「中国で広がる巨大企業への統制は何を意味するか~中国ではむしろ第二のジャック・マーが誕生する可能性も~」

中国共産党による民間企業への統制は何を意味するか

出席者:伊藤信悟(国際経済研究所主席研究員)

    西村友作(中国対外経済貿易大学教授)

    福本智之(大阪経済大学経済学部教授、元日銀国際局長)

司会者:工藤泰志(言論NPO代表)

kudo.png工藤泰志:今日は、中国で最近注目されている、中国の民間企業への急速な統制の動きについて考えたいと思います。

 中国はここ最近、巨大なIT企業をはじめとした、様々な企業への統制を強めています。例えば、世界の巨大なIT企業であるアリババグループは、傘下企業のANTグループの株式上場が延期となり、経営者は退任しました。アリババもテンセントも独禁法違反で処分されました。また、配車アプリの最大手のDiDiも、米国市場に上場後立入検査となり、アプリのダウンロードの停止などの処分を受けています。

 こうした統制は今や、教育産業や不動産産業にも波及しており、30~40年間続いた中国の開放路線から、歴史的な転換がされているのではないかという見方もあります。

 このような中国経済の大きな変化をどう見ていけばいいのか、またこうした対応が中国経済や世界経済にどのように影響を与えていくのか、それが今日の議論のテーマです。

 まず、中国経済で広がる民間企業の統制の動きを、みなさんはどう見ているのでしょうか。

2022年秋の党大会を意識し、4つの統制が続く

ito.png伊藤信悟:当面は統制が続く可能性は高いと思っています。特に、来年秋の党大会を意識した政策運営が続く中で、次の4つの観点から統制が行われるのではないかと思っています。1つは、「共同富裕」。つまり「共に豊かになる」という観点です。2つ目は、金融リスクの顕在化防止、3つ目が国家の安全の確保、4つ目がプラットフォーマーの政治的影響力の抑制です。

 1つ目の共同富裕ですが、習近平国家主席は、中国が新たな発展段階に入ったと位置付けており、党大会に向けて、共同富裕に向かって着実に歩みを進み始めたという印象を形成したいのではないかと思います。その中で、例えば高騰に苦しんでいる教育費の問題、アルゴリズムに基づく宅配員の過労問題、プラットフォーム企業による優越的な地位の濫用・零細企業への悪影響などを抑えていく決意と実績を見せたいのではないかと思います。

 2つ目が、金融リスクの軽減です。プラットフォーマーは輸出仲介業務・共済保険のようなものを行っていますが、その資本不足の解消などを行っていくと思います。

 3つ目が、米中対立が激しさを増す中で、国家安全の観点からデータセキュリティ・外資の規制逃れの問題を抑えていこうとするもの、です。

 4つ目が、プラットフォーマーの政治的な影響力の抑制です。学者たちが、プラットフォーマーは自らの事業拡大に都合の悪い情報を削除するのではないかという懸念を提起しており、中国政府が統制を強めていくという可能性が出ています。

統制は民間企業全体ではなく、国家の安全に関わる部分で行われている

nishimura.png西村友作:最近の規制強化の動きを、民間企業全てへの統制強化と一括りにすると、判断を見誤ると思います。「経済統制」という言葉自体は、民間における自由な経済活動に制限を加えることを意味しますが、足元における規制強化というのは全ての民間企業に対して行っているわけではなく、金融やデータセキュリティというような、国家の安全に関わる部分というのが多いと思います。

 例えば、ANTグループに関しては、もともとデジタル決済・アリペイが主な収益でしたが、ここ数年で貸付・小口融資の方へ急転換し、金融業へとシフトしました。ここで、資金調達の方法が問題視されました。簡単にいうと自分のリスクを外部の金融機関に全て転嫁して、自らはリスクを取らないような形で手数料を稼ぐというようなビジネスモデルに変換したのです。

 それに加え、ANTグループは規制逃れを繰り返してきました。これらのリスク転嫁と規制逃れの問題を当局が問題視して、規制強化に踏み切りました。中国は今現在、金融リスクの抑制を最優先事項として進めてきましたし、フィンテックとかプラットフォーマーとかに対する規制強化というのは、その一環と見ることができます。

