経済政策の評価と選挙で問われることとは

2016年6月15日

2016年5月11日(水)収録
出演者:
加藤出(東短リサーチ代表取締役社長、チーフエコノミスト)
鈴木準(大和総研主席研究員)
早川英男(富士通総研エグゼクティブ・フェロー)
湯元健治(日本総研副理事長)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

第二話:「2%成長」、「2%インフレ」。2つの目標はなぜ撤回できないのか

軌道修正の結果、出てきたのが「地方創生」や「新・三本の矢」

工藤:まず、アベノミクスが成功しているのか、してないのかという本質的な疑問があります。加藤さんがおっしゃったように、アベノミクスは金融とか財政で時間を稼ぐなかで、本当の構造改革をやっていくもので、それは当然、「出口」を想定したものだったですが、その出口が見えなくなってきている。むしろ、金融緩和がさらに深掘りされて進んでいるような感じに見えます。

 一方で、途中から「新・三本の矢」が出てきて、GDP600兆円など色々な目標が出てきました。しかも、その一部は分配政策になっています。本来であれば、アベノミクスを成功させながら、その次に人口減少対策などにその果実を分配していくという政策の連動があったのかもしれませんが、それでは間に合わないので、同時にやらねばならなくなった。

 だから、政策の何を評価すればよいのか非常に分かりにくくなってしまっている気がします。一部だけ見れば、アベノミクスは失敗したと言えるかもしれませんが、連続している、課題がどんどん進化していると判断することもできます。これをどう見ればよいのでしょうか。

湯元:アベノミクスが成功か失敗かという結論を現時点でずばりと言うことは非常に難しい。ただ、安倍政権自体が、これまでのアベノミクスの成果が当初想定していた通りに上手くいっていない部分があると認識しているのは確かです。それはまず、「第一の矢」によって円安、株価を演出し、それが、いわゆるトリクルダウン効果を通じて大企業・製造業から中小企業や非製造業、地域、家計に効果が浸透していくことを期待していたのですが、現実にはその度合いはきわめて小さく期待外れに終わった。したがって、アベノミクスは途中で軌道修正せざるを得なかった。そして、その軌道修正のまず一つは、地方の問題です。人口減少、少子高齢化、グローバル化に伴い地方の疲弊が進んでいる。円安で企業収益が増えても、地方にどんどん工場が戻ることはなかなかなかった。そこで、直接地方を支援するという目的で打ち出されたのがローカル・アベノミクス、地方創生戦略です。これは途中から打ち出された政策で、最初からアベノミクスにあった政策ではありません。まさに軌道修正そのものです。

 この地方創生は、人口減少や少子高齢化という地方の構造的な問題に焦点を当てて、それを色々な努力をして解決しようというものですから、その考え方自体は非常に評価されると思います。ただ、これは構造的な問題なので、一朝一夕で解決するわけではありませんし、それなりの予算も計上しないといけない。だから、地方創生が提示されてからわずか一年や二年で何か成果が目覚ましく出てくるという状況ではなく、もう少し辛抱強く時間を掛けて見守っていく必要があると思います。

 それから二つ目は、賃上げや雇用増の形でアベノミクスの一定の恩恵は家計にもいっているかと思いますが、他方で消費者物価が一時上がったときには、どうしても実質賃金が下がるという形で家計はダメージを受けている。これに対して、賃金を上げていくことをやっていかなければならないわけですが、それだけではなかなかうまくいかない。ということで一億総活躍社会のキャッチフレーズの下、出てきたのが「新・三本の矢」です。中長期的な課題である少子高齢化、子育て支援、介護離職ゼロというような的を作って、これに対して、色々な政策を実行していく。今年度の当初予算や補正予算で3.6兆円もの予算が投入されて、スタートしたところなのですが、これもある意味、政府から家計を直接支援する政策です。経済の好循環が市場メカニズムのなかで上手く回っていない、あるいは構造改革が遅れる中で、上手く回っていない状況の中で、政府が直接サポートする位置付けになっています。

 ただ、これも出生率1.8とか介護離職ゼロなどの目標は一朝一夕で達成できるものではありません。本来5年、10年単位の時間をかけてやっていくべき政策であって、家計に直接支援金は流れますが、それが足元の景気を一気に良くするというような効果はそう簡単に望めないと思います。ただ、そういう軌道修正自体は、私は一定の評価をしています。

鈴木:何をもって「成功」というのかが人によって違うので、評価が混乱するのだと思います。私は一人ひとりの生活水準を上げていくことができたならば、成功と言えると思います。ですから、デフレを脱却すればバラ色の成功ということではなく、さらに潜在成長率を上げることが必要です。生産性を上げることによって、実質成長率がマクロベースで1.5%くらい、人口減少を加味すると一人当たり実質2%くらい毎年上がるという、そういう経済社会を作ることができれば本当の意味での成功と言えると思います。その意味ではそこにまでには距離があります。

