【会員限定・議事録全文】アベノミクスの限界とコロナ対策の重圧 新政権はコロナ後の道筋をいかに示すか「安倍政権の評価と残された課題(経済・財政)」

200910_kudo.png工藤:工藤:今日は安倍政権の7年8カ月の経済・財政分野の評価と菅政権に残された課題について議論していきたいと思います。今日の議論にご参加いただくのは言論NPOの評価委員の慶應義塾大学経済学部教授の土居丈朗さん、東京財団政策研究所上席研究員の早川英男さん、法政大学経済学部教授の小黒一正さん、です。

金融政策、財政政策に頼りすぎたアベノミクス
改革を伴う成長戦略を打ち出すも、最後までやり抜く覚悟はなかった

 安倍首相が先に辞任を表明した記者会見では、政権の目玉であった「アベノミクス」に言及しませんでした。しかし、安倍政権の経済政策はアベノミクス中心であり、それが骨格でした。安倍さんは、経済に好循環を起こすことで、デフレを脱却し、日本の経済を立て直したいという思い、を何度も伝えていました。

 ところが、アベノミクスで示された様々な数値目標はほとんど未達になっています。途中からは、こうした目標にこだわらない姿勢も見え始めました。まず、皆さんにお聞きしたいのは、安倍政権の実績です。7年8カ月間で、経済政策で掲げたアベノミクス、さらには財政政策で安倍政権は何を実現したのでしょうか。

200910_hayakawa.png土居:財政政策に関しては残念ながら財政健全化を成し遂げることには成功しませんでした。アベノミクスの三本の矢のうち、第二の矢というのは機動的な財政政策であって財政健全化ではありませんでしたから、元々、財政健全化を目指していないということなのかもしれません。ただ少なくとも、基礎的財政収支の黒字化という目標は、最終的には2020年度から2025年度に延期をしましたが、旗を降ろしていないということは紛れもない事実です。まがりなりにもコロナの前までは基礎的財政収支の黒字化を緩やかではあるけれど、進めていたということだけは間違いありません。

 もちろん消費税率を5%から10%に2回引き上げた内閣は歴代でもありませんから、そういう意味での偉業を成し遂げたということにもなります。

 ただ、どうしても財政に依存する体質というのは、最後まで拭いきれませんでした。

 私が5月に出版した『平成の経済政策はどう決められたか』という書籍の中でも少し触れていますが、第二次安倍内閣になってから毎年のように経済対策を出しており、その中にはそれなりの額の財政支出をすることを毎年決め、要するに、財政政策は景気を刺激するという意味で使っていました。こうした財政政策で、つまり第三の矢の「成長戦略」に上手く軸足を移して、財政に頼らなくても事実的な経済成長が促せるような環境が作るということが出来れば良かったのですが、残念ながらそれは未だにできていません。最後まで財政に頼らざるを得ない経済運営だった、ということだったのだと思います。

200910_hayakawa.png早川:安倍さんの辞任会見のすぐ後にビル・エモットが「安倍晋三が残した日本」という文章を書いていました。そこでは、経済は弱いままだったけれども、外交や安全保障という面では、日本ははるかに強固になったというのが評価でした。7年8カ月を振り返ってみると、安倍さんにとって経済政策というのは、ポリティカルキャピタルを調達する場であって、そこで得たポリティカルキャピタルを安全保障や外交の分野で使うというのが目的だったのではないかと、とさえ私は思っています。

 その上でアベノミクスについて振り返ってみると、第一の矢と第三の矢だけコメントさせていただくと、おそらく第一の矢である金融緩和というのは途中で変質したと思います。おそらく最初は、上手くすればデフレ脱却、2%物価上昇は達成できるかもしれないということで、ある種の実験的な金融政策をやってみたのだと思います。

 ところが、何年か経ってみると思い通りにはいかなかった。事実上、日銀は2016年9月に総括的検証というのをやるのですが、そこで方針転換をして基本的に国債をどんどん買うのではなくて、その時点から国債を買う金額は減り続けているわけです。日銀の公式文書を読んでいると金融緩和はどんどん強化をし続けているように見えますけども、実際にやっていることは2016年から方針転換して、ある種のステルス正常化という路線に入ってきているのだと思います。

