北東アジアの平和的な秩序構成と日本の役割

2016年1月29日

2016年1月29日(金)
出演者:
宮本雄二(宮本アジア研究所代表、元駐中国大使)
添谷芳秀(慶應義塾大学法学部教授)
徳地秀士(政策研究大学院大学シニア・フェロー、前防衛審議官)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


工藤:大きな秩序の変化がある中で、少なくともアジアにおいては、朝鮮半島の問題と、南沙諸島の問題が非常に不安定な大きな問題として存在しているわけです。この問題の状況を管理しつつ、最終的にどのように解決しなければいけないのか、ということを議論していきたいと思います。

 有識者アンケートで10年後の朝鮮半島がどうなるか、と尋ねたところ、「北朝鮮の現体制が崩壊する」が40.8%で最多となりました。それから、「南北統一に向けた動きが始まる」というのが8.7%、ただ、「予想できない」が19.4%、「現状のまま」も21.4%ありました。

 南沙問題は、一つの紛争として残る可能性を指摘する声が多くありました。こうした結果をどう考えていけばいいのでしょうか。


アメリカの同盟国間の協力を基礎に多国間の安全保障システムについて考える

德地:将来どうなるかということについては、なかなか予測は難しいわけですし、将来の秩序づくりに向けてどのような体制を作っていくかということも非常に難しい問題ですが、何を考えるにせよ、日本を始め、この地域の各国が力を強めること、これが重要だと思います。特に、日本は防衛力にとどまらず、国力全般をもっと強めていかなければならないと思います。同時に、アメリカとの同盟の力、これは間違いなく強めていかなければならなりません。ですが、それは日米同盟だけをとってみても、日本とアメリカだけでできるわけではなく、アメリカのプレゼンスの問題でいえば、韓国に約2万8千、日本に約3万8千の米軍のプレゼンスというものが存在しています。日本も韓国もアメリカのプレゼンスを支えていくという立場にあるわけです。そうした国がお互いに協力するということは当然、必要だと思っていますので、まず、そういうことを考えていくということが必要です。そうしたことをベースにしながら、多国間の安全保障のシステムを構築できないか、ということを色々考えていくべきではないでしょうか。

工藤:世論の話ですが、昨年の10月に、アメリカ、韓国、中国、日本の4カ国で世論調査を行ったときに、アメリカの国民が日本に対して、単なる安全保障という側面だけではなく、世界的な課題を解決していく上で重要な国として理解する声がEUと並んで多くありました。

 一方で、中国と韓国の間で日本の重要性が相対的に下がっていて、韓国と中国はお互いの重要性を認めていました。ただ、韓国はアメリカの重要性を認めているので、そこまで大きな話ではないのですが、状況としてみれば、4カ国の、日米中韓のなかでお互いに対する認識の分断とまではいきませんが、何かが見えるような感じがしています。


日本にとって最重要の安全保障問題は朝鮮半島情勢、という認識の醸成を

添谷:世論調査に出てくる一般的な傾向は、国内政治の環境を形成しますので、そういう意味で重要ですが、往々にして、世論が示すことと、政策当局者が考えて、やろうとしていることのギャップがあると思います。特に韓国国内ではそのギャップが大きくあります。日本を軽視、無視しようとする向きは、世論調査の結果には明示的に出ますが、。政策当局者にとってそれは難しい国内環境ですが、政策立案の前提ではないと思います。官僚の方は日々実体験していると思いますが、政策当局者同士だと、日韓の関係は比較的良いのではないかというのが外部から見た私の感想です。問題意識も似ていますし、有名な話で、世界中の大使館所在地で最初に仲良くなるのは日本と韓国の外交官だという話もありますし、。国連に長年勤務した韓国の外交官が私に言ったことですが、難しい問題もたまにあるわけですが、普通の国際問題については、韓国が国連に決議を出す場合、日本の支持を得るのは当然の話になっています前提だということです。これは、日本側からしても同じ話です。この点は、非常にもったいない感じがするのですが、動かそうと思えば動くし、政治的意思があれば動かせる話関係だと思います。

