マリ・エルカ・パンゲストゥ
前世界銀行開発政策・パートナーシップ担当専務理事
閣下、ご列席の皆様、ご友人の皆様。こんにちは。
この非常に重要かつタイムリーなテーマに関して、2024 年の東京会議に参加できることを大変嬉しく、光栄に思います。本日私を招待してくださった言論NPOの工藤泰志代表と読売新聞社にまず御礼申し上げます。
現在の世界が直面している六つの課題
世界が多極化し、不確実性が高まる今の時代に求められているのは、しっかりとした情報に基づく言論精神に基づいた議論です。こうした言論精神に基づき、ただ単に議論するのではなく、多くの人々が求めている解決策と国際協調を修復するための今後の道筋を探していこうではありませんか。
現在、私たちは六つの課題に直面している思います。それが私の国インドネシアも含む東南アジアのような途上国、そしてさらに重要なこととしてマーシャル諸島のような小島嶼国も含む脆弱な最貧国にどのような影響を及ぼしているのか、お話したいと思います。
では、この六つの課題とは何か。まず第一は、ウクライナ、ガザ、さらにそれ以外の世界各地で戦争や紛争が起きていることです。高まる緊張は経済、社会、安全保障に様々な影響を及ぼしています。

第二は、私たちはパンデミックからまだ完全に立ち直っていないということです。パンデミック後の景気減速はまだ続いています。ほとんどの国々は、パンデミック前よりも成長率が鈍化しており、発展途上国や後発開発途上国ではさらに悪化しています。パンデミックによる傷跡は、学校閉鎖に伴う学習能力の低下であれその他の傷跡であれ、しばらくの間私たちに残るでしょう。
第三は、気候危機とその対応です。国や企業はネットゼロへのコミットメントを進めていますが、ドナルド・トランプ氏が再び米国大統領になればこうした動きが減速する可能性があります。
また現在、再生可能エネルギーの活用などによってサプライチェーン全体を脱炭素化し、持続可能なサプライチェーンを構築することが競争力を得る上で必要となっています。しかし、これはグリーン産業やグリーンセクターにとっては機会を意味する一方で、持続可能なサプライチェーンを実現できない国にとっては参入障壁になることを意味します。
米中両国には期待できない以上、ミドルパワーが国際協力修復のために役割を果たすしかない
第四は、本日の会議の大きなテーマである地政学的リスク、多極化、分断化です。本日のセッションに先立つ多くの議論では、米国の選挙で誰が勝とうとも、米中の対立、競争、緊張は続くだろう。貿易、投資、技術制限、産業政策が利用され、それはおそらくエスカレートしていくだろう。そして、世界の経済秩序を主導してきた米国がいなくなる可能性が高いだろう、という結論に達していると思います。経済的安全保障と技術の結びつきは、ある意味どちらを選ぶかを問われることでもあり、こうした状況は今後も続くでしょう。
これまでのところ、貿易は底堅く推移していますが、半導体、自動車部品、電気自動車など高関税の商品については、米国と中国の間でデカップリングが起きています。しかし同時に、貿易転換が行われており、その受益者は調達先の移転が行われている第三国です。台湾、韓国、メキシコ、ベトナム、タイなどがそうです。インドネシア、マレーシア、そしてインドなどもある程度恩恵を受けています。中国の対米輸出の減少によって、これらの国々の米国への輸出が増えています。ただ、すべての途上国に恩恵があったわけではないということはここであえて指摘しておきたいと思います。
そして、もう一つ起きていることは、グローバルバリューチェーンの再編です。これは貿易摩擦によって起こっている多様化だけでなく、重要な鉱物の集中と依存に対する回復力を高めようとする動きによるものです。つまり、重要鉱物については供給を一カ国に依存してしまうことがあってはならない、ということでサプライチェーンの多角化が進んでいるわけです。私たちが目にしているのは、もはやバリューチェーンは効率性だけでなく、回復力と安全保障への懸念のバランスを取ることも重視しなければならない時代です。
デカップリングとデフラグメンテーションは、特に発展途上国にとってコストがかかることが分かっています。IMFは、世界のGDPの2.5~7%が影響を受けると推計しています。デフラグメンテーションには、技術的なデカップリング、資本移動や移住の制限による混乱、貿易や投資の流れに伴う技術普及の減少など、他にもコストがかかります。そうなるとやはり、途上国が最も大きな影響を受けることになります。
私もこれまで多くの議論に参加し、様々な意見を聞いてきましたが、グローバルバリューチェーンの多様化と再編は、おそらく地域的なバリューチェーンの形を取り、様々な市場に対応することになると思います。これは特に半導体、通信、グリーンテクノロジーなどのデリケートな分野の製品でそうした様相を強めていくと思います。ですから、地域協定の有無が明らかな違いを生むことになるということです。
第五の課題は、技術とAIです。これらは一方では生産性と開発を向上させる強力な手段となりますが、他方ではサイバーセキュリティの観点からは、これらのテクノロジーの悪用に注意しなければなりません。
第六は、すでに述べられているように、先進国、途上国を問わず、民主的に選ばれた指導者がポピュリスト的でナショナリスティックな政策アプローチを示すことで、国内での二極化が進み、民主主義が衰退しているという課題です。今年は、私の国インドネシアを含め、世界史上最も民主的な選挙が行われる年と言われています。
なぜ今、国際協力を修復する必要があるのでしょうか。一つはすでに要約したように、特に開発途上国にとってはそれがないことによるリスクとコストが高いからです。二つ目は、国際協力と多国間主義は、平和と秩序を維持し、声を上げにくい人々の声を届けるための最も公平なシステムであるからです。だから、修復しなければなりません。
