総論
わが国の社会保障給付費は、この30年間の年平均で2.6兆円増加しており、2011年度は107兆4,950億円に達している。半分が年金である。この社会保障給付費の約3割を国の一般会計が社会保障関係費として歳出しており、2011年度決算では29.8兆円となっている。他方、バブル期以降、国の税収はほぼ一貫して減少していることから、社会保障関係費の増加と税収減が国の一般会計の赤字の主因となっている。財政健全化の本丸は、歳出面では社会保障であり、今後一段と高齢者人口の増大が進むなか、現状を放置すれば、さらなる財政悪化は必至である。
こうした状況下、2011年民主党政権下で消費税率5%引き上げを柱とする社会保障・税一体改革はスタートし、第2次安倍政権は、それを引き継ぐこととなった。改革推進法で設置が定められた社会保障制度改革国民会議は、第3回目以降、安倍政権のもとで進められ、2013年8月には報告書がとりまとめられたうえ、11月にはそれを踏まえた社会保障プログラム法が成立した。このように一定程度、政策が進捗しているとみることも可能である。
しかし、この1年間、安倍政権が、現在の危機的財政状況を踏まえ、社会保障改革でイニシアティブを発揮してきたかといえば、それを肯定することは困難だろう。例えば、年金財政の目下最大の課題は、2004年改正で導入されて以降一度も発動されていないマクロ経済スライドの見直しであるが、国民会議報告書で早急な見直しが提言されつつも、社会保障プログラム法では、その見直しの具体的中味も時期も明記されていない。これは、負担と給付を見直す年金法改正という年金財政の持続可能性にとって不可欠ながら国民受けの悪い政策を先送りしているものとみられる。
あるいは、医療保険の保険者単位の再編といった利害関係者間の調整が必要となる作業も官僚に丸投げである。国民会議報告書では、国民健康保険(国保)の保険者を現行の市町村から都道府県に移行すべきと提案されている。市町村間で著しい保険料格差があったり、保険者機能を発揮するには規模が小さ過ぎる自治体があったりするためである。都道府県側は、前提条件として、国保の財政基盤強化を挙げており、国民会議報告書は、その財源を組合健保の保険料率引き上げで捻出する案(後期高齢者支援金への全面総報酬割導入で浮いた公費の国保への充当)を提示、現在も組合健保側の強い反対に合ったままである。
そのため、社会保障プログラム法も、極めて曖昧な記述になっており、2015年の健康保険法改正に向け、今後議論が行われることとなっているが、落着の目途は全く立っていない。本来、保険者単位のあり方などについては、政治がビジョンを掲げ、国民的議論を喚起していくべきであるが、そうした姿勢は全く見られない。
医療・介護など社会保障の改革の道筋を示した社会保障プログラム法は成立したが、これからさらに加速するだろう少子高齢化の社会の中で、政府として日本の将来をどのように見据え、持続可能な社会保障制度の具体案を提示しているのか、また、そのビジョンを国民にどのように説明していくのか、安倍政権の今後に、それらが問われることになる。
安倍政権1年実績評価 個別項目の評価結果 【社会保障】
また、生活保護の引き締め策と生活に困る人への就労支援策をセットにした改正生活保護法と生活困窮者自立支援法も成立した。
保護費を減らすには働ける現役世代の受給者を減らすことが最優先課題であるし、そのためには職業訓練を受け就労し、短期間で保護から抜け出せるようにする必要がある。それに加えて、「納税者の理解の得られる公正な制度の確立」という観点からも、一定の妥当性はある。ただ、就労するためには雇用の受け皿が必要であるが、政府が進めている雇用対策自体、まだ先行きが不透明な部分もあり、この就労支援が機能するかどうかは、現時点では判断できない。
また、協会けんぽと共済の統合についての動きはない。
また、厚生労働省は、医師が都市部に集中する偏在を解消するため、医師の配置を担う司令塔「地域医療支援センター」を全都道府県に求める方針である。
ただ、いずれも議論は始まったばかりであり、その実効性については現時点では判断できない。
また、偏在是正のためには、診療報酬体系に傾斜をつけることも一つのポイントとなるが、中医協の平成 26 年度診療報酬改定の基本方針でも、明確な方向性は示されておらず、現時点では目標を達成できるか判断できない。
なお、医学部定員確保について、下村文部科学相は11月29日、東北地方での医学部新設を東日本大震災からの復興対策と位置づけ、特例的に認める方針を発表した。基本方針を発表した後、学校法人や自治体から医学部新設構想を受け付け、有識者会議での検討を踏まえて1校に絞り込む。開学は早ければ2015年4月となり、実現の見通しである。
また、当初厚労省は、介護が必要な度合いが比較的軽い「要支援」向けの介護保険サービスを市町村事業に全面的に移す改革方針であったが、移管は通所介護や訪問介護のみにとどめ、訪問看護などそれ以外のサービスは今の仕組みに残す方針である。「サービスの質が下がる」などの慎重論に配慮し、当初案より対象を絞り込んだ。
以上のように全体的に踏み込めた改革はできておらず、財政の安定化という目標も実現できるかは現時点では判断できない。
少子化の進行を踏まえれば、少子化対策を社会保障改革の重要な柱に据えるという方向性は正しい。ただ、提示した制度改革はすでに法律で実施が定められた施策が中心であり、いわば全体的に既定路線の確認にとどまっており、踏み込んだ内容にはなっていない。また、報告書でも指摘された子ども・子育て支援の実施に必要とされる追加的な0.3兆円超の財源の確保の方策については明らかになっていない。少子化対策の機能強化を掲げておきながら、財源の問題への言及を避けたことは問題である。
一方、年少扶養控除の復活については議論が行われている様子はない。
各分野の点数一覧
実績評価は以下の基準で行います
・未着手
・着手後、断念したが、その理由を国民に対して説明していない
・着手後、断念したが、その理由を国民に対して説明している
・着手し、一定の動きがあったが、目標達成はかなり困難な状況になっている
・政策目標を修正した上で着手したが、その修正理由を国民に説明していない
・着手し、現時点では予定通り進んでいるが、目標を達成できるかは判断できない
・政策目標を修正した上で着手したが、その修正理由を国民に対して説明している
・着手し、現時点では予定通り進んでおり、目標達成の方向に向かっている
・この一年間で実現した。もしくは実現の方向がはっきりと見えてきた