世界とつながる言論

日中の相互不信とメディアの役割


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第10回:「反日デモでの両国メディアの対応はどうか」

小林陽太郎 去年4月に反日暴動がありましたが、これは基本的に、中国でああいう暴動が起きるような、また多くの人たちが日本に対して非常に反感を持つような種が、すべてとは言わないけれども、日本側にかなりの部分いろいろあったということは、私は率直にその時点でも認めていたし、歴史認識の問題等に関しては、中国側から幾つか投げかけがあったことに対して、日本側が正直に率直に答えていないという感じを私は持っていました。

それはそれとして、あの暴動は、あるところを越した段階で、行き過ぎてしまったと思っています。そのことについて、私は中国側のオフィシャルの方にぶつけました。基本的に何が原因であったか、それは率直にお話しはするし、場合によると私自身は中国側の考えと似たようなところがあるかもしれないと。しかし、それはそれとして、あれだけのことをしたということについてはきちんと謝罪があるべきではないかと。謝罪がなされないということについて、日本の中でかなり親中的な人の中でも"ここまでひどいのか"という人もいるし、欧米の何人か友人たちも、あのことについては中国に対してかなり批判的であった。そうした反応も含めて、あのことだけに限って見れば明らかに行き過ぎであったし、謝罪があって当然しかるべきだと言いましたら、そのオフィシャルの方は非常に率直な答え方をされました。それは小林さんの言うとおりです、よくわかります。しかし、もしも今、中国が日本に対してあのことについて謝罪をしたら、あの暴動どころではない、もっとひどい暴動が起きるかもしれない、とてもコントロールできませんと。

これは1つの判断だと思います。しかし、そういう判断によって、結果的にオフィシャルな謝罪がないままで過ぎてしまった。もちろんいろいろな国情はあったとしても、国際的な常識などの中で、これからグローバルなプレーヤーとして存在をますます大きくして行くだろうと期待されている中国が、かなり基本的な人間としての行動というところで、そういうものが放置をされていくと、本当に一番大切な信頼感、あえて日中間だけではなく欧米も含めた信頼感が崩れて、果たして中国とはどういう国なのかという、要らぬ疑念などを招くことになるのではないか。

そこで私の直接の質問は、中国にはメディアがいろいろある。私は残念ながら、中国語の新聞は読めないし、インターネットもやっていないのですが、その中で1つか2つは、当然この問題については中国として謝罪があってしかるべしというようなメディアはあったのでしょうか、全くなかったのでしょうか。

劉北憲 この4月の対日デモに関して中国政府が措置をとるかどうかに関して、午前中、趙啓正さんの基調講演の中にあったと思います。明らかに中国政府は措置をとりました。しかも、一部の日本の事情に非常に詳しい役人を派遣して大学を回らせ、デモが起こった都市を回って説明をしてもらいました。そして、このような時間帯に事が起こり、すぐに収束されたこと、また、それ以降かなりたっていますが、似たようなハプニングはなかったということは、中国政府が有力な措置をとったからだと思います。

この事件に関しては、両国の政府または外交当局は、恐らくいろいろと交流はして、ディスカッションもしていると思います。両国首脳レベルでも行われております。 私が申し上げたいことは、この対日デモを含めた中日関係のバックグラウンドは、やはりこの数年間、この中日関係に全般的に言える政冷経熱に原因があるかと思います。このようなことに関して4つの言葉を用いて申し上げたいと思います。困難性、複雑性、そして感情性と長期性という4つの言葉です。

まず困難性ですが、なぜかというと、これは歴史にかかわる問題で、また中国人にとってみれば2つほど意味があります。まず第1に戦争は、日本では太平洋戦争と言うのですが、この戦争は中国の国民に物質的、そして体に非常に大きな被害を与えました。

そしてもう1つの困難性ですが、靖国神社絡みの話であります。これは中国人の感情を著しく傷つけたわけであります。ですから非常に困難でありましょう。これは事実として存在しています。どう解決していくかについては、また別途議論します。

そして複雑性ですが、歴史問題は、もしもただ単に歴史問題として扱うならば解決しやすいと思います。ただし、現在、歴史問題に関連するときに、これはただ単に歴史問題ではなくて、現実問題に結びつけられます。例えば日米安全保障条約は、なぜ台湾までその対象に盛り込むのか。そして現在、中日両国の間にいろいろと起こっている現実問題について考えるときに、歴史問題と現実問題を関連づければ、物事を複雑にしてしまいます。

そして3番目に感情性ですが、人間である以上、理性の一面を持っているのですが、感性の一面もあるわけです。特に一般の国民の場合、やはり感情とか情緒を持っているのですね。どの国を見てもこのような現象が見られると思います。これはまた物事をより複雑にしていると思います。

そして4番目は長期性です。もう戦争を終結して61年たちました。正直なところ中日両国は、この関係の発展に関して、第二次大戦以降の歴史だけではなく、数千年にわたるつき合いの歴史を持っております。その歴史的なつながりを非常に大事にしているわけです。2000年の交流と、このわずか数十年の関係を比べると、その長期性についてもっと主眼を置いて考えなければならないと思います。

私は個人的に、正直なところ、両国の国民、民族の感情を傷つけるような事態を目にしたくありません。ただし、具体的なことが起こると、原因はいろいろと背後にあるでしょう。私はマスコミとして、この関係をいかにプラスになるような方向に進めていくかに集中したいと思います。

