【会員限定・議事録全文】バイデン政権で国際協調と民主主義の修復は可能か

kudo.png工藤:2021年、新しい年の言論NPOの議論が始まります。今日はその第一弾として「2021年の世界」をひょうご震災記念21世紀研究機構理事長の五百旗頭真さん、青山学院大学国際政治経済学部の古城佳子さん、上智大学国際関係研究所客員研究員の納家政嗣さんの3人で、考えたいと思います。

 まず世界はコロナの封じ込めに成功しておらず、世界がこの戦いに集中せざるを得ない状況になって、世界が内向きになり、国際的な課題に対して協力して取り組むという意識よりも、「国家」というものを前面に出して考える傾向が非常に強くなっています。

 私たちはこの状況のままでいいのか、という強い問題意識を持っています。皆さんは今の世界の状況をどのようにご覧になっているのでしょうか。

今の世界の状況は、数十年単位で見ても「どん底」の状態

iokibe.png五百旗頭:私がこれまで生きてきた中で、世界は最低、どん底の状況だと思います。戦後秩序は、アメリカがイギリス等の協力を得ながら作り上げてきましたが、これまで自由民主主義の秩序を担ってきたそのアメリカやイギリスが劣化してしまって責任感を持って世界秩序を支えようという気持ちがなくなった。オバマ前大統領もトランプ大統領ももはやアメリカは世界の警察官を務めないと主張しています。

 こうした状況が今の世界の背景にあることは理解できる面はあります。しかし、トランプ政権下のアメリカは、本来、アメリカに期待されたものの水準を本当に下げてしまった。

 良い時のアメリカの民主主義には、あなたとの意見は違うが、あなたがそれを主張する自由を私は尊重する、というように異なる意見に対する寛容さや、多様性、異文化に対して敬意があります。しかし、国内ではSNS等の影響もあり、それぞれ自分の狭い観点、気に入った議論だけから情報を取得して自己充足して、それ以外の意見を受け入れない。トランプ大統領は無責任にフェイクニュースを発信し放題で、その情報を真に受けて熱心についていく支持者がいる。社会や世界の多様さ、曖昧さというものを受け止めて対処するという地力が非常に衰えてしまい、単純な思い込みによってそれに合わないものが敵だ、悪だと決めつけて動く、そうした劣化が非常に激しくなっています。

 他方、世界ナンバー2の中国も習近平のもとで支配を強化して、外国まで支配を広げようとする。ウイグル・香港に対して、自由を圧殺して顧みないだけではなく、南シナ海・東シナ海にも支配を広げていこうとする。かつて中華帝国の時代に朝貢国に対して支配を押し付けたように、力を持てば同じようなことが今の世界でもできると勘違いしている。

 コロナに対する対処というのは、国境や人種を超えて人間の生命に対する挑戦ですから、人間の安全保障の問題です。この問題を大国間の対立の文脈の中で処理しようとすると、非常に具合の悪い、危険いっぱいの状況になってしまいます。願わくは今の状況が最低・どん底であって、ここから少しはマシになる兆しの年になってほしいと願っているところです。

コロナ危機は、国内に存在した様々な問題を増幅させる事態に

kojo.png古城:今のコロナの状況では、先が見通せないため非常にどん底感があります。さらに将来的にも「これからどうなるのだろう」という不安を多くの人たちは抱いているため、非常に閉塞的な時間がずっと続いている。これは国際協調にとっても非常に良くない状態だと思います。コロナが非常に厄介なウイルスであり、いつ収束するのか、その手立てがあるのか、という点に見通しが立たないのが非常に問題です。

 こうした危機下では、国内でも割と一致して対応していくしかないと思っていたのですが、経済的な格差等とも合わさって国内の分断が進み、コロナ感染に対する意見も異なるという状況は私自身もあまり想定していませんでした。今回のコロナ危機は非常に複雑な問題で、以前からあった複雑な問題を増幅させていると思います。

 こうした状況なので、国際協調の点で言えば、世界各国が内向きになり、自国の人々を守るということは、ある程度仕方がないことだと思います。この状況が早く好転していくためには、やはりワクチンの効果が出てくるということが重要だと思います。

