原子力の全面停止で電力危機は起きるのか

2011年7月11(月)収録
出演者:
松下和夫氏(京都大学大学院地球環境学堂教授)
山地憲治氏(地球環境産業技術研究機構 研究所長)
明日香壽川氏(東北大学 東北アジア研究センター教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


 7月11日、言論NPOは、言論スタジオにて松下和夫氏(京都大学大学院地球環境学堂教授)、山地憲治氏(地球環境産業技術研究機構 研究所長)、明日香壽川氏(東北大学 東北アジア研究センター教授)をゲストにお迎えし、「原子力に依存しない電力供給は可能なのか」をテーマに話し合いました。



第2部 原子力に対する信頼は回復できるのか

工藤:議論を再開します。休息中も議論をしていたのですが、電力不足が、どれぐらいのダメージとなるのか、これから各機関がシミュレーションをしてくるという話を伺ったので、それを踏まえながら議論を後日、進めたいと思います。ただ、さっきの議論の中で、もう少し深めたいと思ったことが、安全性の事なのです。原子力の安全性については、ある程度、納得しないといけないと。ただ、きちんとした納得感のある安全性の確認というのは、どういうことを意味しているのか、ということがイマイチ見えないところがあります。この辺りを議論したいのですが、山地さんどうでしょうか。


不確実な被害と対策に伴う現実の被害

山地:よく安全・安心と言いますよね。安全はともかく、安心というコンセプトが難しいと思っています。安心についての議論を始めると、泥沼の議論になるのですね。つまり、安心の逆は不安ですよね。個人が不安に思うことを、安心させるというのは、そんなに合理的にできるものではないのです。一方、安全とかリスクについては、ある程度科学の対象になります。安全と安心をつなぐところ、そこが一番難しいところです。

 今回、国民は不安になっているのですが、私はこれを原発への信頼を失っていると捉えたい。だから、安心とは言わずに、信頼を回復するという言い方をいつも私はしているのですね。この問題は、今、もっと根源的に考える場面だと思う。私は、この問題は、科学と社会との関係という大上段な話とも関係してくると思うのです。科学的に言えば、100ミリシーベルト以下で、健康影響というのは観測されていないわけです。被曝のリスクについて、リニアでしきい値がないという仮定を置くと、100ミリシーベルトのところで、発がん率が0.5%ぐらい上がるだろうと言われています。しかし、実際の疫学調査の結果を見ると、100ミリシーベルトではこのようなリスクの上昇は出ていないのですよ。それも、急性で被曝する場合と、1年、2年かけて被曝する場合とは違っていて、ゆっくり被曝すると特に出ない。癌になるリスクは、600ミリシーベルトぐらいまで、あるいはもっと高くても出ていない。しかし、一方では、放射線被曝は、できるだけ合理的に避けましょうという原則がある。

 現実には年間20ミリシーベルトという基準を使って避難をして、残された家畜が死に、職を失ったり、子どもが転校したり、リアルな被害が起こっているわけです。サイエンス上の不確実な領域が起こした、リアルな被害ということが、今回、鮮明に出ていると思います。そういう状況は、ちょっと話が飛ぶようだけど、温暖化問題にも似たようなところがあって、温暖化が人為的な温室効果ガスの濃度上昇で起こっているということについて、科学はその可能性が高いと言っているけど、断定はしていませんよね。しかし、そうらしいということで対策をうち、その対策に巨額の費用がかかるわけです。そういう科学上の不確実さの下で対策をどう考えるのかということが問われていると思います。

 温暖化の場合は、科学的に被害が起こりそうだというのだから対策を打つべきだと思っていますが、放射線被曝のリスクに関しては、科学的には観測されていない水準なのに、現実にこんなに被害を起こさなければいけないのか、という根本的な疑問を私は持っています。合理的な負担でリスクを避けられるものなら避けるというのは分かる。だから、平時は1ミリシーベルトの規制でいいのですが、20ミリで避難すると決めるときには、その合理性をよく考えた方がよい。100ミリシーベルトでは何故いけないのかということについて、もう少し議論をした方がいい。これは、安全の議論、受け入れられるリスクの議論になります。この議論が安心につながるかどうかは、私は分かりません。ただし、100ミリシーベルト以下のところでは今までは科学的には何も有意な被害が観測されていないという事実は伝えるべきでしょう。あるいは、私は61歳ですが、子どものころに体験した原爆実験による人工放射能のホールアウトの量は今と比較して年千倍も大きかったという事実も伝えておいた方がよいと思います。そういうことを伝えておかないと、今後、原子力を再稼働させるとかいう議論をしても、多分、今回の事故による不安な記憶が残っている限り、信頼回復はできないと思います。

