工藤:今日は中国経済について議論したいと思います。コロナ禍で世界経済が非常に厳しい状況にある中、中国経済は4-6月期のGDPがプラスに転換しました。IMFも含めた国際機関が中国経済は順調に回復したと評価しています。
なぜ中国はコロナ禍で、しかも米中対立が激化する中でこんなに早く回復できたのか、そこが、今日の議論の論点です。
また中国は、次の五カ年計画の中で、「双循環」という考え方を提起しています。これは習近平主席の提唱ということですが、この「双循環」とはいったい何なのか、それも今日の議論のテーマです。中国経済のこうした問題を考えるために、三人の専門家に来ていただきました。慶應義塾大学経済学部教授の駒形哲哉さん、大和総研主席研究員の齋藤尚登さん、そして、日本総研主任研究員の関辰一さんです。
ではまず、なぜ中国はこんな状況の中でいち早くプラス成長の軌道を回復できるようになったのか、ここから分析していただきたいと思います。
情報通信技術と、非常に強力な社会管理の能力を発揮して、断裂したチェーンをいち早くつなぎ直したことが、早期回復の大きな要因
駒形:そもそも中国は、ヒト・技術も含むモノ・カネ・市場が揃っていました。コロナショックでいったんは生産の連鎖が断裂しましたし、それから生産・供給と消費の連鎖も断裂したのですが、情報通信技術と非常に強力な社会管理の能力を発揮して、断裂したチェーンをいち早くつなぎ直した、ということで、生産の連鎖、それから供給と消費の連関が再生しました。
そして、これは極論になりますが、中国は依然「世界の工場」ですから、世界の経済が動き始めるということは、まず中国で生産が回復する、ということになります。その点で中国の経済回復が世界に先行した、ということだと考えています。
「健康コード」による徹底的に感染拡大の抑制が功を奏した。日米欧との感染拡大のタイムラグにより、供給を一手に担ったことも原動力に
齋藤:まず中国は、新型コロナウイルス感染症対応の初動には失敗しているのですが、その後、「健康コード」と呼ばれるアプリを使って徹底的に感染拡大の抑制をした、ということで、三月初旬以降は感染者数が激減しています。そこから順調に経済活動の再開が進んだ。私はこれが一番大きいことだと思います。
もう一つはタイムラグですね。欧州や米国、日本とは感染拡大の時間差があった。三月初旬にほぼ抑え込みに成功した段階で、諸外国はそこから急に増えていった、という状況だったので、供給サイドのショックが早く来た分、早く回復できたということです。日本などが生産できない時に、それを中国が肩代わりした。それが景気回復の一つの原動力になったと思います。
工藤:健康コードというのは、どういうものなのでしょうか。
齋藤:日本の感染アプリとは違うもので、個人を特定した上で、感染リスクの高低が分かるものです。
最初に名前や身分証、携帯番号、あるいはいくつかの質問に対する回答を入力する。その後、一歩外出するとどこでも至る所で・・・オフィス、レストラン、交通機関などで、その都度アプリをピッとかざしていく。そうすると行動履歴がどんどん蓄積されていく。
もう一つ、政府や企業の情報ですね。例えば、公安部の顔認証です。それに関連する個人情報など、いろいろなものがそこに蓄積されていきますので、その人が健康かどうか、ということがそこに提示される。緑色だと良い。黄色ですと一週間の自己隔離。赤色だと二週間。そうして健康な人だけで経済活動を再開する、そうではない人たちは隔離をして他の人にうつさないようにする。つまり、感染拡大の抑制プラス経済活動再開のゴーサインを出す役割を、この健康コードが果たしたということになります。
コロナ禍でも投資を拡大し続けた中国。世界的なテレワーク拡大も追い風に
関:私は中国経済の回復の要因は三つあると思っています。一つはすでに皆さんが指摘されたように健康コードなどのデジタル技術を使って、早くも二月から経済活動の再開を政府が指示できるような状況になったことがあります。一方、他の国々は経済活動再開がもっと遅かった。これがまず一つ。
二つ目は、中国政府がインフラ投資や不動産開発投資、それから半導体といったハイテク分野での投資拡大を促進したということがあげられます。
工藤:それは政府がお金を出す、ということですか。
