【会員限定・議事録全文】未完の一体改革は将来負担を増やしただけか ー座談会「安倍政権の評価と残された課題(社会保障)」

200910_kudo.png工藤:先日辞意を表明した安倍首相に代わる首相を決めるための自民党総裁選が始まっています。これまで言論NPOは選挙の度に各政策の評価を行ってきましたが、その予定を早めて、今回は安倍政権の評価と次期首相にどういう宿題があるのか、を議論したいと思います。

 今日はその第1回として、安倍政権の社会保障を評価します。今日の評価会議に参加するのはニッセイ基礎研究所主任研究員の三原岳さん、厚生労働省で多くの制度改革を実現させた上智大学総合人間科学部教授の香取照幸さん、PHP総研主席研究員で立教大学大学院特任教授の亀井善太郎さんの3名の評価委員の皆さんです。

社会保障政策については後回しにされてきた安倍政権の7年8カ月

 最初の議論は、安倍政権の7年8カ月の社会保障分野全体を振り返って、日本の将来の持続性という観点から、そこにどれぐらい答えを出せたのか、です。

200910_mihara.png三原:基本的に安倍政権は、消費税増税を2回引き上げたという点では、戦後初の政権です。そうした意味では、財政再建に前向きなように見えるのですが、消費税の引き上げによって、本来赤字の解消に回すべき財源を幼児教育無償化や高等教育の無償化に回していますので、社会の持続性という点では将来世代にツケを回しながら給付を充実させたということでいえば、財政の面ではマイナスだと思います。

 一方で、氷河期世代の就職の問題をクローズアップしたり、同一労働同一賃金など、これまで歴代政権がやってこなかったこと、あるいは見落とされていたテーマをピックアップしたという点ではプラスなのですが、その後のフォローが全くなされていないように見える点ではマイナスをつけざるを得ないので、持続可能性という点で答えを出してきたかというと、財政の面では全く出していなかったと言わざるを得ません。

200910_kamei.png亀井:ポイントとしては三つあると思います。まず、経済成長に頼り過ぎて、社会保障はほとんどきちんとやらなかった、もっと言うと、経済成長すれば社会保障もどうにかなるだろうと考えていた節があることが1つ目です。2つ目には、全体にばらまく全世代型社会保障という形で、必要な人、必要でない人という定義がつけられないまま、ばら撒いたということ、3つ目は、社会保障は本来、社会全体の支え合いの仕組みであり、そこには社会的弱者、支援を必要としている人がいると思います。もちろん、そうした人たちに支援が行われた部分はあるのですが、その特定が十分されたのかというと、その特定がされないまま、やや乱暴にばら撒いたという印象です。経済成長をすれば、弱者が置き去りにされるわけですが、その辺りの配慮が十分だったのかな、という認識はあります。財政面での持続性はもちろんのこと、社会全体としての持続性についても、なかなか厳しいものがあったのではないかと思っています。

200910_katori.png香取:私は2016年に退官したので、安倍政権の4年近くは現役で社会保障政策にかかわってきており、自分のやってきたことを評価することになり、なかなか難しいのですが、1つ考えなければいけないことは、社会保障税一体改革で作ったフレームのことです。要するに社会保障の機能をきちんと維持して必要な施策を講じるための安定財源を確保するということと併せて、財政の持続可能性と社会保障の持続可能性を実現するために、消費税を社会保障目的税にして増税する。

 これは一見、綺麗ですが、増税をして財源を調達するという改革なので、結構きつい改革です。そうした改革を、当時の与党である民主党と、野党の自民・公明党が政党を超えて合意して施策をつくった。これは社会保障を政争の具にしない形で、共通の目的のために必要な負担を国民に求めていくという改革をしたわけです。その形は結果的に言うと、安倍政権では維持されてないことになるわけです。

 私が思う最大の問題は、消費税の増税を先送りしたことだと思っています。先送りしたことで財源の調達できなくなり、社会保障の改革が未完に終わっています。遅れた分だけ財政赤字も解消されていない。その中で、亀井さんおっしゃったように、経済成長に力点を置いて問題を解決するという思考が強い政権だったので、財政再建、財政赤字の問題が軽視される形になっている。そして、全体的にいろいろことが中途半端のままになっている。そういう意味では、社会保障について何をしたかっていわれると、実はあまり何もやっていません。

