工藤:今日は、米中対立の第二弾として、米中対立が厳しくなる中での、今年60年周年を迎えた日米同盟の意味というものを考えてみたいと思います。元自衛艦隊司令官で元海将の香田洋二さん、防衛大学校国際関係学科教授の武田康裕さん、防衛研究所主任研究官の佐竹知彦さんの3人で議論します。
まず、アメリカのトランプ政権下における日米同盟の今日的な意味についてです。
実体的には日米同盟は強固になっていますが、同盟軽視のトランプ大統領の行動により、不安定化しているとの見方も存在します。日米同盟を支えてきたのは安倍首相とトランプ大統領の強い関係だったと思いますが、その安倍首相が退陣する中で、米中対立の影響が高まり、トランプ大統領が増額を求めている米軍の駐留経費の交渉もこれから始まろうとしています。
今、日米同盟の在り方に何が問われている、のでしょうか。
日米同盟はアメリカの世界戦略を支える重要や役割を担ってきた
香田:日米同盟というのは、基本的にはその時の政権によって多少の濃淡はありますが、アメリカのパックスアメリカーナの大きな柱となってきたというのは事実です。アメリカは、NATO加盟国に対するGDPの2%の国防費負担がなかなか実現していないことで、オバマ政権からトランプ政権の2代の大統領が不満を持っています。
日米同盟というのは二カ国同盟であり、1対1の交渉ができたために、そういう問題が出にくかった。これは、同盟としての性格の問題であります。
第二次世界戦後の世界戦略の中で、冷戦中はホットスポットがロシアであり、NATOはその最前線にありました。冷戦後はそのホットスポットが中東から中国、北朝鮮というアジア地域に動きました。アジアにおける同盟はNATO程、多数国家間の調整を必要としないシンプルなものだったのです。
今は多少、日米同盟の盾と矛という役割に対して、「これでいいのか」との疑問が呈されていますが、アメリカは矛の役割を担い、日本の自衛隊はこの地域の防衛に徹するという関係がありました。もう1つは、神様しか触れられない地理的な位置があり、しかもホットスポットに一番近いところにアメリカの有力な同盟国がいる、ということで、アメリカの世界戦略を支えて活性化するという意味で、日米同盟というものが非常に大きな意味を占めてきたのだろうと思います。
これについてはトランプさんも否定はできないと思います。今、トランプさんはNATO諸国と揉め、韓国とも揉めています。ただ、日本との関係でいえば、安倍首相の役割も大きかったと思いますが、今言ったような理由で、この先、駐留経費負担という問題は残っているものの、トランプ政権の4年間で日米関係は揉めてこなかったということです。
工藤:日米同盟というのは、アメリカの世界戦略を支える同盟でもあるので他の同盟とは違うものだ、そこは単純に経費の問題ではないぞ、ということでした。追加で香田さんに伺いますが、その同盟のコストが不公平だという考えは、トランプさんの考えなのですか、それともアメリカ全体がそういう考えに変わってきているのでしょうか。
香田:軍という安全保障の大きなメカニズムというのは、色々な場合を想定していて、対中戦略についても、プランA、B、C、Dというように4つから5つぐらいのプランを持っています。大統領というのは意思決定者ですから、そういう細かいことには巻き込まれずに、最後の意思決定をするということです。トランプさんは就任から1年後の2018年に中国に貿易戦争を仕掛けました。アメリカのトータルの対中プランの中、トランプさんの商売人的な発想で、今、中国に対して何を持って当たらなければいけないのかを考え、経済・ハイテク戦争を発動する決心をした、という意味では非常に大きかったと思います。
工藤:トランプ大統領は、アメリカは日本を守るけれども、アメリカは日本に守られているわけではない、ということで「日米同盟は不公平だ」と言っているわけです。しかし、香田さんに言わせれば、アメリカの世界戦略を支えている同盟で、他の同盟とは違うのだという話です。一方で、アメリカが世界の警察官を担うのは難しい、という状況の中で、そのコストを同盟国も共有してほしい、ということが今後の大きな流れだとすれば、日本も日米同盟を維持していくためには色々と考えていかなければいけない、ことになります。