 「民間企業が生み出すイノベーション」が中国にある社会問題を解決して、経済成長への大きな原動力となっているということを疑う余地はありません。中国政府としてもそれは認めていますが、そのバランスを取りながら規制を行うということで、規制の行き過ぎということには配慮しているのだと思っています。

巨大IT企業への規制は市場競争の適正化を目指すもの

fukumoto.png福本智之:私も、企業全体に対する統制強化と見るのは正しくないと思います。どちらかと言えば、プラットフォーマー、つまりインターネット関連企業と、民間に任せていた教育分野や住宅分野で統制をかけてきているということだと思います。プラットフォーマーに関しては、今までが寛容すぎたという点があります。

 例えば、2013年の頃に、ANTがインターネットMMFを販売し始めました。その頃一般の商業銀行には預金の規制があったのですが、インターネットMMFは高い金利で運用できたので、資本がインターネットMMFに流れてしまいました。その時に、バーゼル規制も、預金準備率も課されていないANTが、インターネットMMFで預金を伸ばすのは不平等だという問題が指摘されていました。

 これに対して、人民銀行も政府も、インターネットMMFは「イノベーションを促進する」ものだと述べ、数年はかなり寛容な姿勢を示していたと思います。

 中国が発展していく中ではこういったことも、「権威的な政府と活発な民間の暗黙の共犯関係」として、ある程度大目に見ていましたが、大目に見すぎて、弊害やリスクの方が大きくなりすぎたということです。

 加えて、一番大きいのは独占の弊害だと思います。巨大企業が、零細業者に対して「アリババと付き合う場合は他と付き合うな」というような二者択一を迫るとか、もしくは選択的に、有力な顧客には高い価格で売りつけるというようなことをやるようになった。競争が働かなくなった状況に対して規制をするということが、大きいのではないかと思います。

 「共同富裕」ということは、非常に重要な観点です。あまり日本のメディアでは言われていないのですが、非常に重要な観点です。

工藤:プラットフォーマーについて、今までは大目に見すぎていたということでした。今まで中国は、国内では海外のGoogleなどの海外企業を抑え、国内の成長を加速していました。しかし、世界規模のデータの取り合いの中で、今度は中国のデータを海外に取られてしまうということで、海外に進出している中国企業へも規制をしていくという状況になっています。

 そうなってくると、「世界の中で競争力を持って活躍するプラットフォーマー」という動きを、今後は孤立主義的に押さえ込んでいき、このデーターの囲い込みでは住み分けるような形に決断したようにみえてしまうが。

中国政府は国内規律と国際競争力の双方を実現したい

伊藤:中国政府からすれば、2つの目的を同時実現したいというのが本音だと思います。

 1つはプラットフォーマーの国際的競争力を一段と強化することで、海外市場の開拓に繋げたり、中国の国際的な影響力を拡大したりしたいということです。

 2つ目には、中国国内におけるプラットフォーマーの独占的な行動や消費者の権利の侵害につながるような行為・リスクも抑えたいと思っています。

 この2つのバランスの中で、今の局面においては、国内における規律の方に軸足を置いています。これは、米国などと同じようにそれくらい国内において、プラットフォーマーに対する不満が高まってきている証左なのではないかと思います。

 アメリカと中国のデータの分断という話ですが、安全保障に対する警戒感が一段と強まってきている中で、政府側にデータの分断という懸念は、確かに存在しているのではないかと思っています。

データの保全で米中は足並みを揃えつつある

工藤:アメリカ側も、アメリカに上場する中国のIT企業に対する警戒を強め、監視しているという状況です。今までは、中国の巨大企業がアメリカに入り、アメリカの情報を盗るという状況だったのが、中国の方がアメリカ側にデータを取られるのではないかという懸念です。ということは、結果として、IT関係の情報面におけるデカップリングというのは、アメリカと中国は足並みを揃えたように見えます。

伊藤:中国・アメリカも一定程度似たようなベクトルに向かって動いているのだろうと思っています。もっとも、そのルールを決めるプロセスにおいては、考え方の違いがあるのではないかと思っています。

工藤:プラットフォーマーは中国国内で巨大化し、決済システムを使って個人情報を収集している。これが、国家だけではなく、共産党の統治に対しても、かなり大きな脅威になっている。習近平体制から見れば、これ以上は許さないという方向に舵を切ったという理解でよろしいですか。

