セッション1
ロシアの侵略行動に世界はどう対応するか


 2月24日から始まったウクライナへのロシア軍事侵略で、領土と主権の一体的な尊重を掲げた「国際秩序」が瀬戸際に追い込まれる中、「東京会議2022」では、世界を代表する10団体のシンクタンクの代表が集まり、まず、第一セッションで「ロシアの侵略行動に世界はどう対応するか」について議論をしました。



習近平氏が現在の立場を堅持する限り、戦争は長期化し、停戦や休戦の協定も長くは続かない。ロシアの軍と国庫は疲弊するが、外交の出口を見いだすのは現時点では難しい


 はじめに、米国から登壇した外交問題評議会(CFR)シニアバイスプレジデントのジェームズ・リンゼイ氏は、米国と同盟国だけではなく、国際社会がかつてないほど結束し、武力行使以外の経済制裁や武器の供与などのあらゆる手段を用いて、ロシアに軌道修正と撤退を迫る、「驚異的な努力」を行っていると語りました。


 ただ経済制裁だけで、ロシアを撤退させることは難しく、主な理由として中国の存在を指摘しました。リンゼイ氏は、中国政府が侵略を非難もせず、2月4日の中露の共同声明では「中露間の戦略的な関係には限りがない」と言っている点を糾弾し、習近平氏がその立場を堅持する限り、ロシアでクーデターが起きるか、ロシアの武装兵力が崩壊しない限り、経済制裁や武器の支援だけでは「プーチンの軌道は変わらず、戦争は長期化し、停戦も休戦協定も長くは続かない」と語りました。


 また、リンゼイ氏は、「ウクライナの政権を素早く転覆させるという、ロシアの軍事作戦は明らかに失敗しているが、プーチン大統領にとってはここで撤退することは体制を危うくし、占領の方が戦闘よりも難しいことも分かっている。ウクライナ側はロシアに降伏もせずに反乱と抵抗が続き、ロシアの軍と国庫を疲弊させるだろう」と語りました。


 ただ、今後も流れ続けるウクライナ国民の受難の映像は、西側の譲歩を困難にするため、「この時点では外交的な出口を見出すことは難しい」との見方を示しました。


 その上で、リンゼイ氏は二つの疑問を提示しました。一つは、ウクライナだけで紛争が終わるのか、であり、北大西洋条約機構(NATO)とロシアの軍事衝突の可能性です。その理由として、すでにポーランドとの国境近くの空軍基地に攻撃があったこと、またウクライナの長期的な反乱が米国とNATOの支援によるものだと、ロシアがいずれ確信することを挙げました。


 また、長期化する戦争に対して、欧米の連帯自体が最後まで持ち堪えられるのか、という疑問も提起しました。その際の課題として、300万を越える難民への対応や、プーチンに対抗するための戦略やタイミングでの意見の不一致、フェイクニュース流布によるロシアの分断工作を挙げたリンゼイ氏は、「政治的なリーダーシップや賢明な外交である程度は歯止めができるが、いずれ限界が来ると思う」と語りました。



ロシアはさほど国際的には孤立しておらず、制裁の効果も疑わしく、国際社会からロシアを切り離すダメージは西側に大きくなる可能性がある。


 次に、発言をしたフランスの国際関係研究所(IFRI)所長のトマ・ゴマール氏は、リンゼイ氏の発言に対し、「世界はさほど団結できていない」と断じました。国連の決議でもブラジルを除くBRICs国、上海協力機構 (SCO)参加国、アフリカの国々、さらにはロシアにエネルギーを依存している国々が棄権しており、「実のところロシアはさほど国際的に孤立しているわけではない、世界の分断がますます加速しているのが現状だ」との見方を示しました。


 その上でゴマール氏は、プーチン政権について、政権発足時から、ウクライナに限らず、チェチェン、ジョージアなど近隣のみならず、遠くシリア、マリなどにも軍事介入を行ってきたことを踏まえて「まさしく戦争に彩られた政権だ」と指摘。また、今回のウクライナ侵略に関しては「マルチドメイン作戦(陸海空、宇宙、サイバー空間を含む多角的作戦)がより高度化している点が厄介だ」としました。