 一体改革で決められたことを順番にやっているのですが、財源がついてきていないので、全て後遅れになってずれて物事が動いているのです。ですから、この先、どこに向かおうとしているのか、何をしようとしているのか、という明確なメッセージは安倍政権から出ていなかったと思います。

工藤:香取さんに追加して伺いたいのですが、社会保障・税の一体改革でスタートしたわけです。安倍政権はそれを具体化する形で未来を推進させていたのでしょうか。

香取:大きな流れで言えば、一体改革の中で、子ども子育ての新しいシステムをつくるとか、年金の一元化をするとか、いくつかの改革がありましたが、民主党政権から安倍政権に移ったときにプログラム法という法律をつくり、その法律の中でこれから安倍政権として取り組む一体改革の施策が書かれていて、社会保障改革国民会議をつくり、その中で全世代型社会保障をやっていくということも書いてありました。しかし、全体として増税を先送りにしたために財源が付いてこないということもあって、一応、動いているのですが、具体的な形として動いていない。そういう中で、一億総活躍、希望出生率1.8、介護離職ゼロといった、全体の文脈と必ずしも繋がってこないスローガン的な施策が出てきて、担当大臣を置いて取り組んできました。しかし、待機児童ゼロ、希望出生率1.8、介護離職ゼロという目標にしても、半年や1年で達成できる施策ではありません。3年、5年、10年というタームでブレずに取り組み続けるということがなければ、実現できない施策なわけです。そうすると、安倍政権が言っていることは正しいのですが、具体的な施策、あるいはそれを達成するためにどのようにやっていくのか、ということが付いてきていない。例えば、希望出生率1.8ですが、まず達成できていないし、いつ達成できるかもわからないし、その道筋も描けていない。そういう意味でいうと、旗は振っているのですが、実際の施策が組み立てられていない。それは政権の責任でもあるし、実際に施策を立案する霞が関の問題でもあると思います。

介護離職ゼロとか、希望出生率1.8等、選挙の度に政策を打ち出すものの
「言いっぱなしになって終わる」が繰り返されるのが現状

三原:基本的に安倍政権は、経済の果実で、政治的な支持率を高めて、外交・安全保障にリソースをつぎ込むという政権なので、香取さんがおっしゃったように、経済成長をベースに考えていた政権だと思います。ですから、社会保障も経済成長の延長でしか考えられていなかった、という印象を持っています。端的に表れているのが健康づくり政策で、医療・介護の給付費抑制というのは、自己負担を求めるとか、診療報酬をカットしたり、介護報酬を削る等、ある意味国民や事業者の皆さんに痛い思いをしてもらう改革なわけです。こうした改革を行えば、支持率が下がったり、メディアや野党から批判されます。そうすると、なかなか改革に踏み込めなくなる。だから何をするかというと、健康づくりで医療費・介護費を抑制する。結果的に、健康産業、ヘルスケア産業が育成されれば経済成長に資するというロジックで社会保障政策が語られていたな、という風に思います。

亀井:恐らく、痛みに踏み込まなかった、ということが大事なポイントだと思います。香取さんがおっしゃられたように、消費税の増税が先送りされたことによって、財源がどこかにないかということで、思い付きでこども保険というものができた。痛みということであれば、そこまで国が面倒を見なくても自分で出来る人というのは、世の中にたくさんいるわけです。本来、支援をしなければいけない人と、そうでない人を分けて、後者についてはもう少し給付を抑制しましょうとか、そういったことに踏み込まなければいけなかったのが、選挙を控えていて、かつ選挙を刻んでしまうために、嫌がられることをしないという形になりました。この社会保障ということは政争の具にしないのだ、ということを民自公で話し合いをして、きちんと進めていこうと決めたにも関わらず、そこを反故にすることで、政治が決断をしたかのように見せる形になったことは、社会保障全体からすれば、あるいは財政からすれば大変不幸なことだったと思います。

工藤:率直に聞きますが、安倍政権は社会保障・税の一体改革のゴールに向けて動こうとしていたのか、それとも初めから、それを軽視していたのでしょうか。

香取:それを私に聞きますか...1つ目の三本の矢というのは、異次元緩和と財政出動と民間主導の成長ということでしたが、新三本の矢で、突然、介護離職ゼロとか、希望出生率1.8とかが出てきた。確かに、少子化対策はしなければいけないし、介護離職はレベルが違う気がしますが、施策としての方向は間違ってないのですが、GDP600兆円という目標が三つ並んで、新三本の矢というのは、これを理解するのは難しいです。

