工藤:言論NPOの工藤です。今日は、コロナ危機と国際貿易という問題を議論してみたいと思っています。コロナの問題は、感染病というだけでなく、世界各国の貿易にもかなり大きな影響を与えています。私たちの問題意識は、コロナによるパンデミックという問題が弱体化している世界の多国間の経済や貿易のシステムにどのようなダメージを与えようとしているのか。そのダメージは一過性のものなのか。それともシステムそのものの改革を迫っているのか。今日の議論の目的は、そうした点を明らかにすることです。
今日は、経済産業研究所副所長の渡辺哲也さん、みずほ総合研究所主席研究員の菅原淳一さん、東京大学名誉教授の河合正弘さん、ジェトロ・アジア経済研究所上席主任調査研究員の猪俣哲史さんの4人で議論します。
まず、コロナ危機という問題に端を発し、各国が輸出を制限したりするなど、貿易や世界経済に非常に大きな影響を与えています。コロナの問題が、世界の貿易や経済のシステムにどのような影響を与えているのでしょうか。
米中対立は構造的な問題であり、「新常態」とみなして対応していくことが必要
河合:米中対立は貿易量の縮小、さらには貿易障壁の拡大、あるいは米中間のサプライチェーンの分断をもたらしています。貿易を取り巻くWTOのルールというものが非常に危ないものになりつつあるという意味で、非常に深刻な影響を及ぼしていると思います。こうした影響は一過性のものなのか、それとも構造的なものなのか、という点については、アメリカの世界経済に占める経済的なプレゼンスの相対的な低下、そして中国の相対的、絶対的な台頭ということを考えれば、後者だとみています。恐らくアメリカの中国に対する路線は、バイデン政権になったとしても基本的な流れは変わらないと思います。
貿易の縮小ということについては、2018年から始まった米中貿易摩擦に起因しますが、コロナの影響で一段と下押しされつつあります。米中が互いに占める輸出入の割合を、2016年、あるいは2017年と比べると、かなり減ってきています。例えば、アメリカの対中輸入は、2016年と2017年は20%以上ありましたが、2020年の始めには6ポイント以上下がっていますし、中国の対米輸出のシェアも19%ぐらいから15%ぐらいまで下がるなど、米中間の貿易の相互依存は傾向的に下がってきています。そして、ハイテク分野でのアメリカ政府によるファーウェイを中心とした輸出規制が効いてきていますから、ハイテク分野でのデカップリングはこれからも進んでいくのではないかと思います。これは米国を中心としたサプライチェーンと中国を中心としたサプライチェーンが分断されていく可能性をはらんでいると思います。
WTOのルールは非常に危険な状況にありますが、WTOのパネルがアメリカの対中制裁に関しては、WTOのルール違反だという結論を出し、アメリカはそれに対して反発しています。WTOという機能をどのように取り戻していくかということが、問題になってくると思います。
猪俣:コロナの影響に関しては3つのレベルで考えています。最初に影響が出たのがサプライサイドで、武漢で工場が閉鎖されたことによって、部品や付属品などの供給がストップしました。これによって、それらを使用していた世界各国の生産ラインが止まってしまうなど、こうした問題が顕著に出てきました。しかし、この問題は早々に解決して、既に回復状態にあります。むしろ、今回の動きは、国際サプライチェーンのレジリアンス(復元力)の高さを証明したような形になったと思います。
2つめのレベルは、ディマンドサイド(需要側)についてですが、今回は非常に大きなインパクトを及ぼしたと思います。人の動きが止まったことによる影響、特にサービス産業において、それが色濃く出ているわけです。ただ、これはサービス産業だけの問題ではなく、サービス産業が使用する様々な財といった、生産ネットワークにおける後方連関を通じて経済全体に非常に大きな影響を及ぼしています。今後は更に、雇用、そしてマクロな支出といった様々な分野に二次波及、三次波及があると思いますので、ディマンドサイドの問題というのが、今回のコロナにおいては一番大きな影響となったと思います。
