COP21での合意の実現に向けて、日本は何ができるのか

2016年1月09日

2015年12月28日(月)収録
出演者:
松下和夫(京都大学名誉教授)
藤野純一(国立環境研究所主任研究員)
小圷一久(地球環境戦略研究機関上席研究員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


温暖化の進行を遅らせつつ、温暖化を前提とした社会をつくることが必要に

工藤:最後に気候変動に関する日本の取組みについて議論していきたいと思います。

 今までの話を聞いて、どう考えればいいのかということについて、戸惑っている点があります。つまり、地球温暖化という地球全体の危機に直面する中で、ガバナンスとして皆がまとまり始めて、動き始めた。加えて、ノン・ステートをベースにした人たちが自分の問題として考え、取り組む動きが出始めてきた、ということは非常に重要な一步だと思います。ただ私達が実感として感じたのは、例えば、私達の事務所の隣の道路は「もみじ通り」と言いますが、正月なのにまだ紅葉があるとか、銀杏の葉が落ちていません。また、昨年の色々な災害を見ると、間違いなく異常気象が起きているということは実感できる9氏、ひょっとして地球温暖化ということは、遠い先の話ではなくて、すでに重要な局面に入っていて、その問題と併存しながら対策を立てなければならないところまで追い込まれているのではないか、と感じています。そうした理解で良いのでしょうか。

 それとも、対策をやっていけば将来何とかなるから、皆で力を合わせようという局面なのか、皆さんの認識を伺いたいのですが、いかがでしょうか。

松下:今おっしゃられたとおり、世界各国でこれまで経験したことのない洪水や高潮、異常なほどの暑さなどの被害が起こっています。21世紀に入ってから一端、気温上昇が少し横ばいになった時期がありましたが、再び上昇し始めていて、専門家によると、これからまた気温が上昇していくだろう、と言われています。

 一番大事なことは、これまで議論してきましたが、出来る限り温暖化の原因となる温室効果ガスを減らすということです。そのため「パリ協定」ができたわけですが、それに加えて、現実に進行している温暖化に対して、どのように適応していくかも重要です。つまり、適応と温室効果ガスの排出削減の2つを同時にやる必要に迫られているのです。

 日本政府は昨年10月に適応計画を出しましたが、もう一方で「パリ協定」を受けて、これから国としてきちんとした緩和対策、温室効果ガスを減らす計画を作っていく、それが重要だと思います。

藤野:非常に厳しいというのが現状認識です。温暖化というのは、本来、長期の傾向で見えるものなのですが、異常気象など、短期でもその影響が出始めていて、非常にまずいと感じています。確かに、暖冬の年もあれば、寒い年もあるのは事実なのですが、暖冬だとしても、こんな事はいままで無かったよねということが起きています。

 もう一つ温暖化という問題は、温暖化が起きることは織り込み済みで、既に温暖化と言うトラック(路線)に乗ってしまっている。乗ってしまったトラック(路線)をこの既定路線からどう修正・改善していくのか、という段階なのだと思います。

小圷:前から言われていたことですが、地球の温暖化が既に進行していて、今回の「パリ協定」との関連で言うと、温暖化と世界がどう向き合わなければいけないのか、ということをある意味確認したのだと思います。

 そういう意味では、削減と言うよりもたくさんCO2を出す世の中ではない世の中にしようということですが、一方で被害も色々起きていたり、沈んでいく島もあったり、なかなか長期的に見るのと、短期的に見るのとで難しい面がある。しかし、そうはいっても、洪水など異常気象の被害が、日本もそうですが、途上国はかなり顕在的に出ています。

 そういうところを何とかしなければならないということで、今後補償制度を作っていこうということもパリ協定には含まれているのですが、今後、温暖化を前提として社会を作らなければならないというところを、ある意味、すべての国が認識し始めたということが現実的なところなのだと思います。

 なかなか日々の生活と温暖化が、直接繋がらないところが難しい点なのですが、やはり、大きな視点で考えると、我々はすでに温暖化が進みつつある世の中で、温暖化していく世界を前提に生きていかなければならない状況なのだと思います。

工藤:私も温暖化を感じることが最近増えてきたので、これを見ている方々も、このままではまずいのではないか、と思っている人もたくさんいると思います。


日本の「約束草案」は世界から評価されているのか

 今度は、日本の話なのですが、確かに温暖化に真剣に向き合わなければならない局面ですが、一方で、原発の問題にも向き合わなければなりません。まさに、福島第一原発の事故を経て、原発というものをどう考えていけばいいのかということが、国民的にも非常に大きなアジェンダになっています。ただ、昨年出されたエネルギーのベストミックスについて、出されるのが遅いのではないか、と昨年末、私達が公表した安倍政権の評価でも批判したのですが、そのベストミックスが出された次の日に温暖化の草案が出されました。