 その点で言うとCOVAXという、国際機関や国家、あるいは製薬企業、NGOが作っている協調的な国際的なワクチン配布の仕組みができていて、そういう仕組みが動いていけば、まだ多国間協調にもある程度の期待ができる側面だと思います。ですが、独自にやるということでCOVAXにはアメリカやロシアも入っていません。バイデン政権になったら変わるかもしれませんが、五百旗頭先生がおっしゃったように、こうした状況下でも大国がリーダーシップをとろうとしない点に非常に問題があると思います。このCOVAXも調べてみると国家が製薬企業との間で直に契約を結んでいる。むしろ今国家はそっちの方に集中的で、バイラテラルと多国間があって、今はバイラテラルの方がなんとなく優勢になっているような感じがしていて、コロナの問題についても多国間協調はうまくいっていない。やはり、どこかの国がうまくリーダーシップをとらないと、多国間協調の仕組みというのは動かないのだと思います。

国内に安定した政治・経済がなくなり、国際協調を考える余裕がなくなった

naya.png納家:2人のおっしゃったことと重なるのですが、一番協調が必要なときに多国間強調が最悪の状況になってしまったという印象です。コロナ以前から既に国際協調は崩れていたのだと思います。国際協調というのは基本的に国内の安定した政治経済に支えられないと成り立たないものだと思います。ですから背景にある大きなことから言えば、やっぱり1980年代から続いていた金融を中心にしたグローバル化で格差が各国で大きくなっていた。それに対して不満を持つ人々が、ポピュリズムに流れてしまって、各国の政治が国際協調に目を向けるような余裕がなくなってしまったことが、大きな背景的要因だと思います。ただ、直接的

 やはり、一番強調したいのは、世界を先導していくべき2大国が全く協調できてないというのが一番大きな原因だと思います。

工藤:コロナの問題についてもそうですが、世界でもっと協力しようとか、多国間でやろうという声そのものが、最近ではほとんど聞こえてきません。昨年末、私は前WHO事務局長だったマーガレット・チャン氏にWHOをどうするのか、と聞いたところ、「WHOの問題もあるけれど、国連も含めて世界の機関がもう発言をしてない」ということを言っていました。全ての物事において国家の文脈で考えてしまう、つまり、それだけ国際協調を考える余裕がない状況だと思います。

 一方で私が気になっているのは、国家の統治に対する信頼というものが崩れてきているということです。コロナの対応に成功しているかどうかは民主主義か専制体制か、ということではなくて、国家が信頼を受けているか、ということが結構大きな要因だということがわかってきました。それが不安定さと国内の分断を招いている状況を作り出しているような感じがします。

 続いて、皆さんにお聞きしたいのは民主主義の問題です。アメリカ大統領選の選挙人の確定の日にトランプさんが扇動する形で、アメリカ議会にトランプ支持者が乱入し、結果的に5人の方が亡くなりました。私も含め、民主主義国家でもこういう状況になるのだと多くの人はびっくりしたと思います。こうした状況は、アメリカのトランプ大統領という異常な現象に伴う限定したことだと皆さんお思いでしょうか。

トランプ支持者の議会選挙は、アメリカが行きつくところまで行ったものの、そこからの復元力に期待したい

五百旗頭:トランプ以前から、リベラルと保守の間の分断は深くなっていて、お互いに相手を罵る雰囲気というのはアメリカで非常に強くなっていました。しかし、今回のことは行くところまで行った、ということかもしれません。

 先ほど納家さんがおっしゃったように、金融のグローバル化と、アメリカ主導の新自由主義によって経済格差が拡大しました。その格差が大きくても、グローバル化が進んでいるときには好景気だったこともあり、それなりに潤う層が多かった。ところが2008年のリーマンショックの後、格差が大きい不況に陥り、ラストベルトに代表されるように、それまで強かった産業というのはガタガタになっていた。そうした中で、エスタブリッシュメントにはもう期待できないとなり、野人のようなトランプの方がまだ希望が持てるのではないか、ということがトランプ大統領の当選の背景にあったと思います。そういう野人トランプの荒っぽさは魅力である一方、これまでのアメリカの良き伝統を潰しかねないという両方の立場があったわけです。今回のアメリカ議会に侵入して占拠するという民主主義の拠点を丸ごと否定するという行動は何をか言わんやと、心ある人は、もうこれは認めることができないというふうに受け止めている。

 アメリカは色々と間違いを犯しますが、そこからプラグマティック(実用的)に学んで復元する力があるというのがアメリカの強みであり制度なのです。今回の選挙では、かろうじてバイデンが勝って、トランプが負けた。トランプ大統領がとんでもないことまでやらかした、ということが結果的に、復元力が働く契機になれば、まだ救いだなと思っています。