最後に第三のレベルの話ですが、長期的に影響を及ぼすのではないかと考えているものですが、先ほど河合先生もおっしゃったように、国際関係の緊張が高まったことによって、政治的意図によって、資産凍結や技術の強制移転等、経済の分野に大きな影響を及ぼすようになりました。こういった状況下で、企業は国家の恣意的な介入に対して、常に神経をとがらすようになりました。このタイミングでコロナによるパンデミックが起こったわけですが、世界レベルで人の動きが止まるという前代未聞の状況に直面し、人心不安や社会的混乱を背景に、あるいはそれらを利用して、今後、多くの国で中央集権化の傾向が強まると考えています。政府による恣意的なビジネス介入、そしてそれらの政治的、外交的利用が懸念される中、今後、企業は国際戦略を立てる上において、進出先の制度頑健性、あるいは自国ビジネス環境との親和性といったものを海外展開におけるリスク評価の重要な参照点にすると思います。これが何を意味するかですが、これまで国際サプライチェーン、あるいはグローバルバリューチェーンといったものは、地域的な近接性といったことをベースに発展してきたのですが、今後はむしろ制度的な近似性、制度的な親和性といった軸で展開していくのではないかと考えています。そして究極的な形が異なった経済体制化、あるいは政治体制下におけるデカップリングだと私は考えています。そこまで行きつくかということは今後の展開次第だと思いますが、一つの流れとして注視しなければならないことだと思っています。
渡辺:コロナと貿易で言えば、まず起こったのはサプライチェーンが止まったということです。グローバル化の中で、自動車のサプライチェーン、電子、電気、マスクやゴム手袋等、日本経済、日本企業の活動は海外に依存していたことを、多くの人たちは知らなかったし、そうした事実が明らかになったということだと思います。それから、どこにチョークポイントがあって、どこが止まるとサプライチェーンが止まるのか、代替地があるのか、ということが政府や企業も含めて、改めて再認識したということだと思います。
米中対立というのは、背景にある構造的な問題で、河合先生もおっしゃっていましたが、既にアジアの貿易というのはコロナの前の2018年、2019年から米中対立の影響を受けているわけです。例えば、ベトナムは対米輸出を減らして、中国への輸出が増えている。それから、コロナの危機を経ても、電子・電機というのは中国との貿易が増えています。ですから、そもそも米中対立の背景に世界貿易の構造変化があって、それがコロナを経てさらに変わっていくということだと思います。
さらに、コロナ危機の当初は、各国がマスクの輸出を止めるなどの輸出規制がありましたが、G20等、様々な場所でこれは緊急措置であり継続させない、さらに必要最小限の措置に留めるということを政治的に合意し、今は落ち着いている状況だと思います。
菅原:貿易体制というところに焦点を当てますと、コロナがどのような影響を与えたかということについては、渡辺さんからも指摘がありましたが、リーマンショック辺りから始まっていた大きな構造変化の流れがあって、コロナが一変させたというわけではなくて、既に始まっていた自国第一主義とか、保護主義という動きを加速させ、顕在化させたという効果があったとみるのが一般的な見方だと思います。猪俣さんの発言にもありましたが、貿易に対する国家の介入、国家の役割というものがより大きくクローズアップされるようになった。さらに、米中対立もコロナ前から起きていたわけですが、コロナを契機に激化していったと言えると思います。そうした意味で、コロナというのは何か全く別の世界を作ったわけではなくて、これまでの変化を加速させたと見るのが正しいと思います。
今回の問題は、構造的な問題であり、構造的な変化であって、大きな流れというのはアメリカで政権が替わっても基本的には変わらないのだと思います。我々としては現在の状態を新たな「新常態」とみなして、新常態に対応していく必要があると思います。
工藤:今の状態は「新常態」ということですが、米中対立が構造的なもので、今後も継続し、解消することはないということで皆さんは一致していたと思います。渡辺さんの発言にもサプライチェーンの姿が見えてきたという指摘がありましたが、その中でも突出していたのが、中国との関係が非常に強いということです。だから、アメリカはマスクなども含めて、中国に依存するような構造は立て直し、国内で製造する必要があるという方向に舵を切っています。日本もアメリカほどではないにしても、対中国を意識せざるを得ません。つまり、中国との相互依存関係が非常に強いということを世界の国々が感じたわけです。