 その草案の前提を見ると、原発を再稼働させ、20%程度をベースとすること、その原発の比率を少し上回る程度の再生可能エネルギーの比率が示されています。

 一方で気になるのは、世界が「カーボン・ニュートラル」に向けて動き出す中、その流れに逆行するかのような化石燃料を重視し、火力中心のエネルギー供給体制を作っているということです。

 日本のエネルギー供給体制を安定化させるためには、資源を輸入するなど、色々な形で、いま実現できることをやることが安全保障上大事なのだということはわからないではないのですが、こうした問題と、地球温暖化なり、世界の大きな考え方と十分な連携なり、思想的な繋がりが、ひょっとしたら、政府側にあるかもしれませんが、説明されていないので、どうなっているのかよくわかりません。このあたりはどう見ればいいのでしょうか。

松下:世界的な傾向ですがアメリカでは、石炭火力は徐々に廃止されていく傾向にあります。中国でも石炭の消費量は減っていて、世界銀行など公的な開発援助機関は、石炭火力に対する援助を縮小する方向にあります。しかし、現在の日本では、国内での石炭火力発電所の増設や、石炭火力発電所の海外援助を推進するなど、世界の動向とやや異なっていると思います。

 それから、先ほど、藤野さんが言われた、「炭素に価格を付ける」ということをやれば、石炭火力の経済的な優位性もある程度薄れてきます。実際、世界の投資家達は、石炭に対する投資を引き上げる動きが出ています。なぜかというと、「2℃目標」を達成しようとすると、現在ある石炭を2割、3割燃やすだけで、すでに「2℃目標」が達成できなくなるからです。現在、世界にある石炭火力発電所は、だんだん使えなくなるのではないかということです。

 そういうことを見通して、日本としてもエネルギー計画を立てていく必要があるし、投資家も、化石燃料から再生可能エネルギーに対して投資をシフトすることが必要ではないかと思います。

藤野:先ほど、クライメート・アクション・トラッカーのお話もありましたが、その評価で日本は、「あまり野心的でない」とか「石炭が入っている」など、非常に厳しい評価受けていました。ヨーロッパ系のシンクタンクだと言うこともありますが、あまり良い評価ではありません。COP21の時に、日本の「約束草案」がどうだったかということですが、おそらくほとんど議論になっていません。少なくとも、私が主催したり参加したサイドイベントやブースでは、あんまり議論になっていなかった。日本の石炭への姿勢については、色々ありますが、良かれ悪かれ、日本は今までCOPの場でNGOグループがやっている「化石賞」を毎年取り続け、ある意味、注目を浴びていました。しかし今回、それにも入らず、関心すら得られず、全体的に関心がなかったと言えると思います。

 先ほどの松下先生のお話にあった日本の姿勢について付け加えると、「約束草案」を作成した経済産業省・環境省の合同会合の委員として議論に加わって感じたことは、工藤さんが指摘されたとおりエネルギーのベストミックスが決まって、そのあとに温暖化の目標値がほぼ自動的に決まったわけです。それ自体は、当たり前の話です。日本の温室効果ガスの排出源は、インドネシアのように土地使用で多くのCO2が出るわけではなく、ほとんどがエネルギーです。ただ、その決定プロセスについて、温暖化も十分考慮して、エネルギーのベストミックスが決められたのだろうかという観点については、安全保障の観点がやはり強いのかなと思います。

 日本のエネルギーの安全保障について、今までのスタイルの安全保障の議論であれば、「お金があれば、石炭、石油、天然ガス買えるよね」という話だったと思いますが、本当にずっとお金があるのだろうか、買って来られるのだろうか、という議論がどこまでなされたのか、ということは正直追いかけられていません。

工藤:本来であれば、再生可能エネルギーや省エネルギーなどをもっと積み上げれば、この構造は変わるかもしれませんが、ベストミックスという形で着地してしまったので、削減額の目標が自動的に決着してしまうわけですね。

藤野:省エネルギーの目標については今までの傾向からいうと、結構踏み込んでいると思います。ただ、それをどのように実現させるのか、という点について、実は、省エネの専門の委員からも「こんなに深堀した数字を書いて、どうやってやるのか」という批判があります。

 再生可能エネルギーについても、もう少し高い目標もあり得るのではないかと思います。ただ、そういった手段を十分吟味して、目標値が議論されているのかと思うと、少しは書いていますが、そうではない。目標を書いたものの、それをどうやって実現するかというところは、日本の「約束草案」では羅列的にしか書かれておらず、これからもっと考えましょうという感じになっています。

工藤:小圷さんはCOP21に参加して、日本の数字は「2013年度を基準に、2030年度には26%のマイナス」という目標ですが、これをどう評価されていますか。

小圷:温暖化の会議に来る方は、皆、関心があっていらっしゃいますし、そういった点で、「日本、こんなに削減量が少なくて良いのですか」「日本は技術力があるし、もっと野心を向上させるべきではないか」と何人もの方から意見をいただきました。それに対して、私も「日本も色々考えていますよ」位しか言えなくて、我々も、もっと踏み込んで言えるようなことを考えなければいけないと思っています。

