「第12回日中共同世論調査結果」をどう読み解くか

2016年9月23日

2016年9月23日(金)
出演者:
加藤青延(NHK解説委員)
園田茂人(東京大学大学院情報学環教授)
高原明生(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

第2話:世論調査から読み解く中国国内での様々なせめぎ合い

2016-09-22-(5).jpg 工藤:国民感情が不自然な程にかなり悪化している一方、この状況を、日本と中国のそれぞれ7割近くの国民が「望ましくない状況であり、心配している」、または「この状況は問題であり、改善する必要がある」と回答していることです。こうした声が「静かな多数派」だと思うのですが、こうした願いを国民がどのように実現すればいいのか見えていない、という問題があると思います。また、「この状況は問題であり、改善する必要がある」という意見が少し減り、「望ましくない状況であり、心配している」との回答が少し増えています。

 それから、両国間の民間レベルでの交流について、「どの分野における交流が最も重要だと思うか」という問いで、これまで多かった「文化、音楽、芸術面での民間交流」や「留学生の相互受け入れ」だけでなく、私たちが行っているような「両国関係の改善や様々な課題解決のための民間対話」という選択肢を日本人の35.5%、中国人の20.5%が選んでいます。こうした背景をどう見ればいいのでしょうか。

政府間の衝突が深刻化する中、民間対話や世論の重要性に国民が気付き始めた

2016-09-22-(11).jpg 高原:おそらく、1つの原因は、今の日中関係の問題点が国家間の衝突であり、その解決が非常に難しいということを、日中の両国民が、無意識かもしれませんが自覚していることだと思います。政府間、首脳間の話し合いだけではなかなか解決しないのではないか、と判断しているのだと思います。その結果、日本人と中国人との関係を実質的に良くするためには、その他の手段、特に民間の人たちの間で交流をもっと行い、認識ギャップを生めて誤解を解いていくことが、実際的には大事なのかと考えたのだと思います。

2016-09-22-(4).jpg 園田:基本的には、高原先生の意見と同じです。特に、領土問題が日中関係を阻害する大きな問題だとなれば、なかなかWin-Winの関係にはなれない。どうすれば日中間でWin-Winの関係を築くことができるのか、あるいは、どうすればコンフリクトから少し自由な関係になれるのか、といったときに「民間対話が必要だ」という結論になるわけです。そうすると、例えば「メディアの交流が必要だ」という話になりますが、実際に議論をし始めると「どちらの国のメディアが公正か」など、民間ベースでも難しい問題が出てくるでしょう。それでもまだ民間の方に希望がある、というのが世論の声なのではないでしょうか。

2016-09-22-(7).jpg 加藤:日中双方の国民はそれぞれ、安倍政権、習近平政権という自国の政権が非常に強い権力基盤を持ち、ある意味ではお互い相手国に対して妥協をしない政権であると見ていると思います。そういう強い政権を動かすためには、その大きなよりどころとなっている世論を変えるしかない、と国民は思っているのではないでしょうか。私が中国を見ていると、習近平政権もとても世論を気にしています。強い政権ではあるのですが、世論が自分たちに対して歯向かうことがないように神経質になっています。だからこそ、報道機関やネット世論に対する言論規制をもの徹底的にやっているし、自国政府を支持するよう言論を操作しようとする意図が見えてきます。逆に言えば「世論が変われば政権の政策も変えられるのではないか」と見ている人もいるのだと思います。

 だから、「民間交流が重要だ」と回答している中国人の中で、50.3%の人が「メディアの交流が重要だ」と指摘しています。これは「メディアが交流をし、お互いのメディアが考え方を変え世論を導けば、世論も変わるのではないか」という期待があるのではないかと思います。一方、両国の有識者は「メディアの交流」を重要だと思う人がやや少なく、むしろ「関係改善や課題解決のための民間対話」を選ぶ人が多くいます。有識者の人は日本のメディアと中国のメディアとの性質の違い、そう簡単にメディア報道は変えられないということが分かっていて、もっと民間同士でじかに触れ合い対話をした方が世論を変えられるのではないかと思っているのだと思います。