 全体として一体改革のフレームをそのまま継承して、社会保障についていえば、超党派の形で組んでいくということよりは、時々の政治の流れや、あるいは選挙という中で、やっている感を出さなければいけないので項目として出てくるのですが、それぞれの施策について、具体的にそれを支える下半身のプラットフォームの施策が詰まっていないので、結局、言いっぱなしになって終わる。それが繰り返し行われているのです。

 社会保障というのは国民に負担を求めなければいけないし、あるいは全体最適と個別最適が一致しない政策なので、ある意味で難しく、政権としても胆力がいる仕事ですが、それを支え切るようなバックグラウンドを持っているような人が官邸にあまりいない、という感じがしています。

工藤:もう一つなのですが、一体改革の中で社会保障の目的のために財源を使うのですが、その目的というものは、法律に裏付けられていますよね。それが法律に基づかない形でお金が出るという話はおかしいのではないでしょうか。

香取:それは判断の問題になるのですが、社会保障目的税に消費税をして、5%、10%に引き上げることになっている。実は5%の使い方というのは、法律にも書いてあるし、三党合意の中でも決まっているわけです。実際、社会保障の充実に使うのは1%で、基礎年金に1%使い、自然増に1%使い、財政赤字に1%使う、という形で決まっています。そうすると、それ以外に使おうというのであれば本来、法律改正が必要になります。今回のことでいうと、社会保障四経費(医療、年金、介護、子育て)に使うという形になっています。この子育てというのは、子ども子育て新制度のことを言っているわけです。そうすると、大学の無償化というのは少子化対策と言えば考えられなくもありませんが、現在の条文で読み込むということには無理があります。しかし、財務省は法律改正をせずに読み込める、というかたちにしてしまった。私自身は、そのこと自体も手続き的に問題だと思っていますが、使い方を変えるということは、その分、どこかの財源を食うわけで、その分食った財源をどうするか、という議論をちゃんとやっていません。

 結局、それは消費税の引き上げが伸びたことと同じで、全て財政赤字のツケに回っています。2020年度にプライマリーバランスを黒字にするという目標自体、始めから難しい目標でしたが、結果的には財政赤字が積み上がる形で施策が行われた。一見、消費税を使ってやりました、と言っていますが、実は玉突きで財政赤字が増えるという形で動いているわけです。そのことに政権もそうですが、財務省も含めて無頓着というか、問題であるということを言わないこと自体が問題だと思います。

国会議員の7割~8割が賛成した税と社会保障の一体改革も、なし崩し状態に

工藤:法律に基づいて組み立てられた改革案をベースにして動いているにもかかわらず、元のものを超えたりするということが当たり前のように行われています。それは政府としての統治構造に問題があるように思うのですが。

三原:三党合意は民主党、自民党、公明党が行ったわけで、国会議員の7割~8割が賛成したわけです。詳細に見れば、最高税率の問題では三党で揉めていたりしているわけです。あるいは、低所得者に対する逆進性対策をどうするかはペンディングになって、当時のマニフェストを見ると、民自公で微妙に違うわけです。公明党は軽減税率を主張し、民主党は給付的税額控除を主張する等、そこは争点になっていました。三党合意は非常に重いものだったのに、それをひっくり返したプロセスは何だったのか、と思うわけです。つまり、国会で一切審議をしないまま、内閣府の有識者の意見を聞いて、あるいは自民党、公明党の手続きを踏まないままやったわけです。いくら官邸主導とはいえ、デュープロセスという点では、私は問題だと思います。その辺から、三党合意の是非は別にしても、三党合意によって7割から8割の国会議員が合意したという重みを十分踏まえないまま、税一体改革がなし崩しになっていった7年8カ月だったと思います。

亀井:安倍政権というのは統治機構改革を、とてもうまく使った政権だと思いますが、一方で、乱用もあったのだろうなと思います。加えて言うと、税と社会保障の一体改革というのは、日本にとってどのぐらい重たいものなのか、という認識が明らかに欠落していたのだと思います。政治というのは人間がやっているものなので、それを担った人が表舞台からいなくなっていく中で、そこを当事者として担ったわけでもない人が政権を担っていったということが現象として現れたのが、一体改革がなし崩し的になった理由だと思います。これは本当に残念なことで、総理や自民党の幹部、あるいは内閣の枢要なメンバーも含めて、起立採決、あるいは記名採決で賛成したはずなのですが、そこを賛成した意味とういものをないがしろにした。さらに、お金の負担も含めて社会全体で、みんなが負担していかないとこの波は乗り越えられない、というのが私たちの共通認識だと思うのですが、そこの重みというものが軽んじられたというところがポイントだと思います。