では、国際協力を修復するためにどうすればいいのか。何ができるのか。国際協力を通じて、途上国への波及的な影響を最小限に抑えなければなりません。現実的に考えれば、米国がグローバル秩序を主導するポジションにすぐに戻ってくることは期待できません。中国もその役割を担う立場にはありません。したがって、世界の他の国々がそのギャップを埋める必要があります。日本のような先進国のミドルパワーや、ASEANのような発展途上国のグループが主体性を持ち、進むべき道についての解決策を形成する役割があるというのが、これまでの数日間の議論で浮かび上がってきたテーマのひとつだと思います。
建設的漸進主義。原則を堅持しつつ、動けるところから動いていく
そして、「何を」すべきかについては、できるところからどんな形であれ動くべきだということです。これは、どのように前進すべきかという実際的かつ現実的な考え方です。ですが、原則と目標を常に念頭に置きながら、これを揺るがしてはいけません。貿易と投資の流れは、開発、成長、そして技術革新の普及にとって重要であることに変わりはありません。それが東アジアや東南アジアの成長と発展を支えてきました。ですから、原則を揺るがしてはなりません。揺るがしたら本当に崩壊してしまう危険性があります。
では、私たちはどのように前進すべきなのでしょうか。私たちが話しているのは、ブレトン・ウッズ体制の見直しではありません。私たちが話しているのは、貿易と資本の流れを開放し続け、この地域の経済統合を確実にするために、私たちはどのように協力し合えばいいのか、ということです。同時に、米国や中国との関係を維持すること、中国のグローバル経済への統合を管理していくこと、そして先進国の産業政策からの波及的な影響を抑えることです。これは一カ国だけではできません。
私が提案しているのは、多面的かつ多層的な戦略です。これがどういう意味かと言いますと、多方面というのは、あらゆる手段を使うということです。公約であれ、合意であれ、関与であれ、そうしたものがあるところではそれを続けていく。ただ、改めて強調しますが原則は大事です。原則を繰り返し唱え続けながら守りつつ、動けるところでは動いていくということです。
私はこれを建設的漸進主義と呼んでいますが、いくつか例を挙げてみましょう。後のパネルディスカッションでも取り上げましょう。国際的なレベルでは、G20とG7の役割について様々な議論が起きています。G7が大きなアイデアを広めていく上で実際に大きな役割を果たせるかどうかについて多くの議論が行われています。昨年のG7広島サミットにおける日本の役割を指摘しておきたいと思います。日本は、いわゆる行き過ぎた経済的威圧の問題に踏み込み、その原則についてのより賢明な議論に戻すことに成功しました。
そして今年の大きな提案は、官民とIFIsの協力に基づいて、回復力があり、包括的で持続可能なサプライチェーンを強化していこう、地域のバリューチェーン構築を発展させていこう、というものになるはずです。これはネットゼロコミットメントの一部であるため、言及したかったのです。これは鉱物などの重要なサプライチェーンの発展の一環ですが、本当に脱中国集中を望むのであれば、リージョナルな中国以外の投資を増やす必要があるでしょう。
WTOにつきましても少しお話をさせてください。WTOの機能を維持していかなければならないし、存在を高めていかなければなりません。この後にWTO事務局長のご講演がありますから、それについてここで私からはあまり申し上げません。
ただ一つ申し上げておきたいのは、国際協力が必要な他の分野として私たちが目配りしなければならないのは、債務問題の解決です。特に最貧国や脆弱性・紛争・暴力(FCV)のリスクに直面している国々における債務危機の解決です。私の前の講演者の方々が言及された技術や気候変動対策の拡大も重要課題です。
オープンな地域主義やトラック2の役割が重要性を増してくる
時間がなくなってきたので最後に、オープンな地域主義に焦点を当てます。なぜなら、国際協力や多国間主義がない場合、そして地域的なバリューチェーンが増える場合、地域協定や開かれた地域協定がその重要性を増してくるということです。これを基盤として、多国間で達成できないことが可能になるのではないかと思います。つまり、自由化、円滑化、デジタル技術や安全保障を含む新たな問題への対応などです。
ところで、安全保障を理由とした貿易制限措置は、地域協定だけでなくWTOでも取り上げられる大きな問題だと思います。
そして、オープンとは新しいメンバーが加盟できるように開放的にするということです。米国がTPPから離脱した際、日本はCPTPPを主導しましたが、CPTPPであれRCEPであれ、オープンな態度で新たな参加者を迎え入れていくことが重要だと思います。
それ以外にも、地域、二国間での様々な協力のイニシアチブが動いていますけれども、そこではトラック2の役割が重要だと思います。まさに今日のイベントもトラック2であるわけですが、こういったトラック2から新しいアイデアを出して貢献していかなければなりません。
最後に希望を申し上げて締めくくります。我々は勇気を持って共通の未来のために力を合わせていかなければなりません。その中で、日本やASEANも含むミドルパワーが担っている役割は大きい。どうぞアイデアの桜が咲きますように。そして言論精神の下でアイデアを議論し、共通の理解、共通の利益、そして共通のストーリーを打ち立てていきましょう。その際に重要なのは、先程のハイネ大統領のお話の中にもありましたけれども、オープンマインドで他の人の話に耳を傾けることです。他の人の立場に立って話を聞くということが心を開くことの第一歩です。開かれた心で、新しい今後の進め方について考え、協力をしていく。別々に考えるのではなく、皆で力を合わせて国際協調を再復活させていきましょう。修復していきましょう。