工藤:最近の中国の強権的、攻勢的に見える行動を、どう判断すればいいのか、今日の議論はその第二弾となります。今回は、中国の軍事行動に絞って議論したいと思います。
三人の方に事務所に来ていただきました。笹川平和財団上席研究員の小原凡司さん、元防衛省事務次官の西正典さん、そして、東京大学東洋文化研究所教授の松田康博さんです。
南シナ海で不測の事態の可能性が広がり、緊張が高まっているのは事実
まずに南シナ海の問題から議論したいと思います。米国のポンペオ国務長官は7月13日、中国が権利を保持する、という九段線内側の海洋権益の主張を、「完全に違法」と批判しました。ここまでハッキリ言ったことに驚いた方も多いと思います。
その後、米国内の専門誌にも米国と中国は「一触即発」とかそういう言葉が使われ、同じタイミングで中国と米国はこの地域で軍事演習をする、ということもありました。
ポンペオ国務長官の発言の真意をどう見たらいいのでしょうか。
小原:ポンペオ国務長官は13日に共同声明を出して、南シナ海における中国の権益に関する主張は完全に違法だ、と言ったのに続いて、二日後の15日の記者会見では、今、中国から権益の侵害を受けている国を米国は支持します、と発言しました。領土紛争に関して、米国はこれまで、どちらかを支持するということはなかったことから、私は、それを鮮明にしたということの方が驚きました。
4月ごろから中国は、米国の空母(セオドア・ルーズベルト)が、コロナウィルスの影響で動けなくなった時期に、その隙をついて出てくるような動きが見えました。コロナウィルス危機が拍車をかけたと言えるとは思いますが、ただ中国は、これまでも、第一列島線を越えて第二列島線までの「制海権」をとるのだ、と言っているわけで、基本的にはその流れの中にある、ということです。ただ、中国の対応には米国側も危機感を持って、南シナ海で空母が動けない間は、駆逐艦を送り込み、あるいは7月には、二個空母機動群を南シナ海に送り込んだ。これは異例だと思いますが、その時に中国海軍と目に見える距離で演習をしています。
緊張が高まっているのは間違いないと思います。だからといってお互いに戦争をしたいと思っているのかというと、そうではなく、「一触即発」というのも、「お互い、今にもやるぞ」という意味とは違うと思います。ただ、不測の事態が起こる可能性が、段々と高まっているという点では、緊張すべき状況ではないかと思います。
中国は深入りしていないが、あらゆる行動に中央統制が取れているかは懸念
西:緊張感が高まった時に、どちらがそれに耐えられなくなるか、それは単純な話、兵隊の練度によります。この点では、圧倒的に中国海軍の方が劣ります。米国という国は戦後70年間、世界中のあらゆるところでいろんな形で、自分たちの練度を保ってきました。ソ連相手であれ、どこが相手であれ、いろんな形で緊張感に晒されながらも、それに耐え抜いてきたのが、米国の軍隊です。彼らの神経を過小評価してはいけない。そうした米軍に位詰めにかけられて、間違えるやつは必ず出る。それが今、中国がやりかねない最大の問題点です。
私が心配するのは、一体、今中国は、中央統制がちゃんとしているのか、という点です。周恩来であれば、必ず局面を一か所に絞って、外交関係を整理してきました。つまり、ここを叩くためには、他のあらゆるところと手をつなぐ。ビスマルクの外交と同じです。
ところが、今中国は、およそありとあらゆるところの紛争を蒸し返し始めた。中国の友人に「一体どうしたんだ、もっとフォーカスを絞るべきじゃないのか」と言ったら、「いや、従来からの紛争を、向こうが蒸し返しているだけだ」と自分の方のエラーではないと強弁し始めた。つまり、彼らは分かっているのだけれど、収拾がつかなくなりだした。
そうすると現実に起こっていることに対して、中国は本当に、中央統制がきちんとしているのか、外交安全保障政策として確固たるものがあってやっているのか。それとも、出先が巧妙手柄のために、欲気を出して動いているのか、問題はそこです。中央統制が弱い国や軍隊ほど怖いものはなくて、そこは逆に米国にしてみると、ストレステストをかけてみて、仮に中国が暴発したら、その瞬間にそれを奇禍として叩く。そこら辺のことを、全部データを取りながらやるのは米国のお得意ですから、向こうが手出ししたものを完膚なきまで叩いて、そして、「あっちがやったのだ。文句があるか」という形に最後は収める。