関:そうですね。例えば、三月くらいにはもうインフラ投資の計画が前倒しされて投資が広く行われていました。それから三つ目は、世界的にコロナ禍でテレワークが進んでいましたが、それでパソコン、そしてルーター、モニターなど周辺機器の需要が世界的に高まりました。携帯電話もそうですね。そうした中国が強みを持つ分野の需要が盛り上がったことで、中国の輸出が想定以上に好調の一途をたどった、ということがあげられますね。
工藤:それは先に需要を取り込んだということですよね。では、こうした中国の経済回復は持続可能なものなのでしょうか。
駒形:一時的な盛り上がりという部分はもちろんあると思いますが、ただ、コロナによって世界中で人々の生活形態が変わりつつあります。そうしたことからある程度持続性はあるかもしれません。ただ、それほど長期に渡るような持続性はないかもしれないですね。
工藤:健康コードなどで感染拡大封じ込めが成功したとしても、飲食店など人が密にならないと動かないような産業があります。消費が回復するには、時間がかかるのではないでしょうか。
飲食業、観光業など接触型消費も年末に向けて回復に向かう
齋藤:回復が遅いのは、いわゆる接触型と呼ばれる消費の部分です。工藤さんもご指摘されたレストランもその一つですし、あるいは観光、映画など娯楽もそうです。ここでは非常に慎重に、段階的に再開しているというのが現状です。
ただ、先日国慶節の大型連休が終わりましたが、国内旅行の観光者数が前年の8割、観光収入は前年比で7割まで戻してきています。最後まで残された分野がそこまで戻ってきていますので、おそらく年末に向けて遅れていた分野も、回復する動きがさらに始まるのではないか、と思います。
工藤:中国では、隔離をしながら経済活動を再開できるために基盤を作り、政府としてインフラ、開発など様々な投資などを行い、先行して経済の再開ができたために、世界の需要を取り込むこともできた。ある意味で循環が始まっているようにも、聞こえましたが、そうしたサイクルが中国経済で動き出したとみてもいいのでしょうか。
ワクチン開発の動向、外出自粛継続の見通しから、観光業の回復には時間がかかる
関:動き出して、すでにしばらく経っている状況だと認識しています。もう少しで天井が見えてくるのではないでしょうか。
消費に関しては斎藤さんの見方とは異なるのですが、ある程度ワクチンの開発には時間がかかりそうですし、中国でも外出自粛の動きが続くのではないか、ということで旅行者数に関しても去年の水準まで戻るのにはまだ時間がかかるのではないかと私はみています。
工藤:次は、米中対立の議論です。対立がかなり厳しい状況になってきており、本来であればその影響も出てきているのではないかと思っていたのですが、意外と中国経済は耐えている。実際のところ影響はないのでしょうか。
今後の行方を見定める上で、ポイントになるのは半導体産業
駒形:特に今後どうなるのか注視しなければならないのは半導体産業だと思います。半導体というのはあらゆる電気を使う製品の中に組み込まれますので、半導体なくして経済活動は成り立たない。その中で5Gが重要になってきているのですが、よく言われているように、ファーウェイに対する制裁、それから中国に対する半導体供給差し止めなどを考えると、中国も国産化を目指して力を入れてはいるのですが、まだ台湾系のものと比べると技術的な格差が大きい。中長期的には追いつく可能性がありますが、レベルアップに向けてはかなりの抑制作用になってしまうでしょう。
何年かの間はかなり大きな影響が出てくる可能性はあると思います。
ただ、量的な拡大という点で新興国・途上国の方に需要が拡大していく、あるいは中国の低所得層を伸ばしていくという点では、多少の伸びしろを残しているとも言えます。
工藤:齋藤さん、米中対立の影響というのは深刻なのでしょうか。それとも思っていたほどの影響はないのでしょうか。
短期的には顕著な影響なし。半導体国産化は"自力更生"がカギになる
齋藤:今、駒形先生が中長期的なお話をされましたが、私もその通りだと思います。慎重にみるべきだとは思います。ただ、短期的な話ということになると若干様相は変わると思います。例えば、コロナ禍という特殊な状況の中で、アメリカとしても中国からマスクや防護服、あるいはパソコン、周辺機器を輸入せざるを得ない状況にあると思います。