工藤:どうですか、今の話を聞いて。


国民が納得しない限り、再開は現実的に難しい

松下:そうですね。安全性ということで、今、山地さんが言われたリスクの問題ですね。このリスク評価については、色々な研究がされています。しかし、それも、国民からすると安心できるものではないということはおっしゃる通りです。ただ、原子力ということを全体で考えると、原発の発電のコストは安かったわけですね。それが、政府の財政支出を考えると、決して安くないと。あるいは、廃炉処理だとか、バックエンドコストを考えると、安くないということが1つ分かってきたということでもあります。それから、福島の廃炉にしても、これから数十年、あるいは数百年、場合によっては何万年かの単位で、後の世代が管理して、リスクを下げていくということを考えると、やはり、トータルで言うと、原発に依存し続けるということは経済的でもないし、安全でもないと私は考えます。したがって、どうやって当面の危機を乗り越えながら、将来的には原子力のリスクを避ける、それから、温暖化のリスクを避ける。そういうエネルギーシステムを作っていくか、ということを考えて、現在から色々な対策の手を打っていくこと必要があると考えています。

 安全性については、国民が安心だと考えられる状況にならないと、政府が考えているような早期の再稼働だとか、新規立地は当面難しいと現実的には思います。ただ、先程、明日香さんが言われたように、安全性を審査したりする仕組み作り、きちんと独立した評価できる委員会や国際的な知見を取り入れるとか、あるいは、住民ときちんと対話するとか、そういう仕組みをつくっていて、信頼を回復していくということは、非常に必要だと思います。

工藤:今のお二方の話を聞いて思ったのですが、山地先生は、原発から脱却したエネルギー政策は難しいと思っているのでしょうか。それとも、ある程度使いながら、安全性をベースにしてやりましょうという形なのでしょうか。


リスクは完全には避けられず、絶対的な安全もない

山地:まず、安全性、あるいは逆のリスクにしても、言葉尻をとるようですけど、リスクを避けると言うけど、リスクは完全には避けられない。安全も絶対的な安全はない。黒か白か、ではない。受け入れられるリスクがあるだけ。そういう風に考えないと、問題は解決しません。それから、コストの問題についても、色々なところで精査した方がいいと思います。計算の仕方は様々ですが、今までの政府の検討でも、廃炉やバックエンドコストというのは入れて経済性を評価しています。ただし、立地交付金とか税金で賄っている部分はカウントしていませんが、それを入れるのは割と簡単なことです。私も自分で検討していますし、最近では大島先生の本も読みましたけど、立地交付金というのは年間2000億円弱で、原子力は1年間に3000億キロワットアワーぐらい発電しているので、割ると1円以下になります。また、大島先生は揚水は原子力とワンセットだと言うのだけど、私、最適電源構成問題とかを扱っていましたが、原子力という選択肢がない場合でも、揚水発電所が最適解に入ってくる場合があります。つまり、負荷を平準化して電源を動かした方が、全体として安いから。だから、揚水が全部原子力のためというのは、極端な主張だと思います。少し、横道に逸れました。このようなコストも考慮した上で、私は、原子力は選択肢としては残した方がいいと思っています

工藤:すると、その中で、100%リスクフリーということはないわけだから、ある程度コントロールできるような状況でやっていくという考え方なわけですよね。明日香先生はどういう風な立場で、この安全性を考えていますか。


でも、原子力は確率は小さくとも被害は大きい

明日香:もちろん、リスクは、受け入れなければいけない場合もあるのですが、受け入れなくてもいいリスクは、受け入れない方がいいと思うのですね。かつ、原子力というのは確率が小さくても、何か起きれば非常に大きな被害を受けるものです。それは、まさに、先程の科学という大きな枠組みで考えると、科学技術の宿命だろうと思います。原子力の開発の歴史というのは、40年、50年前に始まったと思うのですが、その頃というのは、非常に安全で安いというイメージがあったと思います。ですが、今、それほど安くなくて、リスクもそれほど低くはないという新しい状況になって、今、色々と改めて考えるべきだと思います。日本の場合は、そこから抜けられない、変えられない、止まれないというのが日本の原子力行政だったと思います。先程、安心という言葉があったと思いますが、誰が言うかによっても違うと思うのですね。今の政府が何を言っても、なかなか信用されないというのが、私の見方です。そのためにも、ある程度立ち止まって、色々な選択肢を考えるべきだと思います。

工藤:つまり、松下先生も明日香先生も、原発に依存しない形の方が望ましいと思っているわけですよね。では、ストレステストはなぜ必要なのでしょうか。これは安全性を確認しながら、再稼働をすることが目的で、稼働を止めるために行うテストではないはずですが。

明日香:それは、当然コストの問題もあります。当然、コストというのは、国民が払うことになりますので、やはりそれはなるべく少ない方がいい。かつ、再生可能エネルギーの場合ですと、時間がかかるのですね。なので、直ぐに入るわけではありませんし、地熱などは数年かかります。その時に、つなぎの電力として何を使うかということだと思います。先程も申しましたように、原子力は無くても大丈夫だと思います。ですが、前提として、先程の議論でも欠けていたのが、省エネが必ず必要です。まさに今、省エネをどうするかということが一番重要な議論で、そのための制度設計をどうするかということだと思います。

工藤:EUも使っているストレステストを導入したらいいのではないかという話があるのですが、これを使うことは、安全性を確認するためにどういう意味があるのでしょうか。素朴な質問なのですが、山地先生、どうでしょうか。