工藤:五百旗頭さんはずっと歴史的に世界や日本の政治状況を分析されてきましたが、今回の状況は日本でも起こりえる、つまり、他の先進民主主義国でもこういう事態というのはあり得るような局面だと感じていますか、それともアメリカだけの問題なのでしょうか。

五百旗頭:日本ではあまり考えられないと思います。日本にも不機嫌なことはありますが、しかし破壊的暴力性というのは戦後ずいぶん後退してきました。ある時期まで学生運動が破壊的な行動を行い、社会はある意味でそれを見守っていました。しかし、70年安保を超えた後、当時の行動は飛び跳ねたとんでもない動きだった、ということで社会から遊離していった。それ以降、日本の中で異なる意見はあるし、それから、政府の政策に対して不愉快になったり、不機嫌になる人がいると思いますが、それでアメリカのように国会議事堂を叩き壊すとかそういうことにはなかなかならず、平和的なデモをする程度だと思います。

 ところがアメリカは今回のように非常にささくれだっていますし、ヨーロッパもまたアラブの春が残念ながら裏切られて、移民・難民の津波が押し寄せるようになってから、右の国家主義的なポピュリスト政党がずいぶん大きくなっている。それが伸び続けると、アメリカと同じようなことが起こり得ると思います。社会の前提が違うからアメリカほどではないにしても、そういう分断とか憤りとかコロナの中だって何かやりかねないというふうな雰囲気はないわけではないから、ヨーロッパは起こり得る可能性はあると思います。

政府への信頼が落ちると、法や制度をないがしろにしてもいい、
という人が日本で出てきてもおかしくない

古城:アメリカの議会占拠には大変驚きました。ここまで行き着いてしまったとか、という印象です。民主主義は参加できるということ、何かあったときに異議申し立てができるという二つが非常に重要だと言われてきましたが、参加できる権利のところの選挙自体に対して、結果が出ているにもかかわらず異議申し立てを行い、裁判所にも訴えを起こしましたが、結果的には全て却下されました。もう証拠が出てこないにもかかわらず、結果に対してずっと異議を申し立て続けているのが大統領だというのが信じられない思いです。

 しかも最終的には人々を煽り、大統領選挙の結果を覆そうとしたということに、私は非常にがっかりしています。アメリカの民主主義を支えていたのは制度がしっかりしている、という点でしたが、今回の件で行き着くところまで行ってしまったことを、制度に基づいてどのぐらい回復できるのかということだと思います。

 トランプ政権が誕生した時に、トランプ大統領はひどいけれど、アメリカは制度がしっかりしているから、そんなにひどいことにはならないと言っていた人がリベラルの人も多くいました。制度によってどの程度アメリカが復元できるのか。もし、それができるのであれば民主主義の制度というのはかなり強力なものだ、となります。ぜひ立て直してもらいたいと思っています。

 次に、アメリカでの出来事が他の国でも起こりうるのか、ということなのですが、社会の分断という点で格差がかなり開いていくという問題と、中間層がどんどんどんどん衰退していくことと関係してくると思います。中間層が分厚いと社会自体は安定すると言われているため、どこの国でも中間層がだんだん少なくなってくると、こういう不満が社会的な不安に繋がっていくのだと思います。なおかつ政府の信頼が落ちていると、法や制度をないがしろにしてもいいと思うような人々が。

アメリカの民主主義を修復するためには、長期的な時間がかかるのではないか

納家:アメリカの政治を見ていると、途上国のあまり成熟しない民主主義だと、このまま権威主義体制に移行していって、選挙はやるけれども権威義体制になり、独裁的な長期政権になるということが起こりえますが、アメリカは現時点では踏みとどまっているわけです。私はアメリカの政治制度というのは、こんなにひどい大統領が出てきても大丈夫なように作ってあるというところが非常に重要だと思います。

 トランプが7400万票を取ったということが大変注目されていますが、バイデンだって8000万票取ったわけです。もっと言えばジョージア州でも、危ないと言われていた2議席を上院で民主党がギリギリとったわけで、何とか踏みとどまっている。その結果、トランプ弾劾の動きまで出てきて、共和党からも下院では10議席ぐらいが賛成に動いた。基本的にチェックアンドバランスというのは効いていて、アメリカの民主主義は踏みとどまっているという評価も持っておく方がいいと思います。

