北東アジアの平和に向け、日韓間で安全保障の共通認識を作り出すことができるか

2016年8月30日

2016年8月23日(火)
出演者:
田中均(日本総研国際戦略研究所理事長)
徳地秀士(政策研究大学院大学シニアフェロー)
渡邊武(防衛研究所地域研究部アジア・アフリカ研究室主任研究官)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

第一話 日韓関係の現状

2016-08-30-(5).jpg 工藤:言論NPOの工藤泰志です。さて言論NPOはこの9月に日本と韓国、そして日本と中国との民間対話を行います。まず、韓国との間では7月20日に日本と韓国の世論調査を公表しました。その結果をみると、日本と韓国の国民感情はかなり改善を始めているのですが、安全保障や中国の見方いろいろな形で意識の違いが明らかになってきました。

 私たちは対話を通じて、民間がある程度の役割を果たしながらこの地域の平和的な環境をつくりたいと考えています。今回はその議論に先立って、民間の専門の方に来ていただき、韓国、そして北東アジアの将来を踏まえた形での民間の役割について議論を深めていきたいと思っています。

 ゲストをご紹介します。まず、日本総研国際戦略研究所理事長の田中均さん。次に、政策研究大学院大学シニアフェローで防衛審議官も務められた德地秀士さん。最後に防衛研究所地域研究部アジア・アフリカ研究室主任研究官の渡邊武さんです。

 さて、世論調査には、間違いなく私たちが今後の日本と韓国の関係を考える上で非常に重要なヒント、手がかりが浮き彫りになっていました。日本と韓国は自由と民主主義という価値を共有し、そしてアメリカを通じたハブ・アンド・スポークという同盟関係にあります。そういう同じ立ち側にいるということが今後の将来を考える上で重要なのですが、そのような議論が今まで十分になされてきませんでした。その背景には、歴史問題や、国民層の神経を逆撫でするようないろいろな動きがあったのも事実です。

 一方で、その中で未来に向けた動きがあったのも事実です。ですから、その中で未来に向けた議論をする段階にきたと私は思っています。この世論調査の中身を詳しく紹介する時間はないのですが、要点を言えば、国民感情はかなり改善を始めた。しかし安全保障に関しては、まだ日本と韓国の間には非常にお互いを気にする見方が、特に韓国の間に日本を気にする見方が依然残っているということになります。また先日、竹島に韓国の国会議員が上陸しました。国民感情は改善し始めたのにまたそのような感情を逆撫でするようなことが繰り返されているわけです。こういう状況を踏まえて、一言ずつ皆さんにお話を伺いたいのですが、まず田中さんからいかがでしょうか。

歴史問題がなくなることはないが、それだけで日韓関係が駄目になる時代は終わった

2016-08-30-(1).jpg田中:私は結構長い間、日本と韓国の関係を見ています。ちょうど1988年にソウルでオリンピックが行われた当時、私は外務省の北東アジア課長でした。そして2002年にサッカーのワールドカップが日韓共同開催で行われましたが、その時は担当局長でした。その間30年くらいをみるとやっぱりアップアンドダウンなんですよ。日韓関係全体もそうだし、それを映す国民感情もそうです。例えば、2002年にワールドカップ時のそれぞれの国民感情はすごく良かったわけですね。だからシャトル便をやったり、韓流ブームも起りました。韓国の中でも日本の文化を解放していった。そういう意味で私は日韓の、とりわけ国民の感情というのは時には階段を上るように、時には階段を下がるようにアップアンドダウンがあるので、今の一時点が悪くてもそんなに心配しなくてもよいと思うんですね。だけど基本にあるのは、今工藤さんが言われたように、両国は自由と民主主義を基本的な価値として、かつ米国の同盟国であるという共通点があるわけですから、ここに乗っかった関係を考えないといけません。