それから、半導体の国産化の話が出ていますが、そのためには「自力更生」をしなければならない。補助金を付けたり、あるいは税金の優遇をすることで投資を呼ぶ、投資をさせるということですね。こういった状況下でも中国のハイテク製造業の投資額というのは、二桁の伸びを示しています。短期的には、むしろそれを跳ね返すための努力があって、それが成長にプラスに寄与している部分があるかと思います。
ファーウェイの人材もノウハウも他社に移すことができるため、制裁は時間稼ぎにしかならない
関:米国の対中制裁は、個別の企業にとってやはり甚大なダメージがあるかと思いますが、中国経済全体でみると限定的ではないか、とみています。例えば、去年にしても米中摩擦の中で、中国のGDPは名目ベースで1割くらい伸びているのですね。
それから、ファーウェイへの制裁についても、ファーウェイが中国で必要な5G技術を生み出せなくなったとしても、ファーウェイ社内の人材やノウハウは、他の会社に移って、そこが代わりに作ることができる。ですから、時間稼ぎにはなるけれど、決定的なダメージにはならないと思います。
工藤:よく米中対立の話になると、デカップリングというか、中国に過度に依存しているものを切り離していくという動きが、広範囲で確かに出てきているわけです。それが、どのように実際の中国経済を揺さぶっているのでしょうか。
デカップリングは米中両国のみならず、世界の利益も損なう
駒形:まず、中国から生産拠点を移す動きがあるとすれば、それは別にコロナや米中対立が原因というわけではなく、そもそも、中期的なスパンですでに起こっている経済原則に基づいた生産地の調整ということですから、それ事態は米中対立の結果とは必ずしも言えないのではないかと思います。
それから、デカップリングということについては、アメリカも中国もお互いに利益を損ない、世界も利益を損なうということですから、経済的なことだけを考えると得策ではないと思います。
全体の数パーセントの部分ではデカップリングは起こり得るが、それが以外はWin-Winの関係は維持されていく。"数パーセント"の拡大には要注意
齋藤:デカップリングの話ですが、よく言われるのが「ゼロか100か」という二者択一です。経済面でいうと、ゼロか100かということはあり得ないわけです。おそらく極小化された部分、全体の数パーセントの部分、特に安全保障に関わる部分ではデカップリングは起こり得ると思いますが、それが以外は一緒にやっていく。Win-Winの関係は構築されていますし、これからもそれは維持されていくのだろうと思います。
リスクがあるとすれば、その数パーセントの部分がだんだん広がっていくことで、そこは要注意だと思います。
第4次産業革命のキーとなる分野において、世界から締め出されることを恐れている中国。中国スタンダートの推進はその裏返し
関:産業ピラミッドでみた時に、第4次産業革命の中で、今頂点にある自動車産業から、AIとかIoTを活用したような企業が、ポジションを取って代わる可能性が出てくると思います。そういった意味で既存の産業においては、中国政府としても、そこまでデカップリングは進まないだろうとみていると思うのですね。それは皆さんが指摘された通り経済効率性がありますから。
ただ、第4次産業革命のキーとなる分野において、国際マーケットから中国企業が締め出されることには危機感を持っていると思いますね。だからこそ中国スタンダードを世界に広げることで、中国企業の海外展開を支援していかなければならない、と認識していると思います。
工藤:コロナと米中対立の二つの側面から、中国経済というものがどうなっているのかをお話しいただきましたが、いよいよ私が一番気になっている話をお聞きしたいと思います。
7月に習近平さんが中国のエコノミストを10人くらい集めて座談会を開いていましたが、私もそのうちの何人かと直接話をする機会がありました。そこで、「双循環」という言葉が出ました。習近平さんが提唱した言葉だということですが、ある中国のエコノミストはその狙いの一つは、米中対立が今後長期化するということを見越して、それへの国内対応という要素があると説明していました。
この「双循環」とはそもそもどういったものなのでしょうか。
「双循環」とは今までの発展戦略の延長に過ぎない。ただ、米中対立長期化を見越した"籠城戦"への覚悟も垣間見える