それに対して、では第二撃的に中国が反抗できるかどうか、出来ないと思います。問題は、そういう風にやられ損になった時の中国の国内世論の問題です。そこまでリスクがある、ないしはリスクの連鎖がありうるということは、一応考えた方がいいのですが、今のところ中国は、そこまで深入りはしてきていない。そこが唯一の救いだと思います。
中国の行動は攻勢的に見えるが、自分たちが追い込まれていると感じている
<松田:偶発的な衝突と計画的な衝突ということで言うと、偶発的衝突の可能性というのは高まっていると思います。中国の行動は、客観的に外から見ると、非常に攻勢的に出ているように見えますが、彼らは主観的には自分たちは物理的に追い込まれているという風に考えています。しかも主権や領土に関わる問題で、海洋の場合には、係争地の価値が非常に高い。ですから追い込まれて、そのままやられるとものすごく損をする。
そして安全保障環境が非常に悪化している。こういう時に中国はここで負けてはならない、自分たちの意思を見せなければならないという形で、結果、強気に出ることが多いようです。ただ問題は、先ほど西さんが言われたように、自分が何をやったから相手がこう出てきている、という自分の行為は一切カウントしない、ことです。
南シナ海といえば、まさに米国がどんどん入ってきている。ベトナムやフィリピンも、米国を利用している、と彼らは追い込まれている、と考えている。だから取りに行かなければならない、と考える。加えて、やはり相互不信が非常に強いということです。この春ぐらいからは、中国国内では様々なメディアにも出てきていますが、米国が仕掛けるのではという、そういう議論が出ています。トランプ政権が再選のために中国と戦争を起こして、中国を悪者にして、それに勝利するというストーリーを勝手に作って、再選を目指すのではないかという話まで出ている。そうすると全ての米国の報道が、そういったように見えてくる。そういう可能性もあるだろうという風に私も思います。
そのため、米国がストレステストをかけると、中国が暴発する。万が一、紛争が発生した場合には、中国の場合には、それを米国が手を出したのだ、と、そして米国も中国が手を出したのだという形で、どちらが支持されるか分からないような状態になる。
6月の中印国境での衝突も、両方が言っているストーリーは相手が先に手を出した、とまるで逆になっているわけです。そういうことが、米中の間でも限定的に、偶発的に起こるという可能性は、否定できないと思います。
工藤:小原さんに、改めて聞きたいのは、ポンペオ発言はなぜ出てきたのかという話です。確かに、この間の動きを見ていると、中国はこの南シナ海周辺に行政区を設置し、軍事拠点化を更に進めています。米国は本当にそれを覆そうとしているのでしょうか。
ポンぺオ国務長官が作り上げる対立構造が米全体の声か、はまだ不鮮明
小原:トランプ政権になってから米国は、中国に対して強く出始めた。2017年の末には、大国間の競争という概念をもう一度持ち出してきた。テロとの戦いではないということを言い始めてから、経済的・軍事的に競争をしてきたわけですが、昨年後半から米国がギアチェンジしたように見えるのは、落としどころのない問題を対立軸にし始めたからです。
昨年10月、ポンペオ国務長官はスピーチで、中国と中国共産党を分け、中国共産党はマルクス・レーニン主義の政党であり、米国とは相いれない価値観に基づいて行動している、とした。彼らは、闘争と覇権に照準を合わせた政党だというような言い方をして、イデオロギーの対立というのが入ってきた。更に、先ほど申し上げたような領土紛争の問題でも意思を鮮明にした。この二つは落としどころのない問題で、米国と中国が構造的に対立するのだということを作っていくような動きに見えるわけです。
ただ、2018年10月には、米国の中国に対する不満を全部集めたようなペンス副大統領のスピーチがあったのですが、この時は、国務長官と国防長官の双方が同じような話をしているのです。そうすると議会のバックアップもあって、米国は全体として、そういう考えなのだということが分かるのですが、昨年後半からのポンペオ国務長官の声明とか、あとは大統領補佐官、副補佐官などのスピーチを見ると、この中に国防長官が入っていない。ポンペオ国務長官に近い人たちがこれを押しているように見え、どうもトランプ政権全体、あるいは米国として動いているというようには思えない。ポンペオ国務長官に何らかの思惑があるのではないかと思わせるところはあります。