そこで疑問なのですが、中国を完全に切り離すことは可能なのでしょうか。これは、政治体制を始め様々な問題があります。日本で使われている日用品の多くのものは中国に依存しています。それをすぐに排除すべきということを言っているのではないのですが、少なくとも中国との経済的な依存関係が強い中で、日本国内への生産拠点の回帰なども出始めています。一方で、金融は結びつきが強く、上海などは活況なようです。米中対立という構造が常態化するのは分かってきたけれども、本当に中国を切り離すことはできるのか。さらに、構造も含めて中国とのデカップリングという考えはあるのか、それとも重要品目や機微技術だけの問題に狭まっていくのか、どのように考えていますか。
アメリカも含め、中国を完全に切り離すデカップリングは誰も望んでいない
菅原:今回のコロナに際しては、日本政府も補助金等を出して、国内回帰やASEAN諸国への多元化という政策を打ち出しています。その時に考えなければいけないのは、中国一国依存が問題だということはその通りですが、この問題は中国依存の問題と、一国依存の問題を分けて考えなければいけないと思います。一国に集中して過度に依存しているのが問題だということであれば、分散化を図り、中国への依存度を低めながらも、多元化していくことが解決策になると思います。一方で、中国に依存していることが問題だとすれば、もはや中国とは切り離さなければならないということになりますので、両者は別のものとして考えなければいけない。
その上で、工藤さんが指摘されたように、既にハイテク等の機微技術に関しては、選択的なデカップリングというのは既に起きていて、これからも進行していくのだということだと思います。その時に作られるサプライチェーンは、猪俣先生がおっしゃった制度的・親和性に基づく形になるのだと思います。我々は価値を共有する、ライクマインディッドなパートナーにおけるサプライチェーンと言っていますが、アメリカのポンペオ国務長官もそのようなことを言っていますし、日本も日豪印のサプライチェーン強靭化イニシアチブを打ち出していますから、体制が異なることを理由にしたデカップリングというのは部分的に生じるのだと思います。完全に中国を切り離せるのかというと現実的には不可能であり、それをすれば世界経済もガタガタになりますし、切り離した国自身の経済が持たない、ということになりますので、あくまで部分的な、選択的なデカップリングであって、アメリカ自身も中国にアメリカ製品や、農産物を買ってくれと言っているわけですから、中国を切り離すという全面的な分断は誰も考えていないのではないかと思います。
工藤:渡辺さんに伺いたいのは、日本政府の考え方はどうなのでしょうか。以前は、「チャイナプラスワン」というものを提唱し、中国以外の生産拠点を移すような取り組みも行っていました。今の日本政府の対応はどのようになっているのでしょうか。
渡辺:最近は経済安全保障ということを言っていて、機微技術をどのように管理するのか、調達を含めが輸出管理と投資の管理ということが、大きな流れだと思います。冷戦が終わって、21世紀になって中国がWTOに入り、国際経済開放体制の中に入ってくるという、ある種の約束があったわけです。そういう時代が続いたわけですが、最初にアメリカで起きた議論は、中国は同じ土俵に立っていないのではないか、下駄をはいているのではないか、そもそも資本主義とモデルが違うではないか、という点から始まり、機微技術、先端技術の話になって、人権、安保の問題になっています。世界がグローバル化によってフラットになるという大きな流れの中で、それに色々な条件が付いてきたということだと思います。そして、先端技術、ハイテク技術についてはしっかり管理しましょうということだと思います。当然、日本としてもやらなければいけないことです。
それから、根っこにあるのは国有企業の問題や、補助金の問題、知財の問題について、国際ルールが適用されてきたのかと。アメリカの不満はそこから始まって全面的な覇権争いになっているので、構造の問題をどう考えるのか、ということだと思います。
工藤:猪俣さんが指摘されたように、制度的な親和性となると、中国のように違いがありすぎると、企業もなかなか進出できなくなってしまいます。そうなると、全面的なデカップリングが起きる可能性がある、ということを遠回しに言っているように聞こえます。猪俣さんはそういう風にみているのですか。
国家安全保障に関わる先端技術等の分野でのデカップリングはあるものの、
中国と全面的なデカップリングは現実的に不可能