駒形:もともと中国は、計画経済時代に、国内で再生産が完結する構造を持っていた。改革開放以降、対外開放の部分と、それから国内の再生産の部分とを分けてやってきました。そして、80年代後半くらいから国内と国外の壁を取り払って、対外経済を組み込んだ形での国民経済の再生産構造に組み替えていきました。部分的には対外経済との再生産の部分に重点が置かれてきたわけですが、2010年代に入って、特に新常態の段階に入って、経済発展のやり方を転換していく。内需を拡大していくという形で、内需と外需のバランスが少し変わってきている。「双循環」というのはどちらかを取るということではなく、その改革開放のプロセスの中でのバランスの変化という風に捉えています。別に最近出てきたことではなくて、今までの発展戦略の上に位置付けられているということです。
ただもう一つは、米中対立の中で、内需に多少依存せざるを得ない状況ですから、籠城戦の覚悟というものも、垣間見えると思います。
工藤:ただこれを習近平さんが提案し、次の五カ年計画の柱にしていく、ということになると、やはり経済的な意図だけではなく、政治的な意図も含めて、かなり大きな転換になっていく、とマーケットは受け止めざるを得ないと思うのですが。
双循環のうちの内需だけを過度に評価するのは誤り
駒形:政治的なメッセージとしては非常に大きいのですが、私たちが外部から見た時に、内需への過度な期待はやはり間違っているのではないか、と思います。
国内市場がとても大きいので、内需を使っていきたい人は外資もどうぞ利用してくださいと。市場と技術を交換するということはこれまでもやってきていますので、その中で国内市場を使って外資もどうぞ儲けてください、ただし技術は移転してください、ということはやるかもしれません。
それからもう一つには、今、中国企業の海外展開も進んできていますので、その点では中国企業が海外で事業展開することは妨げない、ということにはなっていると思います。
ただ、繰り返しになりますが、内需への過度な依存といいますか、双循環のうちの内需だけを過度に評価するのは間違っていると思います。
主は国内、従は海外。もっとも、内需主導自体は従来からの既定路線に過ぎない
齋藤:「双循環」と言った時に、やはり一つは国内。これを「国内大循環」という言い方をしているので、「主と従」で言えば主は国内です。
ただ、"双"循環と並列で書いてありますように、従、つまり海外の部分も非常に重要であると言っているわけです。なので、両方とも大事なのだけれど、どちらがより大事かといえば国内ですよ、という言い方をしているわけです。
工藤:なぜ国内が大事だ、と言うようになったのですか。
齋藤:外需依存型の経済、つまり、外国から直接投資を導入して、豊富で安い労賃を使って輸出していく、というビジネスモデル自体が、もうすでに曲がり角を迎えて何年も経っているわけです。そういった意味では、元々内需主導、消費主導に舵を切るということを言い続けて10年経っているわけです。先程から議論されているように、これまでの政策の延長線上にこの「双循環」というものがあるので、別に新しいものではなく新鮮味もない。言い方を変えたものに過ぎないという評価を私はしています。
もっとも、深読みをすればもっと別の見方ができるのかもしれませんが。
双循環の三つの柱はサプライチェーンの強靭化、消費拡大、海外の活用
関:皆さんが言われたように、「双循環」という言葉の範囲、定義を政府が明確にしていない中で、いろいろな見方が専門家の中から出ていると思います。私も右に倣えで、私見を述べますと、三つの柱があると思います。
一つ目がサプライチェーンの強靭化です。アメリカは経済面だけではなく、軍事・外交面においても、中国に対する警戒姿勢を強めてきている中で、いろいろな措置を打ち出してきましたし、今後もそれは続くと思います。ですから、中国としては、例えば今、半導体の生産、あるいは5G基地局の設置がアメリカの制裁によって危ぶまれているというリスクが出てきている状況ですし、今後食糧、エネルギーに関しても制裁を受ける可能性がある。さらには、中国の貿易は今ほとんど米ドルで決済していますが、アメリカがドル決済をできないように金融制裁をする可能性もなくはないですよね。
そういう想定の下で、やはり中国政府としては、より半導体などハイテク分野の飛躍につながるようなものを国内、あるいは友好国で作っていくと。食料・エネルギーに関しても、それを提供している国内企業が海外企業と関係を深めるように支えていく。人民元の国際化ということに関しても、デジタル人民元の試験を本格化させています。そういったことで再び人民元国際化のアクセルを踏み始めたという風にみています。