工藤:こうした現象は、両国の国民が非常に良いところを突いていると思います。ただ、それぞれの国の政府が権力志向型であり、「このままでは日中関係の改善に向けて答えを出せないのではないか」という声が出てきているととらえればよいのでしょうか。

高原:実際に、尖閣諸島をめぐっては国有化から4年経っても解決のめどが立たないわけですし、今年、南シナ海の問題も中国でさかんに報道されましたが、国家間の確執が解決に向かいそうもないということは、多くの国民が感じているのではないでしょうか。

軍事的な危機感が、中国人の日中関係への厳しい認識を形成している

工藤:今の皆さんの話を聞いて、国民も私たち自身も本気で考えなければいけないくらい問題が大きくなっているのだと改めて感じています。

 一方、二国間関係への評価の背景には、安全保障の問題がかなりあると思います。この12年間の世論調査では、両国関係の主要なテーマは歴史認識でした。今回も歴史認識は重要であるものの、相対的にそのウェイトが小さくなっていて、安全保障の問題に国民の関心が移っています。1つは領土問題や中国の海洋進出の問題、また中国から見れば、日本がアメリカと一緒になって中国に対する包囲網を形成しているという認識が、国民レベルで定着し始めています。昨年は安保法制成立や安倍談話があり、専門家レベルではかなり議論があったのですが、中国国民がそのように認識していることが、二国間関係に対して非常に強い不安や反発を招いているような気がします。

高原:昨年は戦後70年ということで、日本でもそうですが、中国でもかなり歴史問題がマスメディアで取り上げられました。その結果、歴史問題がこのような調査結果にも大きく反映されたのではないでしょうか。今年はそうではなく、中国では南シナ海の問題、日本側では東シナ海の問題が深刻視され、その報道が多かった。その影響がかなり強く出ているという印象を持ちます。

園田:その通りだと思います。実際、今回の調査を見ていると、日本側も中国側も、東アジアが目指すべき将来の価値観として「平和」や「協力発展」を挙げる人が多く、下手をすると自分たちが今まで築いていたものが崩れてしまう、という感覚をもっていることがわかります。歴史認識では、お互い喧嘩はするけれども手を上げるまでには至りません。しかし、領土の問題や、安全保障で世界の秩序をどのように考えるかという問題になると、軍事の配備の問題と直接関係してきます。その結果、危機感が高まっていくことで、「問題が大きくなるので自分が何かできるとは思わない」という無力感も生まれることになりますが、そのような変化は私も感じます。

工藤:中国側の世論を見れば、「日米対中国」という軍事的な脅威感に伴って、日中関係への厳しい認識になっているように見えます。日本も中国に対して「何とかしなければいけない」という印象が強まっているのですが、加藤さんはどうお考えになりますか。

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中国の強気の外交の結果、中国包囲網がつくられるという悪循環

加藤:「日本がアメリカと結びついて中国包囲網に加わっている」という認識は、裏を返せば「なぜそうなったのか。中国がそうさせる口実をつくっていはしまいか」という見方にもつながります。つまり、中国が近隣諸国との間の善隣友好関係をあまり重視しなくなり、むしろ「強くなった中国」を反映して自分たちの権益を周りに拡張しようとしている。そうなれば、周辺の国々はみな中国との衝突の危機を覚えて、それに対抗するためにアメリカと結びつこうとする力が働くのは当然だと言う見方です。これは、作用、反作用のような関係にあって、日米がくっつくということは、逆に言うと、くっつかなければ中国と対抗できないからではないかという気持ちも、中国人の中には確かにあるようです。つまり、あまり中国が強気の外交に前のめりになれば、かえって中国包囲網をつくられ封じ込められてしまうという一歩引いた考えで世の中を見ている良識派も決して少なくないということです。

 中国にしてみれば、本来、日米安保というのは、アメリカ軍が日本に駐留して日本が軍国主義化しないためにあるものだと思っていたのですが、いつの間にかそうではなく、日米が手を組んで中国に対抗する道具に変容したという警戒感があるように思えます。しかし、「日本をそう仕向けたのは何なのだろうか」と考えたときに、周辺国が中国を怖がり次々とアメリカと結びついて中国と対抗している現実に直面すると、「中国のやり方自体にも問題があるのではないか」と考え出すことにもなるでしょう。それは表裏一体のもので、世論調査の答えでは「日米同盟を強化して中国に対抗している」という言葉にはなっているけれど、その裏に「中国が日本など周辺の国と協力を強め、アメリカとの同盟を強化させないようにするべきだ」という裏の気持ちも含まれているのではないでしょうか。