 過去のこれまでのいろいろなやり取り、私自身がやったことも含めて考えてみると、基本的な日韓関係を規定していくいくつかの要因があるのですね。一つは明らかに北朝鮮の問題。北朝鮮との関係を考えていく上で、韓国が日本の協力がどうしても必要だという時には日韓の関係は良くなった。ここしばらくの間、おそらく韓国はその協力を日本ではなく中国に求めたわけですね。要するに中国が北朝鮮に圧力をかけない限り、北朝鮮問題は改善しないと。だからまさに朴槿恵さんは中国との関係を良くすることによって、北朝鮮に対処していこうとしていた。ところが、これが変わってきた。要するに北朝鮮が(核・ミサイル問題で)跳ね上がってきたわけですね。それに対して、韓国は「やはり日本、米国との連携が必要だ」という結論に達した。

 ただもう一つ大事な話が根底にあります。やはり、歴史と領土の問題があるんですよ。ここ数年、日韓関係が悪くなった最初の要因、引き金を引いたのは李明博大統領の竹島訪問だった。ですから、そういう意味で韓国側がとってきた行動が日本の国民感情をいたく悪くした。同時に今の安倍政権の、たとえば慰安婦の認識とか靖国訪問とかそういうことが韓国の歴史に関する日本に対する反感をさらに強くしてしまった。だけれど、ある意味でこの歴史の問題というのは慰安婦の合意ができて、靖国神社の訪問も安倍総理はされない状況になってきているので元に戻ってきているわけですね。

 もちろん、これからも歴史の問題はなくなることはない。だけれど、これだけにこだわって日韓関係が駄目になる時代はもう終わった。ですから、工藤さんがおっしゃるように未来志向の話をしていかなければならない。とりわけ必要なのは日韓の安全保障協議です。それから中国を巻き込んだ日本・中国・韓国の自由貿易協定。要するにルールをつくっていくということですね。そして、北朝鮮問題についての協力。こういう主要な課題についておそらく日本と韓国は同じ方向を向いていると思うんですね。ですから、こういうものを中心に政府は協力を重ねていくという基本姿勢で臨めば、自ずから日韓関係は従来のような良い状況になっていくと思います。

日韓防衛関係改善の背景とは

2016-08-30-(2).jpg德地:この二年ぐらいの日本と韓国との間の、特に防衛・安全保障の関係を見てみると、2014年12月に日米韓3か国の間で情報共有の取り決めが結ばれた。それから去年も、戦後70周年談話とかそれから慰安婦の合意とかいろいろな動きがあったわけですね。さらに夏にはシンガポールで久しぶりに日韓の防衛大臣間の会談が行われました。それから10月には当時の中谷防衛大臣が韓国を訪問している。つまり去年は複数回防衛大臣間で会談が行われているわけですね。これは非常に珍しいことです。それだけでなくて海上自衛隊の観艦式に韓国の海軍の船がやって来るとかいくつか象徴的に日韓の防衛関係というものを改善する動きというのはずっと見られてきたわけなんですね。

 その背景には、いろいろな理由はあると思いますが、一つは共にアメリカの同盟国である日本と韓国の協力関係がうまくいっていないということについて、アメリカも自分自身の問題として非常に困っていたので、この日本と韓国の間を取り持つためにアメリカも非常に努力をしたということがあります。

 それから北朝鮮が、今年のはじめに4回目の核実験をしたり、潜水艦発射の弾道弾の実験をしてみたりとかいろいろなこともあって、北朝鮮に対応していくために日本と韓国が協力をしていくということについて、日韓相互、特に韓国側においてその認識が高まったということは言えるだろうと思います。

 また、確かに中国との関係は非常に難しいのですけれども、これは冷戦時代のソ連とは違うわけです。やはり今の中国の今の行動を鑑みると、どうしても中国と対峙していく、対立してしまう要素はあるんですけれども、それと同時にやはり中国と協力して解決すべき安全保障上の問題というのもあります。したがって対峙・対立する側面と協力する側面その両方を上手くマネージしていかないといけないという意味において、やはりいかなる国にとっても中国との関係というものはなかなかマネージの難しい問題であるということなのではないかと思います。

工藤:世論調査発表の際、韓国へ行って話を聞くとTHAADというミサイルの配備をめぐって韓国と中国がかなりやり合って、中国の行動について「主権侵害だ」とかなり強く批判する韓国人がかなりいました。そのあたりを解説していただきたいのですが。