 では、結果的に7年8カ月の金融政策は何だったのかというと、円安政策であり、株高政策だったということになってしまいます。最初は円安か株高をきっかけにして経済の循環を回して2%の物価上昇を達成するための手段だった。しかし、経済の循環は勝手には起こらないために、結果的には国債を買う金額はどんどん減っているけれども、なぜかETFを買う金額だけは膨らんでしまっているという状態になっている、というのが現状だと思います。

 あと第三の矢はポリティカルキャピタル調達の場だったということです。「一億総活躍」、「新産業革命」、「働き方改革」等、毎年ものすごい数のスローガンやキャッチフレーズが出てきますが、それらを最後までやり抜く覚悟があったかというと基本的にはなく、ある意味で国民が反対するような、痛みを感じるような改革については常にやらない、むしろやらないでおいて次から次へとキャッチフレーズだけ並べていく形になってしまったという印象です。例えば、女性活躍を推進するために配偶者控除などは廃止する、ということも当初は主張していましたが、結果的には性質の違うものになってしまった。あるいは公明党婦人部を中心とする反対勢力に対して戦う勇気はなかった、支持を取るためには政策を曲げても構わない、というのがポリティカルキャピタルを調達する場だったという非常に分かりやすい構図だったと思います。

200910_hayakawa.png小黒:安倍政権が発足した時には日経平均が一万円を割るような相当厳しい状態でした。さらに、時価総額全体に対してGDPで見た場合にどれぐらいなのかというマーケットキャップ、今は1を超えて少し膨らみすぎだという話がありますが、安倍政権誕生時は割安で、かなり低い状態でしたから、それを元に戻したいというところはあったのだと思います。

 早川さんが言われたように、金融政策で株価を戻して、機動的な財政出動で景気を刺激して、ブースターのようにそこから脱出したいということを実験したというのはあると思います。ただ安倍政権で明らかになったことは、2%のインフレ率を達成するのがいかに難しいか、ということです。財政再建の観点から言うと、年金のマクロ経済スライドが効いていなかったわけです。もし仮に2%のインフレ率が効けば、年金等は財政的に相当改善するので、そういうところの動きというのも実は背後の期待にあったのではないかと思います。

 この分野の評価にあたって一番重要なのは、経済的な成長と分配がうまくいったかということです。今、株価は二万円を超えていますから、安倍政権発足時からすれば二倍に膨らんでいます。一方で、賃金の方は少し変動していますが、そこまで上がっていません。そして、再分配をどうするのか、というところが手つかずでした。

 成長において一番重要なのは生産性ですが、生産性もあまり上がらず、むしろ下がっているわけです。こうした問題に対して、アベノミクスの三本目の矢でまた新三本の矢において、希望出生率1.8の達成という目標が掲げられましたが、これも思うようにいっていない。

 さらに、貧困化の問題についても根本的な問題である社会保障と税制改革をしなければならないにもかかわらず、手が付けられなかった。そういう意味でやはり、アジェンダは正しいものを出してきたものの、どちらかというと外交や安全保障の分野にリソースを割くためにやっていた、という早川さんの意見には賛成するところがあります。

工藤:日本が日本の将来と人口減少という課題に対して、どのような答えを出すのか、ということが安倍政権に一番問われていた課題だった、と私は思っています。

 その原点は社会保障と税の一体改革であり、それを実現するためにも、経済成長を生み出さなければならない、という点が、安倍政権の重点だったはずです。

 評価するにあたってはっきりさせないとならないには、そもそも安倍政権がこの7年8カ月で、国民に実現を約束した目標は何だったのか、ということです。

 当初はデフレから脱却すると言っていましたが、現時点でデフレ脱却宣言は出されていません。それから2%の物価目標も達成していない。経済成長することによって、トリクルダウンで地方にも成長が波及するということも実現していない。つまり、いろいろ掲げた目標がほとんど実現していないのです。これをどう考えればいいのでしょうか。

デフレ脱却後、物価や金利が上がった時の出口を含めた政策がなかった

土居:安倍首相が掲げる目標には、ジレンマがあったということだと思います。それを突きのける強い構想がなかった。つまり、経済をよくするには当然それなりに物価や金利が上がるわけですが、物価が上がると年金生活者、低所得者は確実に苦しい生活を強いられることになります。金利が上がるといっても、仮に1、2%であっても、それを払えるだけの収益を上げられない低生産性の企業が増えた。そういう企業のいくつかは潰れて、そこを突き抜けて好景気になるのです。ところが、そうした絵が描けていない。

