次の日本をつくる言論

「政治の崩壊」を有権者はどう直視すべきか

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首相の不信任を巡る混迷をどう受け止めるか、

工藤:今回、不信任案を提出したという動きについては、肯定的に捉えるべきなのでしょうか。つまり、今の話を伺っていると、政治そのものが破綻していて、政党も機能しない、統治が壊れているところまできていたわけですね。だけど、依然、課題はある。それに対して、十分に政治が応えられないという状況が、今、現実にあるわけですね。

 政治がどんなにおかしくても、今は、被災地が大変だから、みんなで力を合わせてやれ、というのは何となくわかるのだけど、しかし、それが課題解決に向かい合えなければ、結果として、歪みが大きなものになる。そうすると、今回の不信任という問題は今後の日本の再生を考えたときに、どういう風なものだと受け止めなければいけないのか、ということですが、増田さん、どうでしょうか。

増田:この不信任ということについて、一定の政治上のルールがあって、不信任案を提出するにあたって、それが通るということを前提にした場合に、その後、一体どういう姿になるかということを、国民あるいは国政の場できちんと示して、不信任案を出す。いわゆる、大義ですよね。どういう首班構成をして、どういう政党がそれを支え、どういう社会、どういう世の中の改革をしていくのか。こういうことがあって初めて不信任案だと思うのですが、今回、それが示せたのかどうか。野党としての提出の力も弱いと思います。

 一方で、もっと更に情けないのは、それを受けて立つ与党・民主党です。そもそも綱領もない党でありましたが、党の代表が党を全く制御しきれていなくて、これまでの間やってきたことと言えば、政権を延命するための場当たり的な対応。二次補正も秋にすると言ったり、あるいは急に会期を延長して、通年国会にすると言ったり、全て、自らの政権の延命策という願望というか、野望みたいなものが見え隠れするわけです。そういう代表を、こういう形で、野党が提出した不信任案に乗るという形でしか、自らの党を改革するというか、自らの党を正すことができない党員、議員を中に抱えているという党が与党である。

 私は不信任案を出すタイミングではないと思いますが、しかし、結果として出たわけです。それについての基本的な政治で守るべきルールも守れていないという風に思います。ですから、今回の不信任案や今の事態については、大変否定的です。もっと大きな問題は、(衆議院の一票の格差が司法から指摘される中で)総理たるものが、そういった形で司法に挑戦するかのごとく、不信任案が可決したら解散だと言ったことです。こういうこと自体がおかしいし、立法府の1つである参議院の議長が行政府のトップに対して、諦めろとかどうのこうのと、元は同じ党の人が言うこと自体、極めて異例でおかしい。ですから、全てが崩れている。

工藤:今までの話を聞いていると、単なる不信任案ではなくて、政党も含めて、日本の政治そのものが壊れてしまっているということですね。

増田:原発でメルトダウンという言葉が使われていますが、まさに政治のメルトダウン。

工藤:私は、そこまで日本の政治が来ているという現実感を国民は知らないと、前に進まない段階にきているのではないか、という感じがしています。宮内さん、今回の不信任の問題について、正当化できると思いますか。

宮内:やはり、日本の統治機構の問題がかなり絡んでいると思っています。衆議院と参議院という二院があって、時期の違う時に、国民に対して(選挙という形で)支持率調査をやっているようなものです。2年前、自民党が衆院選で大敗した時は、自民党に対して、国民はもう嫌だという強烈なノーを示したわけです。その1年後の参院選では、民主党の政治はひどいということで、完全に国民はノーをつきつけたわけです。そして、参議院で与野党が逆転してしまった。衆院選での支持率調査は少し古く、参院選の調査の方が新しいので、だから総理を辞めなさいというのは、何となく分かるような気もするけれど、変だなと。そういう二院制度、同じ政党が同じサポーターを求めて、同じ選挙をするという形の中で、変なことが起こってきているのだと思います。

 そういう意味で、野党が不信任案を出すことは当たり前かもしれません。しかし、今の与党は、政権与党としての与党ではないのですね。先程も言いましたけど、烏合の衆です。だから、政権政党ではなかったということです。

工藤:民主主義の下では、政治家は国民の代表として機能しなければいけないのに、その関係がプツンと切れているわけですよね。つまり、代表だと思っていた党も実質的には分裂し、烏合の衆だったし、政治も崩れている。この状況を、つまり、今は震災で大変だから、黙って見て見ぬ振りをしていくということで大丈夫なのでしょうか。

