第11回日中共同世論調査をどう読み解くか

2015年10月22日

2015年10月22日(木)
出演者:
高原明生(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
加茂具樹(慶應義塾大学総合政策学部教授)
坂東賢治(毎日新聞論説室専門編集委員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

工藤:今回の世論調査を見ると、少なくとも改善の兆しが読み取れます。しかし、いろいろな要素が絡んできて、ある意味でテーマが盛りだくさんという感じです。ただ、私が一番気になったのは、日中両国が対立関係を乗り越えて、このアジアや世界で共存・発展が可能なのか、そうした点から世論調査でも毎回聞いています。

 そもそも日中両国は平和的な共存・共栄関係を期待しているのかをたずねると、「期待はしているが、実現するかはわからない」との回答が日本は58.0%で、中国は46.7%という結果でした。中国は「対立関係が継続する」が24.0%、日本も19.6%との回答でした。

 国民レベルから見ても対立関係はあるものの、願望としてはお互いに、共存発展ができないかと考えている。しかし、どうしたらいいかわからない、と考えている。こうした状況に、私たちは真剣に向き合わなければいけないと感じていますが、皆さんはどのようにお考えですか。


日中間の認識ギャップを埋めないと、両国の将来は非常に危ういものに

高原:どうして共存できるかわからないとか、対立が継続すると思うかという理由について、日本側と中国側で見解が異なると思います。中国側がなぜ将来に不安を抱くかというと、日本がこれからどのような国になるかわからないぞと。日本が軍国主義に戻って、軍事大国化して中国にチャレンジしてくるのではないか、という心配があるからだと思います。これは日本人から見ると、全然違います。そうではなくて、中国がナショナリズムを燃やし、なおかつ尖閣を始めとして、我々の主権、安全保障に対抗してくるのではないかと考えているわけです。そうした、幅の広い認識ギャップが日中両国の間にはあるわけです。このギャップを何とか埋めていかないと、私は日中間の将来は非常に危ういのではないかと思います。

工藤:そうした認識ギャップがかなりある中で、日中関係が改善するための障害は何かと尋ねると、尖閣問題などの領土問題と回答する人が多いのですが、それに並んで多いのが国民や政治家の間で信頼関係がないとの回答です。そうした中にも構造的なギャップがあるような感じがするのですが、そうしたギャップは乗り切れるのでしょうか。

坂東:乗り切ってほしいと思います。そもそも、日中関係の将来を考えた場合、共存・共栄しかないのです。それ以外の選択肢は、日本にとっても中国にとっても非常に暗い将来になるわけで、選択肢がないのが実状です。

 私は、日本が中国の大国化に慣れていないと思いますし、中国自身が大国化していく過程の中で、まだ意識が追いついていない状況だと思います。未だに中国は被害者意識に基づき、日本やアメリカに、いつかやられるのではないかと思っている。そうした考えに凝り固まってしまうと、国際社会とぶつかるような場面がどうしても増えてきてしまいます。本当は中国がもっと自信を持つようなことになれば、もう少し彼らも妥協する余地が出てくる。そもそも日本問題が、中国の権力闘争の主要なイシューになるような状況を変えてもらいたい。それがないと、政治分野での日中関係を進めていく上でも、非常に障害になってしまう。だから、日本に対して冷静になれる人たちがどれだけ増えるか、ということが重要です。同じように、日本もアメリカと比べて、中国に対して過剰に反応する人が多くなってきている。やはり、冷静に相手国を見るということがスタートになるのではないかと思っています。

加茂:高原先生がおっしゃったように、未来に対する願望というか、未来に向けて何をするべきかというアジェンダの問題で言えば、協力を強化すべき課題について、日本と中国との間に重点が違うと感じています。日本の場合は、環境問題や食の安全と回答している人が割と多いのですが、中国の場合は北東アジアにおける平和の維持が最多となっています。日本もパーセンテージは同じなのですが、順位としては高くない。やはり、繰り返しになりますが、日本社会が考える問題意識と、中国社会が考える問題意識のギャップがこの調査結果で明らかになったことは重要ですし、これから、何に取り組むべきなのか、ということが見えてきたことは面白いことです。