 デフレ脱却だと勇ましいことを言っていますが、デフレを脱却して一時的に困る人が誰かということについては何にも考えていない。ないしは、デフレ脱却だと言って、金融緩和をして国債を買い入れて日銀に塩づけにすることまでしか、描かれていない。

 デフレから脱却したら適切に市中にある通貨を回収していく必要があり、日銀に国債を塩漬けにさせとくわけにはいきません。しかし、インフレになった後のことを考えていなかった。だから、デフレ脱却と勇ましく言っているものの、その先の望ましい経済的な状況にたどり着けない、というジレンマを残念ながら、初めから抱えていたのです。

 特定の学者を批判する訳つもりはありませんが、デフレ脱却のためには金融政策を大胆にやるべきだと主張していた人たちは、デフレから脱却した後のことについては、「日銀が何とでもできるから何とかなる」、「日銀は物価が上がり始めても、いくらでもインフレなんか止められるのだ」と、極めてふわっとした議論しかしていない。しかし、実際には実体経済、ないしはそこで生活している国民がいるわけです。それに対してどういう風に政策を講じていくのか、副作用が出る場合にはどのように対応していくのか。

 パッケージでデフレ脱却の出口まで考えて政策を講じるというコミットが無かったので、脱デフレに突き抜けられなかったのだと思います。

早川:三本の矢というのは、どこまで本当に三本の矢を考えていたのか、ということだと思います。三本の矢が当初想定していた通り、大胆な金融政策と機動的な財政政策、そして成長戦略、構造改革というのを全て発動していれば、うまくいく可能性はあったと思います。おそらく安倍さんに色々知恵をつけていた人たちは、実は金融緩和をしてデフレ脱却すれば、あとは上手くいくのだという風に安倍さんに教えていた。要するに、金融緩和をすればデフレ脱却ができる、デフレ脱却すれば景気が良くなり、そうすれば生産性も上がる、税収だって景気が良くなれば上がってくるのだと思い込んでいた。

 つまり、最初の一本の矢だけやればうまくいくのだ、という風に安倍さんに教え説いていた。

 三本の矢が出た時に我々は、三本の矢を本当にしっかりやるのであれば、上手くいく可能性はあると思っていましたが、実際はほとんど一本の矢だったとするとそれは無理です。日銀もこれまでもさぼっていたわけではなくて、色々やったのだけどなかなかうまくいかなかった。結局、金融政策の大胆度を少し高めれば問題はすべて解決する、というわけではなかったということだと思います。

小黒:安倍さんがやったことというのは、源流に戻っただけという感じがします。源流というのは、需要政策です。かつての金融危機の時に、かなり大規模な金融緩和をやり続けました。その後、小泉政権になった時に正統派な経済学者がたくさん出てきて、構造改革にシフトしました。その後、民主党は歳出削減で16.9兆円が出るからといって、さらに改革に踏み込みました。そうした改革疲れのような流れもあって、むしろ需要政策、金融政策がアグレッシブじゃなかった、財政政策をもっと機動的にやれば変わるのだ、となった。

 規制改革も重要だから一応、成長戦略というのが三本目に入りましたが、金融政策や財政政策のブーストがより重要だという風になったのだと思います。しかし、そんなにことは単純ではなくて、やはり税制改革と社会保障改革、そして成長戦略と改革をしていかなければ、簡単には生産性は上がらない。こうしたことは分かっているのだけれど、かなり痛みを伴うので難しかった、というのが現状だと思います。

工藤:少し話は戻るのですが、早川さんは3本の矢は評価していましたが、日銀は三本の矢を同時にやるとして、財政は拡張してほしいと考えていたのでしょうか、それとも初動は拡大でも、基本は財政は健全にしろという矢だったと考えていたのでしょうか。

早川:恐らく、最初のブーストのところはやはり財政支出をしてほしいと思っていたと思います。小泉政権の頃は竹中さんが典型ですが、物価は可変的現象なので「日銀よろしく」っていう感じでしたが、金融政策だけで簡単にデフレ脱却はできないわけです。ですから、少なくとも最初の突破するところは財政も一緒に来てほしい。ただ同時に、ずっと財政支出を行うのではなく、日銀的なロジックで言えば、一旦うまく行ったら今度は金利を上げていく局面がやってくる。金利を上げるときに財政が巨額の赤字を抱えていると、その結果として国債の価格が急落する、長期金利が急騰し、大失敗になってしまうので、金利を上げていく局面になる前に財政を少し立て直してもらわないといけないと、すごい都合のいい話なのですが、そのように考えていたと思います。