二つ目の柱というのが、やはり消費拡大です。習近平政権もこれまで社会保障制度の整備であったり、戸籍制度の改革であったり、都市化など、消費拡大のためにいろいろなことをやってきましたが、まだまだ制度改革の余地が大きいというように思います。
三つ目の柱というのが、先生方もおっしゃられたように、海外の需要をいかにこれまでと同じように取り込んで、中国の成長につなげていくのか。海外の優秀な企業に中国に来てもらって、いかにより良いサービスを中国国内で提供してもらうか。さらには、ハイテク分野もそうですし、自動車部品メーカーなどに関しても優秀な人材に中国に来てもらって、いかに学ばせてもらうか。そういう海外のリソースの活用、市場の活用ということも、この双循環の柱の一つであると考えています。
工藤:今のお話には非常に納得できるところがあります。国内のいろいろな基盤を強化するというところと、マーケットとしての力も維持する。それから消費を拡大していくということですね。これを経済ではなく政治的にみると、一番目の国内の基盤を強化するというところに関心があります。政府は産業政策をもって、国家主導型で必要なもの、戦略上の物資そのものを全部揃えると。それでアクセルをふかして、競争力を高めると。どんな困難があっても乗り越えられるようにすると。米中対立は結果的に、世界が目指しているルールベースでの自由市場、とは違うものを、生み出しているようにも思えます。
実態は経済原理に基づく単なる産業移転
駒形:基本的には企業が資本を作る場所を選ぶ。買う人がいる場所で作ることを選ぶという、それで結果として中国への生産集中になって、それを中国政府がうまく利用している、ということになります。
ですから、国と国との関係でみるから特別にみえるのですけれど、日本の国内である地域、例えば、これまである産業があった場所から別の場所に移りそうだ、ということが起こった場合、元の地域は何とか引き留める防御策を取るということと極めて似ている状況であるわけです。国内で産業移転が起こって、ある部分から産業が失われ、ある部分で産業が移っていく。これと同じように考えれば、その移った先がたまたま中国国内であった、と考えれば特に不思議なことではないし、経済原理からすれば当然であるわけです。
産業政策の"主役"になるのが国有企業であれば失敗する可能性大
齋藤:国が産業政策を策定して、それを遂行させる時に、誰が主役かというのが一番の問題だと思うのですね。これが仮に、国有企業であれば、それは失敗する可能性は高まると思います。というのも、産業政策といったときに、どうしても補助金を与えるとか、あるいは国有企業であれば、その国有企業を合併やM&Aで大きくしてあげるということをやるわけです。大きくすること自体は別によいのですが、その後、本当に強くなれるのか、優秀になれるのか、というのは別の問題です。
そういった中で、競争が弱まってくると、どうしてもイノベーションというものも弱まってきますので、私は産業政策の主役が誰なのか。国有企業であれば失敗するリスクは高まっていく、と思っているので、もっと自由にいろいろと競争させた方が、中国の発展にはプラスだと思っています。
工藤:「双循環」の中には誰が主役なのか、ということは書いていないのですか。
斎藤:私がみる限りは「主役は誰か」という言い方はしていなくて、国有経済を主体に他の民間経済なども一緒に頑張っていく、というような言い方は常々されていますので、両方とも大事だという言い方ですね。ただ、主体は国有企業なのだと。
関:習近平さんの、国有企業や民間企業の捉え方というのは、おそらく今の状況ですと、ハンドリングが十分にできていないということが問題で、よりハンドリングをできるようにするためには、国有企業が民間企業を買収する、ということであったり、あるいは地方政府が傘下にホールディングスカンパニーを持って、そこに国有企業も民間企業もぶら下げる、と。こういうような形で、将来的にはもしかしたら中国では国有企業というカテゴリーもなくなり民間企業というカテゴリーもなくなり、混合企業しかない、ということになるかもしれません。
工藤:ただ、今の巨大な国有企業はさらに強化される、ということにはなりませんか。
