風評被害を乗り越え、食品の安心をどう取り戻すか

2011年7月2(土)収録
出演者:
生源寺眞一氏(名古屋大学大学院生命農学研究科教授)
澤浦彰治氏(グリンリーフ株式会社代表取締役)
阿南久氏(全国消費者団体連絡会事務局長)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


 7月2日、言論NPOは、言論スタジオにて生源寺眞一氏(名古屋大学大学院生命農学研究科教授)、澤浦彰治氏(グリンリーフ株式会社代表取締役)、阿南久氏(全国消費者団体連絡会事務局長)をゲストにお迎えし「風評被害を乗り越え、食品の安心・安全ブランド再興のためにどう取り組むのか」をテーマに話し合いました。



第1話 今回の事態は「風評被害」なのか

工藤:こんばんは。言論NPO代表の工藤泰志です。さて、言論NPOでは3月11日の東日本大震災以降、言論スタジオと題して、様々な議論を行っています。今日は「風評被害を乗り越え、食品の安心?安全ブランド再興のためにどう取り組むのか」ということについてみんなで考えていきたいと思っています。まずゲストの紹介から始めます。お隣が、言論NPOのマニフェスト評価にも力を貸していただいているのですが、名古屋大学大学院生命農学研究科教授の生源寺眞一先生です。よろしくお願いします。

生源寺:よろしくお願いします。



工藤:それから、群馬県の昭和村でグリンリーフ株式会社という農業生産法人を立ち上げて、野菜の生産から加工までを手がけている澤浦彰治さんです。よろしくお願いします。

澤浦:よろしくお願いします。



工藤:全国消費者連合会事務局長の阿南久さんです。よろしくお願いします。

阿南:よろしくお願いします。



工藤:今日のテーマは先程言ったように「風評被害を乗り越え、食品の安心?安全ブランド再興のためにどう取り組むのか」です。逆に言えば、今回の震災以降、風評被害というものがあったと思うのですが、日本の強みとされていた食品の安全・安心というブランドが崩れてしまっている。これがどのくらい深刻な問題になっているのかというところから、議論を進めていきたいと思います。


オールジャパンの問題という感覚

生源寺:私、4月に名古屋大学に勤務先が変わったのですが、その直前まで東京大学農学部の学部長をやっていまして、震災関連の対策について、学部の中で色々な議論をしました。もちろん、被災地の状況に比べれば、東京大学の中の被害はほとんど無かったわけですが、いくつか議論していたことがあって、その1つが留学生の問題でした。東大の農学部には200人を超える留学生がいたのですが、ほぼ半数が震災を理由に帰国してしまいました。仮に彼ら、彼女らが戻ってくる時期が遅れた場合に、単位のことも含めて、どのように対処するかという話をしていました。実は留学生の本人の意思もあるのですが、それ以上に本国の両親が心配をしているために帰国したということが多かったようです。これで、私は相当深刻な状況になっていると実感しました。つまり、国内では、福島、茨城と周辺地域の話になっているのですが、外国から見ると、オールジャパンの問題だという感覚なのだということを、改めて実感いたしました。

 日本の農業は外国から随分輸入していて、押しまくられていますが、行きつ戻りつを繰り返しながら、アジアを中心にここ10年ぐらいは、農産物の輸出は伸びています。食生活の共通項があるとか、先方の経済が成長し購買力が高くなったことが要因で、農産物なり食品の輸出を農業の活路の1つにしていたわけです。そこに大きなダメージが生じているわけです。今、聞いている範囲では、これまで地域や国との取り引きが続いていたところも、かなり厳しい状況にあると見ています。

工藤:僕も色々と聞いたのですが、農産物の輸入制限がかかったり、観光客も激減したため、地域の観光企業が倒産するなど、その影響が全国的に広がっています。特に、日本の食料が放射能に汚染されてしまっているというイメージが広がっています。。阿南さん、消費者側はどう見ていますか。

阿南:放射性物質で汚染されているという情報が入ってからは、もう本当に消費者の方はパニック状態だったと思います。最初は福島だったと思いますけれど、福島のものは一切買わないとなり、お店に行ったら、山積みになっていて、安売りされて、しかし、誰も手を出さないという大変な状況でした。生産者側も売れないということで、余り出荷をしませんでしたので、西の地域からの農産物が店頭に並ぶという状況が続いていました。