プラットフォーマーへの規制はデーターと金融で国内機密に関する部分

西村:私の理解ですが、プラットフォーマーに関しては、全ての業務に対して禁止をしているわけではないと思います。特に中国は今年、第14次五カ年計画、及び2035年までの長期目標というものが発表していますが、その中でプラットフォーマーに関しても、国際競争力を高めるという方針を進めていくという方向で、長期的な目標を立てています。

 ですから、中国政府も、中国国内においては、プラットフォーマーが生み出す革新というものが大きな中国の活力となっていること、起業家たちの野心的な意欲というのが原動力になっていることは認識している。そこを削がない程度で、どのように規制をしていくのかというバランスを取ってやっています。

 規制をかけている部分というのは、データでも金融であっても、国家安全に関わるような分野です。例えば今中国の国家機密と言われているものでは、DiDiが持っている国の地図があります。DiDiを使って中国のデータを分析すれば、中国国内の機密施設がわかるかもしれません。そのような国家安全に関わるような分野の統制が強まっているという認識です。

工藤:国際競争力を高めながらバランスを取っている、ということですが、マーケット側からすると、規制がどこまでいくのかがわからないという不安があります。例えばアリババにしても、株価がかなり下がっています。DiDiに関しては、政府が安全保障上の懸念を持つのであれば、なぜアメリカでの上場を認めて、その後に立入検査をしたのでしょうか。

DiDiは法改正に関する勧告の後に米国上場したのでは

西村:報道ベースの情報ですが、当局はDiDiに対して上場前に一旦ストップをかけています。それにも関わらず、DiDiはアメリカで上場したそうです。ネット安全法・サイバーセキュリティ法の審査便法というものが去年の6月から実施されていますが、その改正案が今年の7月に出されており、その中に100万人以上のユーザーを持っている企業が海外で上場する場合には、審査を受ける必要があるという一文が加えられています。

工藤:上場中止の後、DiDiアプリのダウンロードも許可しないとなると、規制がかなり動いているな、という感じがあります。

西村:とはいえ、アプリも裏道がありまして、We Chat Pay・アリペイなどにはミニプログラムというものが付いていて、それ経由であればDiDiの配車サービスを使うことができます。

 この前DiDiの運転手をしている人と話をしたところ、実際にはあまり影響がないそうです。新規の顧客はアリペイ・WeChatPay経由で予約をするようで、DiDiを全く使えないという状況ではなくなっています。

工藤:プラットフォーマーの国際競争力を期待しながら同時に抑え込んでいくという状況が本当に可能なのでしょうか。イノベーションにおいては、規制があることによって、力を削いでしまうのではないかという疑問があります。

政府は規制を通して市場競争を可能にし、金融リスクを下げたい

福本:必ず成長は鈍化するし、ブレーキがかかるのは間違いないと思います。ただ、中国の政府関係の人たちと話していると、「プラットフォーマーは次から次へと抜け口を見つけつつ、また新しいイノベーションをしてくるだろう」と言っています。

 政府としては、今まであまりに規制のなかったところに、ある程度きちんとルールを作って、競争ができなくなるような状態は避けたいと言っています。実際のANTがやっているような融資というのは、レバレッジで言えば2%しか自分で収支を出さずに融資しているということで、そういうことが積み重なると、金融リスクは高まっていきます。かつ融資先の個人情報を取って融資や保険の業務に使っていましたが、それもライセンスを取ってやっているわけではありません。

 今回の規制も、今まではアリババは独占禁止法上の届出もせずに何度もM&Aをやってきましたが、今後、届け出は出しなさい、と規制をかけ、罰金も日本円で1億円くらいのシンボリックな警告です。ですので、オーバーキルにしたくないという思いもあるのだと思います。

 その中で、共同富裕という概念、つまり儲けすぎたアリババやBig Techに対しての批判というものはあります。所得再分配ということで言うと、ビジネス上最適な規制を超えてしまう可能性があります。ある程度までの規制というのは、GAFAに対して規制をかけようとしていることにかなり似ています。むしろ金融の世界では、中国のプラットフォーマーが、GAFAができていないような融資や保険をやっていましたから、世界最先端の金融工学をやっている企業に、どう規制をするかという問題もあります。また共同富裕の概念が入ってきた時に、規制が行き過ぎないかということを気にしています。