猪俣:結論的には、菅原さんが指摘されたことと同じで、中国との全面的なデカップリングというのは不可能です。むしろ、限られた局所的なデカップリング、私は管理されたデカップリングと言っていますが、そこに向かっていくのだと思います。では、デカップリングへの流れをどう読み取るか。デカップリングとはカップリングしていたものを分離するという意味です。実際に2つの国が、どこまで相互依存関係にあればカップリングしているのか、ということは相対的な問題だと思いますが、米中の文脈に限って言えば、重要なのは全く異なった経済体制、あるいは政治体制を持った超大国同士としては近付きてしまった、という感覚だと思います。冷戦終結後のアメリカの対中戦略、中国をグローバル経済に引き込むことによって、何とか西側の価値観に移行を促すというアメリカの楽観論に対する反省が根底にあると思っています。
ハリネズミ(ヤマアラシ)のジレンマというものがあり、米中の対立はその状況に近いのではないかと思います。つまり、グローバル・バリュー・チェーンの発展を通した経済的な繁栄の果実をアメリカも中国も求めて近付いてきたわけです。ところが、安全保障という国家存続の根幹にかかわる部分において、互いの棘がお互いの体に突き刺さった状況だと思います。いわゆるエコノミック・ステートクラフト(経済をテコに地政学的国益を追究する手段)について言えば、両国間の経済相互依存関係が深ければ深いほど効果が高いわけですが、米ソ冷戦時代と比較すると、米ソ間ではほとんどの経済交流はありませんでした。ですから、安全保障ということに関しては専ら軍事的な手段に基づくものになったわけです。一方、今日の米中対立はどうかといいうと、グローバル・バリュー・チェーンの発展によって、お互いの経済依存関係が深まって、かつ技術革新によって経済がデジタル化し、エコノミック・ステートクラフトの破壊力とスピードが、米ソ冷戦時代とは格段に増しています。そう考えると、米中のデカップリングの意味は何かということですが、アメリカと中国はナショナリズムを鼓舞することによって政治的な支持を上げるという目論見はあると思いますが、むしろ2匹の巨大なハリネズミが互いのベストの距離感を探っている試行錯誤の段階にあるのだと思います。そうなると、国家安全保障に関わる部分に限った局所的なデカップリング、あるいは管理されたデカップリングというのは両国の偶発的な衝突の可能性を低めることができるので、積極的に推進してもいいのではないかという考えはあると思います。
河合:アメリカが主導する形で起こっているわけですが、アメリカが頑張る限りはハイテク分野でのデカップリングは続くと思います。他の方々が言われたように、それ以外のところでのデカップリングについては、経済的なコストが大きいのであまり進まないのではないかと思います。中国の柔軟な供給力は、コロナ禍で驚異的なものがあると感じています。日本でマスクが不足していて、供給元のほとんどは中国でした。そして、テレワークになってカメラやマイクが必要になった時も、世界中が中国の供給力に依存してしまっている。中国は最終消費財の生産だけではなく、中間財の分野でも重要な役割を果たすようになってきていますし、資本財の面でも世界中が中国に相当依存している。これが無くなるということは当面考えにくいので、中国以外の国々は中国に依存するインセンティブが出てくる。
加えて、中国の国内経済の拡大というものがあるために、世界中の企業にとって中国市場に入って活動するというメリットは非常に大きい。EUも中国に対して求めていますし、アメリカも金融分野を始めとしてサービス分野で外国企業が活動する自由度を高めるようにという形で中国に迫っています。ただ、バイデンさん自身がアメリカで製造業を取り戻す必要があると言っていますが、具体的にどういう形をとるのか、という点が見えにくいところですが、全面的なデカップリングというのは経済コストの点、経済的なメリットの点から見ても考えにくいと思います。
工藤:米中という2つの大きな国が争い、しかも両国ともに国際協調に対して熱心なリーダーシップを取ろうとしていないため、「国際協調は幻想ではないか」と考える人が出てきています。一方で、こうした状況下だからこそ国際協調主義が必要だという2つの意見に分かれています。今、言論NPOでは、アメリカと中国の人たちに直接インタビューをしていますが、議論すればするほど見えてくるのは、かなり内向きな国家間競争が進んできているような気がします。習近平体制になってから国進民退、つまり民間に対しても党の指導があり、国有企業は巨大化していくという形で動いています。ですから、バイデンさんが言っているような製造業の姿というのは分かるわけです。