武田さんはご著書の中で、そのコストをある意味で日本が肩代わりできる部分があるのではないか、ということを指摘して日本社会に一石を投じましたが、同盟関係をさらに充実させるためにも、ある程度は日本でもできることはやらなければいけないということでしょうか。
駐留経費の増額には、日本の有権者の納得と日本の防衛に役立つ理由が必要
武田:その通りだと思います。60年前の日米同盟と現在の日米同盟を比べてみると、60年前というのはアメリカの覇権システムをハブ・アンド・スポークという二国間同盟が支えるという構図でした。日米同盟はその中の1本でしたが、現在は中国の台頭でアメリカの覇権が歪み始め、さらに韓国、台湾、フィリピン等いくつかのスポークは頼りなくなってきた分、日米同盟が重みを増していくわけです。ですから、現在は60年前以上に日米双方がこの同盟を必要としている。特に日本にとっては、平和憲法で軍事力の行使に制約を抱えているということと日米同盟はセットですから、アメリカに代わる同盟国を持つことができないという意味で、この依存状態が解除できない限りは、日本はどうしてもアメリカが何か求めてくれば、ある程度は応じざるを得ないという状況だと思います。
しかし、今回のトランプ政権が高値の駐留経費を求めてきたということは、多分にトランプ政権固有の理由、つまりアメリカ第一主義を掲げている点が挙げられます。レーガン政権もそうでしたが、かつてもアメリカ第一主義を掲げた政権はありました。ただ、決定的な違いは、トランプ政権は孤立主義に走っているということです。これまでの歴代政権の中で、世論がどれだけ孤立主義に触れたとしても、第二次世界大戦後の政権で、政策レベルで孤立主義をとった政権はありません。これが日本からすると、アメリカが同盟国として提供してくれる拡大抑止の信頼性という面を、不確実なものにしているというように見えるのです。
ですから、アメリカがもう少しコストを負担することを求めてきた時には、コストの払い方はただ単に駐留経費を払うのではなくて、日本の防衛に役立つということと、日本の有権者が納得する形でなければならない。確かにトランプ大統領が言うように、日米同盟はアメリカが一方的に日本を応援しているという片務性はありますが、日本が提供しているという基地は他国と違って、基地にかかる全ての経費を丸抱えしています。それから、基地協定の中では、アメリカは日本のどこにでも基地を置けるというメリットを持っているわけです。ですから、アメリカの有権者と日本の有権者の不満というものを満足させつつ、かつ日本の防衛にも資するということになると、駐留経費を単に上積みさせるのはなくて、日本の防衛に役立つ形で有効に資金を使うということの方が適切だと思います。
香田:私は駐留軍経費という言葉は使わない方がいいと思います。仮に米軍支援経費と呼ぶとして、日本の国民の税金を使うわけですから、目に見える格好で日本の安全、あるいは日本を守るということに貢献する形でないと、日本の法律上予算措置ができないと思います。私が現役の時に、アメリカから空母・ミッドウェーの修理費を持ってくれという話がありました。日本は能力から言うと、お金を出すことはできるのです。ただ、アメリカの空母を修理するということは、大きな意味で日本の防衛に資することではあるのですが、米軍の空母ですから予算を直接使うという理由にはならないわけです。
そういう問題がある中で、考えなければいけないことは正当な理由です。例えば、日米共同演習にかかる燃料代は日本が負担する、それは、日米共同演習を行うことで、自衛隊の能力は上がり、演習をやること自体が日本の安全保障に直結する。一方で、アメリカも日本の近傍で行動するということで、インド・太平洋地域の中の安定に貢献することになるから、一石二鳥となる。そうしたことを考えながら、Win-Winとなる形を考えていかないと、相手がアメリカでも限界がある。