 第二次安倍政権誕生後に、政府と日銀で政策協定(アコード)を結びましたが、その後も、財政は拡張し続け、日銀が梯子を外されて途中から困った、ということだと思います。

 先ほど申し上げたように、2016年にはおそらく方針転換をしていて、マイナス金利がうまくいかなかったということもあると思いますが、事実上、国債の大量購入は少しずつ減らしていく方向に日銀はかじを切っている。一方で、安倍政権も途中からデフレ脱却ということもあんまり言わなくなりました。むしろ、デフレだとしても株も上がったし雇用も増えてうるから、うまくいっているのだと。ただ、日銀は2%インフレという目標を今更落とすわけにもいかないので、梯子を外された感じにはなっていると思います。

 ただ、コロナのことも考えると、手遅れみたいな状況になりつつある気がして心配しています。一年前だったら状況は違うと思いますが、今この時点では財政の健全化にしても金融の正常化にしても、急いでできる話ではない。ただ金融政策について言うと実はステルス正常化で国債購入量を減らしてきているので、実はもっと怖いのは財政の方だと思います。

工藤:この財政の扱いも不明確です。初動の機動的な発動ではなく、継続的にアクセルを吹かしっぱなしにも見えた。一方で、第二次安倍政権がその上に乗る形で進めた税と社会保障の一体改革はこれとは逆で、これから急増する社会保障財源と財政を立て直さないといけないということで、消費税を増税して国民から取るという決断をしたわけです。この流れでいえば、消費税を二回に分けても増税したことは偉業ですが、財政は、この一体改革の枠組みを超えてさらに増え続け、財政規律すら怪しくなっている。これをどう考えればいいですか。

消費税引き上げの2回の延長が、
社会保障改革や財政再建に大きな影響を与えている

土居:安倍総理はまさに歳出・歳入一体改革や、小泉内閣の最後の骨太の方針2006の時には安倍総理は官房長官でしたが、そのとりまとめにも関わっておられ、その後、第一次安倍内閣で骨太の方針の実現にあたるわけです。その時に一番のネックになったのが社会保障の自然増を抑制するという所がまとめきれなかったことです。それがトラウマになっているのだと思います。これは安倍総理だけではなくて、自民党も社会保障の自然増を2200億円ずつ毎年削るということを骨太の方針2006で決めました。その結果、党内が分裂して下野する一つのきっかけになった、という認識が一部の自民党には残っています。それを繰り返してはいけないということが潜在意識として当然あるわけです。

 結局、似たような財政健全化目標を立てて、骨太の方針で方向性を示すという手法は小泉内閣も安倍内閣も似ていますが、厳しい歳出抑制をやらない。確かに今とは大きな環境の違いはあります。骨太の方針2006では、もし歳出改革をやらないと消費増税で帳尻を合わせるしかない、消費増税をやりたくなければ歳出改革を一生懸命やるしかなかった。さらに、当時はまだ小さな政府を目指そうということが自民党内では支持を受けていたという時代でした。

 その後、民主党政権を経て自民党内も変わりますが、結局のところ消費増税は第二次安倍内閣になる前に決まってしまっているわけです。だから、消費増税をしないようにするために歳出改革をする、という動機づけが第二次安倍内閣にはそもそもなかった。ただ、2020年の基礎的財政収支黒字化というのは、あの民主党政権ですら言っていた目標です。財政健全化目標と消費税10%というのは野田内閣では完全にリンクしたわけです。

 第二次安倍政権でも、消費税を社会保障の財源にするという社会保障・税の一体改革というスキームは覆さず、そのまま乗っかるという形になっていました。ただ、アベノミックスでは財政の拡張は基調であり、この消費増税分も飲み込まれてしまっている。それを避けたいならば歳出改革だという枠組みではなかったという、ことだと思います。

工藤:今の話と連動して聞きたいのですが、社会保障と財政のマクロ的なフレームを成功させるためには少子高齢化の中で、出生率も高まらなければいけないし、若者の雇用や高齢者が働く労働環境も整え、社会の担い手を増やすなどの色々な課題が同時に迫っているわけです。安倍政権もそこに後半戦は向かっています。ただ結果として、財政はどんどん膨らんでいっているわけです。