工藤:もう一つは、海外で上場するということの意味です。海外で上場することで、海外資本も入ってくるわけです。資金調達においては色々な形の可能性が出てくると同時に、海外の人たちのガバナンスによる参加ということもあり得ます。海外参入の問題というのは、安全保障上の考えから見れば、避けたいという意識が当局側に強まっている、のでしょうか。

データ安全保障の観点から、海外上場に規制がかかる傾向

福本:海外の上場は、データセキュリティの問題があります。個人情報を扱うような会社が、ニューヨークで上場するということに対してストップがかかっていくと思いますし、アメリカもByteDanceなどに対して、使用禁止命令を出して、今裁判沙汰になっています。

 Free Flow of Dataとなっていますが、アメリカも中国もData Localisationを国家安全保障の概念から進めていきます。その結果として、上場が規制されていくということはあると思います。ただ、これで全てデカップリングが進むということなのかというとそうではなくて、中国では金融開放がすごい勢い行われていて、ゴールドマンサックスやモルガン・スタンレーやJPモルガンなどの会社が、中国に入ってきています。なので、全体として金融の世界がデカップリングするというよりは、Data localisationの世界で、プラットフォーマーが海外に上場するといったところは抑制的になっていきます。やはり個別にみていかないといけないのではないかと思っています。

工藤:規制入った背景をもうちょっとみていきたいと思います。中国の社会に、巨大民間企業の行き過ぎた利益獲得に対する強い不満が出ていて、それに対して、中国政府側から急ブレーキがかかった、という理解でいいでしょうか。共産党体制100周年において、党の正当性を主張するためには、国民の不満を解消する方に転換する、ということは分かります。

党大会に向けた実績として国民不満への対応の面がある

伊藤:プラットフォーマーの優越的な地位の利用ですとか、「偽物を流通させている」というような消費者利益の侵害への不満というのは、2015年くらいから徐々に中国国民の中で出てきたものだと思います。そういったもののいくつかは、共同富裕、所得格差の問題とも結びつくような形になっています。

 例えば配達員の給与水準等が、実際の労働と見合わない形になっていて、アルゴリズムで過労させられているというような問題や、価格の操作によって損をしているのではないか、というような不満が蓄積されてきたということもあります。プラットフォーマーが中国の所得格差問題の元凶であるということではありませんが、社会格差に対する関心が高まる中、また中国の消費者の中から、プラットフォーマーに対する不満が蓄積する中で、習近平政権が党大会に向けた実績として推進をしているという面もあると思っています。

中国では国民目線の政策が多く、国民の不満を解決しようとしている

西村:中国の政策をみていると、国民目線の政策が多いと思います。国民がどのような不満を持っているのかということを、非常に敏感に情報収集して、それを政策に反映させていくという傾向がずっと強いのです。

 中国は、デジタル経済においては、世界で最先端を行っているので、他の国はあまり参考にできないような状況で、自分たちの中で模索しながら規制を強めています。足元の規制では、例えば大学生がネットを使ったローンを組んだ結果、無理にお金を借りて貸し付けられるような状況になり破滅していくというような状況に対し、ネットではお金を借りることができない、というような規制が行われました。やはり何かの社会問題が起きたとこころに対して統制を強めているという動きが強いように思います。

工藤:教育産業や不動産とか、色々な形で規制・統制がかかってきています。確かに社会的な不平等とか、社会問題になりそうなところにそういう規制をするというのは、他の国でもあり得る話ですが、中国の場合、どこまで進めるのかはわからないという感じがあります。

中国が長期計画で「共同富裕」の重要性を強調した理由

福本:どこで線引きするか、という明解なものはありません。改革開放を進めていくということはずっと言っていますし、そこ自体は変わらないと思いますが、去年の11月に習近平氏が14次5ヵ年計画及び2035年前の長期目標に関する説明をしているときに、「共同富裕」ということが非常に重要だということを強調しています。

 その中で彼が言っているのは、全面的な小康社会というものに到達して、これから社会主義現代化に向かっていく新たなマイルストーンに向かって、共同富裕を出していくのだということです。これまでは頑張って豊かになった人がより豊かになるのがいいよね、多少の貧富の格差は認めましょうというところがありました。改革開放を進めていくという前提ではあるものの、不平等が行きすぎたところは是正して、全人民の共同富裕に向かっていくのだとなった。まだ、具体的な道筋は描かれていないが、浙江省で色々パイロットは始めたというところではあるし、この観点は色々なところに入っていくと思います。