これから先を考えると、日本でも60兆円のコロナ対応をやっていて、アメリカは200兆円位のコロナ対策をやっていて、将来のそうした負債の償還も考えた場合、お互いにできる範囲で日本の予算制度の中で、負担のできるところについては負担する。米軍支援経費というと範囲が狭まるために、日本の防衛に直結するという場面を見つけて、考えていくという知恵が必要だと思います。佐竹:日米同盟の今日的意味ということでいえば、今も昔も変わっていないと思います。マイケル・グリーンがよく言いますが、アメリカのアジア戦略の根幹というのは、アメリカにとっての敵対的な覇権国を作らない、それを封じ込めることだと思います。第二次世界大戦前は、敵対的な覇権国は日本だったと思いますが、戦後は日本とアメリカが組んで、ソ連の台頭を封じ込めた。そして冷戦が終わった後、中国が台頭してきた。1960年の日米安保の再定義の時に、アメリカ側でメインの役割を担ったのがジョセフ・ナイですが、彼がはっきり言っているのは、当時から中国の台頭を相当意識していたということです。そこでは、東アジアの日米安保というものが要石になるということを明確に位置づけていました。クリントン政権は関与政策を取っていましたから、あくまでも関与が失敗した時のヘッジとしての日米安保、という位置づけだったと思います。そして、中国が台頭する中で、関与の余地が狭まり、ヘッジ、あるいは要石としての日米同盟の役割が今、非常にクローズアップしているということだと思います。
そう考えると、今、日米関係が非常に良いのは安倍首相の功績はあると思いますが、地政学的な変化も反映しているのだと思います。そして、アメリカにとっても日米安保の重要性というものがこれまで以上に高まっている。トランプ大統領が言っている駐留経費の増額の話は昔からあったもので、60年代からNATOではありましたし、日米間でも80年代から存在しており、歴代の大統領も日本に対してもっと負担しろと言っていたわけです。ただ、トランプ大統領で特異なのは、同盟そのものの役割を軽視する発言をしているという部分だと思います。それ自体は、構造的な、地政学的なファクターである程度抑えられている部分があるので、そこまで心配する必要はないのかな、という感じがします。他方で、日本にとっては見捨てられる恐怖というものはずっと続いているもので、かつ冷戦時代のソ連は西側共通の敵ということで、そこまで心配する必要はなかったのですが、冷戦後アメリカがどこに行くかわからない、中国はいるけれども日本にとっては、米中が突然手を結ぶという可能性も考えられるわけで、そうした諸々の要素を踏まえた時に、ホスト・ネーション・サポートを日本側から下げる、ということを提案することは難しいと思います。
工藤:日本とアメリカは一体となって抑止力を高めていき、中国の台頭を止めていくことが基本になると思います。ただ、ポンペオ発言などを見ていると、米中の対立が最早、中国共産党は許さないとか、南シナ海の領土問題は違法なので対抗するとか、イデオロギー的な対立になっています。アメリカの人たちにインタビューをしても、意見がバラバラでアメリカの中でも一体的な方針があるようにはまだ思えないのですが、仮にポンペオ発言が米国のメインストリームの大半の意見だとすると、抑止力で中国の覇権的な動きを止めていくということを超えて、中国の体制を変えるとか、攻めの動きに変わってきます。
そうした場合に、日本はどこまでもアメリカに付いていくことを想定しているのか、ということがあります。その目的がどうであれ、仮に、偶発的な衝突が起これば、日本の自衛権の発動で、結果として日米で共同することになってしまう。中国への抑止で日米同盟の強化という視点は当然としても、アメリカの行動は日本もしっかりと見極めることも必要なのではないでしょうか。
日本は米欧印豪などの国々と連携し、経済、軍事、価値観を含めた総合的な力で
均衡を保ちながら中国に接していくことが重要に
香田:ポンペオ発言の評価は様々あると思いますが、共通して持たなければいけないのは、中国という国は、今までの我々の尺度では測れない。要するに、やると言えば何でもやる国だということなのです。つまり、大統領と国家主席の約束をあっという間に反故にしてしまう。あるいは、香港の返還時の鄧小平とサッチャーの向こう50年間は一国二制度を維持するということも無いのだという。あるいは、国際仲裁裁判所の南シナ海についての判決も紙屑だというし、さらに戻れば2002年の南シナ海の行動規範、当時、私は海幕の防衛部長で、これで南シナ海の紛争は終わったかと思いましたが、全て反故にしました。
つまり、中国は自分に都合のいいようにしか解釈しないし、国と国との約束すら守らない国だということを、共通認識として持つべきだと思います。そういう中国とこの先、どのように付き合っていくか、ということを考える時期に来ていると思います。