宮内:昔であれば、若い人がデモでもしますよ。日本の若者がどれだけ気力を無くしているかということですね。

武藤:今回の不信任案の議論は、現状を前提とすると、どっちがいいとか悪いとかいう問題ではないと思います。なぜこれだけ混迷しているかと言えば、先程から何度も話が出ているように、民主党が政党として体をなしていないわけですね。それは、ある意味で、出自から見ても、党の中には右から左までいろいろいて、とても1つの政策を標榜しているとは思えないわけです。今回のマニフェストも一部の人が十分な議論がないままつくったのではないか、と言われています。うまくいかなければ変えるという人もいるし、変えてはいけないという人が出てくるのも、元々の民主党の出発点から見ても、ごく自然な結論なのかもしれません。そういう中で、たまたま大震災が起こって、その対応が悪かったということで、不信任ということになったときに、色々な意見があって与党の方がまとまらないという状態になっているわけです。

 問題は、国民が右から左までいる民主党を冷静に評価して、これが正しい政党かどうかということは、無理な話だということです。本当の意味では、投票の対象にならないような政党だと言わざるを得ないわけですね。今回の不信任案がそういう中でどう見ても100%合理的だとはとても言えない。しかし、全く不合理とも言えない。何か打開しないといけないということです。

 先程お話がありましたけど、総理を変えようと言っても、新しい総理は誰なのか、という部分についてははっきりしていないわけです。ですから、この不信任案が新たな大連立になるとか、そういう形で新しい展開に結びつけば、それはいいと思うし、新たな混乱になるとすれば、この不信任案はあまり時宜を得ていなかったと、つまり結果によって評価するしかないと思います。

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この記事に[ 9件 ]のご意見・ご感想があります

投稿者 / furukawa2011年6月 4日 00:15

国会議員は要りません。
都道府県知事と役所が象徴天皇陛下の下に仕事をされれば十分です。
国会議員定数削減などは、泥棒に刑法を作成するようなもので、とうていできないと思います。国会をなくすしかありません。

投稿者 / 佐藤正文2011年6月 4日 19:46

発言の順序に沿って所々コメントをつけてみました:

国民が悪いという言い方を最近はよく耳にするのだが、本当にそうなのか。吟味する必要があるだろう。まず責任には権力が伴わなければならないとおもわれる。国民の権力とは投票することであるのだが、”投票”とは何かをもっと真剣に論議する必要がある。国民が責任を持つということは自明なのか?現代の社会システムは複雑であり、多くのプレイアーが参加している。個人としての国民の問題だけでは、視野が狭いのではないか。あらゆる法人、集団、NOP、政治団体、企業群、マスコミも責任の主体ではないか。彼らには投票権はないのだが、世論を動かし、安全神話作りに荷担し、黙認し、不正な資金を援助し、一般の個人としての国民以上に実態としての権力を行使している。

二大政党は日本では、はじめから現実性がなかったのではないか?日本にとって二大政党の本当に目指したことが日本にとって国の政治を良くする可能性があったのか?政党にかんする学問的研究が不十分だとおもう。現実の政党は責任を担える集団ではない。それが立証されたケースではなかったのか。現実に常に看板を書き換えている。当選後も政党を平気で渡り歩く。責任を持てない、持たない集団に政治責任を負わせる他統治機構とは元来、無責任統治機構となって現れた。政党自体が他の集団にのっとられ、ヤドカリが頻繁に起きている。体制の整わない政党は容易に利権集団の餌食になる。政党論をもっと徹底的に政治学者はやるべきなのだと思う。

選挙はやらなければならないと思うが。現時点では目の前の震災対策が優先でやれない。しかし、ある時期が来て、管直人の言っている時期でも良いのだが、選挙をすれば日本の政治はよくなるのだろうか?このままでは何度選挙をしても、多分絶対よくならないとおもわれる。

現実にどうやればよいのかわからない点がたくさんあるし、方法はそれぞれが自分の方法でやればよいとも考えるが、無数の市民運動を展開することからしか日本の政治は変えられないだろう。そのなかから自分たちで自分たちの代表を選ぶしかない。基礎自治体から今すぐに何らかの市民運動を始めることが必要なのだとおもうのだが。言論NPO等の団体は市民運動を開始したい意志のある人々にノウハウを提供しネットワークをつくり、より大きな市民運動のうねりをサポートしてほしいものだ。