 しばしば指摘されるプーチン大統領の過剰までのNATOへの警戒感については、「実はNATOよりもEUを警戒している。EUの東方拡大を“静かなる侵略”だと捉えているのだ」とし、今起こっているのは地政学上の争いであることを指摘しました。


 また、2009年にEUと東方パートナーシップを結んだベラルーシ、モルドバ、ウクライナ、ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャンの6カ国が周辺に存在し、過去13年間に6つの紛争と1つの大きな戦争が起きてきたことを指摘し、「この状況は極めて危険だ」と強く懸念。そうした中で起こった今回の戦争では、垂直方向(核)、水平方向(化学兵器)に戦争がエスカレートする可能性があると語りました。


 さらに制裁については、ロシアは当然予期し、準備していたと指摘。他方で、EUはこの20年間、独自のエネルギー政策が欠如しており、ロシアを切り離すことのダメージはむしろ西側の方が大きくなる可能性があると警鐘を鳴らしました。その上で、西側にダメージのない、より効率的で、効果的な制裁のあり方について十分に議論する必要がある、と問題提起しました。



制裁の効果が不十分と思ってはならない。国連決議に棄権した中国、インド、南アフリカが制裁に加われば、世界の安全保障体制を再構築できる


 これに対して、ドイツから参加した国際政治安全保障研究所(SWP)ディレクターのステファン・マイヤー氏は、「制裁の効果が不十分と思ってはならない」と語り、一連の制裁について、「非常に包括的で広範囲なものであり、ロシアが軍事行動を続ける能力を削ぐものだ。ロシア経済に大きな影響を与えている」との見方を提示しました。また、国連決議に35カ国が棄権したのは残念ではあるが、それでもロシアの軍事侵攻に対して、効果的な対応ができないと、「世界やヨーロッパの安全保障の国際秩序は崩壊してしまう」と警告しました。


 また、「ロシアはウクライナの侵攻でベラルーシなどの国を参加させ、帝国を築こうとし、ウクライナ国境沿いに鉄のカーテンを作ろうとしているのかもしれない」との懸念を示した上で、ドイツも政策転換し、軍事増強に踏み切ることを決定したことを説明。その上で、「欧州の安全保障秩序は、米国がどれくらい保証するかにかかっている。次期、米大統領選も注視していくべきだ」と指摘しました。


 最後に、マイヤー氏は、「(ロシアのウクライナ侵略に)現在中立的な立場を取っている国々の動向が、今後の世界秩序が二極化するか、多極化するかを決めるだろう」と語りました。その上で、中国、インド、南アフリカの役割は決定的だと主張し、少なくてもこれらの国の行動がロシアの侵略を容認するとなるとさらに二極化が進み、「気候変動など世界的な課題に取り組む機構が十分に機能しなくなる」と警告。逆にこれらの国々がロシアの行動を非難し、制裁に加わることになれば、「グローバル・ガバナンスや国際的な制度を再活性化する機会になる」と伝えました。



どうすれば国際法に則りながらロシアの正当な安全保障上の懸念に対処できるのか。西側諸国は真剣に考えるべき


 最後に問題提起を行ったのは、シンガポール・ラジャラトナム国際研究院(RSIS)シニアフェローのローレンス・アンダーソン氏です。


 アンダーソン氏は、「私たちシンガポールのような、ウクライナよりもさらに小さな規模の国家は、『力こそ正義』に基づく世界秩序の世界では破滅してしまう」と懸念しつつ、「だからこそ、いかなる国の領土保全や政治的独立に対する武力行使も慎まなければならないと定める国連憲章の原則を強く支持しなければならない」と訴えました。


 次にアンダーソン氏は、ロシアに戦闘を止めさせ、ウクライナから撤兵させるためには「侵攻を続けても何も得られないということを知らしめなければならない」と主張。また、侵攻が長引けばその分さらなる制裁を招くこと、世界とのビジネス関係が途絶することなどから、ロシア経済には大きな打撃になるとしつつ、それは一般のロシア市民にとっても深刻な困難を招くことになると警告しました。

 