その時に、おそらく偶発的な事件があったとしても、お互いが理念や価値観に近いものがあればその場で抑えることができます。しかし、偶発的な事件がなぜどんどんエスカレーションしていくかというと、中国と日本・アメリカという国は、理念や価値観が違うためにコントロールできなくなる。ではどうするかというと、経済というものはある意味で軍事力以上の力を持っていますし、それを裏付けるハイテク、そして軍事力を持って、中国をコントロールするための力を総合的に使っていく体制を作らなければならない。
なぜ、米国のパックスアメリカーナができかというと同盟が機能したからです。NATOとの同盟と日米同盟という2つを柱に、アメリカは世界体制を作ってきた。経済からハイテク、理念も含めた軍事力等の力が、アメリカと同盟という2つの要素を包括的に中国に対し見せつけ、使うぞというところまで理解させる体制を作ることによって、中国と接していかないと、この先、中国がやりたいことにズルズル引っ張っていかれるのではないかと思います。
武田:アメリカの内部では違った意見があります。ただ共通していることは、数年前の国防白書で出たように、中国という国は力で領土を拡張する国であるということです。これは、ウクライナを侵攻したロシアと同じように、米国が中国を修正主義国家だと認定した、かなり共通した基盤だと思います。ただ、その認識がどこからきたかということで、ポンペオやペンスのような見立てをする人と、そうでない人がいると思います。ポンペオ発言というのは、中国の行動は国益を極大化するとか、ナショナリズムからくるのではなくて、共産主義の一党支配という政治体制がそうさせていると。したがって、中国の安全保障も経済も政治もすべて認められないと。この論法に立つと、安全保障と経済はリンクすることになるので、全てにおいて中国を封じ込めるという政策が待っています。
しかし、そう考えない人たちもいて、必ずしも中国の政治体制が今回のような拡張主義や修正主義を引き起こしているのではないのだと考えている人たちは、エンゲージメントも織り交ぜて両方を上手に使い分けるべきだという人もいると思います。日本にとっては後者の方がやりやすいとは思います。
では、どちらがアメリカのマジョリティーかというと、確かに歴代の政権が関与していけばいつか中国は変わるのだ、という期待が破られたことは確かで、間違いないと思います。しかしながら、アメリカの人たちの基本的なロジックは、経済発展をすればその先には民主主義が待っているということを多くの人たちは相当信仰していて、この考え方まで皆さんが捨てるのか、ということです。バイデン政権にはそういう考えの人が多いと思いますので、修正主義国家の認定はするかもしれませんが、経済も政治もすべて封じ込めるという形にはならないのではないかと思います。
ただ、トランプ政権が2期目になれば、ポンペオ路線は続いていくのだと思います。
佐竹:私がこの話をするときにいつも思い出すのが、高坂正堯先生の「海洋国家日本の構想」という論文の中で、日本は東洋の離れ座敷と指摘しています。地理的には明らかに東洋の文化だけれども、海を隔てることによって、中華文明とは明らかに違う文明を発展させてきた。それが明治以降の日本の発展の布石になるわけですが、日本が近代化して、極東の国から極西の国になったと。ところが、中国が台頭してくることによって、再び日本が極東の国であることを自覚せざるを得ない、ということを高坂先生が書かれています。これはまさに、今の状況を的確に表していると感じています。つまり、明らかに日本は価値や安全保障の部分で西側にコミットしているのですが、同時に中国という巨大な隣人がいて、完全に西側の対中政策において全て歩調を合わせるのは不可能だと思います。例えば、日本がファイブ・アイズに入るという話がありますが、私は色々な意味で難しいのではないかと思っています。
そうした中で、日本は西側に軸足を置き、日米同盟をしっかりと維持しつつ、米中間のバランスをいかに取っていくのか、という役割を見出すことができると思います。