工藤:これは世論調査の分析にとどまらない議論になるかもしれませんが、日本の動きは、確かに、中国から見れば、アメリカと一緒になって中国を包囲しようとしている流れとして見えます。すると、中国の国民はこれをどう考えるのでしょうか。つまり、日米に対抗していかなければいけないと考えるのか、それとも別なかたちを考えなければいけないのか、それが分からないから不安なのか。高原さん、中国国民の意識は今どのような状況あるのだと思いますか。

高原:例えば、「領土をめぐる対立をどのように解決すべきだと思うか」という問いで、中国世論では「領土を守るため、中国側の実質的なコントロールを強化すべき」という回答が若干増えています。強気の反応というか、「日本がそうだったら、中国はこうするぞ」という、行動を後押しするような雰囲気が、今の中国社会の一部にあると思います。

日本との紛争を予測する中国人が増えた背景にあるのは、中国人の「自信」と「不安」

工藤:尖閣問題をめぐっては、「日中間で軍事紛争が起きると思うか」という問いで、「数年以内に起きると思う」「将来的には起きると思う」の合計が、日本世論の28.4%に対し、中国世論では昨年の41.3%から今年は62.6%に大きく増えています。これは非常に意外だったのですが、どう見ればよいのでしょうか。

高原:日本人の感覚とかなりずれがあります。海洋問題についての中国メディアの報道ぶりが大いに影響していると思います。

園田:CCTVの報道でも、「日中相互が相当軍備増強をしている」という論調になっています。中国が強く出なければいけないと考える人にとっては非常に良い知らせでしょうが、「それではまずい」と考える人にとっては非常に悪い知らせです。しかし、その悪い知らせがCCTVを通して、中国の視聴者に日々届けられている可能性があります。領土問題や資源問題はゼロサムで考えられやすい問題ですが、中国人は非常に切羽詰まった、日本人が見れば驚くような内容の報道を、しかも映像で日々見ている可能性があります。この世論調査結果を見ると、日本や日中関係に関する情報源として「テレビ」を挙げる人が多いですから、テレビの報道の内容によって緊張感が高まった可能性が非常に高いと考えます。

加藤:日中の軍事紛争を予想する中国人が6割を超えたのは、異常なことであり、危険なことだと思います。ただ、逆に言うと6割くらいは「戦っても仕方ない」、つまり中国が日本やアメリカとぶつかることもあり得ると思うくらい、中国人は自国の軍隊が強くなったと妙な自信をつけてきた可能性もあります。アメリカにトランプ政権が誕生すればどうなるか分かりませんが、もし日中間で軍事衝突が起きれば、当然、アメリカも日本と一緒になって戦うという前提でしか考えられません。今まではとても闘う力なぞ中国にはないと多くの人が考えていたと思います。しかし中国は近年相当、いろいろな新兵器をつくっていますし、自分たちの軍事力もついてきたと感じているのではないでしょうか。、全面戦争はまだとても無理としてもそろそろ局地的な衝突くらいは起こり得ると、中国人が考え出した結果といえるのかもしれません。

工藤:つまり、「本当に戦ってもいい」と思っている中国人が6割なのでしょうか。それとも、軍事衝突は「危険で不安だ」と思っているのでしょうか。

高原:「不安だ」と思う人が多いのではないかと思います。中国人がこの問いをどのように理解したのかを考えてみると、おそらくは、東シナ海や南シナ海でまずは小規模な衝突がある、というイメージでとらえている人が多いのではないかと思います。この設問は「日本との衝突」ということなので、南シナ海での「航行の自由作戦」などに日本が参加することをイメージしている可能性があります。

園田:東大の留学生の入学式に中国からの留学生も数多くいたのですが、彼らの多くも「日本を含めた周辺国との間の緊張」を語っていました。しかし、「私は日本に来ました。なぜなら、個人的に日本のことをよく知っているからです」と、先ほど申し上げたように国家間の対立と個人レベルの印象を分けて考えている人が多い。