 この調査結果を踏まえつつ、両国社会の課題を重ねあわせていく、通じ合わせていくことが、今後大事になってくると思います。


日中間が協力し、目に見える成功例を作ることの重要性

工藤:今回の世論調査を見ていて、冒頭にもあったように、プラスに働いているのは爆買いなのですね。やはり、直接的な交流というものがお互いの現実的な理解を深めているということは非常にわかります。そういう動きは加速させなければいけないと思います。それに関して言えば、世論調査結果でもお互いの交流は大事だと思っているわけです。

 一方で、加茂さんがおっしゃったように、協力関係という点で言えば、協力の内容は違うとしても、お互いに協力は大事だと思っているわけです。だから、協力の枠組みと、お互いの直接的な交流ということが、1つの鍵になることは事実だと思います。ただ、現実的にそれが大きく動き出すかというと、そこまではいかない。

 もう1つあるとすれば、メディアの問題が出てきます。すると、そもそも日中間においてメディア観が違っている。中国人は自国メディアの報道を過度に信頼し、日中関係に中国のメディアは貢献していると思っているわけです。一方、日本人はメディアを相対化して考えるという視点があって、日本のメディアに非常に厳しい。日本のメディアが客観的な公正な報道をしている、との回答は2割ぐらいしかありません。

 こうした状況の中で、世論をつくる言論環境をどうみればいいのか、そして、どうしていけばいいのでしょうか。

高原:協力ということと絡めて申しますと、日中間においては、経済はもちろんのこと、海賊対策、環境問題、感染症対策、貧困対策など、現実的に様々な協力が行われています。そうしたことを一般の人はあまりしらないのです。そうした広報の努力が足りない。それは政府がやるべき部分もあるでしょうし、民間の力でやるべき部分もあると思います。メディアを通して、できるだけ広い範囲に、既に行われている協力の実態を広報していくということが重要だと思います。

工藤:メディアからすれば、嬉しいことはあまりニュースにならなくて、マイナスを書くことがニュースになるという側面はあると思いますが、そうなってしまうと、マイナスのスパイラルに入ってしまうのですが、坂東さん、いかがでしょうか。

坂東:それはよく言われることです。ただ、中国の場合は、宣伝部が肯定的な材料を何割にしろとか、否定的な材料は何割以下にとどめろとしているわけです。日本では到底考えられないことです。中国側がメディアの話をすると、日本のメディアもそうしてくれと言われますが、かえって反発を招きます。文化の違いは当然あります。ただ、必ずしもマイナスの報道だけをしているわけではなく、いろいろな協力はしているのですが、目に見える成功例を作っていくことは非常に大事で、いろいろな協力の中で、成功例がもし見えてくると、他の対立点も相対化できるという面があります。具体的な成果に結びつけるとか、両国にとってプラスになっているということが明確な形でわかるようになってくれば、当然、報道としても取り上げるテーマになると思います。

加茂:昨年11月の習近平さんと安倍さんの会談に始まって、日中間で協力する問題を実現していくということが、両国の間でセットができていて、それに向けて1つひとつ歩みが進んでいると思います。その内容というのは、今回の世論調査を通じて、日本が必要としていること、中国が必要としていることにうまく合致していると思います。ところが、アジェンダはきちんと設定したし、両国で確認できたので、次は実績をつくり、いかに可視化していくか、この段階に日中関係が入りつつあるのかな、という認識を持っています。

工藤:この集計をまとめていても、何かスッキリしないのは、印象を含めて改善傾向はみえるのですが、なぜ改善しているのか、ということがストンと落ちてきません。確かに、高原先生がおっしゃったように、何か事件があるなど、マイナスのこともありません。ただ、お互いに交流している人たちや、日本を訪れていたり、友達がいる人たちの日本に対する印象は非常にいいわけです。今回、そうした比率が少し高まっています。つまり、政治やいろいろな分野とは別に、生活レベルの中で微かかもしれませんが、何かがあるような気がしました。ただ、それを過大評価はできませんが、何か地殻変動が起きているのでしょうか。


直接交流の大事さと、SNSの普及で相手国への認識は

高原:そういう萌芽は確実にあると思います。昨年の10月から北京に住んでいた印象から言っても、中国の人たちは物凄い勢いで変わっています。もちろん、生活水準が上がり、物質的にも豊かになっているということが重要な条件だと思いますが、昔と比べると心に余裕ができて、落ち着いて客観的に世界も自分も見えるように、着実そちらの方向に世の中は変わっています。なので、日本の方でも例えば、ビザを緩和するとか、国をもっと開いて、より多くの中国の人に来てもらえば、確実に中国人の対日認識は変わっていくと思います。ただ、最初から言っているように、中国のメディアには残念ながらあまり頼れません。だから、直接交流の方法もいいですが、13億人の人口から比べると来られる人の数は限られていますから、何か違う手段も考えて、正しい情報や我々の本当の気持ちを中国の人に分かってもらえるようなメカニズムを考えることが大事だと思います。