関:そういう国有企業も、より成長していくためには、民間企業として成長してきたようなアリババやテンセントのようなところと実質的には合併していくという形でいかないと、おそらく生産性は上がらないと思います。
工藤:今回の「双循環」の提起は、中国経済が逆境にある中で前進していくための一つの大きなきっかけになっていくと思いますか。
双循環は、共産党一党独裁の市場経済がより新しい形に変化させるものだが、限界はある
駒形:まあ、そのように言えるかと思います。先ほど、関先生のお話で非常に勉強になったのですが、中国の憲法をみれば共産党の指導と国有企業が主体である、ということがはっきりと書かれていて、その縛りの中で経済活動を市場化していく。その結果として、国有企業が何らかのコミットしていく、いつでもイニシアティブを取れるような形で、できるだけ民間の活力と資金を活かしていく、というこの形で企業の所有制改革や産業組織編成がされていくのだろうと思います。
この方向性というのは、共産党一党独裁の市場経済の形というのを、より新しい形に変えていくような方向性を持っていると思います。それでも共産党一党独裁、党の指導が必ず担保されるという限度での変更ですから、このあたりはやはり経済効率性からみれば限界はあると思います。
工藤:確かに限界はあるのですが、国家がある程度産業政策を作って、体質改善に踏み込んでいく、ということが明確になってきた場合に、中国だけではなく、世界もそれに対して対抗して自分たちの競争力を上げていこうと、国家主導の対抗合戦のような状況になる可能性があります。これまで議論されてきた世界経済の健全な競争のイメージとは違う形になっていってしまうような気はしませんか。
国有企業改革は、むしろ国有企業の健全な国際競争力を奪っている
斎藤:私はそうは感じていません。例えば、中国国内で大きな国有企業で、資産総額、株式の時価総額で言えば世界のトップ10に入ってくるような銀行があるわけですが、彼らが本当に同じ競争条件の下、例えば、日本やアメリカで同じ土俵で戦った時に勝者になれるかというとそれは別の問題だと思います。つまり、国内で保護を受けることで、少し前まで銀行は貸し出しをすれば利ざやが300ベーシス抜けるという状況だったわけです。そういう努力しなくても利益が担保されているような中で大きくなってきた企業なので、本当の意味での競争を経験していないわけです。
先ほど、関先生の方から国有企業が民間企業を買収していく、というご発言がありましたが、実はそれこそが危うい兆候であるわけです。せっかく大きくなって、競争力をつけてきた民間企業が、ある日、金融環境が悪くなって資金調達が上手くいかなくなったとします。そうすると、国有部門、あるいは地方政府から出資を受ける。それによって国有企業になってしまうわけです。そうすると自由な経営が担保できるのか。私は国有企業改革のあるべき姿と、ここ数年の動きは逆行しているようにみえます。
工藤:今進んでいる展開は、競争力を逆に失っている。保護されてきた企業はルールベースの世界に入ってくるとなかなか力を発揮できないだろうということですね。
斎藤:民間企業は別です。厳しい条件の中で大きくなっているところですから。しかし、国有企業に関して言えば、外に行った時に同じ土俵で戦えるかと言ったら難しい。
工藤:中国が産業政策をベースにしながら、国内産業の強靭化を図ろうとしているということは間違いない展開だと思うのですが、今後そういう大きな舵取りは成功するのでしょうか。逆効果ではないかというご指摘がありましたが。
国際社会が足並みを揃えて中国に要望していくべき。中国にも、ステークホルダーの意見をきちんと汲み上げていく大国としての責任がある
関:私は、他の国々がどう中国に対応するかによって結論が変わってくるのではないかと思います。WTOにしても加盟国が、同じ足並みを揃えて、中国に対して産業補助金をこれまでのようなやり方で国内企業に交付するべきではない、ということを強く言えていないわけです。アメリカだけが先走っている状況です。中国としてもアメリカだけからのプレッシャーであれば何とかやっていけると思うのですね。
ただ、世界が一丸となって圧力をかけていったら、やはり是正してくるのではないかと思います。例えば、鉄鋼でも数年前にWTOに鉄鋼に関する委員会が組織されましたが、その結果、中国国内で鉄鋼業向けの補助金が明らかに減りました。その要因としては、外部からの圧力もありますし、国内で補助金によっても国際競争力がそこまで上がらず、それどころか過剰債務が膨み、結局大きなお荷物になってしまったので、WTOの要請に従ったような形で補助金が減っていったのです。