 もう一つ付け加えたいのは、アメリカの国内政治の分断というのはひどくて、お互いにもう耳を貸さないというぐらいの対立になってしまっているということです。

 よくトランプのやり方は犬笛の政治と言われますが、要するに犬にしか聞こえない周波数で物を言って、外から見ていると何が起こっているかわからないけれども、すごい動員力がある、という政治をやっているわけです。この周波数でやられると他の人が喋っても耳を貸しませんから、分断を修復するのは非常に難しいと思います。バイデンは昔ながらの伝統的な国際主義的な発言をずっとしていますが、とても犬笛みたいなものしか聞こえない人には届かないと思います。

 だから民主主義を修復するには、格差が改善するという状況の中で、子供たちが成長していくということを2代、3代と続かないと、完全には修復はできないものだと思います。ただ、民主党が大統領と上院と下院を取って、トリプルブルー(大統領選、上下両院を制する状況)と言われている状況が少なくとも2年は続くわけですから、この間に少し大きな格差とか分断の修復のための方向性を出せば、まだ目はあると感じています。

工藤:世界はコロナの感染が収まらず、本当に大変な状況が続いていますが、この新しい年も年明けから株だけが上がっています。そこに大きな違和感があります。さらに、トランプさんがツイッターで議会占拠を扇動するような発言をしたために、アメリカの巨大企業であるツイッター社はトランプさんのアカウントを永久的に使用禁止にしました。この対応について、ドイツのメルケル首相は、「自由な意見表明の権利は極めて重要。干渉する場合は、法に沿って行うべき」として、アカウント閉鎖の判断はツイッター社が単独で行うべきではないとの姿勢を示しました。

 一方、中国では、中国のイノベーション、世界のデジタルテクノロジーの中で先頭を切っていたアリババトップのジャックマー氏が、失踪したという話も出てきました。

 つまり、国家が、国家そのものの力を強め、それが世界の秩序の中で対立なり分断の傾向を示し始めた。そうした状況の中で、国境を超える巨大な企業との競合が見える。一方で市民側の声は全く聞こえてこない。こうした世界の状況を、どのように読み解けばいいのでしょうか。

国家と巨大企業の対立...その解はあるのか

五百旗頭:トランプがこれほどの無茶苦茶をやって、民主主義を破壊するような行動を扇動した。そうした動きの発端になっているツイッターのアカウントを停止するというのは、社会の公共性から考えて妥当性があると思います。ただその手続きというのは大事で、例えば何人も殺した悪い奴であったとしても私刑として、リンチして殺していいかというとそれはダメで、公的な機関である裁判所の決定によらなければならないという大事な手続きであるわけです。ですからメルケルさんの言うことにも一理あるわけです。

 それに対して対局的なのが中国です。中国は政府が気に食わないものは何でも法律を作って国家の公権力の行為だとして、人権蹂躙もするし、裁判も大変怪しい。しかし、中国は、コロナへの対応力でアメリカを始め自由民主主義社会は駄目だったが、我が中国はしっかりとコロナを抑制する力があった。だから、途上国の皆さんは中国のようになりなさい、ということをしきりというわけです。自由民主主義を踏みにじってそれが公益になるならいい、政府が判断した公益のためなら何でもいいと。これは非常に具合が悪くて、中国は武漢ウイルスの発生についてしばらく隠蔽したという問題とともに、コロナを機会にマスク外交だといって援助をし、自由民主主義に対する中国体制の優位を言い募るという非常に心無いことをやっています。

 日本の場合には明治時代に自由民権運動があって、暗殺されそうになった板垣は「板垣死すとも自由は死せず」というふうに言った。つまり自由や人間の尊厳というのは、普遍的なものだと思います。民主主義社会の考え方というのは、いいものがいっぱいあるけれども、あらゆる普遍的教義・イデオロギー、住民意識や宗教もそうですが、これこそが絶対の真理だというものを主張する人の罠みたいなものがあって、実は人間がそれを主張する限りにおいて、シミもしわも、間違いもある人間の手垢のついたものになるのです。その点は、普遍的価値や絶対的真理だと言う人を、注意しなければいけないところです。

 相手には相手の歴史的伝統の中で違った考え方、文脈がある。それを断罪するだけではなくて、それを理解しながら、立場を超えた人間世界の道理、人間である限りそれを大事にしなければいけない、政についても道理があると、そういうふうな観点で、どっちの神様、神教が正しいかという争いをするのではなくて、内容について落ち着いて考え、秩序再編を考えるということが必要だと思います。