安倍政権の打ち出すアジェンダは正しいものの、
全体としての政策が煮詰まっていないために、全てが中途半端に

工藤:今の話を別の角度から見てみます。社会保障の枠組みというものを、ミクロで考えた場合、社会保障に対する担い手(労働者)を増やさなければいけない、あるいは出生率を上げなければいけない等、安倍首相がスローガンとして出しているアジェンダ自体は正しいと思います。しかし、財政再建と経済成長、さらには社会保障の機能強化というものを組み合わせる戦略になっていかなければ答えを出せないわけです。その点から見て、アジェンダはうまく利用しているのですが、政策として深まらない。これは歯がゆくないですか。

香取:その通りです。例えば、希望出生率の話もそうですが、出生率を上げるということは、一人ひとりが子供をつくるかつくらないか、結婚するかしないかというのは個人の選択の問題なので、政治が目標にするということに慎重でなければいけないと私は思っていましたし、少子化対策を国民にどのように訴えるのか、ということは難しい問題でした。希望出生率を打ち出した当時も誰とは言いませんが、GDP600兆円と同じノリで出生率1.8を打ち出した人が総理の周りにいて、それは無理だとなった。その後、色々と議論をして、国民が希望する結婚と、国民が希望する子供の持ち方の理想を実現できれば1.8となるということで、「希望出生率」という言葉を使う形になりました。

 「働き方改革」や「出生率1.8」もそうですが、工藤さんがおっしゃるように、それ自体は非常に正しいし、取り組まなければいけないアジェンダなのですが、そんなに簡単な話ではないので、それを実現しようと思えば、それなりの政策の体形やパッケージが必要なのです。特に、出生率や働き方改革の話は、もはや社会保障の話だけではありません。これは企業行動を変えてもらわなければいけないし、産業構造や雇用等、ありとあらゆるものをパッケージで変えなければいけない話なので、それこそ一内閣が一テーマで取り組んで、できるかできないかみたいなレベルの話なのです。言ったからにはそれなりの施策の体系をつくるために、霞が関も考えなければいけないし、あるいは政治を担う人も考えなければいけないのですが、その点を詰めて物事が動かされてはいない、という感じがします。せっかく打ち出したのだから、きちんと実現できればそれなりに世の中が変わると思うのですが、歯がゆいと言えば歯がゆいです。

工藤:今の話も非常に重要な話で、一つのアジェンダが産業構造を変えるとかいう話になると、一政権で出来る話でもないわけですが、そうしたテーマが選挙ごとに出てくるわけです。しかも、目標を設定しているけれども、そこまで簡単な目標ではないために、ほとんどの目標が実現できない。こうした繰り返しが多くの失望を買っている。亀井さん、こうした安倍政権の対応をどのように評価すればよいのでしょうか。

亀井:結局、政治としてのあるべき社会像というものが見えていないのだと思います。端的にいうと、「1億総活躍社会」に対して、多くの人が戦争ではないのだ、とムッとしました。先ほど、香取さんがおっしゃった話は非常に大事なことで、私たちは自由な社会に生まれているわけです。一人ひとりが大事なことにきちんと判断をして前に進んでいく。そして、全体として社会全体をみんなで支え合っていくということが大前提なのですが、そういう中で「1億総活躍社会」のような、「僕たちは兵隊なのか」ということを想起させるようなスローガンが突然出てくるわけです。これは価値論が入っているのですが、価値論があたかもないかのように選挙の度に、似たようなものが出てくる。一方で、何かサービスをするからいいよ、みたいな形になって、社会全体で支え合うっていう社会保障の国民一人ひとりにとっての考えみたいなのも薄れていって、色々なものを壊してしまったような気がしています。私は、この点は大事なような気がしています。

 先ほど、三原さんがおっしゃったように、ポリティカルキャピタルを得るために選挙をするのだけど、その度に「社会保障でこれをあげるから票を頂戴」という風に見えてしまう。そこでピンとこない標語が出てくる、という繰り返しが起きていたのかなと思っています。

