米・イラン戦争はなぜ終わらないのか――機能不全に陥った和平合意と中東秩序の行方~言論フォーラム「機能不全に陥った暫定和平合意、米国・イランの今後はどうなるか」~
6月17日に米国とイランの間で暫定和平合意が成立した。しかし、その後も攻撃は止まらず、戦闘は再燃した。合意はなぜ機能しなかったのか。そして、米国、イラン、イスラエルはこの戦争をどこまで続けるのか。
7月31日の言論フォーラム「機能不全に陥った暫定和平合意、米国・イランの今後はどうなるか」では、笹川平和財団和平調停センター主任研究員の青木健太氏、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授の田中浩一郎氏、東京大学大学院総合文化研究科特任准教授の鈴木啓之氏がこの問いをめぐって議論した。
3氏の見方が一致したのは、6月の暫定和平合意が戦争を終わらせるには不十分であり、今後も戦闘が長期化する可能性が高いという点だ。合意は重要な論点を先送りし、履行方法も曖昧なままで、米国とイランの根本的な対立を解消するものではなかった。また、軍事攻撃によってイランが弱体化していることは確かだが、それが直ちに体制崩壊や降伏につながるとの見方も3氏は取らなかった。イランには抵抗を続ける力が残る一方、米国側にも軍事力だけで決定的な勝利を実現する展望はなく、双方が決着をつけられない状態が続く可能性がある。
さらに3氏に共通していたのは、この戦争を米国とイランだけの問題として捉えるべきではないという認識だ。米国が圧倒的な力で地域秩序を形成する時代は揺らぎ、中東各国がそれぞれの国益に基づいて動く新たな秩序への移行が始まっている。その中で日本にも、米国の同盟国という立場だけに依存しない主体的な外交戦略が必要だとの認識で一致した。
参加者:青木健太(笹川平和財団和平調停センター 主任研究員)
鈴木啓之(東京大学大学院総合文化研究科特任准教授)
田中浩一郎(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授)
司会者:工藤泰志(言論NPO代表)
青木健太氏(笹川平和財団和平調停センター主任研究員)発言要旨
・暫定和平の覚書は重要な決定を30日、60日後に先送りした不完全な内容であり、対立を埋められなかったことが戦闘再燃につながった。
・覚書は、制裁解除や凍結資産解除、復興計画などイランに有利な内容が多い一方、米国が得たのは主にイランによる核兵器開発をめぐる約束だった。
・戦争を通じて、イランはホルムズ海峡という強力な交渉カードを持つことの重要性を改めて認識し、地域で強気に出られる余地を広げた。
・米国がイスラエルとともに軍事行動を始めた目的は必ずしも明確ではなく、イラン側はこれを「米国とイスラエルによって押し付けられた戦争」と認識している。
・イランは「鋼」のような硬直した体制ではなく、「よく曲がる竹」のように柔軟性を持つ体制であり、軍事攻撃によって親米体制に転換させることは難しい。
・イランでは革命防衛隊を中心とした軍の影響力が強まり、最高指導者を頂点とする従来の体制から、実質的に軍が国家運営を左右する「イランのパキスタン化」とも言える変化が進んでいる。
・米国にとって中東の戦略的重要性は、冷戦終結やシェール革命などによって低下しており、アブラハム合意などを軸とする緩やかな地域秩序を構築しようとしている。
・一方、イスラエルは、核開発、弾道ミサイル・ドローン、「抵抗の枢軸」を通じてイランを実存的脅威と捉えており、米国とはイランを見る視点が異なる。
・今後は決定的な勝敗よりも小規模な戦闘が続く可能性が高い。双方が傷つき膠着する「Mutually
Hurting Stalemate」に至った時こそ、第三国の仲介によって暴力を停止する機会が生まれる。
・日本が「米国の同盟国」としてのみ認識されることは今後リスクになり得る。日本は「戦略的自律」を持ち、同盟関係にかかわらず国際法や自らの規範に基づいて判断し、発言する外交姿勢を示すべきだ。
鈴木啓之氏(東京大学大学院総合文化研究科特任准教授)発言要旨
・米・イラン間の「覚書」は、重要項目の詳細を今後の交渉に委ねるなど実現方法が詰められておらず、トランプ政権は大きな和平構想を掲げる一方で、その実行過程を欠いている。
