今、中国経済に何が起こっているのか

2015年10月20日

2015年9月24日(木)
出演者:
河合正弘(東京大学公共政策大学院特任教授、アジア開発銀行研究所所長)
田中修(日中産学官交流機構特別研究員)
三浦有史(日本総合研究所主任研究員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


次期5か年計画で、設定される成長率目標で、改革の成否が見えてくる

工藤:さて、ここで、言論NPOが中国の経済学者13人に対して実施したアンケート調査の結果をご紹介し、それに対して皆さんのご意見をいただきたいと思います。回答した13人の経済学者は、中国の著名な大学の先生が中心です。

 まず、「中国の人民元切り下げは現状程度(3%)で終わると思いますか」という設問に対しては、「現状程度で終わる」との回答が13人中6人でした。「数カ月にわたり、切り下げを更に進めていく」が3人、「現時点で判断できない」が3人でした。

 「現在の中国の景気減速はどれぐらい深刻に捉えていますか」との問いでは、「減速しているが、7%成長は維持しているので深刻には捉えていない」「それなりの影響はあるが、中国政府が対策を打つだろうからあまり深刻には捉えていない」との合計が、13人中10人に上りました。ただ、「株安、人民元切り下げなど事態は深刻で、世界全体に悪影響を及ぼすと思う」が2人いました。

 次に、「今回の中国の経済減速は今後、どのように着地すると思いますか」という設問では、13人中12人が「ソフトランディングすると思う」と答えました。したがって、短期的にはいったん減速したとしても、「最終的にソフトランディングする」ことを、ほとんどの経済学者が信頼しているという結果でした。

 もう一つ、「中国経済の減速には、過剰投資や地方債務問題などの構造問題が背景にあります。あなたは、こうした構造問題に対して中国政府がコントロールできると思いますか」という質問をぶつけています。これは13人中9人が「コントロールできると思う」、2人が「どちらともいえない」との回答でした。

 「中国経済が、投資主導型から消費主導型の安定的な中成長に移行できると思いますか」という設問では、中国の経済学者ですら、「移行できると思う」と答えたのは13人中5人にとどまり、「現時点では判断できない」が6人、なんと1人は「移行できないと思う」と答えていました。したがって、中長期的な目標に関しては、中国の人たちもまだ読み切れていないということです。

 こうした中国の経済学者、エコノミストによる判断に対する感想と、ご自身のお考えはいかがですか。

三浦:「中国の学者であれば、このように答えるだろうな」というところでは、概ね予想通りです。私が個人的に違和感を抱いているのは、「投資主導から消費主導の経済に移れるか」というところです。正直に言えば、今行われている改革の成果を確定するのはなかなか難しいので、私はこの点について明確なことを申し上げられるほどの材料を持っていません。

 ただ、一つの材料として、2020年までの次期5か年計画において、目標成長率をどのくらいに持ってくるのか、ということがあります。これは、10月の党中央委員会で決まりますが、そこでは伏せられ、来年3月の全人代で発表されるものです。これが6%くらいであれば、「景気減速をある程度容認しながら改革を進めていくのだ」という意思表示だと見ることができると思います。しかし、6.5%とか7%に持ってくると、その成長を支えるだけの投資がまた必要になり、中国経済はさらにじり貧に陥りかねません。そうなると、「本当に改革をやる気があるのか」と疑わざるを得ない。そういう意味で、次期5か年計画の目標成長率をどのくらいに持ってくるのか、ということが、中国経済の今後の方向性を見るときの一つのポイントになるのではないかと思っています。

河合:私も三浦さんと同じように、中国の経済学者からこういう答えが出てくるのは自然だろうな、と思いました。

 「投資主導から消費主導に移れるかどうか」という点を、中国の経済学者はけっこう慎重かつ現実的に考えています。我々が中国に期待したいことは、やはり消費主導型経済に早く移行することですが、今は投資のGDP比率が40%後半にまで達しています。これを引き下げていかなければならないわけですが、急激に引き下げるとGDPが下がってしまいます。投資を急激に引き下げても、個人消費や純輸出がそれを補うほど急激に伸びるわけではない。つまり、投資を大きく引き下げることは、経済成長の観点からするとなかなかやりにくいと、中国の経済学者たちは認識しているのでしょう。結局、投資主導経済から消費主導経済への移行は、長い時間をかけなければならないだろうと思います。