先日、中国の習近平のアドバイザーと議論しましたが、アメリカが報復をするから、中国は国家としてお金を産業政策に投入しなければいけなくなると言っていました。結果として、今起こっていることは中国にそうした対応を取らざるを得ない方向に迫っているだけではないか、と厳しい批判を展開していました。そうなると、国家が管理する経済の仕組み、そして国家の競争が高まる経済が民間主導の競争ルールに基づいて競い合っていくようなシステムと共存ができるのか、という本質的な疑問に行きつきます。そうなってくると、我々が考えている自由貿易の仕組みというものが、かなり難しい段階にきているのではないかと思わざるを得ないのですが、どのように考えればいいのでしょうか。
日本が中心となりミドルパワー連合を結集し、
米中に対して国際協調体制への回帰を求めていくが重要
菅原:国際協調の点で言うと、決して世界の意見は割れていないと思います。要するに、聞き方の問題で、「国際協調は必要か」と聞かれれば「必要だ」というと思います。では、「国際協調は可能か」と聞かれたときに、どの程度の人が「可能だ」と言えるのか。工藤さん自身が「世界を分断させてはいけない」と思っていらっしゃると思いますが、WTOは機能不全に陥っています。望ましい姿と、今後歩むべき可能な道というものの間に乖離があるのだと思います。ただ、米中対立が激しくなっていく、しかも安全保障や、人権や民主主義といった価値、イデオロギーまで対立が及んでいる状況の中で、どうやって国際協調体制を再構築するかという問題は非常に難しいわけです。日本としてはASEANやオーストラリア、ニュージーランド、カナダといったミドルパワー連合と呼ばれることもありますが、CPTTPの拡大等を通じて、同士国を増やしていって、米中に対して国際協調体制への回帰を求めていくことが重要になってくると思います。中国に対しても、相いれないからといって封じ込めとか、分断ではなくて、建設的な対話のチャネルを閉ざしてはいけないということだと思います。国際協調体制の再構築を図っていくことについては、大きな異論はないのではないかと思います。
もう一つ、国家の介入という点については、先ほど、河合先生がバイデンの製造業支援の話をされていました。バイデンが国内の製造業の競争力を向上させるための施策を打ち出したときに、トランプ大統領が凄く批判しました。その批判の仕方というのが、自分の真似だ、パクリだというものでした。それぐらい、民主党だろうと共和党だろうと国内の製造業を政府支援の下で競争力を回復させるということを言わないと、なかなか選挙に勝てないという状況になっているということ、さらに日本政府も額は違いますが生産拠点の国内回帰のための補助金を出しているということもありますから、国内回帰や国家が介入するということは今後、日米に限らず世界的な潮流だと思います。ただ、それをWTOのルールとどのように整合性を図るかということを忘れてしまうと、歯止めのかからないことになってしまいます。トランプ大統領は自国第一主義、かつ単独主義だったと思いますが、仮にバイデン政権ができた場合には、自国第一主義だけれども同盟国重視、多国間強調の方向に向かっていく可能性は十分あると思います。そういった期をとらえて、日本が主導する形で米中への国際協調体制の回帰を働き掛けていく、ということが益々重要になってくると思います。
工藤:国家としての競争力を高めないといけない一方で、ルールベースでの競争関係をきちんと整えないといけない。しかし、それぞれの国が内向きで競争に入ってしまうと、相手のことを言っていられなくなる、そういう状況に陥っているような気がするのですが、渡辺さんはどのように見ていますか。
渡辺:国際協調という話ですが、冒頭に工藤さんがおっしゃったように、米中2つの大きな大国が対立し、国際協調へのリーダーシップを取らない。日本は経済安全保障や技術の話は当然、対応せざるをえませんが、一方で、グローバルな社会で生きていくしかないわけですから、そのグローバル社会でのルールや秩序をどうやって守って進化させていくか、ということは日本自身の課題なのです。超大国のリーダーシップがない時にミドルパワーという話がありましたが、いかに世界の国際経済秩序を再構築して、イニシアチブをどのように取っていくのか。それから、世界各地のインテリジェンス、経済の情報を集めてリスクはどこにあるかを分析する、ということを能動的にやっていく必要があると思います。