トランプ大統領は習近平主席に、大統領選で支援してほしいとまで言ったと言われるような人です。トランプ大統領個人が、中国と本当に対立を構造化したいと思っているかどうかは別として、ただ周辺からは、これは選挙で票になるのだと言われて、これを言わせている所はあるのではないか。そうすると米国全体というよりも、ポンペオ国務長官が引っ張っている。ポンペオ国務長官は将来的に、自分が大統領になりたいとも言われている人ですから、次の選挙がどうなろうと、米国と中国は、もう後戻りできないところまで、対立の構造を作る、といったような意図があるのだとも考えられると思います。
工藤:これは、西さんにもお聞きしたいのですが、あの発言はポンペオさんの個人的な動きなのか、それとも米国自体がギアチェンジしているのか、どう思われますか。
ただ、米国のフェーズが変わったということを否定するのは難しい
西:だいぶ古い時点に話を戻して恐縮ですが、貿易の点で一番初めに、米国が中国に議論を仕掛けた時、そのバックグラウンドを少し教えてくれた友人がいるのです。
あれは完全に政権と民主党との間で合意があって、中国に対してエンゲージメントという関与政策をオバマ政権の間にやってきたが、結果として何の成果も作れなかった。そこで、中国にこれ以上勝手なことをさせるわけにはいかないとして、他の手立てを模索していた。エンゲージメントの対極にあるのは戦争。しかし、これは一番コスト・パフォーマンスが悪いし、何も生み出さないので、それも出来ない。そうすると、残った手立ての中で可能なものは、貿易不均衡を巡る争いしかない、という議論だった。
ただし、それを発動する上で、一つだけ条件があって、それが安全保障条項。裏を返すと、中国だけをターゲットにして動くのではなくて、米国との貿易不均衡を持っている国、それが友好国であれ何であれ、全てそれを対象にして話をしないといけない。ただ友好国に対しては多少、手心を加えて、あくまで本願は、中国であると、こういう議論だった。確かに、その後の動きを見てみると、米国は友好国・同盟国にも徹底的に貿易の議論を仕掛けている。
しかし、気が付くと、去年の半ばくらいから、とりわけ中国に対しては、貿易不均衡の議論をしていない。つまり、米国全体の中では貿易ということをトリガーとしても、対中のネゴシエーションというのは結局、機能しない、ないしは中国にまた逃げられる。ちょうとオバマ政権の最後の時にオバマと習近平が会って、南シナ海の非軍事化を言いながら、帰った翌日には中国海軍が勝手なことをやって、すぐ裏切った。あれと同じことだと。
そうすると、根深い不信感の先に、グウの音も中国に言わさないようにするには、どうしたらいいか。たぶん米国もまだ答えを出し切れていないと思うが、そうした中でポンペオ国務長官一人が突出している。ただポンペオの発言に対しては、メディアの世界で目立った批判はあまりない。やりすぎだという程度のことはあっても、やっていること自体は間違いじゃない、というような感じです。
それから、最近、米国のフェーズが変わったという見方があるが、これを否定することはなかなか難しい。そういった前提で、中国は物を考えなければいけない。果たして中国はそれが分かっているかどうか、そこはちょっと難しい。中国はどうしても、「我が仏尊し」という感覚で、天道主義でものを言いますから、「悪いのは他人で、自分は悪くない」と、このロジックばっかり言う。
昔、魯迅が、自分の小説の中で、盛んに批判した中国の独りよがり的な部分というのが、もう一度表に根差してくる感じがして、そこが一番怖い。
米国の今の対応はあくまでも選挙モードだが、中国が衝撃を受けたのは事実
松田:中国側は相当ショックを受けています。小原さんが言われたようにイデオロギー闘争と領土問題に、米国が首を突っ込んできた。これには、中国も引かないですから、ずっと対立し続けるということになります。あたかも目標は、中国共産党政権を倒すことであると、そこまで言われてしまうとどうしようもない。