工藤:日本は、原発事故があった中で、今回新しい目標を出しました。皆さんからの指摘は、再生可能エネルギーに関して、もっと技術的な、もっと踏み込んだ方が良いとか、そこまで具体的な要求ではないのでしょうか。

小圷:そこまでの要求ではないのですが、やはり先進国の一員として、また、省エネもこれだけ進み、世界的には日本の製品は非常に省エネが進んでいるという印象を持たれているわけです。そういう国であるなら、もっと踏み込むべきではないかということだと思います。


日本は2030年以降の長期的なビジョンが見えているのか

工藤:先ほど、藤野さんがおっしゃっていましたが、長期的に見れば、日本は2050年には80%削減と、かなり大きい目標を持っているわけですが、最終的に日本が何を目指しているのでしょうか。方向性としては、何となくエネルギーミックスはこうしましたという感じですが、何か方向性を感じますか。

藤野:そこを繋げていかなければならないと思います。私ももともと2050年の低炭素社会のビジョンを仲間と作ってきた立場もあるので、繋げていきたいのですが、現実的なボトムアップの考え方と将来のビジョン、バックキャストの考え方がまだ十分にフィットしていません。先ほど工藤さんが、「パリ協定」というルールは決まったが先が見えない、とおっしゃいましたが、そこを誰かがやらなければいけない、という意味では、日本にまだ役割はあると思います。

松下:日本でも「パリ協定」に基づいた地球温暖化対策計画といえる新しい計画を作ると思いますが、先ほどから議論になっている「炭素に対する価格付け」をきちんと政府の政策として盛り込んでいくことが必要だと思います。

 具体的にいうと、1つは環境税、炭素税であり、もう1つは排出量取引制度、総量キャップをかけて取引を行うという制度が挙げられます。前者については、これまでも議論されていて、非常に低いレベルで「炭素税」(地球温暖化対策のための税)が導入されています。また、後者の新しい形の排出量取引制度的なものについて、議論もされていませんが、改めて国民的議論をする必要があります。というのは、中国、ヨーロッパ、アメリカで排出量取引制度も再度広まっているので、国際的な動向を見て、炭素の価格を付けるということになると炭素税あるいは排出量取引を国として、制度として、導入する必要があると思います。


歴史的な「パリ協定」の合意を実行に移し、具体的な成果を上げる年に

工藤:最後に一言ずつ伺いたいのですが、世界的な課題として、テロの問題を始めとして、たくさんの課題があります。そうした中で、多くの人達が、日本だけではなく、世界の問題に関心を持ち、解決のために多様な動きが必要だと思うのですが、今年、2016年におけるグローバル課題の中で、環境問題はどのような位置付けなのでしょうか。

小圷:非常に重要な指摘であると思います。「パリ協定」は基本的には国レベルでの話をしていますが、国家を超えて、非国家主体、要するに我々自身に何が出来るのか、何を行えば環境問題に対する取り組みとなるのか、ということを意識し、行動することが非常に重要なアジェンダになると思っています。

 今回の「パリ協定」も、そうした視点を取り入れ、広げてきています。そこをより具体化していき、本当に世の中が変わるには、自分たちも変わらなければならない、という風に私たち自身の考えも変えていかなければならない。そうした視点をいかに個人ベースなり、地域や地方ベースで持ち、広げていけるか、そういった議論をしていくことが今年は非常に重要になると思います。

藤野:方向性が変わったのです。今まで、ローカーボンと言って、温室効果ガスの80%削減だったのが、ゼロ、マイナス目標になった。つまり、これまで2050年までの長期目標を議論していましたが、2050年も途中なのです。さらに先の2100年とか、その先も見ながら、ゼロカーボンに向けて、全ての仕組みをそちらのほうに向けていく。今の仕組みを大事にしながらになりますが、新しいステージに入る年、それが今年だと思います。

松下:工藤さんが先ほど、世界はテロを初めとする多くの課題を抱えていると述べたられたわけですが、まさに、COP21の冒頭でオランド大統領は、「気候変動はテロと並んで人類に対する脅威だ」と述べていました。

 2015年は、振り返ってみれば、COP21で「パリ協定」ができましたし、9月には国連で人々がより豊かで安心して世界全体が平和で暮らしていくための「持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)」を作りました。

 2015年は、COP21のパリ協定とSDGsができたという歴史的な年だった訳ですから、まさに、2016年はそれらを実行に移していく年、具体的な成果を上げていく年だと思います。

工藤:やはり世界は、課題をベースに動き始めていて、日本にいる私達も色々なことを考えていかなければならない段階に来ていると感じました。

 こういう議論をどんどん続けて行きますので、またご期待して頂ければと思います。

 どうも皆さん、今日は有難うございました。

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