 さらに、仮にウクライナを占領できたとしても、その西側にはNATO加盟国ポーランドがいる以上、「結局、ロシアはNATOと直接対峙することになる。撤退しなければロシアは欧米と永続的に対立することになる」と指摘。こうしたことからロシアにとっては撤退しないことの方がデメリットは大きいとしました。


 最後に、平和のために「どうすればプーチンに納得させ、損切りさせることができるのか」という視点から発言。「NATOの野心的な拡大がプーチンを刺激し、今回の侵攻を招いた」といった言説に対しては、侵攻を正当化するものではないと批判しつつも、「欧米はウクライナを支援しながらでも、ロシアの正当な安全保障上の懸念にも真剣に目を向けるべきだ」と主張。ウクライナだけでなく、ロシアと国境を接する旧ソ連諸国の主権、政治的独立、領土の一体性を損なわずに、同時に「どうすれば国際法に則りながらロシアの懸念に対処することができるのか」を考えていくことが課題になるとしました。


 その答えを出す過程においては、「ウクライナを筆頭にすべての当事者が犠牲を払い、痛みと喪失に耐えなければならないだろう」としつつ、「西側諸国は、長期的な視野に立った不屈の精神を持たなければならない。恐怖や復讐心、権力への固執が、知恵や平和への希求に勝ることになれば、それは悲劇である」と訴えました。



 4人の問題提起を受けて、議論に移りました。まず、工藤は「暴力により、一方的に現状変更が容認されるならば、国際秩序の土台が壊れてしまう。」と述べ、その上でこうした侵略行動を抑え込むために何が必要なのかと尋ねました。続けて、工藤は、国際世論を無視したプーチン大統領の暴挙についても「世界の世論の支持を得ない権力者が、自国内でも(権勢を)推し進めることができるのか。ロシア国内で徹底的に情報管理を継続しないと、国内からもいずれ反発が出るだろう」と話しました。


 冒頭、イタリア国際問題研究所(IAI)のエットーレ・グレコ副理事長は、ウクライナ侵攻と核問題について見解を示しました。


 グレコ氏は「プーチン大統領が個人的、政治的な命運を賭けているので、軍事行動がさらに過激化し、長期化することが想定される」との見通しを示した上で、①侵略が正当化されることを食い止めること、②プーチン氏が大きな代償を支払わなければならないことと、侵略する可能性のある他国の指導者に明確なメッセージを送ること、③紛争の波及と悪化を阻止すること──の三点が重要と訴えました。


 さらに「西側諸国の経済制裁に加えて、ウクライナの一般市民の強力な抵抗があり、今後数週間でその影響が表れるだろう」と指摘しつつ、プーチン大統領が戦術核(小型の非戦略核)の使用も辞さない構えを見せていることについても「NATO加盟国のみならず、欧米諸国に恐れを抱かせるものだ」と懸念を示しました。 


 その上で「プーチン大統領がそれを示唆するだけで、核兵器の使用の脅威だけでなく、非核保有国や(潜在的に核保有能力のある)その境にある国々に与える衝撃は大きい。ゼレンスキー大統領は、核兵器の放棄は間違いだった、と述べており、自らの防衛に対しては核しか手段がないと思わせ、核拡散防止(NPT)体制に波及する影響は少なくない」と述べました。


 さらにグレコ氏は、今回のウクライナ侵攻によって、イラン核合意の再建に向けた米国とイランの協議の先行きが不透明になっていることにも言及。「国連安保理常任理事国(P5)は暫定的な合意を作り、リスクを緩和させる試みをしているが、合意を締結させる上で、NPT会議での成果を上げることが重要だ」と強調しました。


 

 ここで、ロシアの軍事侵攻に対して、インドがどのようなポジションを取っているのか、に関して質問がありました。インドのオブザーバー研究財団(ORF)理事長であるサンジョイ・ジョッシ氏は、インドのポジションに関しては最後のセッションで述べる、として逆に、「ヨーロッパだけではなく、世界でも『鉄のカーテン』が再び引かれたのではないか」との論点が出ていることを取り上げ、我々はこのような分断された国際社会に今後どのように対応すればいいのか、と問いかけました。