 そのため、社会保障と税の一体改革の中で当初、法的にも定められた社会保障の関連費だけではなくて、大学も無料化になりました。財政は膨らみそこには歳出抑制などで新しい財源を生み出すという姿勢もない。この状況では、経済成長が成功しないと、結果としては財政の増大を金融がファイナンスしている構造となり、日銀の問題に事態は発展しかねないと思うのですが。

小黒:もともと財政政策と金融政策で、経済成長率を増やせると思っている経済学者はいないと思います。安倍政権下でまず2014年に消費税の引き上げがありました。財政当局と政治の環境からすると、増税をするので、その状況下で踏み込んでさらに改革するというのはなかなか言いにくかった。だからまず一回、増税したのですが、やはりインパクトがそれなりにあり、経済は沈むわけです。その対策のために、財政出動を続けさせる。財政当局側としてももう一段階の引き上げを予定通り、社会保障の改革で痛みを伴うという議論はしにくいし、増税の環境を整えるために、財政的な出動をして金融政策でもサポートを、という思いはあったのだと思います。誤算はそこから始まったと思います。

 結局、2015年の10月に増税ができなかった。この2015年の10月に2回目の消費税が引き上げられていれば、そこから先は安倍政権も長期政権になりそうだから、社会保障改革をもっと踏み込んでやるぞ、というのがあったと思います。しかし、そこから引き上げが二回、延期になりました。これが相当効いていると思います。

 それができていたら、全世代型社会保障の話とかもありますが、もう少し踏み込めたはずだと思います。

工藤:なぜ第三の矢である経済成長や企業の投資に火が付かなかったのでしょうか。

「低金利の罠」から抜け出せない日本企業

早川:もちろん様々な問題が関係しているので一つだけが理由ではないと思いますが、日本の企業自体が国際競争の中で競争力を復活、回復するということができていなかったことがある。その中でも、一番の課題は成長戦略によって日本の企業の競争力や生産性がどこまで高まるかということでした。僕らに言わせると、基本的に日本企業は日本的雇用というものを大きく変えたくなくて、日本的雇用を維持しながら、今、世界的に起こっているイノベーションに対応しようとするのだけど、日本的な長期雇用でそれが実現できるとは思えない。ようやく最近になって経団連もジョブ型雇用みたいなことを言い出していますが、どこまで本当に踏み込めるのか、今も分かりません。

工藤:官邸に産業界と労働組合も加わって委員会ができ、デジタル分野についても官邸が取り組む動きもありました。様々な委員会が誕生しましたが、そうした動きは効果を上げられなかった、ということですか。

土居:経済産業省は真剣に考えていたと思います。ですが、残念ながら現場が描いた絵のところまでは動けなかった。その一つの原因は、私は「低金利の罠」と呼んでいますが、結局、金利が低ければ低い金利に見合うだけの収益率を上げていれば、経営は維持できるわけです。そうすると、高収益をあげようというインセンティブが働かない。

 その結果、鶏か卵か先かという話に陥ってしまいますが、金利を上げたくても上げられない。上げられないのはなぜかと言ったら収益率が低い企業が倒産してしまう。だから金利が上げられない。だからまた金利を低くする。金利を低くすると収益を上げるインセンティブはわかない。だから引き続き低収益になる。そこでさらに財政出動により国債増発ということが行われ、さらに補助金とかが出たりする。その結果、財政依存の産業というのが増え続け、その産業は財政のある種の麻薬から抜け出せない。こういう構図が出来上がってしまったように思います。

工藤:今の日本は「低金利の罠」という構図に本当に陥ってしまっている気がします。そうなってくると、新しい政権が安倍政権の何を継承するのかよく分かりません。あまりにも財政出動も金融政策もかなりアクセルを踏んでしまった。その結果、借金も1100兆円超となり、どうしようもない状況に来てしまっている。今後、新政権は安倍政権の政策をどのように継続していくべきなのでしょうか。それとも、それしか道はない、ということなのでしょうか。

