「第4回日韓共同世論調査」をどう読み解くか

2016年7月20日

2016年7月14日(木)
出演者:
奥薗秀樹(静岡県立大学国際関係学研究科准教授)
澤田克己(毎日新聞論説委員)
西野純也(慶應義塾大学法学部政治学科教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

第1話:日韓関係が好転した背景とは

2016-07-17-(9).jpg 工藤:言論NPOの工藤泰志です。さて、言論NPOは、7月20日にソウルで記者会見を行い、4回目の「日韓共同世論調査」の結果を公表しました。

 今日の言論スタジオでは、今回発表した世論調査結果をどう読み解けばいいのか、議論していきたいと思います。そこで、今日は3人のゲストをお呼びしました。慶應義塾大学法学部政治学科教授の西野純也さん、静岡県立大学国際関係学研究科准教授の奥薗秀樹さん、毎日新聞論説委員の澤田克己さんです。

 今回は4回目の世論調査となります。今回の調査は、これまでの4回の調査を通して初めて、日韓関係の改善傾向が見られました。今日は、日韓関係がなぜ改善したのか、その背景などについて皆さんのご意見を伺っていきたいと思います。

 この共同世論調査では、相手国の印象や、日韓関係の現状認識に関する回答が、いつも新聞報道などで話題になりますが、今回は韓国に対する印象が「良くない(どちらかといえばを含む)」と回答した日本人は44.6%と依然多いのですが、2014年が54.4%、昨年が52.4%ですから、「良くない」との回答が年々減少しています。逆に「良い」印象を持っている人が29.1%で、これも昨年の23.8%から5ポイント以上改善しています。

 一方で、韓国人でも、日本に対する印象が「良くない」と回答している人は61.0%と依然多いのですが、昨年の72.5%と比較すると、少なくとも昨年よりは前向きな状況が出てきているの結果となりました。

 それから、現状の日韓関係に関しても、「良い」と見る傾向が出ています。

 皆さんにまずお聞きしたいのは、今回の世論調査で、今回、相手国に対する印象が改善している理由、背景をどう考えればいいのでしょうか。

慰安婦合意と中国からの揺り戻しの動きが、日韓相互の印象改善につながった

2016-07-17-(1).jpg西野:私は韓国に行く機会がよくあるのですが、韓国の方と話していて一番感じることは、「これまでの3年間、日韓関係があまりにも悪かった。さすがに、そろそろ良くしなければいけないのではないか」という雰囲気が明らかにあるということです。加えて、2015年12月28日に政府間で慰安婦問題に関する合意がありました。合意自体については必ずしも満足できるものではない、不十分な点もあるという認識の方が多いようですが、それでも、合意をきっかけに日韓関係を改善していかなければいけない、そのための重要なきっかけになるのではないか、という期待があります。その部分が、韓国側の良い数字に繋がったのではないかと思います。

 日本側でも、やはり慰安婦合意ができて、今後日韓関係が良くなっていくであろう、底を打ったのではないか、という認識がかなり強いのではないかと思います。

 ただ、現状の日韓関係に対する評価、数字を見てみると「どちらともいえない」という数字が、日韓ともに増えています。したがって、「現状の日韓関係についての評価は底を打ったのだけれど、今後果たして改善基調で進むのか、あるいはこのまま停滞するのか、しばらく様子を見なければいけない」という認識が依然として強いのではないでしょうか。とりわけ、日本側から見れば、この慰安婦合意を朴槿恵政権が実行、履行していけるのかという不安がまだまだあります。それが、韓国に対する認識が若干改善しているけれども留保的な評価につながっている理由ではないか、と見ています。

2016-07-17-(7).jpg 奥薗:私は、日本側から見たときに、大きく2つの要因があると思います。1つは、西野先生のご指摘の通り、昨年末の慰安婦合意に至るまでのプロセスです。両国の間に横たわっていたいろいろな問題について、朴槿恵大統領が強硬一辺倒だった姿勢を改める形で合意に至ったことが好印象を与えたと思います。