三原:「女性活躍」も典型だと思うのですが、それをなぜやるのか、といことが見えてこない。本来であれば、女性が主婦になる選択肢もあれば、共働きでやっていくという選択肢がって、それを一人ひとりの女性が生き方を選択し、自己実現していく、そうした選択肢をつくり、支えていけるような社会を作っていくということが本来の女性活躍だと私は思います。それは社会政策です。しかし、安倍政権の女性活躍というのは、女性の労働力を活用するというのが出発点にあるために、社会保障政策ではなく、経済政策なのです。ただ、そのアジェンダ自体は悪くはありませんが、女性の選択をフラットにするための社会保障はどういう仕組みがあるのか。年金でいえば、専業主婦に有利な130万円の壁があるので、そういう壁をどうクリアするのか、ということに取り組まなければいけないとは思いますが、そうしたことを一切しないまま、女性活躍だ、女性の管理職を何割にするという議論しかしていないから、政策に煮詰まっていかない。そうした問題に本当に立ち向かっていけるのであれば、「女性活躍」という看板も私は意味があったと思います。

 1980年代以降、女性の年金問題はずっと議論されているにも関わらず、そうしたことが全く議論されないまま、女性の登用率が何%ということしか議論がされなかったということは本当に残念だし、そこから得られて物は何だったのだろうと思います。

香取:言っている政策が正しいかとか、政策を支持するかしないか、ということは意見が分かれるところなので、なかなか難しいとは思います。一方で、政策評価の話は昔からずっと言われていて、PDCAサイクルやKPI等と散々言われて、官僚側も数値目標を出したり、達成率がどうだったか、ということをチェックされて、世の中もそうして動いてきました。その意味でいえば、希望出生率1.8や、2010年代の半ばまでに女性の管理職登用率を何%にするなど、多くの人が忘れているような数値目標はたくさんあります。そうした政権として数値目標を出したものについて、達成できたかできなかったか、ということは客観的な評価として、マスコミなどもちゃんとやった方がいいと思います。

工藤:目標が多すぎるというか、次々に目標が変わるのですが、ほとんど実現できていないと思います。

コロナ対応で日本政府は、国民との双方向のコミュニケーションに失敗した

 もう一つ聞きたいのはコロナの問題です。まだコロナ危機は続いていますが、人命を守るということと、経済を回すということの両立を図らなければならないということで悩みがあり、世界中で試行錯誤がなされています。皆さんは、安倍政権においてコロナについての対応については、どのようにご覧になっていますか。

亀井:コロナについては、今、申し上げてきた問題もそのまま出ていたと思いますし、安倍政権がうまくやってきた統治機構の問題というものが、全くうまくいかなかったというのが一つの大きな特徴だと思います。

 少し客観的に見てみると、コロナ対応について日本が打ち出した政策というのは、他の国々と比べてみても、そこまでおかしくはなく、むしろ充実している面もあります。さらに、感染者数もそこそこ抑えられている。しかし、世界中を見渡してみても、コロナ禍で日本ほど政治が信頼を失った国というのは、なかなかない。そもそも政治という営みは、政策とその運用と、主権者との間のコミュニケーションというものがあるのだと思います。統治機構の多くの部分を占めるのは3つ目のコミュニケーションだと思いますが、これに失敗したのだと思います。特に現代社会においては、双方向型のコミュニケーションが非常に大事になってくるのですが、成功した国はドイツや台湾だったと思いますが、そうした国と比べると圧倒的に双方向のコミュニケーションが弱かった。

 さらに申し上げると、今回、コロナの場合というのは、政治家の仕事と専門家の仕事というものが、きちんと仕分けされてそれぞれコミュニケーションを行って、国民が協力をして動いてくということが重要になってくるのだと思います。しかし、今回は政治家の仕事を政治家がせず、専門家の仕事を専門家がしないというが起きたのだと思います。これは、官僚機構の問題だと思っていて、ここののりを超えないように仕分けるということは、官僚制の専門性だと思うのですが、これがうまく仕訳けられなかったというのは、色々な意味で、統治機構の中で政治家が政治の仕事ができず、官僚機構が官僚機構の仕事ができなかった、ということがあったのではないかと思っています。