小林陽太郎 私の質問は、政府のポジションとメディアの関係について、メディアがインディペンデンスを持っているのかどうかということに絡んで、非常に単純に、もちろん基本的にいろいろな問題は仮に日本側にあったとしても、今回のこの部分については行き過ぎであった、やはり政府のポジションは政府のポジションとしても、"何らかの形で謝罪があったってよかったのではないか"というメディアが1つや2つぐらいはあってもよいのではないかということです。

木村伊量 メディアというものはイメージ管理の一面を併せ持ちます。今、劉さんが おっしゃったように、お互いに非常に感情的な部分もあります。よしんばあの反日デモの原因が100%、120%日本側にあると仮定しても、民衆のあの破壊行為はどんなものか、これは中国に非があり申し訳なかった、ということが日本のメディアに流れるだけで、日本人の中国観はかなり変わったのではないかと思います。

範士明 先ほどの問題について補足させていただきます。もし中国政府の処理について、だれも批判しないということはよくないということで、それについてぜひまた批判をしていきたいと思います。

現在、私たちはメディアについて話をしているわけですから、政府とメディアの関係というもの、その関係から補足をします。反日デモですが、私たちはその前後を見ていくと、メディア管理、またメディアと政府の関係については、中国の政府のやり方には、やはり問題があったと私は感じています。先ほど熊先生からもお話がありましたが、政府がもともと行ったこと、中国が行ったこと、建設的なことをメディアが十分に理解していないというような現実があります。例えば学生の前へ行って、また市民を説得したり説明をしたということをメディアはよく知らずに、報道もしていないということがあります。

もう1つ、デモや行き過ぎた反日的な言動を抑えようとしようとしていることもわかっていただいていないと思います。それから小林先生からお話がありましたが、反日デモの行き過ぎたことについて、また暴徒化について、はっきりと反対するという立場を示さなかったというお話がありました。メディアの管理というところから見ると、どうも日本側のメディアが少しマイナス面ばかり大きく取り扱って、さまざまなプラス面のことをしたということを余り報道していなかったということを、私は指摘しておきたいと思います。

それから1つの失敗があったと思います。まずスポークスマンの反応がよくなかったと思います。最初の日本のメディアに対して外交部のスポークスマンが謝らなかったということがありました。これは外務省の処理に問題があったと、私は批判をしたいと思います。

反日デモと、暴徒化したということについて、それを分けて考え、暴徒化とデモがあったことを分けて処理すべきであったと考えています。反日デモそのものに反対するということではなく、それと分けて考えるべきだと思います。私が反対をしているのは、決して反日デモをしたことではなく、暴徒化したことにであるということ、それをはっきりとしなかったという点があったと思います。反日デモの中で暴徒化したということを批判すればよいことです。これはできることだと思います。

それについて抑えていくというような、さまざまなプラス面のことについて日本の方はよく知らない。それについてもやはり問題があったと思います。中国政府は多くの建設的なことをしました。しかしながら、それをメディアで十分に報道してもらえなかったということが非常に残念だったと思います。何かマイナス面ばかりに注目が集まってしまった。

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「第10回/反日デモでの両国メディアの対応はどうか」の発言者

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小林陽太郎(富士ゼロックス株式会社相談役最高顧問)
こばやし・ようたろう

1933年ロンドン生まれ。56年慶應義塾大学経済学部卒業、58年ペンシルベニア大学ウォートンスクール修了、同年富士写真フィルムに入社。63年富士ゼロックスに転じ78年代表取締役社長、92年代表取締役会長、2006年4月相談役最高顧問に就任。社団法人経済同友会前代表幹事。三極委員会アジア太平洋委員会委員長、新日中友好21 世紀委員会日本側座長なども兼任。

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劉北憲(中国新聞社常務副社長兼副編集長、「中国新聞周刊」社長、高級編集者)
リィウ・ベイシエン

1983年大学卒後中国新聞社入社以来、編集役、ジャーナリスト、社会の反響を呼んだ一部の報道記事を書き、編集。中国新聞社編集長室副主任、主任、報道部主任。90年代初任副編集長として、重要ニュースの企画、報道を担当。1997年香港に派遣を受け香港分社長兼任編集長。2000年本社に帰還、副社長兼任副編集長。2004年常務副社長兼任副編集長。2002年より『中国新聞周刊』社長、一度編集長を兼任。

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木村伊量(朝日新聞ヨーロッパ総局長)
きむら・ただかず

1953年生まれ。76年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。同年朝日新聞社入社。82年東京本社政治部。93年米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、94年ワシントン特派員。政治部次長、社長秘書役、論説委員(政治、外交、安全保障担当)を歴任し、2002年政治部長。編集局長補佐を経て 2005年6月東京本社編集局長。2006年2月より現職。共著に「湾岸戦争と日本」、「竹下派支配」、「ヨーロッパの社会主義」等。

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範士明(北京大学国際関係学院助教授、博士)
ファン・シミン

1967年中国吉林長春に生まれ、主に国際関係の中のニュースの伝播、中米関係、公衆世論の問題などを研究することに従事していた。《中米の関係史》、《メディアと国際関係》などの課程を講義し、国内外の雑誌の上で著述した論文を発表した。範士明は北京大学で法律学の学士(1990)、法律学の修士(1993)、法律学博士(1999)の学位を取った。米国のハーバード大学の費正清東アジア研究センター(1998)を訪問、研究したことがある。そして日本新潟大学(2001-2002)、東アジア大学(2004)などでは、客員教授を担当したことがある。

更新日:2006年10月14日

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