今、中国経済に何が起こっているのか

2015年10月20日

2015年9月24日(木)
出演者:
河合正弘(東京大学公共政策大学院特任教授、アジア開発銀行研究所所長)
田中修(日中産学官交流機構特別研究員)
三浦有史(日本総合研究所主任研究員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

今、中国経済に何が起こっているのか

工藤泰志 工藤:今日の言論スタジオは、8月27日放送の「中国経済はソフトランディングできるのか」に引き続き、中国経済の問題について議論したいと思います。6月に上海市場で株価が暴落し、その後、発表された様々な経済指数からも中国経済の減速が浮き彫りとなっています。こうした中国経済の動向が、世界でも非常に注目を集めているわけです。そこで、今回は、「今、中国経済に何が起こっているのか」と題して議論を行います。また、今回の議論に先駆けて中国の13人の経済学者、エコノミストに対してアンケートを実施しましたので、その結果も紹介いたします。

 それでは、ゲストの紹介です。まず、東京大学公共政策大学院特任教授で、アジア開発銀行研究所所長も務められた河合正弘さんです。続いて、日中産学官交流機構特別研究員の田中修さんです。最後に、日本総合研究所主任研究員の三浦有史さんです。

 習近平さんが、9月22日にシアトルで行った講演で、中国の株価や為替は、修復、調整する段階に入っている、とおっしゃっていました。中国としては、今の中国発の経済的な不透明感を早く払拭したい、ということもあるのでしょうが、さて、皆さんは中国経済の現状をどのように見ていますか。


「ICU」に入るほどは悪くはないが、30年以上にわたる疲労が積み重なっている中国経済

 河合:6月に株価が大幅に下落し、それ以降も8月まで3回にわたる株の下落があり、その影響が世界中に広がってしまった、ということが問題の出発点ですが、元々中国では、急速な経済減速があるのではないか、と昨年来危惧されていました。政策当局者もかなり心配していたと思います。それで、昨年末頃から、金利の引き下げなど金融緩和を積極的にやり始め、今年に入ってからも続けたことで、株価が2014年と比べて2.5倍ほどの水準にまで上がってしまった。このバブル的な状況から大幅に下落したことを、世界のマーケットは、かなり深刻視したのではないか。また人民元基準値の突然の切り下げで、中国経済はそこまで悪いのか、と世界のマーケットに思われてしまったわけです。習近平政権は今年7%程度の成長を達成したいと考えているわけですが、ひょっとすると、経済成長率はもっと急速に落ちているのではないかと。

 実際、出てくる指標は、まず固定資産投資の伸びがかなり落ちており、そして、鉱工業生産指数の伸びも落ちてきている。いわゆる「李克強指数」と呼ばれる、銀行の貸出残高の伸び率や、電力消費量の伸び率、鉄道貨物の取扱量の伸び率の中では、銀行の貸出残高はかなり順調に伸びていますが、それ以外の2つが相当悪い。ということで、実際の成長率はもっと悪いのではないか、という疑念がマーケットの中で広がっています。

 要するに、製造業がかなり深刻な状況になっている。様々な産業分野で過剰生産や過剰設備の問題が出てきている。しかも、これはなかなか短期的に修復できるような問題ではない。

 中国経済の今後としては、GDPの半分以上を占めるほどに成長してきているサービス産業がいまのところ8%くらいの成長を維持していることから、製造業が5-6%ほどで伸びれば、GDP全体で6%台後半から7%程度を維持できると思いますが、実際にそうなるかどうかがポイントになってくると思います。

 田中:今年の4~6月期のGDP成長率が7%と発表されましたが、市場からは「本当なのか。実際にはもっと悪いのではないか」と言われています。発表がたまたま株式市場の大幅下落と、人民元レートの基準値の引き下げに重なったので、もっと悪いのではないか、と疑心暗鬼が市場に広がっている。それが、今回の混乱の原因だと思います。

 しかし、この混乱は、中国の四半期のGDPの計算方法が、先進国のそれとは全く異なる、ということを忘れて判断してしまった結果だと思います。

 先進国だと四半期のGDPというのは、3カ月前と比較してどれだけ変化したか、を計算して、それを4倍することにより年率に換算して出しています。日本でも欧米でもそういう計算方法ですが、中国の場合は、1年前と比較してどうなったか、という計算方法ですから、今が良いか悪いかどうか、というよりも、去年の状況によって大きく左右されてしまうものなのですね。そのように全然計算方法が違うわけです。中国が発表しているのは、そういう1年前との比較という特殊なGDP成長率なのですが、実は、3カ月前から比べてどうなのか、という数字も試算として発表しているのです。ただ、それは一般にはあまりちゃんと報道されていない。発表しているのに報道されていない。それによると、昨年10~12月期以降を前期比で計算し直してみると、すべて7%を割っているわけです。今年の1~3月期は約5.6%と6%すら割り込んでおり、4~6月期は約6.8%になります。