医療と経済という次元の違う専門家の意見を聞き政治決定するという
本来の政治の仕事ができていない日本の政治

三原:二つあります。まず、感染症対策というのは一種の危機管理、有事対応なので、短期間で意思決定しなければいけないわけですが、その時に優先順位をつけなければいけない。戦後政治がそうだったということもありますが、先ほどから議論している通り、安倍政権というのは皆に再分配するという政策ですから、人命か経済かという二律背反を求められたときに、どちらを優先するかという踏ん切りがつかないまま、国民にメッセージが伝わらなかったという面があると思います。そういう意味で、再分配型の政治をコロナ対応にもってきてもうまくいかないのは当たり前なのですが、そうした点が構造的な問題の一つなのかと思います。

 加えて、科学と政治という観点でいうと、私が腑に落ちないのは、メディア報道で「専門家会議の了承を得た」という表現を見かけます。それは今でも続いていますし、西村大臣もそのように発言しています。しかし、「専門家会議の了承を得た」というのは何なのでしょうか。専門家会議というのは本来、科学で議論する、そこは医療の分野だけで議論する仕組みだと思います。それを経済も加味して決定するのは政治の仕事です。ですから、本来「了承を得る」というのは変なのです。その点は、利害調整の場である社会保障制度審議会とは違うのです。そうした意味では、科学と政治という観点でいえば、「了承を得た」という言葉に一番の違和感を持っています。

香取:僕は3月の終わりにアゼルバイジャンから帰ってきたのですが、ちょうどその頃はイラン(アゼルバイジャンの隣国)で感染者が増えている時期でした。当時は、アメリカもヨーロッパも今ほどはひどくなかったのですが、向こうから日本に帰ってきた時に非常に違和感を覚えました。3月の半ばごろに、ドイツが初めてロックダウンに入る頃に、メルケル首相が10分余りの演説を行ったのですが、あれは歴史に残る演説だと思います。メルケルが言った一つは、民主主義国家で国民の行動を宣言する政治家の決断の重さということと、その決断をなぜしなければいけないのか、そして自分は科学的な専門家の知見に基づいてこの判断をすると。そして、この判断によっておこることについて、自分は政治家として責任を負う、ということをメルケルは言うわけです。これはリーダーシップとはどういうものか、ということを表しているスピーチだったと思っています。

 それを踏まえながら、亀井さんと三原さんの話につなげると、一つは科学的な知見や客観的なデータに基づいて政策判断をするという姿勢が貫かれているか、ということです。もう一つは、医療にかかわる専門家の意見と、経済にかかわる専門家の意見は見ている事象が違うために、次元が異なるために、それぞれで違う結論になります。私の理解でいえば、政治というのは、価値基準が違ったり、次元が違うものの間でどういう意思決定をするか、ということが政治の仕事だと思います。例えば、毎年の予算編成がそうですが、ここに10億円の予算があり、このお金を子供に使うのか、年寄りに使うのか、橋に使うのか、何に使うのか。それぞれの政策に価値があって意味がありますから、それぞれ皆が必要な政策だというわけです。その中で優先順位をつけて、どう配分するかということが政治決定です。そうなると、医療の専門家、経済の専門家それぞれの意見を踏まえて、最終的に決断するのが政治です。

 私が驚いたのは、専門家会議の構成を変えて、分科会というものを作って、医療の専門家と経済の専門家を全員混ぜて、結論出してくださいという風にしました。それは変だと思います。それぞれの意見を出して、それを調整するのが政治なのですが、違う専門家を呼んできて、皆さんで結論を出してくれて、そこで了承が得られたら結論を出します、というのは違うような気がします。そうした意思決定の仕方をしているので、誰が責任を持っているのかがよくわからない。専門家会議は専門家会議で、尾身さんなんかは少し踏み込んだ発言もしますし、役割分担がちゃんとなされていないと思います。そうなってくる背景には、政治の問題もありますが、残念ながら官僚機構が劣化している、あるいは空洞化しているという感じがします。