古城:この問題は寡占的になったプラットフォームである大企業の問題と、表現の自由の問題ということを提示しているように思います。今回のトランプ大統領のアカウントの停止は、ツイッター社という私企業が独自の基準に照らして自主規制したということになると思いますが、今のようにSNSが表現の自由の手段として、こんなに広く行き渡り、なおかつそれを提供しているのが本当に一部の企業だという状態の中では、企業の実施基準が人々の表現の自由にすごく抵触してしまうような状況を作っている。以前からある表現の自由の問題であると同時に、新しい問題を提起していると思います。

 メルケルさんの言っていることは正論だと思いますし、おそらくヨーロッパの首脳はアメリカの独占に近いような企業の肥大化とに対して、非常に問題だと思っているでしょうから、そうした観点もメルケルさんお発言には入っていると思います。企業としても、ガバナンス等の問題に対して積極的に貢献しないと批判を受けてしまうので、ツイッター社もその点から考えて自主的な規制をしたということだと思います。ですから、巨大化した企業の規制の問題をどう考えるのか、というのが今回の大きな問題だと思います。

 今こういった問題だけではなくて、アメリカ国内ですら個人情報の規制の問題がアジェンダに上がっています。大企業が社会のあらゆるところに影響力を持つという今の状況、これを私たちはどのように考えていけばいいのか。今すぐに回答は出ませんが、ある程度、規制が必要な部分も出てくるのではないかと思います。

納家:私はこの4年間でも、政治のあり方、特にアメリカの政治は随分変わってしまって、その変化に慣れすぎたところがあったと思います。アメリカの政治をウォッチしている人は、毎朝ツイッターから始めないといけないわけですが、これは政治の観察としてはかなり異様なことだと思います。トランプ大統領のアカウントの停止というのは、あの暴動を考えれば妥当なことだと言えますし、ミスインフレーション・ディスインフォメーションという意味では、もっと早く動き出すべきだったと思います。最後の最後の段階になって、アカウントの停止をやるというのは、古城先生もおっしゃいましたが、企業側自己弁護という側面が強くあると思います。

 一方、SNSが政治や経済社会のこれだけ大きな基盤になっているのに、その利用の仕方を、私企業が一存で決めるということがいいのかどうか。そういう視点で言えば、メルケルさんの言っていることも正しいと思います。ただ色々な考え方があって、英米系の法律では市場のメカニズムや自由というものを大事にする一方、フランスやドイツの大陸法では、国家によってある程度統制をかけていくこともやむを得ないと考える。こうした法務関連の違いというのも出てきているのだと思います。

 しかし問題は、中国も含めてSNSというものがあまりにも巨大になってしまって、公的な側面をかなり持ってきた。にもかかわらず、どのようなルールの中で動かしていくのか、ということを全く決めてない。加えて、そうしたルールのないところで政治経済が、デジタル時代に2周ぐらい遅れてしまっている印象を持っています。

 ですから、運営をプラットフォーマーに任せておいていいのか、政治的な使い方としてどのように管理するか、それから、SNSだけではなくて、他のメディアとどのようにバランスさせるのか、事実をきちんと伝えるようなメディアをどう評価していくのか、といった全体像をしっかりと話していく必要があると思います。しかし、中国と自由民主主義国では統制の仕方についての考え方は全く違い、一緒には議論できませんから、世界で一つのフォーラムでこれを議論することは不可能です。

 現時点では、とりあえず我々は自由民主主義国の間で市場と、国家とそれから私企業や個人の自由というものを、そのように兼ね合わせるための制度をつくる動きについて、議論を始める非常に重要な段階にいると、思います。

工藤:今、国家、アメリカ、民主主義の問題、デジタル社会、そうしたものに対する政治経済が2週遅れているという話がありました。そのくだりで、もう一つお伺いしたいのは、市民や民間の話についてです。

 今回のコロナの問題も本来であれば人命の問題であり、世界中の人々が背負っている問題なのですが、全てが国家、危機管理ということになり、内向きになっていく。そうしたことはやむを得ない面もあるのですが、考えてみると、これから気候変動等、様々な危機が今後どんどん世界で連続してくると思います。これをずっと国家対立で考えていくのでしょうか。国際秩序を考えた場合、そこに市民なり、民間という役割は全く入れない段階になっていくのでしょうか。

政府が国民からの信頼を得ながら危機対応をするためには、
国民に説明をし、説得していくことが欠かせない

五百旗頭:わが政府は強権国家ではないので、コロナについてロックダウンもできない、個人の制約も要請しかできません。中国のような、統制の強い国家権力の鎧をかぶった国から見ると、日本は非常にかわいらしく映るわけです。安倍政権も最長期政権と言いながらコロナのときにはメロメロになって、菅さんに代わると、初めは高い支持率を享受しましたが、対応がまずいとあっという間に支持率が下がってしまう。選挙をしたわけでもないのに非常に不安感が付きまとってしまう。