 結局、どこかに紛争の火種があって、「それはどこか」と聞かれると、おそらく漠然とした答えになると思います。ただ、紛争の危険性は察知しているし、「それは自分たちの力がついてきた結果だ」という中国人もある程度います。一方で、「今ある秩序が崩れることが怖い」という人たちもたくさんいます。それがマジョリティではないかもしれません。ただ、「自分たちがそれだけ力をつけてきて発言する力を持った」という認識は、我々が行ってきた調査でもはっきり見えています。その延長で、こういう答えが出てきた可能性はあると思います。

工藤:今の皆さんの話を聞いていると、中国の民意はかなり不安になっているような気がします。仮に日本人の6割が「中国との偶発的な紛争があるかもしれない」と考えているとしたら、それはよほど追い詰められている不安な社会です。今、中国の社会では余裕がなくなっているのではないでしょうか。

加藤:そうだと思います。先ほど「自信」の話をしましたが、自信と不安は表裏一体であって、「軍事衝突を起こせる自信があるから、やってしまうかもしれない」という不安を持っているのです。

 自衛隊も海上保安庁もそうですが、日本側から中国側に攻めていくということは絶対になく、あるとすれば中国側から日本側にしかけてくる事になります。中国は、南シナ海で、もし「航行の自由作戦」に日本が参加するようなことになれば、「デッドラインを超えるぞ」と中国側に対して警告してきたという話です。中国は南シナ海の問題を、日中の安全保障問題に関連付けてきているように見えます。、これまでも実際にそのような態度が垣間見られました。例えば日本が南シナ海で中国と対立する国に巡視船を供与する約束したり、実際に供与したりすると、関連は不明ながら、必ずと言っていいほど、東シナ海など日本周辺で、日本を牽制するような不可解な行動が起きてきたのです。例えば、中国の漁船や公船を大量に尖閣諸島周辺にやってきて領海侵入を繰り返すとか、サンゴの密漁船団がやって来て暴れまわるとか、あるいは日中中間線の近くで新しいガス田を開発に着手するなど、東シナ海など日本周辺海域で日本に報復ともとれる行動をとってきました。こうした事象は、必ずしも「関連性がある」とは断言できないアノマリーな関係としか説明できませんけれど、ほぼ同じ時期に起きているのです。あくまで仮説ですが、私には、中国は南シナ海で日本が中国と対立する行動をとれば、その仕返しを日本周辺海域でやり返してくる。「南シナ海の仇を東シナ海でとる」という方針なのかもしれません。ですから南シナ海でもし自衛隊がアメリカ軍と一緒になって航行の自由作戦など何か中国けん制行動を行えば、、中国は今度は東シナ海でそれに関する報復ををやってくる可能性があります。しかも「デッドラインを超えるぞ」と言われたということは、半ば宣戦布告の脅しのようにも聞こえます。そういうことを言われると、やはり中国側は「危ないぞ」と感じざるを得ないのではないでしょうか。

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中国国内で、健全な民意と紛争に傾く世論が今まさにせめぎ合っている状況

工藤:国民が不安を感じているとき、その出口はどこになるのでしょうか。この世論調査を見る限りは、「民間で何か改善したい」という良い方向に向かっているように見えるのですが、このように期待してよいのでしょうか。

高原:中国では今、いろいろな現象が起きています。お金のある人は国から出て行くという解決方法があります。そうでない人は、例えば宗教に向かうというやり方もあるし、土地や家を取られてしまう場合には立ち上がるということもある。景気が悪くなるにつれて、社会全体がある種の袋小路に入りつつあるという感覚を、次第に多くの人が共有するようになっているのが今の状況ではないでしょうか。

工藤:この世論調査では、民間対話への期待や課題解決の意思など、良い流れも浮かび上がっています。これは1つの大きな流れとして期待してよいのでしょうか。

園田:期待できると思います。いわゆる市民社会のような機能に対する期待、ゼロサムになってしまうような問題に直面したときに民間が重要だという感覚は、明らかに存在しています。ただ、これがマジョリティになって、軍事衝突に傾く気持ちを抑えるようになるかというのは、今ちょうど、いろいろな力がせめぎ合っているところだろうと思います。

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