加えて、ただ単に口で言っただけではなくて、ヒューストンの総領事館を閉鎖しました。これは相当な衝撃です。ですから、ただ単なる演説だけではないという不気味さ、怖さというものを中国側は今、持っている。
それが端的に出たのは、例えば香港における立法会の選挙、9月に予定されていたのですが、これが1年延期になりました。もともとそういう予定であれば、6月にあんなに急いで全人代で香港の法律を通す必要はなかった。これはあくまで中国の誤算です。この9月の選挙はやるからには必ず勝つということで、民主派を徹底的に弾圧するということがその目的だった。米国の反応が、これほど激烈になってくるとは思ってなくて、何とかうまく乗り越えられるだろうと思っていたら、予想外に厳しいものが次から次へと来た。
私はモードが変わってきた、とは言えると思います。ただ、実際のところ、この外交は、あまり米国にとってそれほど長続きするとも思いませんし、必ず行き詰る。他の国がこのアプローチについていくこともできませんし、どちらかというと現段階では選挙モードなのだろうという風に思います。
中国にしてみれば、一番良いのはとにかく11月まで我慢して、選挙結果を見るということだと思います。ただ米国がどんどん圧力を上げてきているので、それに対して何もしないと弱腰批判が国内から出て来るので、少なくとも外交部の報道官はものすごく激烈な言葉を使って言い返す。そういう状況で中国にしてみると、本当に久しぶりに米国とガチンコの勝負に入りつつある、との恐怖感を今、味わっているところだと思います。
工藤:確かにヒューストンの総領事館の閉鎖など、外交上の対立にまで広がっています。こうした動きはさらに拡大するのでしょうか、それとも選挙までの話なのでしょうか。
それとも、こうした政治的な駆け引きが、実際の軍事的な行動にはつながっているのでしょうか。
ただギアチェンジは軍の行動でも起こっており、不測の事態の可能性も
小原:私は、そんなに簡単には変わらないと思います。昨年後半からギアチェンジをしたのは、実は対立軸だけではなくて、軍の方も米軍は配置などを少しずつ変えています。
例えば、今年4月に米国のインド・太平洋軍が出した「リゲイン・ザ・アドバンテージ」、"もう一度優勢を取り戻す"と言われるコンセプトです。私がこの中で一番注目したのは、「決定的な打撃力と生存性のバランスをとるように部隊を配置する」という点です。
「決定的打撃力」というのは自分が攻撃できる能力で、その「生存性を高める」ためには、中国からの攻撃を受けてすぐに全滅するようでは困るので一旦引くと。しかし、攻撃力を維持するために機動性は高める、ということも言っているのです。
実際、グアムから戦略爆撃機が引き上げたということがニュースにもなり、それをもって米国のプレゼンスが下がったと言った人がいたのですが、これは違うのです。機動性を高めて、より攻撃されにくくし、しかし、自分は攻撃するレベルを下げないということをやろうとしているのです。
これは本当に相手からの攻撃を想定しているわけで、戦闘というものもあるのだということを軍の方が考え、それに対して準備をしている。
そして米海軍の動きに中国は反応しているのです。飛んでいる航空機も海軍の戦闘機が多い。ということは、海軍同士の動きというのがリンクしている。更に、先ほど申し上げたように、米国は今、西太平洋で航空機の飛行の頻度を下げたわけではなくて、どちらかというと増えているのではないかと思えるぐらいですから、こういったことにも反応している。そして、南シナ海で米中の演習が、非常に近いところで行われる。
米中の対立を見るのに一番わかりやすい、一番ホットポイントになるのは台湾です。6月に中国の軍用機が台湾の防空識別圏に入った回数が非常に多いです。9日間入っていますが、9日といっても一日に何回も入っている日があるので、全体の回数としてはもっと多い。全部、台湾の南西側の防空識別圏です。南西側とは台湾とフィリピンの間で、バシー海峡が、やはり米海軍の南シナ海に入る入口になる。
こういったことを見ると、やはり軍事的にも接触する機会が増えている。先ほど西さんが言われたように、どちらかが耐え切れなくなって暴発する可能性は出てくる。相手の動きを誤解すると、そうした不測の事態というのは起こりうるということですから、やはり台湾の近くから南シナ海にかけて、これから不測の事態が起こる可能性が高まってくるのは間違いないと思います。