 民主主義が非常に強いという意味合いではありませんが、いささかでも国民世論の不興を買って不機嫌さが憤りになりそうになると、もう持たない。つまり、常時市民の支持を必要としているのです。ということは、市民がしっかりいい議論をして、やるべきことというのをしっかり提示すれば、政府はそれをやらないと成り立っていかないわけです。大局に立ったあるべき姿の良い議論と、筋の通った説得力のある議論ということをやっていけば、我が政府は従うか、従わなければ墜落するという状況がまだあるのだと思います。

古城:今回のコロナ禍では、政府に信頼感があるかどうかで、その後の政府の政策をどのぐらい忠実に市民が守っていくかという点に、かなり影響を与えるというのが見えたような気がします。ですから、政府が国民にきちんと説明をして、市民を説得していくことで政府に対する信頼感が高まって、次の政策が浸透していくというサイクルになっていく。しかし、一度躓いてしまうと、政府が何を言ってもあまり聞かない人が出てきてしまう。

 今コロナで感染か経済かという二者択一みたいな議論になっていますが、感染と経済がどのような関係になっているのか、政府がもう少し説明していけば、国民を説得できると思います。しかし、そうした説明がないために、感染症対策を行えば経済が駄目になる、という議論にみんなフレーミングされてしまっていて、なかなかうまく動かないと思います。やはり、政治がきちんと説明し、国民を説得するということが必要だと思います。

 また、これからの危機管理というのは、直前の危機というよりも長期的な危機、長期的にどのぐらいダメージを受けるか、ということについてある程度納得しないと解決できないような危機だと思います。自然災害もそうですが、自然災害が一度起きたら二度と来ないわけではなく、次から次へと起こっていくわけ、長期的な備えをしないと上手く対応できない。そういう危機が、これからどんどん起こってくると思います。そういう意味でも長期的にどのようなコストがあるから、今これをしなければいけない、というようなビジョンが示せないと、市民の賛同を得ながら危機対応を行っていくということは難しいのではないか、という気がしています。

納家:パブリックということを、どう考えるかということだと思います。要するに公共精神というか公共のルールをどうやって作るか、という問題だと思います。アメリカのように、どちらかというと個人の自由や、市場の自由を活かしながらやっていこうと思うと、危機対応時には統制を取りにくいということです。一方、その極にあるのは、中国のようにパブリックがほとんどないという状況まで管理してしまうというやり方があると思います。日本はどっちかというと、その中間で非常に曖昧なやり方をしているわけです。

 権限がないために自粛というお願いをして、何とか効果を上げようというやり方をしています。これは公共という一つのパブリックのあり方だとは思いますが、あまりにも曖昧で、結果が良ければいいという話ではなくて、これから起こってくる色々な大きな危機の中では、もう少し市民社会の方が声を上げて、知恵を出す。国家は最終的に決定をする権限を持っていますが、その知恵を出すのは、企業であったり、医療従事者であったり民間側だと思います。そういう人たちが知恵を出していかなければ良い決定ができないわけです。ですから、日本の社会は、もう少し明確なルールの中で、パブリックっていうのを動かしていく、そういう方向へ舵を切っていけないかというふうに思っています。

工藤:さて、1月20日にアメリカでバイデンという新しい大統領が誕生します。バイデン政権が誕生することによって、国際協調や民主主義の修復に向けて、世界は動き出していくのでしょうか。