ここ数年、コロナの前、あるいはトランプ大統領が出てくる前、日本がTPPで努力をしたのは、経済的に、あるいは安全保障上の意味においても、いかにアメリカをアジア・太平洋に関与させるか、ということでした。その後、トランプ大統領が誕生し、TPPからは離脱してしまった。それでも、TPP加盟11カ国で秩序を守ろうよ、それからEUともやるということで、超大国ではないけれども、世界の経済秩序に対して利害を有しているから、守っていかなければいけないし、進化させていかなければいけない、ということで努力したので、その努力は今後もやっていく必要があると思います。では、WTOがダメではないかという話に繋がると希望は無いのですが、今申しましたTPP、有志国の連携をどうするか。
また、これからアジェンダが変わってくると思います。今回、コロナの問題ではっきりしたのは、気候変動の問題が世界共通のテーマということで、これをどうやって自由貿易と調和させるか。それからデジタルの問題があるわけです。米中はかなり違うし、リーダーシップも取らないけれども、ヨーロッパや豪州と組もうとか、あるいはシンガポール、東南アジア、インドはどうするのか、と言った点について、日本からいろいろな発想を出して仲間を作って、いかにアメリカを入れて、中国を引き込んでいく。それが日本自身の利益になるし、やっていかなければいけないことだと思います。
工藤:今、米中対立の中で非常に厳しい状況が見えているのですが、多国間の国際貿易や自由秩序を再構築することは、将来的に可能なのでしょうか。
米中の管理されたデカップリングを管理する国際協調の枠組みが必要に
猪俣:菅原さんが指摘されていたように、国家の役割が今後強くなるというのはその通りなのですが、私は決して国内回帰を推奨しているわけではないので、その点はご了承ください。
工藤さんの冒頭の問題意識として、異なった体制間で共存は可能か、という非常に大きな問題を投げかけられましたが、私自身は残念ながらロマンのない、現実的な話になって申し訳ないのですが、ハリネズミのジレンマのイメージに則って、共存に向けてのとりあえずの時間稼ぎをしようよ、米中の衝突を避けるための仕組みを作りましょうということだと思います。それが管理されたデカップリングだという意味で申し上げました。その管理されたデカップリングに問題がないかというと、決してそうではないわけであって、3つに絞って話します。
まず、安全保障の分野に限ろうという話が出ていますが、本当に安全保障に限ることができるのか。安全保障というのは恣意的な解釈の危険性が伴っていないか。デカップリングの流れを本当に管理できるのかという問題が常に付きまとうと思います。それこそ、アメリカ政権が鐵鋼・アルミ製品に追加関税をかけた時のベースにしているのは通商拡大法232条です。232条というのは、安全保障に関連するものということが明記されているにもかかわらず、実際に鉄鋼やアルミ製品がどのようにアメリカの安全保障に関わってくるのか、ということに関しては、まともな説明を受けていないと理解しています。そうした拡大解釈の問題があるということ。
それから、先ほど話をしましたが、仮に制度的親和性をベースにしたサプライチェーン・ブロックみたいなものになっていくとすると、米中以外の国々がどのような影響を受けるのか、ということを私は懸念しています。米中がアフリカや中南米の低開発国の自陣への取り込みを画策して、戦略的な展開を行うという冷戦的構図が想定されるわけです。そうなった時に、本格的な、後戻りのできないデカップリングまで行ってしまう恐れが常にある。
最後に、アメリカのランド研究所が出した概念なのですが、相互確証経済破壊(MAED)というものがあります。これは核抑止論のベースになっていた相互確証破壊(MAD)をベースにしたものですが、要するに、今は互いに米中の経済がもの凄く絡み合っていて、相互依存関係にあるからこそ、互いにひどいことをするまでには至っていないと。逆に、これが中途半端に経済的な相互依存関係が低くなるとエコノミック・ステートクラフトを乱発するようになるだという発想です。そうなると、その過程をモニタリグンする必要が絶対にあると思います。私はそこで国際協調が重要になってくると思いますし、日本の役割もそこで問われてくると思います。つまり、米中の管理されたデカップリングを管理する国際協調といった枠組みが今後求められていくのではないかと思います。