不測の事態では、日本も主権と領土を守るため米国と行動を共にする
西:不測の事態で、何が起こるか分からない。単純な話なのですが、我々現職の時に、一番重要だった四文字熟語は「臨機応変」。マニュアルは作れる。頭の中にもある。ただ、現実に何が起こるか、起こった瞬間に反応し始める。もう考えている暇はないのです。
言い方は悪いけど、脊髄反射的に動いていく、部隊も必ずそうです。精鋭と言われる部隊であれば、必ずそこのところは自動的に反応するし、最適解を求めている。
中国軍に対して、米軍はそこの練度が非常に高い。ですから、オバマ政権の時のように、中央が別のことを考えているのであればともかく、今の米国の四軍にとっては、今の政権の下であれば、訓練の成果によって自動的に動いても何にも怖くない。上はフォローしてくれるだろうという信頼感をもって動き始めますから、そういう時の軍は非常に強い。
日本はそういう時にどうするのかと聞かれれば、非常に単純な話で、安保条約に基づいて、米軍の行動を支援する。それ以上でも、それ以下でもない。そこのところは明確です。特に今、台湾が焦点です。ただ、台湾という国は、与那国のすぐ沖合です。与那国から見てすぐわかる島。大日本帝国当時は沖縄の人たちが台湾に行って、台湾から出漁して尖閣沖の漁場に行く。逆に台湾の人たちが石垣や西表に入って炭鉱労働者として働く。そういう形で非常に人間の融合が進んだ地域で、つまりそれだけ一体性がある。
それは裏を返すと、軍事的に、台湾でなんかあった場合に、沖縄列島が無事であるわけがない。ですから当然、我が国としては主権と領土を守るために動くことになる。
その動き方が中国側の目から見れば、台湾を支援しているように見られるリスクは必ずあります。でもそれを日本が躊躇して、動かないというわけにはいかない。そこのところは宣言政策が必要です。我が国は我が国の領土を保全するし、国際約束である日米安保条約を守る。それについて、どうこう言う権利は中国側にはないよ、それを言われて黙れるかどうか、中国にとってそこが正念場です。
ですから、位詰めにかけられている中国がどうやってそこから逃げるか、です。11月まで後100日切った中で逃げ切れれば別の新しいフェーズに入ると思います。中国は多分、そこのところを一生懸命逃げるための回し打ちを今考えているのではないかと、期待しているのですが、しかし最前線にいる部隊には冒険的なパイロットなり艦長が結構いるので、その連中が馬鹿をすると話が変わってしまいます。そこは一番怖いところです。
日本に問われるのは、中国に"見誤らないように"との外交的働きかけ
松田:エスカレーションしていく可能性というのは11月に向けてあると思います。西さんが言われたように米中の間で米国が仕掛けて、それに中国が耐えられなくなったら起こる可能性はあると思います。その場合日本はどうするのか、日本の防衛のため、日米安保で米国と行動をすることになると思います。
これは別に台湾を守るための行動ではないのですが、中国を刺激することになる。日本としてなすべきことは、外交的な働きかけだろうと思います。今、米国が何を言っても、中国側はそれを裏読みして、不信の状態にありますから、日本側はそれに対して「見誤らないように」との働きかけは必要です。中国が米国と軍事衝突になったら、日本は躊躇せず米国につきますよ、そうなったら大変なことになり、結果として台湾を守るような行動になってしまうかもしれない、それは中国にとって最悪のシナリオです。そこまでいかないように、最善の事を考えてください、これは事前に日本ができることだろうと思います。
工藤:話を東シナ海に移します。メディア報道を見ていても、日本の排他的経済水域(EEZ)への中国船舶の侵入が増加しており、最近では日本の漁船を監視していたとか、の話が出てきています。日本に対してはかなり自制しているように思うのですが、中国の日本に対する対応をどう見ていますか。
日本との決定的な対立は避けているが、牽制を強める中国
小原:米国にも、色々な意見の温度の差があるように、中国の中にもそういう傾向はあるわけです。ただ、中国の好戦的な外交、戦う外交官と言われたり、戦狼外交と言われたりするような外交は、国内ではスター扱いされているという側面があります。
