コメ生産者の利益を最優先に考えた日本農政の失敗ー「令和の米騒動はなぜ起こったか」ー


左から西川邦夫氏(茨城大学学術研究院応用生物学野教授)、山下一仁氏(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)、工藤泰志(言論NPO代表)。モニター画面内は大泉一貫氏(宮城大学名誉教授)


参加者:

大泉一貫(宮城大学名誉教授)※オンライン出演

西川邦夫(茨城大学学術研究院応用生物学野教授)

山下一仁(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)

司会:工藤泰志(言論NPO代表)


 言論NPOが8月19日に開催した言論フォーラムでは、「『令和の米騒動』を契機に今後の米政策を考える」をテーマに議論しました。

政府はコメの増産を打ち出したが、実態は何も変わらない

 石破茂首相は8月、コメの増産に踏み切る方針を表明しました。しかし、この方針に対しては、「これまでの減反政策というのは『需要に見合った生産』だったが、今回政府がやろうとしているのは、『40万トンくらい需要が上振れしたからその分生産も増やそう』というものであり、実態は何も変わらない。石破首相自身は文字通りの減反廃止で増産して米価を下げようとしたが、自民党の農林部会の反対で結局、需要増分のみの増産となった」(山下氏)との指摘があるなど、従来の減反政策から何も変化はないという評価が相次ぎました。

絶対に米価を下げたくなかった農水省は嘘をついていた。統計データの正確性や分析能力にも大きな問題がある

 続いて司会の工藤は、「政府は、コメの価格高騰の背景には生産量の不足があったことを認めた。当初農水省は、『昨年比18万トンの増産なので不足はない、流通が目詰まりしているから」などと価格高騰の要因を説明してきたが、なぜこのような説明をしていたのか。本当に生産量不足を把握できていなかったのか」と質問。

 これに対して、山下氏は農水省が「嘘をついていた」と指摘。農水省が昨年8月、大阪府知事からの備蓄米放出要請を拒否し、「コメは十分に足りている。コメの品薄は卸売業者が在庫を放出しないからだ」として責任を卸売業者に押し付けたことを振り返りながら、「なぜ『コメは足りている』と言ったのかというと、コメが足りないことを認めてしまえば、備蓄米を放出しなければならなくなる。備蓄米を放出すると米価が下がってしまう。これが嫌だから絶対にコメが不足していることを認めたくなかったのだ」と説明。

 さらに山下氏は、2008年に起きた汚染米事件や牛海綿状脳症(狂牛病)問題の際には、農水省は省内に第三者委員会をつくり、責任の所在をきちんと検証したのに対し、「今回は農水省は嘘をつきっぱなしのままであり、検証など一切やっていない」などと語り、省内ガバナンス不在の状況を問題視しました。

 大泉氏は、「コロナ禍の時に、それほど需要が増えないことを見越して年間50万トンも生産調整した影響もあって、コメは間違いなく不足していた。そうした中で農協の集荷率が減って、外食や小売など様々な実需者が卸を通じて農村の中に入って集荷競争をやったために米価が高騰した」として、その意味では確かに流通の問題ではあったと解説。

 しかしその後、「卸売業者らは備蓄米を流すように政府に要請したが、政府はこれを怠った。江藤拓前農水相に至っては、米価が高騰する中での備蓄米放出に関連して、食糧法には価格の安定は『書いていない』などという答弁を繰り返した」ことを批判。「流通が悪い原因を作ったのは備蓄米放出を怠った政府であり、それは不足という原因を見間違えた政府の責任」であるとしました。