亀井:補足ですが、経済を引っ張る経済再生担当大臣と、特別措置法に基づく担当大臣が同じ人だということに表れていると私は思います。西村さんが悪いわけではなく、経済を再生したいということを目的とすることと、コロナの感染を抑えなければいけないということは当然ぶつかり合うわけです。今、お話が合った通り、会議をごちゃ混ぜにしているのもそうだし、本来であれば経済と感染対策を担うそれぞれの大臣が出てきて議論がなされ、議事録が残され、最終的にどの判断をとったか、ということが残されてこそ、私たちの民主主義だと思います。それこそ、メルケルさんの演説の中で、私たちの民主主義社会の源泉というのは強制ではなくて、知識の共有と参加だと言っていました。私は、この演説の一つの大きな文句だったと思いますが、そうした意識が日本政府にはありませんよね。社会全体で知識を共有させて、国民も参加して国難を乗り越えるというところについての問題意識が政治家サイドにない。あるいは、この意思決定を支える官僚機構が、官僚機構として機能していない。こののりを超えてはいけないのだ、ということは具申しなければいけないわけです。混ぜてはいけません、混ぜるな危険ですから。そこを混ぜてしまうという政治センスもそうだし、それを具申できない官僚機構としてのセンスも相当まずい状況だと思います。こういう状態だからこそ、安倍政権は現在に至っているのだと認識しています。

三原:医療の専門家がこう言っています、だから決めてくださいということであれば、AIでもできてしまうわけです。しかし、香取さんがおっしゃったお通り、色々な利害を調整しながら、最後に政治が決めるという意味では、そこが政治の難しさであり、政治の面白さだと思うので、それを専門家会議に全部丸投げしているというのは、誰が悪いということではなく、統治機構の問題だと思います。

工藤:最後の質問になります。社会保障の分野で、次の首相に何をどう立て直してほしいのか、ということです。

 加えて、この議論を視聴している人から質問がきているのですが、一つは一体改革の時のように、社会保障を政争の具にしないような合意をもう一度復活させるためにはどうしたらいいですかという質問と、もう一つは、政治が将来の財政負担に関して取り組む際、どのような時間の長さ(3年、5年、10年)を考えて議論を行うべきだと思いますか、との質問です。

2004年から15年続いた社会保障改革後の絵姿を描くことが今後の課題

三原:香取さんが現役時代に関わった改革というのは、消費税を増税して、その分で社会保障の充実を回していくということで2004年の小泉時代から始まっているはずなので、15年ぐらい、この改革をやってきています。この改革が未完ながらも一応、一段落しました。この後、消費税を何パーセントまで引き上げて、財源を確保して社会保障をどう回していくのか、あるいはどうカットするのか、という15年やってきた改革の後の絵がまだありません。その絵をどのように作っていくのか、ということは次期政権以降の問題だと思います。総選挙で政府与党や野党がどのような政策を出すかわかりませんが、負担増を求めて給付を充実させるのか、給付をカットして負担の減少を止めるのか、というような将来像を与野党で戦わせてほしいな、と思います。

 また、質問に対してですが、私は団塊ジュニア世代ですが、団塊ジュニア世代が高齢者になるまでの後15年のことを考えると、10年位先のスパンで社会保障改革をやっていかなければ、私の世代が高齢者になった時にもたなくなるだろうな、という危機感はあります。

社会保障についての課題は、弱者が誰なのかということをわかる社会に

亀井:誰が本当に困っているのか、そのことをはっきりとわかる社会にしていく必要があると思います。国民が納得できるような具体的な社会保障政策を見せていかなければいけないし、そういうことを通じて具体的な社会保障の本来の理念というのが何か、ということを見せていく必要があるのだと思います。この点が、ここ何年もないがしろになってきた中で、ばら撒くといいうことばかりがされてきたわけですから、そこの見直しをしていく必要があります。

 一方で、財政については、現実的にすぐに何かをどうこうできるとは、とても思えません。そうなると、財政に関してはかなり時間をかけて議論をする必要があり、次の政権の課題というよりは、ここ30年の課題になると思います。これだけ膨れ上がった債務を、壊れないように壊れないように抱えながら、私たちは生きていけるのか、ということをどのようにコントロールしていくか、そうしたコントロール下の中で、財政的な均衡を長い時間かけて目指していく社会を作っていくしかないのではないか、と思っています。財政についてはそんなに綺麗事ではいえないと思います。むしろ、社会保障については、弱者をはっきりさせていくということをしっかりやってく必要があると思います。

 質問について言うと、そもそも三党合意でできたようなことを、今からできるかという問題ですが、税と社会保障の一体改革で合意できたほど今は、甘い状況ではなくなっていると思います。そういう中では、どうしたらよいのか、と私も思うぐらい答えがありません。それから、もうお一方の質問ですが、3年、5年、10年というスパンで財政に関して取り組むのは無理です。当面はまず、10年、15年だと思いますが、それを過ぎた後の社会、というのも考えなければいけないと思います。財政負担はそれ以降も残るわけですから、そこまで考えるような議論をしなければいけない。こうした長期的な視点で物を見るのは、私は参議院の仕事だと思います。