ストレステストは安全性確認でどんな意味があるのか

山地:ストレステストも中身は色々です。ヨーロッパでやっているのは、みなさん調べられているとは思いますが、想定される脅威が異なります。つまり、日本だと地震、津波等ですが、ヨーロッパだと洪水とかです。その脅威のシナリオに対して、どういう対応をして、どの程度の耐性があるのか、ということをテストするのがストレステストです。僕も、ストレステストをすることについては賛成で、前から指摘していたのに、何で今ごろになって急に言い出したかということが非常に不思議なところです。明日香さんも言ったように、首相の言ったストレステストの中身がはっきりしないというのはひどい話です。これだけストレステストと言っていたのだから、もっと中身を詰めているのかと思っていたのですが、今頃、ストレステストという言葉だけを持ち出して、地元の人も、ほぼ同意に近い所までいっていたものを止めるということは、非常に理不尽な感じがしますね。

工藤:原発問題を技術的に見ている人たちの安全性に対する考え方には2つあって、こういう被害があったときのマネジメントというか危機対応をちゃんとできるのか、もう一つはこの前はメルトダウンが起こった要因が、津波という話だけだったのですが、震災に対する対応がまだまだ不十分だったのはないかと。その原因はまだわからないではないか、それがわからない状況の中で、安全性ということを言うのは、まだまだ早過ぎるのではないかという議論があるわけですね。

これは耐震対応が十分かという問題であり、その時に、ストレステストという話は今問われている安全性ということと繋がっているのか、という疑問もあります。

明日香:私、東北大学で仙台なのですが、余震というのが大きなリスクとしてあるのですね。

工藤:その時、余震でも外部電源が止まりましたよね。

明日香:そうです。なので、余震が起きる可能性は現実的に感じるのですね。仙台は時々、今でも揺れます。そういう状況で、ストレステストも何も無しに、原子力発電所を稼働するということは、少なくとも仙台にいる人にとっては、非常にリアルに危ないと思います。

工藤:ということは、今の余震対応というのは、ストレステストの中に含まれるということですか。

明日香:色々なテストがあると思うのですが、ストレステストに限らず、余震なり、これから起きる可能性が高い地震に対して、どういう対応をとるのかということは、もうちょっと系統的に政府がテストを実施して、その結果を公表して、それをみんなで議論するというステップは必要かと思います。

工藤:その基準として、そのストレステストということが、この前大変な事件があった中で、再開の基準としては適切だと判断してよろしいのでしょうか。その辺りも、よくわからないところがあるのですが。

松下:本来であれば、福島原発が起こった後に、きちんと安全基準を見直して、その見直しの中の一貫として、非常に危険とされている浜岡原発は停止するとか、それ以外の古い原発は順次ストレステストをするとか、そういうことをきちんと公表した上で、色々な人の意見を集めて、順次やっていけばよかったのですが、その順序が行ったり来たりしたことによって、今度、政府に対する信頼自体が失われてしまったということだと思います。

工藤:政府の中には、定期検査中の原発をなるべく早く再開したいという思いがあるわけですよね。

明日香:だから、そこは政府の中に2つのグループがあって、闘っているというのが現状だと思います。だから、理不尽でも再開するかどうかも、ストレステストが終わったら再開してもいいかということも、まだ決まっていない状況だと思います。もちろん、止めたいという人はいますので、そういう人たちはずっとストレステストの時にも稼働させないで、終わったとしても、もう少し吟味するべきだという議論はこれからもあると思います。そこは、国民が決めることですし、国民感情がその時にどうなっているのかということだと思います。

山地:少なくとも、今回の過酷事故を経て、やらなければいけないことであることは確かなのだけれど、定期検査後の原子力発電所の再稼働の条件とするべきか、ということは、政府がきちんと決めればよかったのですね。そこが曖昧だったことが、みなさん心配されていることだと思います。私は、基本的には専門的知見による評価が大切で、みんなで決めるということには、なかなかいかないと思います。専門性を持つ組織によって、リスク論としてきちんとリスク評価をした上で、安全目標をクリアしているとか、受け入れられるリスクのものは動かすということが基本だと思っています。ただ、それが、みなさんに理解され、安心していただけるかは別の問題で、これは別の視点から対応すべき問題だと思っています。ですが、専門家としてやるべきことは、安全目標、受け入れられるリスクを決めて、この原子炉はそれをクリアするけど、この原子炉はダメだということをはっきりさせるということが大事だと思います。

工藤:なるほど。そういう形を専門家がやって、政府としてはきちんと方針を決めて、やることのほうが大事なわけですね。でも、今、そういう風になっていない状況の中で、ストレステストを入れながら、やるという状況になってきた。一方で、その結果、電力がどうなるのか。だから、話があちらこちらにいっているというか、色々な問題が出てきて、混迷しているという状況です。
 それでは、休息を挟んで、もう1回基本に戻って、原発に依存しないエネルギー政策は可能なのかということも含めて、議論したいと思います。

   

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