 実際に、日韓、日豪で色々なことが起きていますが、日豪で起きたようなことが日韓で起きないということはないだろうと理屈上は思っています。そういう意味では、世論というのは大事なファクターですが、政策議論のなかでの日韓の共通項をもっと明示的に、世論に訴えるような作業が重要なのではないかと思います。

工藤:北東アジアの将来を考えたときに、韓国、日韓問題について、どのような将来像の中で考えればいいのでしょうか。

添谷:安全保障環境が不安定であるほど、日韓関係の重要性、あるいは日本にとっての韓国の重要性が決定的に高まると思います。先ほどのアンケートでも、10年後には北朝鮮の現体制が崩壊する、との回答が40%で最多ですが、そうなった時には、統一の問題も含めて色々なことが起きるわけです。

 そうした状況が起こった際に、中国がどう出るかというのは、今の日本と韓国、アメリカの共通課題ですし、その時、米中関係がどういうふうに動くのかというのは、まさに日韓にとっての共通課題です。統一朝鮮をどのような国にしたいかということも、今から、日本と韓国が意味のあるコミュニケーションができるような状況をつくり、本当に中身のある議論をやっておかないといけない。泥縄的に、後から現状をフォローして、結局は、米中関係のあり方に日韓が引きずられるような形で物事が動くというような可能性も十分にあると思います。

 私は、日本にとって決定的に重要な安全保障問題は朝鮮半島情勢ではないかと思います。その前提をもうちょっと明示的に、世論、政策コミュニティも含めて、言論NPOにも頑張って頂いて、そういった問題意識を明示的に持つべきではないかと思います。

工藤:宮本さん、今の北東アジアの課題として朝鮮半島と南沙問題が出てきますが、どのようにお考えでしょうか。


「何のための軍事力か」と中国社会に判断材料を提供し考えさせることが必要

宮本:10年という時間で考えた時に、確実に中国の影響力は増大すると思います。しかし、同時に、米国の力がそう簡単に弱くなっていくか、総体的に弱くなっていくという気持ちがどうしてもしません。私が人口を覚えた頃の米国の人口は2億何千万でしたが、現在は約3億2千万と、ほぼ1億人増えたわけです。

 あらゆる面を含めて、予見しうる将来、アメリカが世界を引っ張っていくだろうと思いますが、中国の人達は、間違いなく、いつの日にかアメリカに追いつき追い越すと思っています。ほぼ全ての中国人がそう思っています。

 それは、中国が責任をもって秩序を作ると思っているというところまで考えが至ってないことが問題です。しかし、必ず、アメリカに追いつき追い越す日が来ると思っていると思いますね。我々は、その時に中国に発しなければいけないのは、「どうするつもりですか」と問いかけることが必要だということです。2050年、中国建国100周年の時に、実際に戦ったらどうかはわかりませんが、もしかしたら図体としての軍事力は、アメリカに追いついている可能性があります。しかし、そんな軍隊を持って、何をするのか、ということです。それを維持するために、対GDP比で現在の2%以上を軍事費としてつぎ込まなければ、維持するのは難しくなるかもしれません。そういった状況になったとき、膨大な軍事力を何のために維持するのか、単にアジア、世界で中国中心の秩序を作るためだけなのか、ということを問いかけないといけない。おそらく中国の人は、その時には、もっといろいろなことを考えると思うので、途中の私の議論に戻りますが、考える材料を提供し、いかに中国社会にインプットしていくかと、彼らにいろいろなことを考えさせて、そして、中国が単に軍事力に頼って、自分の主張を通すだけの国ではないような形に、どうやって変えていけるか、ということが私は大事なことだと思っています。そして、それを踏まえてアジアに安全保障の秩序を、はじめて考えることができるのです。中国がそうした頭の整理をできないと、まず、アジアの安全保障についての秩序に入ってこようとはしません。そうするといまのままの状況を延々と続けていくしかないわけです。そして、対峙した状況になると軍拡になっていくわけです。中国も困りますが、我々も困ります。そうなっていくと、添谷先生もおっしゃいましたが、中国人のものの考え方に大きく影響されることになってしまいます。