新たな国際ルール作りをアメリカに任せるのではなく、
日本を始めミドルクラスの国々が、ある程度枠付けを行っていくことが重要に

納家:バイデン政権に対する期待は非常に低いです。人によってはジミーカーター以来の最弱な大統領だという人も存在しています。実際問題として、非常に難しいとは思いますが、少し希望的なことを申し上げたいと思います。バイデン政権の中にはオバマ政権時代の非常に経験豊富な人たちが起用されています。アントニー・ブリンケン国務長官、それから国務副長官にはウェンディ・シャーマンが入りましたし、大統領補佐官にはジェイク・サリバン、CIA長官にはビル・バーンズ、ホワイトハウスのアジア担当(国家安全保障会議のアジア担当)にカート・キャンベルというような人が入っています。ブリンケンというと覚えてらっしゃると思いますが、2013年にシリアで化学兵器を使ったらレッドラインだと言ったときに、オバマが動かなかったことがありましたが、当時、軍事行動を進言した人物です。それからカート・キャンベルもこの間の動きを見ていると、トランプの対中政策、対中強硬政策とか、北朝鮮との話し合いという点については、部分的には支持している。ですから、かなり現実的にものを考えている人たちだと思います。この人たちみんな身内の人たちではないか、という意見もありますが、私はオバマ政権時にグローバルなリーダーシップを失っていく過程をよく知っている人たちで、それを学習している可能性がかなりあるのではないかと思います。ですから、どのようにリーダーシップを取っていけばいいのか、ということについて、ある程度期待してもいいのではないか、と思っています。

 それからもう一つは、バイデン政権が多国間主義に戻るといっても、かつてのような覇権的なリーダーシップを発揮できるわけではないということです。ですから、国際協調を実現していくためには、ミドルクラスの自由民主主義国が大きな役割を果たしていかなければいけないと思っています。例えば日本なんかはかなり良い位置につけているので、自由主義的な秩序を維持するために日本は、アメリカにきちんと役割を果たしてもらうような枠組みをつくり、その戦略を持たなければいけないなと思います。その時に一つ考えなければいけないことは、これまでのG7等の冷戦期の同盟は、多少選別的に運用されるようになるだろうと思っています。実際、ドイツ、韓国、フィリピン、トルコ等、冷戦時に最前線にあった国々というのは、アメリカから既に距離を置くようになってしまいました。これは今後も一気に修復される問題ではないと思います。イギリスはEUを離れましたし、メルケルも今年の9月で退任です。日本もアメリカも新しい政権が誕生したわけですから、ここで価値観と利害を共有する国々のフレームというものを、もう一度作り直す必要があると思います。例えばアイケンベリーが言っているようなデモクラシーの10カ国(D10、G7+豪・印・韓)と言われる枠組み、あるいはジャレッド・コーエンが言っているような先端技術を持っている自由民主主義国12カ国(T12、日・米・英・独・仏・加、豪、印、韓、典、芬、以色列)等のグループを作りながら、重層的に新しい枠組みを模索していく時代になっていいのではないかと思います。

 そうした枠組みにとって大事なのは、現在の国際制度のほとんど全ては、デジタル化以前の制度だということです。だから新しい例えば5Gや、AI、量子コンピューターなどが出てくると、先ほどのツイッターの話のように、混乱してしまう。試行錯誤しながらルールを作っていくことはあると思いますが、こうした問題について、自由民主主義国が集まって、国家の制度というものを作り直すことが決定的に重要で、そのルール作りをアメリカに任せるのではなくて、ミドルクラスの国々がある程度枠づけをしていくっていうことが重要だなと思っています。

古城:バイデンは多国間主義に戻る、多国間枠組みを尊重すると言っていますから、他国の意見をアメリカが聞くようになることは間違いないと思います。国内が安定してないと国際協調に向かう余裕がない、という話が出ましたが、私もその通りだと思います。バイデン政権の発足直後は、コロナの対応に集中するでしょうし、国内の分断という問題にも取り組んでいくと思いますが、以前のような多国間の枠組みをアメリカが主導して作っていくという段階に行くまでは、もう少し時間がかかると思います。他の国々も、トランプ政権時に米中対立でアメリカと中国のどちらにコミットするのか、という点において外交的には難しい対応を迫られるということを理解したと思います。大国のどちらかに付いていれば、自分の国は安泰だ、という世界ではないことはわかっているので、どのように大国と付き合いながら、自国の問題を解決していくか、という点を考えた時に、どのような枠組みがふさわしいか、ということを考えていくと思います。

 ですから、意見が合う国との間で多国間の枠組みをどんどん使っていくことが私は望ましいと思っています。これからの世界で起こる問題というのは、おそらくアメリカあるいは中国という大国といえども一つの国だけではとても解決できないような問題ばかりだと思います。そういう意味ではアメリカが多国間の枠組みを重視する政権に戻ってくるということは、世界の秩序という点を考えると、私は期待したいし、期待が持てると思います。日本もその枠組みの中で多国間の中身をどう考え、貢献していくか、という立場で外交政策をやってもらいたいと思っています。