もう1つ高坂先生が言っていることで、近くの脅威にバランスを取るためには、遠くの力と連携しなければいけないというものがあります。それが長い間アメリカだったわけですが、アメリカだけではなく、インドやオーストラリア、それからヨーロッパの国々とも連携して全体的な力の均衡を維持する。それをベースにしながら、いかに中国に向かっていくかということが、今後の日本の戦略の基本的な姿かなと思います。
工藤:トランプの「選挙外交」だという見方もあるのですが、中国が南シナ海の米軍を威嚇するためにミサイルを撃ち込んだりする不測の事態で、どこで何が起こるかわからない状況です。場合によっては、軍事行動に日本も関与しなければならない状況も、全くないとは言えないような気がします。今のアジアの状況をどのように見ているのでしょうか。
香田:先ほどの話にもありましたが、中国というのは期待を持って見るか、見ないかで別れるのだと思います。私は現役の時から、少なくとも対話のチャネルは持つべきだということで相当期待を持って仲良くしようと働きかけましたが、結果的に共産党に全て拒否されました。2000年頃ですら、現場の少将クラスの人たちは自衛隊の対話をやってもいいと言っているにも関わらず、北京に全部潰されました。これまで中国がやってきたことを見ると、期待は全て裏切られた、と私は思っています。
今、工藤さんも言われましたが、責任ある大国が、台湾が独立しそうだからと言ってミサイルをぶっ放す、今回だってミサイルを南シナ海に打つ。これが大国の態度か、ということなのです。やはり自分の都合のいいように力を使う、それから中国が一番望んでいる「G2」の米中間のトップ同士の約束も簡単に破るような国、国際条約も自分の都合のいいように解釈して従わない国ということについて、この先、我々がどれだけ忍耐をもっていくか。これはゼロサムではないので、ケースバイケースで柔軟に対応するということは必要ですが、背骨をどこに立てるか、ということでいえば、中国に対してはアメリカとの同盟で体制、制度、力という総合的な力を持っておく。但し、完全な封じ込めは意味がありませんから、ケースバイケースで対応していく。米中も経済戦争をしていますが、相当な交流はあるわけです。高い緊張感をもって、見えないところで棍棒を持ちながら左手で握手をしている状況が、この先ずっと続いていくのだと思います。日本はその体制の中で、自分たちの立ち位置をどう決めていくか、ということが重要なことになっていくのではないかと思います。
新たな脅威に対して、アメリカに依存してきた安保戦略を転換し、
日本が自分たちで一部を担わなければいけない状況になってきた
工藤:武田さんは、日本が自分たちの国を防衛するためにもある程度の負担を考えていくことが一つの案ではないかと。それはミサイルやシーレーン、島嶼の問題にも及びますが、考えてみると、まさに現実の脅威そのものの場所です。自国の防衛のため万が一ということも想定しながらある程度考えていかなければいけない、という段階だということですか。
武田:万が一というのは常にあります。偶発的な衝突が起きるということはあると思いますが、紛争は万が一に起きてしまう場合と、意図的に起きてしまう場合があると思います。
本来、中国もアメリカも日本も戦争を起こしたくないのに起きてしまう、というのは偶発的な問題ですが、本心では起こしたくないと思っていますから、情報をきちんと共有すれば回避することは可能です。しかし、本気で拡張するのだ、力で奪い取るという強い意志の下で起こった場合には、偶発を避けてというのはかえってよくありません。むしろ、それなりに対抗した方がいいのだと思います。
中国の行動原則というのは、かなりリアリストであって、自分たちが力で拡張する時に、それを止めるのは力しかない、ということを思っている節があります。ある時、私も、日本の防衛費が1%で、中国はそうではないという状況は不釣り合いだけれども、バランス・オブ・パワーの理屈から日本が防衛費を上げた場合には、中国は認めますかと聞いたことがあるのですが、認めるという意外な答えが返ってきました。意図的に中国が拡張しようという動きであるのであれば、我々もそれなりの対抗措置を取る方が、紛争を起こさずにすみます。ですから、偶発的な紛争と、意図的に起きてしまうものを、我々は見極めなければいけないわけです。
今の状況については、中国が尖閣を始め、南シナ海での行動は、明らかに力による意図的な拡張です。だとすると、我々がそれを防ぐためには抑止の方に力を注ぐというのは、極めて合理的ですし、そのシグナルを中国はキャッチするでしょう。抑止の方向に力を注ぐことが、むしろ紛争を起こさない方向になると思います。