小黒:土居先生が指摘した「低金利の罠」から展開すると、企業の大きな資源というのは、一つは資本を調達してリターンを得るということがあります。コーポレートセクターからすると、負債側の金利よりも高いものでアセットに投資しないとリターンが継続的に出てこない。ただ、いま金利がゼロ金利で事実上死んでいるので、もう一つのファクターがあるとすれば、それは賃金のはずです。一時期、議論になっていましたが、最低賃を引き上げることによって、企業側からすればコスト増になるわけで、それに見合わないところは少し効率化しなければいけない、という話になる。また、農業やコンビニなどでは人手不足から外国人を労働力にしています。今はコロナ下だから抑制されて干上がっている部分もあると思いますが、労働力不足がもっと出てくれば賃金が上がるはずなので、そういうところで経営効率を高めていく。新政権からは中小企業基本法の見直しという話も出てきたりしているので、もう一つは賃金ルートでの効率化があると思います。

 後はデジタル関係で、特にサービス業等でICTを導入して、効率化するということがあると思います。これは情報の非対称性が非常に高くて、医療分野でもオンライン診療などを導入したり、政府の中もどのくらいICT化に踏み込んでいけるかだと思います。こうした分野を、新政権はどうしていくかということにかかっていると思います。

コロナで明らかになったICT化の遅れを取り戻すためにも、
規制改革と財政措置をパッケージにして、道筋を明確にすることが重要に

早川:現状、コロナもあり、非常事態の対応をしていますから、この非常事態対応をどうやって静寂化していくか、少し明確化する必要があると思います。

 もちろん感染状況次第ですから、すぐできるかどうかは分かりませんが、道筋はきちんと作っておくべきです。とりわけ財政に関して言うと、時々誤解があるのですが、いわゆる税金をどうするかということは歳出の性質によります。原則としてタックス・スムージングと言って、基本的に税率というのはあまり変わらない方がいい、というのが一番の根っこにあります。例えば、社会保障みたいに毎年増えていく、しかも増え方も大体わかっているようなものについては速やかに税金を上げる。本当は、社会保障が増える前に税金を上げた方がいいぐらいです。一方で、東日本大震災とか今回のコロナみたいな予見不能な形で突然、財政出動が必要なことが起こった場合には国債で調達し、すぐに税金を上げてはいけなくて、場合によっては中央銀行に助けをもらっても構わないと思います。

 その国債を、時間をかけて返していくということになりますから、東日本大震災の時と同じように今回のコロナについても、ある程度全貌が見えた段階で、コロナ対応でいくらかかったために、何年かけてどういう風に償還していくのだ、ということをきちんと示すことが必要です。低金利というのは、すぐには変えられないと思いますが、財政が大丈夫という目途が立たないことには金融の正常化というのはほとんどあり得ません。

 もう一つは、指摘のあった「低金利の罠」と近いのですが、現在、政府は無利子の担保融資や雇用調整助成金という形で企業を支えていています。これは非常時においては有効な政策なのですが、難しいのは辞め時です。これが止められないと、先ほどの「低金利の罠」をもっと極端な形で引き起こしてしまうので、うまく止めていくことが必要です。

 同時に、小黒さんが言われた話ですが、今回は幸か不幸かコロナ問題で、日本のデジタル化が極めて遅れていることが明らかになり、明確な目標が出てきた感じがします。20年ぐらい前から、eガバメント構想を掲げたり、IT基本法を成立させたりしてきましたが、何にもできていなかった。テレワークにしてもオンライン教育にしても医療全般のIT化、電子政府がいかにダメだったか。コロナの感染者数をFAXでやり取りしているとか、定額給付金もオンラインで申請しても、最終的には手作業で進めるなどが明らかになってしまった。逆に言えば、こういうデジタル化ができていないところを改善することによって、潜在成長率を上げる。その他についてもかなりできるのではないかと思っています。

 僕の勘ですが、テレワークやオンライン教育の部分に関して言うと、おそらく多少補助金などで支援してあげれば、あまり強固に反対する人がいないので、自然に進むのではないかと思います。一方で、心配しているのは医療と電子政府です。今は何とかしないといけないという機運が盛り上がっていますが、2年、3年経つとだんだんと機運が下がってしまいます。今、皆がやらなければいけないと思っているこの時に、単なる財政的な措置だけではなくて、規制改革の方が柱になりますので、規制改革と財政措置と一緒にして進めていく。 

 これはかなり明確に効果が出てくるし、国民の支持も得られる。今回はさすがにこの雰囲気の中で、これに表立って反対するのはなかなか難しいと思うので、ICT化は前向きな政策として、是非やってく必要があると思います。