 そもそも、世の中は何でもかんでも消費税のせいにし過ぎだと思うのですね。14年4月に消費税上げたせいで、うまくいかなくなっているという議論は非常におかしい。それを前提に全体としてうまくやっていかなければならないわけですから。正しい課題設定の仕方としては、これだけマネタリーベースを増やしたのになぜうまくいかないのか、ということです。あるいは、成長戦略について産業競争力会議が相当力を入れているわけですが、なぜ潜在成長率の上昇に結びついていないのか、ということです。成長戦略をもっと体系的に再検討する必要があります。

 それから、一億総活躍に関しては、女性など働きたい人が思う存分働けるような状況にしていかないと、生産性が上がらない。もっと労働力を多様化すべきで、今までのように同じようなタイプの人たちだけが働いているような社会では生産性は上がらないと私は思います。そして、働きたい人が思う存分働けるようにするためには、長時間労働を是正しないといけない。ただ、生産性上がっていないのに働く時間を短くすることはできないわけで、長時間労働の是正と生産性の向上は同時に成し遂げる必要がある。一億総活躍社会を実現するためには、そういったことも体系的に考えていく必要があります。

「将来は苦しいけれど、今は楽ができる」政策にどんどんのめり込んでいっている政府・日銀

工藤:永田町や政府は、「アベノミクスは成功し、経済の好循環がどんどん回っている。だから、今度はそれを地方にも波及させる」というストーリーにして、国民に説明している。

 しかし、実態としては、皆さんがおっしゃったようにマクロ的な係数で見ても不十分で中途半端な状況になっている。本当に成功しているのであれば、「成功したからもう新しい課題の方に移った」という展開であれば、それは確かに見事な将来課題への転換だと思うのですが、実際には中途半端なまま課題が散らかっているような感じがしてしまうのですね。

早川:安倍さんご自身はひょっとすると、本当にうまくいっていると思っている節もあります。ただ、それは彼を取り巻く人々がそうおだてているだけであって、実際に先程、湯元さんが言われたように地方創生や一億総活躍の話が出てきたというのは、やはり、そういうふうに少しずつ国民の目先を変えていかないと政権が持たないぞ、という認識があるからこそ出てきたのだと思います。

 先程加藤さんが言われたことなのですが、なぜ三本の矢を束ねることに意味があるのか、というと、特に第1の矢というのは、「将来は苦しいけれど、今は楽ができる」という政策であるわけです。大胆な金融緩和をすれば今は良いことがありますが、しかし、どこかで出口が来て、そこで相当苦労するわけです。一方で、成長戦略や構造改革というのは、「今は苦しいかもしれないけれど、将来は何か果実がある」という政策です。ですから、それらを束ね、同時にやっていく必要があるのですが、結局、「将来は苦しいけれど、今は楽ができる」政策にどんどんのめり込んでいってしまっている。その結果、なかなか構造改革が進まなくなってしまったということだと思います。目先を変えていること自体は悪いことではないと思いますよ。おそらく一時期、安倍政権の出発時においては、「デフレさえなくなればすべてうまくいくのだ」という思い込みがあったのでしょう。しかし、実際やってみたらそうではなかったからこそ、地方創生や一億総活躍が出てきた。そういう意味では、実際にどういう問題があるのかを認識したという点では良いことだと思います。

 ただ、正直に言って新三本の矢を本気でやっていこうとすれば、それは相当な財政負担を覚悟しなければなりません。例えば、女性が安心して働きながら子育てをしていくためには相当な財政負担が必要です。しかし一方で、消費税増税先送りのような話をしていたのでは、とても成り立たないと思います。

高い目標だが、日本の将来のためには達成するしかない

工藤:確かに、新・三本の矢など、安倍首相が言っていることはアジェンダ設定としては非常に正しいわけですよね。しかし、今までの政策体系を繋げながらやっているから、それがどうなっているか分かりにくくなる。

 早川さんがおっしゃっていることを逆に問えば、0.7%という実質成長率というのは、それでも潜在成長率を上回っているのだから、それが日本の本当の実力ならもうそれでいい、その実力に見合った経済社会にしていけばいいと思うのですが、政府は当初の目標に向かってまだまだ頑張る姿勢を見せています。政府も日銀も当初の目標はまだ正しいと考えているわけですよね。

早川:そこは一言で言えば日銀は降りられないわけです。

 加藤:当初の目標を達成しないと、財政のプライマリーバランスの目標も崩れてしまうからです。

湯元:財政と、やはり社会保障が維持できなくなります。

早川:成長率の問題にしても、日本国民は既に結構豊かなので、「この状態を維持できればそれでいいんじゃないか」と言う人は確かにいます。しかし、それではこれからの社会保障制度を維持できないからこそ、ある程度生産性上昇が必要だ、というのが基本的なロジックです。