 
日本をここまで先進諸国の仲間入りし今でも超一流の経済外国であり、今でも世界に類をみない多くの歴史的伝統のある企業集団がある。市民の経済活動の面で見れば明治維新以前から様々なビジネスノウハウを蓄積指揮してきているのであって、西欧のまねだけをしてきたわけではない。日本の多くの企業集団に帰属する国民は政治感覚は確かに薄かったし、”おまかせ”民主主義で過ごしてきたことは確かだが、企業集団としては、利権集団的な無責任だけであったとは思われない。多くの経済団体は良かれ悪しかれ政治を動かしてきたと考えている。たしかに企業利益誘導的な振る舞いがなかったとはいえないが、市民運動もそれぞれの立場で利益誘導的な運動に完全にならないような運動は多分存在しないだろう。
そのような意味で言えば、政治が本当に機能していた時代があったのか?ともかく、現時点では管直人でよいのだ。変えなくて良いと実業界も市民も国民も開き直る必要がある。現実に日本を動かしているのは自分たちであるとの自負のもとに実業界は具体的意見をぶつけることである。日本を救える集団がいまあるとすれば経済団体ではないのか。ここの団体のエゴをすてて日本国全体のために具体的行動を開始してもらいたい。一国民としての反省だけでは無力なのだ。

日本の政治構造を変えなくてはならないということは異論の余地はないとおもわれる。日本の企業もあらゆる集団も個人としての市民国民もだめ議員を縁を切ることから始めなくてはならないだろう。この茶番劇の主役は政治の世界から追放しなければならない。

広い意味の国民もあせらないことである。覚悟して上でさて広い意味での国民がどうすべきなのか考える必要がある。国民の決意を彼らにみせ感じさせ、危機感、恐怖感を抱かせる必要があるのではないか。そのような国民運動を起こし必要があるとおもわれる。そのための時間であると考えた方がよい。さもないと同じ誤りを繰り返すだけになるだろう。

政治の選択軸は政治側が問うのではなく、市民運動として国民側が問い詰めるという、これまでと逆の発想が必要ではないか。政治の対立軸は国民が作らなくてはならないと思われる。つまり国民作成のマニフェストである。国民が熟議の模範を示さなければならないだろう。何通りか国民運動の中で自然に対立軸は生まれてくるだろう。一つは原発廃止か維持かは大きい軸になる。年金問題も税制改革も同様だろう。それだけではなく政治改革、政党改革、議会改革も軸になる。軸は国民が作らなくてはならない時代だと考える。市民国民には人材があるれている。政治家のブレーンは国民ではないのか。政治献金するよりも企業はこれらの市民団体に寄付すべきなのだ。政治献金の方向が誤っているのではないか。

「ただ、私はやや悲観的ですが、選んだ者の責任として4年間は国会議員に託したわけですから、残りの2年間は受け止めるしかないと思います。」基本的にこの意見に同意します。

問題問題指摘では解決の道は見いだせないと思う。ある程度ひつようではあっても。マスコミには同種のような見解があふれている。もはや愚痴程度にしか響かなくなって来ている。なんらの改善もその指摘からは起こせないだろう。

二年待つということよりもそれぐらいの気分で現在の状況を受け止める必要があるということではないか。選挙をやればよくなるというならそれなりの説得ある説明をしていただきたいと思うのだが。だがこの種の議論は何も生まないとおもっている。

投稿者 / 二宮 郁夫2011年6月17日 10:23

政治や行政に対する信頼性が低いことは、長年、固定した感じがする。その原因の中には、以下のような状況が考えられる。
1.政治を改革しようという心意気で参画した者が、結果的に政治を悪用したり、政治を利用したり、何か魂胆があって、政治改革に接近する者が無くならない。
2.入閣したり、責任ある地位に就くと、以前の期待を裏切り、保身の術に転じる者が後を絶たない。
3.政府や内閣関係の会議メンバーになり、政治を利用する者が政治を歪める。
項目1,2,3が減れば、政治不信は徐々に解消される。
この点は、マスコミも論じていない。
言論界での議論も少ない。
しかし、以上は世の中の常。
問題の指摘は容易い。非難するだけで意味がない。
そこで、私たちは、身にまとう肩書や立場やシガラミを脱ぎ捨てて、国民一人ひとりとして、政治に真面目に向き合いましょう。
信頼感のある人の発言は、世の中で灯台の
役割を果たしてくれる。
畏敬の衆からの、ご教示を期待します。