THAAD配備は韓国政府の日米韓関係強化に向けた決断の表れ

2016-08-30.jpg渡邊:まず、韓国人の日本や中国に対する認識を変わっていくきっかけをつくるのは首脳レベルの決断であると思います。つまり、世論の側が何か変わってそれを受けて首脳が動いたというプロセスではなくて、民間レベルの動きは政府の後追いになるわけです。あくまできっかけをつくるのは首脳レベルです。だから、慰安婦合意にしてみても、関係が良くなったから生まれたのではなくて、その合意をしたあと良くなっていくというプロセスです。

 それでTHAADですが、これはまさに韓国政府の決断の表れであったと私は思います。THAADというのは地域にある様々なアセットにリンクできるというところに大きな特徴がありますので、これをもって日米韓の協力関係を強化していくということに関して大きな決断をした。その政府の決断が韓国人の認識にも大きく影響していると思います。その結果として、韓国政府がやろうとしていることを邪魔をする中国は「韓国の主権を侵害している」となるわけです。

 韓国は日本との関係でも全部そうですけれども、歴史的な経緯から「自主」や「自立」などそういったところを非常に重視するわけです。ですから、アメリカにやたら従うのも「事大主義だ」と批判されるわけです。今、中国との関係を心配して、一部の韓国の政治家が中国と対話をしようといろいろ努力したのですけれども、その時にTHAADをめぐって対話をしようとしたら韓国内で「事大主義だ」という批判が出ました。これをみると中国との関係も転換してきている。政府が世論の方向を変えるきっかけをつくる上で、実は大きな力を持っているということが今回のプロセスの中で見えてきたのではないかと思います。

工藤:世論調査を中国では10年間、韓国では4年間やってきましたが、確かに歴史問題をめぐる政治家の発言が相手を刺激したり、問題を大きくしてしまったりとかそういうことを繰り返していたこともありました。しかし、政府間関係が改善すると「歴史問題も徐々に解決していくだろう」という声が世論調査でも増えてくるのですね。それまでは歴史問題が解決しないと2国間関係は絶対に解決しないという傾向が非常に強かったのが、それが変わってくるわけです。今回の世論調査結果でも日韓両国で「歴史問題も徐々に解決していくだろう」という見方が増えていることを見れば、確かに政府間関係も含めて日韓関係全体が改善の方向に向かっていることは間違いないと思うわけですね。

 しかし、中国に対する認識と歴史問題に対する日本に対する反発というものが、やはり世論構造の中にかなり残っている。そういう中でお互いがどういう協力関係を結べばいいということがなかなかしっくりきていない。このような状況では何をすべきなのでしょうか。

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日韓共通の戦略を持つべき

田中:日韓関係がものすごく良くなった時代というのはあるわけですが、その時にも実は歴史問題はなくなったわけではない。ずっとあるわけです。韓国の博物館へ行くと、日本の植民地時代の残虐ぶりが展示してあり、それを小学生や中学生が見るわけですから、国民感情の中には拭い切れないものがある。韓国人が言うには、「中国は我々を幾度となく攻めた。だけど直接統治はしなかった。日本は直接統治をした」と。だからそういう意味の怨念みたいなものが残念だけれど残っていることは間違いない。これを拭おうとしても、所詮無理ですよ。

 もっとも我々の認識レベルにそういう歴史についての良くない認識があっても、国と国との関係というのはもっと合理的な要素でできるのだとと思うのですね。だから、2012年に日韓関係が悪くなる前にも、例えば軍事情報包括保護協定(GSOMIA)と物品役務相互提供協定(ACSA)とか、本来一番微妙なはずの防衛協力が実現しようとしていたわけですね。ところが、渡邊さんが言われたように、韓国はものすごい権威主義の国だから、政府が何を言うかによって国民世論も右左に揺れるんですよ。ですから、明らかに過去何年かは両国の首脳の言動によって関係が改善しなかった。しかし、その首脳の言い方とか政府間に合意ができることによって、両国間の関係を深堀をしていく上での障害がとれたというふうに見るべきだと思います。