佐竹:今までの日本の安全保障政策を見ていると、8割以上が日米同盟に関する政策です。つまり、緊密で強固な日米同盟を維持するために何をすればいいのか、という基本的な発想から国際的にもスタートしています。そのために、駐留経費を負担し、アフガニスタンやイラクに行き、あるいは集団的自衛権の行使ができるように法律を改正するなどやってきました。その中で、アメリカのグローバルな役割をいかに日本が補完していくか、あるいはアメリカにとって価値のある同盟国になるために、日本は何をするか、という発想で今までやってきました。
それは、アメリカの地域における戦略的優越が維持される限りにおいては正しい判断だったと思いますが、どうもそれだけではなくなってきた。アメリカの役割を補完するだけではなくて、一部代替していく必要性があるのではないか。今、敵基地攻撃論の話が出ていますが、それは色々な部分でアメリカの抑止力に隙が生まれてきているからです。一つは北朝鮮のミサイル技術が発達して、アメリカの包囲外でICBMが開発された場合に、アメリカは本当に日本を守ってくれるのか、あるいは中国の中距離ミサイルはアメリカにとって脅威になっていて、そうしたことがアメリカの抑止力に対する隙を生み出している。そういう隙を埋めるために、日本がこれまでアメリカに依存してきた部分を、徐々に自分たちの手で担っていかなければならなくなった、という状況なのだと思います。こうした動きは、ある意味で正しい動きだと思います。
工藤:日米同盟の今日的な意味を考えるためには、安全保障だけではなく、色々なことについて考える段階にきているのではないかと感じています。安保条約2条には、基本的な自由という共通な規範を守り、発展させることによって世界の平和に両国が貢献する、と書かれています。そうであるなら、まさに今が、ルールに基づく自由が脅かされる、そういう局面にあるような気がします。
世界がここまで不安定化している中で、今後、日米の同盟関係というものを今後、どのように発展させていかなければいけないのでしょうか。
これまでの盾と矛をベースにした日米同盟を維持するのか、
敵基地攻撃能力のような形に進めるのか、今すぐに研究を始めるべき
香田:変わらないことは、地理的な位置です。仮にこの先、中国が期待しているように2049年ぐらいか、もう少し先まで見た時に、アメリカがまだグローバルパワーであり続けるとしたら、日本の価値というものは、アメリカにとってNATO以上のものになってくると思います。その点についていえば、日米同盟の形は変わるかもしれませんが、相互の国益に一致するということで、成り立つと思います。
先ほど、佐竹さんが言われたように、アメリカの綻びが出てきたから、例えば敵基地攻撃能力というものに価値が出てくるというのはその通りだと思います。ただし、そうなってくると今までの日米安保のように、それぞれ独立した2つの指揮系統で自衛隊と米軍を運用しますよということでは済まなくなると思います。二カ国ですが、NATOタイプのような、それぞれの主権を維持しながら1つの司令部で総合的に計画をし、役割分担して打撃力を発揮していくという形になると思います。そうしないと、打撃力というものは機能しません。つまり、アメリカのこの先の軍事基地建設、防衛力整備、戦略如何によっては、今までの「盾と矛」を前提としてきた日米同盟では、この先無くなってくる可能性があるということです。そうしたことを含めて、今から研究を始めておくということが重要です。こうした研究をやることは、中国に戦争をしかけることではなくて、自由と民主主義を共通の価値観とする日本とアメリカが、しっかりとした体制を作りますよと。これは中国が冒険主義を取るということに対しては、毅然とした態度を取りますという信号を送ることなのです。オプションとしては色々とあるのかと思いますが、そういうことも含めた今までとは一味、二味違った同盟体制の在り方も含めた研究の1つとして、敵基地攻撃がどのように位置づけられるかということだと思います。
ただし、日本とアメリカの安全保障政策を1つの方向に収斂させていくということについては、相当な時間も必要になるため、今から始めておかないといけないと思います。
