ワールド・アジェンダ・カウンシル発足記念フォーラム「世界秩序の不安定化と今後の世界の行方」

2016年2月11日

2016年2月10日
出演者:
田中明彦(東京大学東洋文化研究所教授)
藤崎一郎(上智大学特別招聘教授)
細谷雄一(慶應義塾大学法学部教授)
古城佳子(東京大学総合文化研究科教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

 言論NPOではワールド・アジェンダ・カウンシル(WAC)発足に合わせ、記念フォーラム「世界秩序の不安定化と世界の行方」を開催しました。
 議論では、言論NPOが実施した有識者アンケートの結果も踏まえながら、現在広がっている国際秩序の現在の不安定感、不透明感の背景には何があるのか、中東問題などをめぐって「アメリカの力の後退」が指摘される現状をどう考えればいいのかを話し合いました。
 そして、今年、G7や日中韓首脳会談の議長国を務める日本の立ち位置をめぐっても、TPP交渉妥結や中国・韓国との関係改善といった日本の外交上の成果も踏まえ、課題解決へのリーダーシップを発揮するよう期待する声が相次ぎました。 

第1話:現在の世界秩序をどう考えればいいのか

工藤泰志工藤 言論NPOの工藤泰志です。今日2月10日、言論NPOは、世界的な課題を議論する「ワールド・アジェンダ・カウンシル(WAC)」を発足しました。今日の議論は、その発足に伴って行うものです。

 私達が選んだテーマは、「国際秩序の不安定化と世界の行方」です。2016年、世界は大きな困難に直面しています。シリアは和平に向けた動きが始まりましたが、難民はあふれ、そして、国際テロの拡大が続いています。中国など新興国の台頭が進みましたが、中国経済の失速が、世界的なリスクになっています

 世界はいま、どんな状況になっているのか、それを明らかにするのが、今日の議論の目的です。

 ゲストをご紹介します。東京大学東洋文化研究所教授で、JICA理事長も務められた田中明彦さん、そしてお隣が、東京大学総合文化研究科教授の古城佳子さんです。

 また、前駐米大使で、上智大学国際関係研究所所長の藤崎一郎さん、慶應義塾大学法学部教授の細谷雄一さんにも駆けつけていただきました。

 この四氏と議論を進めていきますが、昨夜、私達は言論NPOに登録する、有識者の皆さんにアンケートを取りました。「現在の国際秩序をどう見るか」という質問に対して、昨日の夜にもかかわらず、130人を超す方から回答を頂きました。

 その人たちの回答で私が驚いたのは、いまの国際秩序が不安定化している回答した人が実に90%を越えていたことです。そして、その理由を見てみますと、半数以上の人が三つのことを指摘していました。一つはアメリカの力の低下、そして、中東における混乱、さらに中国の台頭と経済の失速です問題、これらの問題に大きな関心が集まっている、ことがわかります。

 さて、こうした国際秩序の現在の、大きな不透明感、不安定感というものをどう見ていけば良いのか、その背景をどう考えていけば良いのか、ここから議論したいと思います。

 田中さんから口火を切って頂けますか。


歴史的に見て過度の悲観は不要だが、ここ数年の状況は憂慮すべき

田中:今年に入ってから、北朝鮮が核実験をしたり、ミサイル発射をしたり、それから更に、経済面で見ると、中国経済への心配から株が乱高下したりというようなことが起こっています。それを更にさかのぼってみれば中国の問題、シリアの問題があるということで、世界情勢が大変不安定に見えるというのは、そうだろうなというふうに思います。ただ、長いスパンで取ってみると世界はいつも揺れ動いているものであり、有識者のアンケートにもそうした意見が見られます。

 第二次大戦後の国際紛争のデータを見ると、冷戦時代から比べれば21世紀に入ってから戦争による犠牲者数は減っているのですね。そういう意味では長期的には、それほど悲観ばかりする必要は無いと思います。

 ただ、それでも21世紀に入ってからの紛争のデータを見ると、2010年くらいまでは結構減っているのですが、この数年がシリア内戦の影響もあって、犠牲者が大変増えている。