・戦闘の影響は米国、イスラエルだけでなく、UAE、サウジアラビア、バーレーン、カタールなど周辺国にも広がっており、紛争当事者が増えることで「誰が止めるのか」が分からない状況になりつつある。
・米国とイスラエルは当初から「同床異夢」であり、イスラエルはテヘランなどを、米国はペルシャ湾やホルムズ海峡に関係する拠点を主に攻撃しており、両国の戦争目的そのものが異なっていた。
・トランプ大統領は、イランが弱体化しており今攻撃すれば体制が崩れるとのイスラエル側の見方に影響を受けて参戦した可能性があり、現在は戦争の泥沼化に対してネタニヤフ首相への不満を強めているとみられる。
・米国は中東戦略においてイスラエルを重要な軸とし、UAE、バーレーン、サウジアラビアなどとの関係構築を目指す一方、イスラエルは米国を巻き込んででもイランとの「最終決戦」を進め、地域での優位を確立しようとしている。
・イスラエルでは国政選挙を控えるものの、イラン攻撃によってネタニヤフ首相の支持率は大きく変化しておらず、政権交代が起きても対イラン政策が大きく転換する可能性は低い。
・イスラエル国内では右派勢力が強く、ネタニヤフ首相の有力な対抗馬も軍事力を重視する人物であるため、国内政治は「強硬策か穏健策か」ではなく、右派陣営内部の競争という性格が強い。
・「大イスラエル主義」のような領土拡張的な考えを支持する層は依然として一部に限られるものの、そうした考え方が広がりつつあることには警戒が必要である。
・米国はイランへの攻撃で決定打を与えられず、軍事資源にも限界があるため、今後は低強度の攻撃でイランの弱体化を図る可能性が高い。一方、イランには長期的な耐久戦の経験があり、戦争は決着がつかないまま長期化する公算が大きい。
・今回の戦争は「アメリカ一国主義」の限界を示している。日本は米国という最大の同盟国と中東という重要なエネルギー供給地域の間で難しい立場にあるからこそ、どちらか一方に付くのではなく、第三国と協調し、国際規範を軸に地域秩序の回復を目指すべきである。
田中浩一郎氏(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授)発言要旨
・暫定和平合意は、そもそも米国とイランの主張が折り合っていないまま成立したもので、最終合意に向けて中身を詰めれば対立が再燃することは当初から予想できた。
・合意内容はイラン側の主張を大きく取り込んだ一方、米国側には受け入れ難い部分が多く、トランプ大統領による「ちゃぶ台返し」で崩れる構造を抱えていた。
・イランは従来、米国やイスラエルの先制攻撃を受ける側だったが、今回は米軍の攻撃準備を察知して先に叩くなど、相手の先制戦略を逆手に取る動きも見せている。
・復興資金など合意の具体的な履行方法は曖昧で、ホルムズ海峡の管理権をめぐっても米国とイランの解釈が食い違い、合意そのものに重大な不備があった。
・イランは軍事的、経済的には確実に弱体化しているが、外部からの攻撃を受けている状況では国内不満が直ちに降伏や体制崩壊につながるわけではなく、耐久力はなお残っている。
・最高指導者の死後、軍部の影響力が大きく強まり、国家の意思決定を左右しているため、軍が戦争継続の意思を持つ限り、イランが容易に戦いをやめる状況にはない。
・イランの基本戦略は「勝つ」ことではなく「とりあえず負けない」こと。抵抗を続けながら、米国やイスラエルの選挙、周辺国の疲弊などによる局面の変化を待ち、より有利な打開策を探している。
・米国とイスラエルは「同床異夢」であり、米国が中東で目指す秩序と、イスラエルが周辺の強国を弱体化させて自国の安全を確保しようとする戦略は必ずしも一致していない。
・現在の戦争は「終わりがない」状態に入り、紛争そのものが一つの生き物のように制御不能になりつつある。軍事攻撃でイランの核能力や知識を完全に消すことはできず、体制転換まで求めれば戦争はさらに長期化する。
・日本はかつて中東で仲介役を果たす余地があったが、近年は米国への追随を強めることで外交的な自由度を失っている。グローバルサウスの反発も踏まえ、米国一辺倒ではない主体的な中東外交を再構築すべきである。