工藤:ある程度、日本もこの地域の秩序に対して、主体的な意識を持っていくことになると、防衛費も含めて日本も考えなければいけない、ということですよね。
香田:批判される方もいると思いますが、日本の防衛費は異常に低いです。もう一つ理解されていないのは、今の自衛隊は我が国を防衛する実力部隊としての、人材も予算についてもミニマム以下でしかありません。そこを本来あるべきする姿に、早く回復しないと日米同盟は効かなくなってきます。そこを政治がどのように扱うかということと、その次に、日米が盾と矛というのも一つのオプションですし、あるいは二カ国だけれども、新たにNATOに近いような体制を作っていくことも一つのオプションです。さらに、現役の人は言いにくいと思いますが、今の防衛力と、人的資源の配分という意味では、ほとんど足りないというのは明確です。元気のいい敵基地攻撃能力だということの旗を振ることも重要なのですが、そういう研究をさせること、その前提として予算と人というものをどのように手当てしていくか、ということも考えていく必要があると思います。
工藤:私は、抑止力が高まっていかないと、ルールができないと思っています。ただ、抑止力だけの競争になってしまうと、安全保障のジレンマに陥ってしまう。抑止力を高めながら、法の支配を含めたこの地域のルールづくりに取り組む、ことが必要だと思っています。それが、可能なのか、ということです。
日本は、アジア太平洋地域でASEANと連携しながら中国を巻き込んだルール作りを
武田:香田さんは、変わらないのは地理的な位置、ということをおっしゃいました。一方で、明らかに力のバランスは変わりました。IMFの購買力平価で経済力を見ると、現時点でアメリカが100としたら、中国は130ぐらいです。日本は20~30ぐらいです。そうすると、もしかすると、日米併せても中国の力には及ばない、という状態がこれから来るかもしれない。そうすると、日本の役割というのは、日米の協力を固めるということだけではなくて、現状を守るということに賛同し、価値を共有してくれる欧州や豪州、インド、ASEANをどうやって組み込んでいくかということが大事になってくると思います。
特にASEANのような国々をこちらの側に付けるという意味では、日本が果たすべき役割はあると思います。
それから、アジア太平洋地域でのルール作りでイニシアティブをとっているのは、今はASEANです。アジア太平洋地域は、強い国がどれだけリーダーシップを取ったとしても、なかなかルールはできてこなくて、ASEANのような中小国家の連携が出したものに、大国も右に倣うということが定着してきていますので、日本としてはASEANのような国々を上手に使うことができれば、中国を巻き込むようなルールづくりに、日本の持ち味が発揮できるのではないかと思っています。
工藤:ただ、ルール作りをASEANが主導するのは無理だと、思います。中国の影響力が強すぎる。そこに南シナ海の問題があり、ポンペオさんの発言がある。中国は絶対に譲らないと思いますが、そうなると対立になってしまう可能性がある。その時に、日本はどのような行動をとるのか、といった疑問があります。
武田:確かに、今の南シナ海を巡るASEANのスタンスというは、我々の目から見るとベトナムを除けば、ほとんど中国寄りに見えます。しかしそれは、アメリカの態度を見てそうしているのだと思います。アメリカが対中国でバランシングを取るのに頼りになる国だと思えば、それなりのバランス行動をとって、中国に対するバンドワゴン効果で、現状を止めようという動きも出てくると思います。フィリピンなどは、そういう動きを注意深く見ているのだと思います。
そういう意味では、日本がアメリカをリードする形で、ASEANに対しては海洋の自由や、法の支配という観点から、中国の行動をルールで抑え込むという動きにもっていくためにも、日本とアメリカが力で拡大する動きに対しては、バランスを取るのに値するパートナーだ、ということを示すことが大事だと思います。