 ただ、あまり長い時間をかけすぎると、高い投資率をずっと維持していくことになるので、これも危険です。そのバランスをこれからどうとっていくのかという、非常に難しい局面にこれから何年かは入っていくのだろうと思います。質が高く、効率的な投資はある程度維持していくことで、経済の急減速を避ける。地方政府による投資を大きくカットしてしまう、あるいはカットするような状況に追い込んでしまうのは、あまり望ましくない。しかし、同時に、今まで溜まった地方政府の過剰な投資や債務を何とかしていかなくてはいけないという、難しい問題に直面しています。

 そして、個人消費のGDP比率は35%強と、まだ低い状況です。これを、他国並みの60%前後の水準に徐々に近づけていくことが必要です。しかしこれも一挙にはできないので、徐々にやっていくしかありません。方向性としては、消費は伸び続けているので、今後は投資よりも消費の伸びを高くしていく、そしてGDPへの消費の貢献度が高い状況を維持していくことが、重要だと思います。

工藤:三浦さんは「次期5か年計画の成長率目標の立て方で、構造改革への本気度が分かる」とおっしゃっていましたが、河合さんはどうお考えでしょうか。

河合:私もそう思います。中国の潜在成長率は下がってきており、その傾向は今後も続くでしょう。これは隠しようのない事実だと思いますので、それを超えた過大な成長をしようとして大規模な投資を続けていくことになると、またこれまでと同じような副作用が出てくるでしょう。成長率の目標は過大なところに設定せず、構造改革を進めるべきです。


人民元の切り下げ問題は、米中首脳会談の「裏の争点」

田中:まず、人民元切り下げについては、私は、大幅な切り下げはないと考えていました。習近平国家主席の訪米前に大幅な切り下げをしたら、米中首脳会談は大変なことになってしまうので、中国としても、(南シナ海問題をめぐって)アメリカの国防総省と微妙な関係にある中で、今度は財務省まで敵に回すことは難しい。ですから、大幅な切り下げはできないだろうとみています。ただ、7~9月期のGDPの数値が悪かったりすると、市場から強い切り下げ圧力がかかる可能性があるので、そうするとドル売り介入に追い込まれて非常に厳しい状況になるかもしれない。

 もう一つ、過剰設備と地方債務の問題については、先程も申し上げたように、地方債務は借り換えが進んでいるので、短期的には政府がコントロールできますが、中期的には抜本的な改革が必要です。また、過剰設備の問題は今もまだ続いている問題ですので、この解決にはかなり時間がかかるでしょうし、中国の指導部もそう言っています。したがって、すぐにコントロールできる問題ではないと考えています。

工藤:人民元の問題ですが、外貨準備を一生懸命減らして、元買い介入をしているわけですよね。経済が良くないとすれば、今後も介入を続けることになるのでしょうか。

田中:ですから、これはまさに米中首脳会談の結果にもよります。為替レートの問題は、今回の首脳会談の大きな隠れた議題になってくるはずです。アメリカがどれくらいまでドル高を容認できるのか。アメリカが中国を為替操作国に認定してしまえば、報復されてしまいます。中国がアメリカ製のジャンボジェット機をたくさん買えば済む話なのか、というのは分かりませんので、首脳会談のかなり大きな裏の争点になると思います。


上意下達がスムーズになされなくなっている

工藤:アンケートでは、政府当局が構造問題に対するコントロールができる、という見方が多かったわけですが、先程田中さんから今は構造改革の「第一段階に来ている」というお話がありました。中国の政治指導部はコントロールし切ることができるのでしょうか。

田中:先程「第一段階」と言ったのは、改革前にまずは対抗勢力を「反腐敗」でできるだけ抑え込んでいくことが必要なのですが、今はその段階にあるということです。

 しかし、これは、政府当局のマクロコントロールの能力を逆に下げる可能性があります。構造改革を進めるためには、反腐敗を徹底的にやることは大事なのですが、最近、マクロコントロールの側面では「行政の不作為」ということが言われています。中央が色々な指示をしたときに、昔であれば上意下達ですぐに物事が動いていたのですが、最近は末端の動きが鈍いのです。これはなぜかというと、下手なことをやると、反腐敗で訴えられて自分が失脚するのではないかという恐怖感が、かなり末端にまで満ち満ちていて、その結果として中央の政策がすぐに執行されない、という状況だからです。このように以前は命令がすぐに執行されていたのですが、執行までのタイムラグが広がってきています。この問題が、今回マクロコントロールの効果がなかなか現れない一つの原因になっていますので、そこは「痛しかゆし」というところがあると思います。