河合:国際協調は必要であるし、かなりの程度可能だと思います。先ほどから皆さんが言われているように、アメリカの一つの大きな問題として、EUを始めとする同盟国との国際協調というものを非常にないがしろにしてきたということが挙げられます。アメリカにとっての同盟国、あるいは友好国との間での国際協調を取り戻すということが重要だと思います。おそらくバイデンさんが大統領になったらやるだろうと思います。この面での国際協調ができれば、中国に対して、例えば、WTO改革等を含んだかなり有効なプレッシャーをかけていくことができると思います。
トランプ政権は中国に対して、香港問題や台湾問題等、色々なことを問題にしていますが、経済の面から言うと、そもそもの出発点はアメリカの対中赤字がもの凄く大きすぎるということでした。これは中国がアメリカを食い物にしている、という見方です。経済学的に言えば正しい見方ではないのですが、政治家にとっては赤字というのは悪い、黒字の国はけしからんということになる。中国自身の黒字は徐々に減ってきているわけですが、対米黒字の大きさというのは比率としてはまだまだ高い。アメリカとしては、次の政権になったとしても、この赤字を何とか減らしていく方向を重視するのではないかと思います。アメリカにとっては赤字の先が多様化していく、中国にとっては黒字の先が多様化していくという方向にいくのだろうと思います。
WTO改革については、具体的にどういうことをしたいのか、ということを共同で公式な形で米欧が中心となり、日本もそこに入って改革案をまとめ、中国との対話を進めていく。中国の国有企業や補助金の問題、途上国の定義の問題などに対して中国が真剣に取り組むように持っていくことで、米中関係の管理というものがもう少しやり易くなるのではないかと思います。他にもグローバルな課題はありますが、経済的な視点から言いますと、WTO改革は中国にとっても重要ですから、それに取り組んでいくことがよりよい国際協調の世界を作り出していくことに繋がっていくのではないかと思います。
工藤:1つ、聞いている人から質問がきているので、菅原さんに答えてほしいのですが、米中でハイテク分野においてデカップリングが起こる中で、日本はどのようにして次世代の通信技術政策を進めるべきなのか、という質問です。
菅原:日本としては、残念ながらアメリカに付くという以外の選択肢はないわけですから、基本的にはアメリカと一緒になって、国内規制化、国際規制化していって、経済安全保障という観点から進めていくということだと思いますが、当然ファーウェイのような企業が入ってこなくなるわけですから、日本企業がいかにビジネスチャンスとして捉えるかということがあると思います。ただこれによって、中国とのビジネスを諦めるという話ではないので、会社体制を分ける必要が出てくるかもしれませんが、サプライチェーンをうまく分離できれば中国とのビジネスをしつつ、ということは可能だとは思います。全て終わりという話ではないので、日本企業としてはビジネスチャンスとして、うまく拾っていく必要があると思いますし、政府としても必要であれば支援していくことが必要になってくるのだと思います。
工藤:今日の議論は、これから始まる議論の様々な論点を出していただいたと思います。管理されたデカップリングの話も出ましたし、もう少し深く議論を区別してやっていかなければいけないなと思いました。河合さんも指摘されたように、貿易の赤字を減らすということであれば、相手国に物を買ってほしいということになり、逆に経済の依存を強めるということになります。今抱えている現象や構造を、全てテーブルの上で並べ直す必要があるなと感じました。
コロナの危機や今回の貿易の問題、地球環境の問題等、今、国民が本気で考えなければいけない局面に来ていると思いますし、この危機は連続化し、複合化していく局面だと思います。そうなってくると、力を合わせて乗り越えるしか道はないと思います。その中で、日本がどのような役割を果たすかということをもっと詰めていかなければいけないと思っています。ありがとうございました。
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