ただ、それは国内向けの宣伝であって、党宣伝部が影響力を増しているからだという側面がある一方で、外交のプロパーの人たちは、「この外交はおかしいのではないか」と思っている人もいる。そういった差のほかに、やはり相手によって少しずつ態度が変わっているという側面もあると思います。
特に日本に対しては、中国は今、決定的に対立したくはないと考えています。米国との対立、緊張関係がどんどん進む中で、軍事は経済と技術と結びついているので、米国の陣営がまとまることが、中国は非常に怖い。人権に関しても、英国と豪州は、中国に対して批判をし始めていますし、香港問題でも共同声明を出している。さらに、中国の5G技術、あるいはインターネットなどのネットワークを掌握するような動きに対しても、このファイブ・アイズは結束して対抗しようとしている。そうした動きが出ている中で、日本は本当にそっちにつくのではないか、という懸念がある。
今年、防衛白書が出された時に、中国外交部の報道官は、「白書ではなく黒い資料だ」と言い放ったことが報道されています。これは記者の質問に答えたのですが、この質問をしたのは環球時報という新聞の記者で、これは共産党系の人民日報系の新聞ですから、たぶん事前にどういう質問をするかというのは決まっていると思います。しかし、その質問の中に実は尖閣諸島は入っていない。「中国の反応や如何」、という質問に対して、「黒い資料だ」と報道官は言い放ったのですが、直接の対立の問題には触れていない。更にその後、中国の外交のホームページを読むと、その「黒い資料」という発言の部分は掲載されていない。
一方で日本に対しては「米国に付くのではない」という牽制は強める、というその両方を使っている状況だと思う。日本の最近の動きを、中国は非常に細かく見ていて、相当敏感になっている。こうした姿勢はこれから徐々に強くなるのではないかと思います。
対立は避けたいという姿勢だが、エスカレートする可能性はある
小原:中国側が今、日本に圧力を高めてきていることは間違いがないことだと思います。もし、日本が米国の陣営に入ると中国が判断したとすると、より日本に大きな圧力がかかる。これは海警局の船だけではなくて、2016年の8月に起こったような、中国が2013年に言い始めた「キャベツ戦略」というようなことをやるかもしれない。数百隻の漁船を送りこんで、経済活動をしているという既成事実を作ろうとするのです。
そして、中国の経済活動をコーストガードの船が管理をしているところを見せる。万が一それらの船に何か手を出された場合には、その外側にいる海軍の船が、「先に相手が手を出したのだから」という理由をつけて介入するということをやるかもしれない。
最近になって中国側は、たとえ中国が数百隻の船を送り込んでも、日本側に、「それをやめてくれ」という権利は無いのだみたいなことを言い始めている。まずはそういう牽制の段階ではある。日本が米国に何とか付かないでほしいというのが今の中国の考えであり、今両方がけん制しながら、しかし対立はなるべく避けたいという姿勢でいる。しかしこれが、エスカレートする可能性はまだあると思います。
国内世論を管理し、対日環境は維持したいが、今はガラス細工の局面
松田:中国が日本に対して非常にソフトに見えるというのは、大きな動機はやはり、対日政策をコントロールしたいと思っているからだと思います。と言いますのは、中国国内で反日ナショナリズムに一旦、火をつけてしまうと、全くコントロールできなくなります。「進め」、「引け」と、きちっとコントロールしたいのに、日本に関してナショナリズムに火をつけると、自分でコントロールできない。だから、出来るだけそういうところに火をつけないまま、圧力をかけたり、これ以上かけたら良くないのだという、自分たちのフリーハンドというものを持ちたいからだろうと思います。
それに加えて、対日関係者というのは、ようやく良くなってきた対日環境を何とか維持したい、という現場の人たちの気持ちもあるので、幾つかのレイヤーがあって、その人たちが今の状況を悪化させたくないという、基本的にガラス細工ですよ。
工藤:確かに日中関係は国民の感情が悪化したら、もう手がつけられない。中国国内で、米国への感情はどうなっているのでしょう。
米中それぞれがお互いを敵にし、自国での求心力を上げている