 もう1つは、日米韓連携の動きです。朴槿恵政権になってから、韓国が中国との関係を非常に重要視する姿勢を取りました。韓国というのは、冷戦時代を通して、現在も日米と同じグループで、仲間だと思っていたのが、「どうもそれは怪しい、中国の側に行ってしまったのではないか」という懸念を与えるような場面がいくつか続きました。ところが、2016年になってから北朝鮮の軍事的な挑発や核実験、長距離弾道ミサイル実験を契機にして、朴槿恵大統領が、中国との関係を一定程度犠牲にすることを覚悟しても、明確に日米両国との連携を深めるというアクションを起こしています。その結果、韓国は日米側のグループに属しているのだ、ということを再確認できるような流れがあり、日本側の朴槿恵政権に対する見方が好転した。それを受けて、韓国側も、「日韓関係が史上最悪といわれていたままではいけない」という雰囲気が韓国社会の中に醸成され、日本側の好転に相呼応する形で、日韓関係が「改善している」という傾向になったのではないかと考えています。

2016-07-17-(8).jpg 澤田:この共同世論調査は4回目、つまり2013年から行われています。つまり、2012年の8月に李明博大統領が竹島に上陸して以降、昨年の12月28日の慰安婦合意まで、日韓間には前向きなニュースというのはほとんどなかったわけです。後ろ向きというか、ほとんどネガティブなニュースばかりで、昨年までは関係が落ち込んでいくのが当たり前の話でした。そういうネガティブなニュースの量産という状況が、やっと昨年の終わりぐらいからなくなってきたことも影響を与えていると思います。

 もちろん、慰安婦合意については、韓国側でも評価があまり高いとはいえないのですが、この世論調査の中で、韓国人でもネガティブな意見、「だめだ」と回答している人は4割しかいません。合意直後、その後しばらく経ってからの調査だと、7割くらいが否定的な見方だったことと比べれば、かなり落ち着いてきたのではないかと思います。
 
 日本側も、慰安婦合意を経て、韓国に対する見方はかなりやわらかいものになったのではないかと思います。

工藤:皆さんが指摘されている通り、政府間の慰安婦合意の結果がメディア報道などを通じて伝わることで、朴槿恵さんが対日強硬姿勢から少し変わってきたのではないか、という印象が日本国民に伝わったのではないかと感じています。この世論調査でも、相手国の首脳に対する評価を見ると、朴槿恵さんに対する日本国民の印象は、昨年は「悪い印象(どちらかを含む)」が48.3%と半数近くだったのが、今年は36.6%と10ポイント以上改善しています。一方で、韓国人の安倍さんに対しては、依然として79.4%と約8割が悪い印象を持っているという結果です。

 ただ、韓国では「日本に来たい」「旅行したい」という人たちも若干増えているなど、いろいろな認識が様々なベクトルで混在している印象を受けます。今年の調査から、今までひどすぎた日韓関係が改善傾向にあるものの、本当の意味での関係改善が始まったと見られるような指標が、今回の調査の中にあったのでしょうか。それとも、今までの反作用、行き過ぎの是正という感じで理解すればいいのでしょうか。調査の中で何か手がかりは何かありましたか。

関係悪化の反動による改善傾向はみられるが、この傾向が続くかは注視すべき

西野:この調査結果自体から読み解くことはなかなか難しいと思いますが、3年前、朴槿恵政権と安倍政権が発足した時のことを考えてみたいと思います。安倍さんは2012年12月の選挙キャンペーンで、領土問題や歴史の問題で非常に積極的な姿勢を取っていました。そういうイメージがあったが故に、韓国人にとってみれば安倍さんは非常に保守的だというイメージが固着化していました。しかし、それから3年が経ち、実際に第二次安倍政権が実行してきたことを見てみると、「非常に保守的ではない」「かなり現実的な側面がある」ということに韓国の人たちは気づき始めたし、日本もそうしたメッセージを発信してきました。

 一方、日本側が朴槿恵大統領を見る目というのは、改善しているというよりは、これまでの3年間、日本から見れば相当ひどいと見えていたのが、慰安婦合意を成し遂げた点は評価できるという意味で、否定的な評価が若干元に戻ったという程度なのだと思います。

 今回の調査でも、「今後の日韓関係で何が重要か」という項目などを見ると、日本側は「文化交流をしていくべきだ」という回答が多く、必ずしも政治レベルと国民レベルが直接連動していません。日本の中では、韓国は普通にお付き合いできる相手である、と思い始めた人たちが少しずつ増えてきている、戻ってきているという印象を持っています。