同じようなことが他の分野でもできると思います。国際社会が足並みを揃えて中国に要望していく。そもそも、中国というのは、数十年前、例えば1980年代頃はオランダよりもGDPが小さかったわけです。それが今ではアメリカに次ぎ巨大国家になった中では、今まで通りに「中国のやり方でやっていくから文句言うな」というのは認められなくなってきているフェーズに入ったと思います。大国としての役割がありますし、いろいろなステークホルダーも増えましたので、ステークホルダーの意見もきちんと汲み上げていく責任というものが中国側にあるのではないかと思います。
工藤:もう一つ分からないのは、国内循環と外の循環の調整です。国内が主、との意見ですが、国外においても一対一路も含めて、途上国での展開や中国企業の海外進出など積極的な展開をしています。国内での強靭性を高める中で、内外の絵をどのように描こうとしているのか、それが見えません。
それから、中国経済がだんだん内需的な展開になっていくと、金利が上がったり、人民元もそれなりに高くなっていくとか、いろいろなマクロ的な状況が変わっていくということも考えられます。そうなってくると、中国国内にある債務の調整の問題が出てくる。
これらにも全体的にどう進めていくのか、という問題です。
創業が活発で、若い経営者が続出する中国の活況は当分続く
駒形:私はマクロ経済があまり得意ではないのでミクロの方ばかりみてしまうのですが、基本的には企業活動がどれだけ活発に展開されていくのか、というところに注目しています。少し次元が異なる話かもしれませんが、コロナの期間も例えば、日本は新規開業というのはものすごく減ったし倒産件数が増えましたが、中国は1月から7月にかけて、これまでにないくらい創業が増えています。倒産はもちろんありますが、ネットでみると企業数が増えていて、一日に二万社増えているといった状況です。
今年が一番多いくらいです。それに加えて、特定領域ですが、新しい、若い経営者が次々に出てきている、ということを考えると、基本的な活力はまだ当分続く。これが中国の一番の強みだと思っています。
競争力を向上させるための国有企業改革と、その表裏一体となる銀行改革が今後の中国のカギを握る
齋藤:これから重要になってくる改革という点で申し上げると二つあると思います。一つはどうしても国有企業改革です。あるべき姿の国有企業改革というのは、基本的に国有企業が頑張る部分を極小化する、ということだと思います。それ以外のところで民営企業と一緒に競争していくということですよね。
さらに、国有企業の製品です。これの付加価値が高まって売れる製品にしていく、ということがとても大事です。
もう一つが、銀行改革なのですが、これは表裏一体の関係にあります。中国の企業債務の約8割が国有部門と言われています。それに対して、国有企業が貸し出しを行っている構図ですので、まず大元の国有企業を儲かる企業にしてあげる必要があります。そこからちゃんと返済してもらうと。ここから金融リスクを発生させず、いかにしてソフトランディングさせるか。これが一番大事な問題です。
工藤:中国の国有企業改革は、大分前に始まって、それが逆方向に行ってしるように思います。
齋藤:逆方向になっていますね。なので、本来あるべき姿に戻せるかどうか。
工藤:今はまだ戻っていないわけですよね。
齋藤:戻っていないから、借金残高が膨れ上がっている。特に企業の債務残高の8割が国有企業という状況が続いているし、ゾンビ企業の問題もいまだにあるわけです。なので、おそらく一番出遅れてしまっている改革が、国有企業改革、そしてその裏にある銀行改革だと思います。
工藤:関さんが特に懸念していることは何ですか。
戸籍制度改革や少子化対策も必須。債務問題にも要注意
関:「双循環」についての予想は先ほど申し上げた通りですが、個人的な考えから一つ言うとすれば、米中対立に対する対応というのは、忘れてはいけないけれど、構造改革こそやらなければならないことだ、と思っています。構造改革と言ったときに、まず消費主導型の成長に向かっていくためには、戸籍制度改革や少子化対策などをきちんと踏み込んでやっていく。さらには、債務問題をバーストしないようにきちんとメンテナンスしていくためにも、国有企業に対する政府の過度な債務保証を撤廃する。市場メカニズムをもっと導入していく。金融機関に関しては、不良債権の処理をきちんとやっていくということが重要だと思いますね。