 そうするとこれからは「果たして日韓が共通の戦略を持たないといけない部分は何か」という話に進めていくべきなんですね。政府間でそういうことをやっていけば、結果的に国民感情は徐々に良くなってくる。

 その戦略というのはいくつかありますが、一つはアメリカとの関係だと思います。11月にアメリカで大統領選挙がある。場合によってはトランプさんのような人が大統領になるかもしれない。それがこの地域に与える影響は甚大なものとなります。クリントンさんが大統領になったとしても、今のアメリカの根底にある内向きな傾向は変わらない。日本と韓国にとっては協力して考えていくことができる分野です。

 それからもう一つは、中国との関係。先程申し上げたように、中国は何回も何回も韓国を侵略したけれど直接統治はしなかった。といっても間違いなく怨念は残っているんですよ。韓国は中国との関係を二つの側面で見ている。一つは経済関係。中国は韓国の、韓国は中国のマーケットできわめて大きな果実を得ている。それからもう一つは明らかに北朝鮮ですね。北朝鮮の政策というのは韓国の国内政策の肝のところだからこれが優先されるわけですね。この北朝鮮との関係を融和的にやっていこうとすれば、必要なのは中国の協力なのです。経済分野では中国に依存している。北朝鮮の問題ではまさに中国を通じて北朝鮮を変えさせるということをやりたい。それが一時期朴槿恵さんがやっていたことですね。しかし、今は中国がそんなに圧力をかけない。なおかつ北朝鮮は独自の道を歩みだした。核の実験とかミサイルですね。だからここで韓国は「いや、アメリカとの間でTHAADを導入する。日本とアメリカと3か国で連携・協力を進めていく」と踏み切ったわけですよね。これはまさに北朝鮮に対して共通の戦略があるということですよね。ですから、ある意味日韓は同じ方向を向き出したのですよ。そういう意味からいけば、私は日韓関係というのは非常に大きなチャンスがあると思います。

 その中で私がどうしても一つ理解できないことがあります。それは日本は外務省のホームページで韓国について「日韓両国は、自由と民主主義、基本的人権などの基本的価値を共有する重要な隣国」となっていたところを、「戦略的利益を共有する最も重要な隣国」という簡潔な記述に改めたことです。私はこれが全く理解できない。そういうことは中長期的に見るべきであって韓国は1986年に民主化されたのは間違いない。だから、これ見よがしに外すような対応の稚拙さみたいなことは日本も反省しなければいけないと思います。

工藤:確かに、一時期「日韓は本当に同じ側に立っているのか」という議論がありましたよね。それから見ると今田中さんがおっしゃるような同じ方向に向かい始めたと。德地さんは「これからは協力関係だ」とそこまで期待できますか。

德地:私も期待したいと思います。基本的に田中先生が言われたことと同じなのですが、日本も韓国もアメリカの同盟国ですが、日本には今、だいたい3万8千くらい米軍がいて。韓国には2万8千人くらい米軍がいる。在韓米軍は陸軍が主体ですが、逆に在日米軍は陸軍は非常に少なくてむしろ海軍とか空軍、あるいは海兵隊というものが主力になっているわけですね。したがってこの北東アジアの地域においてアメリカがきちんとした作戦能力を維持していく、態勢を維持していくためには、やはり日本と韓国両方がアメリカの活動とプレゼンスを支えていく、協力して支えていくということが私は非常に必要なことだと思います。

 このことは短期的に言えば、北朝鮮の核とかミサイルの問題を解決するためにも必要だと思いますし、それから今の中国の海洋進出というものを踏まえた上で、このパワーバランスを回復していくためにも非常に重要なことだと思います。中国の海洋進出の問題に関してさらに言えば、私はこれまでは韓国はどちらかというとあまりそのことに関心がないかのように見えたのですけれども、最近の韓国の論調などを見てみると、韓国も中国の南シナ海における海洋進出という動きに対して、非常に懸念を示している。これに対していかに対応していこうかということを一緒に考えていけるような雰囲気が出てきたと思いますので、その意味で私は非常に期待しているところです。

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