 他方、韓国では、依然として、「日韓関係においては歴史の問題が最も重要な問題であり、それを取り除く必要がある」という認識が強いのと同時に、今回の調査からうかがい知れるのは、「この現状を受け入れていかなければいけないのではないか」という韓国民の認識が出てきていることです。

工藤:私たちが調査をする度にショックを受けていたことは、韓国人の中で、日本の社会・政治体制を「軍国主義」だと思っている人が一番多く、日本人は韓国を「民族主義」と見ている人が多いという結果でした。ただ、今回はかなり冷静な見方に変わってきて、激しい見方が修正されています。それでも、韓国人の日本に対する認識で一番多いのは「軍国主義」の49.6%で、日本人は韓国を「民族主義」と見ている人が48.1%もいます。「相手国の国民性をどう思うか」という設問があれば、もう少し多面的な分析ができるのですが、意識構造として韓国の人たちはそのような認識をもっているのでしょうか。

奥薗:「軍国主義」という言葉は、我々日本人が使う場合はかなり強い意味合いを持ちますが、おそらく現在の日本を「軍国主義」という表現を使って論ずるのは、国際社会の中で、韓国、北朝鮮、中国ぐらいしかいないと思います。これは、我々と同じような感覚で、韓国が日本のことを「軍国主義」と言っているわけでは必ずしもない、と受け取るべきだと思います。我々が思っているような意味で「軍国主義」という言葉を日本に対して使っているのではなく、日本でやや復古調の動きがあります。韓国では「右傾化」という言葉を使いますが、そういう保守的な動きが出てくると、すなわちそれは「軍国主義」というシンプルな言葉で表現されてしまうという側面があるのだと思います。

工藤:言論NPOが中国との間で11年間行っている共同世論調査も、この調査と同じ構造が存在しており、相手国への認識の構造を探る努力を必ずしています。他国への理解、相互の理解の構造の中でメディア報道という問題があって、多くの人がメディア報道によって相手国に対する認識を形成するわけです。韓国も日本も全く同じ構造なのです。澤田さん、この1年間、国民感情が変わるようなメディア報道があったのでしょうか。

 一方、この世論調査では、韓国の国民の中で、既存のメディアに対する「公平ではない」、「信用できない」という声が10ポイントくらい増えています。メディア不信があることも調査で見えてくるのですが、認識構造とメディアとの関係を、この調査結果からどのようにみていますか。

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メディアの党派性に左右される、韓国での日韓関係の評価

澤田:日本と韓国の関係に関して方向性ががらっと変わったのは、報道ベースでいうと、2015年末の慰安婦合意の後からです。日本の報道は、慰安婦合意の後、基本的にはポジティブな方向に変わっています。韓国の場合は、ポジティブな方向の報道と、非常にネガティブな報道との2つに分かれているという感じです。韓国のメディアは、日本のメディアと比べものにならないくらい、かなり激しい党派性を帯びていて、右寄り、左寄りというのがくっきりと分かれています。その政治的立場によって、慰安婦合意に対する評価や、日韓関係に対する評価が分かれていて、それに記事も引きずられている傾向がみられます。

 韓国側の世論調査から見えるメディアに対する不信ですが、これは、既存の保守系メディアに対する進歩派の人々の不信が、かなり強く反映されているのだと思います。もう1つ、日本と韓国のお互いを見る目について日本でやや誤解があると感じるのは、日本は韓国にとって今やそれほど大きな存在ではないということです。ですから、毎日気にしなければならないような存在でもないし、日本への認識を聞かれるとその時々で答えを考えるということです。「軍国主義」というのも、昔の帝国主義日本のイメージが韓国人の頭の中に残像として残っているので、そういうところで選んだのではないかと思います。

工藤:今のお三方のお話は、今年の調査結果が好転したことの意味は「これまでの行き過ぎの是正」だというものでしたが、それが今後どのように良いものになっていくかに関してはもう少し見なければいけないという問題があります。

 一方、今、澤田さんがおっしゃったのは、韓国国民の意識に占める日本の位置が非常に小さくなっていく中での認識形成だ、ということでした。
 

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