目の前の課題を解決するために、政権を賭してでも実現できる人物を総理に

土居:7年8カ月と長期政権が続いたので、我々は忘れてしまいがちですが、政権というのはある政策を総理大臣の首をかけて実行、実現するという場合がままあるわけです。 

 不祥事で辞任する場合を除けば、何らかの花道というか、何らかの政権を賭して実行するという改革や政策があります。私は仮に嫌われてもいいから、日本の課題解決のためにこの政策だけは実行して日本を変える、ということはあるのではないかと思っています。

 そうした意味で、1年で変わるのはダメですが、変に長期化を目指さなくてもいい。花道としてこれを成し遂げるために政権の最後を賭けさせてほしい、というような政策を次期政権が打って出る。それが多くの場合は既得権を持っている人たちには嫌われるけど、日本が変わることによって多くの人が利益を得るような政策を実行してもらえるといいのではないかと思います。

 そうした課題の候補はたくさんありますが、そういう政権になると、この状況が変われるというチャンスはあるかもしれません。

 そうした意味では、野田内閣は短命だったけど消費税を上げるのに政権を賭したわけです。しかも、野田元総理は長年、消費税を10%にしたいと主張して、悲願で消費税の引き上げに至ったわけではなくて、総理大臣を急遽、任されて、その時に出た最も重要なアジェンダを自らの政権を賭すという形で実現にたどり着いたわけです。そういうケースもあるので、長年の悲願や主張してきた政策はないけれど、目の前にある大事な、変えなければいけない改革に乗っかれる人が良い総理だと思います。

工藤:ただ、社会保障費の急増が続く中で、財政がここまで膨らんでしまって、それを支えた日銀がそこから降りられない構造になっています。この国の負債構造はあまりにも大きすぎて、世界的に見ても歴史的に見ても突出しているわけです。この解決に最終的に、どれぐらいのスパンで考えないといけないのか。その際に、始めの一歩として何から始めないといけないのでしょうか。

小黒:社会保障税と税の一体改革の時にも指摘されましたが、財政を健全化するためには税制の抜本改革と社会保障改革をしないといけません。しかし、意外に国民自身がどういう再分配をされているか、といったことをわかっていない。だから、政治がコミュニケーションを国民としながら改革をしていくというのが重要だと思います。例えば所得が年収で1億円ぐらいの人は金融所得が多くなっています。その層の所得の限界税率が20%でその後、下がっていく。労働所得が多い人はけっこう税金が取られたりする。

 そういう再分配の歪みというのも、みんなが見られるようになって初めて分かることもあります。税制と社会保障の抜本改革についての議論は当然していくことは必要ですが、一刻も早く今ホットな時にデジタル庁というかデジタルガバメントを実現する。これは国と地方の空間構造に入っていく話になるので民間も接続できますし、非常に重要だと思います。これらは20年間ずっとできなかったことなので、時間はかかると思いますけど、2、3年で起動させていく。本当の社会保障改革というのが今はすぐには出来ないと思います。でもデジタルガバメントはできますから、ここに注力するというのが重要かなと思います。

将来の不安が「パッ」と消える政策はないが、今どのような問題があり、
どうすれば解決できるのかを政治と国民がコミュニケーションすることが重要

早川:今すぐやれそうで、かつ、相対的に反対が少ないのはデジタル化だと思います。一方で、長期的に日本がどうして今のような困った状態になっているのかというと、日本企業の働き方に問題があるます。これは、政府の問題ではなくて民間企業の問題だと思います。政府ができることというのならば、社会保障改革はいったい何が必要で、どのように進めていくかということをきちんと社会に見せてあげることが大事だと思います。

 色々な問題の根っこに高齢化に伴う不安、というのが明確に存在していて、特に政府が人生百年時代と言い出す前後から、我々がデータを見て明確に起こっている変化が二つあります。一つは若者の貯蓄率が急速に上がってきていること、もう一つは高齢者の労働参加率が急速に上がってきていることです。人生百年時代というのは、政府は明るい話をしているつもりだったと思うのですが、国民がどう受け止めたかというと、まず若い人たちは百年も生きるとなると、将来が不安だから貯金しないといけないとなり、高齢者は80歳ではなく、100歳まで生きる可能性があるのでれば、もう少し働かなければいけないと考えている。

 日本の経済に活力のない一つの原因が、そうした将来への不安だと思います。こうした不安が、パッと消えるような政策はありませんが、少なくともどういう問題があって、どうすれば解決できるかを、国民に示すということが大事だと思います。

