待たせるのか、助けないぞ」とすごむ復興担当大臣は辞任に追い込まれ、原発の再開で首相に梯子を外された経済産業大臣も辞意を漏らす騒ぎとなった。原発の再稼働を巡る方針で政府の腰が定まらないまま、来年には電力危機が想定される事態になっている。
震災復興やこの国自体の復興という、国民が直面する現実的な課題と、政局の動きの間には目に見えるほど大きな距離が広がっている。これは統治の危機のみならず、国民が代表を選び、その代表が国民の代わりに直面する課題に取り組むという、民主主義の機能不全だと、私は考えたのである。
こうした私の問題提起に、数多くの人が反応し、意見をいただいた。その大部分は、有権者は政治に解散を求めるべきという私の提案に賛同し、その幾つかは言論NPOへの厳しい注文となった。胸を締め付けられるほど、共感を覚えた意見もある。
その一部を紹介しよう。ある主婦の発言である。
「国民として、被災地と何のつながりもないひとりの主婦として今、どう行動すればいいのか、見出せずにいます。選挙があるまで、何もできないのでしょうか。プラカードを掲げて歩けばいいのでしょうか。
前回の総選挙以来、政治の混迷も苛立つばかりで、実際には、どうすることもできずにいます。次の一票を投じる機会を得るまでに、いったいどれだけの産業がダメになり、商店がつぶれていくのでしょう。10年後の市は、町は、国は、どうなるのでしょう。誰がそのビジョンを描いているのでしょう。
物知り顔で世相を説いてみせても、何も変わりません。大阪の大きな商店街で3代目の個人商店を営む両親は自分たちが過去50年やってきてこんな酷い不況はない、商店街の店もどんどんつぶれていく、そして皆、老人向けの接骨院になってしまう、と悲鳴を上げています。
個人でできる努力には限界があると思います。むしろ個人レベルでは、誰も必死でやっています。それらを力強くまとめ、未来を指し示す政治の力が必要です。今は個人が力尽き、町が弱り、国が死のうとしています。
政治の努力はどこにあるのでしょうか。政治の復活再生のために、個人は何ができるのでしょうか。どうか教えてください。」
震災から2ヵ月がたったにもかかわらず、被災地では依然、20万人近い人が実質的な避難生活を余儀なくされている。
政府の取り組みの遅れは、阪神淡路の震災時と比較すると分かりやすい。被害の規模や広がりは異なるが、被災地の「命の救済」という点で、政府に求められる時間は同じなはずだからだ。
政府は被災地の出口として、瓦礫処理や仮設住宅でも8月目処の達成を明らかにしたが、それがそのまま実現するとは現段階では判断できない。
例えば、瓦礫の処理では阪神淡路では2ヵ月時点で約80%が処理されたが、今回はその規模は2倍程度とされており、阪神淡路のときのような埋め立て地もない。このため5月2日時点で岩手が16%、宮城が2%、福島は4%に過ぎない、という。
また仮設住宅も、阪神淡路では2ヵ月後に3分の2は完成していたが、今回は目標の11%程度しか現段階で完成していない。
復興に向けた取り組みも、阪神淡路の際には復興の関連法案が2ヵ月の時点で16本成立しており、プランに基づいて実行する仕組みが具体的に起動している。今回は復旧を主体とした補正予算は成立し、復興構想会議での議論が始まった。