 ただ、それも行き過ぎないようにということは考えると思います。確かに教育とか住宅・不動産にはプラットフォーマー以外も入っていますが、元々90年代からパブリックな色彩の強い教育・住宅・医療などは、かなり民営に任せてきたところがあったので、少し行き過ぎたところを今是正しているのだと思います。

 そういう意味では、今この瞬間はどちらがどこまでいくのかということに関して、民営の人たちは悩むところはあると思いますが、全体としては、製造業の民営企業は心配しているわけではないと思います。一部萎縮するところがあるというのは懸念されるところですが、これまでを見ると、行き過ぎるとまた戻すというところもありました。

 北京で商業的な看板は外しなさいというふうに一時期、2018年だったと思いますが、規制をしたところ相当なバッシングにあったらすぐ戻してしまいました。シャドーバンキングに対する規制も一時オーバーキルになってしまって、そこを目詰まりしたら少し緩めたとか、そういう対応を共産党もやります。ですから、いずれ多少は戻ってくるとは思いますが、当面の間は不確実性があるので、新たな企業、新たな分野で影響が出てくるところはある、と思っています。

工藤:中国経済というのは、国有企業の民営化を行って、ある程度の競争力を作ってきました。今のIT企業の巨大化というものも、ある程度それを容認、促進しているわけです。それによって、奇跡の成長が起こったということは事実だと思います。

 そうなってくると、必要なルールというものもありますし、規制が全て悪いとは思いませんが、中国企業は改革開放以降で大きな曲がり角を迎えているのではないかと感じます。国進民退というか、国有企業に対する改革が停滞するということも顕著になっていますし、その中で民間に対しては規制をしてくると、中国経済に一つの大きな変化が出てくると思う人もいると思います。

 実際に、投資資本市場の中ではこの変化をチャイナリスクと捉え、疑心暗鬼になっている人も多い。中国経済にとっては、社会的な統制強化によって中国経済はどういう局面に入っていくのか、それともこれは一時的なことなのでしょうか。

統制の背景にある「総体国家安全観」と「共同富裕」

伊藤:中国政府がやっていることは、民間企業だから統制をするというのとは少し性格が違うのだと思います。中国は2035年に向けて、中程度の先進国並の所得水準実現に向けて強国化を進めていくと言っていますが、そのための手段として、新型挙国体制といい、民営企業など多くの主体を巻き込みながら経済を発展させ、イノベーションを推進していこうとしているのが現状です。

 例えば、上場企業に対する政府補助金の分配状況を見てみますと、国有企業よりも民営企業に対する配分を増やすような動きも一方で見られます。また、民営企業でプラットフォーマーは今資本市場での資金調達に関して、やや規制がかかっている状態ではありますが、他の民有企業に関しては、かなり積極的に上場を推進するような動きも出ているというのが現状です。ですので、民営企業は統制し、国営企業はより活動範囲を広げるというような峻別をしているわけではないのだろうというふうに思っています。

 ではどういう分野で規制が強まるかということに関しては、やはり第一は国家の安全に関わりうる分野ということになると思います。伝統的な安全保障の分野だけではなくて、「総体国家安全観」というコンセプトを、2014年に習近平政権が出していますが、アメリカとの対立が激しくなる中で、そういう領域が増えていくということになりますと、民営企業に対しても、様々な規制がかかってくるということになるかと思います。

 もう一つは、共同富裕との兼ね合いで、住宅や教育といったように人々が不安を抱えている領域において、どういう規制を出してくるのか、ということは継続的に見ていく必要があるだろうと思っています。

工藤:西村さん、中国経済はこの規制によって大きな転機を迎えているのではないか、という疑問については、どうお考えでしょうか。

経済成長を支える若い活力はまだまだ中国国内に多い

西村:私は中国で生活していますが、起業家の人たちと話をしても、それほど大きな変化は感じません。規制強化されている部分は限られていますし。中国はイノベーションが生まれるために、今まで比較的緩い規制の状態の中で、企業を自由に活動させてきました。そうしてイノベーションが起こって、中国経済を引っ張ってきたという背景があります。