佐竹:先日、アメリカのビーガン国務省副長官が、アジア版NATOに言及していましたが、そこまでいかなくても、地域の有志国家が連携して、アメリカの地域におけるプレゼンスを補完する、あるいは一部代替するという協力が、これからどんどん主流になってくるのだと思います。トランプ政権はそういう方向に非常に力を入れていますので、そういう方向にいくのだと思います。ただ、その時に問題になってくるのは、我が日本の、そういう流れに対応できるだけの準備があるのか、という疑問があります。香田さんが指摘した予算の話もそうですし、集団的自衛権をフルスペックで行使できないことには、地域の集団防衛体制に参加することは難しいだろうと思いますし、長期的には憲法の改正というものも視野に入れないといけないのではないかと思っています。
工藤:さて、最後の質問となります。今年は、日米同盟60年という節目の年です。中国の影響力は高まっていますが、日本は日米同盟を基軸として、国際協調で、平和的な環境を守らなければならないわけです。どういう立ち位置で、日米同盟の将来を考えればいいのでしょうか。
日本はアメリカに対して同盟の価値を見直させると同時に、
価値観を同じくするASEAN等の友好国と米国の懸け橋となる両方向外交を
香田:極めてシンプルにモデル化して言えば、前の戦争の教訓も含めて、日本人が何を学んだか。それは民主主義であり、自由な社会であり、人権の尊重等です。そうした日本の価値観というものを中心として、中国とどう付き合っていくのか、ということを判断していくことになるのだと思います。その時に、アメリカと中国をどうするか。これは二者択一ではないと思います。その中で、共通部分が多い国、そして力を持っている国という点で考えると、日米同盟というものが中心になってくると思います。
それから軍事専門家としてみる場合に、中国の海軍が相当延びているわけです。先日、中国の海軍力がアメリカを上回ったというアメリカのレポートが出て驚きましたが、アメリカは1970年代にソ連に対して同じことを言っているわけです。しかし、それはある意味で政治的な意図を持った発言であって、我々がこれから中国と接していくときに、通じないのでしょうが、我々の価値観を中心にして、きちんと節度を持って接していく。しかし、いよいよそれが効かなくなる時が来る、あるいは、対立が極限になってきた時には、先程から申し上げているような、総合的な国力を日米でしっかりと構築していく。ASEANも重要なのですが、アメリカに対して日本がしっかり言わなければいけないことは、この先、トランプさんだけではなくて、アメリカ自体の同盟国への扱いが乱雑になっていくと思います。しかし、アメリカは同盟あってのパックスアメリカーナですから、日本がアメリカに対して同盟の価値を見直させ、忍耐力をもって同盟国を束ねていくように進言していく。一方で、同盟の外にある民主主義や自由を尊重するASEAN諸国などの友好国とアメリカの懸け橋となり、一緒の輪になるように持っていく。日本はおそらく、そうした両方向外交が必要になってくるのだと思います。
それから、ASEANについていえば、中国に非常に近いミャンマーやラオス、カンボジアなどは難しいかもしれませんが、海洋国については日本が友好国として中心となって束ねていく。そうすれば、今でも安定的に好意的に受け止められている日本の価値というものが、より出てくるのではないかと思います。
工藤:私たち言論NPOは、このアジアと世界で二つの取り組みを進めています。一つは、アジアで戦争は起こさせない、ということ、そして、世界を分断させないということです。
ただ、これは理想論だけでやっているのではなくて、日米がより協力して抑止力を高めることが、前提になります。その上で日本にもやらなければならないことはやると考えています。それは、多くのホットスポットを抱えるこの北東アジアでルール作りをするということです。そのため、米国と日本、韓国、そして、中国も同じテーブルについて議論する「アジア平和会議」という会議体も発足させています。
今、香田さんが言われたように、私は価値の同盟としての日米同盟のこれからの展開に強い期待を持っています。大国化した中国をルールのもとに自由の秩序に取り込むためにも、この人類共有の価値を、日本自体が守り発展させる、という立ち位置が求められていると思うからです。
今回の議論は、そのための日米同盟の今日的な役割を明らかにする上でも、非常に有意義なものだったと思っています。ありがとうございました。
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