工藤:今はどうなのですか。
阿南:今は大分戻ってきていますね。
工藤:阿南さんも買う時に被災地銘柄を気にして買いますか。

阿南:どこの産物かということはしっかり見ますけれども、被災地だからということで買わないということは無いです。

工藤:澤浦さん、どうでしょうか。風評被害で農産物の安心というブランドが傷ついているのではないかといわれていますが。


情報をオープンにすることの意味

澤浦: 澤浦:今、生源寺先生が言ったように、うちにも、タイから研修生が来ていまして、震災の後、帰ってこいということでタイの実家から電話が鳴って大分騒ぎになりました。その時にいち早く、タイの研修生を集め、通訳を通じて、今の状態で最悪になった場合、すなわち、仮に福島原発がチェルノブイリのように爆発してしまったという場合に、過去のデータを全部引っ張り出してきて、200キロ圏内にある群馬はどういう状況になるかということを、具体的に話しました。それによって、彼らはすごく落ち着き、誰も帰りませんでした。ただ、タイ本国で流されているニュースは非常に過激なもので、日本全国が放射能でいっぱいになっているという内容でした。ですから、やっぱり正しい知識で、コミュニケーションをしっかり取れれば安心してもらえるのだなと感じました。

 後は、農産物の安全についてなのですが、安全の基準がどこにあるのか。私はそれがいますごく揺れているのかなと感じています。放射能の暫定基準値で見ていけば、一部地域を除いては、ほとんど全部が安全になっているわけです。ただ、その暫定基準値を信用しないということになると、安全であっても、安心できないということになってしまうので、ここもコミュニケーションをとっていくということが必要なのかなと思っています。1つ群馬の例を挙げますと、3月の18日か19日にほうれん草の放射能のレベルが高くなって出荷制限を受けました。その後、群馬県の対応が良くて、毎日検査をしてそれを毎日公表して、4月8日に解除されました。ですから、そういう意味で、情報をオープンにしたことで、今のところ、私たちの地域の野菜は安定して販売ができているのかな、という感じはしています。

工藤:澤浦さんの発言の中で本質的というか、今日考えなければいけない問題が出ていたので、その流れで議論を続けていきたいのですが、やはり情報公開という問題に今回の震災以降、政府も含めて非常に不熱心で十分ではなかったのではないか。それで、消費者も含め、不安が加速したということがあったと思います。消費者庁というのがあって、ホームページをみると、Q&Aもあって、良くできています。ただ、これができたのは最近ですね。

阿南:そうです。5月30日です。


政府の安全対策は後手後手だった

工藤:3月11日に震災があって、その時に燃料棒はメルトダウンしていたわけです。そういう状況になると、消費者に対して、正確に情報を発信するというところに大きな問題があったと思いますが、阿南さんはどう見ましたか。


阿南:本当にその通りで、情報が無くて、だからみなさん買わないという自己防衛をしたのだと思うのですね。とにかく、政府の安全対策が後手後手だったと思います。事故が起きた、計ってみたら放射性物質が出てきた。そこで慌てて基準をつくった。全て後手後手です。

工藤:すぐに影響はない、と。

阿南:そうです。だからどこを信じたら良いか分からないし、どこを探したらいいかもわからない状態でしたから、とにかく買わないという防衛手段を取ったと言えると思います。

工藤:そうです。だからどこを信じたら良いか分からないし、どこを探したらいいかもわからない状態でしたから、とにかく買わないという防衛手段をとったと言えると思います。

阿南:私は風評被害ではないと思いますけど。


これを「風評被害」というのか


工藤:政府対応のまずさに基づく実害ですね。今、色々な問題で風評被害という言葉がかなり使われるのですが、風評被害とは何なのか。生源寺先生はどうお考えですか。

生源寺:なかなか難しいと思うのですけれど、ここまでは安全である、あるいは言葉の性質上、白黒ではなくグレーはここまでであるということがはっきりしていれば、今、阿南さんがおっしゃったようなことは、基本的には起こらないというか、起こらないようにすべきだと思います。基本的に風評被害というのは、本来の正確な情報とは違う情報が発信源となって、それがぐっと広がって、無関係の商品や財を全く買わないということが起こるのですが、今の話というのは、風評被害というよりも、情報そのものが混濁していたり、事後的というか、後から基準をつくるというようなことになりますと、そもそも情報の発信源そのものの信頼性が揺らぐわけですよ。そういったことを、目の当たりにしたときの防衛のための行動というのは、風評被害とは少し分けて考えなければいけないと思います。