社会保障とそれ以外の様々な政策パッケージを駆使して、
社会を安定させるためにも、中間層を厚く、維持していくことが課題に

香取:まず、個別社会保障の話についていうと、一番きついのは2040年までです。2040年を過ぎると、良いか悪いかは別として、高齢者も含めて、世代全体の人口が減り始めるので、そういう意味で社会全体が縮小することについてどう考えるか、といった大問題はありますが、社会保障のファイナンスということでいえば、均衡が取れる状態になるので、これから先20年をどう乗り越ええるか、ということになります。年金はマクロスライドを入れたので、マクロの年金制度は維持できます。昔、民主党が言っていたみたいに、年金制度が破綻するとか、年金が払えなくなるということはありません。しかし、少しずつ給付が減っていくわけなので、ミクロのバランスをどう考えていくか、ということが残ります。ただ、制度的には維持できます。

 むしろ問題なのは医療・介護の分野です。高齢者の高齢化が進む為、人口高齢化以上のスピードで医療・介護は負担が増えます。かつ、医療介護は実体的なニーズなので、給付を切れば、その分だけ本人負担が増える、あるいは社会全体としてのコストが減るわけではないので、そこは別の形のコントロールが必要になります。実は一体改革の中で描いた絵姿というのは、今ある人的、物的リソースで増大する医療・介護のニーズをカバーするために救急体制の改革をするために、病院の効率化をするとか、地域医療包括ケアと言っているわけです。それは非常に地味な改革なのですが、そういう構造的な改革が必要になるので、5年、10年の世界ですが、地道に取り組んでいくという形になると思います。

 社会保障全体の絵柄でいえば、先ほど亀井さんが弱者をきちんと、という話をされていましたが、僕は社会保障というのは社会を安定させるためにどういう風に社会保障の機能を使うか、と考えるべきで、その意味でいうと、社会を支えたり、民主主義を支えたりするのは、社会の中間層の人たちが主になります。分厚い安定的な中間層がいる社会というのは安定する社会ですし、政治的にも経済的にも安定するわけです。富が分散して、お金持ちと貧乏人が増えている社会というのは、政治的にも経済的にも安定しません。そういう意味では、中間層の崩壊を食い止めて、中間層をきちんと育てる。再分配もお金持ちから金をとって、貧乏人に配るというのではなくて、中間層をどうやって厚く、維持するかといいうことを考えないといけない。それは単なる再分配ではなくて、雇用の安定等の社会保障以外の様々な施策とパッケージで考えないといけないのだと思います。

 もう一つの財政赤字の問題ですが、なぜプライマリーバランスが黒字になっていなければいけないのか、という一番基本のところを考えた方がいいと思います。この間、財政が破綻しなかったのは、非常に逆説的ですが、私の理解では、成長しなかったからです。アベノミクスでは、少なくとも2%成長は実現できなかったわけですが、本格的な成長軌道に入っていないので、長期金利が上がらないわけです。昔持っていた金利の高い国債を、ゼロ金利に近い国債に借り換えている形になっているので、金利負担がずっと下がっています。1100兆円の借金があったとしても、金利負担がどんどん下がっているので一応、維持できているわけです。逆に言うと、本当に成長し始めて金利負担が上がり始めたら持たなくなってしまう。そうすると、成長することによって問題が解決できないかもしれない、というジレンマに陥るかもしれない。その事を頭において、1100兆円と付き合うということを考えないといけないと思います。

工藤:今日は1回目の評価座談会になりましたが、非常に大きな論点が提起されました。民間部門の成長や活力が失われる社会において、低金利が破滅を抑えているわけですが、政府部門の利害に関与する人たちが出てきている。昔の君主制に群がる状況に似た感じがあります。しかし、こうした状況ではダメで、やはり民間側が力を持たなければならないと思うわけです。

 統治構造の破綻がここまで放任されているのは、市民の中で政党政治に対する信頼が失われているからです。そうした状況は変えなければいけないと思っています。やはり、民間側に今の状況に向かい合う流れを作り出すためにも、色々な人が発言を始めなければいけないと思っています。

 そうした意味でも、今日の皆さんの発言は、様々なヒントをもらうことができました。ありがとうございました。

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