工藤:中国には、中産階級が2億人近くいるわけですが、そういう人たちの意識はかなり違っているのでしょうか。

宮本:中国が軍事力をいくら持っても、何を達成できるのか、ということを私達が解説してやったらいいと思います。軍事力を増やしても、大した物は取れないと思います。私は中国の人にプライベートではいつも話をしていますが、アメリカは膨大な軍事力を使って、何が達成できたのかと。

工藤:德地さん、防衛省におられましたが、アメリカの力の後退は実感しませんか。


南沙諸島問題の解決には、米軍のプレゼンスと沿岸国の能力向上が不可欠

德地:歴史上も時々、アメリカの力の衰退ということは言われてきますが、必ずアメリカは回復してきます。私は、アメリカのレジリエンス、復元力をやはり甘く見るべきではないと思います。特にアジアとの関係で言えば、彼らが言っている、アジア太平洋のレジデント・パワーであるのはレジリエント・パワーというのは現実ですから、その点を見誤るべきではないと思います。

 アメリカの力の復元力というか、持続力というのは、フロンティアがあった頃の話だという人もいると思うのですが、アメリカには今や、宇宙空間やサイバー空間などのフロンティアが更にあるわけです。それから、アメリカのイノベーションを支えているのは、アメリカの価値観だろうと思います。そうした価値観を我々は共有できるわけですから、やはり、そこに信頼を置くべきだと思います。

工藤:德地さんに続けて伺いたいのですが、南沙問題はどこかで終息するのでしょうか、拡大するのでしょうか。

德地:3、4年前23年前に政府のスポークスマンも「核心的利益に関わる」と言っているわけですから、中国はおそらく相当こだわると思いますから、そう簡単には解決しないと思います。だから、こちら側も粘り強くいろいろな手を打っていく必要があると思います。短期的にはアメリカのプレゼンス、オペレーションを支えていくということが必要だと思います。しかし、中長期的には、沿岸国が自分の能力を身に付けることとセットにしないと、結局は解決しないと思います。


国際法に基づく紛争解決を求める各国の声を国際社会の声にまとめていく

宮本:関連で申し上げると、やはり、話し合いによる紛争の解決、国際法による紛争の解決というのを、世界全体が声高にいうようにしたほうがいいと思います。

 フィリピンが中国による南シナ海の領有権主張は国際法に違反するとして求めた仲裁手続きについての判断結果が、今年、国際仲裁裁判所で結果が出ます。これは、中国は乗ってきませんが、そうした声が高まることは客観的に見てもいいことです。ASEANもそういうことを言い始めていますし、いろんな国が少しずつ言い始めており、こうした声をいかにして国際社会全体の声にしていくかということも同時に行っていく必要があると思います。

工藤:先ほどの添谷さんの話を聞いて、朝鮮半島は最終的にどうなるのかと感じました。どういう形で平和統一するのかという問題があるのですが、この10年を考えた場合、何か大きな変化を想定すべきなのでしょうか。


正当性を失っているが、中国が体制を支える限り、北朝鮮のレジームは続く

添谷:「わかりません」としか言いようがありません。そもそも「わからない」というのが最も専門的な答えだという逃げもあります。朝鮮半島に関しては専門分野ではないのですが、一つの判断材料は、北朝鮮の体制が持つのか持たないのか、体制が持った場合、どれくらい危険な行動に出るのか。これはひとえに、金正恩の体制をどう分析するかということに尽きると思います。私は専門ではないので自分の見解はありませんが、専門家の議論を聞いていると、マジョリティーは案外安泰だ、崩壊しないとおっしゃる方が、これまでのところ多いように感じます。金日成が死去して、金正日体制になった時は、崩壊論がむしろ多数派の議論としてありました。それに対する反作用もあるらしいのですが、案外、北朝鮮の体制というのは強いということをおっしゃる方が、今は多いと思います。