 ですから、4~6月期は、実は少し戻してきているわけです。つまり、(経済が減速しているという市場の印象と)実態は違うわけですが、過剰に市場が反応してしまった、ということだと思います。

 三浦:中国の統計に関しては、信憑性を疑わせる問題が色々と出てきています。実際に統計を分析してみると、例えば、地方の発表するGDP統計を全部合計してみたら、全くつじつまが合わない、というようなことがあります。だからと言って、では、国として出すGDP統計が、どのくらい実態からずれているのか、というと、実は本当のところは誰にもよく分からないわけです。

 一方で、日本側の中国を見る視点というのは、「過去30年にわたって10%近い成長を遂げてきたわけだから、もうそろそろ終わってもおかしくないのではないか。こんな成長がいつまでも続くわけがない」というのが一般的な見方だと思います。日本側は「下がる」ということを待っている節があると思います。そこに、色々な指標が落ち込んでいる、というニュースが飛び込んでくると、日本のマーケットは、「やっぱり」と思ってしまう。しかし、指標が出るたびに、それに反応して、日本の株式市場が大きく揺れ動いてしまっているのを見ると、ちょっとナーバスになりすぎていると思います。

 中国経済を、病気で例えるのであれば、ICUに入って緊急手術をしなければならないほど深刻ではないと思います。ただ、この30年で積み重ねてきた色々な疲労みたいなものが経済の中に溜まっている。例えば、投資効率の異常な悪さ。投資をしてもGDPを生み出す効果が、以前と同じように出てこない。そういう状況になっていますので、ここは一回人間ドックに入って検査をして、生活習慣病のような経済発展の非効率なスタイルを、抜本的に見直す時期に来ている。それは中国自身も十分承知しているのだけれど、なかなか進まないがゆえに、中国を見ている人々の不安も増幅されている、という状況だと思います。

河合:これまで改革開放以降の35年間、中国は長期にわたる高度成長をしてきましたが、この10年ほど、とくにリーマンショック以降、中国経済の脆弱性が相当高まってきたと思うのです。2008年には4兆元といわれる公共投資を打ち上げました。今の為替レートで80兆円近い金額です。非常に大きな景気刺激策を行ったわけですが、そこで、投資の対GDP比率がぐんと上がった。それまでも投資比率は高かったわけですが、さらに上がった。それをファイナンスするのに、シャドーバンキングを使う、あるいは、地方政府を梃子に公共投資を行っていく、ということで、信用の拡大が続きました。そして、必ずしも効率的ではない投資が大々的に行われ、不動産市場が活況を見せ、経済成長が続くという、非常にバブル的な状況が起こりました。しかしその結果、地方政府の債務が拡大し、鉄鋼、セメント、石炭、自動車など様々な産業分野でも過剰設備が生まれ、それが今、重荷になってきています。まだ中国経済には、まだ政府の財政余力があり、急速な経済減速に対応できますが、その財政自体も徐々に悪くなってきています。私も、当面、危機的な状況になるとは思いませんが、過剰な投資、過剰な設備、そして過剰な債務をなんとか減らしつつ、安定的な経済成長にソフトランディングさせていかないと、いずれICUに入ってしまう可能性があります。

田中:よく中国指導部は「今、3つの時期が重なっているのだ」という言い方をします。一つは、高度成長から中成長へのギアチェンジの時期。これをチェンジするのはなかなか大変です。もう一つは構造調整の陣痛の時期。2013年に三中全会で、改革の大きなプランが出され、2020年までに決定的な成果を上げなければならない、ということになったわけですが、そうすると、リストラも必要ですし、改革を進めないといけない。そういう陣痛の時期です。さらに、先程の病気の例えでいうのであれば、少し節制しないといけないのに、リーマンショックの際に4兆元もの大型景気対策をやったので、その後遺症が激しく、対策がもたらした経済リスクをどう解消していくのか、という、その消化の時期。この3つの時期が全て同時期に重なっているので、大変な状況だと思います。それらはすべて要因が異なるので、分解して考えていく必要があります。

工藤:陣痛の時期であって、大きな転換期でもある。最終的なゴールとしては、ソフトランディングだと思いますが、そこに向かって順調に動いているのですか。

田中:国有企業改革という一番大きな改革は少し遅れています。これは非常に大きなリストラを伴うので利害関係者の反発も大きい。

工藤:地方政府の債務過剰の問題については、どういう政策体系の中で処理される構造なのですか。

田中:借換債を発行して、とりあえず問題を先送りしています。そうして先送りするだけで、根本的な解決策はまだないわけです。

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