工藤:買い物に来た人だって、日本が良い国だと思ったら、中国に帰ってそれを言っていけば、凄い広報マシンになりますよね。

坂東:これは伝統メディアでは難しくて、SNSがかなり役立っていると思います。日本に来ている中国人の知り合いでも、東京に来ている間中、WeChat(ウェイシン)という中国版のLINEを使って写真などを送るわけです。これは見たままの肯定的な評価が多いわけです。これは、宣伝部も統制対象外だと思います。ここに政治が絡むといろいろと問題が出てきますが、東京は素晴らしい、というのは相当な勢いでSNSなどを通じて流れているのは事実です。これで相当雰囲気が変わっていると思います。つまり、彼らは日本に来て、何をかうかが全部決まっているわけです。これは日本に来たことがない人も、日本に行ったらこれを買え、という情報をしっかり持っている。そういう意味では、SNSが相当影響を与えていると思います。

工藤:本当に、交流の重要性を痛感しています。

加茂:今回の調査結果の数値を使うとすれば、経済交流は深めなければいけないけれども、それを促進するために政府間の交流を高めなければいけない。それは、日中関係の発展に政治が大きな影響力を持っているということを考えると、政治と離れた空間での日中の枠組みを作っていくとなると、今回出てきた中国からの旅行客が増えてきているというのは、日中関係を好転させるというか、関係を深めていく意味での重要なツールが産まれてきているということが見えてとれるのだと思います。


日中両国民が考える東アジアの目指すべき価値観とは「平和」と「協力発展」

工藤:私が、今回の調査で非常に関心を持ったのは、日中両国は体制も違うし、国情も違い、いろいろな問題がある。しかし、北朝鮮や他にもそうした国は沢山あるわけです。この地域の将来をどういう風に考えていけばいいのか、ということについて世界が非常に関心を持っているところです。そこで、最低限、東アジアにおいて目指すべき価値観は何か、何が大事なのかと尋ねてみました。すると、日本と中国が見事に合意する課題が上がりました。最も多かったのが「平和」との回答で日本人の72.0%、中国人の58.6%が回答しています。それに続くのが「協力発展」で、日本人の41.6%、中国人の39.6%が回答する結果となりました。この結果をどう見ていけばいいのでしょうか。

高原:裏返すと、「平和」や「協力発展」に不安を感じているということだと思います。何とかこれまで享受してきた平和、それから発展を守っていかなければならない、という不安感、危機感の表れだと思います。

坂東:私は、日中友好というものはある種の「不戦」であって、それが達成できれば、かなりの部分は達成できると思います。そうした不戦が未来永劫にわたって安定したものとして、両国民が望むのは当然のことだと思います。意外にも、日本人は「自由」や「民主」を中国にそこまで求めていないのかな、と感じがしました。日本と中国が摩擦を少なくしていくためには、せめて「法治」などが同じレベルに達してくれば、もっといろいろなことができるし、共通の部分が増えてくると思います。

加茂:この調査結果は相反する見方ができると思っていて、未来に対する期待と、現状に対する不安が、ものの見事に表れていると思います。こうした結果が出るというのは、こうなりたいのだけど今はこうではない、ということが適切に表れています。これをどのように解決していくのか、ということはこの調査結果を通じて浮かび上がってきました。それは日中両国が取り組んでいかなければならない課題だと思うので、ここからが正念場だと思います。

工藤:そうですね。つまり、課題なのです。課題を共有すれば、そこに議論ができる余地が出てくる。今日、皆さんにいろいろなことをお伺いしましたが、日中間における変化というもの、課題を明らかにしているのだな、ということが分かりました。

 この調査結果を踏まえて、10月24日、25日に日中両国で直接議論を行うことになります。アジアの中に大きな変化を作り、平和な環境をつくっていくことが、私たちの願いでもあります。「東京-北京フォーラム」での議論の内容は、言論NPOのホームページで随時公開していきますので、ご覧いただければと思います。

 ということで、皆さん、ありがとうございました。

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