投稿者 / 二宮 郁夫2011年6月17日 10:30

政治や行政に対する信頼性が低いことは、長年、固定した感じがする。その原因の中には、以下のような状況が考えられる。
1.政治を改革しようという心意気で参画した者が、結果的に政治を悪用したり、政治を利用したり、何か魂胆があって、政治改革に接近する者が無くならない。
2.入閣したり、責任ある地位に就くと、以前の期待を裏切り、保身の術に転じる者が後を絶たない。
3.政府や内閣関係の会議メンバーになり、政治を利用する者が政治を歪める。
項目1,2,3が減れば、政治不信は徐々に解消される。
この点は、マスコミも論じていない。
言論界での議論も少ない。
しかし、以上は世の中の常。
問題の指摘は容易い。非難するだけで意味がない。
そこで、私たちは、身にまとう肩書や立場やシガラミを脱ぎ捨てて、国民一人ひとりとして、政治に真面目に向き合いましょう。
信頼感のある人の発言は、世の中で灯台の
役割を果たしてくれる。
畏敬の衆からの、ご教示を期待します。

投稿者 / 長谷 主計2011年6月17日 11:12

議会政治改革
 
 国会も地方議会も議決は議員の得票数によって議決する。計算機の未発達の時代はともかく、現代はコンピュターにより簡単に議決数を集計可能である。
 政治改革はこの理念の思考により前進は難しくない。
 
 30年ほど前、3万票得票の島根県選出の国会議員も北海道1区で26万票得票(得票数差約8倍半)の国会議員も1議決権である。
 こんな馬鹿げたことが日本のみならず世界中で問題になっていない。

 国務大臣数の政党への割り振りは政党の得票率に拠るべし。

        経済思想論者

投稿者 / 浅野嘉名2011年6月21日 13:53

今は選挙している場合ではないと、月初めは思っていました。少しでも法案を通し、行政が軌道に乗るようにして欲しいと思っていました。
でも、最近の国会運営を見ていると、誰の責任かを問うのが先のようです。
今では、どうやったら政治家を変えることが出来るか、どうしたら選挙をさせられるか、国民として何かできないかと考えるようになりました。

この記事を読んで、さらにその思いが強くなりました。

投稿者 / Tomiie2011年6月22日 08:13

メルマガで工藤代表が提起された”なぜ政治は国民に「信」を問おうとしないのか
      ~問われているのは民主主義の機能不全~”とあわせて考えると次のように考えられるのではないかと思います。
1.解散総選挙は必須
 3.11は米国での9.11と同様大きなパラダイム転換をわれわれに強いている。米国では大統領であったブッシュは直ちに戦時の大統領として自らのなすべきことを表明国民は積極的に賛成した。現政権はこうした自体に対し従来のマニフェストを変えるのか変えないのかすら明言できない状況であり、既に”政治空白”になっている。早期に解散総選挙を行い、これから何をするべきかについての国民的な合意を形成することが必要。
2.ここで、今後すべきことについて、政治は価値観基づく選択肢をいくつかの重要な分野に対し提示することが必要。考えられる分野は例えば;
 1)政府(中央、地方、公)の役割;時間軸で見て緊急対策と中期的視点で分けた上で、国家インフラと民間の分担の基本的考え方とそれに伴う規制の変更
 2)原子力発電と温暖化
 3)政府ではない公的分野の事業の進め方(ファンディングと成果の分配)
 4)国際競争と食糧の自給
 5)異なる政治体制の他国との関係

ほかにもあるかもしれませんが、こうした本来的価値観をある程度明確にし、具体的な政策について合意できる政治家が政党として立つことが必要と考えます。
現首相の個人的資質については議論に値しないと考えます。つまりこれ以上議論しても修復不能ということです。国民としては2度とこのレベルの政治家を選挙に当選させないための厳しい自戒が求められると覚悟しています。

投稿者 / 大阪人2011年6月23日 13:16

国民も悪いというなら、せめて党員には
あらかじめ立候補する人間を吟味する機会を与えてほしい。

東京は別として、地方は党利党略優先の民主か自民の候補が当選するようにできてるので、国政に民意は届かない。

国民にも政治を考えてほしいのなら、
国政選挙は選挙区を廃止して、
全員を「全国区」で選ぶようにしないとだめ。

言論NPOの目的が
「国民を啓発し、真に日本を変えてくれる人材を選挙で国政に送ること」
というのは本気なの?と思ってしまう。

投稿者 / tomiie2011年7月 4日 10:44

毎年首相が変わるような状況では、毎年総選挙をやるくらいの覚悟が必要ではないか。ここ数年の状況から見れば、政権与党が機能しない状況があり、そもそも総選挙をやらないことによる実質政治空白が見られる。問題は、被災地で避難所にいる方や不明者の問題で、これを解決し可及的早期に総選挙を実施すべきと考える。

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