構造改革で重要なことをもう一つあげるとすれば、民間企業の活力を高めていくか。そういった意味でも、政府から補助金を出してもいいのですが、出す時に、なぜこの企業に出すのか、その説明責任をきちんと果たす、情報開示をしていく、ということが、中国国内企業の生産性向上にもつながりますし、海外の政府や企業から見ても中国に対する信頼度を高めるポイントになると思います。
工藤:「双循環」の議論の中で、そうした構造改革の議論も出ているのですか。
関:聞かないですね。特に情報開示の強化というのは。
工藤:「双循環」を含めた次の計画の中身が出てくるのはこれからです。しかし、中国は構造的な大きな問題を抱えているという一方で、国内でも国外でも攻めて出ようとしているわけですね。国際社会で始まった米中対立はかなり長期化していくように思いますが、対立が長期化していく結果として、中国経済はどうなっていくのでしょうか。より強くなっていくのか、弱体化するのか。最後にお聞きしたいと思います。
最大のネックは国の形。共産党体制だけでは乗り越えられない事態がやがて到来する
駒形:私は、中国経済は持続的な発展の条件を備えていると思いますが、ただ、皆さんがご指摘されたように、様々な宿題、課題を解決していくための、最大のネックというのが国の形ということに最終的にはなっていくと思います。そもそも、今後の経済計画を話し合う最初の会議が、共産党の会議であるというところに、いろいろなことが示されていると思います。ある一定の範囲内で、まだ伸びしろがあるので、その範囲では一定の成功はあると思いますが、しかしここまで経済規模が大きくなって、様々なステークホルダーを抱える中で、中国国内でも共産党の論理だけで済まされない事態が出てくると思います。最大の制約要因というのはまさにここにあると思います。
中国の将来を占う上で、今後三年間の香港は要注目
齋藤:工藤さんからもご指摘のあった米中対立ですね。私もこれは10年から30年に渡って続いていく話だと思っています。特に、ハイテク覇権、軍事覇権のみならず、最後は基軸通貨をめぐる争いということになっていきますので、非常に長期的な視野に立つ必要があると思います。
死角はないのかというと、今のデジタル専制主義と言われているような強権、圧制ですが、この下で経済が上手く回っていくかどうか。この答えを今出すことは非常に難しいのですが、これに関して香港の行方に注目する必要があると思っています。これはデジタル専制主義とは別問題ですが、言論や報道の自由を抑圧して、民主派と呼ばれる人々が選挙にすら出られない状況になっている。こういう状況はもう嫌だ、と思えば人は移動することができるわけです。資本も出て行くことができるわけです。今後三年ほどの間に、香港で何が起きるのか。これをみることで中国の将来というものもある程度予想できるのではないかと思います。ですから、今の段階では予測は明確に答えられないですね。
国内だけでなく、海外にも目を向けること。そして、世界のルールづくりに参加することが、持続的成長にもつながっていく
関:やはり、中国の企業や政府が海外の企業と人的交流や、貿易、投資を進めていくことができるかどうか。それが中国の成長の天井の高さを決めていくと思います。確かに14億人という国内市場はありますが、それしか狙わないとなると、成長の天井も低くなる。ですから、きちんと今後の第4次産業革命の中で、重要になるデータの取り扱いなどである程度譲歩しながら、ルールを他の国々と一緒に作っていくことができれば、中国のサービスもより世界で使ってもらえるようになるし、それは中国の産業の高度化につながるし、所得の向上にもつながる。持続的な成長につながっていくとみています。
工藤:私たちの目的は、あくまでも世界が分断せずに、ルールベースの秩序を形成していくということです。そのために日本は何ができるのか、ということを考えていくために今回の議論を行いました。これからもいろいろな形で議論を続けていきます。どうもありがとうございました。
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