 私も半分は、そのような気がしていますが、もう半分は、いまの若い指導者のやり方が、北朝鮮のレジームを前提にしたとしても、正当性は無いと思います。ただ恐怖政治で体制を維持しているわけですが、それがどのぐらい持つのかと考えた場合、私は専門家ではありませんから一般人的な感覚を持つのかもしれに過ぎませんが、この体制が維持されるはずはないのではないか、という気がしていもします。ただ、ここでもう一つ重要になるのは、何度も話に出ている中国です。中国も国際社会と共同歩調を取る場面と、北朝鮮との特殊な関係というのは決して手放さないという両睨みで常に動いているので、中国が北朝鮮のレジームを支えることは当面変わらないのだろうと思います。そうすると、いろいろな不安定なことが起きつつ、案外、10年くらいのタイムスパンであれば、このままの体制が続いていくのではないか、という可能性もあるのではないかという気がします。

工藤:確かに安全保障や力のバランスという話もありますが、経済的にかなり相互依存になっています。日本にも中国から多くの人がやって来て、そうした中国人は日本に対する好印象を持っているなど、これまでの話とは全然違う形での動きもあります。

 最終的にこの地域を含む、アジアの平和秩序というものが将来どうなっていくのかという大きな試練に直面していると思います。

 最後に、今後のアジアに置ける平和秩序の構築についての期待をどう見ているのか、また、有識者アンケートでは、安倍政権の北東アジアの平和についての取り組みについての評価が二分している結果となりました。こうした状況を宮本さんはどう考えられていらっしゃるのか、ということを伺って締めくくりたいと思います。


北東アジアの秩序構築に向け、日中間で信頼関係を基礎とした対話が必要

宮本:物事は両面あるから評価が分かれると思います。ポジティブな面は、2009年、10年以降の中国の対応というのは、今から見ても、余りに自己中心的で、力を前面に出した対応でした。そうした対応に対しては、我々は享受甘受することはない、受け入れられないということを明示することが必要でした。仮にあの時、日本が妥協的な対応をしていれば、そういうやり方で今後もいいのだ、通用するのだと錯覚する連中が増えてしまいます。ですから、当時の対応はあれで良かったと思います。しかし、これから、どのようにして、アジアの問題、東アジアの問題を考えるかというと、今回の議論でさんざん話に出てきたように、中国を抜きにして考えられないのです。

 ですから、中国といかにして、信頼関係に基づくしっかりとした対話のチャネルを構築できるのか。そこは、利益が一致しなくともいいから、信頼関係を背景としたきちんとした話し合いをして、どのようにこの地域の秩序を作っていくのか、ということを日中が話し合わないといけない。東アジアにおいては、もちろんアメリカも重要なプレーヤーですから、アメリカにも参加してもらう必要は絶対にありますが、日中間での対話も必要なのです。そうした話し合いがきちんとできないと、いかなる東アジアの秩序とか、枠組みも成立するのは難しいでしょう。

 すなわち、平和的で、安定的で少し協力的な、日本にとっても、中国にとってもベストな仕組みを、日米中、現時点においては、とりわけ日中間で対話をしないと、私は実現不可能だと思います。こうした対話の実現には、日本だけの問題ではなく、中国にも責任がありますので、双方が知恵を出していく必要がある。今年は、安倍首相と習近平主席が国際会議の場で何度も会うチャンスがありますし、李克強総理も必ず日本を訪問しますから、そういう機会を十二分に活用して、早く、良い意味での信頼関係の基礎作りを始めて欲しいと思います。

工藤:今日は、アジアのこれからの平和秩序をどう考えていけばいいかということで、かなり大きな話を各分野の一線の論者に来て頂き、議論を深めてみました。

 現在の日中の政府間の対話はもっと深めなければならない、同時に民間レベルでも、いろいろな対話を行い、アジアの平和的な環境をどう作っていけばいいのか、ということを日中間、日韓間でも、それぞれやっていかなければならない、というふうに思っているところです。これからこの議論はどんどん具体化した形で進んでいきますので、是非、期待して頂ければと思います。今日は、皆さん、ありがとうございました。

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