 西川氏は、「統計データを見れば不足は分かると言われるかもしれないが、データというものはどうしても遅れて出てくるものなので、軌道修正も遅れてしまったのではないか」としつつ、そのデータ自体にも疑問があることを指摘。農水省が、今年6月末までの1年間のコメの需要を710万トン程度と試算したものの、昨年公表した当初の需要見通しは673万トンであり、約40万トンも増加していることに言及し、「私自身、農水省の統計は正確なものだと信頼してきたが、40万トンも上振れすることはちょっと考えにくい」として、統計データの正確性さらには農水省の分析能力自体にも疑念を示すと、大泉氏も「農水省のコメに関する統計は、生産、需要、流通、在庫全てがおかしい」と断じるなど、驚くべき実態が明らかになりました。

自民党から共産党までオール与党状態の農業政策

 日本の農政とコメ農家の今後について議論が及ぶと、山下氏は農政の構造をめぐる問題に言及。「減反政策というのは、いわゆる農協、自民党農林族、農林水産省という農政トライアングルの核心的利益を支える核心的政策だ」とし、農協は多数の農民票を取りまとめて農林族議員を当選させ、農林族議員は政治力を使って農水省に高米価や農産物関税の維持、農業予算の獲得を行わせ、農協は高米価等で維持した零細農家の兼業収入を預金として活用することで貯金残高が100兆円を超える日本有数のメガバンクに発展したという構造を指摘。減反政策による高米価維持がこの農政トライアングルの核心的な利益であるが故に、農水省はコメ不足を認めようとしなかったと改めて指摘しましたが、「しかも、農業政策については自民党から共産党に至るまでみんな与党であり、野党がいない。自民党が米価を『5%上げろ』と言ったら、共産党は『いや、10%上げろ』というような状況だ」とも語りました。

 大泉氏も、「今回の参院選を見れば分かるように、「米価を上げろ。下げるのはけしからん」で政治は一致している。それで米価を下げた小泉農水相と石破首相だけが農家の目の前で糾弾されたという構図だ。これは日本の農政のDNAであり、これを変えるのは並大抵ではない」と問題の難しさを強調しました。

輸出増のためには農家の生産基盤強化による国際競争力向上は不可欠。国がやるべきことは通商交渉や検疫への対応

 政府がコメ輸出の抜本的拡大を目指す方針を示した中で、その可能性については、現在の価格では国際競争力は全くないという認識で各氏は一致。

 山下氏は、1961年以降世界のコメ生産量は3.5倍に増加しているのに対し、日本は減反によって4割も減らしてきたことを説明。徹底的な保護によって外国米との競争にさらされてこなかった日本のコメの国際競争力を高めるための方策として、減反廃止は必須とした上で「主業農家に限った直接支払い」を提言。これによって、「農地が零細な兼業農家から主業農家の方に集積する。すると、さらに規模が拡大してコストが下がるので、米価も下がって国際競争力も上がる」としました。

 大泉氏は、人口が減少していく中ではいくらインバウンドが増えたとしても国内需要には限界があるため、輸出に目を向けることは正しいと評価。「輸出国であるインドやベトナムなどは、自国で余ったら輸出しているわけで、世界市場というのは実は非常に薄く不安定な市場だ。アフリカや東南アジアで人口が増え、コメ需要も増えていく中では市場はたくさんあるわけだが、安定的かつ目的意識的にコメを供給できる国というのは現状米国だけだ。だから、そこに日本が参加できる余地は十分にある」としてその潜在可能性を強調。60キロ9000円台まで価格が下がれば国際競争力が出てくるとしつつ、「農家の生産基盤さえ強化すれば、農家は独自に輸出し始める」との見方を示しました。

 西川氏は「売る、作るというのは民間の仕事だ」とした上で、政府の役割について発言。「政府にできることというのは、何といっても通商交渉だ。相手国の関税を下げるなどは農家にはできないので、政府はそこに集中してほしい」と求めました。

 政府の役割については、山下氏も検疫について問題提起。中国市場は輸出先として非常に大きいものの、中国政府は植物検疫措置を政治的に利用して輸入を閉ざすと指摘し、これに対する対応は政府にしかできないと求めました。

日本の課題を考える特集「令和のコメ騒動はなぜ起こったか」はこちらからご覧いただくことができます