世界は中国に対して、経済のけん引役ばかりではなく、構造改革を進めることも求めていくべき

工藤:中国が、構造改革と同時に経済成長を追求していくという状況になってくると、そのプロセスで、国際経済に対する影響があると思います。例えば、かつては中国が資源を「爆買い」していたのですが、それが資源供給に影響を与えていました。そこで、世界は、中国の動きをどう見守ればいいのか、ということを、最後にお聞きしたいと思います。

 先日の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の議論を見ていると、「中国は改革と同時に、財政出動もやれ」という論調になってしまいましたが、皆さんのお考えはどうでしょうか。

三浦:やはり、中国は既に世界第2位の経済大国ですから、改革一辺倒で荒療治を施すだけ、というわけにはいかないのだと思います。ですから、あくまで改革と景気の二兎を追うかたちで、「成長率を一定水準に保ちながら、同時に改革を進めていく」というのが、中国の進む道として皆が望んでいるところであり、中国もそれを目指していると思います。

 個人的には、個人消費がどのくらい順調に伸びていくか、ということが鍵になると思います。これを支える改革は三つあります。一つは、格差問題をどう解決するか。二つ目に、社会保障制度をどう改革するか。三つ目は、戸籍制度の問題にどう手を突っ込んでいくのか。これらは、国有企業改革とはまた違う改革の本丸だと思っています。このような改革の進捗状況を、我々としてもしっかり見ていかなければいけないと思っています。

田中:先日のG20の声明に「構造改革、構造調整をしっかりやれ」という趣旨がわざわざ盛り込まれたのは、非常に良かったと思います。私が個人的に最も恐れていたのは、「中国機関車論」が出てくることです。かつて西ドイツと日本は(世界経済をけん引する)機関車にたとえられましたが、当時も高成長により世界経済をリードすることはできませんでしたから、中国にできるはずもないわけです。ただ、世界からそういう期待が寄せられると、中国国内で、景気対策を求めたり、改革や構造改革を遅らせたいと思っている勢力が勢いづいてしまいます。今回のように、世界が「ちゃんと構造改革をやれ」と言い出すことが一種の外圧となって、さらに構造改革を進めるきっかけになりますので、その意味ではG20は非常に良い結果になったと思います。中国の財政部長と人民銀行総裁が黙っていたのも当たり前で、「わが意を得たり」という部分があったのだろうと思います。

河合:お二方が言われたことには、私も完全に同感です。急速な経済減速を避けつつ構造改革をやっていくことを、G20が中国に求めたということです。

 そして、G20には同時にもう一つのストーリーがあります。アメリカの金利引き上げが新興国にどういう影響を与えるのか、ということが懸念されていますが、中国は「実は中国にも悪影響を与えているのだ」というメッセージを送りたかったわけです。ですから、今後アメリカの金利引き上げが待ち受けている中、中国の急減な景気減速をいかに回避しつつ、中国にしっかりした構造改革をやってもらうことが、これから重要な課題だと思います。そういう意味で、G20では、中国側と、アメリカその他先進国側との間の綱引きのようなかたちで、あのような声明がまとめられたと思います。

工藤:G20の後、アメリカ連邦準備理事会(FRB)が利上げを見送りましたが、その直前に、習近平主席が市場拡大の姿勢を示す文書を出していますよね。これはG20ではなく、米中の「G2」で議論が動いているということなのでしょうか。

河合:世界の金融市場、とくに中国をはじめとする新興諸国の金融市場が不安定な状況の中で、アメリカが利上げをしてしまうと、世界経済に余分な負荷がかかってしまう。そして結局、それが自国に跳ね返ってくる可能性があるということを、FRBは考えたのだと思います。ですから、それは、中国との間の「G2」を意識して決定したということではないと思います。2013年、当時のバーナンキ議長が「量的緩和をこれから縮小する」と言ってしまったときに、世界中の金融市場が非常に大きな混乱に陥ったのですが、あのような状況は避けたいという考え方が、FRBにあったのだろうと思います。

工藤:中国経済の行方に、世界が非常に注目しています。その中で、中国は、非常に困難な改革に取り組んでいます。2020年の5か年目標に向けて、10月に党中央委員会が開催されるという局面の中、アジア、そして世界の経済が、今後大きく形作られていくような気がしています。

 ということで、今日は皆さんと「中国経済でいま何が起こっているか」について議論してみました。この議論は、今後も継続していきたいと思っています。皆さん、今日はどうもありがとうございました。

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