 UNHCRの統計を見ると、去年ほど難民の数が多い年はないのですね。ですから、その面で言うと、冷戦後の国際秩序が冷戦時代よりも遙かに悪いという認識は間違いだと思いますけれども、それでも、この4、5年は、大変憂慮すべき状態が進んでいるということではないかと思います。


政府による国内対立のコントロールが難しくなっている

古城:私は違う側面から意見を申し上げたいと思います.アンケートでも、例えばアメリカの力が低下するという形で捉えられていますけれども、いま、進んでいて、重要なことは、どの先進国、途上国でもそうですが、政府が国内を統治することが難しくなっている、ということにあるのではないかと思います。

 脆弱国家はその典型的な例ですけれども、以前はある程度、国内統治をきちんとして国内の対立が国際化しないということが出来ていたと思いますけれども、グローバル化、自由化の影響も非常に多いですし、情報、インターネットの作用もあるかと思います。国内統治ができなくなってきて、その国内問題が国境を越えて、国際的な不安定化要因につながる可能性が非常に大きくなってきたと。

 それが、最近、特に顕著になり、中東、アフリカの問題となっている。これは先進国も同じだと思います。アメリカにしろ、ヨーロッパにしろ、国内の対立を政府がきちんとコントロールすることがなかなか難しくなっているのではないか、と思います。

藤崎 二つの側面があってですね、一つはやはり、力によって、現状変更し、実績を作っていくという動きが、非常に顕著に見られると。そして、それが国連の常任理事国によって行われている。国際機関も国際社会もそれを、ただ見ているに過ぎないということが積み重なっていくことに対する焦燥感が一つあると思います。

 もう一つは、経済のほうで、グローバリズムというのは、ある意味では、簡単に言えば、強いものが勝っていくという市場経済を全体に広げればそういうことになる。そうすると、価値観がいままで一緒に共有していても、そこに格差社会が出てくることになってきますね。これが、世界的にも出てくるし、国内の中でも出てくる。これをどうやってコントロールしていくかということについて必ずしもまだ、見えてこない。力と言うこととお金についてこれからどうやって対処していこうかという端境期に入っているのかなという感じがします。

工藤:細谷さんは『国際秩序』という本を2012年に書かれていますが、その後の展開をどう見ていますか。


冷戦後の希望が裏切られたことが、今の不安の正体

細谷 ちょうど、今年、年が明けて、Foreign policyというアメリカの有名なジャーナルのウェブ版に、ダン・トワイニングという非常に優秀な安全保障専門家が書いたコラムのタイトルが非常に気に入っています。そのタイトルがunhappy new year、不幸な一年間が始まったということで、十個の地政学上のリスクを挙げています。このうちの九番目が、北朝鮮の問題で、より一層困難になっていくだろう、と書かれている。

 ちょうどその1カ月後に北朝鮮がミサイル発射実験を行ったわけですが、いま、何が起きているのか、あるいはこの不安の正体が何なのかを考えたときに、私は二つあると思います。それは何かというと、冷戦後に、これからより世界は平和になる、より豊かになるという楽観主義であると希望が浸透していたと思うのです。この希望が裏切られたのが、冷戦が終わってから25年間、ソ連が崩壊してからの25年間の結果だったと思います。

 まず、9.11で世界がより平和になるという希望が打ち砕かれた。そして、2008年以降のリーマン・ショック以降の金融危機で世界がより豊かになるという希望が打ち砕かれた。

 と言うことで、冷戦が終わってから、我々が抱いていた希望、楽観主義というものが相当程度まで、ひどく痛めつけられて、多くの人たちが希望を抱きにくい時代になっているというのが、これが私達の不安の正体ではないのかと思っています。

報告
第1話:現在の世界秩序をどう考えればいいのか 
第2話:アメリカの力の現状
第3話:中国の台頭と中国経済への期待
第4話:グローバルガバナンスの在り方
第5話:世界は今後どうなっていくのか
第6話:2016年、日本に求められるリーダーシップ

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