松田:これは、火がついている、火をつけてしまっている。むしろ、私の見方なのですが、2月から3月にかけて、習近平政権が非常に国内の批判にさらされた。通常、独裁政権ですから、国内の批判というのは有効に抑え込んでいるのですが、あの非常事態においては、かなり皆、恐れずに習近平批判をした時期があった。ですから、それに対して、相当な危機感を覚えたということなのだろうと思います。
それで、例えば戦狼外交官と言われている趙立堅報道官がツイッターで、「米国軍がコロナウィルスを持ち込んだのかもしれない。情報を公開しろ」と非常に挑発的なことをやりました。その後、崔天凱駐米大使が、「そんなことはクレイジーアイデア」と、否定したこともありますが、その報道官は一か月以上経ってから、それを撤回するということで、火をつけたのは間違いないのです。また、その挑発に米国がのっている。つまり、お互いの首脳部が、相手を敵にすることで、自分たちの求心力を上げようという、米中という世界の一番と二番の国が、そんなことをやっているのが今の米中関係で、今、その悪循環に落ちているんが、世界の状況です。
工藤:最後の議論は、日本の対応です。習近平主席を国賓として招く件は延期になりましたが、それに対しても結構議論が出ました。日本の安全保障は日米同盟にありますが、中国ともいろいろな経済的な利害があって、協力関係を模索していきたいということが日本政府の考えだったのですが、選択を迫られるような環境にもなってきている。日本は将来的な国益を考えながら、中国にどう対応すればいいのでしょうか。
経済的ダメージを受けてでも、それを乗り越え決断する時期が迫っている
小原:軍事面ということに関していえば、日本の立場というのは、日米同盟に基づいて行動するということなのですが、安全保障上の技術の問題、あるいは国際秩序の問題、国際的なスタンダードも中国が握ろうとしているということですから、そこを完全に切り離すことはできない。そうした時に日本はどうするのか。ただ、線を引くとすれば、日本は米国のように、「民主主義を国内に広めるのが神から与えられた使命だ」ということを言わない国ですから、そこは対立軸にはしないということだろうと思います。
ただ一方で、ビジネスも含めて、技術などについては、日本は今後どちらかにつかざるを得なくなる可能性は出てくると思います。そうした時に、最終的に政治判断が問われると思いますが、米国の陣営の英、豪など、ファイブ・アイズといったような国々と技術的にも、安全保障上も協力を強化することになると、中国との関係は当然悪化するし、経済的なダメージも受ける。それを乗り越えてでも、もう一度技術を自分たちで取り戻し、今の国際秩序を維持するのだ、という側に付くのか、その決断ができるかどうか、という段階に近づきつつあるように思います。
中国には"選挙政治"には挑発されず、協力を冷静に考える明確なメッセージを
松田:先ほど申し上げたように、中国に対しては明確なメッセージを出すことです。安全保障上の危機に際しては、日本は中立であることはありえず、米国に付きます。そうなると、中国にとって最悪なことになります。それを避けましょう、ということは中国に伝えなくてはならない。ただ、現在米国で起きていることは、構造的な米中対立であると同時にかなり選挙政治であるということです。
ですから挑発されて、更にエスカレートするのではなくて、我慢しなさいということです。これが米国と長い間付き合ってきた日本から、中国に言えることです。
そして、日本や欧州も含めて、今後、大統領選挙の後で、どのようなデカップリングに行くのかどうなるか、いろいろな展開があるでしょうが、それは0か100か、白か黒か、だけの世界ではなく、競争の中でも幾らでも協力はある、ということです。ですから、日本と中国との関係でも、決してここで長期的な、構造的な対立に入るような、愚かなことはしない、この後も、世界は続くわけですから。そういった協力の部分も考えて、落ち着いて考えてほしい、そういったメッセージをきちんと伝えることです。
最後に、習近平主席の訪日問題ですが、反対論がある程度あるということは良いことで、本当に反対一辺倒になってしまうと、必ずしもそれは、日本外交にとって良くないだろうと思います。基本的なスタンスとしては、習近平主席の訪日が円満に成功するような環境を日中双方がともに努力して作り上げましょう、中国も努力してください、ということを言い続けることが、正しいポジションであると私は思います。