アメリカが「普通の良識」に戻るためには、日本と欧州の役割が重要

五百旗頭:バイデンさんというのは、普通の良識ある人だと思いますが、その意味は、二つの両極のユニラテラリズムからの脱却が期待できるということです。一つのユニラテラリズムはアメリカ全能の幻想で、そうした幻想の中で不用意にベトナム戦争に介入したり、ネオコンの勢いの下でイラク戦争に突入するなど、以前からアメリカがどちらか単極一極だと言われた瞬間に間違いを犯しているのです。そういった1人で何でもできるのだという思い込みによる一方主義というのが大きな破綻を招いた。その危険からバイデンは自由であろうと思います。

 他方で、反対のユニラテラリズムは、もうアメリカは世界の警察官を務められない、秩序維持に疲れてしまった、みんなアメリカにしがみついてよろしくと言うばっかりで誰も責任を取ろうとしない、ということでアメリカは孤立主義に戻るというものです。そういうことをアメリカができるのか、これはもう独立革命の頃のジョージ・ワシントンの時代ならともかく、南北戦争後のアメリカの目覚しい経済的発展の中で、アメリカは世界と結びつかなくてはやっていけなくなっています。アメリカの資本主義、アメリカ経済も、そしてそれに伴って政治も非常に全世界化している。

 そうした中で、トランプが主張したからといってこの孤立主義に戻れるかというと、それは不可能だということをペンスの演説などが示していると思います。中国やロシアがやりたい放題やって構わないし、文句も言いませんから孤立主義に走ります、というところまで達観しているのならまだしも、そういう中国やロシアの姿を見た途端に怒り出して、中国は許せない、ワシントンコンセンサスだというわけです。つまりミニラテラリズムも無理であって、やっぱり多くの国と楽ではない折衝をしながら交渉し、そして仲間を作りながら、一緒に世界を回していかなければいけない、それが普通の良識だと私は思います。バイデンはそこに戻るほかないし、彼にはその意向があるのだと思います。

 しかし先ほど古城さん指摘されたように、国内的にはコロナ対応や、格差に対する対応に足を取られて分断も依然根深く大変ではあります。そうした時に頑張るべきなのは日本でありヨーロッパだと思います。ヨーロッパも移民の津波が押しよせ、ずいぶん荒れて大変ですが、偉いなと思うところもあります。例えばメルケルさんのドイツというのは、もの凄く財政規律が厳しくて、今まで借金なしでやってきた。しかしこのコロナ禍で大きな基金を作って、南の方も支えるということで、大きな借金をしました。つまり日頃は厳しく健全にしておいて、こういう危機の中で借金をしてやろうと。これは捨てたものではないと思います。こうした取り組みを、EU内の国だけではなくて、世界的にも展開していただきたい。先ほど古城さんのおっしゃったCOVAXというような動きをやる「志」というのはヨーロッパにはまだあると思います。ぜひそのような良識を日本が褒めて、そして一緒にやっていく。そしてバイデン政権も大変だと思うけれども、ヨーロッパと日本で両側から掴まえて、しっかりと歩まなければ世界は持たない、ということで一緒にやっていく。そして中国にも大いに反省を求める。習近平の中国は本当に頑なですが、それは彼らの弱さの表れという側面もある。つまり、国内が持たないために、非常に際どいところで踏ん張るために、無茶をやっているところもあります。ですから、ヨーロッパと日本が一緒になって、世界が一緒にやっていく以外に中国にも道はないのだ、ということを示せば、意外と全く受け付けないわけではないと思います。米中関係は対立に向かいやすいですが、戦争による解決はあり得ないので、苦労しながらも一緒になってやっていく、そのために日欧がイニシアティブをとってやるべきではないかと思います。

工藤:今日は2021年の議論のスタートということで、大きな視点で、世界の動向なり、今、日本に何が問われているのか、議論しました。バイデン政権の誕生により、アメリカが普通の良識に戻るけれども、その道は簡単ではないため、日本の役割が大事になってくる、さらに市民の役割も大事だということでした。言論NPOはまさにその役割を発揮しようと思っております。

 今回の議論を皮切りに、2021年、様々な議論を行っていきます。引き続き、よろしくお願いします。

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言論NPOの中心的な仲間として参画いただける方に

メンバー(基幹会員)/ 年会費10万円

一般会員の特典に加えて・・・

メンバーは、年間の活動計画を決める「通常総会」での議決権の行使など、言論NPOの実際の議論や運営に参画していただきます。

また、閣僚などの有力者をゲストに迎えて日本の直面する課題を議論するメンバー限定の「モーニングフォーラム」や食事会などにもご参加いただけます。

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