 それが行き過ぎたから、今規制をかけている。それ以外の部分に関しては、まだまだビジネスチャンスがあり、私の知っている若い企業家たちには、やはり成功に飢えたような、血気盛んな人がまだまだ多いですし、中国国内の大きなマーケットを取りにいこうという人もいます。

 最近、日本のメディアを見ていると、仕事に消極的で物欲を持たない若者のことを「寝そべり族」と呼んで社会問題になっているかのような報道もありますが、そんな若者はほんの一部にしかすぎません。ネット上で誇張されていると思います。私の大学の学生とか、若い子の話を聞くと、寝そべりながら中国で生きられるのはほんのひと握りです。寝そべって生きていけるはずがない、という話をよくします。

 そういった成功を夢見て努力している、優秀な若者を近くで見ていますと、まだ中国経済というのは成長の余地があるんだろうな、と近くで感じています。

工藤:西村さん、プラットフォームにしても、色々なところが叩かれてくると元気がなくなりませんか。

プラットフォーマーの規制が逆に第二第三のジャック・マーを生む可能性

西村:逆の見方ができると思います。今までプラットフォーマーという人たちは、これから成長していくだろうという企業に投資をして、自分の陣地に取り込むという方法をとっていました。ですから、成長しとげる前に自分たちで囲い込んでいた。これはかなり問題になっていまして、自分たちが本当にやりたいビジネスがあって、自分たちのアイデアなのに、それをプラットフォーマーが自らの巨額の資金を持って潰しにかかり、コピーしてマーケットを取っていくということが社会問題になっていました。起業家側からすると、そういったところに規制をかけてもらうことによって、自分たちが伸びるチャンスになるかもしれません。第二・第三のジャック・マーが生まれるかもしれない、というような見方ができるかもしれません。

工藤:中国経済の今後を考えた場合、福本さんは改革開放に関してはほとんど中国は変わっていないと言われましたが、民間への統制が経済成長を下げるきっかけになっていくという風にはご覧になっていないのですか。

権威的な政府と活発な民間はある意味での暗黙の共犯関係

福本:改革開放の改革の力は時期によって変わっていると私は思っています。今が非常に強い時期だというふうには思いません。手段として、「双循環」ということを彼らは言っています。つまり内部を強くしていく、そのためにはサプライサイド経済改革が必要だということを言っています。手段としての改革開放は必要だと今でも思っているのだと思います。

 今の中国経済で、国有経済のウェイトがどうなっているかというのは統計上判断は難しいのですが、製造業に関しては、資産ウェイトが公表されていまして、それでいうと国有経済のウェイトというのはずっと低下傾向だったのですが、2013年くらいから横ばいになっていて、今36.5%です。要は習近平政権になって、「改革をやっていく」と言いながら、改革が進んでいない。特に国有企業改革が進んでいないという感じです。

 それでも全体として、サービス業まで含めると、民営経済のウェイトが今でも上がっていっている。世銀が2019年に出したペーパーでは、GDPウェイトで、推計では国有企業のシェアは27.5%だろうと言っているので、やはり民間経済が徐々に徐々に上がってきている。

 習近平はその点で言葉巧みだと思っています。例えば今年の4月、広西自治区に視察に行った時も、国有企業に行ったら「国有企業が大事だ」と言って、民営企業に行くと「民営企業大事だ」と言う。今回の14次五カ年計画でも「公有制経済をいささかもなく揺るぎなく強固にし発展させ、非公有経済の発展をいささかの揺るぎもなく奨励し発展させ誘導する、より活力・行動力・競争力のある市場主体を育成する」と言っている。

 習近平自身はコントロールできる国有企業の方が好きなのだろうな、と思いますが、しかし成長の糧になる民営経済の成長というのはやはりやっていかないといけない、と考えている。

 そうした中で一部の業界に対して規制が出ています。そこで僕も注目していますが、権威的な政府と活発な民間はある意味暗黙の共犯関係にあって、活発な民間経済は政府がある程度政府が自分たちのことを許してくれるだろうと思って、活力を持って生きてきたわけです。そこのバランスが完全に死んでしまうという感じはしていないです。今後もこの共犯関係は続いていくだろうと思います。

 ただ、ここ数ヶ月で起こった後追い的な規制というのは、少し規模が大きいので、その規制のやり方に対して、一時的に民営経済の活力を縮小するということに対しては、懸念はしています。

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