土居:社会保障改革が大事で、既存のまま何とかぬるま湯でそのまま暮らしたいという人と、それだと持続不可能だから改めたい人がいて、改めたいという人は改革の方向性で対立はあまりしていない。つまり、対立しているのは改革するか、しないかだけだと思います。 

 政府がそれを公式に取り上げて、改革を何年までにやりますと言っているものが数少ない、ということが問題なのです。もし政権を賭すという課題に社会保障改革を挙げていただくのなら、今は数個しか上がっていないような課題、改革項目をもっと10個、20個と増やしていただくことなのだと思います。

 もう一つの財政金融政策の方は、私は悪い意味で変に楽観しています。というのは、今は日銀も財務省も一生懸命ソフトランディングをどうすればいいかという風に躍起になっているために、財政健全化が大事だとか量的緩和も節度ある形でという形になっているからです。コロナ禍で、これまで以上に大規模な財政支出をやって、後始末をどうするのか。

 当然ハードランディングが怖いということを色々な形で多くの人が言っています。またこうした危険を言うことでオオカミ少年というような言われ方もします。しかし、ソフトランディングと言っているのは国民のためなのです。もし金利が上がったら困る国民はたくさん出ると思いますが、別に日銀や財務省は潰れないわけです。

 仮に金利が上がったら、政策当局として責任を果たさないといけませんから、金利が上がったら上がったなりに何とか解決しろという話に当然なり、大胆な社会保障改革の実現のために大鉈を振るわないといけないかもしれない。その実現のためには、多大なコストを国民に負担させ、多大な迷惑をかけることになるかもしれない。

 だからこそ、国民はソフトランディングの対応に耳をもっと傾けていく必要があると思います。

工藤:我々が行った世論調査では、日本の国民は日本の将来に非常に不安を持っていて、8割を超える人が高齢化や人口減少、社会保障の不足をその原因に挙げています。またそうした課題の解決を政治に期待できないという人が7割を超えています。

 今回のコロナ禍で、家族や友人がコロナに感染するとか、生きるか死ぬかというリスクを感じている人がほとんどだと思います。だからこそ、「何とかなる」ということでは片づけられない状況に多くの人たちが気づいているのではないかと思います。

 問題を我々市民側が、日本社会が直面する課題をどう考えるかということだと思います。そうしたことを冷静に、自分のリスクとして見直すことができれば、もう一度新しい動きを、しかも現実感がある議論ができるチャンスがあるのではないかと、今日の議論を通じて感じました。私たちもこうした議論を我々はどんどんやっていくつもりです。今日はどうも皆さんありがとうございました。

この記事は会員限定です。
ご覧になりたい場合は、下記から言論NPO会員のお申し込みをお願い致します。

※言論NPO事務局にてお申し込み情報を確認の上、お手続きのご案内や変更をさせていただきますので変更までに少々お時間を頂戴する場合がございます。予めご了承ください。
※言論NPOの会員にすでにお申し込みの方で、本メッセージが表示される場合には、大変恐れ入りますが、こちらから言論NPO事務局へお知らせください。

言論NPOの会員になって、議論にご参加ください

 会員限定記事の閲覧や、フォーラムへの無料参加にはご入会が必要です。
 言論NPOの会員には「メンバー(基幹会員)」と「一般会員」があります。
 言論NPOの会員には国内外の有力な関係者や専門家も参加する、様々な取り組みや議論に参加できる多くの機会や情報を提供しています。ぜひこの機会に言論NPOにご入会ください。

join_01.png

言論NPOの議論に継続的に参加したい方に

一般会員 / 年会費2万円

言論NPOからのお知らせをいち早くメールでお受け取りいただけます

ウェブサイト上の会員限定記事を閲覧できます

各種イベント・フォーラムに無料または割引価格で参加できます

会員限定フォーラムに参加できます

一般会員のお申し込みはこちら

join_02.png

言論NPOの中心的な仲間として参画いただける方に

メンバー(基幹会員)/ 年会費10万円

一般会員の特典に加えて・・・

メンバーは、年間の活動計画を決める「通常総会」での議決権の行使など、言論NPOの実際の議論や運営に参画していただきます。

また、閣僚などの有力者をゲストに迎えて日本の直面する課題を議論するメンバー限定の「モーニングフォーラム」や食事会などにもご参加いただけます。

基幹会員のお申し込みはこちら


→法人会員を含む言論NPOの会員制度詳細についてはこちら

【旧管理ID: 8990】

関連記事