工藤:皆さんのお話を聞いてよく分かったのは、様々なマクロ的な目標というのは譲れない目標なのだ、ということです。それは、財政再建や社会保障の財源のためにも必要だ、と。しかし、本当に「譲れない」という覚悟は、日本の政府や政治にあるのでしょうか。

鈴木:潜在成長率が上がっているのかどうかを計るのはすごく難しいということは理解する必要があります。本来は、5年、10年経たないと計れない。上がったかどうかは今すぐには分からない。良くなっているとしてもそれは循環的なものに過ぎないかもしれないわけです。それを踏まえた上で、しかし、GDP以上に評価するための優れた尺度、ツールは今のところありませんから、マクロの目標に当然政治がきちんとコミットする必要があるにもかかわらず、そこがちょっと弱いというのはおっしゃる通りですね。

冷静な総括ができず、出口に向かえない日銀

工藤:加藤さん、金融緩和はどうやって出口に向かうのでしょうか。泥沼に入っているような気がするのですが。

加藤:2%成長と2%インフレという看板を下ろせないのは、低い潜在成長率のままで行くのであれば、相当増税しないと財政が持たないので、かなり高めの成長目標設定にするしかなかったということです。そして、その苦しさが今出てきてしまっているわけです。アベノミクスの評価という点でも、どうしても政策当事者には「うまくいっている」というバイアスが当然かかるのでしょうけれど、それにしてもせめて中央銀行である日銀はある程度客観的な政策評価をする必要があると思います。

 今の政策は、短期間にインフレを2%にするには、人々の期待に働きかけて、インフレ予想をジャンプさせるということを狙っているものですから、「アベノミクスはうまく行っています」ということを常にアピールしなければならないという宿命があります。ですから、「最近うまくいっていないんですよね」とは言えないわけです。黒田さんの説明を聞いていても、いつも「物価の基調はしっかりと上がっている」ということばかりです。以前、黒田さんは国際会議において、ピーターパンの物語に「飛べるかどうか疑った瞬間に永遠に飛べなくなってしまう」という言葉があると紹介しましたが、とにかくみんなに信じてもらわないといけないというわけです。

 そうなると、日銀は冷静な分析を国民に提示することができなくなってしまう。日銀の景気予想というのは、いつもすごく楽観的な成長率とインフレの予想が出てきていますが、時間が経つとともに、現実に合わせて急落していってしまう。この3年間、そういうことの繰り返しでした。そういう中でやってきているが故に、本当は「2年で決着をつける」という短期決戦としてあらゆる戦力を投入して始めた政策であるのに、現実には長期戦になってしまっている。そうすると、その現実を正面からとらえるのであれば、きちんと総括をする必要があります。短期決戦であれば、ときどきサプライズの奇襲作戦でもいいのですが、長期戦になると戦略を変えていかなければならない。しかし、総括ができないと、「うまくいっています」とひたすら言い続けるだけになってしまい、どうやって出口に向かっていくかという議論にもそもそも入れないし、ずるずると長期化してしまうわけです。

 このアナロジーが正しいかどうかわかりません。ただ、マーケットではよく言われるように、第2次世界大戦時、真珠湾攻撃は単なる奇襲攻撃だったのでしょうけれど、結局、長期化してしまった、というような話にも似ていなくもないですし、現実否認が起きてしまうとまずいことになると思います。

工藤:かなり厳しい状況ですね。動きようにも動けないし、説明しようにも説明できないわけですね。早川さん、今のお話についてはいかがですか。

早川:多分、最初にいわゆる異次元緩和を始めた段階では、おそらくある程度自信満々に、「俺たちが言っていることが正しいのだ」と言って、期待に働きかけないと期待は動かなかったでしょうから、それはありだと思います。しかし、2年、3年経って同じ作戦に効果があるのかといったらそれは無理な話です。3年間、失敗続きなのに「うまくいっています」と人々に信じろと言ってもそれは無茶です。むしろ、加藤さんが言われたように、「では、結局、3年間何ができて、何ができなかったのか」ということを総括した上で、できなかった点については、これからどうしていけばいいのか、ということをもう一回きちんと総括し直すべきだと思います。

工藤:ただ、マイナス金利にまでなるということは、経済がきちんと回復しない限り、もう出口がないですよね。むしろ途中でやめたら大変なことになりませんか。

早川:もちろん、そういうことです。そして、もう一つ厄介なのは、そうやって日銀がどんどん長期戦を続けていけばいくほど、政府の方は国債をマイナス金利で発行できてしまうので、「別に財政再建を急がなくてもいいよね」というマインドになってしまうのがまずいと思います。

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