工藤:僕たちも現実はしっかり知りたい訳です。でも、誰かが厳しいことを言うと、君の発言は風評被害をもたらすと言われて、何となく発言ができないような状況がありました。澤浦さんは情報公開をすることの大切さを、先程指摘していましたが。


繰り返し学習していくしかない

澤浦:自分は、情報公開はすごく大事だと思っています。うちでは毎週、簡易測定器で、出荷する野菜の値を調べて、変化が無いか確認しています。ただ、その数値を外から求められた時に出すかどうかというのは、正直躊躇します。安全の確認はできていても、簡易測定ですから、実際の数値ではない訳で、中には、理解力が無い人がその数値を見た時にパニックを起こしてしまうことが実際にあるのですね。だから、何回も何回もみんなで学習していくしかないと思うのですが、生産者がやっていることに対して、危険だとか、調べていること自体が怪しいからやっているのだろうとか、疑いの目で見られてしまう現実はあります。

工藤:それは、時間軸と言いますか、初めの時はそうでも、その後はよく出してくれたという変化は無いですか。


澤浦:最初の頃と今では違ってきていて、最初の頃はそれに賛同してくれる人はすごく多かった。今もよく知っている人は、「そこまでよくやってくれているね、ありがとう」と言ってくれるのですが、ただ、知識が無かったり、そもそも数値や基準を信用していない人、疑ってかかっている人は、こちらが何を説明しても、どう情報をオープンにしても、あんた達がやっていることは危険なのだというレッテルを貼るのですよ。ですから、一部の方の大きな声が、例えばマスコミに取り上げられたり、一部のそういった人たちの声がツイッターであったり、そういうところに出ていったりするということは、自分たちにとっては非常に怖いなと感じます。

工藤:阿南さんどうですか。今の生産者側の苦悩について消費者側として。

阿南:生産者のみなさんの中には、自分で測定したりできない方たちの方がほとんどです。だから、政府は暫定基準というものを定め、それを上回るものには出荷制限をかけることにしています。ただ、自分はどれくらい被曝しているかということは分からないので、できるだけ少なくしたい、あるいは、子供にはできるだけ食べさせたくないという思いの人たちは大勢いらっしゃると思いますが、そういう方達が判断をするための情報というのは、今ありませんね。

澤浦:ないですね。

阿南:食べるものだけではなくて、空気中からも吸っているわけですし、外部被曝もありますが、そこの情報がないので、自分で把握し、コントロールすることができないのです。そこの怖さというのはあると思います。


情報の拡散は、現代的な問題

澤浦:先日、日曜日のテレビ番組を見ていたら、東京でも近隣よりも放射線量が高いホットスポットというのがありますよね。そういうのが心配で、消費者の人たちがガイガーカウンターをもって調べて自己防衛しているというニュースを流していました。その中で、東京では今空気中に0.06マイクロシーベルトの放射線が検出されている、と。こういった放射線の中で、どうやって自分を守っていくのかという議論をしていました。しかし、0.06マイクロシーベルトというのはどういう値かというと、平常値の値なんですね。ですから、情報が間違って報道で流され、真実がまた歪められてしまう。こういうことが続くと、本当に大変なことになるなと思いますね。

工藤:生源寺先生、お二人のお話を聞かれてどうでしょうか。

生源寺:情報そのものが、放射能、放射性物質に関して、非常に難しいということと、澤浦さんがおっしゃったように、一種の拡声器的な機能を果たすようなツイッターなどの媒体で一気に広がるということは、過去には無かった、まさに現代的な状況だろうと思いますね。

工藤:放射能の被害が難しいのは、不確実性があることで、被曝における被害というものが、癌の発生率とかですね。どこまでいったら安全で、何が危険かということも自分でどう判断すればいいかわからない。すると、みんなはゼロのほうが良いと思いますから、段々潔癖になっていく。そうなると、グレーはもうだめだっていう風になってきて、買わなくなるという状況になるのですね。この話は次に続けていきたいと思うので、一回休息を入れます。

報告・動画をみる   

Facebookアカウントでコメントする

Facebookアカウントがない人はこちらからご投稿下さい。

コメントする


ページTOP