 その上で、「ロシアは当然、追い詰められなければならないが、(事態を静観する)NATOのレッドラインはどこにあるのか、最悪の事態が生じた場合、NATOにはその準備はあるのだろうか。世界を守ろうとする中で、どちらの側も自身の立場にとらわれているが、それからどのように抜け出すべきなのか」と改めて問題を提起しました。

 


 その後、発言したカナダ国際ガバナンス・イノベーション(CIGI) のロヒントン・メドーラ総裁は、「現在の西側の対応が、他の国がロシアと同じ行動をとる際の「抑止」になるとの議論も出ているが、それよりも中国の行動が変わる可能性があるのか、またそのために西側諸国は何かできるのかという点も考えないといけない。現在の対ロ制裁には、中東やアフリカ、アジア諸国の多くが加わっておらず、中国が別の行動をとればこれらの国々の行動も変わるのではないか」と問いました。


 ブラジルのジェトゥリオ・ヴァルガス財団(FGV) 総裁のカルロス・イヴァン・シモンセン・レアル氏は、「ロシアは経済制裁を科され、短期的にウクライナを占領できたとしても、支配することにおいては問題を抱えるだろう」と指摘。具体的には①ロシアは経済制裁で苦しむことになる、②政治面・戦略面・地政学的にも問題を抱えることになる──とした上で、「どこかの時点で、ロシアが正常な状態に戻るように橋渡しをしなければならない」と強調しました。


 さらにロシアを国際社会から切り離すことの影響についても、「ロシアだけでなく、欧州も苦しむことになろう」と語り、岸田文雄首相が開会式で『民主主義の基盤である中間層をしっかり保護することが重要』」と挨拶したことに言及し、「これは日本だけの問題ではなく、世界中の民主主義国家でも同様のことが言える」との認識を示しました。


 続けて、ローレンス・アンダーソン氏は、「ロシアの行動を受け入れていいのか、またその場合、他の国が同様の行動に出た場合どうするのか。大国の横暴は中国だけではない。多くの国が核を持った大国と国境を接しているわけではないが、大国と隣接している国は多く、より力の強い国が規模の小さい隣国を苦しめることはあってはいけない」と述べ、「(国際の平和と安全を維持することなどを定めた)国連憲章に従うべきだ」と訴えました。


 さらに、「ロシアは明らかに西側によってつくられたポスト冷戦体制を変えたいと思っている一方で、中国は、ポスト冷戦の政治、経済、安全保障体制から裨益してきたことからこの体制を転換するというより、中国が大国として認められるような体制に再形成したいと考えている」と中露の違いを指摘。


 また、中国は現在のグローバルシステムに深く繋がっている一方で、欧米が対ロ制裁を緩めることがないことも分かっているため、中国はロシアとの関係で非常に微妙な舵取りを迫られている点を指摘。国際決済の仕組みなどは、「現在のSWIFTに代わる仕組みを中露で模索するだろう」と話しました。 


 さらに、アンダーソン氏は、「プーチン氏は、西欧との恒久的な対立のリスクを冒してでもウクライナ侵攻を進める」と見解を述べ、そうなれば、中国と接近するしかなく、中国のジュニアパートナーのような関係になることを選択せざるを得なくなる」と話しました。



 最後に工藤は、パネリストから提起された質問、①ウクライナだけの問題で済むのか、②NATOにはどれくらいの覚悟があるのか、③どのような着地点が望ましいのか──の3点について、フランス国際関係研究所(IFRI)のトマ・ゴマール所長に見解を聞きました。


 ゴマール氏は、ロシアは、2005 年にフランスとオランダが05年のEU 憲法条約を否決やブレグジットなどEU内の足並みの乱れを見て、「EUはいずれロシアにひれ伏す」と判断していたのではないかと指摘。2024年の米国大統領選結果次第では、アメリカとも一致した行動をとれなくなる可能性を冷静に分析していると話しました。


 また、「第二次チェチェン紛争同様にウクライナの破壊の結果がどうなるのか、ロシア側の急激な軍事的損失の結果がどうなるのか、また、向こう6か月で、第二次世界大戦中に見られたような深刻な暴力行為に対する米国、ヨーロッパ諸国、およびその他の国々の対応がどうなるかにかかっている」と締めくくりました。