中国が世界を理解するのをどう助けるか、その通訳作業こそが日本の役割
西:基本的には日米連携、そこは前提で動かせない。それと米国が長い間考えて、エンゲージメントということをやっていたが、結局中国は乗らなかった。そこは歴史的に中国という自分の国が、世界の全てという状況の中で培ってきた発想方法ですから、容易なことでは変わらない。
ただ、容易なことでは変わらないのだけれども、それを変えないと、行き詰る。そこに中国がいつ、どういう形で気が付くか。"百年、河清を俟つ"話かもしれないが、そこはもうひたすら我慢して、「それではうまくいかないよ」ということを日本が発信し続ける。
日本という国は、中国からも欧米からも、両方からいろんな形でいろんなものを取り込んでそれを自分の財産にしてきた国です。今度は中国と西欧社会、ないしは西洋が今まで作った国際秩序の間の隙間にたって、どういう風にお互いレベルを合わせるか、ある意味、通訳的な作業になります。
それこそが、京都大学の高橋和巳が、死ぬ直前に言っていたポイントです。中国が世界を理解するのをどうやって助けるか。言うべくして楽ではないのですが、多分、それに尽きるのだと思います。で、そのための努力ということをずっとやっていますし、ある意味でその時に韓信の股くぐりみたいなことを日本がやる。日本の一部の人にとって不快だと思われるかもしれませんが、米国と中国がぶつかるというのは世界で最悪のシナリオなので、その二つの間に立って、何か言える国があるとすれば、多分日本、そしてもう一つ可能性があるのはロシアです。その二つの国が、それぞれ自分の思惑で最善と思うことをやっていくということを、これから先も工夫を重ねながら続ける。これしかないのではないかと思う。
日本しか両方を埋める国がいないと分かれば、両方が頼んできますから、ビジネスとして日本は非常に儲かる場所なのですね。それをネガティブに辛い仕事と思うか、ポジティブにいい儲け場所だと思うか、そこはそれぞれの心持一つだけど、私はポジティブに腕まくりしてそこに突っ込んでいくと、そういう感じであります。
工藤:今日は、軍事問題だけではなくて、いろいろな視野から中国の行動、そして米国を含めた国際秩序の今後を見据えた議論になりました。言論NPOはこの地域の不安定な状況を改善するために様々な努力を行っています。11月末に私たちはこれまで15年間、続けてきた「東京―北京フォーラム」を行いますが、中国との直接対話まで、私たちの議論はまだ続きます。
ご覧になりたい場合は、下記から言論NPO会員のお申し込みをお願い致します。
※言論NPO事務局にてお申し込み情報を確認の上、お手続きのご案内や変更をさせていただきますので変更までに少々お時間を頂戴する場合がございます。予めご了承ください。
※言論NPOの会員にすでにお申し込みの方で、本メッセージが表示される場合には、大変恐れ入りますが、こちらから言論NPO事務局へお知らせください。
言論NPOの会員になって、議論にご参加ください
会員限定記事の閲覧や、フォーラムへの無料参加にはご入会が必要です。
言論NPOの会員には「メンバー(基幹会員)」と「一般会員」があります。
言論NPOの会員には国内外の有力な関係者や専門家も参加する、様々な取り組みや議論に参加できる多くの機会や情報を提供しています。ぜひこの機会に言論NPOにご入会ください。
言論NPOの議論に継続的に参加したい方に
一般会員 / 年会費2万円
言論NPOからのお知らせをいち早くメールでお受け取りいただけますウェブサイト上の会員限定記事を閲覧できます各種イベント・フォーラムに無料または割引価格で参加できます会員限定フォーラムに参加できます
言論NPOの中心的な仲間として参画いただける方に
メンバー(基幹会員)/ 年会費10万円
一般会員の特典に加えて・・・メンバーは、年間の活動計画を決める「通常総会」での議決権の行使など、言論NPOの実際の議論や運営に参画していただきます。また、閣僚などの有力者をゲストに迎えて日本の直面する課題を議論するメンバー限定の「モーニングフォーラム」や食事会などにもご参加いただけます。